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人類種の天敵が一年戦争に介入しました

作者: C
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第11話

 カスピ海沿岸の都市、カスピースク。旧ロシア時代にはカスピ海艦隊の母港でもあった都市だが、カスピ海の環境悪化を受け、地球連邦政府の方針によって放棄されていた。これはカスピースクのみの話ではなく、カスピ海沿岸にある全ての都市においても同様である。
 カフカース地方最大の都市、旧アゼルバイジャンの首都バクーですら放棄させられたのだから、地球連邦政府が加盟国に強要した無理に驚けば良いのか、その無理を選ばせたカスピ海の環境悪化に驚けば良いのか、難しいところである。地球連邦政府は地球環境保護の為に90億人の地球人口のうち70億人を宇宙に送り出した。それを思えば都市の放棄くらい当たり前にやらせたに違いない、という気もしてくる。
 いずれにしても昔の話で、今やカスピ海沿岸は年季の入った廃墟ばかりである。自然環境の回復とその後の再開発を夢見て、沿岸緒都市は長い眠りについていた。既に無人地帯だったというのは不幸中の幸いと言うべきかもしれない。この地に新たな汚染源がぶちまけられたが、被害は最小限で済んだといえる。


 野良犬の勧めに従って稜線に隠れると、ジオン公国軍の小部隊に出来ることはほとんどない。こそこそと観測機器を設置し、用心の為に付近の部隊を密かに呼び寄せると、各々が機体を仰向けに寝せていく。空爆や砲撃に対する備えだ。
 通常、屋外でモビルスーツに乗り降りする際にはモビルスーツに片手と片膝をつかせて乗り降りする。モビルスーツを突っ立ったままにしておくと倒れるからだ。だが、地上に降りて僅か10日も経たずして、モビルスーツの運用は変わった。戦場付近でモビルスーツに乗り降りする際は、今のマ・クベ達のように仰向けに寝せていくのが主流になりつつある。主に生存性向上のためだ。

 仰向けになると片膝をついた状態と比べて、地上から水平に見た際の投影面積が小さくなる。突然攻撃を受けても、戦車や歩兵の攻撃が多少は当たりにくくなる、ということだ。仮に当たったとしても、モビルスーツは人間ではない。人間ならば頭と胸を最優先で護らなくてはならないが、モビルスーツが最重要で護らなくてはならないのは乗員のいる位置、胴だ。頭を破壊されても人間と同じようには死なないのだから、人間のように頭を守る必要性は薄い。仰向けになれば機体の頭、腕、足が胴体を囲んでいるため、一番大事な胴体部分が守られるということになる。一方で、爆撃や曲射による上からの攻撃には当たりやすくなるが、これらの攻撃は総じて貫通力に欠ける。貫通力に欠ける攻撃に対するは、一番分厚い正面装甲だ。
 戦車の主砲の前には無意味な正面装甲を戦車と同じ面にさらすより、いくぶん耐えられる上からの攻撃に向ける。戦車の攻撃に対しては被弾面積を抑えつつ、頭、腕、足を盾にして胴体を守る。ミノフスキー粒子で敵の接近を許しがちな環境では、モビルスーツを寝かせる方が安全だったのだ。この時、横になっている分だけ動きにくい、瞬発力に欠けるという懸念もあったが、杞憂に終わることとなった。モビルスーツは人型だが人間ではない。人間には無い各部のスラスターを併用すれば直ぐに動けるのだ。状況に応じて体勢を変えられる、人型であることの良さ。人間では不可能な、人間の限界を超える数々のギミック。モビルスーツは待機すること一つとっても、既存の兵器を上回るのだ。

 寝ることが理にかなうとはいえ、稜線や窪地に沿って18メートルの巨人が仲良く並んで寝転んでいるのは笑いを誘う光景だ。笑っている人間など一人もいなかったが。パイロット達は機体を降りずに、コックピットのモニター画面に映るそれを無表情で見ていた。遠足に同行していた技術者達が稜線から隠れて撮影し、各機に送信しているライヴ映像だ。その内容は途方もないとしか言えない代物だった。
 
