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銀河英雄伝説~其処に有る危機編

作者:azuraiiru
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第十五話 たまには食事でも楽しもう




帝国暦487年 12月 5日 オーディン   アントン・フェルナー



官舎のドアのインターフォンを鳴らすとナイトハルトがドアを開けてくれた。
「来てたのか?」
「勿論だ、ギュンターも来ている」
「エーリッヒは?」
「料理を作っているよ。今は海鮮餡かけパスタとホイル焼きだ」
「なるほど、良い匂いがする」
部屋の中に入ると匂いが更に強く香った。

奥に入るとダイニングルームにギュンターが居た。
「手伝わないのか?」
「邪魔になるってさ。手伝うのは運ぶ時と食べる時と片付ける時だけで良いそうだ」
苦笑いしながら肩を竦めている。確かにそうだな。テーブルの上にはグラス、フォーク、ナイフ、ナプキン、取り皿の他にサラダの入った大皿が有った。残りの料理はこれから出るのだろう。

席について少しするとエーリッヒが“皆来てくれ”と声を上げた。どうやら出来上がったらしい。三人でいそいそと台所に行くと海鮮餡かけパスタの入った大皿とレバークネーデル・ズッペの入った大皿、それにホイル焼きの入ったフライパンが有った。ナイトハルトがパスタを、ギュンターがレバークネーデル・ズッペ、俺がフライパンを持つ。エーリッヒがフライパンの敷台と白ワイン、ジンジャーエールを持った。

料理を運んで席に座ると白ワインとジンジャーエールで乾杯した。
「久し振りだな、こうして四人でエーリッヒの料理を食べるのは」
「そうだな、士官学校を卒業して以来だ」
「昔を思い出すよ、良く作って貰った。士官学校の食堂の料理よりも美味かった」
「お褒め頂き恐悦至極、まあ今日はゆっくりやろう」
四人で料理を取り始めた。俺はサラダ、ギュンターはホイル焼き、ナイトハルトはパスタ、そしてエーリッヒはレバークネーデル・ズッペを取り皿に分けた。

うん、このピクルスとソーセージのサラダは美味い。ピクルスの酸味がソーセージと合う。粉チーズが美味い、ムラサキ玉ねぎもいける。ワインに合うな。
「このサラダ、美味いな。ドレッシングは何を使っているんだ?」
「白ワインビネガーとオリーブオイル、それに塩コショウだ」
「なるほど」
結構簡単に作れそうだ、そう思っているとギュンターが“俺もサラダを貰おう”と言って新しい取り皿にサラダを取った。一口食べて“うん、美味い”と言う。ナイトハルトはパスタに夢中だ。唸りながら食べている。俺もパスタを食べたくなった。取り皿にパスタを取った。一口食べる、海鮮の餡が、キクラゲがう、美味い!

「フェルデベルトとエンメルマンは如何だ?」
訊ねるとエーリッヒが“嫌な事を訊くな”と顔を顰めた。
「私が近付くと直立不動になって固まるよ」
「本当か?」
「本当だ。卿らの言う通りだ。私は怖がられていたらしい。不愉快な事実だが認めざるを得ない」
ギュンター、ナイトハルトと顔を見合わせた。二人とも肩を竦めている。

「ところで、今日俺達を呼んだのは何のためだ?」
ギュンターがサラダを頬張りながら訊ねるとエーリッヒが肩を竦めた。
「偶には皆で食事をと思ったんだ。ゼーアドラーだと周囲の眼が煩いからね」
「本当か?」
「嘘だ、ちょっと相談したい事が有ってね。まあ話は食事が済んでからにしよう」
やれやれ、久しぶりに飯を喰おうと言うから来てみたがやはり裏が有ったか。まあ良い、次はホイル焼きだ。キノコの出汁が、ソーセージの肉汁が……、堪らん!

