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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv66 王子の決意

   [Ⅰ]


 極秘会談の内容は、勿論、今回の動乱の核心に触れるモノであった。
 女神イシュラナが偽りの女神であるという事や、イシュラナ教団の高位神官は殆どが魔物達であったという事、レヴァンの裏切り、それから真実を映すラーの鏡の存在、そして……この動乱の後始末についてである。
 俺が寝ている間にも話し合いは行われていたようで、ここにいる面々は落ち着いた様子でラーのオッサンの話を聞いていた。
 それどころか、ラーのオッサンに対して、皆は普通に質問しているくらいだ。
 というのも、ウォーレンさん曰く、この会談は2回目らしい。
 ラーの鏡を見て、最初は全員が面食らったようだが、話を聞いている内に段々と慣れたみたいである。

 話は変わるが、この部屋に来る途中、アヴェル王子とウォーレンさんからお願いがあった。
 そのお願いとは、『女神イシュラナは魔物達が創り上げた偽りの女神』という事実を黙っていてほしいという事であった。
 これはヴァロムさんの指示らしい。魔物達を退けたとはいえ、今はあまりに色んな事が起きている為、余計に世の中を混乱させるとヴァロムさんが判断したそうである。
 その為、今回の動乱の表向きは、宮廷魔導師のレヴァンがイシュマリアを裏切り、魔物達と共に、この国を乗っ取ろうとした、という事になっているそうだ。
 まぁこの判断はやむを得ないだろう。女神イシュラナの存在を消し去るには、不可能なほどに民達の心の中に浸透しているからだ。魔物達の策略を打開するのに時間が掛かり過ぎたのである。
 アヴェル王子の話によると、この事を知っているのは、今のところ、極秘会談に出席している者達だけだそうである。
 ちなみにだが、この場にいる俺が知らない方々は、やはり、イシュマリア八支族の太守達とラミナス公使のフェルミーア様だそうだ。
 というわけで、話を戻そう。

 アズラムド陛下は咳き込みながら、ヴァロムさんに訊ねた。 
「オルドラン卿よ……ゴホッゴホッ……女神イシュラナは、魔物達が作り上げた偽りの女神だというのはわかったが……これをそのまま皆に伝えるつもりなのか? このイシュマリアの成り立ちすら否定するような事だぞ。それだけではない。民達はますます混乱するだろう。折角戻った平穏が乱れかねない」
 先程から、時折、咳き込む姿を見せるので、あまり体調は思わしくないのかもしれない。
 ヴァロムさんは陛下の言葉を聞き、少し困った表情をした。
「確かに……そこが問題でございます。あまりにも影響が大きい話ですので……」
 ウォーレンさんは腕を組み、大きく溜息を吐いた。
 他の皆も難しい表情で黙り込む。
 そして、室内はシンと静まり返った。
(無理もない……この国を根底から覆す問題だから、こうなるのも仕方ないだろう……だが、現時点で取れる最善の方法は1つしかない。後はここにいる者達が、それを納得できるかどうかだ……)
 ふとそんな事を考えていると、ヴァロムさんは俺に話を振ってきた。
「コータローよ……お主はどう思う?」
「え? 私ですか?」
「うむ。お主は物事を柔軟に考えれるからの。お主の考えも聞いてみたい」
 俺に振るなよとは思ったが、訊かれた以上は仕方がない。
(なんか知らんけど……俺はどんどん深みにはまってる気がする。蚊帳の外の方が楽だったけど、もう抜けないところまで騒動に足を突っ込んだから、諦めるしかないか……ハァ……)
 とりあえず、最善と思われる方法を話す事にした。
「私のような者が、このような場で意見するのは恐れ多いですが……現状を考えますと、取れる方法は1つしかないのかもしれません」
 アズラムド陛下が訊いてくる。
「申してくれぬか、コータロー殿……ゴホッ……」
「賛否はあろうかと思いますが……今はこのままにしておくしかないと、私は思います」
 俺がそう告げた直後、この場は少しざわつき始めた。

