| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

遊戯王BV~摩天楼の四方山話~

作者:久本誠一
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

ターン5 多重結界のショータイム

 
前書き
NEW!
5話中2デュエルという登場頻度からもう「灰流うらら被害者の会」タグを新設しました。
あのでこっぱち無効範囲広すぎるんよ…リクルート元が不確定なはずの地獄の暴走召喚やマネキンキャットまで止めるとかなんなのほんと、別にいいんだけどさ。

前回のあらすじ:得意の演劇デュエルで裏デュエルコロシアムへと殴り込みをかけた鳥居。1回戦の相手、山形の繰り出すワンショットキルを危なげなく回避した彼は、そのまま2回戦へと駒を進めるのだった。 

 
 鳥居浄瑠が戦いを始めていた、ちょうどそのころ。ドーム状の建物を前に片手で風を避けながら、咥えた煙草にライターで火をつける女が1人いた。燃えるような赤髪が夜風に揺れ、細い煙がそれに乗って流れていく。ドーム内部での喧噪も、充実の防音設備によって彼女の元までは届かない。
 それが誰、などとは言うまでもない。赤髪の夜叉、糸巻太夫(だゆう)である。体の線を惜しげもなく強調する黒のライダースーツ姿は、闇夜にあってひときわ目立つその赤髪も相まって近くに人間がいたらさぞかし人目を惹いたことだろう。もっとも、今この場には彼女しかいない。表向きはあの会場も工事中の建物であり、街灯すらもついていないからだ。そんな場所に好き好んで入りたがるのは、それこそ訳ありか自殺志願者ぐらいのものだ。

「ふーっ……」

 ここまで乗ってきたらしいバイクに腰かけ、退屈そうな表情で煙を吐く。その姿は、まるで何かを待っているようだった。いや、事実彼女は何かを待っている。なんとはなしに丸めた紙を取り出し、ガサゴソと広げて中身に目を通す。昼間にも鳥居に見せた、今頃行われているであろう裏デュエルコロシアムのトーナメント表である。そのまま目を落としたのは、その中の名前の一つ。シード枠にエントリーされた、7人目のデュエリスト……彼女は、その名前に覚えがある。あれは、まだデュエルモンスターズに活気があったころの話。若かりし彼女自身が、そしてかつての仲間が、大歓声を受けて日夜しのぎを削っていた栄光の日々。
 だが、回想にふける時間は与えられなかった。代わり映えしない風景から特有の勘で何かを感じとったその目に力がこもり、バイクから降りてぱっと身構える。たっぷりと煙を吐き出すと、一度煙草を口から外し闇の中に向けて話しかけた。

「思ったより遅かったじゃないか、ゆっくりでいいから出ておいで」
「……」

 闇の中から返事はない。だが確実に、無言のまま動揺する気配だけは伝わってきた。どうあっても自分から名乗る気がないのならと、ゆっくりとした手つきで腰かけていたバイクのハンドルに手をかける。そして次の瞬間、おもむろにエンジンをかけながらその向きを大きく回転させた。

「む……!」

 瞬間的に点いたライトが、光の線を闇にくっきりと差し込む。そしてその中央には逃げ損ねた、黒いスーツ姿で闇に同化していた男の姿がくっきりと映っていた。年はせいぜいこの事件の発端となったコンビニ強盗のチンピラと同程度だろうが、全身から立ち上る気配の質はまるで違う。こういった闇家業を生業として生きてきた、プロ特有の匂いを彼女は敏感に感じ取る。おおかた、今回の用心棒役か何かだろう。

「元プロ舐めんじゃないよ。昔はやべーファンだって多かったからね、そんな程度じゃ尾行にもなってない」
「……気づいていたようだな」
「おうともさ、そしてアンタが一等賞さ。上から言われてきてんだろ?アタシを探して潰してこいって」
「話が早いな」
「最近はアタシも暴れたりないんでね。アンタが少しはマシな相手であることを祈るよ」

 そう言って明るく笑うと、男は理解できないと言わんばかりのうんざりした表情で首を振る。ややあって、小さく呟いた。

「……なるほどな。この街には赤髪の戦闘狂がいる……事前に聞いてはいたが、これほどの狂人とはな」
「ご挨拶だねえ、初対面の妙齢の美女に対する礼儀ってもんがまるでなってない。アンタんとこのボスは、随分と社員教育に力を抜いてきたみたいだね」

 返事はない。おしゃべりに付き合うつもりはないというわけだろう。会話の強制終了に肩をすくめデュエルディスクを構えた糸巻が、油断なく男のデュエルディスクに目を走らせる。「BV」は、案の定組み込まれている。
 当たりだ。とにかくここで敵を引き付け、内部の鳥居に疑いの目がかかるまでの時間を少しでも稼ぐ。それが、今夜の彼女の仕事だった。

「あんたもプロなら、最後に名乗っときな。アタシは知っての通り糸巻、しがない公務員だよ」
「……いいだろう。俺の名は蜘蛛……無論、本名ではないがな」

「「デュエル!」」

 蜘蛛、と名乗った男がデュエルディスクに目を通し、小さく頷く。

「先攻は俺だ。糸巻太夫、クライアントからその名は聞いている。そしてその実力のほども、デッキの傾向もな」
「そうかいそうかい。で、だったらどうしてくれるんだい?」
「こうするまでだ。魔法カード、強欲で金満な壺を発動。エクストラデッキからランダムに裏側でカードを6枚まで除外し、その数3枚につき1枚のカードを引く。俺が除外するのは、この6枚だ」

