| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

強欲探偵インヴェスの事件簿

作者:ごません
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

盗賊の前にモンスターの前菜を。

 ガラガラと音を立てて、馬車の車輪が回る。御者台には二足歩行の猫らしき者が手綱を握り、幌のかかった荷台ではクッキーを抱いたミーアが座ったまま船を漕ぎ、その傍らではハリーが鎧を手入れしている。インヴェスはその様子を忌々しそうにチラチラ見ながらふて寝している。折角ミーアが無防備なのだからパックリ頂きたいと思ってはいるのだが、側にはハリーが貼り付いているし、何よりインヴェスにとっては最強の門番であるクッキーちゃんが抱きかかえられている。お陰でインヴェスはムラムラとイライラが混じり合って爆発寸前位に苛立っていた。

「ニャ~……しっかし暑いニャア?」 

「昼間の砂漠だぞ?暑いに決まってる。そんなに暑けりゃその毛皮の着ぐるみ脱いだらどうだ?」

「ニャるほど、じゃあ遠慮なく……って、ニャーのこれは着ぐるみじゃねぇニャ!」

 インヴェスの毒舌にノリツッコミを決める猫。彼らは猫妖精……いわゆるケットシーと呼ばれる種族で、彼らいわく『ちょーぜつプリチィでお茶目な小悪魔系妖精』らしい。妖精のくせに悪魔なのかよ、というツッコミはノーセンキューとの事だ。彼らは人語を理解し、動物の扱いにも長けているし、肉球の手(前足?)であるにも関わらず手先が器用だった。その器用さを悪用して盗賊紛いの事をする手癖の悪い者もいるが、低コストで頼める御者やお手伝いさんとして一定の需要があった。何よりその愛くるしい見た目のお陰で、女性からの人気も高い。何より、

「上質なマタタビと干し魚頂いたから、文句ねぇけどニャ」

 チップの価値がモロに猫基準で、安上がりな所がインヴェスは気に入っていた。




 何故インヴェス一行が砂漠の上を馬車で移動中かと言えば、インヴェスが誘拐犯に当たりを付けたからこそだ。盗賊団『砂漠の蠍』はその名の通り砂漠を根城にした盗賊団で、主な獲物は砂漠を渡るキャラバンや商人だ。という事は獲物を品定めする為の斥候が街に潜んでおり、目星を付けた獲物の通るおおよそのルートを調べて仲間へと報せ、襲わせている可能性が高い。そう踏んだインヴェスはそこに目を付けた。『相手が此方の動向を探ってくれるのなら、逆手に取って狩ってやろう』と。ハリーとミーアにそう持ちかけて呆れられつつも、ミーアが自らの手で助け出したいと発言した為に方法はそれしかないかと納得され、砂漠の先にある街へと買い付けに行く商人に偽装するために馬車や積み荷、御者の手配等諸々の準備を整えて砂漠へと乗り出したのが2日前。御者のケットシーには事情を話してあるし、馬車といっても牽いているのは馬ではなく巨大なトカゲだったりするのだが。

 そんな風に馬車に揺られる事、2日。変化は突然やって来た。先程までのんびりと装備の手入れをしていたハリーが、ガチャガチャと装備を付け始めたのだ。まるで今すぐにでも戦闘が始まるかのようなその動きに、ミーアは不安げな顔になる。

「ど、どうしたんですかハリーさん?」

「気付いてないのか?モンスターに囲まれている」

 ミーアもモンスターを狩る事を生業としている為、気配には敏感……なはずなのだが、それにはエルフならではの特性が絡んでいる。エルフは植物と簡単な意思の疎通が出来るのだ。その為、その力を応用して獲物の気配を探る。ミーアもまだ未熟な為、植物と意思疏通が出来ていると理解していないが、何となくこっちの方にいそうだ、というのは周囲から伝わってくる。しかし、今居るのは砂漠。植物など僅かにしかない。そのせいでミーアの感知能力は並みの人間以下にまで下がっている。無意識に便利な能力を普段から使っている弊害と言ってもいいかもしれない。

「おいインヴェス起きろ、モンスターの群れだ」

「あぁん?知るかよ、お前が何とかしろよ」

 寝転がったままの相棒に、一応声をかけるがそもそも動く気がない。まぁ、元はと言えば依頼人の希望に沿って危険な砂漠に連れ出している部分もあるため、多少の負い目がハリーにはある。

