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人理を守れ、エミヤさん!

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名探偵士郎くん!





 絡み付く策意。糸に絡めとり補食する蜘蛛の如き手法。
 感じた事がある。手駒を捨て石として、相手の身を削り本命を当てる策の癖。沈思黙考する士郎は自身の戦術論理に基づき思考を構築し、人理を巡る緒戦から紐解いていく。
 第二特異点の戦歴を参照し、己の感じるものの正体を探った。ローマでの戦いで何があった? 要点を纏めて脳裏に箇条書きしつつ、思い出す。
 ……敵は何者か。魔神柱だ。ローマで見た魔神柱はこちらを分析していた。その後の魔神霊ロムルスとの決戦の前に、あたかもこちらの戦力を削減させるためだけに現れたような、アッティラ王との交戦。そして思い返すこの第三特異点での戦歴では、初戦からアルケイデスと戦い、既に二度も交戦している。まるで選べる道を狭め、塞ぎ、誘導してくるような戦術の手口が、ローマでの流れと被る。

「――あくまで戦術の感覚的なものだ。レオナルド、アグラヴェイン、お前達は何か分かるか?」

 カルデアとの通信を繋げ、己の所感を二大頭脳に伝える。鉄の宰相は厳つい顔を険しくさせ、レオナルドもまた難しげに呻いた。

『……士郎くん、君は頭が切れる。こと戦術に関しては私よりも秀でてるだろう。でもそんな士郎くんが助言を求めるって事は、もう何か掴めてるんじゃないのかな?』
「朧気には、な」
『マスター。私は現場にいた訳ではない。しかし第二の特異点での戦闘記録は閲覧している。私に言えるのは、恐らくマスターの感じているものと同種だ。――後手に回らされているな。打つ手のない状況故に、先手が取れていない』
「……そうだな。敵は明らかに(・・・・)俺達と戦おうとしている。或いは戦わざるを得ない状況にしている。それがなんの為か、今一掴みかねるのが現状なんだ」

 カルデアの戦力を測るため? 否、英霊召喚を行えるカルデアの戦力は、常に一定という訳ではない。敵からすればいつ変動するか分からない数値を参考とはしないだろう。
 魔神柱は単体でもサーヴァント数騎分の戦闘能力がある。魔神柱の黒幕がいるのはほぼ固まった推理だが、馬鹿正直に正面から戦わせる事になんの意味がある?
 消耗を狙う……それはあるかもしれないが、違うような感じがする。
 恐らく第二、第三の特異点の図面を描いたのは同じ魔神柱だ。指し手の癖が同じ故に、仮に別の魔神柱でも同じ事。小技で削り本命で叩き潰す、基本に忠実な策士だ。相手方の駒の指し癖は大方これで把握した。対等な、或いは有利な状況に運べれば一方的に叩いて伸ばして引き裂ける手合いではあるが……それは今ではない。

 士郎は知識を総動員して知恵を絞る。
 この衛宮士郎はアーチャー……エミヤシロウと比べると細やかな気配りや、戦士としての資質は劣るが――その分、指揮官としての視座に優れていた。頭のキレがある。歴戦の経験が練磨し、天性の頭脳が――聖剣の鞘を埋め込まれる以前の起源『分解』の知性が冴える。
 全ての事象を分解して、己の理解に落とし込む理性或いは本能。エミヤシロウと同一の発祥点を持ちながら、そこが最も異なる存在。

 起源は今、『剣』である。しかし生まれ持った起源の性質は理性に、知性に残っていたが故の、歴戦の戦士としての鋭利な思考があった。
 彼は思考する。そして結論を出した。アグラヴェインやレオナルドの後押しが、彼の中の曖昧な推論に自信を与えたのだ。

「――大体分かった」

 策を用いて潰えさせんとする手合いは、士郎が最も得意とするカウンターの獲物である。
 沈思していた士郎の呟きに、エミヤが目を見開いた。

「何? ……何が分かった?」
「この特異点と、第二特異点で絵図を描いたのが同じ奴で、今の心理状態と狙いだ。恐らく奴は、次――第四特異点にいる」

 その発想と分析に、ネロが鷹楊に腕を組む。

「うむ! まるで分からんのが分かった! シェロよ、如何にしてそのような結論が出たのだ?」
(わたくし)も気になりますねぇ。全然判断材料がない気がするんですけど?」
「タマさんは仕方ないさ。飛び入り参加だしな。だがネロはもう少し考えような? 第二特異点で『奴』は俺達の旅を終わらせようと本気だった。魔神霊ロムルスを俺達が倒すのは想定外だったろう。その自信を持てるだけの力があの魔神霊にはあったはずだ。その前にアッティラ・ザ・フンをぶつけてきているから、磐石だと思ったろうさ。
 だが俺達はそれを突破した。奴は念のため、第三特異点にヘラクレス野郎という保険を残していたが、本命は第四だろう。根拠は打ち手の癖だ。奴はミスを犯している」
「ミス、ですか。それはなんでしょう、先輩」