話しが始まったのは食事が済み紅茶を飲みながらだった。
「アントン、ブラウンシュバイク公に会いたいんだが」
思わずエーリッヒをまじまじと見た。冗談で言っているわけでは無いらしい。しかしナイトハルトとギュンターの前でそれを言うとは……。

「内密にか」
「まあそういう事になる。周りに知られると煩いからね」
「おいおい、俺やナイトハルトは良いのか?」
ギュンターの言葉にエーリッヒが“うん”と頷いた。
「卿らは良いんだ。私を危険視してないから」
「俺は卿を監視しているんだぞ」
「監視じゃなくて心配しているんだって分かっているよ」
ギュンターが肩を竦めて天を仰いだ。困った奴、そう思っているだろう。

「会って何を話すんだ?」
「……これからの事かな。ブラウンシュバイク公が現状を如何見ているのか、そしてこれからの事を如何見ているのか、その辺りを話したいんだ」
これからの事か、露骨には言わないが皇帝陛下崩御後の事だろうな。

「正直に言うよ。私は士官学校の校長になった時、ホッとした。軍の統制を維持するには処分を受けるのが至当で有ったしローエングラム伯が指揮権の一件で私を恨んでいるのも分かっていた。処分を受ければ伯も已むを得なかったのだと考えるだろうと思ったという事も有る」
エーリッヒは憂鬱そうな表情をしている。

「卿らは認識が甘いというかもしれない。だが私は士官学校の校長になった事で軍中央とは縁が切れたと思ったんだ」
ギュンターが溜息を吐いた。俺も吐きたい、なんでそう思うんだ? ナイトハルトは首を横に振っているぞ。
「だが状況は悪化した。まさかレポートの所為でこんな事になるとは思わなかったよ」
「官舎の外に居る連中か?」
問い掛けるとエーリッヒが頷いた。この官舎に入る前に二人の軍人に誰何された。

「私の身辺警護をしている。四交代制で常時四人が私に張り付いているんだ。軍務尚書は私を敵視する人間から守るためだと言ったよ。リューネブルク大将の所から選んだみたいだ」
今度は本当に溜息が出た。
「憲兵隊、情報部、それに装甲擲弾兵から身辺警護か」
俺の言葉にギュンターが“それだけじゃない”と言った。
「最近じゃ内務省もエーリッヒに関心が有る様だ。社会秩序維持局がエーリッヒを監視している」
気が付けば頭を振っていた。前代未聞だ。

「まあ確かに貴族達は危険かもしれない。カストロプの一件でエーリッヒを声高に非難する声は消えた。だがそれは怯えからだ。連中はカストロプ公爵家は帝国政府に潰されたと見ている。それにエーリッヒが絡んでいると見ているよ。レポートにはカストロプ公爵家の取り潰しが記されていたんじゃないかとね。怯えから暴発という事は十分に有り得るな」
エーリッヒが溜息を吐いた。

「私は反乱鎮圧の作戦は立案した。しかしね、それはマクシミリアンが反乱を起こす、フェザーンがそれを利用するかもしれないと考えたからだよ。カストロプ公爵家を潰す事を考えたのはリヒテンラーデ侯だと思う。私じゃない」
不本意そうだがフェザーンが関与すると想定すること自体、鋭すぎるだろう。おまけにアルテミスの首飾りが使われると考える等普通じゃない。周囲がエーリッヒを畏れるのは已むを得ない。

「統帥本部も危ないぞ」
「統帥本部? どういう事だ、ギュンター」
俺が問うとギュンターが“ロタール作戦部長だ”と言った。
「エーリッヒに作戦部長の椅子を奪われるんじゃないかとピリピリしているらしい。何かと比較されて肩身の狭い思いをしているとも聞いている。時々ヘルトリング情報部長と話し込んでいるらしい。情報源は情報部の人間だ、信憑性は高いな」
エーリッヒが“勘弁して欲しいよ”と言って溜息を吐いた。

「ナイトハルト、ローエングラム伯は如何なんだ?」
俺が問うとナイトハルトが顔を顰めた。
「控えめに言っても最悪だ。カストロプの一件で伯はエーリッヒに恥をかかされたと不満を漏らしているよ。軍務尚書に副司令長官としての自覚が足りないと叱責された事が周囲に広まったからな。特に十年後はエーリッヒが副司令長官になるという噂にピリピリしている」
エーリッヒがまた溜息を吐いた。

「ローエングラム伯がカストロプ討伐を願い出るなんて思わなかった。貴族の反乱なんだ、いきなり正規艦隊を動かすなんて有り得ないだろう」
「しかしアルテミスの首飾りが有った。願い出ても可笑しくは無いんじゃないか」
俺が問い掛けるとエーリッヒが首を振った。