 先攻1ターン目から放たれた強力なドローソース、強欲で金満な壺。あいにく、彼女にそれを止める手段はない。

「そして通常魔法、強欲で謙虚な壺を発動。デッキの上から3枚をめくり、その中から1枚を選んで手札へ加える」
「好きにしな」

 そう吐き捨てながらも、すでに彼女の脳内はフル回転を始めていた。初手ドローソースに、手札の質を高めるためのサーチカード。なにか、どうしても引きたいカードがあるのだろうか?

「1枚目、強欲で謙虚な壺。2枚目、苦渋の転生。3枚目……」

 ここで、わずかに蜘蛛の口元が緩んだ。お目当てのカードを見つけたらしい。

「3枚目、盆回し。このカードを手札に加え、そのまま発動する。速攻魔法、盆回し!俺のデッキからフィールド魔法2種類を選択し、互いのフィールドにそれをセットする。そしてそのカードが裏側で存在する限り、互いにそれ以外のフィールド魔法を使用することができない」
「……なるほど。アタシの領土を封じに来たってわけか」
「気休め程度になれば十分だがな。俺のフィールドにはオレイカルコスの結界を、お前のフィールドにはそら、混沌の場(カオス・フィールド)をくれてやろう」
「盆回しで混沌の場、か。定番通りの動きだわね」

 余裕めいたことを口にしながらも、糸巻の表情は険しい。混沌の場は発動時に強制的に特定のカードをサーチさせるフィールド魔法であり、逆に言えばデッキ内にそのカードがない限りとりあえず発動することすら不可能なカード。これを裏側で送り付けフィールドの使用を禁じる盆回しは、まさにフィールド魔法に依存するデッキにとっては悪夢のようなカードである。
 そして当然、彼女のデッキにカオス・ソルジャー及び暗黒騎士ガイアの入るだけの空きスペースはない。

「オレイカルコスの結界を発動。発動時に俺のフィールドに特殊召喚されたモンスターをすべて破壊する処理が挟まるが、見ての通りこの場にモンスターは存在しない。そしてこのカードは1ターンに1度だけ効果によって破壊されず、このカードが存在する限り俺はエクストラデッキのモンスターを特殊召喚できない」

 蜘蛛の足元を中心に、2人のプレイヤーをすっぽりと囲むように不気味な光を放つ六芒星の陣が地表に描かれる。エクストラデッキを使用しないことが前提となるオレイカルコスと、エクストラデッキをコストにドローする強欲で金満な壺。よくできたカードだ、と毒づく彼女をよそに、あらゆるデュエリストの抵抗を封じ絡めとる蜘蛛の「巣」はすでに張り巡らされようとしていた。

「そして通常召喚、豪雨の結界像。このカードが存在する限り、互いに水属性以外のモンスターを特殊召喚することは不可能となる。さらにオレイカルコスの力により、攻撃力アップ」
「お前、【結界像】か!」
「プロにしては察しが悪いな、まあ無理もないか」

 蛙の姿を模した緑色の像がごとりと地面に置かれると、その額に足元のオレイカルコスと同じ六芒星の模様が浮かぶ。

 豪雨の結界像 攻1000→1500

「さらにカードを1枚伏せ、レフト(ペンデュラム)ゾーンにEM(エンタメイト)ドラミング・コングをセッティング」

 光の柱が結界から天空めがけて伸び、その中央に2、という数字と両胸がドラムになったゴリラが浮かび上がる。一見するとペンデュラム召喚の下準備に見える光景だが、糸巻はそうではないことを知っていた。ドラミング・コングは1ターンに1度、自身のモンスターが相手モンスターと戦闘を行う際にその攻撃力をバトルフェイズの間600だけアップさせるペンデュラム効果を持つ。十中八九蜘蛛の狙いはペンデュラム召喚ではなく、その効果そのものを永続魔法と割り切って使うやり方。それは単純ながらも効果的で、これで豪雨の結界像は2枚の強化カードにより実質2100の攻撃力を手に入れたことになった。
 それを彼女はこれから、水属性以外を特殊召喚できないこの状況で打ち破らねばならないのだ。ターンエンド、という初手からコンボを決めた余裕さえも透けて見える言葉を彼女はしかし、面白いじゃねえかと笑い飛ばしてみせる。

「アタシのターン、ドロー。さーて……ユニゾンビを召喚し、効果発動。豪雨の結界像を指定し、デッキからアンデット族1体を墓地に送り込むことでそのレベルを1だけ上昇させる」

 ユニゾンビ 攻1300

 彼女が召喚したのは、攻撃力では結界像に遥か及ばないユニゾンビ。多少のダメージは必要経費と割り切り、とにかくこの状況を打破するための破壊カードを1ターンでも早くドローするためのデッキ圧縮を狙ってのことである。
 それは極めて妥当な、動きを封じられた彼女に可能な最善手。だが、それは同時に極めて読み切られやすい諸刃の剣でもあった。

