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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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38話:救済

宇宙歴771年 帝国歴462年 1月下旬
首都星オーディン リューデリッツ邸
ワルター・フォン・シェーンコップ

「ワルター、少し息を整えておきなさい。」

やっとフランツさんが休憩を指示してくれた。俺はかなり限界が近かったのでうずくまって息を整える。俺と一緒に走っていた3人の男性はまだ汗もかいておらず、ペースを上げて屋敷の周囲のランニングを続けている。すぐにその後ろ姿が見えなくなる。

「ペロ。くーんくーん......。」

まだ子犬のジャーマンシェパードが心配そうに頬を舐めてきた。こいつの名前はロンメル。まもなく生まれるご子息の情操教育の為に飼われ始めた。俺同様、この屋敷では新参者だが、今の俺は子犬にすら心配される有様のようだ。

事の始まりは去年に遡る。お人よしの俺の爺様が、久しぶりに会った旧友とやらに頼み込まれ酒の勢いもあって、連帯保証人になった。そこまではよくある話だ。あの時は助かったなどと、酒の席の話題になる未来もあっただろう。だが、それは我が家の危機の始まりだった。3か月もしないうちに、借金した当人の行方が分からなくなり、貸主だという、肥え太った悪人面の商人が乗り込んできて、口汚く返済を迫ってきたのだ。

「まあ、落ちぶれたとはいえ代々の家宝でも売ればなんとかなるだろう。」

その言葉がおばあ様を憔悴させた。家宝のひとつは、交通事故で無くなった俺の父母の思い出の品らしく、暇を見つけては眺めていたものだ。それを奪われると聞いて、祖母はかなりショックを受けたのだ。何とかせねばと爺様は金策に駆けずり回ったが、500万帝国マルクなんて下級貴族の伝手でどうにかできる額でないことは、子供の俺でもわかる。力になってくれる家は無かった。
その時、貴族とは何なのか?疑問に思った。先祖代々下級貴族として家名を守ってきた誇りを胸にと、礼儀作法も厳しく仕込まれたが、爺様の少しの善意が原因で危機に落ち、いざというときに誰も手を差し伸べてくれない。借金を理由に存在が生き恥じのような見苦しい商人に、口汚い言葉を並べたてられる。貴族の名誉とは何なのか。そんなことを考えていた夜半に、あの方たちがやってきたのだ。
爺様が対応したが、また厄介ごとかと、応接間のドアを少し開けて様子を覗いていた。芝居としては落第点だが、俺の心には響くものがあった。かなり大きなトランクを2つ開けた後で

「ご当主、これはご子息の過去のお働きによるものです。ご本人が居られないとはいえ、御恩のある御家の危機を見過ごしたりすれば、ご依頼主も寝ざめが悪くなりましょう。むしろお受け取り頂ければ、ご依頼主も少しでも借りを返せたと胸のつかえが取れるでしょうし、貴家も次代の当主が育つまでの時間が作れることになります。今の帝国ではなかなか聞かない美談です。私としても是非お受け取り頂きたいのです。」

子供でもこれが資金を爺様に受け取ってもらう口実なのだと分かった。でも俺が気に入ったのは『今の帝国ではなかなか聞かない美談です。私としても是非お受け取り頂きたいのです』の部分だ。こういう時には相手の立場を踏まえて頭を下げてでも助ける。恩にも着せない。これが貴族としての有り様だと見せつけられた気がした。
どこからともなく現れた本物の貴族によって我が家の危機は回避されたのだ。翌日に返済の催促に来たガマガエルに一括で返済したときは、胸のすく思いだった。爺様もおばあ様もホッとしたのか泣いていたほどだ。

その後、あの方は出征されたと聞いたし、それだけならいつか恩を返そうで止まっていたと思う。数週間後、あのガマガエルと祖父の旧友が逮捕され、財産没収の上、本人たちは死罪。縁者も農奴に落とされたことが布告された。手を差し伸べるだけでなくけじめもしっかりとる。貴族という物や家名の名誉についてはまだ答えは出ていなかったが、貴族として生きるなら、こんな貴族として生きたいと思った。爺様も布告を知ってから気づいたらしく、