「カストロプ討伐を願い出るのは討伐隊が失敗してからで良かったんだ。それなら軍務尚書も反対は出来なかった筈だ。アルテミスの首飾りの情報も入ってくる。攻略法を検討してから願い出ても遅くは無いんだ。攻略出来れば正規艦隊の精強さを皆に示す事が出来ただろう」
実際には討伐隊は鎮圧に成功した。だがローエングラム伯が討伐を願い出なければ軍務尚書に叱責もされず評価を下げる事も無かったという事か……。

「かなり焦っている。悪い方へと進んでいるよ。若いんだから焦る事は無いんだが……」
「……」
「この状況で内乱が起きればどうなると思う……」
エーリッヒが俺達を見た。
「貴族達が勝てば卿は殺されるな」
「甘いな、アントン」
エーリッヒが冷笑を浮かべている。

「貴族達が勝つ事は無い、ローエングラム伯が勝つだろう。だがその時はゴールデンバウム王朝は終わる」
シンとした。
「クーデターか?」
ギュンターが問うとエーリッヒが頷いた。
「千載一遇の機会だ。宇宙艦隊を率いて貴族達を滅ぼす、返す刀でリヒテンラーデ侯、帝国軍三長官を倒し実権を握ろうとするだろう。後は簒奪まで一直線だ」
ギュンター、ナイトハルトと視線を合わせた。有り得るだろうか?

「その時は私も殺されるだろうな」
「しかし宇宙艦隊の司令官達はローエングラム伯よりも卿に心服しているだろう」
ギュンターの言葉にナイトハルトが頷いた。
「帝国軍三長官の懐刀を生かしておくと思うか? それにローエングラム伯の意のままに動く人間が居ないとでも?」
またギュンター、ナイトハルトと視線を合わせた。二人とも難しい顔をしている。

「卿の懸念は分かった。俺も正直に言う、内乱が起きるのは危険だと公は考えている。俺も同感だ。その点では利害は一致するだろう。話し合いの中で何か生まれるかもしれない。公に提案してみよう」
「有難う、助かるよ」
ギュンター、ナイトハルトに視線を向けた。二人とも頷く。まあこれで二人の協力は得られるだろう。



帝国暦487年 12月 5日 オーディン   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



三人が帰った。十二月か、もう遅いかな? 原作ではフリードリヒ四世は死んでいる。しかしこの世界では未だ生きている。やはり原作でのフリードリヒ四世の死は自然死じゃないのかな? オーベルシュタインが動いた? 良く分からんな。原作ではフリードリヒ四世の死が内乱へと繋がった。この世界でもそれが起きれば俺の命は危ういだろう。

人間何時かは死ぬ。フリードリヒ四世の死は避けられない物として考えるべきだ。となれば問題は内乱を起こさせないためには如何するかだ。そこを考えるべきだろう。或いは内乱が起きてもそれがラインハルトの覇権に繋がらないようにする。そんな手が有るのか……。

内乱が起きた理由は後継者問題だ。エルウィン・ヨーゼフ二世には後ろ盾が無くエリザベート・フォン・ブラウシュバイク、サビーネ・フォン・リッテンハイムには後ろ盾が有った。それが理由だ。となればその二人が後継者レースから降りてしまえば内乱は起きない。貴族達も求心力を失いバラバラになるだろう。

そんな上手い手が有るか? ……有るなあ。あの二人は遺伝子に問題を抱えている。エリザベート、サビーネが女帝になればゴールデンバウム王朝は女帝が続くだろう。当然だが皆が首を傾げるに違いない。そして遺伝子に問題が有るとなればその責任はブラウシュバイク、リッテンハイムの責任になる。それを突けば両家は降りる可能性は有る。しかしその時はブラウシュバイク、リッテンハイムが俺を殺そうとするかもしれない。イチかバチかの手だな、気が進まん。

