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ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人

作者:織部
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晩餐会 1

 
前書き
 原作小説『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』11巻。本日発売です。 

 
 クェイド侯爵の館に駆けつけた宮廷魔導師団の面々は、そこかしこでたおれている使用人の姿を目にして通報が虚報や悪戯のたぐいでないことを確信した。
 そしてホール内を埋め尽くす合成魔獣の死骸と、ごていねいにも【マジック・ロープ】とカーテンで二重に縛り上げられ、【スペル・シール】をほどこされた上に猿ぐつわまでされた館の主を発見した。

「いったいなにがあったんだ……。うん?」

 意識を失ったその横に彼の罪状を書き連ねた書状が広がっており、この件は魔術がらみの案件を専門に対処する、帝国宮廷魔導士団特務分室にふさわしいと判断し、すぐに報告をした。
 このことを機にクェイド侯爵の悪逆非道のおこないが暴露されるのであった。





 授賞式はつつがなくおこなわれ、秋芳は名実ともに騎士爵となった。
 晩餐会用のホールには五〇人は座れる長いテーブル、アルザーノ帝国の歴史が描かれた丸みを帯びた天井にはシャンデリアがいくつも吊り下げられている。
 テーブルには純白のテーブルクロスがかけられ、そこにならべられた銀製の食器類は磨きこまれていて輝いている。ガラスの食器類は最高級のクリスタル製で、黄金製の枝つき燭台があちこちに置かれていた。
 出席者ひとりにつきひとりの給仕がつき、用のない時は微動だにせず壁際に立っている、その姿は彫刻のようだ。
 前菜はアカザエビと帆立貝の炭火焼き、エルダーフラワーやイラクサやラムソンなどハーブをふんだんに盛りつけたサラダ類、冬林檎のピクルス。
 主菜はうずらの黒ニンニクとリーキの灰風味、イモと野生のキノコ盛り合わせ、羊肉とトマトの煮込み、鴨や鳩のロースト。
 デザートはスノーベリーのシャーベット、レモンのチーズケーキ、サバイオーネで、メレンゲやサワークリーム、アイスクリームがたっぷりと添えられていた。
 そして飲み物は山ほどのワインの他に、ブランデー、蜂蜜酒、各種リキュールやカクテル類。コーヒー、紅茶、東方の緑茶までも用意されている。

「前菜を左右非対称に盛りつけるなど、見た目や香り。食感の変化を楽しませる工夫がされている。味つけは少々物足りないが、この気配りはなかなかに乙」

 秋芳は式典後の晩餐会のメニューに大いに満足した。
 晩餐会というが、貴族たちの食事会はむしろ食事よりも出席者同士の会話がメインだ。
 私的な食事会では夜通しおしゃべりに興じることもある。
 おしゃべりは得意なほうではない秋芳ではあるが、京都で白足袋連中を相手にしていたこともあり、大人の対応は心得ていた。

「カリーダ・フーロについてはご存知かな?」
「プラド大公が彼女の絵を認めるまで、カリーダさんの作品は絵画として世に認識されなかったのは実に残念です」
「ふむ」
「プラド大公といえば、彼の集めた美術品をもとに創設された美術館は世界屈指の美の殿堂かと」
「そうだろうとも」
「孫の小プラド公の収集したプラド七品のなかでも六英雄激闘図は傑作中の傑作だと世間では言われていますが、私はロイド聖賢図に描かれた庭園に惹かれます。あの絵に描かれた、たくさんの花々。鮮やかな色使いが美しく、まるで匂いまで伝わってくるようで、彼の技術の高さを感じます」
「リタースングラードの戦いについて、どう思われますか?」
「レザリア王国はロヴパフの家を手に入れるため、首都を陥落させるよりも多くの兵を失いました。アートレム劇場で公開中のメアリ=クライタの作品にそのあたりの顛末が描かれており――」
「ムーア様式の復刻についてだが」
「サンメザーノ宮殿に見られる東西の文化の融合を体現した建築様式は荘厳にして可憐、幻想的で洗練された摩訶不思議さに見る者を呆然としてしまうとか。聖エリサレス教と多宗教が平和に共存していた頃の名残ですね」
「騎士爵殿はアルザーノ魔術学院に通っているとか。第七階梯(セプテンデ)のセリカ教授の『平行世界における相互時間流に関する第三者視点からの思考実験』について学ばれたことは?」
「初歩の初歩なら。この論は時間という概念に関する哲学の二大潮流が主軸となります。このふたつはご存知ですよね」
「ああ、たしか……」
「循環的時間と直線的時間です。いっぽうには永遠に循環する時の円環(サークル)が存在し、もういっぽうには不可逆一方的な時間の直線があり――」

