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人理を守れ、エミヤさん!

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勝ちたいだけなんだよ士郎くん!


■勝ちたいだけなんだよ士郎くん!




「ア、イツ……らぁ……! ぐ、っぅ……、バッカじゃないの……!?」

 じくじくと肉が爛れ、何か強大な力によって再生されていく体。狂いそうな(なつかしい)痛みに、涙すら浮かべながら竜の魔女は怨嗟を溢した。

 聖剣というカテゴリー、その中で最強の位に位置する星の息吹。ブリテンの赤い竜と謳われた伝説の騎士王が担ったその極光で、あろうことかあのキ●ガイは自分達ごとこちらを薙ぎ払ったのだ。
 バーサークしたランサー、アサシン、セイバー、ライダーがお陰で死んだ。自分もあと一歩遅ければ、あの忌々しい光に焼かれて脱落()ちてしまっていただろう。

 凄まじい熱量だった。掠めただけでも死は免れなかった。咄嗟に飛翔して完全に回避してなお、全身に重篤な火傷を負ってしまったほどだ。
 ……火に焼かれて滅んだジャンヌ・ダルクが、怨嗟によって蘇り、しかして再び焼かれて死ぬなど断じて認められるものではない。しかも皮肉なことに、我が身を焼いた俗物達の炎とは異なり、聖剣のそれは間違いなく聖なるものなのだ。

 冗談ではない。ふざけるな、と叫びたかった。
 そんな余分はない。手勢を失い、圧倒的不利に陥った瞬間、魔女は即座に撤退を選択した。
 邪悪なるもの(ファヴニール)を召喚する暇などなかった。他に取れる選択肢がなかった。無様に逃げ去るしかなかったのだ。その屈辱に歯噛みして、今度は他のサーヴァントを全て投入し、ファヴニールも手加減なしに使って仕返ししてやると復讐を誓ったものである。

 だが甘かった。あのキチ●イは飛んで逃げられたからと大人しく諦めるような甘い輩ではなかったのだ。

 奴は、信じがたいことに宝具を使ってきた。
 ただの人間が。サーヴァントでもない常人がだ。一級の魔剣を、矢として放ち、あまつさえそれを全力で防ごうとした竜の魔女に着弾した瞬間爆破した。
 英霊にとって唯一無二であるはずの宝具を、なんの躊躇いもなしに自壊させ使い捨てたのである。正気の沙汰ではなかった。
 あれは人間。故にその名も能力も分からない。だがはっきりしているのは侮って良い甘ちゃんではないということ。そして、絶対に殺すべき敵だということ。

 正義の味方気取りの奴があんなのだなんて笑えてくる。アレは自分ごとアーサー王に聖剣で攻撃させた。防げるとわかっていても出来ることではない。断言できた。憎悪の塊、復讐の権化である竜の魔女だからこそ確信できた。

 ――アイツは、気が狂ってる……!

 弱味を見せたら徹底的に突いてくるだろう。そこに手加減はない。容赦はない。呵責なく攻めてくる。絶対に勝てるという好機を逃すわけがない。
 魔剣の直撃を受け、撃墜された魔女は近くにあった森に這って行った。完全に回避した聖剣の熱よりも、あの螺旋の矢の方がよほど魔女に深手を与えていた。
 いつ死んでもおかしくないほどの傷。全身がぐちゃぐちゃになって、自分にも分からない力で再生しなければ、きっと一分もせずに消滅していたはずだ。

「……きっと、ジルね。ジルが私に何かをした。だから助かったんだわ」

 ジル。ジル・ド・レェ。今も昔も、魔女にとって最も頼りになる存在。いつも味方でいてくれた彼なら、きっと自分を助けてくれる。
 だから、この再生はジルのお陰なのだろう。……あとで礼でも言ってやろう。特別に一度だけ。

 体の傷が塞がった。驚異的な回復力。痛みが引いたからか、魔女は冷静に考えることができた。

 ――あの執念深い正義の味方様ならきっと私を追ってくる。私が深手を負った、というのもあるでしょうけど、それよりも私はサーヴァントを四騎も失った。好機だと睨むはずよ。実際に、こちらも危ないことに違いはないのだし。

