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遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン18 もうひとりのエンターテイナー

 
前書き
前回のあらすじ:なんのかんのいって糸巻さんは作中でもかなりの強キャラなのです。 

 
「あー……疲れた」

 だらしなくテーブルにぐったりと伏せる女、糸巻。数時間にわたりねちねちと厭味ったらしく(本人談)行われた説教からようやく解放され、心底くたびれたという姿勢を隠そうともしない。精神的な疲労に加え煙草を吸う許可も与えられなかったためのニコチン不足もあり、彼女の頭脳は今さながら霧がかかったようにくすんでいた。

「自業自得だな」

 そんな抜け殻のようになった腐れ縁の相手をちらりと横目で見据え、ばっさりと切って捨てる鼓。すでにティータイムを終え、その手には甘味のかわりに湯気の立つコーヒーカップが握られていた。

「相手モンスター1体につき500バーンー……」

 そしてうわごとのように訳の分からないことを呟く彼女に、見ていられないと世話を焼くのがまだ14歳の少女である。

「ほらお姉様、このマドレーヌ食べてください!甘いもの食べると元気になりますよ!それとも、こっちのシナモン入りクッキーの方がお好きでしたか?」
「うー……悪い八卦ちゃん、あーん」
「ほええっ!?え、えっと、それではお姉様、不肖八卦九々乃、参ります!あ、あーん!」

 ぐったりと伏せたまま顔だけ上げて中学生相手に平気な顔して口を開けるいい大人と、それでも幻滅するどころか真っ赤になりつつ緊張のあまり手を震わせながらもその口の中に手にしたマドレーヌをちぎって押し込む少女。退廃的を通り越してある種芸術的ですらあるダメ人間とその製造機の所作を前に、私はこんな女に負けたのかと痛くなってきたこめかみを押さえる鼓。
 本人たちの意思はともあれ、それは平和と言えば平和な光景ではあった。しかし、そんな時間は決して長くは続かない。それは闘争に魅入られた彼女たちの業なのか、はたまたデュエルに惚れ込んだ彼女たちの性なのか。
 いずれにせよ、短かった沈黙は破られた。店のドアが勢いよく開き、来店を知らせるベルが鳴る音もかき消すほどにハイテンションな大声が響く。

「ハーイ、グッドイブニング!プリティーガールたち、デュエルポリスの糸巻?っていう人を知らないかい?」

 明るく顔をのぞかせたのは、本人は普通に笑っているつもりなのだろうが胡散臭いとしか言いようのない笑顔を浮かべ、一目で偽物とわかる金髪のカツラを被り、星条旗カラーに塗られた宴会用と見まごうほどに派手な革ジャンを着た男だった。

「うわ胡散……じゃなかった、いらっしゃいませ」

 大声を聞きつけてまたも厨房から現れた清明の放ちかけた一言は、まさにその場にいた全員の心情を代弁していた。その名誉のために一言断っておくと彼とて客商売に長けた身、普段からここまで本音を隠せないわけではない。糸巻の精神をもがっつりと削った長時間のねちねちとした嫌味のこもる説教は、彼自身の心もまた荒ませていたのだろう。
 しかし明らかに聞こえていたであろう失言にもめげず、エセアメリカ人はテンションを崩さない。ぐるりと店内を見渡していまだテーブルに突っ伏したままの赤髪に目を止め、その表情をさらに輝かせてつかつかと歩み寄る。面倒くさそうに軽く頭を上げた彼女の目の前に、勢いよくその右手が差し出された。

「お初にお目にかかりマース、セニョール糸巻太夫。まずは友好の証、シェイクハンドしましょう!」
「あぁー……?人違い、ってわけじゃなさそうだな。握手は結構だが、まず誰だアンタ」
「ノー、これは失礼いたしました。ある時は胡散臭いエセアメリカ人、またある時は胡散臭いエセ中国人、またまたまたある時は胡散臭いエセフランス人……」

 自己紹介ひとつに挟まる長々しい前口上に、後ろでそれを聞かされる清明と八卦が密かに胡散臭いのは自覚あったんだこの人、と意識をひとつにアイコンタクトをとる。しかし次の瞬間、男の気配ががらりと変わった。胡散臭い日本語風英語は鳴りを潜め、気取った調子で深々と一礼する。そしてそのポーズに、糸巻は見覚えがあった。

「……しかしそのその正体は?劇団「デュエンギルド」元・団員、一本松一段(いっぽんまついちだん)。ユー相手には鳥居浄瑠の兄弟子、って言った方が通りがいいかな?改めてお初にお目にかかる、こんな美人さんの下で働けてあいつも幸せもんだ」

 鳥居の兄弟子。さすがの糸巻もこの言葉には不意を突かれ、目を丸くして押し黙る。そしてそれは、清明と八卦も同じこと。同時に、目の前の男から漂う胡散臭さの正体も判別がついた。要するに今彼女たちが見ている姿は、デュエル中の鳥居と同じく演劇モードに入った姿なのだ。ただひとり事情がよく呑み込めていない鼓が探るように全員の顔を見渡し、しかし口を挟むことはせず興味深そうにカップを口に運んだ。

「ん?ああ、別にそう構えないでくれ。あいつに何があったのかはミーも知っている、それについて上司のユーに文句を言いに来たわけじゃない。デュエルポリスってのはそういうリスクもある仕事なんだろうし、あいつはそれをわかったうえでこの職に就いた、そうだろう?それなのにミーがその結果に文句をつけるのは、あいつの覚悟に対して最も失礼な行為だ。まあ、後で見舞いには行くつもりだがな。今回ミーが弟分より先にユーのところに顔を見せに来たのには、また別の理由がある」
「つまり?」

 予想だにしない方面からやってきた来客の衝撃から立ち直り、鋭い目つきで先を促す糸巻。先ほどまでのだらけた様子とはまるで違う抜身の刀のような威圧感にわざとらしく身震いしてみせ、一本松が敵意のないことを示すかのようにこれ見よがしに両手を広げた。

「どうどう。そんなに怖い顔で睨むと美人が台無しだぜ、マドモアゼル?ミーはただ、純粋に挨拶だけしにきたのよ。デュエルフェスティバル、今年はこの町でやるんだろう?鳥居から聞いてるとは思うが、ミーたちデュエンギルドはデュエルモンスターズと演劇のハイブリッドを売りにしてきた劇団。つまりミーも、こんなこと言うとなんだか自慢みたいがそれなりに腕に覚えはある。ぜひとも出場させてもらいたいと思ってね、主催者のデュエルポリス……つまりユーに直接掛け合うのが手っ取り早いと思ったのさ」
「はぁ!?」

 唐突な出場申請。想定外の相手から飛び出す全く予想もしなかった方面に転がり始めた話にただでさえニコチン不足がたたり本調子でない糸巻の頭は、この短い間にまたしても意表を突かれたことで困惑の声を上げるのが精一杯だった。
 そのタイミングでコーヒー片手に事態を静観していた鼓が、見ていられんとばかりに空になったカップをことりと置いて立ち上がる。