「手札から灰流うららの効果を発動。このカードを捨てることで、デッキからカードを墓地に送る効果を無効にする」

 桜吹雪が結界を流れ、力を奪われたユニゾンビが互いの肩に掴まりどうにか倒れ込まないようにバランスをとる。出鼻をくじかれた彼女を無感情に眺める蜘蛛の眼は、獲物の抵抗を見つめる異名通りの捕食者のそれであった。

「……カードを2枚伏せて、ターンエンド」
「もう威勢が弱まってきているようだが?俺のターン、ドロー。このターンも魔法カード、強欲で謙虚な壺を発動。デッキの上から3枚はそれぞれ大革命返し、月鏡の盾、ガリトラップ-ピクシーの輪か。月鏡の盾でもいいが……ここは大革命返しを手札に加える。多少は運がいいようだな、2種目の結界像はいまだに俺の手札にはない」
「はっ、アンタの日頃の行いが悪いんだろ?」
「その元気がいつまで続くのか、見せてもらうとしよう。ライトPゾーンにスケール6、EMリザードローをセッティング。そしてEMセカンドンキーを召喚し、オレイカルコスの効果で攻撃力上昇。さらにセカンドンキーが場に出た際に俺はデッキのEM1体を墓地に送るが、この瞬間に俺のPゾーンのカードが2枚揃っているのならばそれをサーチに変更することができる。2枚目のドラミング・コングを手札に」

 次に蜘蛛が召喚したのは、その名の通り茶色いロバのモンスター。その額にもオレイカルコスの印が光る一方で、糸巻は何か引っかかるものを感じていた。この蜘蛛という男と彼女にこれまで面識はないが、どこかに懐かしさを感じる。

 EMセカンドンキー 攻1000→1500

「EMリザードローのペンデュラム効果を発動。このカードの対となるPゾーンにEMが存在するとき、このカードを破壊して1枚ドローすることができる。そして空いたライトPゾーンに、手札に加えたドラミング・コングを発動」

 その直後、糸巻の思考を断ち切るかのように蜘蛛の左側に右側と全く同じ光の柱がそびえ立った。

「メインフェイズを終了し、豪雨の結界像でユニゾンビへ攻撃。さらにその攻撃宣言時、ドラミング・コング2枚のペンデュラム効果を発動。バトルフェイズの間、豪雨の結界像の攻撃力は600ずつアップする」

 青い石像の眼が不気味に光り、その体色と同じ青い光線を放つ。両端のゴリラが同時に胸を打ち鳴らし、その衝撃が光線の威力をさらに倍加させていく。

 豪雨の結界像 攻1500→2100→2700→ユニゾンビ 攻1300(破壊)
 糸巻 LP4000→2600

「手痛い一撃だな。セカンドンキーで、さらに追撃のダイレクトアタックを行う」
「冗談言うなよ、トラップ発動!バージェストマ・ハルキゲニアの効果でセカンドンキーの攻守は、このターンのみ半分になる」

 EMセカンドンキー 攻1500→750 守2000→1000

「そして永続トラップ発動、闇の増産工場!まあ、こいつの効果は今はどうでもいい。大事なのは、これがトラップだってことだ。トラップの発動に直接チェーンし、墓地のハルキゲニアの効果を発動!このカードをモンスターとして、アタシのフィールドに特殊召喚する」

 用途不明のメーターや排気パイプの付いた不気味な機械が糸巻の場に現れると、そのベルトコンベアを通って緑色の古代生物が呼び出される。

 バージェストマ・ハルキゲニア 攻1200

「攻撃を中止し、苦渋の転生を発動。相手は俺の墓地に存在するモンスター1体を選択し、エンドフェイズにそれを手札へと回収する。もっとも……」
「アンタの墓地にモンスターは灰流うらら1体のみ、選択の余地もクソもないってか」
「その通りだ。そしてカードを伏せ、ターンを終了する」
「なら、その回収前に増産工場の効果を発動。アタシの手札かフィールドからモンスター1体を墓地に送り、カードを1枚ドローする。手札の不知火の隠者を墓地に」

 豪雨の結界像 攻2700→1500

 幸いにもコンバットトリック系のカードは蜘蛛の手には存在しなかったらしく、どうにかモンスターを残したまま糸巻にターンが戻る。これは、彼女自身にとってもかなり危険な賭けだった。もしドクロバット・ジョーカーがハルキゲニアを戦闘破壊するようなことがあれば、次のターンの彼女の行動は極めて制限されていたからだ。それでもハルキゲニアをこのタイミングで蘇生させることを選んだのは、ここで蜘蛛が何もしてこないことを確かめたかったからだ。危険を冒すことで初めて、それに見合ったリターンが得られる。

「そしてアタシのターン、ドローだ」

 ドローカードは、アンデットワールド。普段なら彼女の力を増すためのカードも、現状ではドローロックに等しい足枷としかなりえない。そして蜘蛛の場の伏せカードは十中八九先ほど手札に加えた大革命返し、あのカウンタートラップによってカード2枚以上を同時に破壊する効果を無効にすることができる。

