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英雄伝説~灰の軌跡~ 閃Ⅲ篇

作者:sorano
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第79話





ラクウェルに到着したリィン達は猟兵についての情報収集した後、話し合いを始めた。

~ラクウェル~

「…………どうやら猟兵たちが確実に入り込んでいるみたいですね。ニーズヘッグ、西風、赤い星座…………入れ替わり立ち代わりみたいですが。」

「しかし紫の猟兵というのは全く尻尾を掴ませていないようだね。ラクウェルにも寄らずに野営しかしていないのかもしれない。」

「そしてわたくしとお兄様と縁があるような話もしていましたが…………本当に一体何者なのでしょう?内戦や”七日戦役”、そしてクロスベルでのお兄様とわたくしが多くの猟兵達を葬った事を考えるとわたくし達は猟兵の方々にはむしろ恨まれていると思うのですが…………」

「……………………」
リィン達が話し合っている中サラは目を伏せて黙って考え込んでいた。
「サラさん…………?」

「ふむ、何か心当たりでも?」

「…………いえ、候補については色々な可能性があると思ってね。結社の強化猟兵、情報局の偽装部隊、解散した護衛船団もあるみたいだし。」

「護衛船団”銀鯨”…………政府に解体させられたそうですね。」

「ふむ、”海の猟兵”とも言われている者たちみたいだね。」

「…………こうなって来ると決め手の情報が欲しいですね。彼らと直接やり取りをしているコネクションを持っている人物の。」

「そんな人物がいるのかい?」

「そうか―――”情報屋”ね?ラクウェルにもいた筈だけだ。」

「ええ、日中に遭遇したのですがですがあの方は…………」
リィンの言葉を聞いたアンゼリカが目を丸くしている中察しがついたサラはリィンに訊ね、サラの問いかけを聞いたセレーネは困った表情を浮かべた。
「まあ、さっきの件があるから正直言って信用はできないが”彼”ならニーズヘッグ以外と情報の取引をしている可能性が―――」

「ウイーック…………夕方から呑み過ぎたかねぇ。」
セレーネの言葉を聞いたリィンが苦笑しながら答えかけたその時、酔った様子のミゲルがリィン達の近くを歩いていた。
「クク、滅多にない稼ぎ時だ。パーッと使っちまわないとなぁ。ったく、ノイエ=プランが開いてりゃ豪遊したかったのによぉ~。まあいい、ここはカジノで女神たちの運試しでも…………ア、アンタらは…………」
気分よく歩いていたミゲルだったが、自分の先の行く手を阻むリィン達に気づくを顔色を変えて立ち止まった。
「やあ、昼間ぶりだな。――――顔馴染みのアッシュを売ったミラで飲む酒はさぞ美味かっただろうな?」

(お、お兄様…………実は結構怒っているのですね…………)

(アハハ…………リィン様が皮肉を口にする所なんて初めて見ましたわ。)

(まあ、自分どころか教え子を売った事はリィンもかなり頭にきているのでしょうね…………)
ミゲルに対する皮肉を口にしたリィンを見たセレーネやメサイア、アイドスはそれぞれ苦笑していた。
「い、いやだなぁ先生。”灰色の騎士”ともあろうお方が。――――って、そっちにいるのは”紫電”の姐さんに、ログナー家の!?」

「フフ、前に仕事で何度か会ったことがあるわね。」

「私の顔を見てすぐにわかるとはなかなか優秀じゃないか。」

「へ、へへ…………アッシュにとっちゃメシのタネなもんでねぇ。どちらも振るいつきたくなるようなイイ女だし、お近づきになりたいが…………って、ああっ!?全裸のキレイな姉ちゃんが!?」
リィン達から逃げ出そうとしたミゲルは隙を作るために古典的な方法でリィン達の隙を作ろうとし
「えっ!?」