【なッ!? このままだと……】

 アヴェル王子は怪訝な表情を俺に向ける。
「ですが、コータローさん……魔物達が創った女神をこのまま信仰するというのは……いくらなんでも……」
「アヴェル王子の仰る通り、魔物達が創った偽りの女神というのは、紛れもない事実です。ですが、女神イシュラナは、このイシュマリア国が誕生してから3000年もの間、官民一体となって信仰し続けてきたモノであります。ある意味、この国が存在する証と言っても過言ではないほど、皆の心の中に深く根差しております。偽物だからと言って、皆の心の中からイシュラナを取り除くのは不可能だと思うのです。人はそんなに簡単に、生き方を変えれません。ですから、当分は今のままで行くしかないのではないでしょうか。陛下も仰られましたが、下手な事を伝えると、民達はますます混乱すると思います。それによって疑心暗鬼に陥いり……イシュマリアは乱れるかもしれません。それだけは絶対に避けるべきだと思います。魔物達と戦わなければならないのに、味方同士で争う事になったならば、魔物達の思う壺だからです。それに……魔物達が創り上げたイシュラナの教え……理由はどうあれ、全てが間違ったモノではないとも思います。ですから、今は何もしない方がよいと私は思うのです」
 俺の話を聞き、ここにいる者達は全員、やるせない表情になり、肩を落としていた。
 皆、薄々はそう感じていたんだろう。
 ヴァロムさんとヴァリアス将軍、そしてヴォルケン法院長は静かに頷いた。
「コータローの言う通りかもしれぬな……今はまだ何もせぬ方が良いか……」
「魔物達にしてやられた悔しさはあるが、私もそれしかないと思います。もしこの事を世に公表すれば、イシュマリアは確実に乱れるでしょう」
「確かに、急な変化は民達を惑わせるだけですな。今は、それも已む無しか……」
 アヴェル王子やウォーレンさんも、少し肩を落としつつ、それに同調した。
「現状だと、コータローさんの言う通りにするしかない、か……」
「王子、今はそれが……最善の方法なのかもしれませぬ」
 彼等の言葉を聞き、他の者達は暗い表情で俯いていた。
 アズラムド陛下は目を閉じ、大きく息を吐いている。
 恐らく、断腸の思いなのだろう。
 と、ここで、太守の1人が声を上げた。
「ラー殿……1つ聞きたい。私は今も疑問なのだ。魔物達はなぜ、このような回りくどい手段を用いたのであろうか? それほどの力を持つ魔物ならば、我等を欺かずとも侵略できようものだが……」
「それは簡単な話だ。魔物達がこの世界を本格的に攻めるには、精霊王リュビストが施した浄化の結界を取り除くしかないからだ。だが、精霊王の結界は、そう簡単に破る事はできぬ。如何に強大な力を持つ魔物達でも結界を破るには、それこそ、数百年……いや、数千年の年月が必要な程に強力な結界なのでな。だから、魔物達はこのような手を用いたのであろう」
 続いて、ラミナス公使のフェルミーア様が話に入ってきた。
「ラー様、貴方のお話が正しいならば、魔物達に攻め滅ぼされた我が故郷ラミナスは、その結界が破られたという事なのですか?」
「ああ。それ以外に考えられぬ。浄化の結界が完全に破られたら最後、魔の世界の瘴気がこちらの世界にどんどん押し寄せてくるようになる。それだけではない……濃い魔の瘴気が満たされれば、魔の世界最下層の強大な魔物達が自由に行き来できるようになってしまうのだ。残念だが……そうなってしまったら、もはや成す術はあるまい。特に、魔の世界最下層の魔物は、今のこの世界に住まう者達では、到底太刀打ちできぬほどの恐ろしい力を持っているのでな」
 この場に、息苦しさを感じさせる程のどんよりとした重い空気が漂う。
 こんな事を言われたら、誰だってこうなるだろう。 
 そんな中、ヴァリアス将軍がオッサンに訊ねた。
