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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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情報の真価

理子から受け取ったタブレットは、端末の重量とは別の重量を内包しているように思う。それは画面いっぱいに記された、神崎・H・アリアに関する情報のぶんだけの重みだった。これだけの情報を何処から集めてきたのかは定かではないけれど、今の自分には、必要なものだろう。単なるクラスメイトとは別になる、云わば『武偵活動のためのパートナー』としての。


「……へぇ、そうなんだ」


『身長142センチ、体重34キロ、誕生日は9月23日、血液型はO型。ピンクのツインテールに小学生のような体型で、赤紫色の瞳の美少女。好物は桃の形をした饅頭「ももまん」。雷と泳ぐことが苦手であり、直情的で子供らしい性格を持っている──』
文章を目で追っていく。今回は速読はせずに、一語一句をそのまま記憶として定着させたかった。何度も何度も心の中で読み返しては咀嚼して、また次を読み返していく。その中にあった1つに、また意識を向けた。直感的にここは重要だなと、何かしらを感じたから。
『専門科目は強襲科で、Sランク武偵。特技は銃剣術及び徒手格闘。バーリ・トゥードを主とする。数多くの優秀な実績から「双剣双銃(カドラ)のアリア」の二つ名を持っている』


二つ名は誰にでも付けられるわけではない。公式だろうと非公式だろうと、それ相応の実力と実績に伴って付けられるのだ。名が広まれば自ずと注目を浴び、二つ名というものは世界的に定着されていく。アリアという少女は、それほどの逸材なのだろう。英国──ロンドンでは。
続く1文で、背のあたりに震懾に、悪寒が走るのを感じていた。
『14歳からロンドン武偵局の武偵としてヨーロッパ各地で活躍し、狙った相手を99回連続、かつ武偵法の範囲内で全員捕まえ、その間1度も犯罪者を逃がしたことがない』


「いやいやいやいや……、有り得ないでしょう……」
「凄いでしょ? 理子も最初見た時はびっくりしたなぁ」
「……俄には信じ難いね。それじゃあ二つ名が付くわけだ」
「あっ、あとね。もう1つ面白い情報があるんだけど……」


そう言って、理子は画面をスクロールさせていった。
『──母親が日本人、父親が英国人とのハーフで、彼女自身はクォーター。祖母はDameの称号を持っている。父方は高貴な一族であり、H家と称している。また、腹違いの妹がいる』


「ねぇ、このDame(デイム)の称号っていうのは?」
「うーんとねぇ、英国貴族に与えられる称号かな」
「……っていうことは、なに。アリアは貴族の嫡流ってこと?」
「そうそう、そういうこと!」


「ヤバい子だよねー、アリアって」理子はそう苦笑しながら、何がなしに壁掛け時計に目線を遣っていた。そうして、そろそろ戻らなければならないと思ったのか、身軽な動作でソファーから立ち上がると、こちらに手を振りながら挨拶だけ残していく。


「じゃ、理子はここでバイバイなのですっ。また明日っ! そのタブレットはあげるね!」
「うん、ありがとう。道中は気を付けて」






理子が去った後もそのままタブレットを眺めていると、そこにはアリアのプロフィールだけではなく、先日に鑑定を頼んだセグウェイに関しての結果も記してあった。市販のセグウェイには、スピーカー、流通品のUZI、遠隔操作の電波受信機、そうして当時の読み通り、あのセグウェイには諸々のセンサーも取り付けてあったらしい。温度感知センサーと、物体移動感知センサーの存在、その2つがこの鑑定で明らかになった。この情報は、大きいね。

すると、不意に扉の開閉音がした。画面から顔を上げてみると、どうやらアリアが帰宅したところらしい。「お疲れ様、何処に行ってたの?」と問い掛けると、「ちょっと捜し物をしにね」と返ってきた。少しだけ、はぐらかされたような気がする。捜し物とは何だろうか。


「それより、彩斗こそどうしたのよ。タブレットなんか見てて。……あれっ?」


俺がタブレットで何を見ているのか疑問に思ったらしいアリアは、ちょうど背後に回ってくるようにして、その画面の中を覗き込んでいた。そうして、気が付いたようだ。
「アタシのプロフとセグウェイの鑑定結果じゃない。誰かに貰ったの?」と問い掛けてきた。


「うん、探偵科の理子にね。タイミングもタイミングだし、ちょうど良かったよ」
「ふぅん……。勉強熱心ね」


アリアはそう呟くと、そのままソファーの背もたれを飛び越えて、自分の隣へと腰掛けた。小さく伸びをしている彼女の姿を一瞥してから、タブレットを机の上に置いた。同時に、いま隣に居る眇たる一少女が、天才と高貴とを兼ね備えた少女であることに、内心で戸惑っていた。


「ところで彩斗って、ご両親はどうしてるの?」


アリアは不意に、そう問い掛けてきた。その言葉の裡面に、何を潜ませているのか。そもそも何故、このタイミングでその問いをぶつけてきたのか。彼女が今しがた帰宅したことと、何かしら関係があるのではないか──暗に勘繰りながら、それを気取られないように答える。


