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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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第三章  盟約の系譜
  Lv65 新たな導き

   [Ⅰ]


 アシュレイアとの戦いの後、俺はまた、白い雲が辺り一面に漂う場所に立っていた。
 周囲を見回すと、ここから少し離れた所に、いつぞや訪れたパルテノン神殿みたいな建物があった。
 確証はないが、ここは前回来たところなのかもしれない。
(あの神殿が魔生門ならば、ここは俺の意識の中だ。違ってたら……天国ってオチか……まぁいい、ずっと突っ立っているのもなんだし、あそこに行ってみるか……)
 俺は神殿みたいな建物へと向かい、歩を進めた。
 程なくして、神殿みたいな建物へとやって来た俺は、階段の前で立ち止まり、暫し眺めた。
(一応、見た感じだと、同じ造りの建物だな。こうやって眺めていても仕方ない……行こう。今度は何が出るやら……)
 俺は入口へと続く階段を上り始めた。
 だが、暫く進んで行くと、あの黒いローブ姿の存在が、またもや階段の途中で佇んでいたのである。
(あれは……まぁいい、進もう)
 俺は黒い存在の前に行き、そこで立ち止まった。
 相変わらず、黒い存在は無言であった。
 というわけで、前回同様、まずは俺から話を切り出す事にした。
「アンタがここにいるって事は……ここは俺の意識の中か?」
 黒い存在は無言でコクリと頷いた。
「へぇ……てことは死んではいないんだな。まぁそれはともかく……この間、ミュトラの盟約とマダンテを俺に継承させたのはアンタか?」
「ああ、私だ」
「そうか……お陰で助かったよ」
「水を差すようで悪いが、1つ忠告しておこう……マダンテを使えるようになった君は、今後、嘗ての私と同じように、魔物達から狙われることとなるだろう……気を付けるがいい」
「え? マジかよ……」
 そういえば、アシュレイアはマダンテを知っているような感じであった。
 しかも奴は、俺が放ったマダンテを見て、不完全とも言っていたのである。
 もしかすると、奴等は遥か昔、あれ以上のマダンテと遭遇した事があるのかもしれない。
「ところで、アンタは一体何者なんだ? この間は、嘗ての俺とか言ってたけどさ」
「そう……私は嘗ての君だ。今日は君に、最後のお願いをしにきた……」
「最後のお願い……なんだ一体?」
「君に盟約の引き継ぎを終えた事で、私はもう、消えゆく運命にある。だから、その前に頼みがあるのだ」
「頼み?」
「この地より……遥か、東……大海原に浮かぶ島々がある。アマツとよばれる地だ。君はその地に赴き、大いなる翼の謎を解き明かしてほしい……」
「大いなる翼の謎……なんだそれは?」
「それは、私にもわからない。が……アマツの地には、古くからこんな言い伝えがある……シンジュの祭壇に6つの力が集いし時……大いなる翼が舞い降り、数多の厄災を振り払うであろう……と」
「大いなる翼が舞い降りる……」
 なんか知らんが、どこかで聞いた事があるようなデジャブを感じる言葉であった。
「君に、その謎を解き明かしてもらいたい。アマツの地に……いや……この世界に迫ろうとしている闇の力に対抗するには、その謎を解き明かすしか……もう方法は残っていない気がするのだ……」
 この黒い存在は、アマツの地とやらの事をやけに気にかけている。
 もしかすると、元は、その地に所縁がある人物だったのかもしれない。
「なんとなく、話はわかったけど……行けるかどうかなんて、保証はできんよ」
「いや……君は必ず、そこに行く事になるだろう……そう、必ず……」
「は? 必ずって……なんで、そんな事が言い切れるんだよ」
「それが、ジュラの力を受け継ぎし者の宿命だからだ……」
「は? 宿命……ジュラの力……何を言ってるんだ、一体……」
 黒い存在はそこで空を仰いだ。
「残念だが……時間だ……」
 そう呟いた直後、黒い存在は足元から徐々に消え始めた。
「ちょッ、ちょっと待てよッ、まだ俺の質問に答えてないぞ!」
