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緋弾のアリア ──落花流水の二重奏《ビキニウム》──

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最悪と災厄

久々の自転車通学は、ある種の青春感を胸の内に抱かせていた。半身に受ける春陽と頬を撫でる春風とが、実に心地よい。まさに始業式に相応しいのどかな朝だね──と併走して走るキンジに問いかけてみせると、快活な返答を受け取った。

居住区である第3男子寮から自転車を走らせ、近所のコンビニやレンタルビデオ屋の前を通っていく。更には台場のモノレール駅の下を潜り、その向こうに見えたのは東京湾と数々のビル群。
空には雲ひとつ浮かんでいなかった。ただ春らしい朧気が、群青と紫金の階調を覆い尽くしている。陽光はその朧気の中を掻い潜って、誰に振るともなく地表に降り立っていた。

その地表、自分たちの通っている東京武偵校は、レインボーブリッジの南に浮かぶ南北およそ2km、東西500mの人工浮島(メガフロート)の上にある。学園島と称されたこの人工浮島は、武装探偵──通称、『武偵』を育成する総合教育機関だ。

武偵とは凶悪化する犯罪に対抗して新設された国際資格で、武偵免許を持っている者ならば武装を許可され、逮捕権を有するなど、警察に準ずる活動が出来る。しかし警察と違うのは金で動き、武偵法の許す範囲内なら何をしてもいいということ。それこそ荒っぽい仕事でも、下らない仕事でも。言い方を変えるならば、『便利屋』と揶揄されることも少なくない。
 
そして、この東京武偵校には一般高校にある一般科目(ノルマーレ)に加え、武偵活動に関わる科目を履修できる。
専門科目にもいろいろあるけれど、今、横を通りすぎた建物が探偵科(インケスタ)棟だったかな。主に古式ゆかしい探偵術や推理学を学ぶ科目で、今のキンジが在籍している学科だ。
その向こうに通信科(コネクト)鑑識科(レピア)強襲科(アサルト)と続く。通称『明日無き学科』こそ、自分と去年までのキンジが在籍している、或いはしていた学科である。
 
そんな強襲科の学科棟が見えてきたところで、不意に後ろから声が聞こえてきた。キンジではない。聞き覚えの無い声だった。何なら、人間ではなさそうだ。抑揚の無い機械音声と形容すればいいのだろうか。所謂、流行りのボイスロイドというやつだろう。


『その チャリには 爆弾が 仕掛けて あり やがります』


爆弾とは、朝からこれまた面白い冗談だ。このご時世、ろくに爆弾なんて手に入れられるのは、武偵や警察くらいだしね。一般人でも作ろうと思えば作れるけど、そんな馬鹿なやつは居ない──そう嘲笑しながら、キンジと揃って後ろを振り返ってみた。


「ねぇキンジ。何だろ、これ」
「……セグウェイ、か? ついてきてるな」


キンジの言う通り、その声の発信源と思しき無人のセグウェイが、俺たちの後ろに追走してきていた。遠隔操作──通信系の類のようで、セグウェイにも周囲にも人影は見られない。
そしてよくよく観察してみると、ある異変に気が付いた。


「キンジ、あれ見て。銃」
「UZIか。……こりゃ面倒だな」


無人セグウェイの人が乗るべき場所には、何の目的かUZIが取付けられていた。傍らには小型スピーカーも見受けられる。つい先刻のボイスロイドの音声は、そこから出力されたのだろう。
そんな珍妙なセグウェイが、自分たちの自転車2台と全く同じ軌道で、2基とも追走してくる……さぞかし珍妙な光景だろう。


『チャリを 降りやがったり 減速 させやがると 爆発 しやがります』


文節ごとに区切ったような拙い音声をしていた。
にしても……音声だけの珍妙セグウェイなら、どれほど良かったことか。セグウェイだけならまだしも、そこにUZIを取付けるあたり──これにはもう、殺意しか感じられない。 UZIという短機関銃を選択したところにも、それが垣間見えていた。

そもそもUZIというのはイスラエルのIMI社の傑作品と言われている。秒間に10発もの銃弾を発射できる、かなり集弾性が高い、近距離特化型の短機関銃として名を馳せていた。武偵校の中にも愛用者は少なくない。それほどの能力があるのだ。

