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稀代の投資家、帝国貴族の3男坊に転生

作者:ノーマン
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35話:工廠部開発課

宇宙歴767年 帝国歴458年 4月下旬
首都星オーディン 工廠本部開発課
ザイトリッツ・フォン・ルントシュテット

「申告します。工廠本部開発課主任を拝命いたしましたルントシュテット中佐であります。短期の任期となりますがご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。」
「工廠本部開発課主任付きを拝命いたしましたベッカー中尉であります。よろしくお願いします。」

帝国に戻り、軍歴を正式にスタートさせた訳だが、フェザーンで遊んでいたにも関わらず俺とパトリックは1階級昇進していた。士官学校を卒業して1年たつと万歳昇進で中尉になる訳だが、なぜか俺まで少佐から中佐に昇進していた。
人事的な配慮としては、卒業者全員を昇進させる以上、パトリックの昇進は必須なのだが、もともと特別扱いとは言え、功績を評価されて少佐任官した。理由があっての少佐任官である以上、俺だけが士官学校卒業後1年目で昇進させないと不利益を被ることになるという判断だったようだ。まあもらえる物はもらっておこう。

工廠本部開発課は簡単に言えば新兵器開発の試作を担当する部署だ。おれはこの部署で、超硬度鋼やスーパーセラミックを用いて既存のものより高出力の動力機関の試作と、次世代戦闘艦構想に基づいた試作艦の開発を担当する。最も、シュタイエルマルク上級大将の肝いり事業であるため、実際はすでに設計終盤まで完了しており、どちらかと言えば試作品を、アムリッツァ星域の第51補給基地改め、第11駐留基地とシャンタウ星域の造船所にてスムーズに量産化させる段取りを整える事が主任務だ。
なので、ここに勤務するのは1年のみ、来年にはアムリッツァ星域とシャンタウ星域を行き来することになるだろう。あとは後方支援部門の上位者や将来のキーパーソンたちとの顔つなぎの時間を用意されたという面もあるだろうし、婚約話をきちんと進める期間としての面もあるだろう。

「婚約かあ。そういえばパトリックは誰か意中の人でもいるのかい?」

「私の場合は、ルントシュテット家かザイトリッツ様がご婚約されるリューデリッツ家の従士のお家からお相手を探すことになるかと思います。フェザーンでの出来事がありますのでしばらくは職務に精励したい存じますが・・。」

思わず笑ってしまった。パトリックの若気の至り事件は、3人だけの秘密だが、彼にとってはだいぶ趣深い出来事だったようだ。まあ、初心者が恋愛ゲームのマスターと初陣で対戦したようなものだ。色々感じる所があったのだろう。

「パトリック、みんな大々的に話さないだけで、あんなことはよくある話だよ。あまり気にしないようにね。」一応フォローしておく。主任は一応個人オフィスがもらえるので、こういう話もできる訳だ。

話が戻るが、この次世代艦構想はシュタイエルマルク上級大将の肝いり事業になっている。というのも、軍務省次官の話を蹴って、この計画の遂行責任者の立場を提督が欲したからだ。次世代艦構想の検討を依頼して3年近い時が過ぎたが、戦術面での活用方法などを検討してくれた。かなり具体的な運用案が形になっているが、理論を構築したら実戦で試してみたくなるのが人の常だ。イゼルローン要塞が完成し余裕ができたリソースをアムリッツァ星域の駐留基地とシャンタウ星域の造船ドック群の新設に費やしてきた。来年には作る場所と作るものが確定し本格稼働する。

もっとも、シュタイエルマルク提督の理論から、艦隊全てを次世代艦には更新しない方針も決まっている。提督の考察では、武装モジュールの交換を想定した場合、一時的に前線の味方戦力が減ることになるため、ある意味戦線を維持する防御力と長距離攻撃力に優れた部隊が必要だという結論が出ていた。なので既存艦を再設計し、防御力と長距離攻撃力を高めた戦艦の建造も開始している。既存の14000隻前後の艦隊編成の定数は維持しつつ、艦隊司令部直轄の4000隻程度の防御特化艦隊に次世代艦2500隻の分艦隊を4編成で1艦隊とするが、次世代艦は制宙能力が無い為、分艦隊司令艦を宇宙空母とする案なども出ている。あとは実戦を通じて理論を実証していくことになりそうだ。もっとも超硬度鋼とスーパーセラミックを活用することで、既存の動力機関の出力向上も出来ているので、それだけでも戦力の向上にはなっている。

またこの戦法が叛乱軍に対応された場合、戦線後方に待機中の武装モジュールを駆逐艦などの高速艦で狙うことも考えられるので、メンテナンス部隊に宇宙空母を配属し制宙権を確保する安全策やメンテナンス艦そのものに戦闘艇を搭載する案なども出ていた。
まあ、イゼルローン要塞の建設の為に増産した資源の使い道として、軍人たちのおもちゃを量産するのが取り急ぎのミッションだという事だ。既に量産化体制は整いつつあるが、次世代艦の母艦部分はアムリッツァ星域を軸に量産し、シャンタウ星域では武装モジュールを軸に量産する予定だ。生存性担保の為、超硬度鋼とスーパーセラミックを多用する母艦部分を生産設備に近いアムリッツァ星域で造るほうが理にかなっている。