「だが、まだだ。妖刀-不知火を通常召喚!」

 妖刀-不知火 攻800

「だが、豪雨の結界像により水属性以外の特殊召喚は封じられる」
「わかってるよ、そんなこと。そんな余裕見せて、後で吠え面かいても知らないぜ?アタシはレベル2のバージェストマ・ハルキゲニアと、妖刀-不知火でオーバーレイ!」

 2体のモンスターが赤と青の光となって螺旋を描きつつ上空に昇り、おもむろに向きを変えて足元に発生した宇宙空間へと飛び込んで爆発を起こす。
 彼女のエクストラデッキには耐性と破壊効果、そして攻撃力を持ち合わせるバージェストマ・アノマロカリスのカードが存在するが、その召喚条件はレベル2モンスター3体以上と重くこの状況で特殊召喚するすべはない。だがそれとは別にもう1枚、その手元には水属性モンスターが控えている。この状況を打破するだけの力を持ったモンスターが。

戦場(いくさば)たゆたう(あやかし)の海よ、原初の楽園の記憶を覚ませ!エクシーズ召喚、バージェストマ・オパビニア!」

 ☆2+☆2=★2
 バージェストマ・オパビニア 守2400

「ほう……!」

 バージェストマ第二のエクシーズモンスター、攻めのアノマロカリスと対になる守りのオパビニア。大地低くから頭上に存在する5つもの目で全方位への視界を確保する、不釣り合いなほどに巨大な口吻から油断なく息を吸い吐きする奇怪な古代生物が糸巻の場に現れる。

「オパビニアの効果を発動!トラップをエクシーズ素材に持つオパビニアは1ターンに1度オーバーレイ・ユニット1つを取り除くことで、デッキからバージェストマ1枚を手札に加えることができる。1つ断っておいてやるが、このモンスターはあらゆるモンスター効果を受け付けない。つまりご自慢の灰流うららでも、このサーチ能力は止められないぜ。カンブリアの奉納!」

 デッキを取り出し、素早く中身に目を通す。この状況でサーチの候補となるバージェストマは全部で3種類、そう彼女は考える。まず1つが、モンスターを裏守備にすることで一時的にロックを解除するカナディア。だが召喚権を失いアンデットワールドの使えない彼女にそこから展開するすべはなく、何らかの方法でこのターンを防がれれば再び反転召喚によりロックが戻ってしまう。次に候補となるのがドラミング・コングの破壊から混沌の場の解除まで魔法・罠破壊能力を用い柔軟な対応が可能となるオレノイデスだが、これも破壊したい候補が多すぎて焼け石に水でしかない。
 となると、彼女の腹は決まった。

「バージェストマ・ディノミスクスを手札に加える。そしてオパビニアの更なる効果により、アタシはバージェストマを手札から発動することが可能となる!」

 手札1枚を捨てると同時に場の表側カード1枚を除外するディノミスクス。【結界像】はそれぞれが別の属性の特殊召喚を封じ込めるその性質上特殊召喚のギミックに乏しく、そして除外されたカードを無条件にサルベージする方法は数少ない。
 だが、そこで蜘蛛が動いた。すべては網の中の抵抗でしかないといわんばかりに、伏せられたカードのうち最初から場にあった1枚が表を向く。

「待った。カウンタートラップ、強烈なはたき落としを発動。相手がデッキからカードを手札に加えた際、そのカードを捨てさせる。そして通常トラップでしかないディノミスクスを、この発動に対しチェーン発動することは不可能」
「ぐっ……!」

 手札に加えられた逆転のカードが、何もなしえることなく墓地に落とされる。だが、これは彼女のミスでもあった。見せつけるようにして蜘蛛の手札に舞い戻った灰流うららへと意識を向けるあまり、これまで沈黙を保ってきていた場の伏せカードに対する注意力が落ちていたのだ。モンスター効果を受けつけないオパビニアのサーチ能力の高さに胡坐をかき、わずかな油断がにじみ出ていたともいえる。

「……どうした?吠え面とやら、いつかかせてくれる?」
「うるせえ、このターンも増産工場の効果を発動!手札の不知火の宮司(みやつかさ)を墓地に送り……さあ、アンタはどうしたい?」
「無差別な1枚のドローに望みを託すか。ここで1度止めたところで、闇の増産工場は毎ターン効果の発動が可能なカード。いいだろう、それぐらいは通してやろう」

 またしても不気味な機械がガタゴトと稼働し、ベルトコンベアから1枚のカードが流れてくる。それを手にした彼女が、そのカードをすぐさまデュエルディスクに叩きつける。

「オパビニアの効果により手札から、バージェストマ・オレノイデスを発動!場の魔法か罠1枚を破壊する……アタシが選ぶのはあれだ、レフトPゾーンのドラミング・コング!さらにトラップの発動にチェーンし、アタシの墓地からアンタが捨てたディノミスクスをモンスターとして蘇生する」
「なるほど、そのドロー運は腐ってもプロか。だがそれもその場凌ぎ、後手対応にすぎない」

 平べったい体の古代生物が跳ね、光の柱の中にいるドラミング・コングへと襲い掛かる。これで相手の攻撃力はわずかに下がり、彼女のフィールドにはモンスターが増えた。
 だが、彼女の表情に明るさはない。守備力0の下級バージェストマは、文字通りたった1度の壁にしかならない。蜘蛛の言葉通り、これが後手対応でしかないことは彼女自身がよく分かっていたからだ。

