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『賢者の孫』の二次創作 カート=フォン=リッツバーグの新たなる歩み

作者:織部
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ムスタール森林

 
前書き
 ぶっ飛ばせ常識を~♪ 

 
 オーグとシンがそのようなやり取りをする数日前のこと。
 ムスタール森林。
 他では植生しない珍しい草花や果物、珍獣奇魚が生息しており、魔法薬(ポーション)の原料を求める錬金術師や稀少な動物を狙う狩人、冒険者など多くの旅人が訪れる。
 しかし今この神秘の森は一頭の魔獣によって恐怖と殺戮の森と化していた。
 魔物化した虎が人々を襲い、喰らっているのだ。
 国は多額の報酬を提示してこの魔物を捕獲せよとの布告を出した。
 殺処分ではない、生け捕りである。
 災害級の魔物を捕獲せよとは高難易度のミッションだ。参加したハンター全員に日当が支給され、特に成果がなくても日銭が稼げた。だが生半可な腕前のハンターは最初からこの依頼に応じなかった。ただ森の中をうろつくだけでも魔の虎の餌食にされかねないのだ、矜持と技量を合わせ持った一流のハンターのみがこのミッションに加わった。



(どこだ……、どこにいる……!?)

 虎の残した足跡を追って魔物ハンター達が森の中を進む。
 生け捕りにしろとの依頼だ、【感電(ショック・ボルト)】の付与された長棍(クォータースタッフ)や強力な麻痺毒が塗られた弓矢で武装している。
 すでに何本かの矢を射かけ、麻痺毒の影響を受けているはずであり、動きの鈍った今が好機なのだ。

「待て」

 新参の魔物ハンターが声をあげた。リッツバーグ伯爵家の推薦で今回の仕事に加わったキイチ=ホーゲンだ。

「進めば進むほど気配が弱くなる。これは熊がよく使う止め足じゃないか?」

 止め足。あるいはバックトラックとも。野生動物が天敵の追跡から逃れるために自身のつけた足跡を踏んで後退し、足跡のついていない方向へ跳んで追跡者の目を欺く攪乱行為だ。追う側からはある地点から突如として足跡が無くなってしまったかのように錯覚することになる。

「おまえ、索敵魔法でも使っているのか?」
「いや、そういうわけではないが生まれつき生き物の気配には敏感でな」

 これは霊気の流れや霊的な存在を知覚し、感じ取る見鬼のことを言っている。

「なんだそれは?」
「ふん、あてにならんな」
「あれだけでかい図体だぞ、茂みに入れば草木がなぎ倒されているはずだが途中の茂みにはそんな形跡はなかった。やつはこの先だ」

 ハンター達は法眼の言葉に耳を貸さず先へと進む。
 目標の魔物は五メートル近い体長の巨体をしている。たしかにそれほどのサイズの生き物が茂みに入った形跡は見あたらなかった。法眼もはっきりと目標を認識しているわけではなく、強くは引き止められない。
 とはいえこの先にはいないことはほぼ確かだ。

「悪いが俺は別行動をとらせてもらう」
「好きにしな。猛獣の餌にならないよう、せいぜい気をつけろよ。この森には虎以外にも厄介な動物がいるからな」

 今回のように災害級の魔物を捕獲するような任務では隊を組む場合があるが、もとより魔物ハンターは単独行動を好む。顔見知りもおらず、法眼の離脱を止める者はいなかった。

「順風よ、逆風よ、廻り巡りて見えざるものの姿を現せ」

 【生命感知(ディティクト・ライフ)】魔法により、大小無数の生体反応を捉える。
 法眼はひときわ大きな反応のあった方向へと向かうと、長大な河にたどり着いた。

「おお、これがムスタール河か。話に聞くよりも遥かに雄大だな、絶景絶景。こんなでかい河は日本にはないぞ。まるでドナウ川……いやいや黄河や長江のようだ」

 ムスタール森林には同名の河が流れている。その流れは極めて緩やかで湖の水が風を受けて波紋を作っている程度にしか見えない。
 その河口三角州(デルタ)は長きに渡る水と陸の迷宮だ。巨大な大河は何百もの流れに別れて他の河川や湖に注ぎ込み、その間に無数の中洲と湿地帯を作る。