「ラー殿……貴方は今、到底太刀打ちできぬと言われたが、我が国最精鋭の騎士達でも無理であろうか?」
「残念だが、無理だろう。いや……良い勝負になりそうな魔物はいるだろうが、魔王級の魔物はダメだ。奴等は1体で、この国を攻め滅ぼすことも可能なくらいの強さを持っている。アシュレイアと戦った者達なら、我の言っている意味がわかる筈だ」
 ヴァリアス将軍はそこで、アヴェル王子とウォーレンさんに視線を向けた。
「今の話は本当ですか?」
 2人は口を真一文字に結び、悔しそうにゆっくりと頷いた。
 アヴェル王子は声を絞り出すように、弱々しく告げた。
「ヴァリアス将軍……ラー殿の仰っている事は本当です。残念ですが……あのアシュレイアという魔物は、魔導騎士や雷光騎士が総がかりで戦っても歯が立たないと思われます。下手をすると、傷1つつけれないかもしれません。それほどに強大な力を持つ魔物でした。先の戦いで……我々はあまりに無力だという事を痛感させられました」
 続いて、ウォーレンさんも。
「将軍……今の我々では……到底、奴等にはかないません。今回、あの強大な魔物達を退けられたのは、リュビストの結界を発動出来た事に加え、ヴァロム様とコータロー殿の機転……そして度重なる幸運による賜物です。まともに戦っていたら……今の我々は無かったでしょう」
「そうか……クッ」
 ヴァリアス将軍は悔しそうに顔を顰めた。
 この場に更なる重苦しい空気が漂い始めた。それはまるで、窒息するかのような息苦しい空気であった。
 と、そんな中、アズラムド陛下がその空気を粉砕するかのように、威厳ある言葉を発したのである。
「アヴェル達の言う通り、魔物が強大なのは事実であろう……だが、先の戦いで魔物達の侵攻を防ぐ事ができたのも、また事実だ。これが意味する事は、我等にも希望があるという事である。悲観はするな。だが、魔物達はこれからも、我が国……いや、この世界に対し、あの手この手と仕掛けてくるに違いない。今後は、それを踏まえた対応を我々もせねばならぬ。何れにしろ、皆が一致団結せねば、この事態は乗り越えられぬであろう。それを心に刻み、我等は事にあたろうではないか」
「陛下の仰る通りでございます」
「我々は弱気になっておりました」
 アズラムド陛下の言葉を聞き、この場にいる者は皆、首を縦に振る。
 皆の表情から、先程の暗さは少し消えていた。室内に漂っていた重い空気も若干和らいだ感じだ。
 流石は国王陛下である。俺が同じことを言っても、こうはならないだろう。
「我等が怖気づいては民達は付いてこぬぞ。常に希望を持つのだ。さて、それで話を戻すが……先の一件……私もコータロー殿と同じ意見である。コータロー殿が言われた通り、今はこのままにしておくということで良いかな? 異論のある者は手を上げてほしい」
 手を上げる者は誰もいなかった。
「うむ。だが、これに関しては、くれぐれも他言無用でお願いしたい。我々だけの秘密だ。よいな?」
 ここにいる者達は皆、無言で首を縦に振る。
「ならば次に行こう。それで……先ほど言った希望についてだが……これについて、オルドラン卿から皆に話があるそうなので、お聞き願いたい。では、オルドラン卿、よろしく頼む」
 陛下はそう言って、ヴァロムさんに目配せした。
 ヴァロムさんは頷くと、懐から古びた巻物を取り出し、それを広げた。
 それは、俺が以前見たダーマ神殿とラーの鏡が描かれた書物であった。
「私が陛下の意を受け、王家に代々伝わる大いなる力の伝説を調べているのは、ここにいる皆様方は存じている事と思いますが、ラー殿の助けもあり、ようやくその謎を解くための足掛かりが見えてきましたので、この場でそれをお話ししたいと思います」
 それを聞き、ここにいる者達は皆、ざわついた。