「ワルター、シェーンコップ家はリューデリッツ家に大きな御恩ができた。儂ではお役に立てぬ。いつかお前がお返しできるように励んでくれ。」

などと涙ぐんでいた。言われるまでもなく恩は返すつもりだったが、どうせだったら、あの方のような貴族として生きたい。爺様に黙って、リューデリッツ邸の前に向かっていた。丁度ロンメルを引き取って戻ってきたあの方と出くわせたのは幸運だったのだろう。幼いなりに思うところを伝えると、

「ワルター。恩義に着る必要はないよ。でも君の志は気に入った。まずは一緒に鍛錬するところから始めよう。丁度、今の君くらいの年頃から鍛錬を始めたんだ。志の礎になるモノは得られると思うよ。」

それから、休暇で屋敷にいる間は毎日するという鍛錬に参加しだした。正直3人とも化け物だ。とんでもない鍛錬をしても平然としている。そして3人とも勉学の面でも優秀だ。面白く教えてもらえるため、あまり好みではなかった勉学も好きになりつつある。

「ワルター。息は整ったかい?まあ、無理しては身体のどこかに負担がかかってかえって鍛錬が遅れるからほどほどにね。」

あの方がさらに数周し、すこし浮かんだ汗を拭いながら、声をかけてきた。目の前でこれくらいできて当たり前だと数倍の鍛錬をされて、無理せずにいられるものなのだろうか。

「そうだ!ワルター。今日の夜に予定がないなら、夕食に付き合ってくれないか?同じ年頃の者を招いているんだ。さすがに2人きりでは向こうも緊張するだろうから。」

そしてたまにこういう褒美をくれる。シェーンコップ家では爺様とおばあ様の好みに合わせて味は薄目だし淡白なものが食卓にのぼるが、こちらでは違う。そしてかなり美味だ。

「それと、シェーンコップ卿に口座を確認しておいてもらってね。時間を当家の為に割いているのは事実だから、従士扱いで給金を渡すから。」

この方はどれだけ俺に恩を着せるつもりなのか。いいとも。大恩を返せるような人物にいつかなってみせる。

宇宙歴771年 帝国歴462年 1月下旬
首都星オーディン リューデリッツ家所有車
パウル・フォン・オーベルシュタイン

私は、想定外の事態に少し戸惑っていた。話の始まりは幼年学校の入学試験を受け、上位での合格が決まって数日、幼年学校の先輩が当家を訪れ、『ザイトリッツの日』なる会食への参加を打診してきた事からだ。私の両目は先天的な義眼で、生まれながらに蔑まれてきた。ザイトリッツ殿は伯爵家の跡取りで准将だ。主催する会食の場にそんな人間が参加しては気分を害されるだろうし、私も好んで自分が蔑まれる場に参加したいとは思わないので辞退する旨、返答した。印象に残っているのは辞退という返事に先輩が驚いていたのと今にして思えば、義眼と認識しても先輩から蔑む感じがしなかったからだろう。

事が動いたのはさらに数日後のことだった。よくよく確認すると『ザイトリッツの日』を辞退したのは私が初めてで、主催者であるザイトリッツ准将は、会食のメインが好みではなかったからだろうと判断され、どこから聞いたのか、私が好む鶏肉メインのメニューを用意するので、改めて機会を頂戴したいと使者をよこした。

正直、気が重かったが、ここまでされてお断りはできない。お受けすると回答し、いま、その場に向かう車中だ。迎えの地上車も手配されていたし、迎えの担当者も、私が義眼であると知っているだろうに蔑む様子はなく、主賓のような扱いを受けている。馴れない扱いに正直戸惑う自分がいた。

オーベルシュタイン邸とリューデリッツ邸はそこまでの距離はない。すぐに到着し、ドアが開く。従者の服装をした妙に雰囲気のある男性に先導され、晩餐室に向かう。途中でシェパードの子犬が見えた。番犬というにはまだ幼すぎるだろう。ドアが開かれ、晩餐室に入る。おそらくザイトリッツ准将だろう。茶髪の男性が起立して出迎えてくれた。傍らに似た色の髪をした少年がいたが、顔立ちが違うためご子息ではない様だ。どうしたものかと思っていると