「私は最後に、君と話せて良かった……君ならばアマツの地を……いや、この世界を……正しい方向へと導いてくれるに違いない……これで私は安心して消えてゆける……頼んだよ。ジュラの盟約を継ぎし者よ……」
「消えるなッ! まだ話は済んでないッ!」
「さらばだ……コータロー」
「待てッ」
 俺は消えゆく奴に向かい手を伸ばした。が、手は空を斬る。
 そして次の瞬間、目の前が真っ白となり、俺は現実へと引き戻されたのである――
 
 瞼を開くと、煌びやかなシャンデリアが吊り下がるゴージャスな天井が、視界に飛び込んできた。もう見るからにブルジョワな感じだ。
 ふんわりとした枕や布団、そしてベッドが俺を包んでいるのか、暖かくて寝心地が良い。このまま寝続けたい気分であった。が、まずは状況を整理する為、俺は瞳だけを動かして周囲に目を向けた。
 部屋の大きさは20畳ほどだろうか。四角い部屋で、壁の1つには窓があり、そこからは優しい日光が差し込んでいた。
(ここは……どこだ。誰かの屋敷だろうか……)
 入口と思われる扉がある壁には、使用人と思われるメイド服のようなモノを着た若い女性が1人おり、こちらの方へと視線を向けているところであった。
 つーわけで、俺は今、その人と目が合ったわけである。
 俺はとりあえず、笑顔で挨拶しておいた。
「あ……おはようございます。つかぬ事をお聞きしますが、ここは一体、どこなのでしょうか? 差し支えなければ……って、あれ?」
 女性は目を大きく見開き、驚きの声を上げた。
「あ、ああ……た、大変ですわッ!」
 その直後、女性はパニクった表情で、アタフタと扉を開き、この部屋を出て行ったのである。
 正直、わけのわからない反応であった。
(なんだあれ……俺、何か失礼な事でも言ったんだろうか……つか、なんだよ、大変て……まぁいいや。それはともかく、俺はどうやら、アシュレイアとの戦いの後、ここに運び込まれたのだろう。見た感じだと、ここは、ウォーレンさんの屋敷……ではなさそうだな。どこだ一体?)
 ふとそんな事を考えていると、部屋の外から、こちらに駆けてくる複数の足音が聞こえてきた。
 足音は部屋の前で止まり、扉が開かれる。
 すると扉の向こうから、アーシャさんとサナちゃん、そして、レイスさんとシェーラさんが姿を現したのであった。
 アーシャさんとサナちゃんは部屋に入ってくるなり、俺が寝ているベッドの傍へと駆け寄ってきた。
「目を覚ましたと聞いたので、駆けつけましたわ。よかった……心配してたんですから……」
「よかった……コータローさん」
 2人は安堵の表情で俺を見つめていた。彼女達の潤んだ瞳から、一筋の雫が頬を伝う。
 どうやら、俺はまた、彼女達に心配をかけてしまったみたいだ。
 続いて、レイスさんとシェーラさんもこちらへとやって来た。
「コータローさん、ようやくお目覚めだな」
「皆、心配してたのよ。あの後、全然目を覚まさなかったから」
 4人の反応に、どう答えて良いのかわからなかったので、俺はとりあえず、目覚めの挨拶をする事にした。
「えっと……おはようございます、アーシャさんにサナちゃん、そして、レイスさんにシェーラさん」
 するとアーシャさんが頬を膨らました。
「ん、もう……コータローさん! おはようじゃありませんわよッ。貴方は3日間、ずっと寝たままだったのですから。それに、もう昼ですわよ」
「え? 3日も寝てたんですか?」
「そうですわよ」
「じゃあ……そろそろ起きようかな」
 俺はそこで上半身を起こした。が、身体がかなり怠い。
 それは、普通に起床した時にはない、身体の重さであった。
(どうやら、3日間寝たままだったというのは本当のようだな。身体がまだ本調子じゃないわ……)
 サナちゃんが心配そうに、俺の顔を覗き込んできた。
「少し辛そうですけど……大丈夫ですか、コータローさん。無理しないでください」
 起き上がった時の怠さが、顔に出てしまったのだろう。
「大丈夫、大丈夫。しばらく寝てたから、身体が鈍ったんだよ。こんなのすぐ直るさ」
「それならいいですが……」
「でも……あまり無理をしたら駄目ですわよ」
