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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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90話:処罰

宇宙歴794年 帝国歴485年 4月上旬
首都星オーディン リューデリッツ邸
パウル・フォン・オーベルシュタイン

「今回の件は、事前に手が打てて良かった。おそらく親族になる家のご当主だ。オーベルシュタイン卿、良くやってくれた。領地の接収については、シェーンコップ男爵に担当してもらう。過去に因縁のある相手だからな。けじめをつける意味でも良いだろう」

「承知しました。ミューゼル卿についてはいかがいたしましょう?情報部での担当者にしても良いですし、憲兵隊から捜査協力名目で分隊を率いさせてもよろしいと存じますが......」

「一度実践させてから憲兵隊の勤務を本格的にする方がスムーズだろう。憲兵隊を率いさせる方向で手配してくれ。それと当然ながら標的は汚職の権化だ。各部署の情報提供者を焙り出す機会にもなる。そちらの方も手抜かりは無いと思うがよろしく頼む」

「承知しました。すでにケスラー准将とも事前打ち合わせは済ませております。事が進めば、問題なく焙り出せると存じます。オフレッサー大将から『地上戦があるならご恩返しがしたい』との旨、承っておりますが、いかがいたいましょう?」

「彼も見掛けに反して律儀な男だ。とはいっても彼は装甲擲弾兵副総監だ。副官宛に『治安維持も含めれば半年はかかる』旨を打診したうえで、回答をもらってくれ。助勢は有り難いが、組織的に不都合が生じては、本末転倒だからね」

「承知しました。私見ですが、オフレッサー大将はどちらかというと現場の方ですし、今回は助勢いただいた方が、後腐れが無いかもしれません。その辺りも先方と相談したいと思います」

「うむ。その辺りは実務担当者が良いように進めてくれればよい。何かと横槍を入れられたが、この処置が済めば『劣悪遺伝子排除法』の廃法も実現するだろう。結婚の祝儀には遅れたが、これでやっと『舅』として面目が立つな。引き続きよろしく頼む」

一礼をしてから、伯の執務室から退室する。地球教の捜査に関連した麻薬事件では逃げ切れたものの、今の帝国の状況は政府・軍部・大領を持つ門閥貴族がお互いに領分を侵さないという暗黙の了解を基に一見安定しているような状況を維持してきた。それを崩すようなことを仕掛けたからには、最悪、軍部と政府の対立に発展しかねない。
圧力をかける意味を兼ねて、軍部系貴族の邸宅には装甲擲弾兵と憲兵隊から護衛部隊を派遣している。同じ帝国貴族としてはなさけない話だが、わがままな子供のしつけと同じだ。あちらが一線を越えた以上、こちらとしてはしかるべき処置がされないなら実力行使も辞さないと、察しが悪い方々にもわかるように示したわけだ。ここまでしなければならないとは、政府系貴族の人材も枯渇しているのかもしれない。

事の始まりは昨年末のフレデリック様の『単独演奏会』から始まる。開演までの時間をより有意義なものにしたいという意図と、終演後の観客たちの退館のタイミングをなだらかにする意図から、若手の芸術家の作品の展示会が併せて催された。その場で、既に売約済みの作品を、強引な手法で作品を買いたたくと評判のバイヤーが強引に買い取ろうとした。お相手はリューデリッツ伯爵家のご嫡男、アルブレヒト様だ。
それだけでもなかなか空気を読める御仁だと思うが、こちらが配慮して当人を宮廷警察に引き渡す所で留めた。かなり配慮した対応だと思うが、かの御仁の感性は我々とは異なるらしい。何を思ったのか、『面子を潰された』と判断したらしく、主催者であるヴェストパーレ男爵家のご当主夫妻への暗殺を報復措置として企てた。
宮廷警察に引き渡したバイヤーがやけに早く釈放された時点から監視を付けていたし、暗殺の実行役はすでに確保して、『丁寧な尋問』の下、過去にも商人や富裕層を相手に、同じようなことをしていたことが判明している。この状況で、政府が甘い対応をするなら軍部との衝突を覚悟しなければならない。
国務尚書のリヒテンラーデ候の判断は分からないが、陛下は『帝国の安定』の為に現在の状況を容認されている。それを壊すような『強欲な豚』など、いい加減ゴミ箱に投げ入れる時期だとご判断されるだろう。さすがに役職までは軍部系貴族が担当しないと思うが、一先ず正確な状況を関係者に通知して、手配を進めておこう。

執務室から遊戯室へ戻ると、シェーンコップ男爵が寛いでいた。この後に伯から色々とご指示を受けるのだろう。

「オーベルシュタイン卿、今回の件は恩に感じている。まさか伯との縁のきっかけがこんな因縁を持ってくるとはな。ケジメを付ける場が巡ってくるとは思わなかった」

「それを言うなら私も同様だ。まさか『劣悪遺伝子排除法』が廃法になる事が現実味を帯びる日が来るとは思ってもみなかった。新米男爵同士だが、『公爵』と言えども因果応報からは逃れられぬのだと授爵してすぐに実感するとはな」

「俺からすると、よくもまあこんな長期間のさばったものだとむしろ感心しているがな。俺との因縁はまだ5歳だった時の話だ。政府系の人材は枯渇しているようにも見える。伯の役割がさらに大きくなるかもしれんな。もっとも、ご本人はそんな事を望んでおられないのであろうが......」

