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魔術師ルー&ヴィー

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第二章
  Ⅳ


「イェンゲン隊長!ここは引きましょう!」
「何を馬鹿な!民を避難させ終えるまで引けるか!」
「ですが、“あれ”はもう我々の手に負えません!」
 ここはゲシェンクの王都のほぼ中央。そこで妖魔殲滅第一部隊は戦いながら民を避難させていたが、妖魔の数も力も…イェンゲンの想像を遥かに越えていた。
 そして今、部隊の目の前に立つそれは、紛うことなき<悪魔>そのものだった。
 第一部隊がこの場に到着した時、既にこの街の民の三分の一は“あれ”に「喰われ」ていた。
 このゲシェンク中央に封じられていた妖魔は、間違いなく序列第五位の〈グール〉であった。
 グールは生きた人間を貪り食ってはその体躯を巨大化し、その欲に際限がない。その貪欲さ故に〈グール〉の名を冠せられた。
「隊長、これ以上は保ちません!即時撤退を!」
 隊員の一人である魔術師がそう言った刹那…その者は何かの力に引き寄せられるかの如く、何の抵抗も出来ずに空へと舞い上がる。
「だ…誰か…!たすけ…」
 恐怖と絶望が入り混じった表情でそう言うものの、彼はそれを言い終わらぬうちにグールの口の中へと吸い込まれ、叫ぶことも出来ず…グールに咀嚼されたのであった。
「…撤退だ!皆に防御魔術を!」
 イェンゲンは直ぐ様防御の呪文を紡ぎ、他の魔術師らが犠牲にならぬ様に攻撃呪文も発動させながら退避した。
 彼らは街の教会を目指した。そこには移転の陣があり、彼らは教会に着くや、直ぐにその場から王城へと逃げ帰ったのであった。
 王城に着くや、イェンゲンは直ぐ様そこに残っていた魔術師らに状況を報告し、それをリュヴェシュタンのコアイギスへ連絡する様頼むや、各部隊の状況報告を聞いて唖然とした。
「ほぼ…全滅だと?」
「はい。第四部隊隊長のアデン殿は辛うじて帰還されましたが…第二部隊隊長ディーヒト殿、第三部隊隊長ヨッヘン殿は戦死されました。」
「あの二人の猛者が…死んだ…。」
 イェンゲンは余りの事に、それ以上言葉が出なかった。
 ディーヒトもヨッヘンも同期の魔術師であり、魔術も腕っぷしもイェンゲンに引けは取らない。そんな二人が戦死したとなれば、恐らく…もう少し戦っていたのなら、自分も「喰われ」ていた…。そう考えると、彼は恐怖してしまった。
 魔術師は様々な感情をコントロールする術を心得ているが、イェンゲンのこの恐怖は別格であった。
 イェンゲンはどうにか平静を取り戻し、魔術師以外の部隊について問った。
「神聖術者らは?」
 その問いに、問われた魔術師は険しい表情をして返した。
「第一部隊はルーツェン隊長他数名を残し…ほぼ全滅状態であるとの報告を受けております。他の部隊からは…最早定時連絡も途絶えてしまっております…。」
 その答えにイェンゲンは、自分は悪夢を見ているのかと思った。
 魔術師も神聖術者も部隊は約五十名で、それが各四部隊編成されていた。だが、それだけの人数をもってしても…王都を七日と経たぬうちに破壊し尽くした〈グール〉。
 妖魔故に魔術は兔も角としても、神聖術は有効だった筈である。しかし…その神聖術者さえほぼ全滅させた。
「一体…どれだけ残っているのか…。」
 イェンゲンのこれは独り言であったが、それを問いと受けとめた魔術師は言った。
「残っているのはシュテンダー様率いる義勇団のみと考えられます。義勇団は一人も死者を出していないとの報告を受けております。」
「シュテンダー…ルーファス!で、ヤツは今どこに?」
「つい今し方、かの妖魔と対峙しているとの報告を受けたと聞きます。これで彼らは四度目の対峙となります。」
 大隊規模で魔術師と神聖術者の部隊が八部隊あった。各部隊は中級から上級の魔術師や神聖術者で構成されていたにも関わらず…大半はただ一度の対峙で壊滅させられていた。それなのに…たった十数名の義勇団が三度もあの化物と対峙して死者を出していないとは…。
「私は…一体、何をした…?」