 手元にいるのはジルにバーサークしたアーチャーだけ。これは、非常に不味い。ファヴニールがまだいるとはいえ、ジャンヌ・ダルクの目にはあの極光が焼き付いていた。

 最強の聖剣、エクスカリバー。ファヴニールを屠った聖剣よりもランクは確実に上。アーサー王自身も竜殺しに比肩、或いは上回る大英雄だ。
 流石に竜殺しの属性まではないだろうが、あの火力を連発できるとしたら不利は否めない。早急に新たなサーヴァントを召喚しなければならないだろう。
 しかし、問題は。
 あのキ●ガイの追撃を振り切って、本拠地の城に戻れるかどうかだ。

 無理だ、と魔女は直感する。何も手を打たないで逃げていたらきっと追い付かれる。
 そうなれば、またあの聖剣か、あの剣弾が飛んでくるだろう。

 ――怖い。

 それは恐怖だった。
 誤魔化しようのない畏怖だった。
 ここにいるのが自分一人だからそれを隠すことなく素直に認められた。

 恐ろしいものを、恐ろしいと認められないのは、人間的成長のない愚か者だ。私は違う、とジャンヌは思う。
 令呪を起動。迷いなく一角を消費し、アーチャーを空間転移させてきて、端的に命じた。

「……ここに私を追って敵が来るわ。勝たなくてもいい。少しでも長く敵の足を止めるの。私が新しくサーヴァントを召喚するための時間稼ぎぐらいきっちりしなさい。いいわね?」

 言うだけ言って、ジャンヌは再び飛翔した。後に残されたのは、一人の女狩人。女神アルテミスを信仰する純潔の弓使い。
 アタランテ。獅子の姿の狩人は、狂化によって鈍った思考で了解と短く告げた。

 ――だが、狩人も、そして魔女も知らなかった。

 カルデアのマスターは、敢えて追撃になど打って出ておらず。魔女を追尾する暗殺者は、狂化で勘の鈍った狩人をまんまと素通りして魔女を追っていた。

 夜が明けるまで影の如く追い続け、一つの城に魔女が逃げ込んだのを確認すると、暗殺者は得た情報を纏めた。

 ――致命傷から回復する再生能力。サーヴァントの追加召喚を可能にする能力。……聖杯の所有者はコイツで決まりだな。本拠地も確認、伏兵も認識。任務は一先ず完了、帰投するとしよう。








「問題だ。ジャンヌ・ダルクはどうして百年戦争時、連戦して連勝出来たと思う?」

 召喚サークルを設置し、カルデアに近況を報告したあと。焚き火をして暖を取り、携帯していた保存食を口に運びながら士郎が言った。
 同じように焚き火の前に座り、盾を円卓代わりにしていたマシュは、顎に手を当てて考えた。

「……軍の指揮が巧みだったから、ですか?」
「違う。神の声を聞くまでただの小娘だったんだぞ。文盲で、学がない少女に軍略の心得なんてあるわけがないだろう」

 まあ、後になってジル・ド・レェ辺りにでも講義を受け、ひとかどの軍略を身に付けたのかもしれない。だが結局最後まで字は読めず、学を手にすることはなかった。

「ヒントは、ジャンヌ・ダルクは源義経と同じだということだ」
「極東の大英雄と……?」
「マシュ、よく考えてみてください。答えは意外と単純ですよ」
「アルトリア、シャラップ」

 何か知恵を貸そうとしたアルトリアの口に、日がある内に射落として調理した鳥の手羽先を押し込んだ。
 はうっ、と声をあげ。次の瞬間には「んぅー」と満足そうに食べ物に夢中になるアルトリアに苦笑しながら、士郎は再度マシュに目を向けた。

「えっと……ジャンヌ・ダルクは神の声を聞いたとされています。何か、啓示のようなものがあって、そのお陰だったりするのでしょうか」
「それも違う。あまり話を引っ張るのもアレだしな、答えを言うとだ。……ジャンヌ・ダルクは世間知らずで、当時の戦争のルールを全く知らなかったんだよ」
「え?」
「そもそも百年戦争と銘打ってるが、常に全力で殺し合っていたわけではないことはマシュも知っているだろう。騎士は勇壮に戦い、しかし負けて捕虜になると身代金を払って解放される……まあ、温いと感じるかもしれないが、基本的に騎士は殺されることがなかった。殺してはならない、なんて暗黙の了解があったほどだ。なんせ殺したら自分も殺されるかもしれないからな」

