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ツインズシーエム/Twins:CM ~双子の物語~

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ツインレゾナンス
  第22話 追い風と向かい風


 事態を終息に向かわせるために動いたミストと、自分の願望を叶えるために動いたエースが向かい始めた先である、夜の森。

 その中では、セレシアとエアードの戦闘が──否、その展開は、戦闘というにはやや一方的過ぎた。

 セレシアはただでさえ薄くなる傾向のある夏の涼しげな服装の上から切創を作り、布切れ一歩手前の、血染めの衣服を身に纏う痛々しい姿と成り果てていた。トレードマークともいえた風になびくポニーテールも、結ぶものを失った今は下ろされた状態となっており、時折風で少しだけ髪が顔にかかることもあった。

 対するエアードは、少しローブに切れた痕跡が見られるだけで他に目立つ傷はなかった。息を乱すこともなく、悠然とそこに立っている。仮面は外したままだが、それにも傷は入っていない。


 2人の立ち姿にこれほどまでの圧倒的な差が出来ているその最たる理由は、属性同士の相性によるものであった。

 セレシアが使用する炎属性に対して、エアードの使用属性は風。強すぎる風に対して炎がすべて吹き消されてしまうせいで、セレシアの炎属性魔法は相性が悪かった。おまけに、剣を使う鍔迫り合いにおいてもセレシア自身が非力という理由で相性が悪く、不利な状況に拍車をかけている状態だ。

「はぁ……はぁ……」

 よって、セレシアはエアード本人にほとんどダメージを与えることが出来ずに、今のこの状態になっていた。成す術なしに限りなく近い状況でなんとか立っているだけである。

「髪型を同じようにするとよく分かりますね。似ていることが」

「当たり前じゃない。双子なんだから」

 エアードにとっては何かが気に入らなかったのか、不快感をにじませた発言が飛び出す。

 その声に当たり前だと反応するのがセレシアのせめてもの反撃。言葉ではダメージは一切与えられなくとも、気分だけは折れてはいけないと思った。

 それは、戦っている最中に思い直して生気を取り戻し、妹を取り戻したいと思ったが故のもの。ミスしたならその分取り戻せばいい、という、いつだったかミスしていた自分がもらった言葉がそうさせた。

「やはり、あなたは消さなくてはならない。まぁでも、体つきも同じとなれば使われ方はあるでしょうけどね」

「そういう目で見てたの?」

「まさか。美しいフローラさんを、まがい物であるあなたと一緒にしないでいただきたい」

 辟易しそうなほどの崇拝っぷり。今までフローラに惚れ、フローラに付きまとう自分を疎ましく思った人がいなかったわけではないが、それと怒らないかどうかは別問題。まがい物呼ばわりされたことも含め、セレシアは今すぐに一発いれてやりたいと思った。

 だが、それは未だ叶わぬ望みであり、これからも叶いそうにない。それが悔しくはあったが、自分で自分を絶望させてしまう前にその考えに白いペンキをぶちまける。

「でも、あたしをこうやって攻撃してることがバレたら、フローラはあなたには振り向かないよ」

「どうせあなたは死にかけ。このことはせいぜい墓場にしか持っていけないでしょう。彼女の元にたどり着けても、誰もそこからは抜け出せませんよ」

 今こうして会話していることが時間稼ぎであることは、多分相手も分かっている。それでも、セレシアに残された道は時間稼ぎしか残っていない。それほどまでに成す術がない。

「なら、その墓場に行く前に1つだけ。フローラが狙いのはずなのに、色々とこうしてるの、聞かせてよ」

「そんなもの、あの双子はどちらも逃走の妨げになり得るからに他なりません。まぁ、兄の方はそれ以上に個人的な恨みがありましたがね。それはまた別問題です」

 ここまでのことをして引きずり出したのだから、十分な対策はすでに行っている、ということだろう。偏見かもしれないが、執着心が起こした行動とは思えない相手の用意周到さに対して、セレシアは心の中で嘆くしかなかった。

