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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第二部 原作開始
第二章 王子三人
  第二十四話 密書発見

原作でルシタニアの王弟ギスカール公は、ジャン・ボダンに対する対抗手段としてヒルメスを用いることが多かった。ザーブル城に立て籠もったボダンと聖堂騎士団をヒルメス一党に攻めさせたことがまず第一に思い浮かぶし、王都にヒルメスが滞在している間もボダンについて相談を持ちかけることが多々あったし、ペシャワールを目指すアルスラーン一行をヒルメス一党が追跡している途中に、ボダンや聖堂騎士団に対抗するためヒルメスを呼び戻したことさえあった。しかし、その時ヒルメスが王都に戻ってみると既にボダンや聖堂騎士団は王都を離れた後であり、ヒルメスとしては無駄足(サームが帰順したことが唯一の収穫ではあった)であり、ギスカールに対する反感がムダに高まっただけだったけどな。

だが、この世界ではボダンが早々に退場している。とすると、ギスカールのヒルメスに対する扱いはかなり違うものになっていたのではないだろうか。ラクシュの話だと、ペシャワールにたどり着く直前、ヒルメスはアルスラーン一行に対し、それまでに増して猛烈な追撃をかけてきたと言うが、その背景にはもしかしたらその影響もあったかもしれない。

しかし、もはやそんなことはどうでもいい。あいつはエステルを殺しかけた。それだけのことでこの世界を終わらせかけた。最初からあいつは俺の心の中の絶対殺すリストに入っていたが、今回の件で、あいつはその最上位に躍り出た。もはやこれ以上あいつをこの世界に生き長らえさせる気はない。かねてからの計画通り、このペシャワールをヒルメス終焉の地にしてやる。それにはまずはあの密書を発見するため、小芝居を打たないとな。

◇◇

何なのだ!本当に何なのだ、あやつらは!ヴァフリーズ殿亡き今はパルス王国最古参の宿将であるこのバフマンに対し、礼を欠くにも程がある!確かにあの密書の件で最近はいささか精彩を欠いていたかもしれないが、だからといってあそこまで虚仮にされる筋合いなどない。

特にあのラジェンドラ王子!アルスラーン王太子のとりなしでようやく入城を認められたに過ぎない立場であるにも関わらず、軍議にまで参加しようとし、ましてや軍議のために儂の居室に足を踏み入れた途端、

「臭い!この部屋臭いぞ!加齢臭が、老人のにおいがする!こんな臭い部屋に王太子を招くとは正気とは思えんな。キシュワード殿、軍議はお主の部屋でやらないか?いや、そうするべきだ。そうしよう!」

と主張し、強引に軍議の場所をキシュワード殿の居室に変更してしまったのだ。

そうして始まった軍議は、いや、あんなものは到底軍議と呼べるものではない。途中からは完全に儂に対する吊し上げと追及の場と化していた。意図的に儂を怒らせ、儂がひた隠す真実を暴露させようと、あのナルサス辺りが企んだのだろう。馬鹿めが、その手になど乗るものか!そうはさせじと靴を蹴立ててあの場を去ったが、城外にまでキシュワードが追いかけてきおった。

キシュワードもキシュワードだ!ヒルメス王子を追いかけようとするのを止めた儂をそんな疑惑に満ちた目で見おって。儂のしたことが間違ってるとでもいいたいのか!だが、アルスラーン王太子が本当はアンドラゴラス王の実子でない以上、ヒルメス王子こそが唯一パルス王家の血を引いておられる方なのだぞ?何も知らない若造どもが、かさにかかって儂ばかりを責めおって。お前らに儂の苦悩が判ってたまるか!

む?何?もう一度軍議の場に戻れ?あの部屋で大変なものが見つかった故、儂から詳しい話を聞きたいだと!馬鹿な!あの密書が見つけられてしまったと言うのか!?

◇◇

私、ナルサスが見るところ、どうもラジェンドラ王子は上の空のようだ。頻りに何か首を傾げている。バフマン殿が出ていってからずっとそんな調子だ。

「ねーねー、殿下どうしたの?何かいつもにも増して変だけどー?」

「いや、何だかカサカサ音がしないか?多分、あの窓のところの帳からだと思うんだが、ちょっと見てきてくれないか?あとラクシュ、お前、後で殴るからな!」

「うひいい、すぐに見てくるから許してー!」

相変わらずこの二人のやり取りは珍妙だな。四年前と少しも変わらない。脱兎のごとくラクシュ殿が窓に駆け寄り、帳を上から下へと表裏を検めているが、む?何かを見つけた?

