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人理を守れ、エミヤさん!

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「封鎖戦域クイーンアンズ・リベンジ」






 直上より墜落した報復の徒は、鍛治神ヘパイストスが彼の為だけに鍛造した大剣を振り翳す。
 狙われたのは士郎ではない。ネロでも、ましてやアイリスフィールや玉藻の前を狙う素振りすら見せなかった。真っ先に狙われる恐れのある士郎やネロ、二騎のキャスターと黒髭は一塊になっていた。彼らを護るは聖なる楯と蒼き騎士王、光の御子、黒王に錬鉄の弓兵である。守りの堅牢な彼らよりも、この場で最もアルケイデスの脅威足り得ない者が狙われるのは必然であった。

 狙われたのは、アタランテである。

 生前のヘラクレスという、天涯の怪物を知る狩人は、自らを射抜く殺気に総毛立つ。数多の英雄が集ったアルゴノーツに在りて、尚も圧倒的だった大英雄が己を殺さんと迫るのは悪夢だった。
 だがそれで怯懦に縛られ、その駿足を翳らせる程度の狩人ではない。アタランテは瞬時に飛び退き彼の斬撃を躱す。
 アルケイデスの豪剣が『アン女王の復讐号』の甲板を抉る。彼の腕には戦神の軍帯が巻かれ、その神気が只でさえ強力な剣撃を災害のそれへと高めていた。
 魔大剣マルミアドワーズを振り下ろしながらの着地、その予備動作による剣圧すらもが殺人的な破壊を撒き散らす。完全に躱したにも関わらず、己の躰に刻まれる裂傷にアタランテは苦悶した。直撃どころか、掠めただけで挽き肉になりかねない。耐久が最低ランクしかないアタランテなど、一度でも直撃を受ければ防禦の上からでも即死するだろう。

「――ああ。アルカディアの狩人よ」

 不意に、邪悪な喜悦に染まった悪意が、口を開く。聞くな、とアタランテの本能が警告した。
 天穹の弓で矢を射掛ける。だがそれが功を奏さないのは明らかだった。神獣ネメアの谷の獅子、その皮は人理に属するあらゆる産物を拒絶する。理不尽なまでのその性能は、これまでの交戦で嫌というほど思い知っていたはずだ。
 だのに矢を射掛けるのを止められない。アタランテが狙われた事で、その増援に入ろうとする英霊達の動きが引き伸ばされ、アルケイデスの紡ぐ言葉だけが通常の時間軸に置かれたように耳に届く。

「『カルデアの』お前なら知らぬのだろうが、この特異点には『月女神アルテミス』がいたぞ」
「――なんだと?」

 聞く事が出来たのはそこまでだった。注意を引くやアタランテの腹部にアルケイデスの蹴撃が炸裂する。ぐぁッ――アタランテは吐瀉を吐いて吹き飛ばされ、マストに背中を強打した。
 帆がはためいた。……何故殺さなかった? 戦神の軍帯で神気を込めていれば、今の一撃でアタランテの胴に大穴を空けられていたはずである。舐められた? 手心を加えられたとでも? 有り得ない、何が狙いなのか。

 霞んだ目に力を込め、睨み付ける先で光の御子と互角に切り結ぶ『神の栄光』の影法師がいる。神速の魔槍術、神代の弓使いであるアタランテの動体視力すら追い付かぬそれは、人理最速の誉れも高い『駿足のアキレウス』にも匹敵するのではないか。
 速さは駿足の英雄に近い、しかしその技量と巧みさは確実にクー・フーリンが上であろう。戦歴が違う、潜った修羅場の数が違い、下した強敵の数も知れぬ。クー・フーリンは事実、ヘラクレスに匹敵する『最強』だった。