シェーンコップ男爵が少し寂し気に肩をすくめる。伯の本懐が『事業家』にあることは私たちには分かっている。伯には軍人としての才覚もおありだったが、政府系貴族にでもお生まれになられていたら帝国は更に発展していただろうし、フェザーンにお生まれなら、宇宙に名をはせる大商人になられていただろう。そういう意味ではご次男のフレデリック様が音楽の道を選ばれ、大成されつつあるのは喜ばしい事なのかもしれない。
ご嫡男アルブレヒト様も本懐は軍人にあったが、才覚は『事業家』にあった。傍でみていて御いたわしい思いがあったし、そういう意味で私自身もフレデリック様が音楽の道で大成されつつあるのを喜ばしく思っていた。

「私としても、我々の領分で好き勝手させる訳にはいかんしな。フレデリック様の大切な方のご両親があれに手を出される事など黙って見過ごすわけにはゆかぬ。あの方が大成するほど、心の慰めになる者がたくさんいるのだから」

「たしかにな。それに事の発端になった絵の作者であるメックリンガー中佐との縁を繋いだのも俺だしな。良縁にする為にも、けじめを付けるつもりだ。手数をかけるがよろしくな」

そう言い残して、シェーンコップ男爵が入れ替わる様に伯の執務室へ歩みを進めて行った。天の邪鬼な所があるが、伯への『忠誠心』という面では、私も見習うべき所を感じる漢だ。冷静な態度を取っていても、内心はハラワタが煮えくり返っているだろう。私のとっても他人事ではない。しっかりサポートさせてもらおう。

遊戯室から玄関に向かい、同じ敷地内に新設された『オーベルシュタイン男爵邸』に向かう。今日は昼餉はフリーダ嬢と共にする予定だ。我が家の執事だったラーベナルトも妻ともども新居に移り、日々楽し気にしている。この温かい日々を守るためにも、励まねばなるまい。


宇宙歴794年 帝国歴485年 4月上旬
首都星オーディン 新無憂宮
ゲルラッハ子爵

「陛下、お呼びと聞き参上いたしました。リヒテンラーデでございます」

「ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます。ゲルラッハでございます」

跪いて、名乗りを上げる。既に呼び出された理由は承知している。リヒテンラーデ候から軍部系貴族にだけは『あの強欲』の矛先が向かぬようにとご指示頂いていたのに、この始末。本来ならおめおめとこの場に同席するわけにはゆかなかったが、政府系貴族には人材がいない。後始末を担当する事で処罰とする旨、すでに伝えられてはいたが、忸怩たる思いは消えていなかった。

「現在の帝国は政府・軍部・大領を持つ貴族がお互いの領分を侵さぬことでバランスを保っておった。儂も臣下たちがそれで安定するなら口出しはせぬつもりであったが......」

「ははぁ......。此度の事、面目次第もございませぬ。あの者も『公爵』という地位にございます。いつかは貴族としての責務に気づくかと存じておりましたが、その配慮も徒労に終わったようです。ここに至りましては、致し方なきかと......」

そこまで言い終えると、候は深々と頭を下げられた。私も一緒に頭を下げる。なんとか私が抑えられればこんな事にはならなかった。ふがいない気持ちが胸に広がる。

「処分としては、財務尚書からの罷免、相当な金額の罰金をと考えております。これをもって一罰百戒とさせていただければ幸いに存じます」

「うむ。それで軍部系貴族が納得するのじゃろうか?儂の手元にも資料は届いておるが、下級貴族や商人相手に殺人・恐喝・詐欺のオンパレード。その上、今回の件じゃ。そのような対応で軍部が納得するとは思えぬが?穏便にと配慮したにも関わらず、宮廷警察は見逃す判断をしたのも良くなかったな。このままでいけば『政府全体』が今回の件の共犯者だと判断しかねぬぞ?」

「しかしながら曲がりなりにも『公爵家』です。これ以上となると『お取り潰し』となりますが、そうなれば門閥貴族がどう判断するかわかりませぬ。バランスを取る意味でも良かろうと判断したのですが......」

「その判断では軍部が納得せぬ以上、バランスは崩れる。まずは直近の問題を優先すべきではないかな?それを誰がどう判断するか?は、問題を片づけてから取り組めば良かろう?軍部の政府への不信感はかなりの物じゃ。自ずと答えは出ておろう?」

『公爵家』がお取り潰しになるなど、大逆罪以外では前例のない話だ。門閥貴族の反応を考えれば候はそこまで踏み込めなかったのであろうが、自分たちが役目を果たす中で、横目に映る政府は、汚職と麻薬にまみれ、自浄作用もないとなれば厳しい目を向けられるのも致し方ないだろう。しかしながら『公爵家』を取り潰すまでの判断がされるとは私も思っていなかった。

「では、『お取り潰し』という事で、私の方で判断を下します。確かに宮廷警察までも関与した以上、今回の件は軍部に配慮せねばなりますまい。大変心苦しい所でございますが、領地の接収・捜査に関しては軍部に一任する形といたします」

「それがよかろう。儂がもう少し早く決断していても良かったが、政府にだけ口を挿むわけにもゆかぬでな。苦しい判断をさせてしまったな」

そう言い残すと、陛下は内密の謁見によく使う一室から退室されていった。少なくとも『公爵家』の処分は決まったが、処分が『お取り潰し』となった以上、関与した人間も軽い処罰では済まないだろう。

「主犯に厳罰が下る以上、関係者にも相応の罰が必要になろう。本丸の捜査は軍がするとしても、拘束と余罪の有無、そして接収される財産から被害者への補償も行わねばなるまい。もう間違いはできぬ。苦労を掛けるが儂とお主で担当するしかあるまい」

候が寂し気につぶやかれた。なんとかバランスを取ろうとした結果、同じ政府系貴族がそれを壊そうとした。候からすれば地球教の件に続き、背中から撃たれたような物だろう。微力ではあるが、せめて私ぐらいは候をお支えせねば......。候の足を引っ張る政府系貴族に私は憎しみさえ感じていた。
 
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