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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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彼願白書・逆さ磔の悪魔編-Side B-
  舞い込んだ厄介事

『やぁ私だ、ミスターブルネイ』

 電話口から渋めのバリトンボイスが聞こえてきた瞬間、俺の嫌な予感が的中したらしい事を何と無く察しちまった。電話の相手は壬生森……2~3度関わりが出来た本土の提督だ。艦娘が実戦投入され始めた黎明期に活躍し、一度現場を離れて内務省で官僚となり、再び提督へと復帰した男。そのやり口は狡猾を絵に書いたような手腕で、その見た目も相俟ってウチの連中(まぁ、俺も含めてだが)からは『狐野郎』と呼ばれている。そんな男が俺の所を訪れるか連絡を寄越してくる時には厄介事が発生した時か、厄介事を頼もうとしている時しか無い。いや、そんな事よりも今はどうしてもツッコまなきゃいかん事がある。

「な~んでテメェがこのケータイの番号知ってんだよ?アドレス交換なんざした覚えはねぇぞ?」

 俺は仕事用とプライベート用、2つのケータイを使い分けている。仕事用のケータイのアドレスは交換した覚えがあるが、プライベート用の番号は教えた覚えがない。

『実はここにも内務省、くらしの中に内務省、いつもそこにある内務省、だよ。私にとってはピザのデリバリーの注文も、知らないハズの君の私用のケータイへの電話も大して手間は変わらないのだよ』

 要するに、内務省の伝手を使って、俺のケータイの番号を調べやがったという訳だ。職権乱用甚だしい上に個人情報保護法はガン無視してやがる。ケンペイ=サンに通報してやろうか。

『……それに、君の仕事用のケータイに電話したところで、居留守を使って電話に出ないか、若しくは着拒されそうな気がしてね』

 鋭い野郎だ。そもそも誰が好き好んで、厄介事しか持ち込まない奴からの電話に出たがるだろうか?そんなのは仕事中毒のワーカーホリックか、ドMの変態か変人位だ。

「……まぁいい、それで?わざわざ俺に電話してくるたぁ、何か用があんだろ?」

 状況を察して、スマホをスピーカーモードにして、部屋の中にいる連中にも聞かせる。

『最近、南洋の方で暴れまわっている黒い空母がいるな?』

 壬生森の言葉を受けて大淀にチラリと視線を送る。解っています、とでも言わんばかりに頷いて、最近挙がって来ていた他の鎮守府からの報告書の束を黙って手渡してくる。この辺の以心伝心具合は、やっぱまだ金剛かコイツ位しか出来ねぇわな。手渡されたそれをペラペラと捲りながら流し読みでザッと中身をチェック。

「あぁ、幸か不幸かウチにゃ被害はねぇがな。あんまり他の鎮守府への被害が嵩むようなら、叩き潰さにゃならんと思ってたが……ありゃ沈んだんじゃねぇのか?」

 大淀に渡された資料の内容は、概ねそんな事が書かれていた。空母が組み込まれた艦隊ばかりを狙う、空母型の新型深海棲艦。新たな鬼か姫の出現かと騒がれていたが、何故だかウチには被害無し。襲われていたのかも知れんが、知らず知らずの内に撃退していたのか、或いは……なんて、沈んだ今じゃあ関係無い話か。

『ところが、だ。今回の私の仕事はその空母をキッチリと仕留める事だ。……何しろ、今までに5回も沈んだクセにしつこく蘇っているらしいのでな』

「なんじゃそら。その新型の深海棲艦が既に量産されてる、とかって話じゃねぇのか?その口ぶりじゃあ同じ個体が何度も復活してるみてぇな言い方じゃねぇかよ」

『あぁ、認め難いがそういう事だ。その上で電話の用件を単刀直入に言おう……囮になってくれ』





「ほぅ?俺達に囮をやれってか……言ってくれるじゃねぇか」

『ブルネイの切り札、南方のビッグパパ……その男が率いる精強な艦隊だからこそ囮役を持ち掛けているのだ。そこらの鎮守府の艦隊であれば、それこそ数を頼んで捨て石にでもしているさ』

 この狐野郎の言葉は嘘じゃねぇ……この男は提督を引退している。その際、当時存在していた海軍の全艦娘の2/3近くを磨り潰して深海棲艦の中でも化け物とされる『ネームレベル』を討ち滅ぼしているんだ。目的達成の為なら、犠牲は厭わない冷酷さを持ち合わせている。しかし、何故今回はそうしないのか?
暫く考えた後、問い質すように呟く。