 だがその光の御子を前に、アルケイデスは一歩も引かない。防戦に徹するやただの一度も被弾せず拮抗状態を作り出している。攻める気概のない姿勢は、これが一騎討ちではない故だ。地面と平行に降り注ぐ真紅の雨の如き槍光は、魔槍が数十本に分裂しているかのような残像を生み、アルケイデスをその場に縫い付けている。
 光の御子の背後より黒き騎士王が飛び出した。
 剣の技巧という一点に於いて、騎士王は確かにヘラクレスやクー・フーリンに劣っている。されど戦巧者としての彼女は負けていない。類い稀な勝負勘、ジェット噴射のように魔力放出を加えた剣撃はアルケイデスの一撃を凌駕する。そしてオルタはアルトリアよりも攻撃の重さでは上だ。侮ればその黒獅子の牙に喉笛を食い千切られよう。
 アルケイデスは即座に、そして躊躇う素振りすらなく腕を楯とした。魔槍の穂先が貫通する。筋肉を固め魔槍が抜けぬようにした刹那、戦神の軍帯より魔大剣を握る腕に神気が渡る。
 振り抜いた魔大剣はオルタをも弾き飛ばした。自身渾身の魔力放出を乗せ、黒き聖剣を柱のように伸長した魔力の束を叩きつけようとした瞬間の事である。自らの一撃を優に越えて見せた反撃にオルタは面食らうも、

「――間抜け」

 腕に突き刺さっていた穂先より呪詛が弾ける。千の棘が炸裂し、アルケイデスの左腕が内側から爆発した。鮮血に血と骨が混ざり、光の御子が魔槍を引く。だがアルケイデスは欠片も怯まない。オルタを弾き飛ばした瞬間から構えを取り、正面のクー・フーリンが己の左腕を破壊したのと同時に呟いていた。

 射殺す百頭、と。

 確実に捉えた九連撃。一つの斬撃が九つ、ほぼ同時に放たれる。しかしクー・フーリンは魔槍を引き抜くや、柄をしならせ、勢いよく船の甲板を叩きその反動で高く跳躍していた。
 不利な間合いから間髪を入れずに離脱する仕切り直し。アルケイデスの奥義は空振り、槍の間合いの外へ軽やかに着地したクー・フーリンは油断も慢心もなく静かに敵を見据える。

「今のを避けるか……」

 それは自身へ向けた囁きである。アルケイデスは見るも無惨な左腕の有り様を一瞥した。するとグジュ、と肉が迫り上がり、沸騰するようにして元の形を取り戻す。再生した左腕の動作を確認する復讐者に、クー・フーリンは怪訝そうにした。

「解せねぇな」
「何がだ、光の御子」
「テメェ、その力は誰に恵んで貰った? 英霊の業にしちゃ、そいつは過ぎたもんだ。宝具による再生でも、魔術の治癒でも、ましてや自前のスキルによるものでもあるまい。いるはずだ、テメェをなんらかの外法でバックアップする輩が。ソイツは何者だ?」
「……?」

 クー・フーリンの詰問に、アルケイデスは心底不思議そうに静止した。
 敵にそれを明かすとでも? そう返すのが道理であろう。しかし――アルケイデスの様子は、今一思い当たる節がないかのようで。
 殺意、赫怒、嘲り、侮蔑。それらしか復讐者へ抱く感情(もの)の無かったクー・フーリンをして、それは。

「……哀れなもんだ」

 只管に、無様に過ぎ。例えようがないまでに、姿のない敵首魁への憤りを湧かせる。

「貴様の剣には決定的に『自我』が欠けている。道理でその剣に重みを感じねぇ訳だ」

 本来のアルケイデスなら、或いはヘラクレスなら、今の射殺す百頭を無傷で躱し切れはしなかっただろう。

「重みだと?」

 怪訝そうに、アルケイデスも応じる。その目はクー・フーリンに向けられているが、油断なく周囲のサーヴァントも視界に入れ、結界を背にして死角を潰している。

「おう、それが正であれ負であれ、己の技には宿るものがある。誇り、信念、決意――なんでもいいがよ、己の行いに懸ける意気込みって奴は、どうあれ一撃を重くするもんさ」
「くだらんな。そんな精神論が、物質にどう作用するという」
「自分でも分かってんのに訊くんじゃねぇよ。己から湧いた熱がない、さしづめ貴様は操り人形ってとこか。誰に聞いたって貴様の有り様をこう評するだろうぜ――無様極まるってな。己の名と矜持を腐らせる前に、此処で大人しく死んでおけ」

