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緑の楽園

作者:どっぐす
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第一章
  第6話 二十二歳の孤児

 生まれたときには、すでに電気があった。
 テレビも洗濯機も冷蔵庫もあった。

 そしていつのまにか、パソコンが家に置かれて。
 いつのまにか、手元にはスマートフォンがあって。

 モノについて真剣に考えたことはない。
 手に入るから、それを当たり前のように使った。
 使えるモノが世に増えていったから、自分のできることも増えていった。

 じゃあ、いきなりそれが使えなくなったら――


 生まれたときには、すでに義務教育があった。
 その時期が来れば小学校、中学校に行った。
 高校、大学は義務ではないが、みんなが行くから行った。

 行けば先生は勝手に登場し、勝手に教えていた。
 それは当たり前だと思っていた。

 何かを得るために学生をやっていたことなどない。
 社会に出るまでの、単なるサナギの状態だと思っていた。

 じゃあ、いきなりサナギのまま放り出されたら――



「ん? どうした? 大丈夫かい?」

 ……あれ。

「あ、すみません……大丈夫です」

 少し視界が白っぽくなって意識が遠くなっていた。
 危ない。

「どうだね? 何かこの町に伝えてもらえることはないかね」

 町長の質問に、俺は素直に答えた。

 自分の国の文明レベルはこの国より数段上だと思うが、自分は単なる利用者にすぎず、モノの製法や技術などは理解していないということ。
 そして自分は学生であり、まだきちんと仕事をした経験はないということ。
 よって、現状ではこの町に貢献することは難しいであろうということ。

 聞かれたら最初からそう答えるつもりだったが、やはり言っていて虚しくなってくるのは感じる。
 しかし、嘘を言っても仕方がない。

 俺の答えを聞いた町長は……やはり表情に少し落胆の色が見て取れた。

「そうか。では町の顧問になってもらうという案は無理か。
 しかし、君の国では学者や役人を目指す訳でもないのに、二十二歳でまだ働いていないことが普通なのだな……。もちろんそちらの国にはそちらの国の常識があるだろうから、別にそれをとやかく言うつもりはないが。驚いたというのが率直な感想だ」

「すみません……」
「いやいや。今も言ったが、こちらの常識がそちらの常識とは限らない。それに、できないことをできないと言うのはこちらの国でも恥ではないよ。卑屈になる必要などは全くないからね」
「そう言ってもらえると、少し気が楽になります」

 町長の口調は優しい。

「しかし、そうなるとだ。別のかたちで君をうちの町民として迎える必要があるわけだな」
「……」
「うむ……ふむ……そうか。まあ、そうだな。それしかないか」
「……?」

「少し君には酷なかたちとなるかもしれないが。構わないかね」
「あ、はい。構いません。そもそもご迷惑をかけているのはこっちですので」
「そうか、ではこうしようではないか」

 ごくり。

「君を孤児扱いとし、町が運営する孤児院に入ってもらう」
「…………!」
「どうだい。やっぱり不満かな?」
「いえ、不満はありません。ぜひ宜しくお願いします」

 驚いたが、不満などあるはずがない。

「よし。では今日から君とクロくんは孤児院の所属だ。頑張ってくれたまえ。下で受付に言えば紹介状をもらえるから、それを持って院長に挨拶に行きなさい。孤児院までの道順も受付が知っているから、聞くといいよ」
「はい。ありがとうございます」

 俺は頭を下げた。
 路頭に迷うということがなくなったのは、何よりも大きな安心だ。ありがたい。

「そうだ。君が国に帰る手段についてだが、手がかりすらないと言っていたね?」
「……はい。まったくなくて困っています。何からすればいいのやら」

 それについても大きな悩みの種となっている。
 現段階ではそれこそ、わからないということがわかっただけだ。何も進んでいないのと同じである。
 町長は顎に手をやり、かすかに唸ってから話し始めた。