「お気遣いありがとうございます、アーシャさん。暫くは無理をしないようにしますよ。ところで、あれからどうなったんですか? アシュレイアが消えたところまでは、自分も覚えてるんですけど。それと、ここは……ン?」
 と、そこで、少し離れた所から女性の声が聞こえてきたのである。
「ここは、イシュマリア城の来客の間です。お兄様のご指示で、コータロー様はこちらで安静にして頂くことになりました」
 声の聞こえた方向に視線を向けると、そこにはフィオナ王女の姿があった。
 今答えてくれたのはフィオナ王女のようだ。
「貴方は、フィオナ王女……」
 フィオナ王女は牢屋で会った時と同じ服装で、気品あふれる王族の姿であった。
 ちなみにだが、隣には、近衛騎士であるルッシラさんの姿があった。
 こっちは、この間見た時と同じ騎士の出で立ちだ。
 また、ルッシラさん以外にも近衛騎士と思われる騎士が数名いた。フィオナ王女付きの騎士達なのだろう。
 まぁそれはさておき……。
「コータロー様……お元気になられたのですね。よかった……。あの後、治療に当たったウォーレン様が、出血が多かったと言っておりましたので、心配していたのです。お身体は大丈夫ですか?」
「今のところ、なんとか大丈夫な感じです」
(ウォーレンさんが治療してくれたようだ……後でお礼を言っておかねば……)
 続いてフィオナ王女は、深々と俺に頭を下げてきた。
「コータロー様……後で、父と兄から感謝の言葉があると思いますが、まずは私から一言述べさせてください。此度の一件……誠にありがとうございました。貴方のお力がなくば、この国は魔物達に攻め滅ぼされていた事でしょう。感謝してもしきれないくらいであります。本当にありがとうございました」
 俺は頭を振った。
「お顔を上げて下さい、フィオナ王女……私はヴァロムさんの指示で動いたまでです。ヴァロムさんが魔物達の思惑に気付いたからこそ、今があるんだと思いますから」
「ですが、ヴァロム様は仰っておられました。コータロー様がいたからこそ、魔物達を追い返す事ができたと……そして、コータロー様のお力がなくば、この策は失敗に終わっていたであろうと」
「ヴァロムさんがそんな事を……」
「はい、確かにそう仰られました。それに……私を窮地から2度も救って頂いたこともあります。ですから、感謝してもしきれないのです」
「まぁあれは成り行きといいますか……ン?」
 と、そこで、赤いドラキーがこの部屋に入ってきたのである。
 それはラティであった。
 ラティはパタパタと羽ばたき、俺の方へとやってきた。
「おお、コータロー、元気そうやんか。ウォーレンの旦那から聞いたでぇ。コータロー、この国を救ったんやってか。めっちゃ、凄いやんかッ」
「久しぶりだな、ラティ。お前も元気そうで何よりだよ」
「おう、ワイは元気やで……でも、ワイが旦那の屋敷に監禁されてた間、なんかエライ事になってたみたいやな。コータローが反逆企てて捕まったけど、イシュラナの神官とか猊下が魔物で、んでもって、コータロー達がその魔物を退治したとか聞いた時は、なにがどうなってんのかわけがわからんかったわ。っていうか、今もようわからんけどな。まぁでも、コータローは元気そうやさかい、安心したわ」
「まぁその辺の話は、また追い追いな。ところで、ラティが城にいるって事は、もう王都の警戒態勢は解かれたのか?」
 するとフィオナ王女が答えてくれた。
「はい、この間まで行われていた警備は解かれました。でもその代わり……素性の知れぬ者や、イシュラナ神官の立ち入りが今は制限されておりますが……」
 フィオナ王女の表情が曇る。
 まぁ言わんとする事はわかる。
 あれだけ神官達の中に魔物が紛れ込んでいたら、そういう対応になるのも無理はないだろう。
「そうですか……まぁその対応は仕方ないかもしれませんね」
「でも警戒が解かれたお陰で、コータローさんと会いやすくなったので、それに関しては良かったですわ。以前のような警戒が続いてたら、王城に入る事すらままなかったのですから」と、アーシャさん。
「私もです。これからは気兼ねなく、コータローさんに会えるので、よかったです」
 サナちゃんはそう言って、俺に優しく抱き着いてきた。
「ちょっ、ちょっとサナさん、何をするんですかッ! 今はナシですわよ」