 だが、ジャンヌ・ダルクはそんな暗黙の了解など知らなかった。ルールを知らなかった。日本の武士のように戦争前に口上を述べたりしなかった。
 必然ジャンヌ・ダルクは敵国イングランドの騎士を殺した。殺すことを躊躇わなかった。戦争はそういうものだと思っていたし、戦争なのだからと戦う前の口上も述べずに軍を率いて突撃した――軍から突出して口上を述べていたイングランドの騎士に向かって。
 そして、殺した。

「それは」

 マシュが目を見開いた。

「そう。源義経と同じというのはそういうことだよ。彼らは当時の風習、決まりごとを無視して先手を取り続けたから勝てた。正面からの奇襲が出来たわけだからな、勝つのは簡単だったろう」

 無論、それが通じるのは最初だけ。後は己の才覚、運、味方の働きにかかっている。

「そして味方を勝利させる乙女ともなれば、フランス軍がその存在に熱狂していくのもわかる。勝利は気持ちいいからな。だが、そんなやり方で勝ってしまえば、それはもう敵方から恨まれるだろう。イングランドが何をおいてもオルレアンの乙女を異端として処刑したがったのは、ジャンヌ・ダルクがそれほどに憎かったからだ」
「……」
「ジャンヌ・ダルクが捕虜になった最後の戦い。なぜジャンヌ・ダルクが敗れたのか。それはルール破りの常習犯ジャンヌ・ダルクを相手にイングランドがルールを守ることをやめたからだ。結果的に、ジャンヌ・ダルクは自分と同じことをされて負けたというわけだな」

 さて。
 ジャンヌ・ダルクを敵とする時、以上のことを知った上で何を警戒するべきか、これで分かっただろう。

「ジャンヌ・ダルクは常識知らずだったが馬鹿じゃない。味方が有能でも、馬鹿が何度も戦争で勝てる道理はない。歴戦を経る中で軍略も学んだだろう。そんな彼女の戦術ドクトリンは極めて単純で明快なものだ。即ち、勝てば良い――まったく、気が合いそうなことだな」

 皮肉げに言う士郎に、アルトリアが一言。
 今、少しアーチャーに似ていましたよ。

 士郎はきょとんとし、次に苦笑した。それは、誉め言葉だ、と。

「警戒すべきは型破りの用兵だ。そして使われる戦術は単純で手堅い。シンプル故に破りがたい手段をとるだろう。次に相手からこちらに仕掛けてくるとすれば、戦力の拡充を果たし、確実に勝てると確信してからのはずだ」
「……でしたら先輩、すぐにでも追撃するべきだったのでは?」
「いや。あの時に追撃するのは上手くなかった。奴はまだ手札を残しているだろう。四騎もサーヴァントを従えていたんだ、まだいると思って良い。聖杯戦争なら七騎はいるはずだから、ジャンヌ・ダルクを含めても後二騎は最低でも控えている。加え、奴は竜の魔女だ。ワイバーンの大軍とサーヴァント、さらに強力な竜種がいる可能性も捨てきれない。足元も覚束ない状況で深追いすれば、痛い目を見るのはこちらだろう」

 そんな中で、アルトリアが上げた戦果はまさに大殊勲である。彼女のお陰で優位に立てているようなものだ。

「ということは、今するべきは情報収集ですか」
「できればこちらも戦力を増やしたいところですね。シロウはどうするつもりです」

 どうするか?  士郎は立ち上がり、明けていく空を見上げた。

「――決まってる。情報が舞い込むのを待ちつつ、利用できそうなものを探すのみだ」

 行こう、と士郎は言った。

 二日目の朝、午前。士郎達はワイバーンの群れに襲われているフランス軍を発見。これを助ける。
 そして日が真上に来る前に、帰還したアサシンから情報を得て。

 即断した。

「時間はやはり俺達の敵だな。……四日というのは撤回する。『今日』で決めるぞ、マシュ、アルトリア」







 
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