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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第一部 原作以前
第二章 対パルス使節団編
  第八話 陰険漫才

「噂には聞いていたが、実に見事なものだな」

俺はエクバターナの城壁を見やりながら、独りごちた。

エクバターナの城壁は東西方向に1.6ファルサング(約8km)、南北方向に1.2ファルサング(約6km)に及び、高さは12ガズ(12m)と現代人には大したことが無いように思えるが、その厚みは最も薄いであろう上部で7ガズ(7m)もあると言う。確か日本銀行の地下金庫の扉の厚みが約90cm、扉自体の重さが15トンだったはずで、それすら途方もない質量だと思えたのに、重さはともかく、その少なくとも7倍以上に分厚い城壁でこれだけの面積を囲むなんてね。重機もない時代によくもまあやってのけたものだ。城壁に設けられた九箇所の城門は二重の鉄扉で守られており、外敵の侵入を決して許さない。現に三年前にミスル王国軍がこぞってエクバターナまで攻め上がってきて包囲したにも関わらず、小揺るぎもしなかった程だ。正面からどうにかするにはそれこそ巨人でも連れてくるしかないんじゃないかと思えるほどだ。

エクバターナの繁栄ぶりについて耳にする度、シンドゥラの国都ウライユールで生まれ育った俺なんかは、
「ふ、ふん、ウライユールだって負けてないもんね!」と負け惜しみしたものだったが、実際に目にしてみると全くもって次元が違った。

そもそもシンドゥラの国都ウライユールはカーヴェリー河とそこから網の目のように広がる運河の結節点であるものの、大陸公路には接しておらず、ただ一国の都にしか過ぎない。だが、エクバターナは大陸公路に面しているどころか、最も重要な中継点とまで言われており、東西の人・モノ・カネが入り乱れ、あふれかえる世界有数の国際都市であった。前世の日本で言うなら、首都東京とどこかの地方都市を比較するくらいに次元の違う話であっただろう。

まあ、それでも原作では地下水路からの侵入を許し、陥落してしまった訳だけれどね。城壁内には、貴族のお屋敷が集中している一角がある一方で、痩せこけた孤児や戦争で手足を失った軍人があちこちで散見される貧民街もあり、貧富の差はかなり大きいようだ。また、街中を見渡すと奴隷の数が非常に多い。奴隷の多さは豊かさの証だなんて言われ方もするようだけど、彼らには一様に、肌には鞭の跡が、手足には枷が目立つものの、どの顔にも少しも笑顔を見て取ることは出来ない。つまり、膨大な数の不満分子を潜在的に抱え込んでいる訳だ。なのに、もし貧民や奴隷が一斉に蜂起でもした日には、なんて誰も想像したことがないんだろうね。今の繁栄が実は危ういバランスの上で辛うじて成り立っているに過ぎないことを判っているんだろうかね、アンドラゴラス君は。


その、どうやらちっとも判っていないっぽいこの国の絶対的支配者、アンドラゴラス三世が今、俺の眼の前に居る。謁見の間で玉座に斜めに座り、肘掛けに肘を付き、顎を拳の上に載せているが、さっきから傲然とこちらを見下ろすばかりでこちらの話に対して相槌一つ打ちやがらない。まさか、今夜は王妃相手にどんなプレイをしようかなどと考えてるんじゃあないだろうな?くそ、いい加減これ以上一方的に話し続けるのに嫌気が差してきた。そろそろ話を畳みにかかろう。

「…という訳で、我が兄ガーデーヴィ王太子は、現在は摂政の身であるが故に仕方なく従前通りに貴国に対する敵視政策を維持しておりますが、先の三カ国同盟によるパルス侵攻に公然と反対の立場を取っていたことからも明白な通りに、心はパルスとの和平にあります。復権を図る豪族諸侯の暴走を完全には抑えられなかったばかりに、不幸な行き違いが両国の間に発生しましたが、即位の後は友好条約を結びたいと考えております。今後は手を携えて大陸公路の安寧に力を尽くしていきたい所存ですので、どうかご理解賜りたく思います」