他に手が無いかな? 内乱が起きない可能性は無いのだろうか? 原作ではリヒテンラーデ侯とラインハルトが手を組んだ事で貴族達が反発した。しかしこの世界ではリヒテンラーデ侯と帝国軍三長官が組む事になるだろう。反発は少ないんじゃないだろうか。それに原作ではシュターデン等の反ラインハルト派の軍人が貴族連合に加わった。だがこの世界ではそれは少ない筈だ。となれば自重する? 可能性は薄いな。例え自重しても唆す奴が居るだろう。

いや、待てよ? フェザーンはイゼルローンに続き今回のカストロプでも失敗した。となればフェザーンがフリードリヒ四世の命を狙うという事も有るんじゃないだろうか? フリードリヒ四世を暗殺し貴族達を煽り内乱を起こさせる。その時に同盟を唆しイゼルローン要塞攻略戦を行わせる……。

……まさかな、原作でのフリードリヒ四世の暗殺はフェザーンが犯人なのか? 帝国領侵攻で同盟の大敗北は見えていた。となれば次は帝国を混乱させ国力を低下させるべきと考えた? だから内乱の引き金になるフリードリヒ四世の暗殺を行った。だがラインハルトが覇権を握り帝国は再生した。確か原作では地球教がルビンスキーの動きが悪いと憤慨していた筈だ。だが悪かったのではなく想定外だったとしたら? ……可能性は有るな。

如何する? フリードリヒ四世の暗殺、可能性は有る。フェザーンはもう動いているかもしれない。となれば……、レポートなんて言ってる場合じゃないな。軍務尚書、いやリヒテンラーデ侯だ。直接会う、そこで話そう。陰謀爺にとってもフリードリヒ四世の死は痛手の筈、つまり俺と爺は利害関係が一致するわけだ。急ごう! 二十一時、未だ寝ては居ない筈だ。



帝国暦487年 12月 5日 オーディン  新無憂宮 クラウス・フォン・リヒテンラーデ



「御屋敷に連絡した所、未だこちらだと伺いましたので」
ヴァレンシュタインが護衛付きで執務室にまで押しかけて来た。明日には大騒ぎになっておろう。宮中の雀共が煩く囀るに違いない。嫌な予感がした、ヴァレンシュタインの顔には緊張が有る。血圧が……。

「急用だと聞いた。用件を申せ」
「はっ、杞憂かもしれませぬ。……陛下の御命が危のうございます」
護衛達が顔を強張らせた。私も強張っているだろう。
「……どういう事だ?」
「フェザーンが帝国の混乱を願っております」
「うむ!」
唸り声が出た。いかん、数値が二十は跳ね上がった。心臓が音を立てておる。

「内乱を引き起こそうとするか」
ヴァレンシュタインが頷いた。可能性は有る。帝国を混乱させる最大の要因、後継者問題か……。イゼルローンで失敗した、貴族の反乱で失敗したとなれば……。
「宮中にフェザーンの手が伸びているというのじゃな」
「或いはこれから伸ばそうとしているのかもしれませぬ」
「有り得る事よ」
そこまでやるかという思いも有る。だがカストロプにフェザーンが関与していた。フェザーンも帝国がその事を知ったと判断している筈。となれば帝国の報復を避けるためにも陛下を暗殺し内乱を起こさせようとするかもしれぬ。いや、それだけでは無い。内務省に調べさせているフェザーンが接触した貴族達、あの者共が動く可能性もある。ヴァレンシュタインの危惧を杞憂とは笑えぬ。

「如何する?」
「この宮中にて仕える者を全て調べる必要がございます」
「暴発するぞ、却って陛下の御命が危ない」
「陛下には新無憂宮を離れて頂きましょう」
「……何処へ御移り頂く」
「ブラウンシュバイク公爵邸、リッテンハイム侯爵邸に」
「……」
両家とも陛下の女婿、妥当な選択では有るが……。ヴァレンシュタインが笑みを浮かべた。如何して笑えるのだ!

「両家とも細心の注意を払って陛下をお守りしてくれましょう。万一の時は後継者争いからは脱落する事になります」
「なるほど、そうじゃな。これから陛下の下に参る。卿も同道せよ」
「はっ」
急がねばならん、陛下が危ない。小走りに急ぐと後ろからヴァレンシュタインが付いて来た。護衛も一緒に。この連中、血圧は大丈夫だろうな。



 
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