「優雅なる水鳥、湖上の舞踊家よ、その軽やかな魂を我が脚に宿せ」

 興の乗った法眼は【水上歩行(ウォーター・ウォーキング)】の魔法を唱え、海原の如き河の上に降り立つ。
 対岸が霞んで見える。まるで湖のようなムスタール河の水上を逍遙と歩いていると突然、目の前で水が噴き上がった。
 黒光りする物体が水面に躍り上がる。
 牛のように巨大な大ナマズだ。
 巨大な口にびっしりと生えた細く鋭い針のような歯で噛みつかれれば体に無数の穴が穿たれ、散弾銃で撃たれたかのようになるだろう。
 それが、襲いかかる。
 人を喰らう大ナマズの(あぎと)が迫る。

「美味そうだな」

 だがしかし、捕食者は法眼のほうであった。



 法眼は山籠りの修行のさいに食料を得るため、野生の動物を解体し、調理する術は心得ていた。
 おのれで狩ったものをおのれで食す。これこそ自然の摂理に則ったあるべき姿であり、山で採れたものを山で食べることに意味がある。山の霊気を浴びた山菜を体に取り入れることで霊力を養うことができる。
 仕留めたナマズを泥抜きしてぬめりも取り、首を斬り落とすと、その切断面に短剣(ダガー)をあてて切り開き、内臓を掻き出し取り除いてゆく。そして切れ目のほうから皮を少しずつ剥いてゆき、引っかかりを作るとそこから一気に剥ぎ取った。
 続いて肉。
 この大ナマズの全身は筋肉のようなもので肉の弾力がすさまじい。また骨は長く丈夫で肉にみっしりと喰い込んでいる。捌くには背骨に沿うようにしっかり刃を合わせて、あばら骨の流れに沿って肉をこそげ取るようにして剥ぐ。
 それでも小骨が多く残るので、これをどうするかが難題だった。

「これは難儀。この小骨の多さ硬さたるや、まるで蛇やウツボのようだな。肉を食べるのはあきらめて(スープ)の出汁にでもするか。……つうか本当にナマズか、これ?」

 どう料理しようか思案する法眼の索敵領域にひときわ大きな生体反応が生じる。



 法眼が離れた隊とは別のハンター達も魔物の足跡を発見し、追跡をしていた。
 前方へと続く足跡に意識が向かう。その間隙を狙い横合いから魔物は襲撃した。
 俗に虎は先頭を行く者を襲い、熊は逆に最後尾の者を襲うと言われるが、この妖虎は隊列の真ん中に突っ込み、その凶爪を振るった。
 胴を両断され、顔を左右に裂かれ、ふたりのハンターが一瞬で命を奪われる。

「――ッ!」

 声にならない迎撃の雄叫びは、やがて恐怖の叫びに変わり、すぐに死の沈黙となる。
 虎――。見る者を恐怖に畏縮させる鋭い眼光、聞く者を慄かせる恐ろしい咆哮。強靭かつ柔軟な筋肉に 鋭い牙と爪。その顎の力は強く、獲物の首を狙って喰らいつけば牛馬をも窒息死させるほどだ。人なぞ頸骨もろとも喰い裂かれよう。
 ただの虎でさえそれほど脅威なのに、魔物化したそれはまさに災害級の名に恥じない存在である。

