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人理を守れ、エミヤさん!

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なんくるないさ士郎くん!






 眩暈は一瞬だった。

 微かに残った、酩酊にも似た心地を瞬時に除去する。敵性魔術師による精神干渉系の魔術を魔力抵抗(レジスト)する技能は、この世界で生き抜くには必須である以上、自身の精神的コンディションを安定させる術を身に付けるのは画然たる措置である。
 魔術回路に強引に魔力を流して洗浄する事で体内に入り込んだ魔術を押し流す。俺のその反応は既に反射の域にあった。故に対処は迅速で――同時に内心首を捻る。今、誰が俺の精神領域に触れた? 魔術を掛けられたような感じでもない。俺の対魔力は魔除けの指輪よりも低いから、ある程度の魔術で汚染されてしまえば、体内に対魔術の宝具を投影して魔術回路を串刺しにし無理矢理解呪するのだが。それが必要だという緊急性も感じない。

 単に疲れが出ただけと判断し、一旦雑念をリセットする。眼前には魔術王を名乗ったキャスターのサーヴァントがいた。正確にはデミで、しかも冠位とかいう資格を持つという意味で、サーヴァントという名乗りには正確性を欠いているのだが。別に言う必要はない。だって聞かれてないし。

「魔術王、ですって……!?」
「……!」

 俺からすればロマニの前世――というと語弊があるが、かといって他に適当な表現もない存在が、よりにもよって魔術世界の神とすら言える賢者であるとは信じがたいのだが。
 サーヴァントである以上、アイリスフィールやアルトリアの驚愕は正当なものである。何せ平然とアルトリアの最高峰の対魔力も抜いて来かねない手合いであるのだ。しかもアインツベルン製ホムンクルスといえど、アイリスフィールも魔術師である以上は、魔術の祖であるソロモンにかなりの脅威を感じても無理はない。

 聖剣を油断なく構えるアルトリアと、その背に庇われているアイリスフィールの後ろで、俺はそっと契約しているサーヴァントと通信する装置に触れる。

『ロマニ。後で裏山な』
『そっちこそ。ブタ箱のご飯は美味かったよ。マシュによくも変な経験をさせてくれたね』

 表面上は穏やかな顔のまま、一同を睥睨するキャスターに、俺は露骨に呆れた風に肩を竦めて首を振った。

『賢者なソロモン様なら、俺の財布の中身がこの時代で使えるわけないって分かると思ったんだけどなー。所詮ロマニはロマニか。それとマシュに関してはほんとにすまん』
『あ、いえ……ふふ、でも、ドクターが楽しそうだったから、良かったです。適度にイジメテあげてください。きっと喜んでますよ』
『マシュ!? ボクは別に楽しんでないんだけど!?』
『――と、雑談はここまでだ。ロマニ、ちょい俺とマシュ、ランサーに意識を接続して加速させてくれ。可及的速やかに認識と情報、意見を交換したい』
『りょーかい、マスター』

 アイリスフィールとアルトリアは気を張り詰め、ロマニとその背後に庇われているマスターらしき少女――マシュを警戒している。急激に意識が引き伸ばされる感覚に身を委ね、俺は眼球の動きすら遅滞させられながら、ゆっくりと口火を切った。

『さて。ロマニとマシュ、ランサーはまだ現状を知らないから報告しておく』

 ソロモンなら千里眼で全てを見通してしまえるのだろうが、今は千里眼を厳重に封印している。過去現在未来の『全て』は、魔術王ならともかく人間であるロマニの魂には重すぎる。最悪精神に異常を来すか、頭パーン! となりかねない故に、使わせるつもりは毛頭ない。
 それに実際、ロマニの証言ではこの人理焼却に別の魔術王が絡んでいるらしいから、千里眼を持つ者同士は互いに認識出来るという特性上使わせる訳にはいかない実際性もある。

 ソロモンではあって、ロマニでもあるから、その知能と知性がどれほどのものかは未知数。過度な期待はしない。報連相は緊密に行う。

『ネロ達が解決に当たっている特異点の詳細が判明した。時代は紀元元年、場所はスカイ半島で特異点の名称は「死国残留海域スカイ」というらしい』
『……あー。うん。それで?』
『ランサー君。君に朗報だ。ネロ達がそこで交戦したのは体内に聖杯を持った戦神並みの怪物、ゲイ・ボルクの素材クリードさんらしい。出番ですよランサー君』
『マジか。マジなのか』
『安定の幸運Eですねぇ……』
『そりゃテメェだろマスター。今のオレはDランクだ』
『……聞かなかったことにしよう。ランサー、お前にはネロの増援に向かって貰う。悪いが拒否権はない。代わりに向こうは筋力Dの見せ筋とアサシン、オルタの三人を撤退させ、こっちにはアサシンと百貌の内一人を回して貰う。オルタと見せ筋野郎は非常時に備えて待機させようと考えてある。何か意見は?』

 忌々しげにクー・フーリンは舌打ちした。無論のこと意識領域内なので音はない。
 だが文句は出なかった。クー・フーリンはやれやれ、生前のツケがこんな所で巡って来るなんてなぁ、とぼやいただけだ。
 マシュは不思議そうに疑問を発した。

『先輩、なぜ切嗣さんと百貌さんの一人、なんですか?』
『それはだね、マシュ。士郎くんの義父は普通にアサシンとして運用する為なのと、変装技能を持つ百貌の一体を呼び寄せてランサーに化けさせて、表向きランサーが残っているっていう体裁を整えたいからさ』
『そういう事だ。実際の戦力としては紙だが、見せ札としてランサーの存在は神だ。中身ぺらぺらでも戦闘を避けたら使えないこともない。百貌はカルデアに欠かせない人員だからな、割けるのは一人だけだろうという判断もある』
『あ、はい。また始まるんですね……』