 ただ、1つだけ、セレシアには自分が狙われる理由だけは分からなかった。それを時間稼ぎのネタにしようと、彼女は再び口を開こうとする。

 しかし、エアードの発言がそれを遮った。

「ついでに1つ訂正しておきましょう。彼女を狙ったことは僕の目的と関係はあれど、目的そのものではありません」

「え?」

 そう言われても、セレシアには全く理解できなかった。誘拐しておきながら目的そのものではないということ。金目当てではないことは分かっているが、それでも理解には至らない。

 そんな、戸惑いを見せるセレシアに対して、エアードから衝撃的なセリフが放たれた。

「あなたの方がむしろ狙い目です。あなたを殺し、唯一無二の美しさに纏わりつくゴミクズを消すことが目的。つまりあなたの今の行動はまさに飛んで火にいる夏の虫です」

 この言葉を聞いた直後、セレシアは強烈な震えに襲われ、背筋を流れる冷や汗が止まらなくなった。

 本当に狙われているのは自分。だからこそ、フローラを一時的に隔離する必要があったということ。すべてを理解するための最後のピースは、あまりにもどす黒い現実であった。

「さて、もうそろそろ命乞いはよろしいですかね? こちらとしては、時間稼ぎされるのは気に食わないのですが」

 そして迎えた、タイムリミット。せめてミストが来るまでは持ちこたえようと思ったのだが、どうやらそれも叶わないようだ。当たり前と言えばそうではあるが、このままやられっぱなしで役目を終えるくらいなら少しくらい報いてやりたいところ。

 これから、あとどれだけの時間を持ちこたえることが出来るか。

 それに関してはもうほとんどないと言ってもいい。もってあと5分あれば花丸を自分にあげてもいいくらいにしか、セレシアの体力気力は残っていない。魔力だけは大量に残っているが、魔法が使いづらい今の状態ではあったところで何の役にもたたない。

「なんとかしなきゃ……」

 自分を奮い立たせるようにそう言うセレシア。今の自分の姿を誰かが見たら、色んな感想が聞けるのではないか。そんな下らないことを考える余裕を無理やり作り出して、すぐそこにあるかもしれない最後を無理やり引き延ばす。

 無理やりを重ねた、醜い足掻き。今の自分にはちょうどいいのではないか、という自虐も出てくる。それは全部、身体の震えを消すための空元気。背中を這う恐怖に勝つためのもの。

「ダメかもしんないけど……っ!!」

 セレシアが繰り出したのは、炎属性の爆発魔法『ブラム・エクスプロージョン』。爆発を起こすその魔法は夜の森には合わないが、あれこれ考えていてはダメだと自分の迷いを振り切るように、前方に放つ。

「ぐうっ!?」

 エアードのうめき声が爆発の向こうで聞こえる。間違いなく意表をついたその攻撃ならば、相手にダメージを与えられると踏んでいた。

「いやぁ……危機一髪でした。危ないものですね」

 しかし、爆発による土煙が晴れたその向こう側では、エアードが地に足をつけて立っていた。相当な威力だったはずなのだが、フードがとれただけで、まだ余裕がある様子だ。おそらく、風によるクッションで木への衝突を避け、緩衝も行ったためか。

「くっ……」

 またも思うようにいかないその光景を見て、セレシアは唇をかんだ。意を決して放った魔法が大した効果を望めなかったことが悔しかった。

 そしてそれは彼女が見せた一瞬の、本当にコンマ数秒の完全な隙だった。

「がは……」

 一瞬で距離を詰めたエアードが、セレシアの腹部から胸元にかけて、風による攻撃で抉るように切り裂く。これまでとは違う、確実に命を削りに来ている攻撃には当然耐え切れず、セレシアは後ろに仰向けの状態で吹き飛んだ。