「って、そんな手に――――」

「それは大変だ!どこだい、どこにいるっ!?」

「ア、アンゼリカさん…………普通に考えてそんな女性はいませんわよ…………」
ミゲルの古典的な隙の作り方にアンゼリカが見事嵌るとミゲルはリィン達に背を向けて逃げ出し
「しまった…………!」

「追いかけるわよ!」

「はい!」

「って、あれ?全裸っていうのは…………」
それを見たリィン達はミゲルを追い始めた。


「くっ…………ちょこまかと!二人とも、あんな見え透いた手に引っかかるんじゃないっての!」

「面目ない…………!(一瞬気を取られたな…………)」

「いや~、恐ろしい精神攻撃だったねぇ…………!」

「まあ、アンゼリカさんにとっては効果抜群だったでしょうね…………」
ミゲルを追いながら呆れた表情で声を上げたサラの注意にリィンは申し訳なさそうな表情で答え、暢気に笑っているアンゼリカにセレーネは疲れた表情で指摘した。ミゲルを追っていたリィン達だったが、ミゲルは何度も住宅を逃走経路に使った為、その逃走経路で起こった住民のトラブルに巻き込まれたリィン達はミゲルの追跡を中断させられていた。

「へ、へへ…………!何とか撒けそうだな…………このままヤサに戻ってしばらく隠れてりゃ…………!」
リィン達が追ってこない事を確認したミゲルが勝ち誇った笑みを浮かべて再び走り始めたその時、曲がり角からある女性が出てきた。
「ミラーデバイス、セットオン。」

「へっ…………(おっ、いいオンナ―――)」
突然現れた女性をミゲルが呆けた様子で見ている中女性――――いつもの軍服姿ではなく、内戦時の活動に来ていた私服姿のクレア少佐はミラーデバイスをミゲル目がけて解き放った!
「たわらばっ…………!……………………」
ミラーデバイスが顔面にぶつかった事で吹っ飛ばされたミゲルは身体をピクピクさせて気絶していた。
「これは…………」

導力反射盤(ミラーデバイス)……………?」

「ミラーデバイスという事はまさか――――」

「…………なるほど。アンタも来ていたわけだ。」
そこにリィン達がかけつけて状況を見て戸惑っている中ミラーデバイスを見て誰の仕業かを悟ったセレーネは驚き、サラは苦笑していた。
「ええ、つい先程非番で来たばかりですが………」

「クレア少佐…………!」

「ヒュウ、しかも私服とは♪」

「フフ、その私服姿を見るのは内戦以来ですわね。」
クレア少佐の登場にリィンは驚き、クレア少佐の私服姿を見たアンゼリカが興奮している中セレーネは微笑んでいた。
「こんばんわ、リィンさん、セレーネさん。サラさんにアンゼリカさんもご無沙汰しています。思わず足止めしてしまいましたがさすがにやりすぎたでしょうか…………?」
リィン達に挨拶をしたクレア少佐は気絶しているミゲルに視線を向けてリィン達に確認し、それを見たリィン達は冷や汗をかいた。

その後、リィン達とクレア少佐は駅前広場にあるパブに移動して夕食がてら情報交換する事にした。


~パブ・食堂”デッケン”~

「――――そうですか。TMPの任務は無く個人で。」

「…………ええ。明日にはまた、帝都方面に戻らなくてはならなくなりまして。息抜きに、小劇場やクラブなどに遊びに来たといった所でしょうか。」

「ク、クレア少佐が息抜きに小劇場やクラブ、ですか………申し訳ないですけど、ちょっと想像し辛いですわ…………」

「フン、アンタがそんな可愛らしい息抜きなんてする筈ないでしょうが。どうせTMPとは関係ないところで猟兵の動向を探りに来たんでしょう?せめて第Ⅱやミリアムに伝えるために。」
クレア少佐がラクウェルに来た理由にセレーネが冷や汗をかいている中サラはジト目でクレア少佐に指摘した後静かな表情を浮かべて自身の推測を口にした。
「……………………」