 今更ながら、イェンゲンは自分の無力さを実感した。いや…ここで生き残った者全員がそう思ったに違いない。
 彼は歩きながら思う…相手は化物だ。あれを相手にするには、やはり化物でなくば太刀打ち出来ない…。
 伝説の五人組にしろ、大魔術師クラウスしろ…ルーファスにしろ…。自分なぞそれに比べたら、ただの凡人に過ぎないのだ…と。
「化物には…化物…か。」
 そう言って自嘲気味に笑う。
 彼はルーファスが嫌いだ。いや、嫌いになったと言うか…ある種、尊敬し過ぎてそれが反転したのだ。自分はどれだけ努力しようとも、決してあそこまでには至らないことを知っていたから。
 ホロヴィッツや他の魔術師らもそうだが、皆ルーファスに憧れていた。彼の天賦の才とその奔放な性格を愛した。彼は自身の力に驕らず、身分すら関係なかった。
 イェンゲンは彼が眩しかった。出来る事なら、彼になりたいとさえ願った。たが…そんな思いはただの幻想でしかなく、彼の力は今ある以上になることはなかった。
 ルーファスが十五歳の時に魔導師の称号が与えられると、今度はルーファスを憎むようになった。
 ルーファスが人の何倍も努力していたことを知るものの…どうしても納得することが出来なかったのだ…。
「私も…小さな器と言う訳だな…。」
 そう言って、イェンゲンはまた自嘲したのであった。
 しかし、今はその様なことを考えている間はないのだ。自分の尊厳など、この状況でどうこう言える筈もない。
 魔術は人を救うためにある…イェンゲンはそう考えを改め、前からこちらへと歩いてくる魔術師へと声を掛けた。
「済まぬが、アデンは動ける状態か分かるか?」
「はい。先程まで神聖術者の治療を受けておりましたので、今はもう動けるかと。」
 それを聞くや、イェンゲンは医務室へと向かった。
 だがイェンゲンが歩き始めるや、既に向こうからアデンが来ており、彼は直ぐにイェンゲンに気が付いて歩み寄った。
「イェンゲン…そちらはどうだった?」
「駄目だ。私も多くを逝かせてしまったよ…。だがな、私はこれから、あいつの率いる義勇団の元へ行こうと思っている。お前はどうする?」
「無論、同行させてもらう。逝かせた奴らの仇を討ちたいからな。」
 二人は互いの意思を確認するや、そのまま移転の間へと向かって東の街へと飛んだのであった。
 東の街の教会内…ここは敷地一体が聖性に守られているため、妖魔の手は及ばない。民は皆、ここへ避難しているが、間に合わなかった者も多かった…。
 夕の押し迫る中、二人は防御魔術をその身に付して教会を出た。
 外は静かであった。目の前にあるのは破壊された街並みと、グールの残していった人だったものの残骸だけであった。
 そこには、凡そ<生>と云うものを見出すことが出来なかった。
「何処へ行った…?」
 アデンがそう呟いた時、かなり南の方から大きな音が響いた。
「まさか…グールは王城へ向かっているのか!?」
 アデンとイェンゲンは身を強張らせながらも、直ぐに教会へと踵を返し、再び移転の間から隣街の大聖堂へと飛んだ。
 移転した直後、感知するまでもなく、外から多くの戦う者の声が聞こえてきた。
「後退しろ!ヤツは弱い心を見抜く!気圧されるな!」
 それはルーファスの声だった。
 二人は直ぐに大聖堂から出ると、そこには街の人々を庇いながら後退する義勇団の姿があった。
 ルーファスと弱冠十六歳のヴィルベルトが強固な防御結界を構築しながら、人々を安全な場所へと誘っている。義勇団の面々は各々魔術で強化した弓矢や、魔術を付した投擲器などで妖魔とグールを足止めしようとしていた。
 妖魔に魔術自体効き目は弱くとも、武器を強化した直接攻撃はかなり有効なのである。そのため、グールはアデンとイェンゲンの見ている前で目と耳をやられ、そして両膝を打ち砕かれて崩れたのであった。
「今の内に走れ!」
 ルーファスはそう声を張り上げるや、続けざまに魔術でグールへと瓦礫を山と積み上げた。
「ヴィー、早く!」
「はい!」
 ルーファスとヴィルベルトは義勇団と共に走って行くが、アデンとイェンゲンもハッと我に返り、直ぐに彼らの後を追ったのであった。
 走る二人の後ろからグールの呻く声と、上に積み上げられた瓦礫を退かそうとする音が響く。