「ちっ……解った、俺が片付けてくる。その間しっかり彼女を護ってろよ?」

「誰に向かってそんな口聞いてんだ、この筋肉ダルマ」

 正に傲岸不遜、という言葉が相応しい態度。しかし、その態度が虚勢でも大言壮語でもない事をハリーは知っている。馬車から飛び降りて、その衝撃を緩和するように砂地をゴロゴロと転がる。

「ペッペッ、口に砂が……」

 最後が華麗でないのはご愛嬌だろう。ゆっくりと立ち上がりながら身体に付いた砂を払い、周囲を確認する。

「ダガーラプターの群れか……」

 ダガーラプター。主に砂漠に生息する二足歩行の肉食蜥蜴だ。鉤爪はナイフのように鋭く、発達した脚と尻尾を使って跳躍して飛び掛かってくる攻撃を得意とし、群れでの狩りを行う。

「ひぃ、ふぅ、みぃ……ざっと30はいるか」

「グオッグオッ!」

 かなり巨大な群れだ。群れのボスはかなり手強い事が予想される。それでもなお、ハリーの余裕は崩れない。

「グアォッ!」

 余裕をかましているハリーに業を煮やしたのか、群れの中の1匹がハリーに飛び掛かる。ハリーは反応できなかったのか、動く気配がない。

「ぬぅんっ!」

ーー否、動けなかったのではなく、動かなかったのだ。背負っていた大剣の柄に手を掛けたかと思うと、まるで空中のハエでも叩き落とすかのように、ダガーラプターの頭蓋にハリーの大剣の切っ先がめり込む。そのまま地面と大剣にサンドイッチされたダガーラプターの頭部は、グシャッとかグチャッという生々しい音をたてて粉々に砕けて血や脳漿、肉片などを撒き散らした。その飛沫をまともに顔面に喰らって顔を深紅に染めつつ、

「死ぬ覚悟の出来た奴から掛かってこい」

 と、伝わるハズもないダガーラプター達に睨みを効かせて呟いた。





 一方、ハリーに面倒を押し付けて逃げた馬車に乗っている一行。彼らの下にもハリーと同等、いやそれ以上の災難が降り掛かろうとしていた。インヴェスの普段の行いのせいかもしれない。

「おいおい、嘘だろ……?」

馬車の幌から顔を覗かせたインヴェスが、顔をひきつらせながら上空を見上げている。その視線の先には、

「グオオオオオォォォォォッ!」

 縄張りに入り込んだ彼等を威嚇するように吼える、飛竜ーーワイバーンの姿があった。

 ワイバーン……それはこの世界の食物連鎖の頂点とも言うべき捕食者。更に上にはドラゴン等の幻獣が居るには居るが、滅多に人前に姿を現す事は無く、正に読んで字の如く幻の存在であるが故に、ワイバーンが食物連鎖の頂点であると認識している者が大半だ。しかも運の悪い事に、飛竜の中でも気性が荒く、戦闘能力も高い事で有名な種類だ。

猛毒の爪と尻尾の棘。

特殊な内臓を駆使した火炎攻撃。

高い飛行能力と地上に降りた際の剛脚。

 しかし、この大ピンチにも関わらずインヴェスの顔に浮かぶのは恐怖でも焦燥でもなかった。ただひたすらに『面倒だ』という一念で顔が歪む。

「おいクソ猫ぉ!俺があいつを引き付ける!攻撃喰らって車がぶっ壊れねぇように逃げときな!」

 そう叫んで車内に立て掛けてあったインヴェスの得物を掴む。

「インヴェスさんっ!」

 冒険者を生業とするミーアにも、彼の飛竜の危険性は十分に知っている。複数の冒険者が徒党を組んで、どうにか倒す獲物だ。ましてや単独で倒すなんて噂に聞くS級冒険者や英雄の所業だ。

「まぁお兄さんに任せておきなさいって……あばよっ!」

 そう言い残して、インヴェスは車から飛び降りて……着地の衝撃を殺しきれずに砂漠の上をゴロゴロと転がる。

「うぇっ、ペッペッ!口に入ったぞ畜生!」

 毒づいているが、着地に失敗した自業自得である。

「さ~て、と。チャッチャと始末つけさせてもらうぜ?」

 インヴェスはそう呟きながら、抱えていた折り畳み式のそれを展開する。固定フックをガチンと噛ませ、コッキングレバーを引く。そして巨大な『銃』が姿を現した。 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