 事が始まる前、樽は地上をブースト移動していた。複雑な動きではなく、右に左に、前に後ろに。それが終わると、ゆっくり円を描くように。何かの儀式というわけではなく、準備体操のようなものだ。のそのそと何周かしたころ、それが現れた。地平線の向こうでもうもうと上がる砂煙と、砂煙の最先端を突っ走る戦車群。
 その数、実に46両。
 大隊規模なら30両は固いと言っていたマ・クベの護衛をしている01だったが、相手は30どころか50に近かった。
 連邦軍は戦車4両で小隊を、12両、3個小隊で中隊を編成する。大隊は2~4個中隊。理屈で言うなら24両から48両ということになるが、現実には定数の上限である4個中隊、下限である2個中隊から成ることは滅多にない為、大隊規模といえばおおよそ3個中隊、36両。更に各中隊が故障や人員不足等で定数を割ることも珍しくない。36両ではなく30両以上と考えた01の判断は妥当なところではあったのだ。実際にはほとんど上限一杯の46両編成だったわけだが。
 その46両が、野良犬の操る樽に対して手も足も出ない。高速鉄道以上の速度で旋回する樽を捉えきれず、まるで見当違いの方向へ砲弾を吐き出している。同士討ちこそ無かったものの、車体をぶつけ合う者も現れる始末。とはいえ、この数十秒の間に限定すれば、押しているのは地球連邦軍だ。樽は何ら反撃をしなかったからだ。まるまるとしていて、ごつごつとしていて、ずんぐりした樽。超高速移動が可能な樽。重装甲で高機動の、樽。だが、見たところ樽には武装らしいものはない。無手だ。いったいどのように戦うというのか。

「あの機体、まさか衝撃波や格闘だけで戦うなどということはあるまいな」

 マ・クベはあり得ないだろうという意味でそう呟いたが、野良犬の戦術の中に選択肢として衝撃波は存在する。主に非装甲目標……はっきり言えば生身の人間相手に使う攻撃だ。敵を破壊して終わり、という雑な仕事を野良犬は好まない。しっかりと殺しきるのが野良犬の流儀だが、残骸の陰に潜む生存者と鬼ごっこやかくれんぼに興じる非生産的な趣味はない。そんな面倒なことをしたくはないので、野良犬は離脱前に戦場をマッハで走り回り、衝撃波で問題を解決するのだ。超音速なので速く、広範囲を攻撃可能で、野良犬にとって一番重要なことだが、弾代がかからないのが良い。弾代がかからないのは格闘も同じだが、野良犬は格闘を好まない。余計なメンテナンス費用がかかるからだ。
 貧乏性と笑うなかれ、独立傭兵のやりくりは大変なのだ。野良犬は標準的な独立傭兵と比べても金にがめついが、彼に言わせれば生来のものではなく、経済感覚の破綻した母親に代わって家事を一手に引き受けていたからだという。母親の死んだ今となっては真偽も不明であるが、お気に入りの攻撃になるくらいには衝撃波による殺傷を多用する野良犬だった。昨日も戦闘終了後は地上をバンバン翔んだものである。
 衝撃波は露出している人間なら一撃で粉砕し、装甲車程度なら撃破は難しくも横転くらいさせられる。大抵の車輌はひっくり返るとどうしようもなくなるので、その後で好きなように料理すれば良い。もっとも、流石に無傷で元気いっぱいの戦車大隊を相手にその戦い方をするほど野良犬も暇ではない。相手は46両もいるのだから悠長なことをしていては取り逃がしてしまう。ここはあくまで真面目に戦うつもりである。
 しばらくは回避に専念していた野良犬だったが、連邦軍の猛攻に防戦一方だったからというわけではない。ここまでは様子見を兼ねた、覗き見しているジオン公国軍に対するデモンストレーションだ。ここからもデモンストレーションだが、様子見ではない。

 反撃の時間だ。 
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