「殿下ー、ここ、何かあるよー?何か、太い糸で束ねられた紙束?手紙…なのかな?糊か何かで貼り付けられてるみたい…」

「おやおや、キシュワード殿。もしかして恋文をあんなところに?隅に置けませんなあ、全く」

ギーヴ殿が傍らのキシュワード殿を盛んに肘でつついているが、

「…い、いや、私はあんなところに隠した覚えなどありませんが…」

おや、どうやら違うようだ。では、一体何処に?まあ、そんなことはどうでもいい。一体何なのだ、あれは?ラクシュ殿が帳から紙束を剥がして裏表を見回している。

「宛名は…バフマンさん宛だねー。でー、差出人は…ヴァフリーズ?…ちょっと殿下、もしかしてこれ!?」

「ちょうど今話していたヴァフリーズ老からの手紙かもしれんな。こっちに持ってこい。…いや、バフマン殿を呼び戻して、立ち会いの下で中身を検めよう。キシュワード殿、バフマン殿はどちらに?」

「う、うむ、私が探してこよう、待っていてくれ!」

…何やら妙なことになったな…。しかし、これは偶然なのか?いや、ここで軍議をすることになったのは、ラジェンドラ王子が何やら言い出したからだった。もしかしたら、何から何までこの王子が仕組んだことなのではないのか!その様な思いにとらわれ、俺は全身の肌という肌がざわざわと泡立つのを抑えられなかった…。


半刻ほどして、キシュワード殿が顔面蒼白になったバフマン殿を伴って戻ってきた。バフマン殿の体は小刻みに震えてすらいる。これ程の宿将がそれ程動揺するようなことが、この手紙には書いてあるというのか?

「お揃いのようだな。では中身を改めようか。じゃあラクシュ、お前が読み上げろ!」

「いいの殿下ー?私のアニメ声じゃあ緊迫感無くなるかと思うんだけどー?」

「いいや、かえって深刻さが紛れるだろうさ。いいから読め」

「へーい」

そうして、彼女は読み上げ始めた。…あにめ声というのが何のことかは判らないが、確かに気の抜けるような声色だな…。

その手紙の恐るべき内容はこのようなものだった。

第一に、過去十年ほど、エクバターナ周辺の大陸公路には戦乱が絶えず、商人たちの間からアンドラゴラス王の大陸公路の守護者としての力量を危ぶむ声が上がっているということ。

第二に、アンドラゴラス王は登極に先立って、先王オスロエスを弑した可能性が高く、その即位は無効と思われるとの風説が存在すること(ただし、ヴァフリーズ自身はその風説を信じていないそうだ)。

第三に、その風説を受けて王国要人の中にはアンドラゴラス王を玉座から引きずり降ろすことを画策する者が現れたということ。

第四に、彼らはアンドラゴラス王の代わりにヒルメス王子を正統の王として擁立しようとしているらしいこと。

第五に、アルスラーン王子は王家の血を引いておらず、生まれこそ中程度の騎士の子に過ぎないが、心映え素晴らしく、何より御年五歳の時既に宝剣ルクナバードに次代の王と認められてもいるということ。

最後に、バフマン殿はヒルメス王子の剣と弓の師であったことから、心情的にはヒルメス王子に近いのかもしれない。その血筋をこそ尊しと考えるかもしれない。だが、宝剣ルクナバードに認められ、王太子として冊立されたアルスラーンをこそ、次代の王と認め、忠節を尽くして欲しい。伏してお願い致す。と、そうまとめられていた。

…なるほど、つまりバフマン殿はアルスラーン殿下が王太子でありながら王家の血を引いていないことを知り、忠誠を向ける先を見失ってしまった、ということなのか。そして、ダリューンはヴァフリーズ老にアトロパテネの戦いの直前にアルスラーン殿下個人への忠誠を誓わせられている。自分の甥までもが忠誠の対象を見失ってしまわぬようにということか。

しかし、ヒルメス王子が王家の血を引いているのに対し、アルスラーン殿下は王家の血を引いておらず、その正統性の裏付けは宝剣ルクナバードの信認のみか、心映えなどと言ってもそれを知らしめる機会に今まで恵まれてきたとも言えないしな。現時点ではアルスラーン殿下に分が悪いかもしれない。

「それでは私は、私は…」

殿下の瞳が力なく揺れている。まずいぞ、王家の血を引いていないことは殿下にとって大いなる引け目だろうが、だからといって退くべきではない。ここは何とか―

「おっと、アルスラーン殿、それ以上はいけない。今はまだ口を開くべきじゃあないぞ?まずはこのラジェンドラの話を聞いてもらおうか!」

「ら、ラジェンドラ殿?」

む、ラジェンドラ王子、一体何を言うつもりだ?