 陰陽師はたんなる呪術者ではない。博物学者でもある。秋芳はときにこちらの知識を試そうと意地悪な質問してくる出席者たちとの問答で恥をかくことなく、ひととおりの〝基礎知識〟を披露して社交辞令をすまし、隅にあるバーカウンターに身を寄せた。

「作ってもらいたい酒がある」
「なんなりとおもうしつけください」
「そこのカップに薄くスライスしたオレンジの皮、ジンジャー四枚、スプーン一杯の蜂蜜を入れて、ブランデーと温かい紅茶を半々で注いでシナモンスティックを挿してくれ」
「それは……、はじめて聞く飲みかたですね」
「デザート代わりの食後酒さ」

 琥珀色の液体からふわりと立ち上がる芳醇な香り越しに見れば、レニリア姫を中心とした人の輪ができていた。
 豪奢にして繊細なまばゆい金髪に白磁のような肌と長いまつ毛に縁どられた蒼氷色の涼やかな瞳。
 プリンセス・オブ・プリンセス。
 数多の受賞者達よりも公務に出席した王家の人間が会場の華なのだ。
 この場での顔合わせを機会に色々と便宜を図ってもらいたいと願う者は多いだろう。

「金髪に合わせた黄金のティアラと瞳に合わせたブルーのチュールドレス。クリスタルがふんだんにあしらわれたデザインは上品で存在感も抜群。だが、いささか華美に過ぎるな」
「まぁ、シーホークを救った騎士爵様は服飾評論家でもあるのかしら」

 若い女性が声をかけてきた。蜂蜜色の髪に青みがかった灰色の瞳。身なりからして給仕のたぐいではない。出席者の一員か貴賓として招待された、いずこかの貴族のご令嬢といった感じだ。

「それ、美味しそうね」
「味見しますか」
「お願いするわ」
「じゃあ、おなじものを頼む」

 琥珀色の液体をひとくちすすった女性が吐息を漏らす。

「体が温まるわ。イテリアの冬にはもってこいね」
「だろう。温かいココアを入れても合うぞ」
「あなたの周り、ずいぶん人だかりができていたわ。人気者ね」
「こちらの知識を試して、下手なことを言ったら笑いものにしてやろうという衒学ぶった連中にたかられただけさ。それに人気者というのならあそこにいる姫様のことだろう」
「そのレニリア姫殿下の装いに不満があるみたいだけど」
「あのティアラがまずい」
「なにがまずいの?」
「大粒のアクアマリンとダイヤモンドが余計だ」
「どうして? 彼女の美をよりいっそう引き立てる装飾だと思うけど」
「完全に完全を合わせても、くどくなるだけだ。あえてなにかを欠けさせることが美を引き立てるんだ。それこそが、乙というもの」
「破調の美というやつかしら? それは東方人の考えかたね」
「昨夜もスーパーヒーロー着地についての考えの相違でおなじことを言われたな、レニリア姫。その扮装もペルルノワールとしての仮面のひとつなのか」
「……どうしてわかったの」
「言っただろう、人よりも気を読む術に長けていると」
「外見を変えただけではお見通しというわけね。あなたにかかるとファントム・マスクも形無しだわ」