 バージェストマ・ディノミスクス 守0

「だがな、まだ、まだだあ!魔法カード、一撃必殺!居合ドローを発動!手札1枚をコストにアンタの場のカード数だけデッキからカードを墓地に送り、その後1枚ドローしてそれに応じた処理を行う!手札コストとしてアンデットワールドを捨て、効果発動!」
「無効を承知の上で発動するとは、よほど切羽詰まっているようだな。望み通りにしてやろう、手札から灰流うららの効果を発動。このカードを捨てることで、デッキからカードを墓地に送る効果を無効とする」

 蜘蛛の言葉通り、この居合ドローを止められることは最初から承知の上である。ハンデス手段のない彼女のデッキでは、見えている手札誘発を潰すためにはそれを使わせるしか方法がないからだ。確かに灰流うららの脅威こそ去りはしたが、その代償は大きい。この無茶な動きのせいで、彼女の手札は0となったからだ。
 しかし、ターンエンドを告げる彼女の闘志はいささかも揺らいではいない。獲物の魅せるこれまでになかった新鮮な反応を前に、蜘蛛が興味深そうに眉をよせた。

「俺のターン、ドロー。業火の結界像を召喚し、オレイカルコスの力で攻撃力が上昇する」

 業火の結界像 攻1000→1500

 そして召喚される、炎属性以外の特殊召喚を縛る第2の結界像。この瞬間、あらゆる属性を封じ込める蜘蛛のロックが完成した。

「俺の場に存在する攻撃力の等しい攻撃表示モンスター2体、この2種類の結界像を指定することで魔法カード、クロス・アタックを発動。その効果によりこのターン豪雨の結界像は攻撃できず、業火の結界像はプレイヤーへの直接攻撃を可能とする」
「おいおい、オパビニアが突破できないからってロックの上からダイレクト戦法か?一体いくつ手があるんだ、ったく」
「それをお前が知る必要はない。バトルフェイズ、業火の結界像でダイレクトアタック」

 ドラミング・コングの片方が破壊され、オパビニアの守備力2400はそう簡単に突破されない壁となった……などと一息つく暇すらもなく、即座に変更された攻め手にぼやく糸巻。炎を模した赤い結界像の目が光り、赤い光線がバージェストマ2体の間をすり抜けて彼女へと直撃する。

 業火の結界像 攻1500→糸巻(直接攻撃)
 糸巻 LP2600→1100

「今のダメージを受けても平気で立っているとはな。妨害電波機能付きデュエルディスクだったか?それを加味してもさすがは元プロデュエリスト、そのフィジカルの強さは大したものだ」
「ようやく世辞のひとつでも言う気になったのかい?それよかせっかく炎の攻撃なら、こいつに火をつけてもらいたいんだがね」

 それは純粋な賞賛なのか、相手の心を折るための詭弁なのか。蜘蛛の表情からはどちらとも判断つかない糸巻だったが、いずれにせよ彼女の返答は決まっている。皮肉に笑ってニヒルに返す、それが彼女にとってのいい女というものだ。懐から取り出した煙草をひらひらと振って見せ、結局自分で火をつける。

「今更だが、アンタ煙草(こいつ)はやるのかい?どっちにしろ、アタシは1人で吸わせてもらうがね」
「好きにしろ……赤髪の夜叉、糸巻太夫。バージェストマと不知火の2テーマを軸とした混成デッキの使い手にして、デュエルポリス家紋町支部現代表」
「おう、なんだなんだアタシのプロフィールなんぞ並べたてて。ストーカー業も請け負ってるのかい?」

 煙草の力もあってかいささか落ち着いた調子でのんびりと返す糸巻の皮肉には答えず、蜘蛛が試すように問いかけを続ける。

「どんな気分だ?常に自分の武器としてきた水と炎、その2つの属性により行動を縛られる気分は」
「はっ、そこまで調べてきたうえでわざわざ豪雨と業火の2枚をチョイスしたのかい?ご苦労なこったね……いや、そうか。そういうことか」

 吸いなれた味とニコチンによって、糸巻の頭も次第に冴えてきた。普段よりも鋭さを増す思考回路がふと、今の言葉をきっかけとして彼女の頭脳に不意のひらめきを送り込む。1人で勝手に納得する彼女に怪訝そうな表情を向ける蜘蛛に、にやりと笑った彼女が口から離した煙草を手札のない右手に持ち替えて言い放つ。

「悪いね、蜘蛛とやら。この勝負、アタシの負ける道理はない」
「……なんだと?」

 またしても、風が吹いた。あたりに漂っていた紫煙がゆっくりとどこかに流れていく中を、彼女の言葉が突き抜ける。

「アンタのデッキを見た時から、どうも引っかかってたんだ。結界像とその打点を上げるオレイカルコス、そして使い減りしない強化手段のドラミング・コング……まあ、ここまではわかる。別に普通のデッキ構成だもんな。だけどな、問題はその後だ。リザードロー?セカンドンキー?そこまで来たらもう、アンタのデッキはただの【結界像】じゃない、【EM結界像】とでも言うべき別のデッキだよ」
「……何が言いたい?」