「参考になるかどうかわからないが……。
 私は町長の仕事をやっているが、前の町長さんから引き継いでいないようなイレギュラーな仕事が発生することも当然ある。数年に一回あるかないかのような仕事や、任期中あるかないかのような仕事は、いちいち引き継ぎなどしないからね。
 そのようなときはゼロから考えてもよい仕事はできないから、まず『前はそれをどう処理していたのか』というところから調べることになる。町役場に記録が残っているようであればそれを調べ、残っていなければ前の町長さんに教えてもらいに行ったりもするよ。
 過去の方法を調べて、そのままでよさそうであればそのままやればいいし、少し手を加える必要があれば加えればいい。そうすることで効率的に仕事が出来るわけだ。
 ……まあ、今回『君の処遇を考える』という仕事においては、前例を参考にすることは出来なかったのだけどね」

 町長は少し笑うと、木のテーブルの上にあった飲み物を一口飲み、話を続けた。

「しかし、もっと昔まできちんと調べたらどうなるだろうか? もしかしたら君と同じような境遇の人間が存在していたかもしれない。
 君は非常に特殊だと思う。だが非常に特殊なケースがゆえに、もし過去に同じような例があったとすれば、何かしらの記録や言い伝えが残っている可能性は高いだろう。まずそれを調べることが第一歩になるかもしれない」

 なるほど……。
 過去の記録や伝承を探すということか。

 どんなに珍しい現象であっても「自分一人だけに発生する、特別で唯一無二の現象」というのは考えにくい。
 別に自分は特別な人間などではないし、何かに選ばれた人間などということは絶対にない。普通の大学生だ。
 頻度が低いとしても、自分の身に起きることであれば他人にも起きると考えたほうが自然だ。
 たしかに、過去をずっとたどっていけば何かがわかる可能性はある。

 そうか……。
 前例がどうなっているのか確認をするということは、言われてみればごく当たり前の発想だ。まったく特別なことは言っていない。

 ただ、俺は言われないと気づかなかった。
 情けない話だが、このあたりは日々問題の解決に取り組んでいた町長と、何となく毎日流されて学生生活を送っていた俺との差なのだろう。

「この町には、規模はけっして大きくないが図書館がある。過去の資料を調べることもできると思う。
 それで見つからなければ、首都に行けば国内最大級の図書館がある。調べるのは大変かもしれないが、何か手がかりになる資料が見つかるかもしれないよ。
 首都はそのほかにも、歴史に詳しい学者や博学な人がいるから、聞き取りをしていくのも手だ」

 この町に図書館があるのは既に確認済だった。孤児院でも自由時間はあると思うので、まずそこで調べるところから始めるのがよさそうだ。

「まあいろいろ話したが。今後どうするにせよ、まだこの国、この町のことが何もわからない状態だろうから。当面はこの町での生活に慣れるということを第一にするといいね。焦りは禁物だ」
「そうですね……」

「ではこれでいいかな。また困ったことがあれば相談に来なさい」
「はい、本当に、ありがとうございました」

 もう感謝の気持ちしかない。
 何度も町長に頭を下げて退室した俺は、カイルに面会の順番がきた旨と俺の処遇が決まった旨を伝え、受付で紹介状を交付してもらって町役場を後にした。



 歩きながら頭を整理する。

 孤児か…………。
 まあ、でも親はいない、家はない、資産もない。つまるところ孤児と同じだ。

 しかし、カイルの奴は俺が孤児院所属になると聞いて、ずいぶんと喜んでいた。
 結果的に同じところに住むことになるからだろうか?
 ま、あいつは職員だから部屋は違うだろうけど。

 あ。そういえば……。
 クロは町長の話を理解できたのだろうか。できていないなら説明義務があるような気がする。
 危うく気づかないところだった。

「クロ」
「なんだ」
「町長の話は理解できた?」
「ほとんどわからなかった」

 やっぱり。

「今日から俺は孤児院という施設で生活することになる。お前も一緒だ。かまわないか?」
「かまわない」

 あ、はい。



 町の孤児院は木造だった。
 二階建てで、小さい子供が走り回れそうな庭もあり、外観は小さな学校のように見えなくもない。
 田舎の尋常小学校などはこんな感じだったのだろうか。

 煉瓦造りは地震に弱そうなイメージがあるので、木造のほうが見ていて安心感がある。
 役場は煉瓦造り二階建てだったが、あれは大地震が来たらどうなのだろう。柱がやたらたくさんあったので、何か耐震性を高める工夫があるのだろうか?
 もっとも、この国が俺のいた日本のように地震大国だとは限らないわけだが……。