 2人がそんなやり取りしていると、フィオナ王女が気まずそうに口を開いた。
「あの、コータロー様……この方々とお知り合いなのですか?」
「はい、2人とは王都に来るまでずっと旅をしていたので」
 と、ここで、アーシャさんは恭しく頭を垂れた。
「ご挨拶が遅れました、フィオナ王女。私はマルディラント太守であるソレス・マウリーシャ・アレサンドラが長女、アーシャ・バナムン・アレサンドラと申します。お目に掛かれ光栄であります」 
 続いてサナちゃんも。
「フィオナ王女、お目に掛かれて光栄でございます。私はイメリア・サナルヴァンド・ラトゥーナ・オン・ラミナスと申します。ラミナス王家の縁の者です。今はこちらにおられるラミナス公使フェルミーア様の元でお世話になっております」
 2人の自己紹介を聞き、フィオナ王女は大きく目を見開いた。
「え? アレサンドラ家とラミナス王家の方だったのですか。これは失礼致しました。私はフィオナ・ラインヴェルス・アレイス・オウン・イシュマリアと申します。イシュマリア国王アズラムドが長女になります」
「フィオナ様はコータローさんとお知り合いなのですか?」と、サナちゃん。
「はい、実は以前、コータロー様に命を救われた事があるのです」
 それを聞き、アーシャさんとサナちゃんは驚きの表情を浮かべる。
「え、そうだったのですか!?」
「初耳ですわ……ちなみに、それはどちらでなのですか?」
「コータローさんとはピュレナで初めてお会いしました。そこで、魔物に襲われそうになっていたところを助けて頂いたのです」
【え、ピュレナで!?】
 アーシャさんとサナちゃんが俺をチラ見した。
 嫌な予感がしたのは言うまでもない。
 アーシャさんは話を続ける。
「あの……申し訳ありませんが、ピュレナのどこで魔物に襲われたのでございますか?」
「そ、それなのですが……実は……ピュレナの神殿敷地内にある沐浴の泉でなのです」
 フィオナ王女はそう告げるや否や、頬を赤らめ、恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
 アーシャさんとサナちゃんは、綺麗にハモリながら驚きの声を上げる。

【も、沐浴の泉で、ですってぇッ!?】

 アーシャさんは恐る恐る訊ねる。
「フィオナ様……まさか、お召し物はされて……」
 するとフィオナ王女は両手で顔を覆ったまま、恥ずかしそうに頭を振ったのである。
 アーシャさんとサナちゃんはその仕草を見るなり、少し固まっていた。
(なんかしらんけど……この展開は……ちょっとやばいかもしれん……)
 つーわけで、俺は即座にラティへ視線を送った。
 ラティも俺へと視線を向けていた。
 俺達はそこで互いに頷きあった。
 そして、次の瞬間!
 俺はササッとベッドから立ち上がり、ラティと共に窓際へと素早く移動したのである。
 この事態から逃げる為、俺達はそこで白々しい会話を始めた。
「しっかし、良い天気だなぁ……今日は朝日が、一段と眩しいよ。なんか知らないけど、清々しい気分だね。素晴らしい朝だ。そう思わないか、ラティ?」
「せやな。つーか、今は昼やけどな」
「はは、そうだったな。それはさておき、長い間寝てたから気持ちいい日差しだよ……」
 などと言いつつ、俺は大きく両手を広げて背伸びをする。
 そして窓の外を眺めながら、俺は小声で、ラティに指令を送ったのである。
「ラティ隊長……戦況を報告せよ」
「ハッ、コータロー将軍」
 ラティは室内をササっと見回し、小声で報告をした。
「コ、コータロー将軍……皆、こっち見ております。しかし……その内、約2名の女性が、射抜くような鋭い目でこちらを見ております。い、如何なさいましょう……」
 俺達がそんなやり取りをする中、アーシャさんとサナちゃんの怒気の籠った声が聞こえてきた。

【コータローさん……どういう事なのか、説明していただけますわよね?】
【説明してください、コータローさん】

 その直後、シンとした静寂が室内に漂う。
 俺にとってそれは、何とも言えない重い空気感であった。
(ど、どうしよう……この展開は考えてなかった。あッ、そ、そうだ! ラティに助け舟を出してもらおう!)