 真意を測りかねる蜘蛛に、ますます笑みを深くする糸巻。気づかぬうちに、もはや精神的な優位関係は完全に逆転していた。獲物を自らのロックで封殺しその抵抗が弱まるのを待っていたはずの蜘蛛は、いつの間にか糸巻の言葉という糸によって逆に絡めとられていたのだ。

「アンタは【結界像】に重要なメタカードや防御手段を削ってまで、【EM】の攻撃性能をデッキに組み込もうとした。ドラミング・コングもセカンドンキーも獣族、その比率が多いところを見ると、そうだな。おおかたフィニッシャー用のハンマーマンモ、守備メタのラクダウン、強化にブーストをかけるチアモール……まあキリがないからこのぐらいにしておくが、そのへんあたりも入ってるんじゃないか?」
「……だからなんだ?笑いたければ笑うがいい、俺は最後に勝つ。そうあり続ける限り、誰にも文句など言わせはしない」
「笑わないよ」

 即答だった。不意に笑みを消して真剣な表情になり、彼女にしては珍しくまっすぐに蜘蛛の目を見据える。その視線の強さに気圧されて何も言えなくなった蜘蛛の耳に、続いて語られる言葉が届く。

「笑うわけがない、文句だって言いやしない。逆に、もしそんな奴がいたらアタシの方がぶっ飛ばしてやる。あのな?プロってのはな、デッキのカード1枚1枚を選ぶことの重さを誰よりもよく知ってるもんなんだ。どれだけ無茶なコンボだろうと、たとえ上位互換がいくつあるとしても。そのカードが好きでデッキに入れた奴がいるなら、それは絶対に替えが効かない1枚だから。アタシはプロを辞めて随分になるが、それでも同じさ。ほんの少しでもプロの心構えを持ってる奴なら、人様が本気で組んだデッキを笑ったりなんてしない……なあ、アンタはアタシのデッキについてもある程度は下調べしてきたんだろ。そもそもなんでアタシは、不知火とバジェなんてわざわざ違う要素を組み合わせたデッキを使うのか。考えたことはあるかい?」
「何?」

 不意に話を変える糸巻に、そう問い返すのが精一杯の蜘蛛。完全に相手のペースにのみ込まれていることに対し彼の心の中では警鐘を鳴らしながらも、それでもその話に引き込まれてしまう。

「先に言っとくが、これはアタシに限ったことじゃない。もちろん例外だって多いが、あの時アタシと同期世代だったプロには結構いるんだぜ、混成デッキ使い。なんでだと思う?」
「……」
「別にそういうルールだったわけでもない、暗黙の了解なんてものもない。ただそういう奴が自然と集まってきてたんだよ、あの頃のプロリーグには。昔のアタシらの仕事はプロだ、スポンサーからの旗背負ってお客さんの前でデュエルを魅せる、エンタメに振り切った職」

 そこで1度言葉を切り、わずかに目を閉じてかつての生活に思いをはせる。しかし、センチメンタルは彼女の好むところではない。いくらでも湧き上がってくる思い出を振り切るように再び目を開き、口を開く。

「考えてもみろよ。アタシらはその自分の代名詞となるデッキを使って何十回、いや何百回も、同じ客が見てる前で戦うんだぜ?もちろん勝つことは大事だけどな、毎回全く同じカードから同じ動きで全く同じ盤面を作って、たまに妨害が入ればそのリカバリー。そんなの、本当に見たいと思うか?そりゃ当然、そこまで割り切った方が強いだろうさ。極限まで勝利パターンを絞りきって、たった1つのルートに最短でたどり着きつつ空きスペースに展開補助と妨害カードをフルに突っ込む構築が一番強いだなんて、そんなの小学生だってわかる話だ」

 誰よりも勝敗に貪欲なはずのプロデュエリストが、勝利への最短距離を取らないという矛盾。それを笑い飛ばす彼女に、蜘蛛も何か思うところがあるのか大人しく耳を傾ける。

「でもな、プロデュエリストはプロのエンターテイナーだ。そんな風に毎回戦術が固定されてたら見てる方だって、何よりいつかは必ず本人に飽きが来るに決まってるじゃないか。そうなった時に自分が使ってて楽しくないデッキを見せて、それで何がどうなるってんだ?そんなの、アタシに言わせりゃプロ失格だ。だから、デッキに『遊び』を作るんだよ。どんな相手にも決まった盤面で対抗して、それができるようにカードを選ぶんじゃない。戦ってみればそのたびに戦術や着地点が変わる、お決まりのカードから今日は何が飛び出してくるのかわからない。ただ強いテーマだからその時だけ使う、そんなスタイルは許されない」
「……どうやら、正体を現したようだな。人のデッキに文句をつけないなどと、口では立派なことを言っておきながら舌の根も乾かないうちにデッキ批判か?」