「少し、よろしいでしょうか」

 鼓千輪は公私の区別を弁えた女である。この話題はデュエルポリス、つまり仕事の管轄だと判断し、口調も先ほどまでのプライベートなものから改まった形に代わっていた。そんな突然の横槍にもめげず、一本松がくるりと首を動かして先ほどと同じく大仰な一礼を繰り返す。

「おおうこれはこれは、負けず劣らずお美しいマドモアゼル。ええと、お名前は……?」
「申し遅れました、私もそこの彼女と同じデュエルポリス。フランス支部代表、鼓千輪と申します」
「おおう、なんとなんと。本物のフランス在住者でしたか。してお美しい方、あなたがなぜこの日本の地に?」
「今年のデュエルフェスティバル、運営としての仕事を命ぜられまして。そういうわけでそのお話、ここからは私がお預かりいたしましょう。参加希望、ということでしたが……失礼ですが、理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」

 物腰こそ丁寧だが、その言葉の端々からは有無を言わさぬ調子が漂う。あるいはその言葉は、半ば強引に話題を引き継いだ糸巻へ向けたものであったのかもしれない。いずれにせよ一本松はすぐに順応し、改めて鼓へと向き直った。

「いかにも。確かに劇団「デュエンギルド」は14年前、例の事件をきっかけとして自然消滅。ミー含め団員も散り散りとなり、鳥居のような例外を除き、ほぼ全員がデュエルモンスターズとは関わりを持たない日々を過ごしてきたと思いねえ。しかしその沈黙を破りミーがこうして参加を表明するに至ったのは、ちょいとした訳がある。そう、あれはある雨の日……」
「要件をお聴きしたいのですが」
「ノー、そりゃないぜ綺麗なお姉さん。せっかくミーの舌が絶好調で回り始めたって時に、お預けなんて。とはいえユーがそこまで聞きたいというのなら、もう少しかいつまんで話そうか。まずひとつが、鳥居が入院したって話を聞いて見舞いにでも、なんて思ったから」

 そう言いつつ視線を外し、まるで何かを警戒しているように左右、そしてガラス越しの店の外にまで視線を飛ばす一本松。全方位を確認してもまだ警戒は続いているのか、身をかがめて口元に手をやり、囁くようにしてようやく重い口を開いた。

「そしてもうひとつ、これは多分デュエルポリスもまだ知らない話のはずだ。ミーは今、流通関連で働いて生活してるんだがな?最近、同業者の間で妙な話が出回っているんだよ。曰く、べらぼうに高い礼金で大して重くもない荷物を運ばせたがっている怪しい客があちこちの運送会社、時には個人にまで掛け合ってる、なんてね。それもいわゆる裏ルート、公には出さないようにとのお話ときたもんだ」
「それで、その話がどのようにこの件と?」
「まあまあ、物事には順番ってもんがあるんでね。それで、ミーはまだその話を振られたことはない。ないが、実際に金に釣られてそのブツを運んだって奴の話を聞く機会があった。かなり念入りに口止めされていたらしいが、彼はその時ひどく酔っぱらっていてね。つまり、その分だけ口が軽くなっていたわけだ。なんでもそのブツの行き先はここ、日本の家紋町。しかも、何が何でも今週末までに、とキツくお達しがあったらしい」
「今週末……デュエルフェスティバル開催日、ですね」

 すべての話を横で聞いていた少女が、小さく漏らす。指摘されるまでもなく、それは2人のデュエルポリスも真っ先に結びつけた点だ。デュエルフェスティバルはデュエルポリスの主催イベント、何か起きようものならばその影響は決して小さくない。
 訪れた沈黙に、だろう?と言わんばかりにオーバーリアクションで肩をすくめた一本松が、また声を潜めて話を再開する。

「実を言うと、ミーがこの話をユーたちに伝えた時点でミーがここに来た意味はほとんど終わってるんだ。だけど不幸なことに、ミーがその運び屋と一緒に飲んだことはかなり大勢が見ている。そのすぐ後に仕事を休んでまでここに来たんだ、わかるだろう?」
「なるほどなあ。つまり出場したいなんてのは単なるブラフ、アタシらに今の話を持ってくるための表向きの隠れ蓑、ってことか」

 真面目な話に復活した糸巻が目を細め、噛みしめるように確認する。こうしている間にも、彼女の頭の中ではいくつもの可能性と今後の展望が目まぐるしく浮かんでは消えていた。まず、この話に信じる価値はあるのか……しかし、それは考えるまでもない。もし本当だった場合の被害を考えれば、たとえ真っ赤な嘘だったとしても信じないという選択肢は存在しないからだ。そして彼自身の安全も考慮するならば、この出場申請を蹴るのはリスクが高いだろう。
 ややあって、同じ結論に至ったらしい鼓が小さく頷いた。

「わかりました。では出場の申請、こちらの方で調整しておきます」
「オーゥ、ベリーベリーセンキュー!あのデュエルフェスティバルに出場とあれば、ミーも鼻が高いってもんですね」
「……いや、ちょい待ち」

 しかしそこに待ったをかけたのが、ほかならぬ糸巻である。意外な制止にぱっと明るくなった表情を一転して訝しげな顔になる一本松に、最後の疑念を投げかける。

「こう言っちゃなんだがアンタ、デュエルの腕は実際のところどんなもんなんだ?さっきの話しぶりからすると、もう10年以上カードには触れてないんだろう?一応今回のコンセプトは、プロの戦いをデュエルモンスターズを知らない今の世代の前に復活させる、だ。変に弱い奴が1人いるなんて話になったら、逆に悪目立ちしかねないぜ」
「確かに、それは一理ありますね。では、糸巻。最初に言い出したあなたにテストを行ってもらいます、一本松さん、デュエルディスクは持参していますか?」
「げ、アタシか。まあ言い出しっぺだしな」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。テストテストって、ミーはつまり何をすれば?」
「簡単なことです、単なるデュエルですよ。あなたの実力を軽くで構いませんので確かめさせていただくため、最も手っ取り早い方法です」

 勝手に進む話に上がる不安の声に、なんてことはないと言わんばかりの調子で軽く返す鼓。公私を問わず発揮されるこの強引さと、相手の反論を許さない冷たい美貌。それは現役時代から変わらない、彼女の強みのひとつでもあった。

「あ、あの!」

 しかしそこに、おずおずと手を上げて口を挟む少女がひとり。本人に睨みつけているつもりはないのだが冷たい瞳に見据えられて声が上ずるも、懸命に勇気を振り絞る。
 つい先ほどその目の前で繰り広げられた、かつてのプロデュエリスト2人の互いに譲らぬ激戦。その熱気の余波が粗削りな少女の闘志に不格好な火をつけ、身の内から溢れ出て止まらない衝動を掻き立てる。その一言を口にさせたのは、デュエリストの本能。まだ幼い少女の、生まれつき手にした才能……あるいはこのご時世、それは呪いなのかもしれなかった。