「少佐…………」

「フッ、美人の憂い顔というのもそれはそれで絵にはなるが…………貴女については安らいだ顔や笑顔の方が似合うと思うけどね。」
サラの推測に何も答えないクレア少佐をリィンは複雑そうな表情で見つめ、アンゼリカはクレア少佐にウインクをした。
「って、さらっと口説いてんじゃないわよ。」

「アハハ…………相変わらずどこでもブレませんわね、アンゼリカさんは。」

「…………政府の意向があるのも理解できているつもりです。ですが、第Ⅱを配している以上、政府もフォートガード州の災厄やその災厄に付随して発生する可能性があるラマール州―――クロスベル帝国との国際問題を望んでいるわけでもないでしょう。”息抜き”のついでで構いません。せめて協力し合えませんか…………?」

「リィンさん……………………そうですね。確かに意地を張っている場合ではないかもしれません。明日からは領邦会議もありますし、せめて備えを残しておくためにも…………―――現時点でTMP方面に伝わっている情報をお伝えします。どうか協力させて頂けないでしょうか。」
リィンの提案に少しの間考え込んだクレア少佐はリィン達と協力する事を決め、リィン達に自分が知る情報を伝えた。


「…………なるほどね。西風の連中は数名程度。赤い星座は、中隊クラスが移動していた形跡があるのか。」

「結社の執行者の娘は最初の特別演習でリィン君達に討伐されたそうだから、残っている幹部クラスが連れてきた手勢といったところかな?」

「ええ、”閃撃”のガレス。―――どうやら数日前にこの街に立ち寄ってるそうですが。一方、西風の面々は頻繁に目撃されているようですね。」

「ええ、赤い星座の方は野営地を築いていると思われます。それについてはニーズヘッグや紫の猟兵達も同じでしょう。」

「今の所紫の猟兵については正体が不明ですが…………クレア少佐達―――TMPもわからないのですか?さすがに情報局も掴んでいないのはあり得ないと思うのですが…………」

「…………恐らく情報局は既に把握しているのだと思います。ただ、ミリアムちゃんやTMP方面には伝えていないのかと。ちなみに護衛船団”銀鯨”のメンバーでないのは判明しています。そちらは、バラッド侯の私兵団やクライスト商会、クロスベルのラマール領邦軍などに、新たに雇われたそうですから。」
セレーネの疑問にクレア少佐は複雑そうな表情で答えた。


「そうだったんですか…………」

「クライスト商会…………あのヒューゴの実家だったわね。最近、帝都でも飛ぶ鳥を落とす勢いみたいだけど。」

「そしてラマール領邦軍―――いや、ユーディット皇妃陛下とバラッド侯か…………どちらも昔から”才媛”と”放蕩者”と、まさに対極に位置している形でそれぞれ有名だったが。どうやらバラッド侯は完全にエレボニア側の次期カイエン公になるつもりでいるみたいだね。」

「ええ、統合地方軍についてもウォレス准将を振り回す形で口出しているみたいで。峡谷方面が放置されているのもそのあたりが原因の一つでしょう。」

「そういえば峡谷方面はクロスベルとの国境ですのに、統合地方軍の兵士の方達はこのラクウェルでは見かけませんでしたわね…………」
アンゼリカの推測とクレア少佐の説明を聞いたセレーネは特務活動の最中にラクウェルや峡谷を回った時の事を思い返した。

「で、そんな状況を帝国政府は放置しておいて不手際を狙うと。サザ―ラントと一緒ってわけね。」

「……………………」

「…………状況はわかりました。いずれにせよ、この周辺にいる猟兵団は全部で4つですね。結社と関係がある”赤い星座”に何者かに雇われた”西風の旅団”―――そしてに”ニーズヘッグ”と正体不明の紫の猟兵団ですね。」