 つーわけで、俺はラティにSOSの視線を送った。
 だがしかし! なんとラティは、こともあろうか、俺の視線から逃げるように目を背けたのである。
「あ、そういえばワイ、この後、用事があるんやった……ほ、ほな、コータロー、しっかり養生しいや」
 ラティはそう告げるや否や、くるりと身体を反転した。が、しかし、俺はラティのしっぽを掴み、それを阻止したのである。
「ちょっ、コータロー、なにすんねん」
 俺は窓の外を眺めたまま、小声で警告した。
「敵前逃亡は許さんぞ、隊長……あとで軍法会議にかける」
「なんやねん、その軍法会議って!?」
 と、そこで、しびれを切らしたアーシャさんが、俺達の会話に割って入ってきたのである。
「何をコソコソしてるんですの、コータローさんにラティさん! 早く説明していただけませんか!」
 俺はラティに小さく囁いた。
「適当に話を合わせろ」
 そして、俺は彼女達に振り返り、爽やかな笑顔を浮かべながら、この非常事態を切り抜ける為の交渉へと入ったのである。
「いやぁ~、実はですね。ピュレナでラティから相談を受けていた時に女性の悲鳴が聞こえたものですから、ちょっと心配になって神殿の方へと向かったのですよ。な? ラティ」
「あ! せやせや、ワイも今思い出したわ。実はそうなんや、アーシャねぇちゃん。あの時、叫び声が聞こえたさかい、コータローと一緒に神殿に向かったんやわ」
 だがアーシャさんは追及の手を緩めなかった。
「あら、そうでしたの。でも妙ですわね……ピュレナの神殿は、冒険者がおいそれと入れるような場所ではないと聞いた事がありますわ。ましてや、沐浴の泉ともなれば、男性の神官でも入れないと聞いた事がありますわよ。どうやってそこに入られたのかしら?」 
 痛い所を突いてきたが、この程度の事は想定の範囲内。
 というわけで、俺は御託を並べ続けた。
「仰る通りです。あの神殿は俺達のような者が入れるような所ではございません。ですが、ラティの機転によって、意外な場所から侵入……じゃなかった、敷地内に入る事が出来たのです」
「ラティさん、それは本当ですか?」
「コータローの言ってることは本当やで、アーシャねぇちゃん。ワイが入れそうな場所を何とか見つけたんや。とはいっても、コータローじゃないと行けん場所やったけどな」
 サナちゃんが訊いてくる。
「コータローさんじゃないと行けない所? それはどういう意味ですか?」
「それは勿論、飛べない奴には無理な場所やからや。せやから、普通の冒険者じゃまず無理なんやけど、コータローなら魔導の手を使えるから、なんとか行けそうな場所やったんやわ」
 アーシャさんとサナちゃんは俺に視線を向ける。
「ラティの言っている事は本当ですよ。まぁそういうわけで、少し苦労はしましたが、なんとか神殿の敷地内に辿り着いた俺達は、悲鳴があった場所へと急いで向かったわけです。それで駆けつけましたら、フィオナ王女が魔物に襲われておりましたので、俺は急いで救出したというわけです……まぁこれが大まかな流れですかね」
 アーシャさんとサナちゃんはそこで表情を緩ませ、ホッと一息吐いた。
「そうだったのですか……それを聞いて安心しました。ピュレナに立ち寄った時に、何か良からぬ事でもしたのかと思いましたわ。でもなぜ、教えてくださらなかったのですか?」
「そうですよ、コータローさん。私達は旅の仲間じゃないですか」
「すいません、黙っておりまして……ですが、王族の方が魔物に襲われていたなんて事を軽々しく口にするのは、あまりよろしくない気がしたものですから、俺とラティだけの胸に仕舞っておくことにしたのです。な? ラティ」
「せやせや」
 どうやら納得してくれたみたいだ。とりあえず一安心である。
「コータロー様、その節は本当にありがとうございました。あの時、貴方が現れなかったらと思うと、今でもゾッとする思いです。貴方のお陰で私は救われたのです。感謝の言葉しかございません」