 それは英雄が英雄の反転存在に向けた、唯一の同情だった。
 アルケイデスは剣先を一瞬下ろす。しかしすぐに剣を持ち上げ、心底から可笑しそうに嗤った。

「……熱がない、操り人形か。そうだろうとも、私は確かに醜態を晒している。ギリシャの神の悉くを滅し、神性を持つあらゆる存在を駆逐したい――それは忌々しいヘラクレスすらも、その腹の底に抱く復讐の火種だ。故に私が復讐の決意を固めるのは何もおかしくはない。だがどうだ? どうした訳か今の私は『貴様らに復讐したい』等と戯けた感情を懐いている。こんな私の物ではない復讐心で振るった剣に、重みなど宿るはずもないだろう」
「気づいてやがったか」
「当然だ。私の復讐は私のものでしかない。何者であろうとこれを歪める事など出来ん。指向性の歪んだモノで、私を操ろうなどとは侮られたものだが……なんであっても、お前達が私の敵である事実に変わりはあるまい。ならば討ち果たさずしてどうする。敵として相見えた以上は、どちらかが果てるまで戦うのは必然だろう」
「そうかよ。ヘラクレスなんざどうだっていいが――アルケイデスと名乗った戦士に対する、せめてもの手向けだ。その心臓、このオレが貰い受ける……!」

 魔槍の穂先を下に向けた独特な構え。辺りのマナを吸い上げ、禍々しい呪詛を放つ魔槍。
 担うはケルト最強の英雄。対するはギリシャ最強の英雄の暗黒面。アルケイデスもまたゆったりと魔大剣を構える。魔槍の呪いを封じるには、そもそも魔槍を放たせないか、その一撃を相殺・破壊するだけの一撃が求められる。
 因果に類する宝具など、アルケイデスは持っていない。故に相殺は不可能。魔槍の呪詛を、その一刺ごと叩き潰す破壊力が必要だった。

 緊迫感が増していく。場に敷き詰められた殺気が陽炎のように空間を歪ませた。
 徐々に臨界にまで高まる中、不意に腹を押さえたアタランテが訊ねた。

「待て、ランサー……!」
「……ああ? なんだ、獅子の姉ちゃん」
「その男に訊かねばならん事がある。アルテミス様がこの特異点にいただと? どういう事だ、それは!」

 神霊が単独で顕現可能な時代ではない。人理が焼却されているとはいえ、この時代は神秘の廃れたものでしかないのだ。仮に現界出来たとしてもその霊基は英霊の規模にまで下がってしまう。
 一体どんな神霊が、弱体化してまで現界する。する理由がない。またその術も想像できない。アタランテの問いに――アルケイデスは、悪意を噴出させた。

 にたり、と笑む。それはカルデアとの戦いでは見られなかった、彼自身の熱。壮絶な邪悪の発露である。アタランテは鳥肌が立った。酷い悪寒に襲われたのだ。

「教えてやろう。奴はアルテミスとして現界したのではない。人理焼却へのカウンターとして召喚された、マスターのいないサーヴァント・オリオンの霊基で現界していた」
「な、何……?」
「無論そうである以上は英霊オリオンの力しか発揮できん。オリオンが召喚される際に、その召喚に乗っかる形で付いてきたのだろう。まったく滑稽な女神だ。オリオン自身は熊のぬいぐるみに成り下がっていたのだからな」