「げほげほっ……」

 反射的に後ろに飛んだためか、傷はそこまで深くはなく表面を削った程度で済んだ。

 だが、身体に蓄積していた痛みの方はもう限界だった。重くなった身体はもはや言う事を効かなくなっていた。

 ミスト、もしくはエースが来るまで逃げられないようにするための時間稼ぎ。それを行うために必死で耐えてきた時間は、どうやらこれ以上は伸びないらしい。

 自分の足元よりも先から、足音が聞こえて来て、それは自分の横で止まった。仰向けに倒れこんだままの状態で目に入ったのは、自分を上から覗き込むエアードの視線。

「無様ですねぇ……」

 口角を吊り上げ、満身創痍のセレシアを見て笑うエアード。一発とは言わず何発でも殴れそうな距離だったが、体が言うことを聞かないのだからどうにもならない。

「がはっ……!?」

 そんな成す術なしのセレシアを痛めつけるかのように、エアードは思い切り踏みつけ始めた。

「あう……んぐぅ……」

 体に走る衝撃が傷へと走り、痛みを強めていく。加えて時おりねじ込むような動きをするためにこらえきれず、声となって漏れだし始める。そんなセレシアの様子が見られてたまらないのか、エアードの顔には狂ったような笑みが貼りついていた。

「おっと、そうだ。この距離でなら、剣も狙いを外せませんねぇ……」

 踏みつけながらのその発言の傍らには、月光に煌めく無慈悲な刃があった。

 この距離では、言葉通りその切っ先を避けることは叶わない。急所を外せても時間が伸びるだけだろう。このような形での余命宣告は、受け入れる他なかった。セレシアに出来るのは、ただひたすらに涙を溜めることだけだった。

「では、さようなら」

 もう二度と、妹の姿を見ることは叶わない。無念を抱きながら、セレシアは迫りくる切っ先から目を逸らした。




 だが、その後に感じるはずの鋭い痛みと温かな感触は、永遠に訪れることはなかった。

「『ヴィント・ディレクションアロー』!!」

 魔法の詠唱が聞こえた次の瞬間には、エアードのうめき声と共に、セレシアの周囲を風が揺らした。

「間に合った!」

 今自分とその周りはどうなっているのかを確認するべく恐る恐る目を開けると、そこにはミストの姿があった。それを見たセレシアは身体を起こし、自分の目に溜めていた涙を拭った。

「遅い。死ぬかと思った」

 満身創痍の身でありながらも、セレシアは声だけは元気さを忘れずに出す。

 セレシアの方を振り向いたミストは、それを見て少し悲しそうにしていたが、すぐにいつもの表情に戻った。

「色々としていたら遅れたんだけど……まぁ、これで許してよ。僕だって、何もしなかったわけじゃないんだから」

 その口から発せられた、代名詞だらけの言葉。聞いた直後は、セレシアにとっては意味が分からない。

 すると、セレシアの向きでいう右の方から、足音が聞こえてくる。荒い息遣いも聞こえてくるのは、その相手が走ってこちらに向かっているからだろう。

「セレシア!!」

 その数秒後には、同じ方向から聞き覚えのある声が聞こえてきた。同時に、ミストの代名詞だらけの言葉の意味も、きちんと理解した。

 それは、もう聞けないかもしれないと諦めかけたもの。自分に向けて駆け寄ってくる姿に、死にかけの身ながら笑みがこぼれる。

 チャームポイントのカチューシャについたリボンをたなびかせるその姿は、自分の妹──フローラ・スプリンコートで間違いない。唯一無二の大事な妹を、見間違えるはずがない。

「大丈夫!?」

 フローラのこの問いの答えは、その姿を見れば一目瞭然だ。傷を負い、血を流し、土にまみれているその姿は、普段では絶対に見ることのない、異常さを際立たせるものだ。

 だが、せめてもの気遣いを、と、セレシアは笑顔で答えた。

「うん、大丈夫」

「……すぐに治療してあげるね」

「あんまり使うと大変だから、最低限でお願い」

 離れていた時間はわずかでも、その僅かの間に開こうとしていた距離の分だけ、姉妹は再会の喜びをかみしめる。それはミストも同じであり、その場にいる者は1人を除き、喜びが心の中にあった。