「……そうしなかったのは、心境の変化かい?」

『何故そう思う?』

「ジジィから昔、アンタの戦いぶりを纏めた資料を見させてもらった。アンタにゃ悪いが、俺にはとても真似できそうにねぇ戦法だった」

 その資料から読み取れたのは、まるで艦娘を将棋やチェスの駒のように操り、最も効率良く短時間で戦闘を終わらせる運用だった。どれだけの犠牲を払おうとも確実に勝ち切る……覚悟はしていても、いざその状況に置かれた時に同じ事が出来るか?と問われれば揺らいでしまいそうな位には、俺は自分の育て上げたコイツら艦娘に、情が湧いてしまっている。

『称賛……という訳では無さそうだな』

「ったりめぇだろ。今のご時世にあんな戦い方してる奴がいたら、真っ先に俺が叩き潰してるさ」

 艦娘が実戦投入され始めた当時ならまだしも、今はもう艦娘にも人権が保証されている。それこそ捨て駒にするような戦い方をすれば、憲兵隊に即刻逮捕される程度には。

「……だが、あの当時俺が同じ立場で、どうあっても勝たなくてはならない状況ならば、とは考えなくもねぇさ。その頃に比べたら、俺達はまだ恵まれた環境だと思ってるよ」

『そう言ってくれるのなら、浮かばれる命もあるだろうな』

 その皮肉げな言い方が少し、鼻に付いた。

「……アンタは、後悔してんのかい?」

『たとえ20年前の“あの時”だろうが、更にその4年前の“あの時”に戻ったとしても、私は迷いなく選ぶ戦術は変わらないだろう。そう思う以上、今は後悔はない……のだと思う』

「後悔じゃねぇならなんだってんだ?禍根か?」

『ほんの少しの、自覚のある割り切られたハズのサバイバーズ・ギルトの半端な余り……なのだろうね、コレは。まぁ、そんな物でも年月を経れば多少は心持ちを変える位の事はするらしくてね?囮を捨て石にするのを嫌悪する程度には、私も日和見になったらしい』

 な~にがサバイバーズ・ギルトだっつの。要するに、昔犠牲にした奴等に対する罪悪感で苦しんでるだけじゃねぇか、気取った言い方しやがって。




「そりゃ日和見になったんじゃなく、欲張りになったんだろ?昔より。アンタはもっと自分の欲求に素直になりなよ、今俺がアンタの絵図に乗っかって、アンタから見返りを求めているみてぇによ?」

 電話越しだが、相手の浮かべている表情が手に取るように解るぜ。あの狐野郎は今間違いなく、苦笑いを浮かべているハズだ。俺もニヤリと笑いながら胸ポケットの煙草を取り出し、火を点ける。

『仕事の内容より先に報酬の確認かね?欲張りはいいが、足下にも気を付けたまえよ?』

「仕事を受けるか否かの権利があるなら、報酬の質で決めるのは当然だろ?プロなんだからよ。第一、アンタが俺をハメようって気なら、わざわざ履歴の残る普通の電話回線なんぞ使わねぇさ」

 元内務省の役人なら、足跡の残らねぇ連絡方法の1つや2つ、持っていても可笑しくねぇ。敢えてそれを使わずに連絡を寄越している時点で、俺を騙す魂胆が無いのは読めていた。それに、この野郎は『やり損なった時』を想定してその備えを万全にしてから動くタイプ、つまりは似た者同士だ。考える事は自ずと読める。

『……やれやれ、鼻のいい交渉相手は骨が折れる』

「お互い様だろ、バカ野郎」

 あの陰険な狐は、俺がほぼ間違いなくこの話を受ける事を確信してから電話をしてきている。そういう所には鼻の利く野郎だ。

『……わかった、報酬については考慮しよう。此方が渡せるだけの資料も送る。それを精査してから引き受けるか否か、判断してくれ』

「あいよ、ブルネイで待ってるぜ」

 そう言って返事も聞かずに通話を切る。さて、机の上に置かれたすっかり冷めちまったコーヒーを啜ったら早速動くとするかね。

「金剛、主だった連中に声かけて来い。化け物退治のブリーフィングだ。大淀は資料を集められるだけ集めて纏めておいてくれ、時間はねぇぞ……急げ!」

 金剛と大淀はコクリと頷くと、バタバタと執務室を出ていった。

「しかし……ビッグパパよりどうせならBIGBOSSにしろよ、呼び方」

 そっちの方がカッコいいじゃねぇか。



 
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