 マシュの反駁に、士郎は微笑む。
 彼の飛躍した発想は悪魔的で、故に彼の推理に誰しもが聞き入るだけの磁力があった。

「奴は焦った」
「焦った……?」
「超えられるはずのない第二を突破された。だから第三でも指し口の癖を変える事もしていない。変える余裕が、無駄が思考に介在してないんだよ。それで俺は奴の思考の癖が分かった。奴が第四にいるという根拠は、この思考の焦りだよ。第五、第六、第七にいるならまだ余裕があるはず。そもそも特異点に関わっていないなら、焦る必要すらない。次は自分の城に攻められる――その焦りがあるから第三では馬鹿正直に正面から戦う手を打った。恐らく此処でも俺達を『確実に』叩き潰せる策を用意してるんだろうし、現状の俺達はそれを正面から破るしか方策はないが――ああ、やり方は全部覚えた。第四では一方的に潰してやれる」

 確信の籠った言の葉である。士郎の言にアルトリアが微笑む。オルタは一瞬瞑目し、そして静かに確認した。

「――それはつまり。この特異点での戦いでは、敵は正面からしか戦わないという事ですね」
「そうだ。真っ向切ってこっちと戦い、その上でなんらかの『奇襲』を掛けてくる。ランサー、敵を正面から打ち砕くのはお前の力が恃みだ。頼むぞ」
「は、任せろ。元々細かい計算を正面から突き破るのは得意分野だ。横合いから殴り付けてくる手合いはマスターに任せるぜ」
「――まあ、俺達に来るんならな……」

 そこで不意に、歯切れ悪く士郎は濁した。
 アイリスフィールが目敏く問う。

「どうかしたの? 何か気になるのかしら」
「……どうも腑に落ちないんだ。『奴』の手口は全部把握した。だからその『奇襲』の矛先がどこに向かうかも分かる。分かるんだが……」

 そう、分かるからこその困惑だ。基本に忠実、そして徹底的に手加減も容赦もなく磐石な手を打つ策士。そんな奴が正面から戦った後に『奇襲』するとしたら、それは――後方拠点(・・・・)でしかない。
 士郎達の後方拠点……それはカルデアだ。そこに奇襲を仕掛ける? そんなもの、出来るなら今ごろカルデアは全ての魔神柱や、手駒としたサーヴァントが多数襲撃してきているはずである。
 カルデアは特異な力場で守られ、ある種の特異点となっている。人理焼却の黒幕、『魔術王』を騙る存在がカルデアの座標を把握しているなら、放置する理由は有り得ない。

 故に不可解なのだ。

「ロマニ……レオナルド、カルデアの防備を最大限固めろ。アタランテと切……アサシンの再召喚を急げ。それからアルトリア、悪いが退去してカルデアに戻ってくれ」
「シロウ?! な、何故ですか?」
『? 士郎くん、カルデアは今のところ安全なんだけど?』
「いいから。杞憂だったらいい。ヘクトールが敵ではないかもしれないなら、アルトリアとオルタを揃えて置いておく必要はない。頼む」

 士郎の唐突な要請で場に奇妙な沈黙が落ちる。
 レオナルドとアグラヴェインは士郎の懸念に思い至るも半信半疑だ。
 最初に応じたのは、士郎を信頼する男だった。

『……分かった準備しておく。それでいいね?』
『ロマニ?』
「すまん、頼んだ」
『いいさ。士郎くん達が不安なく安心して戦えるようにする、それが後方支援するボクらの役割だからね』

 ロマニの返答に、士郎は救われたように安堵の吐息を溢した。
 『ただしそれが杞憂で、無駄に戦力を分散しただけだったら、後で徒労のツケを払ってもらうけどね?』そんなロマニの軽口に士郎は苦笑する。ああ普通に外れてくれたなら、それはそれで何も構わない。なんでもは言い過ぎだが出来る限りの事はさせてもらうさ、と。
 ロマニは胸を叩く。彼は魔術王のデミ・サーヴァントだ。

『カルデアはボクが……私が守る。だから安心してくれ』
「ああ。信頼してる」

 よし、と士郎はその場から立ち上がった。自陣の面々を見渡し、彼は告げる。

 ――決戦への航海に出よう。頼りにしてるぞ、皆。









 
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