ー そうか…彼らはこうして足止めし、人々を…。 ー

 イェンゲンだけでなく、他の隊の隊長らも皆、こう考えていた。
「ここで妖魔を倒せれば救われる。」
 それ故、最初から人命優先だった義勇団とは違い、多くの人命を失うことになってしまったのだ。
 暫く走ると、義勇団は教会へと入った。アデンとイェンゲンの二人もそこに入り、イェンゲンはやっとルーファスへと会うことが出来た。
「ルーファス!」
 名を呼ばれてルーファスが振り返ると、そこには見知った顔がある。
「イェンゲン!」
 直ぐにルーファスはイェンゲンの元へと歩み寄った。
「生きてたんだな…良かった。」
 ルーファスがそう言うと、イェンゲンは俯いて返した。
「私の隊はほぼ壊滅だ。生き残った者は私と十六名だけだった。」
「それでも、お前は生きている。だから、ここに立っていられる。そして、戦える。」
 ルーファスはそう言ってイェンゲンの肩に手を乗せた。
 イェンゲンが顔を上げると、ルーファスは「来てくれて、ありがとな。」と言ったため、イェンゲンは込み上げるものを抑えながら返した。
「ああ。」
 その隣ではアデンが哀しげな表情を見せていたが、三人は直ぐにあの怪物〈グール〉をどうするか話し合った。
 すると、ルーファスがとある考えを話して二人を驚嘆させたのであった。
「それは些か無茶と云うものだ!少なくとも、第四位以上の魔術師が四人は必要になる!それ以上に、魔力のない者を移転魔術で移動させるなんて…。」
「いや、移転魔術に少し手を加えれば百人程度なら動かせる。問題は、グールを閉じ込める“檻”だ。」
 事もなげに言うルーファスに、イェンゲンは再び過去を思い出す。ルーファスは昔から、皆が驚くようなことを遣って退けてきたのだ。
 アデンもイェンゲンと同じように思ったが、二人共直ぐに現実へと意識を集中させた。
「しかし、グールを四方結界の中心に追い込まねばならないのだぞ?」
「ああ、それが厄介なんだ。」
 ルーファスがそう言うや、夜闇にグールの叫びが響く。
「ったく…もうあれから抜けやがったか…。ヴィー!」
 ルーファスは弟子を呼ぶや、移転魔術を行使するため人々を中心へと集めるよう指示した。
「おい、ルー。まさか今…」
「そうだよ!こうでもしねぇと、こいつらが犠牲になっちまうだろうが!」
 そう言いながらも、ルーファスは空へと何かを描く素振りをしている。
 イェンゲンもアデンも、一度だけこの動作を見たことがあった。それはコアイギスが特別講習を開いた時で、空へ陣を描いて魔術を行使するものであった。
 それを思い出し、二人は見ているしか出来なかった。目の前にいるのは、はやり化物なのだから…。
「師匠、全員中央に集まってもらいました!」
「よし!」
 そう言うや、ルーファスは陣を発動させ、呪文も直ぐに完成させた。そして、人々を遠く離れた港町の大聖堂へと移転させたのであった。
「あっちでは騒がれるだろうが、人命には替えられねぇかんな…。」
 これだけの大魔術を行使したにも関わらず、その顔に全く疲れを見せないルーファスに、二人の魔術師は言った。
「コアイギス様の様だ…。」
 二人して同じことを真顔で言ったため、ルーファスは眉を顰めて返す。
「俺はあんなに怖くない!」
「いや、充分怖い。」
「そうだな…。」
 そうして二人の魔術師は溜め息をつくが、そんな悠長に構えている場合ではない。グールはもうこちらへと向かっているのだ。
「仕方ない…一旦王城に退き、そこの奴らも退避させる。」
「おい…それじゃ…。」
「王城を中心に結界を張る!」
 それは王城を開けると言うことである。しかしながら、遅かれ早かれグールによって破壊されることは分かっていたが、こうして言われると…。
「考えてる間はねぇよ!さっさと行くぞ!」
 ルーファスは唖然とする二人に喝を入れ、ヴィルベルトには自分の腕を掴ませるや、義勇団の中心に立って直ぐ様呪文を完成させたのであった。

 グールの遠吠えの響く闇を残し、その街に<生>は無くなった…。





 
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