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ラジェンドラ戦記~シンドゥラの横着者、パルスを救わんとす

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第一部 横着王子
序章 原作以前
  第三話 無双勇者

バハードゥル。鮫と同じ様に痛みを感じる事が無く、故にどれ程の傷を受けても倒れずに戦い続け、相手を殺そうとする怪物そのものの男。

原作でのダリューンの好敵手の中で五指、いや三指に入るのが、このバハードゥルだろう。アルスラーンをして、「もしダリューンがあの怪物に殺されでもしたら…」とまで言わしめた唯一の存在だったのだから。あのヒルメスでさえ、アルスラーンにダリューンが負けるかもしれないと思わせた事は無いと言うのに、だ。

ただ、あれ程の強さを持ちながら神前決闘でしか戦う事が無かったのは、人語すら解しているのか疑わしい程の知性を感じさせない振るまい故であったろう。戦場に立たせた場合には、敵味方の区別が全く付かず、自分以外の全てを殺し尽くしかねない。そんなものは怖くて神前決闘以外では使える筈がない。

だから、あの原作そのままのバハードゥルなら、俺は欲しいとは思わない。だが、もしもそれなりの知性と人間らしさを保ったままのバハードゥルを手に入れる事が出来るなら、俺は千金を費やしても惜しくはないと思う。

それも不可能ではないはずだ。と言うのも、おれはバハードゥルのあの有り様が、生来のものでは決してないはずだと思うからだ。

前世でいろいろなバトル漫画を読んでいて、痛みを感じないと言うキャラが時折出てきたりしていたので、気になって調べてみた事があるのだが、それで知ったのはその様な体質の彼らが無敵の存在どころか、むしろ脆弱極まりない存在だと言う事だ。痛みを感じる事が無いと言うのは、ブレーキが無いと言うのと等しい。目をこする、指をポキポキ鳴らす、等と言う何気ない仕草ですら、痛みと言うブレーキが無い状態で行うならば、やりすぎて網膜に傷がつく、指の骨が折れまくると言った惨事になりかねない。骨折などの怪我を負ったとして、痛みを感じて庇う事もしないなら、回復どころか悪化する一方だろう。先天的にその様な体質で生まれたならば、無事に成長するように周囲はかなり注意深く育てねばならないらしい。

だが、原作を読む限り、バハードゥルに対してその様な配慮は全く感じられなかった。そんな態度で育てたならば、決してあそこまで無事に成長する筈がないのにも関わらずだ。だとするなら、バハードゥルはある程度の年齢になるまでは普通に成長し、後天的に何かのきっかけであの様な状態になったのではないか。ならば、そのきっかけとなった事態さえ回避することが出来たなら、原作とは違った状態のバハードゥルであり続ける事が出来るのではないか。俺はそう思うのだ。

◇◇

まったく、面妖な事を言い出すものですね、あの王子様は。
ラジェンドラ王子の乳母であり叔母であり、諜者の首領でもある私、カルナは思わずため息をついた。

「ビシュヌ神が昨夜夢枕に立ってな。この国にいずれ『バハードゥル』と言う名の無双の勇者が現れる。だが、彼はシヴァ神の呪いにより破壊の化身となってしまう危険性がある。そうならぬよう、お前が保護してやるがいいと」

そんなお告げを受けたそうな。乳母の私から見ても、あの王子様は決して信心深くは見えない。なのに、そんなあの子に神様がお告げを?失笑しそうになり、慌てて堪えたが、彼は珍しくも真面目な顔をしていた。

「俺もただの夢だとは思う。だが、国にとって有為な人材がむざむざ失われるかもしれないのを座して見ているのが正しいあり方か?俺はそうは思わない。お前の力の及ぶ限りにおいてで構わないから探してくれ。手間をかけるがよろしく頼む」

そう頭を下げた彼の姿には、確かに歴代の王の血を感じさせる何ものかがあった。子供の戯言と笑い飛ばす事など到底出来よう筈がなく、

「確かこの都の東の下町にそんな名前の歩兵の子が居た筈です。しがない歩兵の子に大層な名前をつけるものだと思って記憶に残っていましたが、もしかするとその子の事かもしれません。調べてみましょう」

と受けあってしまっていた。

今、私は記憶を頼りに下町を歩いている。確かこの角を曲がれば…。

…何やら辺りが騒がしいような。路上で医者らしき風体の男にみすぼらしい姿の中年女がすがりついているようです。これは一体…?