自分もキンジも、置かれたこの状況を理解しすぎるほどに理解していた。そうして、どれほど身動きの取りにくい、不利な状況下に置かれているか──というのも、また理解している。


「何の悪戯だよ、これッ!」
「怒鳴り散らしても無駄だよ。どうせ操縦者はこの辺りには居ないだろうから。仮に何処かで聞いていたとしても、この行為に愉悦感を与えるだけでしょう。キンジも武偵なら冷静に対処しなさい。探偵科に移動してその能力が鈍ったとは言わせないよ」
「冷静に、って……どうしろってんだ」


そこまで言うんなら対処方法はあるんだろうな──そう言いたげなキンジの視線を受けて、小さく頭を振る。「いいかい、まずは状況の分析だよ」と切り出した。


「──サドルの裏、触ってみて。……分かる? プラスチック製のケースだとは思うけれども、これが爆弾だろうね。ご丁寧なことに、ここにもキンジの自転車にも付けられてる。このセグウェイと爆弾とを結びつければ、武偵殺しの模倣犯と考えるのが賢明かな」


「まさか本当に、こうして間見えるとは思ってなかったけどね」そう言って零した笑みを自分で反芻してみると、磊落なそれにも、苦笑にも思えた。キンジは前者に捉えたのだろうか。「笑ってる場合じゃねぇだろ!」などと自分に向かって怒鳴りかけるくらいには、やはり焦燥していた。


「対処方法は考えてるから少し辛抱して。決して速度の増減をしないように。平静を保ってね。いいかい? ……よし」


キンジに向けたその忠告は、勿論、自分にも向けている。打開策を見付けたのにミスをして爆死なんて、御免蒙りたいからね。
幾つか思い付いた中から最も確実なものを選択し、ある程度のシミュレーションを試みている、途中──唐突にキンジが虚空を指差し、何事かを叫び出した。瞼を細めて凝視する。


「彩斗、あれ見ろ! あそこの──武偵校の女子寮の屋上だッ」
「んー……。女の子? 奇抜な風貌だけど、初見だね」


細まった視界に飛び込んできたのは、女子寮の屋上の縁に立つ1人の少女だった。ピンク色の髪をして、その髪をツインテールに束ねている。焦点が合ったのか遠目にもよく見えた。迷いなく屋上のその縁に足を掛けた彼女は、どうやらあの高さから飛び降りようとしているらしい。

何故──と訝しむ暇さえ与えず、少女は虚空に身を踊らせる。そのまま自由落下するかと思われた彼女の後を追尾するように、滞空準備させてあったらしいパラグライダーを空に広げていった。髪と制服とを靡かせ、彼女は果たして何処に向かうのか──という考えが脳裏に過ぎる。その滑空速度もまた、異様だった。


「まさか──」


あの速度と軌道は、間違いない。こちら側に接近してきている。その距離が、目測で僅か十数メートルほどになった。このままだと衝突の危険があると察したらしいキンジは、少女へと叫ぶ。
 

「危ないから来るな! この自転車には爆弾が──うわっ!」


少女は気流を上手く掴んでパラグライダーの方向転換を図ると、左右のレッグホルスターから2丁の大型拳銃を抜いた。眼光鋭くキンジを睨み付けたのも一瞬のこと、その不安定な虚空に晒されながらも、銃の照準を合わせることに意識を傾注させたらしい。
手にしているのは45口径、コルト・ガバメントだろうか。華奢な身軀の少女がそんな銃を扱うとは、到底思えなかった。


「ほら、そこのバカ共! さっさと頭を下げなさいよ!」


少女はそう叫ぶが早いか、問答無用で2基のセグウェイを銃撃していく。自分たちの頭の下げるのも、ろくに待たないで。45口径の轟音と少女の金切り声とが相まって、実に勝気な印象を彼女のその風貌から抱かされた。

その少女が悔しそうに眉を顰めたのを見て、反射的に後ろを振り返る。どうやら1基は破壊出来たようだが、もう1基はまだ追いかけてきていた。仕留め損ねたことを悔いていたのだろう。
……としても、拳銃の平均交戦距離は7mと言われている。だが、少女とセグウェイの距離はその倍以上あった。気流を上手く捉えているとはいえ、不安定なパラグライダーから、おまけに2丁拳銃の水平撃ち。 2丁拳銃は自分も出来るが、パラグライダーからの銃撃は予想してはいなかった。