「ちなみに”西風”はともかく…………猟兵というからにはニーズヘッグも、紫の猟兵達もどこかに雇われているという事かな?」

「ええ、ニーズヘッグについてはそれで間違いないでしょう。ですが紫の猟兵達は…………」

「…………どちらかというと何か執念めいたものを感じました。」

「誰かに雇われているというより、自分達の意地を見せるような…………」

「そうですわね…………一体何のために、そして誰に対して意地を見せるような事をしようとしているのでしょうね…………」

「……………………―――”西風”と”赤い星座”はサザ―ラントでは対立していた。紫とニーズヘッグが対立しているならそれぞれが手を結んでいる可能性は?」
リィン達が話し合っている中複雑そうな表情で黙り込んでいたサラは気を取り直して自身の推測をリィン達に問いかけた。


「敵の敵は味方、ですか。」

「ええ………それならば西風や赤い星座が現時点で動いていない説明も付きそうです。」

「どちらも”前座”の決着がつくのを待っている可能性ですか。」

「ええ………――そう考えるのが自然でしょうね。」

「…………やはりもう少しだけ探りを入れてみようと思います。」

「先程の”彼”からの情報もありますものね。」
リィンの提案を聞いたセレーネはミゲルから聞いた情報を思い返した。


「チッ…………まさか名高き”氷の乙女(アイスメイデン)”までグルとはなぁ。もう逃げも隠れもしねぇや。煮るなり焼くなり好きにしろってんだ!」

「あんた…………」

「ふぅん、別にギルドでアンタの身柄を預かってもいいのよ?他の拠点で取り調べさせてもらうけど。」

「新海上要塞のウォレス准将に引き渡してもよさそうだね。領邦会議周辺の不審な動きの重要参考人という名目で。もしくはリィン君達――――メンフィル帝国の重要人物達の情報を売った件でリィン君やセレーネ君を通してメンフィル帝国に身柄を引き渡して、情報を搾り取ってもらうという手もあるね。」

「あ、あの…………アンゼリカさん。わたくしが言うのもなんですが、メンフィル帝国―――リウイ陛下達にミゲルさんを引き渡せば、ミゲルさんはとんでもない事になると思うのですが…………アンゼリカさん達もご存じのようにメンフィル帝国は情報を引き出す為なら”拷問”も行っていますし…………」

「あくまで非番ですが、この後、TMPで身柄を預かってもいいですね。その場合、フォートガード分室か帝都本部での取り調べとなりますが。」
セレーネを除いた女性陣のミゲルに対する容赦の無さにリィンは冷や汗をかいて表情を引き攣らせた。
「わーった、知ってることを一通り話せばいいんだろ!?どうせそこまでヤバイ話は仕入れちゃいないんだし!」

「それじゃあ…………」

「だが、オレっちは情報屋だ。対価も無しに渡すことはできねぇ。どうしても欲しいってんなら―――」

「ミラ?それとも代わりのネタ?」

「――――アンタたち4人に思いっきり踏みつけてもらおうか!」


「…………ったくあのオヤジ。とんだ変態趣味だったわね。」

「えっと………確かああいった特殊な趣味の方を”マゾヒスト”と言うのでしたわよね?」

「セ、セレーネ…………一体どこでそんな情報を…………って、ベルフェゴールかリザイラだろうな…………」
ミゲルのとんでもない要求を思い返したサラが呆れている中、困った表情で呟いたセレーネの言葉を聞いたリィンは冷や汗をかいた後疲れた表情で肩を落とした。

「フッ、クレアさんについては軍服にブーツ、セレーネ君についてはドレスにヒールの方が彼的には嬉しかったのだろうが。」

「いずれにせよ、あんまり理解したくない世界ですね…………」

「ううっ、ベルフェゴール様達にだけは今回の件を知られたくありませんわ…………」

(まあ、ベルフェゴール達が知れば、間違いなくからかった挙句、リィンとの性行為の時に活用する事を薦めるでしょうものね…………)