◇◇

やれやれ、危ないところだった。もう少し遅れていれば、取り返しのつかない事になっていたかもしれない。

つい先日の事だが、都の近隣のとある村が山から下りてきた熊に襲われたと言う訴えが王宮に届き、それを受けて軍は都の歩兵の一部を連れて山狩りを行ったのだと言う。何とかその熊を殺す事は出来たものの死傷者が多く出て、バハードゥルも仲間を庇って深手を負ったと言う。何とか自力で家までは帰って来れたものの、家の扉を開けたところでバハードゥルは昏倒し、以来二日高熱が出て目を覚まさない状態だったと言う。歩兵だった夫を早くに亡くし、ガタイはいいものの食費の嵩む息子を抱え、母一人子一人で生きていた彼の母には高価な薬代など払える筈もなく、それでも何とか息子を救ってほしいと医者にすがりついて懇願しているところをカルナが目撃したと言う事だった。

事情を知ったカルナは「ラジェンドラ王子の名において彼の治療に必要な全ての費用を用立てましょう」と宣言し、知らせを受けた俺も王宮に出向き、今回の山狩りで傷を負った兵たちや遺族により厚く報いてやるべきだとの進言を行った。親爺は快諾してくれたものの、側近どもは「生まれの卑しい王子は、やはり卑しい者たちの事が気になるようですな」との陰口を叩いていたようだ。まあ、知った事ではないけどな。

高価な解熱剤を投与され、手厚い看護を受けたバハードゥルの熱は翌朝ようやく下がった。高熱が三日続くと脳に障害が残る場合があると言うから、彼の場合には今回の高熱によって脳にダメージを負い、痛覚が麻痺してしまう事に本来はなっていたのだろう。若干の障害は残ったものの、バハードゥルは痛覚を失うことなく、一週間後にはようやく歩けるようになった。

そして今、俺の前には跪くバハードゥル親子の姿がある。

しかしまあデカい図体だな。バハードゥルを初めて見て思ったのはまずそれだった。前世の単位で言うなら身長は2メートルを越し、体重も100キロは優に超えているだろう。プロレスラーの、それも大巨人とまで言われた往年の名プロレスラーを、さらに分厚い筋肉で覆ったかのような見事な肉体だった。聞いたところによると今、バハードゥルは一五歳なのだそうだ。未だに成長期って事?これが更に成長したら、一体どうなるって言うんや!

「ら、ラジェンドラざま、ご、ごの度はまごどにお世話にな、なりまぢだ」
頭を下げたままのバハードゥルから呂律の怪しいしゃがれ声が聞こえる。

幸いにして痛覚を失う事は無かったものの、やはり彼は無事では済まなかった。言語野に障害が残ったらしく、この様なやたらと濁音が混じるような喋り方しか出来なくなったのだ。いや、それでも原作の知性の欠片も感じられない、獣そのものの有様よりは遥かに上等だとは思うが。

「表を上げよ。…済まぬな、もう少し早くちゃんとした手当が出来ていれば、お前の喋り方もまともなままだったかもしれんのにな」

「いいえ、いいえ、そんな事は…。元々、この子はひどく頭が悪いですし、元よりロクな事は言えませんので」

「…があぢゃん、ざずがにぞれはあんまりにもヒドイ…」

「ええい、おだまりなさい!殿下の御前ですよ!」

「ふぁい…」

さすがのバハードゥルも母親には頭が上がらない様だ。まあ、人間味があっていいけどさ。

「それはともかく殿下、私共はこの度の御恩にどの様に報いればいいのでしょう。ご迷惑で無ければ、息子共々殿下にお仕えさせて頂ければと思いますが、それでもまだまだ足りぬかと…」

「いやいや、俺のもとで出来ることを出来る限り懸命にやってくれ。それで十分さ。…でもそうだな、バハードゥル、俺はお前に一つだけ望むものがある。バハードゥル、お前、自分の名前が何を意味するか、知っているよな?」

「ふぁ、ふぁい、殿下。確か『勇者』っで意味だど…」

「その通りだ。バハードゥル、お前は『勇者』たれ!その名前に恥じぬ存在となれ!俺がお前に望むのはそれだけだ。励めよ!」

「あぢがどうごばいばす…、あぢがどうごばいばす…」

バハードゥルは滂沱の涙を流しながら、何度も頭を下げた。

バハードゥル、期待してるぜ。力を蓄え、技を磨き、仲間を守り、国を守り、全てを守れる男になれ!そして、俺も助けてくれよな!


こうして俺は無双の勇者を配下に加え、その後はほとんど大過なく、日々を過ごしていたのだが、十四歳のとき大事件が起きてしまった。

兄のガーデーヴィが妙にマトモになっちまったんだ! 
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