【何ッ、それは誠か、オルドラン卿】
【して、その足掛かりとは如何なるモノなのだ】

 ヴァロムさんは書物に目を落とし、静かに話し始めた。
「これは半年ほど前に、私が手に入れたイシュマリア誕生以前の古代の書物なのですが、ここに記述されております古代リュビスト文字を解読しますと、こうなります。―― 大いなる力を封じし古の神殿・ダーマ……マールドアの大地を抜け、べルミナの谷の奥深くにて静かに眠る……今は訪れし者をただただ待ち続ける……但し、その道は容易ならず……辿り着けるは、九つの鍵とラーの鏡を携えし者のみ……鍵と鏡なくば、ダーマは姿を現さぬ ――と」
 ソレス殿下がそれに反応する。
「マールドアの大地を抜け、べルミナの谷の奥深く……それはもしや、ベルナ峡谷の事ではないのか?」
「ソレス殿下の仰る通りです。この書物に記述されているのは古代の呼び名でありますので、これを現代の言葉でもう少しわかりやすくしますと、マルディラントを抜け、ベルナ峡谷の奥深くに古の神殿ダーマは眠るとなります。この解釈で、まず間違いないでしょう」
 他の太守の1人が訊ねる。
「では残りの部分はどうなるのだ? ラーの鏡はわかるが、九つの鍵というのは……」
「ええ……問題はそこなのですが、実はラー殿のお陰で、その謎がようやく解けそうなのです。しかし……それは、王家と八支族の皆様の協力がなければ、できないことでもあります」
 太守達は互いに顔を見合わせた。
「我々の協力がなければできぬ事……それは一体……」
 ヴァロムさんは太守達の顔を流し見た後、目を細め、彼等に告げたのであった。
「九つの鍵……それは、イシュマリア王家と八支族が管理されている九編からなるミュトラの書でございます」と――


   [Ⅱ]


 極秘会談が終わった後、俺とアヴェル王子は、ヴァロムさんにこの場に残るよう言われた。
 ヴァロムさん曰く、アズラムド陛下が俺達2人に話したい事があるそうだ。
 他の皆がこの部屋から退室したところで、俺と王子は、陛下の近くにある椅子に座るよう、ヴァロムさんに促された。
 ちなみにだが、この部屋に残っているのは、陛下とヴァロムさん、それから俺とアヴェル王子の4人だ。
 俺達が椅子に腰掛けたところで、アズラムド陛下は咳き込みつつ、話を切り出した。
「すまぬな、コータロー殿……ゴホッ……まだ戦いの傷が癒えていない中、時間を割いてもらい……ゴホッ、ゴホッ」
「お気になさらないでください、陛下。ここ数日の安静の甲斐もあり、私はかなり回復致しましたので」
「それは何よりだ……ゴホッ……ゴホッ……」
 先程の会談の時より、咳き込む回数が若干増えた気がする。表情も心なしか覇気がない。陛下の容体が気になるところだ。
 極秘会談の時は、無理して気丈に振舞っていたのかもしれない。
 だが……俺はそれよりも、陛下から漂ってくる嫌な感じのモノが気掛かりであった。
(アズラムド陛下の身体から、魔の瘴気と似た波動が、わずかに感じられる……なぜだ……まさかとは思うが、魔物達に呪いのようなモノをかけられたのだろうか……)
 俺がそんな事を考える中、アヴェル王子は訊ねた。
「父上……話というのは?」
 アズラムド陛下は目を閉じ、静かに話し始めた。
「ヴァロムにはもう話したが……お前達にも話しておこう。此度の動乱で、イシュラナは魔物達が創り上げた偽りの女神という事がわかったわけだが……事はそう単純ではない。それはつまり、我がイシュマリア王家は……魔物達によって生みだされたという事になるからだ。恐らく……伝承にある、破壊の化身ラルゴとイシュマリアの戦いの伝説は、魔物達が仕組んだ偽りの叙事詩だったのだろう。そもそも、本当に戦いがあったのかどうかすらわからない。だが、問題は……それではない。今、問題なのは、我等の祖であるイシュマリアが、魔物達に加担したという疑惑だけが、この先付き纏うという事なのだ。先程の会談で、私はあえて、その事については触れなかったが……この事が何れ災いとなり、我等に降りかかるのは避けられまい。偽りの女神に命ぜられ、我等の祖先達は王となり、民達を惑わし続けてきた事になるのだからな。他言無用としたところで、漏れるモノは漏れるであろう。だが、なってしまったものは仕方がない。後は……イシュマリアの末裔たる我等が、どう後始末をつけるかだ……ゴホッゴホッ……」
「それは承知しております……父上」
 アヴェル王子は肩を落とし、弱々しく返事をした。
 陛下の言っていることは事実だから、こうなるのも無理はないだろう。
「そうか……ならば聞きたい。アヴェルよ……お主はどう考えている。お主は何れ、我が後を継ぎ、イシュマリアを治めてゆかなくてはならぬ身。今、我等がすべき事とはなんであろうか……それをお主に問いたい」
「わ……私には……わかりませぬ……此度の動乱で、あまりにも沢山の事を知り、そして翻弄される日々を過ごしてきました。次から次へと訪れる異変に……私はついていけない状態です。今、自分が何をすればよいのか……それが、わからぬのです……ウゥゥ」
 アヴェル王子は声を絞り出すようにそう告げると、顔を両手で覆い、力なくガクリと項垂れた。
 こんなに落胆する王子の姿を見るのは初めてであった。
 恐らく、アシュレイアとの戦いの後も、ずっとそれについて悩んでいたんだろう。
 アズラムド陛下は目尻を落とし、悲しげな表情を王子に向ける。
「アヴェルよ……この際だから言っておこう。私はもう、この先長くはないかもしれぬ……だからお主にそれを問うておるのだ……ゴホッ、ゴホッ……後継者たるお主に……ゴホッゴホッ」
「え……それはどういう……」
 そこで陛下はヴァロムさんに視線を向けた。
「すまぬが……ラー殿を出してくれぬか?」
 ヴァロムさんは無言で頷き、懐からラーの鏡を取り出した。
「ラー殿……ゴホッ、ゴホッ……彼等にも説明してもらえるであろうか……」
「わかった。では話すとしよう」
 ラーのオッサンは淡々と説明を始めた。
「この者の魂と身体は今、魔の世界の瘴気で蝕まれている状態だ。このまま放っておけば、近い将来、命の灯は消える事になるだろう」
 アヴェル王子はそれを聞くや否や、勢いよく立ち上がった。