「そのデュエル、私に……八卦九々乃に、戦わせてください」





 そして、数分後。またしてもテーブルと椅子をどけて作られたスペースの中央で、演者と少女は向かい合っていた。商売あがったりだと色々と諦めた顔で「CLOSE」の札を掲げに行った清明が帰ってくるのを横目に、鼓が傍らの糸巻に話しかける。

「それにしても意外だな、糸巻」
「何がだ?」
「この状況そのものが、だ。お前がデュエルを他人に譲るのもそうだが、その相手があんな小さい子とはな。あの子の片思いかと思ったが、お前の方も随分とお気に入りじゃないか」
「よしてくれ」

 最後の一言に含まれたからかうような声音に気づき、小さな呻き声をあげる糸巻。その反応に気を良くした鼓が低く笑みを漏らすのを聞き逃さず、対照的なしかめっ面を浮かべる。

「ただ真面目な話、アタシはあの子にはもっと実戦経験が積ませてやりたいのさ。アンタも見てりゃすぐ分かるだろうが、さすがは七宝寺の爺さんの血筋だ。あの子の潜在能力を、アタシはかなり高く買ってるんだよ」
「ほう、お前にそこまで言わせるとはな」
「ありゃあ間違いなく逸材だ、だがまだ青い。あの子の未来は、まだ何も決まっちゃいない。だからこそ、見てみたいのさ。デュエリスト八卦九々乃が、一体どこまで行けるのかをな」
「未来、か。私にもお前にも、もう縁のない言葉だな」
「違いねえや」

 そこで顔を見合わせ、ほぼ同時に表情を緩める。彼女たちはもう、自らの未来を自分の意思で選び取った身。だからこそ何も決まっていない少女の行く末がほほえましくもあり、同時にもどかしくもある。しかしそこで横槍を入れることが本人のためにならないことを知っているからこそ、口出ししたい気持ちをぐっと堪えてただ見守るのだ。
 デュエルとは、すなわち人生なり。カードだけが、その答えを知っている。

「「デュエル!」」

「ワオ、先攻はミーですね。思えばこのデッキを使うのも14年ぶり……ですが、ミーもこれでも昔はそれなりに鳴らした身。ミーがこの舞台へと最初に繰り出すモンスターは、数式導くジーニアス!マスマティシャンを召喚し、モンスター効果発動!ミーのデッキからレベル4以下のモンスター、BF(ブラックフェザー)-精鋭のゼピュロスを墓地に送り、ターンエンド」

 マスマティシャン 攻1500

 モンスター召喚時に逐一挟まる極めて短い口上、そしてフィールドを舞台と例えるその大仰な言い回し。細部こそ異なれどもそのスタイルはまさしく鳥居浄瑠が最も得意としていたエンタメデュエルそのものであり、さすがは同門の流派と糸巻が小さく唸る。
 そしてそれはこの男も、今ここにはいない鳥居も。14年前の事件以降散り散りになったかつての居場所のスタイルを、片時も忘れることなく引き継いできたということの証左でもある。そこまで大切な居場所を奪ったのは、他でもない自分たちプロデュエリストだ。そう考えるとらしくもなく気まずさが彼女の胸をかすめ、ふっとフィールドから視線を外……すことは、できなかった。寸前で目ざとく隣の動きと感情の機敏を察知した鼓がおもむろに手を伸ばし、無言でその背中を力強く平手で叩いたのだ。不意打ちにバランスを崩しそうになり目を丸くする糸巻の抗議の視線もどこ吹く風、そんなことなど知る由もなく向かい合うフィールドの2人を顎で指し示す。
 本当にすまないと思っているのなら、せめてそのデュエルから目を離さずにいるべきだろう。それが、鼓千輪という女のスタンスである。身勝手な罪悪感を理由にこのデュエルから目を逸らすのは、彼女にとって最も忌むべき行為だった。そんな彼女の人柄を思い出し、糸巻もまた改めて気持ちを新たに盤面へと向き直る。断じて口に出しはしないが、心の中で自分を止めてくれた友人への礼を述べながら。代わりに、偶然に目についたものを持ち出して話題を変える。

「……それにしても、随分古いモデルのデュエルディスクだな。あのマーク、10年どころか20年近く前の型だぞ。まだ自動記録機能もついてない頃の奴だ」
「買い替える機会もなかったんだろう。無理もない話だ」
「私のターン、ドローです。魔法カード、増援を発動します。このカードの効果により、デッキからレベル4以下の戦士族モンスターをサーチです。そしてサーチしたこのカード、E・HERO(エレメンタルヒーロー) ソリッドマンを召喚!」

 E・HERO ソリッドマン 攻1200

 ソリッドマン。液体(リキッド)と対となる固体を司るヒーローが、マスマティシャンと対峙する。

「そして、ソリッドマンの効果を発動します。このカードが場に出た際、手札からレベル4以下のHEROを……」
「ノンノン、それは通せないよ。手札からエフェクト・ヴェーラーを捨て、モンスター効果発動!ソリッドマンの効果は、このターンのみ無効となる!」

 足を大股に開き、目の前の地面に強烈なチョップを振り下ろそうとするソリッドマン。しかしその視界を、ふわりと半透明の羽衣が包み込んだ。その頭上には、青い長髪をなびかせる羽衣の主たる魔法使い。
 ヒーローを展開する貴重な手段であり、初動となりうるであろうソリッドマンの効果に対してのいきなりのカウンター。しかし少女はそれを見て、青くなるどころかむしろ満足げに微笑んでいた。

「ありがとうございます、ここに効果を使っていただいて」
「……ワッツ?」

 その年齢に似合わぬ艶然とした微笑みに、一本松の表情が変わる。ここまでは心のどこかでしょせんは子供が相手という思いがあったのだが、今更ながらにどうやらそれは間違いだったことを悟ったのだ。

「チェーンして速攻魔法、マスク・チェンジを発動!私のフィールドから地属性HEROのソリッドマンを墓地に送り、同じ地属性のM・HERO(マスクドヒーロー)を変身召喚いたします。英雄の蕾、今ここに開花する。金剛の大輪よ咲き誇れ!変身召喚、レベル8。M・HERO ダイアン!」

 ようやく復帰したグランドマンが飛び上がり、空中でまばゆい光に包まれながらおもむろに1枚の仮面を取り出して自らの顔面に装着する。すると、まるで仮面が力を与えているかのごとくその等身が伸び、金剛の武具がその身を覆い、右手には同じく金剛からなる細身の剣が握られる。青いマントを翻し着地したソリッドマンは、もはや全くの別人へと変化していた。