 自嘲的な笑みを浮かべながらの指摘に、しかし彼女はそうじゃないと首を横に振る。

「言いたいことはもっともだが、これはそういう次元の話じゃない。アタシもさんざん見てきたからよく知ってるが、そういう奴は大抵次に強いカードが出たらそこに乗り換える。公式戦以外で遊ぶ分には勝手にやってくれりゃあいいが、プロはイメージ商売でデッキはその顔、使い始めたデッキは基本的に一生ものなんだ。勝てるデッキで勝つんじゃない、自分のデッキで勝つんだよ。その瞬間を見るために客は集まってくるんだし、その瞬間をモチベーションにアタシらは戦い続け、デッキと自分を進化させてきたんだからな」
「それで、混成デッキを?だが、その話が何の関係があるというんだ」
「おう、今からその話に入るとこだ。演説代は請求しないでおいてやるから、耳の穴かっぽじって聞いとけよ」

 糸巻なりのプロ観に、蜘蛛は何を思ったのか。その顔からはいまだ何も読み取れないが、彼女の目には最初の出会いよりもほんのわずかに、それこそ比べてみないとわからないほどにその表情が柔らかくなっているように映った。それとも、たまたま光の当たり方が変わっただけなのか?いずれにせよ、彼女としては言いたいことを言わせてもらうだけだ。

「アンタのデッキはな、見たところまさに昔のプロの考え方そのままなんだよ。アタシらの時代でのデッキの組み方の流行りは、大まかに2種類あった。1つが、デッキの全てをたった1種類のエースのためだけに特化させる……マスコミからは過労死スタイルなんて名前付けられてたな、ネーミングはともかくそれはそれで面白いもんだった。そしてもう1つがアタシや、今のアンタのデッキと同じ。シリーズやテーマを組み合わせてワンパターンにならないように、そのくせ実戦に耐えうるだけの動きを模索した結果の型だ。だからそういう意味で懐かしい、アタシはそう思ったね」
「……ふん」
「そして、だからこそ、だ。アンタがこの稼業をどれだけ続けてきたのかは知らないが、プロデュエリストとしてのファイトスタイルならアタシに一日の長がある。いうなればアンタはアタシの後輩、その後輩相手に初見の状態で負けてやるほどにアタシの腕は鈍っちゃいないよ。さあ、おしゃべりはもう終わりだ。ターンエンドを宣言してみな?元プロの本気、たっぷり思い知らせてやるからよ」

 喋り続けるうちに手の中で短くなった煙草を未練がましく口の端に咥え、とびっきりの好戦的な笑みを浮かべてみせる。そしてその挑発に、蜘蛛は応えてみせた。

「いいだろう。その大口が嘘ではないと、俺に証明してみせろ!ターンエンドだ!」
「いいねえ、今のはなかなかいいお膳立てだ。フィールドはアンタが圧倒的に有利、アタシにはもう手札もない。でもご期待通り、1発でひっくり返してやるよ!アタシのターン、ドロー!」

 素早く唯一の手札に目を走らせ、その目を輝かせる。

「このターンもバージェストマ・オパビニアの効果を発動。オーバーレイ・ユニット最後の1つを取り除くことで、デッキからバージェストマを手札に加える。バージェストマ・マーレラをサーチだ」
「マーレラ……デッキからトラップ1枚を墓地に送るカードだったか。そんなものを今更サーチして、何ができる」
「何ができるって?盤面だけ見りゃ、確かにアンタがこのまま勝つのが道理ってもんだろうさ。でもな、アタシは道理なんざぶち壊して、理不尽に無理を通してみせる。魔法発動、一撃必殺!居合ドロー!」
「何かと思えば……居合ドローだと?引くというのか、この1回で?」

 居合ドローは墓地にカードを送ったのちにカードを引き、その後に墓地から落とした数だけカードを選びデッキに戻す効果があるが、それだけではなくもしそのドローカードが2枚目、あるいは3枚目の居合ドローだった場合にのみ発動する真の効果がある。フィールドをすべて破壊し、その破壊し墓地に送ったカードの数1枚につき2000ものダメージを相手に与える文字通り一撃必殺となりうる効果が。そしてその性質上発動時には破壊が不確定であるために、カードが何枚出ていようが蜘蛛は大革命返しを発動することも不可能。

「ああ、そうさ。引くんだよ、これからな」

 彼女はそう言って不敵に笑う。だが、その確率はあまりにも低い。同名カードを引かねばならないという性質上、デッキの残り枚数によって若干の確立変動こそあるもののその成功率はデッキ内に同名カードが2枚残っている最初の一撃が最も成功率が高いからだ。すでにその一撃を無効にさせた糸巻のデッキに、残る居合ドローは1枚のみ。彼女がこれまでのデュエルで使用してきたカードによって多少デッキが掘り進められているとはいえ、まだ30枚近く存在するデッキの中からピンポイントでそれを引き抜かねば彼女に勝機はない。しかも仮に最後の居合ドローがデッキの上の方にあったとしても、これから行う蜘蛛のフィールド上カードの枚数分の墓地肥やし……つまり墓地に落とす6枚のカードの中にそれが含まれていた場合には、ドローを行うまでもなくその失敗が確定する。
 馬鹿馬鹿しい、ただの運のみに頼った苦し紛れのギャンブル。蜘蛛の理性は、そう彼女の行動を否定する。それでも彼女は、その限りなく低い可能性に対し気負わずに笑ってみせた。

