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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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情報参謀 会議



「では、情報参謀定例会議を始める。各々の報告の前に」
 主任情報参謀リバモア少将、主任情報参謀代理ビロライネン大佐が並んで正面に座り、囲むようにアロンソをはじめとして五人の中佐が並んでいる。
 正面でビロライネンが不機嫌さを隠さぬように、アロンソを見ている。
 その隣ではリバモア少将がいささか困ったような表情をしていた。

 何度かの会議でよく見る光景であった。
 元よりリバモア少将は人事部が長く、作戦参謀の経験はまだ尉官時代に数度しか経験がない。一方でビロライネン大佐は、参謀を長く勤めている。当然、リバモア少将は仕事についてはビロライネンに一任することが多く、情報参謀の意見はビロライネンの意見が通る。
 確か、ロボス派閥だったか。

 責めるような視線を受けても、アロンソは一切表情を変えずに、ビロライネンを見ていた。
「先日、目障りだと言わなかったかね、アロンソ中佐。いまだに小官の耳に苦情が聞こえるが」
「失礼ですが、それはどなたからです。小官の耳には情報伝達が円滑になって随分助かったという声が聞こえてきておりますが」
 真っ向からの否定に、ビロライネンが言葉に詰まった。

 情報参謀が始まってから、真っ向から否定される言葉も聞いた言葉がない。
 いや、今までアロンソもあえて言わなかった。
 そもそもアロンソは情報部から派遣されてきている身分であるし、上の階級に意見を言ったところで何も変わらないことをよく知っている。人にはよるのだろうが、ビロライネンの中では既に意見は決定していて、それに対抗したところで意見が通ることなどほとんどない。

 私も大人になったものだ。
 先の長い軍人人生との忠告は――しかし、若者から真っ向から切って捨てられた。
 先があるというのならば。
 いつから先があると思っていたのだろう。
 次の一瞬で、死ぬかもしれないのに。
 それは同盟軍に入隊して、覚悟していた事実。

 だが、その覚悟は大人になるという理由とともに消えていった。
 大人か。弱くなっただけじゃないか。
「紙だけではわからない各参謀の意見が、マクワイルド大尉がわざわざ出向くことで、その意図を正確に反映でき、実際にこちらの訓練計画に生かせています。またそれ以外にも他の参謀が相互に意見を述べることで、作戦がより綿密になったとの声が、私には聞こえておりますが」
 ざわめきが大きくなる。
 他の情報参謀も互いの顔を見るが、否定の意見はなかった。

 おそらく下からも同じような意見を聞いているのだろう。
「ビロライネン大佐が聞いた苦情というのはどこからでしょう」
 机が激しく叩かれた。
 怒りに任せた行動により、室内のざわめきが止まり、一瞬音がなくなった。
「暇なのではないかと心配する意見が各所から聞こえてきているといっているのだ。我々情報参謀が馬鹿にされているのだぞ」

「我々――情報参謀が、特にこの訓練前の時期の第五室の担当する仕事量は、作戦参謀の中でも随一の仕事量でしょうが、停滞は一切しておりません。仕事量ではなく机の前の時間での評価など、捨てておけばよろしいかと」
「何を――」
「び、ビロライネン大佐。落ち着いてください――アロンソ中佐も言葉が過ぎる」

 慌てたように言葉にしたのは、情報参謀の第一室を担当するヴィオラ中佐がなだめるように声を出した。白い肌が助けを求めるように視線をさまよわせ、止まったのはリバモア少将だ。いや、睨むように向かい合うビロライネンとアロンソ以外の視線が、リバモア少将に向いていた。
 こちらを見るなという焦燥が、誰の目にも分かった。
「ふ、二人とも落ち着きたまえ。ここは作戦を会議する場であって、喧嘩をする場ではない。うん、仕事が止まっていないのであればいいじゃないか。一大尉の動きなどに目くじらを立てる必要はない」