「……上手い」


強襲科Sランクの自分から見ても、相当の射撃の腕だ。あんな子が、今まで武偵校に居たのか……?
その技量から強襲科の人間と予想したはいいものの、その記憶が正しければ自分は彼女を知らない。勿論、武偵校に居ればすぐにでも噂になりそうな子だから、それが無いということは……。
 
器用に2丁拳銃を回してホルスターに収めた少女は、今度こそ──依然として険しい顔付きのまま──こちらに向かって飛来してくる。そうして数瞬、自分とキンジを交互に見遣った。何やら思案げな、それでいて物憂げな色を見せている。端麗な容貌には、その表情が酷く似つかわしかった。

ただその面貌が故に、この少女が何をしようとしているのかが、あらかた類推できてしまったことは幸いだろう。その短躯で、どうやら自分たちのうちの1人の救助(セーブ)を試みているらしい。1度に2人も救助は出来ない──だからこそ、その目配せがここで意図を発揮したのだ。
そうであるならば──、


「君、こっちのことはいいから、もう1人を何とかして!」
「なっ……、彩斗はどうすんだよ!」
「自分で何とかする! ……ほら君、早く!」


キンジのことは取り敢えずこの少女に任せておくとしよう。せめて自分は自分の出来る限りのことをして、この勢力を分散しなければどうしようもない。このまま追い回され続ければ、体力面で分が悪い人間側の敗色が濃厚だ。短期決戦を仕掛けるしかない。
それを裡面に含ませて、俺は少女にキンジの命運を託したのだから──同時に、少女はそのツリ目がかった赤紫色(カメリア)の瞳で睨みつけてきた。小さく頷いて応じてやる。

自転車は既に武偵校のグラウンド内に差し掛かっており、キンジと渺たる一少女とはそこで離別することになった。ここまで来ればもう、あの2人を気にしている猶予など無いことは、自分がいちばん分かりきっている。背後に聞こえた爆発音と爆風を背で受けながら眼前を凝視した。

紡錘形の異形が結んだ先は、つい先刻のグラウンド内とは打って変わって、武偵校の校門付近だった。背後にあったはずのグラウンドが今は視界の端に掛かっている。大破炎上しているかつての自転車だったものが、黒煙を朦々と上げていた。

振り返って後ろを見ると、セグウェイは未だにUZIの銃口を向けたまま追走してきている。突き放せれば御の字だったが、そんなに上手く事は進まないものだね──と溜息を吐く。
しかし、自分だって今まで何の気なしにセグウェイを観察していたわけではない。そもそも、あの少女と一言二言を交わした時には、その対処方法は既に立案されていたのだから。

不意に、黒煙の臭いが鼻腔を擽った。軽風に靡く前髪が、滲んだ汗のせいで額に張り付いている。それに妙な心地悪さを覚えながら、ふと春の朧気に霞む群青を見上げていた。
()()らば()れ──。


「……そろそろ頃合いかな」


呟き終えるか否か、自分は自転車をグラウンド入口に差し掛けたところで飛び降りた。そうして力の任せる限りに、ここから出来るだけのグラウンドの内部へと放り投げる。もうハッキリと、あの大破炎上している自転車の成れの果てが見てとれた。
それを真似るようにして、この自転車も揃いに爆破した。空中で、それも自分のすぐ付近で爆発したものだから、その爆風や残骸とが容赦なく降り注がれていく。それすらも──好都合。

あの珍妙セグウェイを観察しようと何度か振り返った時に分かったのだが、どうやらあのセグウェイは電波操作だけでなく──温度・物体移動センサーによっても、その補足対象の動きを把握しているらしい。UZIや小型スピーカーの他にも取り付けられていることを不思議に思ってはいたが、どうにも見覚えがある。何処かで見たような機械が搭載されていると思ったら、以前、装備科(アムド)で見せてもらったのを思い出せたのは僥倖だったね。

自転車が爆破されたことにより、その爆破された自転車の周辺は温度が急上昇する。あまつさえ、爆破の際に生じた破片も沢山飛び散っている、ときた。奥にはあの大破炎上の果てもある。
読み通りならセグウェイは台座ごと方向転換をし、銃口の向ける対象は自分ではなく、あの木っ端微塵になっている自転車へと向けられるわけだろう──この仮説が、果たして通るだろうか。