 ……いや。それよりも俺は今の状況だと自分の心配をしたほうがよさそうだな。
 今日から新生活となるわけだし。

 さてと。紹介状は、と。
 はい。深呼吸。

 では、入りますかね。



***



 院長室兼応接室とおぼしき部屋に入り、紹介状を渡して院長に挨拶と自己紹介をした。

 さぞ驚くのだろうと思ったが、意外と普通の反応だった。
 少し不自然に感じて聞いてみたら「カイルくんがよく君の話をしていた」とのこと。一体あいつは何を言っていたのだろう。

 部屋もすぐ準備できるとのことだった。
 孤児は突然現れるか突然発生するかのどちらかだろうし、いつでも受け入れ準備はできているということなのだろう。
 施設の性格を考えると恐らく相部屋だろうが、今は文句を言える立場などではない。むしろベッドがあるだけでも大感謝だ。

 クロについては、日中は基本的に建物内と庭を自由に歩いてもらってかまわないとのことだった。
 ただし、夜は部屋に入れて外には出さないようにしたほうがよいと言われた。
 俺としては、外につないだままにしていると、また皿が置かれて肉と野菜がてんこ盛りになる予感がプンプンするので、中に入れられるというのは非常に助かる。

 そして、孤児院のシステムについての説明も受けた。

 5:00 ボランティア活動
 6:00 朝食
 7:00 十二歳までの子供はそれぞれ学校や修行先へ行って授業
 12:00 お昼のおやつ 食べたら13:00まで昼寝
 13:00 院内で勉強や修行(土・日曜日はなし)
 17:00 夕食(院生はお手伝い)

 お昼のおやつとは新しい。
 入院中に知ったが、この国では昼食を食べる習慣がない。一日二食が普通だ。
 さぞ腹が減るだろうと思ったが、そこまででもなかった。

 俺がいた日本でも、一日三食になったのは江戸時代になってからで、それまでは一日二食だったと聞いたことがある。
 慣れると意外とたいしたことはない。

 説明が一通り終わると、いったんクロは庭で自由に過ごしてもらうこととし、俺は講堂に行って他の院生へ挨拶をすることになった。



 講堂は教室風の部屋だった。
 二人掛けの木のイスと机が横三列で縦四列、二十四人座れるかたちだ。黒板と教卓もある。

 目の前には、俺が挨拶をするということで呼び集められた三人の男の子と二人の女の子、合計五人の子供たちがいる。
 ずいぶん人数が少ないな、と思った。
 孤児院だから、少ないほうが情勢が安定しているという意味になるだろうし、そのほうがよいのだろうけど。

 今現在、全員がこちらを凝視している状況だ。
 相手が子供とはいえ、意外と緊張する。

 あまり視線を浴びるのは好きではない。
 高校までクラス役員などもやったことはなく、大学のゼミでも自分の発表の回以外は隅に座っておとなしくしていた。耐性はない。
 貧血に似たような状態だ。杖が欲しい。

「あー、えーっと。今日からお世話になりますオオモリ・リクと言います。じ、実はまだこの町……あ、いや、この国、かな? この国に来て日が浅いので何もわからない状態ですが、よ、宜しくお願いします。
 あ、あと連れに白い犬がいますので迷惑をかけることがあるかもしれませんが、えーっと、宜しくお願いします」

 激しく噛んだ。
 パチパチ。
 自己紹介した俺に対して、かなり暖かめの拍手が送られた。

 横には職員もいて、同様に拍手をくれている。
 今ここにいる職員は四人だけだが、院長の話では他にも住み込みではない非常勤の職員がいて、全員そろえば結構な数らしい。
 突発的な出来事で孤児が増えたとしても、ある程度回せるような体制になっているのだろう。出勤日以外の日は院外の仕事をしているのだとか。

 ちなみに。今ここにいる四人の職員のうち、一人はカイルだ。俺が院長から説明を受けている間に町役場から帰ってきていたらしい。
 しどろもどろな俺を見てニヤニヤしながら拍手をしている。
 もー笑いたきゃ笑えよ、という感じだ。


 こうして俺は、二十二歳の孤児として再スタートすることになった。 
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