 そして、事なかれ主義な意見を述べる。
 正直なところリバモア少将にとっては、一大尉の動向ごときで、喧嘩をされても困る。
 別に一大尉が仕事をしていないというのならば、それはアロンソ中佐の責任だ。
 そんな雰囲気を察したのだろう。ビロライネン自身は気に食わなかったのであろうが、呻くように声を出せば、机から手を外した。
「確かに言葉が過ぎました、申し訳ございません、ビロライネン大佐」

 静かに頭を下げるアロンソに対して、ビロライネンはふんという言葉で返した。
 だが、それ以上は言葉にはせず、リバモアも反論がないと見たのか、慌てて続きを話した。
「では。会議を続けよう、まずそれぞれの担当から報告を」
「は。ではまず情報参謀第一室――帝国側の追加情報です」

 慌てたようにヴィオラが手元の書類を広げて、裏返った声を出した。

 + + +

 ビロライネンは不機嫌そうに腕を組んで黙るままで、ただ各部屋の状況報告が聞こえる。
 そこには、特段大きな内容はない。いつも通り――だが、報告の一部に他の作戦参謀の意見と現状の相違からの改善が少しずつ入っていることに、アロンソは気づいた。
 残念なことに、正面のリバモア少将とビロライネン大佐は気づいていないようだったが。
 不愉快そうにさっさと会議を切り上げたい雰囲気がありありと、わかる。
 だが、今の段階で不機嫌になられても困るのだが。

「第五室の訓練計画については順調です。先日には作戦参謀の方から修正案が来ましたが、必要とされる訓練の練度が非常に大きいものとなっておりますため、訓練時間を増やす必要はありますが。早めに分かったため、修正は可能な範囲であるかと。ところで」
 順調との言葉に安堵をしたリバモアは、言葉を区切ったアロンソを見た。
 全員の視線が、アロンソに集中している。
「下の方から、ある程度の情報を艦隊司令部にも伝えた方がいいのではないかとの意見があがってきております」

「できるわけがないだろう。そんなことをすれば、あっという間に帝国にも伝わる」
「ええ。私もそう考えておりましたが、練度をあげるためには目的意識が不可欠だとの意見があります。つまり、何も知らないで漫然と目標だけを与えられるのと、何のためにやっているのか理解するということです。むろん、全てを伝えることはできませんが、どのような訓練を行うかなど伝えるべきところ及びその範囲は、検討することも必要かと」
「で、検討はすんだのかね」

「既に伝えるべき情報と訓練内容の比較は作成しました」
 アロンソが手にしていた書類を、周囲に配っていく。
 それを見て、アロンソの周囲では紙を手にしてようやく意味を理解したのか、なるほどとの声が漏れた。
 そこには伝える対象と、実戦で訓練がどの程度役立つかまとめられている。
 つまり、現場の全員に伝えれば、訓練の結果が実戦で役立てる確率は高くなる、だが確実に情報が帝国にも伝わってしまうだろう。逆に今の状態である艦隊司令官やその周囲だけの状態であれば、突発の場合に一切の動きができなくなる可能性があると。第五室の結論としては、せめて分艦隊司令までは作戦内容を伝えるべきではないかと書かれていた。

 皮肉を言おうにも、こうまでまとめられていればビロライネンは不機嫌そうに唸って黙った。
「わかった。それについては上に報告しておこう」
 そして、リバモア少将があっさりと肯定を口にした。
 決めるのは上であって、報告するリバモア少将は何ら問題とはならないと考えたのだろう。むしろ、ここで再びビロライネンとアロンソが喧嘩し始めることの方が嫌だったかもしれない。事なかれ主義がいい意味で発揮された一面だったかもしれない。

 + + + 

 イーサン・アップルトン中将。
 第五次イゼルローン攻略戦における主任作戦参謀を務め、同時に百人近くを要する参謀を取りまとめる役割を担っている。赤色の髭を蓄えたまだ三十代半ばの男であり、堅実な仕事ぶりは空きが開けば、艦隊司令官に最も近い男として名前をあげられている。
 書類を手に持てば、アップルトンは艦隊司令長官の扉をノックした。