また前線で消耗した武装モジュールを、訓練も兼ねてアムリッツァ星域からシャンタウ星域に輸送し、シャンタウ星域で新造・整備した武装モジュールを付けてアムリッツァ星域に戻すことを想定している。訓練航海にも丁度いいだろう。そんなことを考えていると、ノック音が響き、何の冗談か、後方部門のトップ、リューデリッツ上級大将が入室してきた。後方支援中心の功績で上級大将は本来難しいがイゼルローン要塞の完工の功績により昇進されている。

「閣下、お呼び頂ければオフィスに参ります。いくら婚約するとはいえ、階級を無視するような行動をとられては為になりません。お気遣い頂ければ助かりますが・・。」

「分かっておる。今回だけだ。はっきり言えばお主は門閥貴族も含めて欲しがった婿だ。イゼルローン要塞の建設に共に尽くした事と、そちの父であるルントシュテット伯の後任が私だったという二重の縁でリューデリッツ家に迎える事が出来るが、最大限配慮していると周囲に思わせねば、付け入る隙があると誤解されかねぬ。必要なことなのだ。」

「承知しました。パトリック......。」

お茶を頼もうとしたらいつの間にやら用意していたようだ。飲みながら一呼吸置く。

「それで、どうされました?義祖父になる方ですから、御用が無くてもかまいませんが。」

「うむ。お主と婚約する孫娘のゾフィーの件でな。何とも言い難いのだが、いささか他家の令嬢とは変わっておるものだから顔合わせの前に少し話をしておいたほうが良いかと思ってな。マリア殿の件もあるしの。」

「その件なら、ご心配には及びませんよ?RC社とご契約いただいている時点で領地の状況は把握しておりますし、当然ご親族の皆様のお好みもある程度把握しております。ゾフィー嬢がガーデニングにかなり思い入れをお持ちなことも、私同様、経済・経営にも興味をお持ちだという事は存じておりますし、おばあ様の事は、リューデリッツ伯もまだ予備役入りはされないでしょうし、数年間は保留かと判断しておりましたので。」

「うむ。そこまで把握しておるなら、問題はないのだ。取り越し苦労だったようだな。忘れてもらえればありがたい。」

俺の婚約者になるゾフィー嬢は、今年19歳。早くに両親を亡くし、祖母に育てられた。この方が在地領主の家の出身で、屋敷をガーデニングで彩るのが好きな方だった。当然、彼女も幼少からガーデニングに触れる事となり、今に至るわけだ。軽く流したが、本来なら音楽学校や美術学校に進学するところ、農学で権威のある大学に進学している。現在3年次なので卒業を待って結婚の運びとなるだろう。
俺自身は、志望するなら種苗会社を立ち上げて彼女に品種改良に勤しんでもらってもいいと思っていたが、保守的な貴族の価値観で見ると変わり種であることは間違いない。そういう意味で、リューデリッツ伯もお気にされたのだろう。
在学中の農学科は敷地面積がかなり必要なので、オーディンも属しているヴァルハラ星域の惑星アースガルズに設立された。休日に戻れないこともないが、世話を欠かすことで研究の進捗が遅れる事もあるらしく、俺が落ち着いたタイミングで、アースガルズで顔合わせをする事になっている。

おばあ様の件はあまり気にしていない。結婚後にオーディンのリューデリッツ邸に移る約定を結んだらしいが、長男のローベルトが結婚して5年弱。2人目がお腹にいる事を考えればビルギット義姉上にルントシュテット邸を取り仕切るのは数年は無理だろう。

「リューデリッツ伯が早く領地に引っ込んで領地経営に専念したいというような意向があるのでしたら別ですが、後方勤務で上級大将に昇進されたのは初めてのはずですし、しばらくはそんなことを言える雰囲気でもございますまい。」

「まったく、ルントシュテット伯の気持ちがよくわかる。お主は周りが見えすぎるな。まあ実際、シュタイエルマルク提督の肝入り事業とは言え、横槍がない訳でもない。次世代艦への更新と運用理論の実証が終わるまでは、本部から後押しできればと思っておる。」

後方部門と前線の上級大将がそれぞれ後押ししてくれれば俺もかなり楽が出来そうだ。

「そういうことでな、親睦を深めるために陛下と通ったというお店に案内してほしいのだ。そこならレオも確実に用意されていよう。」

前言撤回、『ザイトリッツの日』が、上官にまで拡大したみたいだ。もっともこっちはお財布を気にしなくていい側だが。 
 

 
後書き
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