【な、なんだってッ!?】

 オッサンは続ける。
「だが、それで終わりではない。その屍は魔物として、あてもなく彷徨い続ける事になるのだ。それが、魔の瘴気に深く蝕まれてしまった者の末路……」
「う、嘘だ……そんな……そんな馬鹿な事……」
 だが、オッサンは容赦なく言い放つ。
「いや、これは本当の話だ。我は遥か昔に、そうなった者達を沢山見てきたのでな」
 アヴェル王子は崩れ落ちるかのように、力なく床に膝を付き、四つん這いになった。
「な、なぜ……そんな事に……」
「この者を意のままに操る為、魔物達が邪悪な呪いを施したからだ。それだけではない。呪いは魔物達の制御を離れ、暴走しつつある。このままではそう遠くない未来、我の言った通りになるだろう」
「そ、そんな……」
 アヴェル王子は息を飲み、黙り込んでしまった。
 室内に重い空気が、また漂い始める。
(ええっと、これはつまり……魔の瘴気に蝕まれたモノの末路はアンデッドになってしまうって事なのか……最悪じゃないか……以前見た、アメリカのゾンビ映画を彷彿とさせる話だ……ン?)
 ふとそんな事を考えていると、アズラムド陛下は身体を起こし、俺に視線を向けた。
「コータロー殿……ラー殿とヴァロムから、貴殿の話を聞いた。此度の動乱……貴殿の類まれなる知略と慧眼により、我がイシュマリアは魔物達の魔の手から逃れる事ができたと……。そんな貴殿に訊きたいのだ。我等がすべき事とはなんであろうか……我等がすべき……事とは……ゴホッゴホッゴホッ」
 陛下はそこで胸を押さえ、苦しそうに咳き込み始めた。
 ヴァロムさんは慌てて傍に行き、陛下の背中を撫で、介抱した。
「陛下、あまり御無理なさらずに……」
「すまぬ、ヴァロムよ……少し興奮しすぎたようだ。して……どうであろう、コータロー殿。貴殿の考えを聞かせてくれぬだろうか」
「コータローよ……陛下の問いに答えてくれぬか」
 ヴァロムさんはそう言って、意味ありげに目配せをした。
 この仕草を見る限り、ヴァロムさんは何をすべきかわかっている。
 恐らく、俺と同じことを思っているに違いない。
 だが、この場はあえて、俺に答えさせたいのだろう。
(どういう意図があるのかわからんが、答えるしかなさそうな雰囲気だ。仕方ない……)
 俺は自分の考えを話す事にした。
「私もあの会談の場では、あえて言いませんでしたが……陛下の仰られる通り、民達がこの事実を知ったならば、イシュマリア王家の権威が落ちるのは避けられぬでしょう。そして、それが引き金となり、このイシュマリアが乱れる可能性も否定できません。ですが……それを解決する方法が無いわけではありません」
 2人は目を見開く。
「あるのですか、コータローさん」
「……聞かせてくれぬか、コータロー殿」
 俺は少し間を空け、彼等に告げた。
「今……イシュマリア王家の前には、2つの選択肢があります。1つは……現状を受け入れ、このままなんとかやり過ごすという選択肢。そして、もう1つは……次期国王と目される方が英雄となる選択肢です。どれを選ぶかは、よく考えて決めてください。どちらも険しい道になりますから……」
 2人は暫し無言であった。
 アズラムド陛下は目を閉じ、思い詰めた表情になる。
 そんな中、アヴェル王子が訊いてくる。
