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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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暁の奇襲

 対『リバースド・ナイン』のミーティングを終えてから3日。継続的にネガスペクトラム観測は続けてはいたものの、最後に観測衛星が捉えてからその足取りはぷっつりと途絶え、同時に他の艦隊への被害も無くなった。『誰かが息の根を止めたのでは?』等という楽観的な意見も出始めていたが、粛々と準備を進めて此方へ来る支度を整えているニライカナイ艦隊の報告を聞く限り、まだ油断は出来ない状況にあると俺は思っていた。……が、常に張り詰めているというのは肉体的にも精神的にも疲労がたまる物だ。

-A.M5:00・ブルネイ鎮守府敷地内、夜間見張り員詰所-

「うぃ~す、ただいまー」

「おかえりー、異常は~?」

 巡回から戻った長波を、他の警備班の面々が出迎える。彼女達はブルネイ第一鎮守府の中でも拠点防衛の為に組織された警備班の班員であり、その任務は鎮守府内への侵入者及び敵偵察機の発見・対処である。

「ある訳無いじゃんwこの時間だぜ~?侵入者に関しては鬼の班長サマが見張ってるし、この薄暗さじゃ敵機も飛んでこねぇって」

 長波はケラケラ笑いながら、眠気覚ましのブラックコーヒーを啜る。夜間警備というのはほぼ艦娘の技術を盗みに来るスパイへの対策であり、敵の侵入はほとんど想定されていなかった。夜間の暗闇の中で陸上構造物を爆撃するのは至難の業であり、そもそも、この堅牢な鎮守府に攻めてくる程敵も愚かでは無いだろう、というのがこの鎮守府に所属する艦娘達の中に生まれていた考え方だった。

「こ~らっ、油断は禁物。ただでさえ今はこの辺りの海域をネームレベルが彷徨いてるんだから」

 そう言って詰所に入ってきたのは、警備班の班長である川内。詰所内にいたメンバーに緊張が走るが、

「あたしにもコーヒーちょうだい。交代の娘はすぐに出てね」

 そう言って椅子に腰掛け、見張りの交代を促す。どやされるんじゃないかと張り詰めていた部屋の空気が一気に弛緩する。交代の娘が装備を整え、バタバタと詰所を出ていくのを眺めながら川内はコーヒーを啜る。

「あの……川内さん?」

「ん?何?」

「やっぱり攻めてくるんですかね?例の……ネームレベル、でしたっけ?」

 この鎮守府がネームレベルに狙われている可能性が高い、というのは提督と一部の幹部的ポジションにある艦娘達とのブリーフィングの後に所属艦娘全員に伝えられた。当初は動揺が拡がったものの、それはすぐに終息した。提督達が騒ぎの沈静化に努めたというのもあるが、それよりも『ネームレベルの脅威を理解できていない』という方が影響が大きかった。

 以前にもネームレベル討伐を成し遂げたニライカナイ艦隊の援護(?)をしたことのあるブルネイ第一鎮守府ではあったが、その作戦に参加したのは半分どころか1/4にも満たない数の艦娘である。現地であの化け物を目撃した者達はその警戒を強めていたが、それを知らない大多数の艦娘達が『大したことないんじゃね?』と楽観的に考えていたからだ。現役の提督の中でも殊更に厳しい訓練を課すことで有名な提督の下で鍛えられた自負があった……しかしそれは時に、『慢心』へと繋がるというのに。

「私個人の見解を言わせてもらえば……来るね、絶対に」

 そんな中、数少ないネームレベルを実際に目撃した事のある川内はそう断言した。

「奴の目的は恐らく、こっちの航空戦力の壊滅。たった一騎で……と思うかも知れないけど、アレは私達の知っている深海棲艦とは規格外の化け物。出来ないとは言い切れない」

「でも、それが鎮守府を襲うのとどう関係が?」

 詰所にいた駆逐艦の1人が疑問を呈した。

「それこそ、真珠湾攻撃と同じでしょ。わざわざ敵が殺意剥き出しの時に襲う必要は無い。寝込みを襲うのが一番簡単なんだから。それにウチはこの辺で一番の規模を誇る鎮守府だよ?だからこそ狙われる可能性が高い」 