「これは……、聞きしに優る狂猛さよ」

 ぞぶりぞぶりぞぶり、くちゃりくちゃりくちゃり、こつりこつりこつり、ぞぶりぞぶりくちゃりくちゃりこつりこつり――。
 ぞぶり、くちゃり、ぞぶり、ぞぶり、くちゃり、こつり、ぞぶり、こつり、くちゃり、こつり、くちゃり、ぞぶりぞぶり――。
 腹に頭を入れて臓物を咀嚼し、骨についた肉を舌でこそぎ落として喰らう魔物。緑の森はそこだけ真っ赤な色彩を帯び、むせ返るような血臭に満ちていた。
 人を喰らう妖怪と、その被害現場には慣れている法眼ではあるが、あまりの惨状に辟易する。
 このような人食いの魔物、生け捕りになどせず今すぐに処断したいところだ。
 そんな法眼の殺気を感じたのか、人食いの妖虎が顔を向ける。

 GURURURURU……。

 上半身を返り血で赤く染めた魔獣の口から臓腑に響く重く冷たいうなり声が漏れる。
 常人ならば恐怖に失神してしまうことだろう。
 百戦錬磨のハンターを一瞬で仕留めた妖虎だが、法眼を手ごわい相手と認識したようで警戒し、すぐには襲ってはこない。
 そればかりか少しずつ後退しだした。
 その体がうっすらとぼやけ始める。

「むっ、【擬態迷彩(カメレオン・カモフラージュ)】か!?」

 人が技術や知識で魔力を操り魔法を使うように、魔物は本能で魔力を操り魔法を使う。想像力次第でいくつもの魔法を発現できる人とは異なり、魔物の使う魔法は限られているが、本能に根ざしたそれを実に効果的に使用してくる。
 虎の体の縞模様は茂みに隠れ潜むのに最適な模様である。元来備わっているカモフラージュ能力を強化する形で、この魔物は魔法を使用したのだ。
 一瞬で周囲の風景に溶け込む【擬態迷彩】。物理的に変色するだけなら見鬼や索敵魔法によって発見することが可能だが、この妖虎は気配すら消していた。

「その状態だとよほど鋭い霊感の持ち主でもなければ見つけられんな。なるほど、そうして今までやり過ごしていたのか」

 手強いハンターからは隠れ潜み、勝てそうな相手だった場合は物影からの奇襲で仕留める。これがこの妖虎の戦術だった。
 あるかなしかの微かな気配が遠のく。どうやら法眼と戦うのは無益と判断し、逃げるようだ。

(強力な範囲魔法を使用すれば倒すことはできるだろう。だが殺してしまっては捕獲せよとの任務に失敗する。なによりもこの美しい自然を破壊するような無粋な真似はしなくない。それならば……)

 どのような魔法を使うか決めた法眼は呪文を唱える。

「バッカスの返杯、ディオニュソスの歓喜、飲めよ歌えよ酩酊せよ」

 範囲内の大気を高濃度のアルコールに変化させる【酒精酔霧(リカー・ミスト】。さらに相手が虎の魔物ということもあり、法眼はアルコール以外にもとある成分を加えてみた。
 イリドミルメシン、イソイリドミルメシン、ネペタラクトンなどの混合物であるマタタビラクトン。
 つまりマタタビだ。

「ごろにゃ~ん」

 擬態を維持できずに姿を現し、草の上をごろごろと転げ回る。
 魔物となっても虎は虎、猫科の動物。マタタビの効果はてきめんだった。
 まともに抵抗できる状態ではないことを確かめた法眼は改めて強力な昏睡魔法を施し、【魔力縛縄(ルーン・ロープ)】で厳重に魔物を縛り上げ、捕縛することに成功した。



 魔法学院には実技の練習で使用される練習場がいくつかある。ここもそのひとつで、主に対戦にもちいられる闘技場(アリーナ)だ。
 その面積はバスケットコースの四面分、高さ三メートルの壁の上には観覧席が続いている。
 壁面には強固な魔力障壁が張り巡らされており、中で激しい戦闘があっても外部に影響が出ないようになっていた。
 その中にムスタール森林で捕獲された人食いの妖虎の姿があった。