 帰ってくる声はない。
 もう一度ノックして、しばらく返答を待ったが、一切の動きがないことに大きく息を吐く。
「また、あの方は部屋にいないのか」
「何か用か、アップルトン中将」
「は、これはシトレ大将。ご報告があってまいりました」
「ああ。すまない、少し司令部の様子を見てきてな。すぐに報告を受けよう」

 敬礼に対して、答礼を返せば、シトレはアップルトンを室内に招き入れた。
 ソファに腰を下ろし、相対する場所を示せば、アップルトンも腰を下ろす。
 まるでどこかの情報参謀のようだなと思う。
「それで。報告というのは何だね」
「は、こちらになります」
 ため息を飲み込んで、シトレに書類を渡す。

 記載されたのは、先日情報参謀から上がってきていた意見書だ。
 内容は、第五次イゼルローン攻略における情報について、どこまでの情報をどの部署まで伝達するかと言った内容であった。そんなものは従来通りでいいだろうと、当初は一笑に付したが、内容を見てみるとアップルトンだけで拒絶することはできないと思った。
 実際にアップルトンの部署が訓練に求める練度は非常に高く、練度がより高くなれば、さらに違う作戦をとることも可能となるからだ。

 現状では作戦参謀が最低限に求める訓練練度に到達することで精一杯。
 だが、ある程度の情報を艦隊司令だけでなく分艦隊等に渡すことで、自発的に各艦隊が得意不得意とすることに対して個別に応じた訓練が行われ、練度は高まるものと意見されていた。
「可能だと思うのかね」
「作戦参謀の方でも検討をいたしましたが、結論としては検討する余地があるかと。つまり現状では情報を与えないため、訓練の練度の目標しか与えていません。しかし、艦隊にも得意不得意があり、目標を簡単に達成した艦隊はそれ以上の練度はあがりませんし、練度は結局のところ最低限のレベルに即した内容で終わる可能性が高い。一方で目的を与えることで、目標を達成した部隊はまた別の訓練を行えますし、それらを把握することで艦隊編成も柔軟なものになると」

「だが、その分情報が帝国にわたる可能性はあるわけだね」
「ええ。だからこそ、その部分の切り分けをしてもらいたいとの意見でした。正直」
 そこで自らの髭を撫でながら、アップルトンは苦笑した。
「リバモア少将がこのような意見をあげてくるとは予想外でした。言い方は悪いですが、従来どおりを重視する傾向がありましたから」
「下から言われて、何も考えずに上に流しただけということもあるな」

「その可能性もあります。が、かといって無視するわけにもいかないわけでして」
「切り分けというのが難しいものだろうな。どこまで危険性を考えて、訓練の練度をあげるか。できそうかね」
「情報参謀次第といったところでしょう。仕事が一番増えるのは情報の――訓練を担当している第五室でしょうか。その実力があるかどうか」

「だが。失敗したところで問題はないのだろう」
「ええ。特段問題はございません。これがいいのかどうかわかりませんが」
 そこでアップルトンは困ったように、苦笑を浮かべた。
 苦い表情で、首を振りながら。
「よくはないのでしょうが、従来通りとの言葉は我々にも跳ね返ってくるのです。情報参謀は今まで通りに最低限の情報だけを与えて、必要最低限の目標を達成させた。我々はその必要最低限の実力をもとに作戦を立てざるを得なかった。笑い事ではありませんが」

 アップルトンが息を吐いた。
「逆に言えば、進めて失敗したとしても、最低限の実力さえあればこちらは問題がないということです」
「なら、やってみるべきだ。それに第五室か」
 シトレは、アップルトンと対象に楽しげに笑った。
「何かおかしいことでも」
「いや。私はわからん、だが変わらぬことが、変えるというのが面白くてね」

「変わらぬことが、変わることですか」
「何でもない。だが、それは今後、我々同盟に必要であることかもしれないな」

 シトレは、手元の書類にサインをかいて、アップルトンに渡した、

 
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