 M・HERO ダイアン 攻2800

「そしてソリッドマンがフィールドを離れたことで、効果解決時に対象の存在しなくなったエフェクト・ヴェーラーの効果は不発……で、いいんですよね、お姉様?」
「あ、ああ……」

 肯定する糸巻だが、その声には小さいもののはっきりとした戸惑いの色が混ざっていた。しかしデュエルに夢中な少女は、その微妙な感情の機微にまでは気が付かない。

「ならば改めて、ソリッドマンの効果を処理させていただきます。私が手札から特殊召喚するカードは、私の信じる絶対無敵、最強のヒーロー。来てください、E・HERO クノスぺ!」

 E・HERO クノスぺ 攻800

 早くもフィールドに降り立った、少女のフェイバリットカード。固く閉じられた蕾のヒーローとその横に自信満々に立つ少女を順に眺め、感心したように鼓が頭を振った。

「なるほど。増援まで使ってこれ見よがしにソリッドマンを見せられたら、確かにヴェーラーを使わない選択肢はないな。そこまで読んでいたのだとすれば、確かにお前が言うだけの……どうした、糸巻」

 素直な賞賛の言葉と共に話を振られた糸巻だが、いまだ彼女は呆然と目を丸くしたままだ。不審なものを感じた鼓に問いかけられ、ようやく我に返る。

「ああ、いや……なんつーか、正直アタシの思った以上に成長スピードが速かったもんでな。最近の子ってのは凄いもんだな、こりゃあマジでアタシを抜く日も近いかもな」
「何を弱気なことを。お前らしくもない……おっと、また動き出したな」

 その言葉通り、フィールドでは再び動きがあった。メインフェイズでの展開を終えた少女が、いざバトルフェイズへと入ったのだ。そして最初に動き出したのは、金剛の戦士。

「バトルです。ダイアンでマスマティシャンに攻撃!」
「ノー!」

 M・HERO ダイアン 攻2800→マスマティシャン 攻1500(破壊)

 勢い良く振りぬかれた剣が、白い髭の数学者をあっさりと両断する。しかし、それだけだ。発生するはずのダメージが、いつまで経っても一本松のライフから差し引かれない。

「グレート。しかしミーは今の攻撃に対し、手札からこのカードを発動していました。痛みさえ操るアクロバット、Em(エンタメイジ)ダメージ・ジャグラー!このカードをバトルフェイズ中に墓地へと送ることで、ミーの受ける戦闘ダメージは1度だけ0となる、ということさ。さらにマスマティシャンが戦闘破壊された時、ミーはカードを1枚ドローできる」
「で、ですが、そのダメージ無効は1度きり!この瞬間、私もダイアンの効果を発動。ダイアンが戦闘でモンスターを破壊した時、デッキからレベル4以下のHEROを特殊召喚できます。まだまだ来てください、クノスぺ!」
「ワーオ……」

 E・HERO クノスぺ 攻800

「そのまま追撃です!私の必殺コンボ、クノスペシャル!」

 E・HERO クノスぺ 攻800→一本松(直接攻撃)
 一本松 LP4000→3200
 E・HERO クノスぺ 攻800→900 守1000→900

 クノスぺが飛び上がり、蕾の腕で勢いよく殴りつける。そしてフィールドに戻ってきたとき、その両腕と頭の蕾はほんの少しその頂点に赤みが差していた。

「クノスぺが相手に戦闘ダメージを与えた時、その攻撃力は100ポイントアップし、守備力が100ポイントダウンします。そして、それがもう1回です!」

 E・HERO クノスぺ 攻800→一本松(直接攻撃)
 一本松 LP3200→2400
 E・HERO クノスぺ 攻800→900 守1000→900

「カードを1枚伏せ、ターンエンドです。先に言っておきますが、クノスペシャルはここからがコンボの真骨頂ですよ。つまり……」
「ノンノン、ミーはこれでも元エンターテイナー。クノスぺ、そのキュートなモンスターの効果はミーも知ってるよ。クノスぺと他のE・HEROが並んだ時、相手はクノスぺを攻撃対象にできない……つまり、ミーが今攻撃できるのは攻撃力2800のダイアンのみ。なかなか面白いコンボだけれど、今宵の主演はこのミーさ!ミーのターン、ドロー!魔法カード、コール・リゾネーターを発動!デッキよりリゾネーターモンスター、レッド・リゾネーターを手札に加える。さあカモン、独奏奏でるレッドウェーブ!レッド・リゾネーター召喚!」

 レッド・リゾネーター 攻1200

「そしてレッド・リゾネーターは召喚に成功した時、だからレベル4以下のモンスターを特殊召喚できる。カモンカモン、いつでも明るいパワフルメイジ!Emトリック・クラウン!」

 炎を纏うリゾネーターが手にした音叉を独特のリズムで打ち鳴らすと、まるでその音に誘われたかのように丸っこい人影が踊りながら後ろに続く。逆立ちしたまま両足でお手玉をくるくると回すその正体はクラウン……サーカスを専門とするピエロの1種である。

 Emトリック・クラウン 攻1600

「そしてミーは墓地から、先ほど捨てたダメージ・ジャグラーの更なる効果を発動。このカードをゲームから除外することで、デッキから名前の異なるEmの仲間を呼び寄せる。そして加わったこのカードは、フィールドにモンスターが2体以上存在するならば手札から特殊召喚できるのさ。カモンカモンカモン、奇術操るマジカルハンド!Emハットトリッカー、特殊召喚!」

 どこからともなく手袋、マント、メガネ、そして先が3つに分かれた特徴的な帽子がふわふわと宙を飛んで現れ、それらの小道具が空中で合体してさながら服を着た透明人間のような装いのモンスターへと変化する。

 Emハットトリッカー 攻1100

「さあ、ミーのタイムはこれからさ。左下及び右下のリンクマーカーにチューナーモンスターのレッド・リゾネーター、そしてハットトリッカーをセット!リンク召喚、リンク2!調律極めしクリスタル、水晶機巧(クリストロン)-ハリファイバー!」

 トリック・クラウン1人を残し、レッド・リゾネーターとハットトリッカーが赤とオレンジの渦となり空中に発生したリンクマーカーへと飛び込んでいく。そして登場したのは、銀色に煌めく機械の体とそこから生える水晶の力を持つ戦士。

 水晶機巧-ハリファイバー 攻1500

「ハリファイバーがリンク召喚に成功した時、ミーはデッキからレベル3以下のチューナー1体を特殊召喚できる。ただし、そのモンスターはこのターンの間だけ効果を使えない。2体目のレッド・リゾネーターを特殊召喚し、イッツ、シンクロタイム!レベル4のトリック・クラウンに、レベル2のレッド・リゾネーターをチューニング!」
「リンク召喚に続き、シンクロ召喚を……」
「おい、アイツ本当に10年もブランクあんのか?」