「えっとね……2人とも死んだよ。父は警察庁の公安でね、そこで殉職した。14才の頃かな。母もその翌年に病死。どちらにしても、武偵中に入りたての頃だったと思う」
「あっ、えっと……そう、なのね。……なんか、ごめん」
「別に気にしなくていいよ。それに──訊きたいことがあるなら、直に訊けばいい」


アリアの顔色を観察していて分かった。表層的には驚いたように、きまりが悪いように見せているけれども──純粋な驚きとは掛け離れているように思えた。そうして、この話題はブラフだろう。本命を探るための外堀がこの話題だ。アリアの本命は、別にある。そう確信していた。
「じゃあ、訊くけど──」そこまで彼女は言い終えて、言い淀んでいる。それでも訊くための意を決したのか、その赤紫色の瞳でこちらを見据えてきた。「38代目、でしょ?」


「如月姓──父方は代々から国家公務員の家系らしいわね。お父様も、お祖父様も、曾祖父様も、みんな当時の国家公務員に就いてる。如月一族はエリート一家なのね。まぁ、それだけでも充分なんだけど、面白かったのはこっち。母方は──本家があの安倍大社で、氏は土御門を名乗ってらっしゃるでしょ。安倍大社は安倍晴明公を祭神にしているところで、土御門家は安倍晴明の嫡流。安倍晴明の直系で系譜を見た限りでは、如月彩斗はその38代目になるわ」


「どう、合ってるでしょ?」いつもは上がっている眦を、今ばかりは下げながら、アリアはそう詰問してきた。本人からすれば答え合わせのつもりなのだろうが、こちらからすると取調べに近しかった。むしろ、ここまで調べを付けていたとは、思ってもいなかったのだ。それと同時にやはり、この子の情報収集能力に感心させられてしまった。否、裏を返せば、ここで済んで良かった──と、そう区切りを付けるべきだろうか。「うん、正解」と答えるのが、関の山だった。


「ヘリの中で、陰陽術の話をしてくれたでしょ。それがヒントになったの」
「まぁ、せっかくパートナーになったのなら、隠しても意味は無いしね。それでも……本家のことに関しては、必要最低限の露呈しかしないつもりだよ。如月彩斗が38代目だというのも、現段階ではキンジと君しか知らないわけだから。内密にしておいてくれるかな」


本家、土御門家、安倍晴明公の嫡流──これらは全て同一視すべきものだ。そのなかで世俗に対して完全に隠匿すべきこと、というものは、少なからずある。必要最低限、受動的な露呈というのも、また。その反面、露呈しても構わないようなこともある。主には安倍大社のことだ。
そうして、自分が38代目安倍晴明だということは、必要最低限または受動的な露呈になる。この情報を悪用されると、本家の本質にさえ手が届きかけてしまうのだ。だから、人を、選ぶ。


「君に露呈させた時点で、もう君のことを信用していると言っても過言ではないからね。アリアが何のために自分をパートナーにしたかは知らないけれど、可能な限りは手伝うよ」
「ふふっ、ありがと。優しいのね」
「優しくないよ。普通のことをしているだけ」
「それじゃあ、ただのお人好しね。武偵としてもお人好しでしょ? ほら」


笑いながらアリアがポケットから取り出したのは、4等分に折られた1枚の紙だった。そこには自分が1年次に受けた依頼の総解決数と、学年順位が掲載されている。
『2-A 如月彩斗 専門科目:強襲科
1年時解決依頼及び事件:58件。(強盗・密輸・潜入等)
総解決数:58件。強襲科学年1位』
うん、まぁ……お人好しですよね、としか返す言葉が見当たらないかな。自分でも便利屋よろしく依頼を受けていたなぁと思うから、やっぱりお人好しな気質があるのかもしれない。

言い返す言葉も無いので苦笑していると、唐突にリビングの扉が開く。アリアと揃って視線を向けると、授業を終えたらしいキンジが帰宅したところだった。臙脂色の制服姿で、鞄を手に提げながら、さも面倒臭そうな顔をしている。「おかえりー」と挨拶してみると、「あー……あぁ、ただいま」と返ってきた。君は勉強してきただけなのに何が面倒臭いの。


「……ところで、神崎はいつまでここに居るつもりなんだ」
「ずっと居るつもりだけど」
「はぁ……?」


まぁ、確かに自分も気になってはいたことだけれども──何となくアリアがそう答えるだろうなぁ、というのは、予想がついていた。そもそも昨夜から今朝にかけて姿を見せずに、昼間になってから気侭にここに戻ってくるあたり、もう拠点にされているのは間違いないだろう。


「別に英国じゃ、パートナー同士が同棲することなんて普通よ?」
「パートナー、って……。誰とパートナーになったんだよ」
「ここに居る如月彩斗と、だけど。ねっ?」


そう言って、アリアは笑いかけてきた。色々と誤解を産むような言い方は止めてもらいたい。
けれどもまぁ、相手がキンジなら、別に問題は無いかな。今だって、よく分かっていなさそうな顔をしているし。アリアと武偵活動のパートナーになったことは、後で伝えておこう。 
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