これだけでも相当な長ゼリフだったと言うのに、アンドラゴラスは話し終えた俺に拍手するどころか、鼻で笑いやがった。

「ふん、ぬけぬけと言いおるわ。パルス侵攻が失敗したから豪族諸侯に罪をなすりつけているだけで、真実は王国首脳部が豪族諸侯を追い詰め焚き付けたのであろうにの」

へえ、根拠もなくそんな事を言っちゃうの?それだったら俺にだって言いたいことがあるんだけどね。尤も、こっちは根拠あるからね。言ったのは原作のあんた自身だし。

「おやおや、根拠のない憶測は頂けませぬな。我が国とても貴国の先々代ゴタルゼス二世の死因が何者かが弑した故だなどとは決して口にしませんのに」

「貴様、誰がやったと言いたいのだ!」

「まあ、脇道にそれた話はここまでに致しましょう。とにかく、此度は我が兄が即位後に和平を結びたく思っていること、それだけをご承知おき頂ければそれで十分でございます。では、此度のこのお話はここまで。後は兄の即位後に―」

その時、勢いよく謁見の間の扉が開けられ、何者かが入ってきた。いや、何者かはすぐに判った。

「父上、お話があります。聞いて頂けませんでしょうか?」

アンドラゴラスを父と呼ぶ者は唯一人、アルスラーン王太子のみだ。五歳で王太子となり、半年間だけ王宮で暮らしたものの、その後は乳母夫婦の下で養育されているが、居場所はうまく隠されており、諜者にすらも掴みきれなかった。故に流言を流させて釣り上げようとしたのだが、まんまと図に当たったようだな。

「呼びもせぬのに何しに来たのか。話ならまさに今このよそ者としておる途中だ。お前などの出る幕ではない。とっととひっこんでおれ」

うわあ、原作冒頭とほとんど同じ言い回しだ。いや、違うな。いつもアルスラーンが何か言うたびにこんな風に言ってたんだろう。ちょっ、それ虐待じゃね?アルスラーンはよくグレなかったもんだ。

◇◇

私、アルスラーンは失敗した、と思わずにはいられなかった。陛下は謁見の間にいらっしゃいますが今は誰も通すなとの仰せでしたと、それしか廷臣たちは言わないものだからこの場に踏み込んでしまったけど、外国の使者が相手だなんて思いもしなかった。父が怒るのも尤もだ。恥ずかしい真似をしてしまった。今回はお詫びして立ち去るしか…、え、引き止められた?この人は一体?肌の色からして、シンドゥラの方みたいだけど…。

「アルスラーン殿下、出ていく必要はございませんぞ。もう当方の用件は終ったも同然ゆえ。それにアンドラゴラス陛下、その様に頭ごなしなのは教育上よろしくありませんな。とある国には『因果応報』という言葉もございます。親子の間でまた悪しき因果が巡らぬよう、感情を廃して冷静に話を聞いてはいかがか?」

その言葉は更に父を怒らせたようだけど、父は数字を十まで数えて何とか怒りを堪えたようだ。大人でも、父上でもこういう事をしたりするのか…。

無言だけど手振りで促されたので、私は、用件を話すことにした。

私が生まれた際に私の名で建立費が寄進されて建てられたミスラ寺院で、もうすぐ王都に送る若い神官三名が選ばれる時期なのだという。だが、もうここ何年も貴族出身の者ばかりが選ばれている。もしも不正がそこにある為なのだとしたら、王太子殿下の名を辱めるようなものだと都中で噂になっている。そのような事が無いように、今回は私も寺院に出向き、選定を見届けたいと。

父は今回も反対のようだったけれど、そこに居合わせたそのシンドゥラの方(後でラジェンドラ王子だと知った)が言葉巧みに言いくるめてくれた。しかも、護衛として去年の戦でトゥラーンの王弟を討ち取った勇者ダリューン、お目付け役として三カ国同盟を内部崩壊に導く計略を立てた智者ナルサスをつけ、シンドゥラ使節団も同行してくれる事になった。何でそこまでしれくれるのか判らないけれど、感謝しても感謝しきれない思いでいっぱいだ。

◇◇

こうして俺たち一行は、パルスの面々を加え、フゼスターンのミスラ寺院を訪れたのだった。

が、そこで俺が見たのは原作とはかけ離れた姿のファランギースだった。

え?何これ、マジ?マジでこれ、ファランギース本人なの? 
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