 その除かれた1人──エアード・ヴィラノローグだけは、その光景をいつの間にかつけていた仮面の下から、おそらく驚きの色に染まった表情で見ていた。

「お前、どうやって……」

「忘れたのかい? 僕は風属性魔法の使い手だよ。その中に、探知魔法もあるんだよね。それを使わせてもらったってわけ」

「いや、もう一人いたはずだろう……?」

「ああ、いたね。ちょっと地面に口づけしてもらったよ。まぁ僕は風属性しか使えないから魔法のレベルとしてはすぐに回復出来るものでしかないし、時間はあまり稼げないだろうけども、それだけあれば十分助け出せる」

 相手の質問に次々と答え、飄々としているミストのその姿は、まさに余裕を体現したものだろう。

 そのミストは一旦エアードから視線を外し、セレシアを治療中のフローラに向けられる。

「スプリンコートさん、来る途中に言ったことは覚えてる?」

「うん、覚えてる」

「なら、その通りに頼むよ」

「分かった」

 ミストとフローラの間で繰り広げられるやりとりの内容は、もちろん2人にしか分からない。

 しかし、それが状況を打開するために必要なことなのだろうと、セレシアは何となく予想していた。

「セレシア、私に家までの道を教えてくれる?」

「うん」

 それ故に、フローラの頼みに二つ返事をした。大好きな妹を完全に救い出すためにやらなくてはならないことを拒むことなど、あるはずがない。


 その結果としてその場から離れるため、今まで戦っていた相手に背を向ける形になる。当然そのような隙を自ら作り出せば、狙われないはずがない。詠唱なしで放たれた風魔法が、2人に向けて一直線に飛んでいく。


 だが、エアードの相手はもうすでにセレシアではない。

 直撃する手前で横から相殺するような風が放たれ、合わさった2つの風は綺麗に消滅する。その向こう側で、自分の新たな役割を果たそうと、セレシアとフローラはこの場から離れていったのだった。







 エアードの魔法を阻止し、姉妹が自分の告げたような行動をとるのを見送るミスト。

「今の相手は僕だよ。大切な人達を傷つけられたんだから、一発殴るだけじゃ気が済まないね……と言いたいところだけど」

 自分の言葉を自分で否定する様相は、やはり余裕綽々に見える。

 しかしながら、その言葉の端々には静かな怒りが見え隠れしていた。彼とて真っ当な人間である。大切な人を傷つけられれば怒りもする。その対象が誰なのかを言わないあたりは、ミストらしさも残る言い回しだが。

「僕よりもこの場にもっと適任で、君を叩きのめしたい人がいるんだ。来るまでは待たないとね」

 その一発を入れたい人物のために、彼は一度見捨てた。すべては、自分の道標となった彼のために。

「さぁ、前座といこうか。エアード・ヴィラノローグ。今宵の幕は、まだ下ろさせない。けどすぐに降りるように、僕が手助けしてあげるよ」

「いいでしょう。前座を捻り潰して、さっさと後座に入りたいものですね」

 風と風、同じ属性を主とする使い手同士が、月光降り注ぐ木立の中で静かに激突した。 
 

 
後書き
颯爽とミスト・スプラヴィーン登場! スプラトゥーンじゃないよスプラヴィーンだよ、というネタと共に後書きを始めたいと思います。にしても颯爽って単語がミストにピッタリだな……

今回の話は前回と前々回の話から繋がる流れを1つにまとめたような感じになってます。森の中で戦闘中のセレシアに突きつけられる恐ろしい現実と、それを阻止すべく現れたミスト。しかもフローラを救出済みというおまけつきです。なんかあっさりしすぎててなんかあるなと疑われてしまいそうな展開ですが、バリバリありますね。だってまだあと3話くらいありますし。

まぁ何はともあれミストvsエアードという似た者同士に見えなくもない対決となりました。そして前回体を引きずってまで森へと向かったエースの出番はあるのかも気になるとこだと思います。次回はどこまでいけるか分かりませんが、あともう少しだけ、この物語にお付き合いください。以上、KZMでしたっ! 
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