 フィオナ王女はそう言って俺に優しく微笑んだ。
 俺はその微笑みを見て罪悪感を覚えた。
 だが本当の理由は口が裂けても言えない為、これは仕方がない事であった。
「なんか、そこまで言われると……照れますね。ン?」
 と、その時である。
 部屋の外にいる騎士達は道を空けるかのように、入口の脇へと移動し、慌ただしく姿勢を整えたのである。
 そして騎士達の間から、金の装飾で彩られた赤と白の衣を身に纏う王族の若者が1人と、俺の良く知る宮廷魔導師が1人、姿を現したのであった。
 現れたのは勿論、アヴェル王子とウォーレンさんだ。
「コータローさん、目を覚まされたのですね。お身体の方は大丈夫……そうですね」
 アヴェル王子はキョトンとしながら、俺の足元から顔へと視線を送った。
 少し驚いてる感じだ。
 ウォーレンさんも同様であった。
「お、お前……もう立ち上がっても大丈夫なのか? 結構、酷い出血だったのに……」
 よく考えたら、俺は今、地に足を着けて立っている状態である。
 ここから察するに、恐らく2人は、ベッドで寝ている姿を想定していたのだろう。
 まぁそれはさておき、2人には挨拶をしておかねばなるまい。
「おはようございます、アヴェル王子にウォーレンさん。お陰様で、身体の調子はかなり回復しました」
 俺はそう言ってガッツポーズを見せた。
 2人はホッと息を吐き、安堵の表情を浮かべる。
「それはよかったです。あの後、全然目を覚まさなかったので、心配していたんですよ」
「まぁでも、その様子だと、確かに調子は良さそうだな」
「ええ、調子はいいですよ……ン?」
 すると、2人はそこで顔を見合わせ、神妙な面持ちになったのである。
 アヴェル王子は申し訳なさそうに口を開いた。
「コータローさん……こんな時に、こんな話をするのは心苦しいですが、もしお身体が大丈夫であれば……我々と共に、少し御足労願えませんでしょうか?」
 王子のこの表情を見る限り、何か面倒な事でもあったのかもしれない。
 アーシャさんやサナちゃんは、この突然の申し出に少し困惑した様子であった。
 2人は心配そうに、俺とアヴェル王子を交互を見る。
「え……コータローさんを?」
「ですが……コータローさんはまだ……」
 フィオナ王女が訊ねる。
「お兄様……もしや、例の件でございますか?」
 アヴェル王子は小さく頷く。
「ああ……コータローさんにも是非加わって貰いたいのだ。ヴァロム様にもそう言われている。で、どうでしょう……コータローさん。もしお身体に差支えがないならば、これから我々と共に来ていただきたいのです」
「へ? あ、まぁそれは構いませんが……この服装じゃ不味いですよね?」
 俺はそう言って自分の今着ている服に視線を向けた。
 なぜなら、今の俺は、チュニックのような白い布の服を着ているだけだからだ。
 ある意味、入院患者用の衣服を着ている状態である。
「では、侍女に貴方の衣服を持ってこさせますので、それに着替えて我々に付いてきてください」
「わかりました」
 とまぁそんなわけで、俺は目が覚めて早々、アヴェル王子達に連れ出される事になったのである。


   [Ⅱ]


 水の羽衣に着替え、魔光の剣や道具類を装備した後、俺はアヴェル王子とウォーレンさんの後に続いた。
 2人はレッドカーペットが敷かれた通路を脇目も降らず進んで行く。
 それから程なくして、王家の紋章が深く刻まれた厳かな扉の前で、2人は立ち止まったのであった。
 アヴェル王子はそこで扉をノックする。
「父上……アヴェルです。遅ればせながら、参上しました。ウォーレンとコータローさんも一緒です」
 中から、低い男の声が聞こえてきた。
「……入るがよい」
「では失礼します」