「GAOOOOッ!」

 観覧席から見下ろす見物人をにらみつけ、不機嫌そうに吼えかける。

「ヒェッ!」

 見物人の大半はその咆哮に身をすくませ、恐れおののく。

「こ、これは噂以上の怪物ですな」
「五メートル近いサイズの虎とは、こうも恐ろしいのか……」
「ええ、伝え聞くよりもこうしてこの目で見ると魔物がいかに大きいか実感できる」
「あの妖気……。まさに魔物!」

 学院の生徒達のみならず、捕まえた魔物を一目見ようと物見高い各界の名士らも連日見物に来ていた。

「餌はなにを与えているのだろう?」
「なんでも生きた罪人を与えているとか」
「ほう……、人を餌に……」
「どうかなされましたか?」
「いやなに、どうせならいにしえの剣闘士のように、腕に覚えのある猛者を虎と戦わせてみるのはどうかと思いましてな」
「それは面白そうですな!」

 暇をもて余した金持ちという連中はろくなことを考えないものである。有志が募って働きかけ、魔物相手の戦闘を手配し、喧伝した。

「褒美は金貨一〇〇枚に加えて好きなものをくれるってさ」
「学院の生徒はSクラス以外なら参加可能か……」
「出るやつなんているのかな?」
「んー、Aクラスのやつとか出そうじゃね?」
「まさか。そんな危険をおかすやつなんていないよ。腕に覚えのある魔物ハンターあたりが名乗りをあげるんじゃね?」
「けどこんなバケモノを倒しちまうなんて、Sクラスの、特にシン=ウォルフォードてのは本物の天才なんだな」
「いいよな~、運と才能に恵まれたやつらは」
「おれも天才に生まれたかった」
「凡人はどこまでいっても凡人だよな」

 生徒らもまた闘技場に連日足を運び、そのような会話が繰り返しなされた。
 そこに、カートの姿もあった。

(これだ……!)

 この魔物は人々の恐怖と力の対象。ただの人では絶対に勝てない存在。それを凡人である自分が倒すことで皆に力と勇気を、己を高められる可能性を示す。
 Zクラスの自分。すなわち凡人でも努力や修練を怠らなければSクラスとおなじ域まで行けると皆に知らしめるのだ。
 カートは災害級と魔物と戦う決意をした。



「衆人の眼前でただ人が魔物を倒すことでSクラスに向けられる畏怖と畏敬を払拭するというのか」
「はい、師匠(マスター)。そのための稽古をつけてください」
「カートよ、おまえは貴族だ。やがては伯爵家を継ぐ身。貴人が武威武力を示す必要などないのではないか? 領民の大安のために尽力するだけで人々の敬愛はおまえに向けられる。いたずらに武量を誇示することなぞ匹夫の勇と言うものだ」
「大平の世の中ならばそれで良いでしょう。だが今は帝国の侵略に晒され魔人の跳梁する乱世、脆弱な為政者にどうして民が安心して身を任せることができるものか。人々に安寧をもたらすには貴族の肩書きだけでは足りない、世は英雄を欲している。賢者の孫シン=ウォルフォードのような。だがあのよう規格外の英雄になれるのはごく一部の選ばれた天才のみ。そのような流れを変えたいのです」
「なるほど、俺が先日言った流れを変える。その方法がそれか」
「はい。……貴方の蒔いた種でもあるのですよ、これは。俺を焚きつけたのは貴方だ。俺を強くしてくれないとこまる。強くするべきだ!」
「ふふん、言ってくれる。おまえは今でもSクラスの孺子どもに匹敵する魔力武力を身につけているが、そこまで言うのならさらなる強さを得られるよう稽古をつけてやる。だがその最中に命を落としてもしらんぞ」
「それで死ぬのなら俺なぞその程度の男だったというだけです。だが、貴方に救ってもらったこの命、絶対に無駄にはしない。たとえ死んでも死ぬものか!」
「いいだろう、そこまで言うのならば我が法眼流の武功を伝える。それをものにできるかどうかはお前の意志と努力次第だ」

 カートの挑戦がはじまる。
 
 

 
後書き
 未知の世界へ行こう~♪ 
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