「英雄……それは……一体、どういう意味ですか……」
「文字通りの意味ですよ。魔物達が創り上げたイシュマリアの物語を、今度はアヴェル王子の手で成し遂げ、本当の物語にするのです」
「本当の物語……ですが、一体どうやって……この間はコータローさんの機転で奴等を出し抜くことが出来ましたが、私にはとてもではないが……あのアシュレイアみたいな魔物と戦うなんて事は……無理です……あまりにも奴等は強大過ぎます……」
 フェードアウトするかのように、言葉は段々と尻切れになってゆく。
 奴等の力を目の当たりにして、流石のアヴェル王子も怖気づいたのかもしれない。
「王子……だからこそ、強大な魔物達に立ち向かうんですよ。次期国王である貴方が先頭に立って、魔物達に怯まずに勇気を持って戦うんです。そして……民達にその姿を見せることこそが、今のイシュマリアには必要な事なんですよ。人々はその姿に勇気づけられ、心を動かされるんです。そうなった暁には、貴方という希望の元に沢山の人々が集う事になるでしょう。そして、貴方は英雄と民達から称えられ、彼等を導いてゆくのです。その時こそが……真のイシュマリア国が始まるのだと思います」  
 アヴェル王子は顔を俯かせ、力なく答えた。
「貴方の言う通りかもしれない。だが、貴方は……あの時言っていた。今の俺達ではアシュレイアはおろか、あの時現れた魔物達にも太刀打ちできないと……。この先、我々に勝てる要素はあるのですか……あの屈強な魔物達と戦って……」
 王子の顔は俯いたままであった。
 その表情はまるで、死刑宣告でもされたかのように暗い。
 アシュレイアの威圧感は相当衝撃だったのだろう。
 希望すら見えなくなるほどに……。
「確かに……魔物達は恐ろしく強い。それに引き換え、今の我々はあまりに無力です。ですが……我々は、まだまだ知らないこと……いや、知らなければならないことが沢山あります。魔物達は強大ですが、絶対ではありません。必ず、付け入るスキや方法があると思いますから……」
 俺はそこで言葉を切り、ラーのオッサンに話を振った。
「なぁ……そうなんだろ、ラーさん?」
「ああ、その通りだ」
 アヴェル王子は顔を上げた。
「それは……本当なのですか?」
「うむ。但し、その道は険しい。ダーマ神殿で得られる力だけでは……奴等に相対する事は出来ぬであろう。しかし、方法がないわけではない」
「言ってくれ、ラーさん」
「この世界のどこかに……ミュトラの加護を受けた聖なる武具がある筈だ。まずはそれを探すがよい。それらの武具の力を借りねば、奴等と相対する事は出来まい」
 なんか知らんが、ドラクエの中盤っぽい展開になってきた。
 恐らく、ロト装備や天空装備みたいな伝説級の武具があるんだろう。
 ゲームならテンション上がるところなんだろうが、正直、そんな気分にはなれない。
「場所は知らないのか?」
「残念だが、我にはわからぬ……だが、精霊王リュビストは以前、こんな事を言っていた……審判を司る天界の王・アレスヴェインがそれらの在処を知っていると……」
 このオッサンの言い回しから察するに、自分が精霊王であるという事は隠しておきたいのだろう。
 後日、誰もいない時に問い質してやる。
「へぇ……ちなみに、そのアレスヴェインて存在は、どこにいるんだ?」
 すると凄い反応が返ってきた。