 何事かを察し、遠い目をするマシュである。なぜなのか。
 不満たらたらなクー・フーリンに俺は言う。

『ランサー。こっちは最短二日、最長三日で片付ける。お前なら速攻で救援を片付けて戻って来るって信じるぞ。片付けてすぐ戻ってこい』
『……は。やれやれ、そう言われたんじゃ期待に応えない訳にはいかねぇな。だが実際、そう簡単にはいかないと思うがね』
『最大限支援はさせる。具体的には五時間置きに量産型ラムレイ号に見せ筋の投影宝具を搭載させて爆撃支援をする。要所で活用してくれ』
『君って割と自分には容赦ないよね……』
『世界のために戦えるんだから喜んで投影爆弾師になってくれるよ彼ならきっと多分絶対』

 真面目な話、誰一人楽は出来ない。待機させるオルタも、決戦戦力として火力を担うのだから、最悪こちらとネロの方を行ったり来たりしなければならなくなる可能性もある。ネロの負担を考えれば、余りサーヴァントを抱え込ませる訳にはいかないが――

『ランサー。この際だから競争しようか』
『あ?』
『俺がここを片付けてネロの救援に駆けつけるか。ランサーがネロを助けて人理定礎を復元してこっちに戻ってくるか。どちらが早いか賭けよう。もし俺が早かったら、ランサーはルーン量産要員になって貰って次の特異点はお留守番な』
『面白ぇ。ならオレが早かったら、マスターの事でも吐いて貰おうかね。カルデアに来る前のマスターが何してたか、興味があるからな』
『え、なに? 聞こえなーい』
『おい』

 そうなったら令呪でなかった事に……出来ないか。うーん。

『あ、それ私も気になります』
『マシュ?』
『ならボクに任せてくれ。士郎くんの記憶を映像化してカルデアで上映してあげよう』
『ロマニぃ……プライバシーの侵害はいけませんよ……』
『編集するから大丈夫だって』
『ノンフィクションなのが問題なんだっつの』

 サーヴァントなら夢に視る事もあるんだから別に要らんだろと思う。
 俺は嘆息し、意見を募ってみた。

『で、ここまででこうしたい、ああしたらいいみたいな意見はあるか?』
『オレはねぇ。槍は捧げてる。好きに使え』
『私もありません。先輩なら大丈夫だと思います。……思います』
『ボクもないかな。まあ何かあれば軌道修正がてらフォローはするけどね』
『お前ら……』

 丸投げってどういうことなの……。特に魔術王様、その叡知で助けてくれてもいいだろ……。
 その思いが通じたのか、ロマニは苦笑しているような声で言った。

『大丈夫、なんやかんや上手くいかせる事に関して言えば、君は無能な王ソロモンよりずっと上さ。君なら出来る、そう信じてるからボクも気楽にいける』
『……フォローはちゃんとしろよ』
『勿論。大まかな流れは理解してる。大船に乗ったつもりでガンガンいきなよ?』

 そこで加速していた意識が現実の時間に戻ってくる。
 何食わぬ顔でロマニはアイリスフィール達に向けて言った。

「やあセイバーと、そのマスターのフロイライン。私に戦闘の意思はない、どうか剣を下ろしてくれないかな?」
「……俺からも頼む。今は各陣営で徒に事を荒立てる時期じゃない」
「ランサーのマスター……」

 アルトリアが思案げに俺を見て、次いでアイリスフィールを窺った。冬の聖女の生き写しである女性は、固い顔と声で難しそうに眉根を寄せる。
 当然の警戒心だ。魔術師にとって魔術王の存在は余りに重い。偽物なのか、本物なのか、判断に困りながらも、アイリスフィールは的確な判断を下す。

「……剣を下ろして、セイバー」
「いいのですか」
「ええ。キャスターが本当に魔術王であるにしろ、そうでないにしろ、セイバーとランサーを同時に相手にしようとするほど無謀そうな殿方にも見えないわ。とりあえずは、話だけならしてもいいんじゃないかしら」
「……」

 えもいえない罪悪感に、マシュが困り顔をした。すみません、孤立してるのは貴女達なんです……そんな貌である。
 マシュは可愛いなぁ。遠い目をしそうになりながら、俺は微妙に哀しくなる。いっそのこと本当の事情を話して協力者になって貰うのも視野に入れているが、ぶっちゃけこの時代の人間である彼女には全く信じられないだろうから、信じざるをえない状況になるまでは騙しておくしかない。
 今後じわりじわりと種を撒き、こちらに引き入れる工作をしよう。アルトリアと英雄王以外は斃れて貰うのだ、なんとかしたいものである。後、蟲老害にも試さにゃならん事もあった。

 雷鳴を引き連れてやって来る征服王の気配を感じながら、俺は何気なくロマニに念話を送った。

『ロマニ。後でいいから、彼女から聖杯の器抜き取って、代わりの心臓精製して入れ換える事は出来るか?』
『出来るよ。まあその場合、彼女の心臓は魔神のものになっちゃうけどね』
『死ぬよりはいいだろ。流石に義母を死なせる訳にもいかない。頼む』
『いいよ。いっそのこと聖杯を浄化して普通に聖杯戦争終わらせるのもいいんじゃない?』

 え。

 聖杯……って、浄化出来るんだ……。

 神代の魔術師の力を失念していた。いや、単にアンリ・マユの頑固汚れのしぶとさに、出来るわけがないという固定観念が出来上がっていたのだろう。
 この時、俺は思った。
 人理修復が無事終わったら、ロマニと冬木に来よう、と。大体それで丸く治まる気がした。

 ――結局やる事は変わらないのだが。






 
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