 八卦が息を呑み、糸巻がぼやく。しかしそんな外野をよそに、トリック・クラウンの周囲を2つの光の輪となったレッド・リゾネーターが包み込む。現れたのは素材の2体とは似ても似つかない、なんとなく4つ足な竜の形に見えるドロドロした不定の生命体だった。

「シンクロ召喚、レベル6!全てと混ざるフェイスレス、ドロドロゴン!」

 ☆4+☆2=☆6
 ドロドロゴン 守2200

「ドロドロゴン……?」
「そしてこの瞬間、墓地へと送られたトリック・クラウンの効果を発動。1ターンに1度だけミーの墓地に存在するEmを1体選択し、攻守を0にして蘇生できる!ただしその代償として、ミーは1000ものダメージを受けなければならない」

 Emトリック・クラウン 攻1600→0 守1200→0
 一本松 LP2400→1400

「ここに来て、さらに自分で1000もダメージを……?」
「こりゃあまずいな」
「ああ、違いない」

 いぶかしむ八卦とは対照的に、この期に起こる何かを悟り頷きあう観客2人。事実、一本松の長い仕込みはようやく終わりを迎えようとしていた。ここまでの全ては、この展開を迎えるため。

「イッツ、フュージョンタイム!シンクロ召喚されたドロドロゴンは1ターンに1度だけフィールドのモンスターを使っての融合召喚ができ、さらにドロドロゴンは融合素材の代わりとして使用することができる!スワンプ・フュージョン……ブラック・マジシャン・ガール!」

 ドロドロゴンの体が文字通りドロドロに溶け崩れ、ドロドロの塊はしかしまたすぐに盛り上がって別の体を模り始める。すらりと伸びた足にメリハリのあるボディライン、そして特徴的なとんがり帽子。まさにブラック・マジシャン・ガールそのものとなったドロドロゴンと、甦ったトリック・クラウンが渦を描くように混じりあう。

「融合素材はブラック・マジシャンまたはブラック・マジシャン・ガール、及び魔法使い族モンスター。今こそ始まるショータイム、ミーのエースモンスター!秘術振るいしレジェンドソウル、超魔導師-ブラック・マジシャンズ!」

 それは、まさに伝説という言葉を体現したかのような存在。デュエルモンスターズにおいて抜群の知名度を誇る、黒の最上級魔導師とその弟子。その師弟が力を合わせた一体となり、敵を討つためにその魔力を解放させる。

 超魔導師-ブラック・マジシャンズ 攻2800

「ブラック・マジシャンズ……ですが、攻撃力はダイアンと同じ!」
「確かに。だからミーは、こんなカードを使ってみる。魔法カード、救魔の標を発動。この効果によりミーの墓地に存在する魔法使い族の効果モンスター1体、エフェクト・ヴェーラー……いや、ハットトリッカーをサルベージ。そしてこの瞬間、ブラック・マジシャンズの師弟魔法を発動!魔法・罠カードの効果が発動された時、1ターンに1度だけカードを1枚ドロー。そのカードが魔法か罠だった場合即座にフィールドにセットでき、さらにそのターンのうちに発動が可能となる。オーケーベイベー、ドロー!」

 意気揚々と引かれたカードに、その場にいる全員の視線が一斉に集まる。もっともあくまでもドロー効果であるため、その中身を確認することは本人にしかできないのだが。しかしそのカードは、表向きにされた。一本松、会心の笑みと共に。

「オーケィオーケィ、まだまだミーの腕は錆びついちゃいないみたいだ。ドローカードの名は、占い魔女 スィーちゃん!このカードはドローされた際に見せることで特殊召喚でき、さらにこの効果での特殊召喚に成功した時、相手モンスター1体を次のミーのスタンバイフェイズまで除外できる!クノスぺのうち片方には、しばらくご退場願おうか?」
「クノスぺっ!」

 悲痛な叫びが少女の口から洩れるが、伸ばしたその手は届かない。青い服の少女が杖を振るうと、ただそれだけでクノスぺの姿は音もなくかき消えた。

 占い魔女 スィーちゃん 守0

「ここで装備魔法、ワンショット・ワンドを発動。装備モンスターの攻撃力は800アップする……けれど、この杖が生きるのはもう少しだけ後さ。墓地に存在するBF-精鋭のゼピュロスの効果を発動!ミーのフィールドの表側表示のカード、ワンショット・ワンドを手札に戻してデュエル中1度だけこのカードを蘇生、そしてミーは400のダメージを受ける」
「このうえ、さらにモンスターを出すんですか!?」
「オフコース。夜空彩るブラックスター、精鋭のゼピュロス、復活!」

 BF-精鋭のゼピュロス 攻1600
 一本松 LP1400→1000

「では、改めてワンショット・ワンドをブラック・マジシャンズに装備。イッツ、エクシーズタイム!レベル4モンスター、スィーちゃんとゼピュロスでオーバーレイ!エクシーズ召喚、ランク4!ユーのデッキはどうやらクノスぺを軸としたヒーローデッキ……ならば、このカードが有効と見た。吹雪に踊るヤングレディ、No.(ナンバーズ)104 神葬令嬢ラグナ・ゼロ!」

 超魔導師-ブラック・マジシャンズ 攻2800→3600
 ☆4+☆4=★4
 No.104 神葬令嬢ラグナ・ゼロ 攻2400

 リンク召喚、シンクロ召喚、融合召喚、そしてエクシーズ召喚。異なる4つの召喚法を巧みに使い分けて盤面を構築するその動きには無駄がなく、基本はペンデュラム一本鎗でたまに他のモンスターも使う、という鳥居のエンタメとはまた違った方面からのアプローチが感じられる。
 しかし両者に共通するのは、いずれも一筋縄ではいかない相手だということだ。

「ラグナ・ゼロの効果発動。オーバーレイ・ユニット1つを取り除き、相手フィールドに攻撃表示で存在する元々の数値と異なる攻撃力を持ったモンスター1体を破壊する、ガイダンス・トゥ・フューネラル!そしてこの効果でモンスターを破壊した時、ミーはさらにカードをドローできる」
「私のクノスペシャルが……こんなにあっさり……」

 呆然とした様子で呟く八卦の目の前で、2体目のクノスぺが破壊される。さらにカードをドローされたことで、両者の差はさらに広がった。

 No.104 神葬令嬢ラグナ・ゼロ(2)→(1)

「バトルフェイズ。ブラック・マジシャンズでダイアンに攻撃!」

 2人の魔法使いが互いの杖をクロスさせ、強化された魔力弾をその中心から放つ。それを受けるダイアンも金剛の鎧と剣でその一撃を受け止め弾き返そうと力を籠めるも、1歩及ばずにその体が吹き飛ばされた。