【さぁ】

「……」
 俺達は無言になる。
 一瞬、時間が止まったかのような錯覚を覚えたのは言うまでもない。
「さぁって……アンタな……もっと何かないのかよ。せめて手掛かりとか……」
「手掛かりか……おお、そういえば……アレスヴェインがいる天界は、この世界の者達からは見えぬそうだ。あと、そこに行くには世界樹を登らないと行けぬと聞いた事がある」
 アイテムとして世界樹の葉があったから、なんとなくその存在は予想してたが、ここでその名前が出てきたか。
「世界樹ね……で、場所は知らないんだな?」
「ああ。だが、これには理由があるのだ。世界樹は同じ場所に根差しておらず、常に動いていると聞いた事がある。そして……ミュトラに認められし者にしか、その姿を現さぬとな……つまり、世界樹は我等精霊でも見る事は出来んのだ」
「他は?」
「残念だが、これ以上の事は我も本当に知らぬ。そもそも、精霊界から天界には干渉できんのでな」
 この感じだと、本当に知らないのかもしれない。
 と、そこで、アヴェル王子が弱々しく、ボソッと呟いた。
「雲を掴むような話だ……世界樹なんて御伽噺に出てくる話じゃないか……」
 アヴェル王子はそう言って肩を落とし、溜息を吐いた。
 希望が持てないのだろう。
(まぁいい、この話は後にしよう……今はもっと他の事を聞いておかねば……)
 俺は質問を続けた。
「ラーさん……話を戻すが、陛下の呪いはシャナクでも解けないのか? それと、他に同じ症状が出ている者は?」
「呪いは魂と深く結びついているから、無理だ。進行を遅らせることくらいはできるが、止める事は出来ぬ。それと、この者以外に、同じ呪いを施されているのが、あと2名いる」
「やはり、いるのか……」
 ヴァロムさんが誰かを答えてくれた。
「アルシェス殿下とナバル大臣だ。2人はまだ陛下より軽い症状だが、何れ同じような事になるとラーさんから聞いた。予断は許さぬ状況じゃ」
「そうですか……」
 アズラムド陛下は悔しそうに顔を歪ませた。
「奴等はアルシェスまでも利用した……我々は……奴等に良いように使われてしまったのだ……クッ」
 予想はしてた事だが、やはりアルシェス殿下も呪いをかけられていたようだ。
「ラーさん……治療する方法はあるのか?」
「あるにはある」
 それを聞くや否や、アヴェル王子はラーの鏡に詰め寄った。
「な、治せるのですか! 一体、どうすればッ! 教えてください! どうすればいいのですか!」
「今言った世界樹を目指すのだ。そこで『世界樹の葉』を手に入れるがよい。死者をも蘇らせる世界樹の力ならば、この者を蝕む魔の瘴気も打ち払えよう」
 アヴェル王子はまたガクリと肩を落とした。
「世界樹の葉……そんなモノが本当にあるというのですか。先程仰られた世界樹の話、私にはどうしても信じられません。大体……ラー殿ですら世界樹を見た事がないのに、どうしてそんなモノがあると言えるのですか」
 まぁこの反応は当然だろう。
 だが、ここは希望を持たせる為にも、俺の実体験を話す必要がありそうだ。
「ありますよ、王子。世界樹の葉は確かに存在します」
 アヴェル王子は怪訝な顔を俺に向ける。
「コータローさん……なぜそう言い切れるんですか?」
「言い切れますよ。なぜなら、俺はその力によって、アシュレイアとの戦いの最中、生き返れたのですからね」
 アヴェル王子は目を大きく見開いた。
「えッ!? そ、それは本当なのですか!」
「ええ、本当ですよ。なぁ、ラーさん?」
「コータローの言っている事は本当だ。こ奴はあの時、死んでいたのだからな。だが、世界樹の葉を1枚持っていたお陰で、奇跡的に蘇る事が出来たのだ」
「そういう事です。葉があるんですから、本体の世界樹も本当にあると思いますよ。それで……話を戻しますが、どうしますか、王子? このまま、やり過ごしますか? それとも魔物達と戦い続け、英雄となる道を選び、世界樹を目指しますか? 選択肢は2つです」
 アヴェル王子は目を閉じ、暫しの沈黙の後、ハッキリとした力強い口調で、こう告げたのであった。

【決まっております……戦い続けますよ、イシュマリアの為にも、そして……父とアルシェスの為にも】と―― 
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