(ええ………その様子が目に浮かびますわ…………)
口元に笑みを浮かべたアンゼリカの指摘にリィンが冷や汗をかいている中クレア少佐とセレーネは困った表情で答え、セレーネの言葉を聞いたアイドスは苦笑し、メサイアは疲れた表情で呟いた。

「まあ、おかげで(?)有益な情報が入ったわけですし。高級クラブ”ノイエ=プラン”と会員制カジノ”アリーシャ”でしたか。」

「ええ、”西風”と”赤い星座”がそれぞれ訪れていたって場所ね。ちなみに”ノイエ=プラン”はかつて帝都やクロスベルにも姉妹店はあったらしいけど…………”赤い星座”が買い取って資金源にしていた過去もあるわ。」

「フフ…………それはまた露骨というか。」

「確かクロスベルの”ノイエ=プラン”は”西ゼムリア通商会議”の件で、撤退したとの事でしたわよね?」

「ああ、それに”赤い星座”が国際犯罪テロリスト認定された事でエレボニアの方でも強制捜査等を行ったと聞いたことがあるが…………」

「”西ゼムリア通商会議”の直後、軍の捜査が入る前に権利を全て売却したそうですが…………いまだに何らかの繋がりがあるかもしれません。」

「先程貸切と聞きましたが…………改めて探った方がよさそうです。」

「ふむ、するとまずは高級クラブでボトルを入れてホステスにちやほやされて…………しかる後カジノに繰り出してバニーガールと戯れるわけだね?」
リィンに続くように答えたアンゼリカの自分達の今後の方針を聞いたリィン達は冷や汗をかいて表情を引き攣らせた。


「アンタは遊び慣れすぎでしょ!?」

「既にトワ先輩の心配は当たっていたという事ですわね…………」

「ま、まあ…………先にクラブにしましょうか。…………折角ですしクレアさんも付き合ってもらえませんか?

「ふふ、喜んで。遊び慣れていないのでサラさんやアンゼリカさんに指南して頂けると。」

「フッ、光栄ですレディ♪シャンパンタワーを奮発しますよ。」

「ちょ、この娘と一緒にしないでくれるっ!?」
こうしてリィン達はクレア少佐を同行者に加え―――夜8時を回った夜のラクウェルに再び繰り出すのだった。

その後再び情報収集を開始したリィン達は”ノイエ=プラン”に近づいた。

~ラクウェル~

「高級クラブ”ノイエ=プラン”か…………」

「うーん、さすが高級店らしい店構えだね。はあ、さぞかし良い酒と魅力的なホステスの皆さんを揃えていることだろう…………」

「はいはい、目を輝かせてんじゃないっての。」

「…………さすがに仕事でもこんな場所は使ったことがありませんね。うまく従業員の人などに話を聞ければいいんですが…………」

「従業員の方に話を聞くとなるとお店を利用する必要があると思いますけど…………わたくし達の今の持ち合わせで足りるでしょうか…………?」

「っと、ちょうど誰か出てきたみたいね。
ノイエ=プランの近くでリィン達が話し合っているとノイエ=プランの扉が開いた。
「ウイーッ…………やはりグランシャリネの30年物は効くわい。」

(あれは…………!)

(バラッド侯…………こんな所に来ていたのか。)
扉から出てきた人物達―――私兵に守られながら酔った様子で出てきたバラッド侯爵を見つけたリィンは驚き、アンゼリカは真剣な表情で呟いた。
「――――本日は貸切でのご利用、誠にありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。」

「ウ~イ…………実に良い夜だったぞ支配人。明日からの面倒事を片付けたらまた利用するからそのつもりでな。おおそうだ、その暁には”カイエン公御用達”の看板を掲げる事を許そうぞ!」

「勿体なきお言葉…………新海都への帰路もどうぞお気を付けくださいませ。」

「ワッハッハ、善きかな善きかな!」
バラッド侯爵は支配人達に見送られて高級車に乗って去って行った。


(アレが”次期エレボニアカイエン公”…………なんというか、噂どおりの御仁ねぇ。)

(明日から領邦会議なのにこんな場所に顔を出してたのか…………)

(それだけ次期エレボニアカイエン公への就任に自信があるという余裕の表れなのでしょうか…………?)