 アヴェル王子は扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。
 それから俺に振り返り、中に入るよう促してきたのである。
「どうぞ、中へ」
 俺はそれに従い、扉の向こうへと足を踏み入れた。
 そこは豪華な寝室であった。部屋の大きさは30畳程で、結構広い。天井には煌びやかなシャンデリア、壁には絵画や騎士の彫像が並び、床には紺色の絨毯が敷かれている。
 部屋の中心には豪華な装飾が施された天蓋付きのベッドがあり、そこを取り囲むように、高貴な衣服に身を包む14名の者達が椅子に腰掛けていた。
 その中には俺の知っている人々もいた。ヴァロムさん、ディオンさん、シャールさん、ヴォルケン法院長、ヴァリアス将軍、ソレス殿下である。
 他は知らない方々であったが、ソレス殿下がいるところを見ると、多分、イシュマリア八支族の太守達だろう。
 また、その他にも、耳の長いラミリアンの美しい女性がいた。この方は恐らく、ラミナス公使の女性に違いない。
 そして、それらの方々の中心にあるベッドには、威厳ある顔付きをした初老の男がおり、今は半身を起こし、こちらへと視線を向けているところであった。
 勿論、見覚えがある御方だ。アヴェル王子の父君であるイシュマリア王・アズラムド陛下である。
(といっても、向こうは覚えていないだろうが……)
 まぁそれはさておき、俺達が室内に入ったところで、アズラムド陛下がヴァロムさんに語り掛ける。
「ヴァロムよ、この者が?」
「左様でございます、陛下」
「そうか……」
 扉を閉めたところで、アヴェル王子が俺に耳打ちする。
「コータローさん、私達と共に父の前へ」
 俺はアヴェル王子に続いて、ベッドの前へと移動した。
 そこでアヴェル王子とウォーレンさんが跪く。
 俺もそれに倣い跪いた。
「父上、遅れまして申し訳ございません。先だって申し上げました、コータロー殿をお連れ致しました」
 アヴェル王子は俺に目配せをする。
 挨拶をしろという事だろう。
 少し緊張したが、とりあえず、粗相のないように挨拶をする事にした。
「お目に掛かれ光栄でございます、アズラムド陛下。我が名はコータローと申します。そちらにおられるヴァロム様に師事を仰ぐ者にございます。本来ならば、もう少し早く、ご挨拶に伺うべきところでしたが、先の戦いでの負傷で、それが叶いませんでした事をまずは深くお詫び申し上げます。申し訳ありませんでした」
 アズラムド陛下は居ずまいを正し、静かに口を開いた。
「我が名はアズラムド・ヴァラール・アレイス・オウン・イシュマリア。第50代イシュマリア王である。コータロー殿……礼を言うのはこちらの方だ。此度はイシュマリアを魔物達から救って頂き、感謝申し上げる。ここにいる者達から、貴殿の武勇は聞いておる。貴殿の活躍により、この国は魔物達の脅威から守ることができたのだ。貴殿への礼は皆の前でしたいと思っているが、今はこの通り、私も病に臥せっておる身。今日のところは、このような形の礼でご勘弁願えるであろうか」
「私のような者に勿体無いお言葉であります。陛下もお身体を大事になさってください」
「ありがとう、コータロー殿。さ、面を上げ、そちらの空いている椅子に掛けられよ。アヴェル達も空いている椅子に掛けるがよい」
 俺達はその言葉に従い、空いている椅子に腰かけた。
 そこでアズラムド陛下は皆の顔を見回し、話を切り出したのである。
「さて……これで全員揃ったようだな。では、極秘会談を始めるとしよう……ヴァロムよ、ラー殿を出してもらえるであろうか」
「では」
 ヴァロムさんは頷き、ラーの鏡を皆の前に出した。
 そして、限られた者だけの極秘会議が始まったのである―― 
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