 超魔導師-ブラック・マジシャンズ 攻3600→M・HERO ダイアン 攻2800(破壊)
 八卦 LP4000→3200

「く……!」
「そしてワンショット・ワンドの効果を発動。装備モンスターが戦闘を行ったダメージステップ終了時、このカードを破壊してミーはカードを1枚ドローする……む?」

 超魔導師-ブラック・マジシャンズ 攻3600→2800

 ダイアンが倒れ、八卦の場を守るモンスターは全ていなくなった。しかし少女の場から、まるでダイアンの忘れ形見であるかのようにHの文字をかたどったサインが浮かび上がり天井を照らしたのだ。

「なんてこったい、そんなカードが伏せてあったとは」
「ヒーロー・シグナル、発動します!私の場でモンスターが破壊された時、手札かデッキからレベル4以下のE・HEROを特殊召喚です。来てください、エアーマン……そしてエアーマンが場に出た時、デッキのHERO1体をサーチできます。私が選ぶカードは、E・HERO シャドー・ミストです」

 E・HERO エアーマン 攻1800

「ここまでミーが展開しても諦めない、か。なかなか気に入ったよユー、ユーにはエンタメデュエリストとしての素質がある。だがバトルフェイズは続行だ、続いてラグナ・ゼロで攻撃!」

 旋風のヒーローが起こす竜巻も意に介さず、氷の刃を手にした踊り子のようなモンスターが風の中を文字通り舞うように進む。そして逆手に握られたその刃が、エアーマンの体をざっくりと切り裂いた。

 No.104 神葬令嬢ラグナ・ゼロ 攻2400→E・HERO エアーマン 攻1800(破壊)
 八卦 LP3200→2600

「このターン中に決めきりたかったところだが、ともあれこれでラスト。ハリファイバー、ダイレクトアタック!」

 水晶機巧-ハリファイバー 攻1500→八卦(直接攻撃)
 八卦 LP2600→1100

「うう……ですが、なんとか耐え切りましたよお姉様!」
「グレート。ハットトリッカーをもう1度特殊召喚していれば、ミーの勝ちだったか……とはいえ、これは伏せカードに臆したミーの気合負けか。ミーはこのまま、ターンエンドする。しかし、ここからどうする気だい?ヒーローの売りは攻撃力加算、しかしミーのラグナ・ゼロは相手ターンでもその効果を発動できる。つまり、かなりの数の融合モンスターはその力が実質封じられたことになるが」

 詰めの段階で結果的な戦術ミスこそあったとはいえこのターンの一転攻勢により、2人のライフはほぼ互角となる。しかしそれは、ライフ差のみを見た話。手札の枚数は八卦が見えているクノスぺ含め3枚に対し一本松の手には同じく見えているマスマティシャンを含め3枚、しかし両者のフィールドには天と地ほどの差があり、それだけの差をつけてなお3枚ものカードを抱えている一本松の力量がうかがえる。
 いずれにせよ見えている妨害札(ラグナ・ゼロ)を、いかにして使わせるか。それが、今の彼女にとっては最優先課題だといえるだろう……糸巻はこの状況を、そう分析した。しかし言うのだけは簡単だが、それを行うのは決してたやすいことではない。あまりのフィールドの差に、戦意喪失などしていないだろうかと軽く心配になる。

「私のターン、ドロー!」

 しかし結論から言えば、その心配は杞憂だった。引いたカードを見たその瞬間、少女はほぼノータイムで動き出したのだ。

「魔法カード、闇の誘惑を発動。カードを2枚ドローし、手札の闇属性であるシャドー・ミストをゲームから除外。そして装備魔法、薔薇の刻印を発動!私の墓地から植物族モンスターのクノスぺを除外することで発動できるこのカードの効果で、装備モンスターのコントロールは私が得ます。そして私が選ぶのは……ラグナ・ゼロ、あなたです!」

 ラグナ・ゼロの素肌に、茨のような痣が走る。そして全身をのたうち回るかのように侵食したその痣はやがて先端が首元にまでたどり着き、その頂点たるラグナ・ゼロの頬の部分に大輪の花を咲かせた薔薇型の痣がくっきりと浮かび上がった。それと同時に薔薇の刻印に魅入られたラグナ・ゼロがフットワークも軽く振り返り、かつての主人と仲間に対しその刃を向ける。

「ブラック・マジシャンズの効果により1枚ドロー……いいのかい?攻撃力の高いブラック・マジシャンズでなくて」
「ええ、構いません。私の狙いは、このラグナ・ゼロをあなたのフィールドから離すこと。これでこのモンスターは、もう私のカードを破壊できません。そして魔法カード、平行世界融合(パラレルワールドフュージョン)を発動!このカードを発動するターンは他の特殊召喚が行えませんが、除外されたモンスターを素材としてのE・HEROの融合召喚を行います!」
「闇の誘惑を使ってのシャドー・ミストと、ミーが除外した……いや違う、薔薇の刻印でユーが除外したクノスぺか……!」

 薔薇の刻印は、発動コストに植物族を求める。そしてクノスぺは植物族でありながらヒーローの一員であり、平行世界融合を組み込むことで除外されてもデッキに戻しつつ多彩な融合レパートリーが可能となる。それはほんの小さな偶然のシナジーが生んだ、少女が操る2つの要素を繋ぎ合わせるための架け橋ともいえるコンビネーション。その蕾は、今まさに花開こうとしていた。

「その通りです!英雄の蕾、今ここに開花する。龍脈の大輪よ咲き誇れ!融合召喚、E・HERO ガイア!」

 床にひびが入り、鋭く走った地割れの中から黒い巨体が立ち上がる。その太い両腕を打ち合わせ足元に叩きつけると、衝撃波がまっすぐに走る。

「そしてガイアの効果を発動!融合召喚に成功したターン、相手モンスター1体の攻撃力を半分にしてその攻撃力を得ます。私が選ぶカードは、超魔導師-ブラック・マジシャンズです!」
「それで攻撃力の下がったところに攻撃するか、はたまたラグナ・ゼロの効果でドローに変換するか、かい?ノンノン、ミーのこのカードを忘れちゃあいけないよ。ミーは今の平行世界融合にチェーンして、ハリファイバーの効果を発動していた。相手ターンにこのカードを除外することで、ミーのフィールドにシンクロチューナー1体を選んでシンクロ召喚扱いとして特殊召喚する!」

 まっすぐに向かってくる衝撃波に対し、防御姿勢をとる師弟コンビ。しかしそれより先に、ハリファイバーが飛び上がった。その姿が光の粒子となって足元から消えていき、粒子は結集して新たなモンスターへと変化していく。それは、ピンクの長髪がたなびく魔法使いの少女。