「アンタのフィールドにカードは6枚。そうら、1枚ずつ見てこうぜ。1枚目、不知火流-燕の太刀。2枚目、牛頭鬼。3枚目、命削りの宝札。4枚目、馬頭鬼。5枚目、迷い風。6枚目、死霊王 ドーハスーラ……ここまではセーフ、いよいよお楽しみの7枚目だ。アタシはとっくに終わらせたが、アンタのお祈りはもう済んだか?」

 デッキトップに文字通りの居合抜きを行う侍のように中腰で手をかけ、7枚目のカードに添えられた指先が白くなるほどに力がこもる。

「……はぁぁっ!」

 周りの音が消えた。裂帛の気合とともに、運命を握るカードが引き込まれる。そして、次の瞬間。

「一撃」

 ずるり、と空間が動いた。2体の結界像が、セカンドンキーが、ドラミング・コングが、伏せられていた大革命返しが、横一文字に両断された断面から徐々にずれていく。

「必殺」

 そしてそれは、蜘蛛の場のみに限ったことではない。糸巻本人のフィールドでもオパビニアが、増産工場の装置が、そしてフィールドゾーンに浮かび上がった混沌の場のカードが、同じくその断面から次第に上下がずれていく。

「……居合ドロー」
「馬鹿な、そんなことが……俺のフィールドが!」

 低く呟いた糸巻が、果たして引いてみせたカード……最後の居合ドローを表にする。ゆっくりと崩れていくフィールドに、呆然としたような蜘蛛の叫びがこだました。特殊召喚を封じ、手札もほとんど使い切らせていた。守りの準備も万全、勝利は目前のはずだった。
 しかし、その道理は打ち壊された。馬鹿馬鹿しいほどあっけなく、そして理不尽に。自らの叫び声を遠く聞きながらも蜘蛛はしかし、どこか納得めいた感情を感じていた。追い詰めていたはずの自分と彼女の立場が逆転し、相手が精神的に優位に立ったその時点で、すでに勝負はついていたのかもしれない、と。
 彼が諦めて目を閉じたその瞬間、両断されたカードが一斉に爆発を起こした。破壊され墓地に送られるカードはペンデュラムカード、及び1ターンに1度だけ破壊されないオレイカルコスを除く計6枚。12000ポイントのダメージが妨害電波による軽減をもってなおその体をぼろくずのように簡単に吹き飛ばし、地面に何度も転がしながら叩きつける。

 蜘蛛 LP4000→0

「あ……ぐ……!」

 全身を打ち据えられながらもどうにか立ち上がろうとして地面に手をつき、またその場に崩れ落ちる。打ち所がよほど悪かったのか、全身だけでなく頭が割れるように痛い。目はかすみ、ぐるぐると不安定に世界が揺れている。そんな横向きの風景を、燃えるような赤色が自分に向けてゆっくりと近づいてくる様子が辛うじて彼の視界に映った。やがて目の前で立ち止まったその人影が、おもむろにかがんでこちらに手を伸ばす。朦朧とした頭でその真意を判断することもできず、反射的に手を伸ばしてそれを掴むと、力強く自分の体が引っ張り上げられて近くの木にもたれかけるような姿勢に直される。

「なに、を」
「軽い脳震盪か。あとはまあ、骨折があるかどうか。痣やらなんやらはキリがないから放っておくぞ、勝手に自分で治しとけよ。じゃあアタシはぼちぼち移動するから、いい人に拾われな」
「……待て!」

 軽く全身を見渡し、ざっくりと緊急性はないと判断。さっさと背後のバイクに乗り込もうとする彼女に、ほんの少しだけ持ち直した蜘蛛が苦しげに声をかける。

「んだよ、これ以上ぐずぐずしてたら雑魚がわんわん集まってくるだろうが。いくらアタシでも馬鹿正直にその辺のチンピラレベルの奴なんざ1人1人相手してらんないぜ、それこそ朝になっちまう。これも仕事だ、もうちょっとこの辺一帯をひっかきまわしてやらないとだしな」

 バイクの側面にひっかけてあったヘルメットを無造作にかぶり、発車のために地面を蹴る。再びぼやけてきた蜘蛛の視界の中で闇に消えようとするその背中に、力を振り絞ってもう一言だけ叫んだ。

「……覚えていろ、次こそは、必ず……!」

 無理に叫んだことで、蜘蛛の体力に今度こそ限界が来た。完全に視界がブラックアウトする寸前、場所を変えつつある彼女が振り返りもせずに片手を上げて彼に応える姿が見えた。 
 

 
後書き
今回の教訓:トップ操作やオカルトパワー等の説得力ある理由なしに居合ドローでワンパンする脳死エンドはやっぱり創作としてもあんまりなので多用しないように気を付けようと思いました(小学生並みの感想)。デウス・エキス・マキナに頼った古代ギリシア人の気持ちがちょっとわかったのは内緒。

あとなんか中盤で長々と糸巻さんが語ってたのは、平たくかつメタ的に言うと環境トップに代表されるような切り替えす隙のないガッチガチのソリティア盤面は今後も出てこないという私からの決意表明です。私のデュエルタクティクスは……まあ、ここまで拙作を読んでいただいた方ならなんとなく察しがつくと思いますが、このレベルですので。あんまりルート長すぎるのよく分からない。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