(あれでも中々のやり手と聞きます。西部のRF社のプラントに出資して莫大な利益を上げているそうですから。)

(そうなんですか…………)

(フフ、その筋では有名かな?暫定統括者としての権限を乱用して色々とやりたい放題らしいからね。)
リィン達がバラッド侯爵について小声で話し合っていると支配人はホステスに指示をしていた。
「次の貸切のお客様方のご到着は30分後の予定です。準備の時間はあまりありませんので、迅速かつ確実に次のお客様方を迎える準備をしてください。」

「は~い。」

「お化粧直さないと…………」

「あの、すみません。」
ホステスに指示をしてノイエ=プランに入ろうとした支配人をリィンが呼び止めた。


「おや、お客様ですかな?申し訳ありませんが本日は貸切でして。誠に申し訳ありませんが後日改めて頂くことになるのですが…………」

「いや、それは残念だ。できれば遊びたかったんだけどね。」

「ア、アンゼリカさん…………」

「店を貸し切るお客さんは他にもいらっしゃるものですか?」

「いえ、近頃は先程のお客様ともう片方のお客様くらいでございますね。詳しくは守秘義務となりますが、先程のお客様はここ数日、毎日のように来店されて大変有難く思っております。」

「…………なるほど。」

「ちなみにもう片方のお客様はどのくらいの頻度でこちらを利用されているのでしょうか?」

「もう片方のお客様は二月程前から週に1,2度の頻度ですね。」

(さすがにガードが固そうですね。)

(ええ、赤い星座あたりについてどう切り込んだものか…………)
リィンとセレーネの質問に答えた支配人の様子を見たクレア少佐とサラは小声で話し合っていた。
「ふふ…………失礼ですがお客様方。かの高名な”灰色の騎士”―――リィン・シュバルツァー様と”聖竜の姫君”―――セレーネ・L・アルフヘイム様では?」

「へえ…………」

「…………ハハ、驚きました。夜の暗がりに紛れるかと思いましたが。」

「フフ、職業柄と申しますか。お連れの麗しい方々もそれぞれ一方ならぬご様子…………―――察するに、お知りになりたいのは当クラブの”前経営陣”についてでしょうか?」

「前経営陣って、まさか…………」

「…………どういうつもり?まさか”閃撃”たちの動きを教えてくれるっていうの?」
支配人の意外な問いかけにリィンがセレーネ達と共に驚いている中サラは警戒した様子で確認した。


「フフ、好きにとっていただければ。”かの方”は先日いらっしゃって以来、当店を訪れておりません。ラクウェルで足取りを追うのはあきらめたほうがよろしいでしょう。」

「あ…………」

「…………やれやれ。話が早くて助かるけど。」

「…………お認めになるのですか?いまだ彼の団と繋がりがあることを。」

「フフ…………滅相もない。これも浮世の義理、久々の挨拶にお立ち寄りになっただけのようでして。あくまで灰色の騎士一行様のお時間と、こちらの手間を省かせていただいた次第です。―――またお時間のある時にお客様としてお越しいただければ。お連れの皆さまも…………ホステスもいい勉強になるでしょうしサービスさせて頂きますよ?」

「ふう、お上手だこと。」

「フフ…………是非、寄らせてもらうよ。」

「――――それでは失礼しますわ。」
支配人から貴重な情報を受け取ったリィン達はノイエ=プランから離れて軽く話し合いを始めた。


「”ノイエ=プラン”―――赤い星座の資金源だったクラブか。今も関係があるかどうかはともかく、支配人もかなりの人物みたいですね。」

「そうですわね…………さすがは様々な”立場”の方々が訪れるクラブの支配人でしたわね。」

「ええ………ですが今の言葉に偽りはなさそうです。」

「そうね、その場しのぎの誤魔化しは言わないでしょ。バラッド侯とは別の”もう片方の貸切の客”ってのは気になるけど…………あの口ぶりだと赤い星座とは無関係でしょう。」