 そう言って川内は黙り込み、コーヒーを黙々と啜る。何かは解らないが、チリチリと肌を刺激してくるような物を感じて知らず知らずの内に焦燥感に駆られている……そう自己判断を下す。




……そしてそれは、気のせいではなかったのだと間もなく証明される事になる。


-AM5:30 『Bar Admiral』店内-

「いやぁ、今日も稼いだなぁ」

「……お疲れ様です、店長」

 客の居なくなった店内で、閉店の為の最後の後片付けをこなす店主とその助手。知っての通り店主はこの鎮守府の提督であり、助手はこの鎮守府に所属する駆逐艦『早霜』。コンビを組むようになって数年、2人の間には少なくともこの店内では上司と部下という関係性は消え失せていた。

「しっかしまぁ平和だねぇ……」

「ふふふ、ダメですよ?ネームレベルに狙われているんですから……」

「わ~ってるさ。ただな、ここまで平凡な日々が続くと張り詰めていた気も弛んでくらぁな」

 そう言って提督はポケットにしまってあった煙草を取り出して咥えると、コンロで点火してぷかりとふかす。

「あ、残り1本しかねぇや。起きたら買ってこねぇとな……」

 妙に軽かった煙草の箱を覗き込み、ぼやく提督。もうすぐ就寝するという、気の抜ける時間……そんな静寂をけたたましいサイレンの音が破った。

「な、なんだァ!?」

「これは……空襲警報!?まさか!」

 バタバタと窓際に駆けていく早霜が窓を開け放つと、港湾部の方に機銃掃射の光の帯が無数に見えた。総員起こしが掛かる少し前、夜警の人員も気を許す時間帯を、奴等は……否、『奴』は狙っていたのだ。

「野郎……やりやがった!」

 海岸線を黒く白く埋め尽くすように此方に向かってくるのは、海面すれすれを飛ぶ深海棲艦が飛ばしてくる艦載機の群れだ。それも無数に。まるで10隻以上の空母棲姫が一斉に発艦させたかのような物量だ。しかも海面すれすれを飛んでくるお陰で、機銃掃射の効果が薄い。夜間飛行から早朝に奇襲。そして艦載機の飛び方。これではまるで……

「パール・ハーバーの真似事でもしようってのか糞が!」

 パール・ハーバー。日本がアメリカに仕掛けた奇襲攻撃。その戦果は港と多数の艦艇を破壊し、アメリカの怒りを買い、航空機の有用性をまざまざと見せつけ、太平洋戦争の火蓋を切って落とした出来事だ。それを深海棲艦が、存在する国は違えど日本の鎮守府に仕掛けようとは何たる皮肉か。

「あの腐れ烏共を生かして帰すな!1つでも多く叩き落とせぇ!」

 窓から身を乗り出して提督が叫ぶ。艦娘の宿舎から、夜警の詰所から、様々な所から艦娘達が飛び出し、各所に配置された機銃座に取り付いて上空の敵機を狙う。平和に1日が始まるはずだった鎮守府の敷地内は突如として硝煙の臭いと炎舞い踊る戦場へと化した。

「クソッタレがぁ……っ!」

 その慟哭を向けたのは果たして、敵機に向けてか己自身に対してか。いつも不敵に笑って泰然自若に構える提督には珍しい、明らかな動揺。そのせいで提督は窓に向かって突っ込んでくる深海棲艦の戦闘機に気が付くのが遅れた。

「しまっ……!」

「司令、伏せて!」

 咄嗟に早霜が飛び掛かってきて、提督を押し倒した。強かに顎を床に打ったが、そんな事はどうでもいい。何故なら、突っ込んで来た戦闘機が機銃掃射をして執務室が穴だらけにされたからだ。早霜が押し倒してくれていなければ、穴だらけになっていたのは恐らく、執務室ではなく提督自身だっただろうから。

「司令、このまま。攻撃が止むまで、このまま……」

 早霜が提督を床に押さえ付けたまま、耳許でそう囁いた。その身体は小刻みに震えていた。床から伝わってくる爆発による震動は、それから1時間近くも続いていた。


 
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