「──っ、」


その一刹那に、9mmパラベラム弾の轟音が周囲一帯に鳴り響いた。あの45口径にも匹敵するような、そんな轟音。狂ったように虚空へと銃弾を浴びせ続けるセグウェイは、珍妙と呼ぶよりやはり、狂気としか思えなかった。
UZIが1マガジンを撃ち切るかどうかのところで、ホルスターから44口径のデザートイーグルを取り出す。いつ握っても重厚感があって、グリップが手に馴染まない。

照準をセグウェイに定めるのは簡単なのだけれどね──そう思いながら、グリップを握る手、或いは腕を固定した。静かに引き金を引くと、その動作とは似つかわしくないほどの反動が手を通して全身に巡る。下手に構えると腕が外れそうだ。大口径銃に特有の──例えば44口径マグナム弾の鳴動が、鼓膜を震わせて余韻を生んでいく。それに浸る暇は、無かった。

中枢部分を破壊されたセグウェイは、無機質に佇んでいる。そうしてその背後や傍らから、何処ともなく現れた8台のセグウェイに銃口を向けられているのを理解するまでに、少々時間を要してしまった。しかもご丁寧に周囲一帯を円形に囲まれている。銃で1台ずつ倒していく余裕は……無い。厭な焦燥に駆られながら、大刀契──《緋想》──を抜刀した。

──刹那、知覚の全てが、さながら《緋想》の刀身の如く、明瞭に感じられた。研ぎ澄まされた、視覚、聴覚、嗅覚。一点の汚れすら存在しない、冷酷なほどに澄んだ、明瞭世界。《緋想》によって創られたこの世界の名を、『明鏡止水』と呼ぶ。……否。《緋想》を媒介として、という方が正解にはほど近しいだろうか。

《明鏡止水》は《緋想》によって創られたものだが、そもそも《緋想》は自分の始祖、歴代最高峰の陰陽師として名高い安倍晴明が打ったとされる刀──いわゆる妖刀だ。
清明の打つ妖刀は使用者の()を吸収し、それを能力として具現化させる。それが、《明鏡止水》として表れた。大刀契としての能力は始祖の引く直系子孫のみしか扱えず、それ以外の人間が使っても、ただの斬れ味の良い日本刀にすぎない。……それでも十分では、あるのだが。

視線だけを動かして周囲を見澄ます。8台のセグウェイは全て、頭部へと照準を定めていた。マズルフラッシュが、焚かれた。《明鏡止水》の加護があるとはいえ、それなりの速度で迫り来る銃弾を《緋想》で両断する。累乗された弾片は互いに跳弾し、地に落ち、或いは、床を抉っていった。

銃弾が自分に当たっていないことを確認したらしいセグウェイは、再度、弾幕の如く銃弾を浴びせてくる。俺を殺すまでこうしているのだろうか。実につまらない機械の一生涯(・・・)だ。
それら全てを拝んでやろうと廻転してみせる。同時にこの空虚に手を翳しながら、実体を生み出した。範囲を指定された《境界》は──耐えず射出された銃弾を飲み込んでいく。
全てを喰らい尽くした《境界》は気紛れにその姿を消すと、片腕を掲げるのを合図に、セグウェイの死角に開かれた。センサーの探知範囲外なのか、銃口が自分から逸れることはなかった。


──さぁ、銃弾のお返しだ。戴き物の返礼品だよ。
セグウェイを円形に囲み覆った《境界》は、またも現れてはその飲み込んだ銃弾をご丁寧に吐き出していく。無論、それらに反応することなどは、到底叶わないのだ──。


「……ふぅ」


今度こそ安堵の溜息を吐いてから、銃と大刀契とを収めた。眼前に散らばるセグウェイは、揃いに揃って佇んでいる。向こうに吹いていた黒煙も、風に乗って臭ってきた。
それらを一瞥してから、自分はケータイで武偵校の裏サイトにログインする。装備科、鑑識科、探偵科などの後処理をやってくれそうな学科に、匿名でその旨を送っておいた。始業式早々に申し訳ないね──と労いの言葉を末尾に置いて。そうして「それにしても──」と周囲を見渡す。


──例の女の子とキンジは、何処に行ったのだろうか。

 
 

 
後書き
今回もお読みいただきありがとうございました。宜しければ、お気に入りや評価等お待ちしております。( *¯ ꒳¯*) 
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