「カモン、仲間を繋ぐグランドサポーター!TG(テックジーナス) ワンダー・マジシャン!」

 TG ワンダー・マジシャン 攻1900

「そしてワンダー・マジシャンがシンクロ召喚に成功した場合、魔法か罠を1枚破壊できる。ミーはガイアの効果にチェーンしてその効果を発動、対象は薔薇の刻印だ!」
「ほう。ラグナ・ゼロのコントロールを取り返すことで、逆に攻撃力の上がるガイアを破壊しにきたか」
「なるほどなあ、よく考えたもんだ」

 それは、通りさえすれば必殺の一撃となりうる効果。事実このターンの特殊召喚が平行世界融合のデメリットによって封じられた八卦には、このタイミングでのガイアの喪失は致命傷といっても過言ではない。
 しかし、少女はここでも驚異的な粘りを見せる。コントロールの奪還を狙われ、渦中のモンスターとなったラグナ・ゼロ。その足元からシュルシュルと恐ろしい素早さで蔦が伸び、その体を締め付けて地中へと引き込んだのだ。

「まだです!速攻魔法、冷薔薇の抱香(フローズン・ロアーズ)!私のフィールドから天使族のラグナ・ゼロを墓地へと送ることで、デッキからレベル4以下の植物族をサーチします。そして手札に加えたモンスター、クノスぺを通常召喚!」
「ここで、またしてもそのモンスターとはね……!」

 歯噛みする一本松だが、それはしかし必然である。徹頭徹尾、自分の信じるモンスターと共に。少女のデッキはその全てのパーツがクノスぺをいかにして生かすのかを基準に組み立てられており、クノスぺのために存在するのだから。なればこそ少女はここ一番の時は必ずクノスぺを選び、カードもまたその思いに応えようと懸命に戦い抜く。

 超魔導師-ブラック・マジシャンズ 攻2800→1400
 E・HERO ガイア 攻2200→3600
 E・HERO クノスぺ 攻800

「バトルです!まずはガイアでブラック・マジシャンズに攻撃、コンチネンタルハンマー!」
「さあ、通るか?」

 最初にその両腕を振りかぶったのは、ガイア。しかし今度の目標は、床などではない。魔法使いの師弟めがけ、圧倒的な質量を持った剛腕が唸りを上げて振り下ろされる。

「ノンノン、ノーン!手札からEmダメージ・ジャグラーの効果をこのターンも発動、捨てて戦闘ダメージを1度だけ0にする!」
「やはり握っていましたか……ですが、戦闘破壊は問題なく通ります!」

 E・HERO ガイア 攻3600→超魔導師-ブラック・マジシャンズ 攻1400(破壊)

「イエス。バット、この瞬間に破壊されたブラック・マジシャンズの最後の効果を発動。ミーのデッキからあるモンスター2体を選び、特殊召喚できる!」
「あるモンスター……まさか!」

 何かに気が付いた少女の声に、ニヤリと笑みをもって答える一本松。そしてガイアの剛腕が振り下ろされた衝撃で発生した砂煙の中から、2つの人影が飛び出した。

「カモン、常勝不敗のレジェンドコンビ!ブラック・マジシャン!アーンド、ブラック・マジシャン・ガール!」

 ブラック・マジシャン 攻2500
 ブラック・マジシャン・ガール 攻2000

「ここに来て魔法師弟の揃い踏みか」
「だが、八卦ちゃんだってまだ負けたわけじゃない。これは、いよいよ読めなくなってきたな」

 思いのほかハイレベルだった2人の戦いを、楽しげに観戦する2人。そんな背後のくつろぎムードとは裏腹に、真剣そのものの表情で少女が檄を飛ばす。

「お願いします、クノスぺ。クノスぺは場に他のE・HEROの仲間が存在するとき、相手プレイヤーにダイレクトアタックが可能です!」

 その言葉通りに3度呼び出された蕾のヒーローが魔法使い2人を飛び越えて、その奥にいる一本松をまたもや殴りつける。

 E・HERO クノスぺ 攻800→一本松(直接攻撃)
 一本松 LP1000→200
 E・HERO クノスぺ 攻800→900 守1000→900
 E・HERO ガイア 攻3600→2200

 度重なる攻撃や自発的な効果によって確実に減らされていった一本松のライフは、すでに風前の灯火。しかし彼にはいまだ、3体もの魔術師がいる。対して少女は今の攻勢にすべてのカードを使い切り、盤面のみで耐えるしかない状態。次のドローしだいでは、十分に逆転も狙えるといっていいだろう。

「私はこれで、ターンエンドです。そしてガイアの効果は終了し、攻撃力は元に戻ります」
「ミーのターン、ドロー!だが……」
「このスタンバイフェイズ、スィーちゃんの効果は終了します……ですよね?帰ってきてください、クノスぺ。そして場にクノスぺが2体並んだことで、クノスペシャルが復活します」

 E・HERO クノスぺ 守1000

 ガイアにしか攻撃を行えず、たとえガイアを倒してもクノスぺ2体が互いに攻撃を抑制する簡易ロック。もしこの処理にまごつけば、返しのターンでもう1度クノスぺのダイレクトアタックが決まることは目に見えている。そうすれば、今度こそ一本松の敗北は必至。
 しかし、今のドローフェイズを迎えた瞬間。勝負は、すでに決していた。

「さあ、ミーのショーも、いよいよ今がクライマックスだ。それではご覧に入れようか、スペクタクルなカードの力を!魔法カード、波動共鳴を発動。このカードの効果により、フィールドに存在するモンスター1体のレベルは4になる。ミーが選ぶカードは、ワンダー・マジシャン!そして、手札のハットトリッカーを通常召喚!」
「レベル変更カード?」

 TG ワンダー・マジシャン ☆5→4
 Emハットトリッカー 攻1100

「イッツ、エクシーズタイム!ミーはレベル4の魔法使い族モンスター、ワンダー・マジシャン及びハットトリッカーでオーバーレイ!エクシーズ召喚、ランク4!ミーの本当のエースモンスター、栄光にして永遠のエンターテイナー!カモン、Emトラピーズ・マジシャン!」

 突如フィールドに現れる、光のロープによって繋がれた空中ブランコ。そこに掴まった笑顔の仮面を浮かべるピエロが、どこからともなく照らしつけるスポットライトの光を浴びて高らかな笑い声と共に飛び出した。

 ☆4+☆4=★4
 Emトラピーズ・マジシャン 攻2500

「トラピーズ・マジシャン……ですが、そのモンスターでもクノスペシャルは破れないはず……!」
「ノンノン、お嬢さん。確かにミーの呼び出したモンスターでは、ユーの布陣を破ることは不可能。しかし、デュエルモンスターズの勝敗はそう単純なものではないのさ。もっとも、クノスぺを使うユーには大きなお世話だったかな?魔法カード、クロス・アタックを発動!ミーのフィールドに攻撃力の同じモンスターが2体存在するとき、そのうち1体は攻撃できない代わりにもう1体は直接攻撃できる!」
「直接……攻撃……!」