 明確に嘲弄する復讐者へ、アタランテは怒気も露に反駁しようとした。だがそれよりも早く彼は言う。

「だが気にする事はない。アルテミスは既に殺している。この私がな」
「――」
「まず脚を折った――いや腕だったか? どちらでもいいな。ともあれ、笑えたぞ。身動きの出来なくなった、芋虫同然の姿にしてやっても気丈に睨み付けてきたが――お前の貌を潰し、それをオリオンに見せつけてやると言うと……フハッ、奴め必死に逃げようとした。その貌を蹴り抜き、殴り抜き、鼻を拉ぎ歯を全て叩き折り、一つの目玉を潰して髪を削ぎ落とした。そしてそれをぬいぐるみに見せてやったさ、するとな――泣いたよ。ああ人間の女のように泣いたのだ、女神が。まさに、甘露のようだったぞ」
「きッ――さ、まァ……」
「そしてアルカディアの狩人もいた。カルデアのお前ではなく、カウンターとしてのお前が。アレも今のお前と同じ顔をしたぞ。そして、私がどうしたか分かるか? 確か……お前にはアルテミスへの誓いがあったはずだな?」
「――アルケイデスぅぅウウウッッッ!!」

 激昂した。

 アタランテは常の冷静な、冷徹な狩人としての自制を全て焼き切られて疾走する。嘗て感じた事のない憎悪に魂魄が焼かれるようだった。
 彼女の中で、ヘラクレスとアルケイデスを結ぶ等号が完全に消える。あの怪物じみた大英雄がそんな事をするはずがないと知っていたから――彼女の畏れる英雄と、この鬼畜外道が完全な別物である事が確信出来たのだ。それは拭い難い畏怖を消し去り、同時にアタランテに我を忘れさせた。
 舌打ちしたのはクー・フーリンである。魔槍の間合いに、アルケイデスとの射線上にアタランテが入ったのだ。アルケイデスは巧みにアタランテの躰を楯として立ち位置を変えクー・フーリンの正面に決して入らない。

 ネロの叱責が飛んだ。

「何をしておるアタランテ! そんなものはただの挑発に過ぎぬのだぞ!? ディアーナ(アルテミス)が本当に居たという証拠はない、そなたがいたという証明も出来ん、根も葉もない戯言である!」

 極めて真っ当且つ現実的な物の見方だ。だがアタランテの耳には届いていなかった。
 何故なら確信していたのだ。奴は本当にアルテミスを殺していると。別の自分がどうされたかなどどうでもよい。自身の信仰した神を殺される、これ以上の冒涜と侮辱があるだろうか。
 錬鉄の弓兵が舌打ちし、ネロを見る。ネロは唇を噛み締め、宝剣『原初の火(アエストゥス エストゥス)』の柄を握り締めた。仕方がないが、貴様はアタランテに構うな、と断腸の思いで告げる。

「令呪よ、痛ましき余の臣を縛れ。アタランテよ冷静になるのだ!」

 やむをえずネロは令呪を切った。それが効力を発揮した瞬間、強制的にアタランテは冷静さを取り戻す。故にこそアタランテは慄然とした。
 クー・フーリンと、アルトリア・オルタだけが攻撃に出ている。その二騎以外は要となる複数のサーヴァント、マスターの守備についていた。故に二対一という構図で、アルケイデスを屠らんとしていたのが、冷静さを欠いたアタランテが割り込んだが為に詰め切れずにいる。
 それだけではない。クー・フーリンとオルタはアタランテが自身の眼前に来るように、アルケイデスに操作されていた。視線や足捌きなどを含めた立ち回りによって。必然、アルケイデスの目の前で突如冷静さを取り戻したアタランテは、ぎくりと身を強張らせてしまう。