「ようこそ、ザイトリッツ・フォン・リューデリッツと申します。オーベルシュタイン卿、よく来てくれた。招くのにも関わらず卿の好みに合わせる事を忘れた。これは私の不手際だ。お誘いを受けてくれた事、感謝している。とはいえ、私と二人きりで会食というのも配慮に欠けると思ってね。同年代でこの屋敷に出入りしている者の同席を許してほしい。ワルター?オーベルシュタイン卿だ。ご挨拶を。」

「ワルター・フォン・シェーンコップと申します。同席させて頂きますがよろしくお願いいたします。」

おそらく私より年下だろうが、見事な挨拶をされた。私もきちんと返さねばなるまい。

「パウル・フォン・オーベルシュタインと申します。貴重な機会を頂き光栄に存じます。」

「オーベルシュタイン卿、卿の成績を見れば礼儀作法などすんなりこなせるのは当たり前の事だ。少し無作法な形になってしまったが、私は会食の誘いを今まで断られたことは無かった。誘いを辞退されたのは初めての事でね。なぜなのか確認したくて少し強引にこの場を設けさせてもらった。率直な所を聴かせて欲しいのだ。」

とザイトリッツ様が言葉を続けられた。あとから思えば、蔑む様子が無かったから思う所を話せたのだと思う。

「私は先天的な視覚障害者で義眼なのです。成績でご評価頂いたとはいえ、劣悪遺伝子排除法がある以上、褒められるものでもございません。ですからご気分を害さぬ意味でご辞退したのですが...。」

そういうと、ザイトリッツ様は笑い出し、同席しているシェーンコップ卿は不思議なものを見るような表情をしていた。ザイトリッツ様は笑うのを止めると、すこし真剣な顔持ちで話し出した。

「オーベルシュタイン卿、まだ世の中の広さを知らぬのではないかな。私はまともな眼とやらを持ちながらまともな頭脳を持たない人間を多々見てきた。幼いころに重体になった事はあるが幸いにも五体満足だ。ただ、まともな眼とまともな頭脳、どちらかを選ぶとしたらわたしはまともな頭脳を選ぶね。そういう意味では卿はまともどころか、優秀な頭脳を得た。まともな眼ではなかったとしても義眼で補える。」

普通に話しているのに、私の気持ちは最大限に揺さぶられる思いだった。義眼であろうがなかろうが優秀なものは優秀なのだと言われたようなものだ。

「私も最近、鏡を見た事があるのが疑いたくなるほど見苦しい方を見かけましたよ。まともな頭脳にまともな感性を期待する所ですが、難しい世の中です。」

シェーンコップ卿が何か話していたが、あまり覚えていない。もし私が義眼でなければ、ぼろぼろと涙を流していたと思う。涙を流した経験はないが。ただ、いい話だけでは終わらなかった。

「たが、オーベルシュタイン卿、少し細過ぎるのではないかな。私も7歳からかなりしごかれてつらい思いもしたが、それなりの身体になったから幼年学校で挑んでくる連中はいなかった。義眼は努力ではどうにもならんが、身体は努力でそれなりにはできると思うよ。ワルターもヒイヒイ言いながら鍛錬しているんだ。気が向いたら家の鍛錬に参加してごらん。少しは変わると思うよ。」

私はどちらかというと室内で本を読んだりする方が好みだし。運動は苦手だ。ただ、年下のシェーンコップ卿が励んでいると聞かされては断れなかったし、もし少しでも何か変わるなら、やってみる価値はあるだろう。

そしてなにより、この家にはシェパードの子犬がいる。私はずっと犬を飼ってみたかった。でも義眼の代金もあるし両親が残した財産にも限りがある。執事のラーベナルトには言い出せなかった。予想以上に楽しい時間になるかもしれない。 
 

 
後書き
影の主役:シェパードの子犬 ロンメル

 
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