 息を呑む少女だが、もはやそれを止める手立てはない。空中ブランコから延ばされたトラピーズ・マジシャンの手を、同じ攻撃力2500であるブラック・マジシャンが掴み取る。遠心力に従い上昇していく2人の魔術師が、その頂点に達して静止したその1瞬の隙。そのタイミングを見計らい、黒魔導師がその手を放し空中へと飛び出した。そして放たれる高高度からの魔法の一撃は、クノスぺもガイアも届かない。

「バトル。ブラック・マジシャンでダイレクトアタック、黒・魔・導(ブラック・マジック)!」

 ブラック・マジシャン 攻2500→八卦(直接攻撃)
 八卦 LP1100→0

「イエス!」
「うぅ、負けました……」

 ガッツポーズを決める一本松とは対照的に、見るからにしょんぼりと地面にへたり込む少女。両者を見比べた鼓がふむ、と小さく唸り、糸巻の背中をまたも平手で叩く。抗議の表情に対し、お前が行ってやれとばかりに敗北した少女を指し示す。

「あー、八卦ちゃん?まあなんだ、惜しかったな」
「うぅぅ、お姉様ぁ~……!」
「あーわかったわかった、わかったから泣くなその顔で引っ付くな!……ったく、もう」

 よほど悔しかったのだろう、自分の胸に顔をうずめて本気で泣きじゃくる少女。引き離そうと試みるも、がっちりと固定された両腕に結局すぐに諦めてさせたいようにさせてやる糸巻。代わりに癖のないさらさらの髪を撫でながら、なるべく優しい口調を意識して語り掛ける。

「よくやったぜ、八卦ちゃん。もうこんなに強くなってたとはな、正直アタシも驚いちまった」
「うぅ……本当、ですか?」
「ああ、そうさ。それにな、負けて悔しいってのはいいことだ。それだけ真剣に戦ったんだろ?なら、その悔しい思いの分だけ必ず強くなれる。だから楽しいんだ」
「う……うわーん!お姉様、お姉様ー!」
「あーもう、わかったわかった。もう好きなだけ泣いてくれ、な?」

 またしても泣きじゃくる少女の頭を撫でながら、一本松の方へと向かった鼓に視線を向ける。そちらでは丁度、またしても仕事モードに切り替わった彼女が一本松に話しかけていた。

「おめでとうございます。どうかしましたか?」

 事務的な祝福の言葉にも答えず、どこかしんみりした表情でデュエルディスクを眺める一本松。問いかけられて、やっとその顔を上げた。

「いや、ミーもデュエルなんて本当に久しぶりなんだが。やっぱり……やっぱり、いいものだったんだなあって、さ」
「……そうですか、何よりです」

 そのそっけない言葉には、一体どれだけの感情が込められていたか。しかしそんな内心はおくびにも出さず、淡々と言葉を続ける。

「では出場申請、こちらの方で受理しておきます。失礼ですが、滞在場所をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 その言葉に、鳥居のいる病院近くのビジネスホテルの名を告げる一本松。デュエルフェスティバルが終わるまではそこにいるつもりだ、との言葉に頷いて、一時の切り上げを宣言する。

「では、後日……そうですね、急な話ですが、明日の午前中にでも正式な申請書類をもってそちらに伺います」
「オフコース。万一ミーがそこにいなくても、その場合は鳥居のところにいると思っておいてくれ。じゃあ、ミーはもうホテルに帰らせてもらうよ。シーユーアゲイン、ハブアナイスデイ!」

 その言葉を最後に、騒がしかった男は出ていった。ようやく戻ってきた静かな時間に、まだ泣きじゃくっている八卦とその対処に追われる糸巻へと順に視線をやり……鼓は仕事を全部押し付けられた空気を察し、人使いが荒いことだと小さなため息をつくのだった。





 夜道を歩く一本松。その足取りは軽く、表情からも上機嫌なことがうかがえる。
 彼の上機嫌の理由は、ひとえに先ほどのデュエルである。いまだ自分の腕が鈍っていなかったことへの満足、激戦の末掴んだ勝利の高揚……しかし何よりも大きな理由は、彼自身にも意外なことではあったがデュエルそのものにあった。劇団が解散して以来、ずっと封印してきた彼の魂のデッキ。14年ぶりにそれを使って思う存分に戦えたことはそれだけで彼の心に充足感をもたらし、いかに自分がデュエルが好きだったのかを思い知った。
 だからだろうか。その人影の存在に、ぎりぎりまで気が付けなかったのは。

「……む?ヘイ、ユー。そこに立っていられちゃ通れないよ、少し通してくれないかい」

 夜中ということもあり、人気などないはずの自然公園。なぜかその道の真ん中に立ちすくむ人影に、上機嫌なまま気さくに話しかける。しかし、その人影は答えない。返事の代わりにおもむろに、その左腕に付けられた機械……デュエルディスクを起動した。

「おいおい、穏やかじゃないじゃないか。勘弁してくれよ」

 こんな夜更けにデュエルの勧誘。14年前ならいざ知らず、このご時世にそんなことをするのは「BV」を利用しての通り魔ぐらいのものである。さりげなく徐々に後ずさりながら逃げる隙を伺う一本松の背中に、突然固いものが当たった。

「え?」

 咄嗟に振り返るとそこにあったのは、天まで届かんばかりの分厚い石の壁。いや、それは背後だけではない。気が付けば横にも正面にも張り巡らされた壁によって、彼の退路は完全に立たれていた。そして彼の記憶は、かつても見たことがあるその壁の正体をはじき出す。

「迷宮壁-ラビリンス・ウォール-……!」

 見覚えのあるその壁は、守備力3000を誇る壁モンスターそのもの。実体化したものを見るのは彼も初めてだが、それでも幾度かこのカードを使うデュエリストとは戦ったことがある。
 逃げ出すことは不可能。そう悟り、諦めて自らもデュエルディスクを起動する一本松。しかし、普段の彼ならばここまであっさりとデュエルを受け入れはしなかっただろう。勝利の高揚、デュエルの楽しみ。本来ならばプラスであるはずのそんな感情の残滓が、皮肉にも無自覚のうちに的確な判断を狂わせる。
 と、ここに来てようやく、沈黙を保っていた人影が口を開いた。といっても、その顔が見えたわけではない。影になって何も見えない人影から、押し殺した声が届く。

「……一本松一段。覚悟」
「ミーの名前を……!?ユー、ただの通り魔じゃないな!」

 答えはない。高揚の残滓すら完全に吹き飛ぶほどの嫌な予感を感じながらも、すでにデュエルは始まってしまっている。
 そして。

「ノ……ノーッ!!」

 それは、ほんのわずかな時間だった。絶叫が夜の静寂を裂くも、その声を聞きつけたものはいなかった。 
 

 
後書き
こんな引き作っといてなんですが次回は(も?)遅れる……かも。
頑張ります。 
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