「となると…………赤い星座についてはいったん保留にしておくかい?」

「ええ………時間もありませんし、もう一つの候補に当たってみましょう。」

「”西風”の情報のあった会員制カジノ”アリーシャ”ですね。」

「それじゃ、引き返しましょ。―――って、あら?」

「高級リムジン…………もしかして”もう片方の貸切のお客様”、でしょうか?」
カジノに向かう為にその場を後にしようとしたリィン達だったがノイエ=プランの前に止まった高級車に気づくと立ち止まって高級車を見つめた。するとノイエ=プランから支配人やホステスが現れ、高級車から現れた意外な人物達を出迎えた。


「――――いらっしゃいませ。本日も貸切にして頂き誠にありがとうございます―――ヴァイスハイト様、ユーディット様。」

「ハッハッハッ、本当は”貸切”なんて大人げない事をしないで他の客たちの迷惑にならないように俺としては”一般客”として訊ねてもいいが、周りの者達が”それだけは止めてくれ”と頼むものでな。」

「……当たり前です。少しはご自身のお立場をお考え下さい。ちなみに支配人、バラッド侯は…………」
支配人達に出迎えられた人物達―――護衛の兵達を伴って現れたヴァイスは暢気に笑いながら答え、ヴァイスの答えに呆れた表情で溜息を吐いて答えたユーディットは気を取り直して支配人にある事を訊ね
「先程お帰りになられましたので、本日はこれ以上こちらをご利用になられないかと。」

「そうですか…………いつも、バラッド侯と私達が鉢合わせしないように配慮して頂きありがとうございます。」

「いえいえ、我々はお客様方が当店を気持ちよくご利用になられる為に当然の事をしたまでです。」

「フッ、そうか。――――さてと、いつも通り”相方”ももう少しすれば来ると思うが、先に利用させてもらうか。」
そしてヴァイス達はノイエ=プランの中へと入って行った。
(な、な、何をしているんだ、ヴァイスハイト陛下(あの人)は…………!?)

(お、お父様…………)

(ア、アハハ…………ヴァイスハイト陛下らしいといえば、らしいのですが…………)
その様子を見ていたリィンは口をパクパクさせた後疲れた表情で頭を抱え、メサイアは冷や汗をかいて表情を引き攣らせ、セレーネは苦笑していた。
(今の二人は六銃士の一人にして、クロスベル皇帝の一人の”黄金の戦王”とあの前カイエン公の娘の一人のユーディット皇妃よね?わざわざ他国の領土の高級クラブに来るとか何を考えているのよと言いたいわ…………)

(ハッハッハッ、噂に違わぬ皇帝陛下ですね。しかもわざわざユーディット皇妃陛下まで連れて利用するとは、さすがは”好色皇”といった所ですか。)

(………恐らく先程の話にあった”もう片方の貸切のお客様”とはヴァイスハイト陛下達の事でしょうね…………ただ、少々気になる事を仰っていましたが…………)
サラが呆れた表情を浮かべ、アンゼリカが呑気に笑っている中クレア少佐は困った表情で推測を口にした後表情を引き締めた。
(確か”いつも通り相方ももう少しすれば来る”と仰っていましたわよね?)

(ああ…………もしかしたら、高級クラブ(ノイエ=プラン)を隠れ蓑にした何らかの密会かもしれないな。…………とはいっても、今の俺達が欲しい情報とは無関係だろうけど。)

(そうね。彼らが言っていた”相方”が誰なのか確認したいけど、今はそんな事をしている余裕はないからカジノの方に行きましょう。)
そしてリィン達はその場から離れてカジノへと向かった――――
 
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