「血筋ねえ、はっきり言うが、そんなものはクソだな!王の資格なんてものは、今まで何をしてきたか、そしてこれから何をなそうとしているか、それのみで問われるべきものじゃあないのか?」

「ば、馬鹿な!何ということを言い出すのだ!それでは―」

バフマンが気色ばんで口を出そうとするが、それもラジェンドラ王子に阻まれる。

「あー、あんたも今は黙っとけ!そもそも何故血筋というのが尊重されるのかと言えば、それはその王朝が積み上げてきた実績が評価されてのことだろう。カイ・ホスロー王朝はまず開祖が蛇王ザッハークを打倒した。それは何にも勝る実績だ。世界に誇れると言ってもいいだろう。そして、そこそこの善政を布いて、大陸公路の守護者の任を大過なく果たしてきたとも言えるだろう。その血を引いているのだからヒルメスは善政を布くことが出来るだろう、そう推定されるから、ヒルメスこそが玉座を継ぐべきだというそういう主張は判らなくもない。だが、ヒルメス個人に大きな瑕疵があると俺は思わざるを得ないね」

「ヒルメス王子に?一体何があるというのだ?」

「そう、まさにそれなんだが、あの王子はアンドラゴラスを倒すために、他国であるルシタニアを引き入れた。ご丁寧にも銀の仮面をかぶって自分の正体まで隠してな。そうやって、ルシタニアの侵略に加担し、軍民合わせて百万人以上を犠牲にした訳さ。偽りの王を奉じた民に生きる価値などないと言わんばかりにな。そしていずれ時機を見計らってルシタニアに反旗を翻し、パルス国民の前に仮面を外して罷り出て、救世主でございとのたまうつもりだぜ?呆れたもんだな、それが正統な王族の所業かと小一時間問い詰めたくなるね」

「そ、そんな…。だ、だが…」

「で、そんなことをしでかしたやつでも、復讐の狂熱が醒めれば案外まともな為政者になると期待する向きもあるかもしれないがね、俺はそれも違うと思う。短期的には国民に多大な痛みを伴う改革を行う場合に、多くの国民が反対したら、こういう為政者がどうすると思う?人間なんてのは、窮したときには、それまでやってきたのと同じことをしてしまうものでな、正しい政策を理解出来ない愚かな民に生きる価値などないと反対するものを弾圧しまくるだろうよ。それこそ何の疑問も抱かずにな」

「……」

「さて、ここでアルスラーン、お主に聞こうか!お主がやってきたこと、やろうとしていることがヒルメスに劣るものだと思うか?お主の掲げる理想を引っ込めてでも、ヒルメスが行おうとしている政を認めてやろうと思うか?どうなんだ?」

ここでそれを聞くのか!だが、大丈夫だ。殿下の瞳に力が戻っている。しっかりと自分の言葉で語ることが出来るはずだ。

「いいや、ヒルメス王子に劣るとは決して思わない。私はこれまで王太子として、将来良き為政者となるために努力を重ねてきたつもりだし、これからもそうしたいと思っている。アンドラゴラス王は強い王だったとは思うが、国内政治における不公正さを放置し、他国と友好関係を築くことを怠り、次々と戦いが起こることを許してきた。私はそれを反面教師とし、奴隷を解放して社会的不公正を是正し、他国と友好関係を築けるよう努力し、それが難しいとしてもこちらから対話の窓口を閉ざしてしまうことはしないでいたいと思う。短期的には国民に多大な痛みを伴う改革を行う場合に、多くの国民が反対したなら、粘り強く説得を続け、理解を得られるよう努力をしたいと思う。私はヒルメス王子がやってきたこと、やろうとするであろうことを決して認める訳にはいかない。決してヒルメス王子に王位を渡すわけにはいかない!次の王には私がなる!」

その言葉が終わるとともに、そこに居合わせたラジェンドラ王子の臣下以外の全ての者がアルスラーン殿下に対し、跪いていた。いや、バフマン殿だけが…、今遅れてようやく跪いた。

◇◇

こうして、二人の万騎長がアルスラーンに忠誠を誓った。よし、これでようやくあの話が出来るな。ヒルメス王子をここペシャワールで捕殺するための打ち合わせが。
 
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