 己の失態、安い挑発――アルケイデスという脅威は、アタランテのあらゆる攻撃を無効化する。動きが止まったのは一瞬だった、アルケイデスにはそれで充分であり。

「がぁっ!?」

 アルケイデスの掌が、細いアタランテの頸を鷲掴みにする。どんなに暴れても、まるで意味がない。ぴくりともさせられない。アルケイデスは魔大剣をアタランテの心臓よりややずらして突き刺し致命傷を与える。即死をさせるほどではない。
 ごぶ、と血を吐いたアタランテを楯にアルケイデスが突進する。クー・フーリンに対する楯。光の御子は盛大に舌打ちし、なんとか阻もうとするもアタランテが邪魔でアルケイデスを攻撃できない。オルタもまた、神気を纏ったマルミアドワーズの薙ぎ払いに襲われ、辛うじて躱すのが精一杯だった。

「貴様ッ!」

 アルトリアが聖剣を構え、余りにも非道なやり口に義憤に駆られる。クー・フーリンがやむを得ない判断として、アタランテごとアルケイデスを穿たんとするのを察知した復讐者は、クー・フーリンに向けて無造作にアタランテを投げつけた。
 光の御子は咄嗟に抱き止める事をせず、横っ飛びに回避したものの――そのクー・フーリンに、アルケイデスは健在だった『ステュムパリデスの鳥』を放つ。青銅の矢が変化したそれは、矢避けの加護を持つクー・フーリンをして手間取らせた。
 だがそれを破壊するのに五秒と掛かるまい。ほんの一時のみの時間稼ぎで十分で――そしてそれは、風の砲弾を今に放たんとする蒼き騎士王にも言えた事だ。

「凌ぎ切るか、それとも死ぬか? 射殺す百頭(ナイン・ライブズ)
「は――ァアアア!」

 迫り来る九連撃。己を木っ端微塵に変える死の乱舞に、アルトリアは欠片も怯まず迎撃した。全身に風を纏い、黄金に煌めく聖剣を叩きつけたのだ。真名解放に準じる極撃は、辛うじてアルケイデスの奥義を相殺する。――だがそれだけだ。
 腕が痺れ、足が止まった。その眼前を悠々と駆け抜けるアヴェンジャーを止める事が出来ない。

 残るは、錬鉄の騎士。だが距離は三歩遠い。アルケイデスの疾走を止められない。楯の少女。それはネロの傍に立っている。間に合わない。黒髭と聖杯の嬰児、和装の女は士郎を守るようにして立っていた。
 守るがいいとも。海賊も聖杯も、和装の女もカルデアのマスターも、余さず標的に過ぎない。
 彼らは死ぬだろう、魔大剣に充填された魔力が解放され、彼の奥義と掛け合わされたそれは、真名解放された聖剣の一撃をも相殺してのけたのだから。

「先輩っ!」

 楯の少女が悲鳴を上げる。迫る死の運命を覆せる者など此処にはいない――



 いや、いる。此処にいた。



「――タマさん」
「はーい♪ 良妻ですもの、節約節約♪」

 呪術が解かれる(・・・・)。士郎を呪っていた呪詛が解除された。

「な――」

 アルケイデスは驚愕する。男が威風堂々と立っていた。なんだと? 莫迦な――混乱が思考に混じる。

 ――簡単な話だった。

 アルケイデスは士郎が快癒していると知らないのだ。故にこそ、本当に(・・・)呪いに蝕まれていたなら、それがヒュドラ毒による後遺症と判断してしまう。
 実際に玉藻の前に己を呪わせる(・・・・・・・・・・・・・・)事で、アルケイデスの眼力を騙し。マシュやアーチャーを自身らの防御に置かず。クー・フーリン、アルトリア、オルタの戦力とアルケイデスの能力、戦法を計算して分析すると、アルケイデスなら必ず守護対象を狙えると断じた。
 アタランテの行動こそ計算外だったが、それも修正できる。霊基さえ残っていたら、消滅さえしていなければ、アイリスフィールが治せるのだ。

 必然、アルケイデスは最も防備の薄かった、士郎を狙った。――士郎が快癒していないと思い込んでいたからこその思考の落とし穴、そこを突いた誘引の一手。虚を突かれたアルケイデスに、士郎が逆撃を浴びせる。

停止解凍(フリーズアウト)熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)――合わせろ、アーチャー!」
「ふん――付いてこれるか?」
「御託はいい。テメェの方こそ付いて来やがれ――!」

 果たして敢えて間合いを外していた錬鉄の騎士は、アルケイデスの背後を襲う伏兵と化した。
 アーチャーと士郎によるアイアスの楯の投影、十四枚ものそれが自身らではなく『アルケイデスの周囲に』展開される。鉄壁の守りが牢獄となったのだ。アルケイデスは戦慄する――マズイ、離脱を――どうやって?

「魔力を廻す。決めに行くぞ、皆!」
「ええ、決着をつけましょう」
「啼け、地に墜ちる時だ」
「呪いの朱槍をご所望かい?」

 応じるはアルトリア、オルタ、クー・フーリンである。慄然とするアルケイデスが宙に浮く。アイアスの楯を展開しているアーチャーと士郎が行った、三騎の宝具の指向性を上方へ向けられるようにする為の操作だった。

「令呪よ」

 ネロの二画目の令呪が、黒き騎士王へ注がれる。

全令呪起動(セット)――宝具を解放し、敵を討て」

 魔大剣に込めた魔力を解放し、戦神の軍帯より神気を込め、射殺す百頭を放った。その絶大な破壊力は、投擲に対しては無敵でも斬撃にはその限りではない楯を破壊し切る事は叶ったが……致命的なまでに手遅れだった。
 ぉ、ぉぉおおあああああ――ッッッ! 決死の形相でアルケイデスは離脱しようとする。魔大剣を楯にしながらも、なんとか逃れようと。

 だが、令呪のバックアップを受けた彼らの方が早い。

約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」
約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガン)!」
抉り穿つ鏖殺の槍(ゲイ・ボルク)――!」

 第一波は黄金の究極斬撃。先の対界に匹敵する火力を相殺したほどのものではないが、必殺とするのに不足はない。星の聖剣は無理な体勢で放たれた、魔大剣を用いての『射殺す百頭』を呑み込み、魔大剣に亀裂を刻んで――
 続く第二波は漆黒の究極斬撃。神気を暴発させた戦神の軍帯による『壊れた幻想』と、咄嗟に召喚したケリュネイアの牝鹿を楯にして凌ぐも余波で全身が焼け爛れ――

 トドメとばかりに迫った魔槍は、魔大剣の真名を解放した上での『壊れた幻想』で無理矢理に相殺する。

「グ、」
「しぶてぇ野郎だ、あれだけやってまだ生きてやがる……!」

 右腕は断ち切られ、全身は見るも無惨な姿となっている。もはや生きているのが不思議なほどの重態だ。クー・フーリンが慄然と言った直後、アルケイデスは即座に船の甲板を蹴る。
 クー・フーリンが張り、玉藻の前が強化した防壁は、三連した宝具の鬩ぎ合いによって崩壊していたのだ。追撃せんとアルトリアとオルタが駆けるのを、アルケイデスは裂帛の咆哮を放って阻止する。

 水を操る第五試練の理は尽きる寸前。されど彼を支える膨大極まる魔力が不可能を可能とした。
 水柱が上がり、それがアルケイデスを呑み込んだのだ。あっという間に死地より逃れていくアルケイデスは、己を下したのがサーヴァントではなく、そのマスターである事を認識していた。

 敗北した。

 言い訳の余地なく、完膚なきまでに負けた。

 自分が。ただの人間に敗れた。

 アルケイデスは、武人としての血が騒ぐのを抑えながらも、去り際に士郎を見据える。 
 無限に等しい厭忌の()言が、士郎の耳朶にこびりついた。

「狂い哭け――」

 怨嗟に侵された悍ましい頌辞は、紛れもなく己を撃退した男を呪って(讃えて)いた。

「――貴様の末路は英雄だ」






 
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