 蜂蜜色の髪をした貴族令嬢――。その正体は【セルフ・イリュージョン】が永続付与された仮面で変身したレニリアだった。

「王族としての公務を影武者に押しつけて、ペルルノワールとしての次なる標的の物色か?」
「ええ、豪華絢爛な貴族社会はひと皮剥けば民衆の生き血を啜る悪党たちが跋扈する魔界よ。民草の集まる場所と、こういうところ。至高と至弱、双方の姿を見定めて、ペルルノワールは獲物を決めるの」
「富める者から盗み、貧しき者にあたえる。貴族連中のふところにある宝石や金貨でいっぱいの袋が、ペルルノワールに盗まれるのを待っているな」
「でも、今日は義賊としての標的ではなく別の標的を見定めるために来たの」
「別の標的、とは?」
闇鴉(レイヴン)、あなたよ。昨夜のあなたの動きは実に見事だったわ。もしあなたがいなければ、ペルルノワールとはいえ難儀なことだったでしょうね」
「そりゃどうも」
「アルザーノ帝国はつねに強くて有能な魔術師を求めているわ。カモ・アキヨシ。あなた、特務分室に入るつもりはない?」
「ない」
「即答!?」
「姫として、叙勲者の、俺の経歴は見ただろう。魔術学院に入学したばかりだ。まだまだ学ぶことは多い。国のために働くいとまはないな。それに俺は軍人になるつもりはさらさらないよ。宮仕えは性に合わないんだ」
「今すぐにとは言わないわ。それに四六時中お役所にひかえていろともね。こちらとあなた、双方の都合の良い時に手助けしてくれればいいの。報酬も出すわよ。あなたが学院で有意義に過ごしたいのなら、お金はいくらあっても足りないくらいでしょ。たとえ講師でなくても」

 魔術学院の講師陣にとって給料はたんなる生活の糧以上の重要な意味がある。高い階梯の教授職ともなれば、学院から研究費が多く下りるが、講師にまわされる研究費は雀の涙だ。
 講師が功績を挙げるために自分の魔術の研究を進めるためには、研究費はみずからやりくりするしかない。
 魔術講師は世間一般から見ればたしかに高給取りではあるが、収入以上に支出が多く、実際のところつねに余裕のない状態なのだ。
 そして生徒もまた講師ほどではないにせよ、先立つものは必要だ。最低限の学費にくわえて、専門的なことを学ぼうとすれば方々に出費することになる。
 錬金術に必要な道具をひととおりそろえるためにもそれなりの金を用意しなければならない。
 学院にある錬金台を授業以外で使用するには申請と順番待ちがあり、好きな時に好きなだけ使う。というわけにはいかない。やはり自宅に錬金道具が一式あったほうが望ましい。

「金か……、たしかにいくらあってもこまる代物じゃないな」
「でしょう。とりあえず見習いとしていくつか任務をこなしてみましょうよ。それで合わないようだったら、無理に勧めないわ」
「ふ~ん、たとえばどんな任務があるんだ」
「あなた、殺しは得意?」
「ド直球な質問だな、おい。俺に王家の殺し屋になれというのか」
「言葉を飾ろうが濁そうが無意味だからね。特務分室の仕事は多岐にわたるわ。そのなかには暗殺や破壊工作といった汚れ仕事がふくまれるのは事実だもの、最初にはっきりさせておかないとね。……少し前まで外道魔術師の処分に向いたメンバーがいたんたけど、殺しの仕事が堪えたようで、心を病んで辞めてしまったの」
「まぁ、普通の神経の持ち主ならばそうなるだろうなぁ」

 特務分室は危険な任務が多い。作戦遂行中に命を失う者や、内容に耐えられず辞職する者が後を絶たないために欠員が頻繁に出るため、現在は特に空席が目立つ。なんとか任期をまっとうしても、心的外傷後ストレス障害――心の病を患う者も多い。

「そのてんあなたは慣れていそうよね。クェイドやズンプフをあしらった感じ、手慣れていたわ」
「そう見えるか」
「そう見えたわ」

 陰陽塾に入る以前、数多の闇働きで呪殺まがいのことをおこなっていた秋芳である。
 その身に帯びた暗いにおいを、敏感に察知されたようだ。

「まさか、しょっぱなから殺しの仕事じゃないだろうな。昨夜逃した人狩り貴族ども全員を見つけて殲滅しろだとか」
「いいえ、それもいいけど、それはすでに他の人に任せてあるから」
「そりゃあ手の早いことで」
「あなたには別のことをお願いしたいの。さる貴人への武術の指南をお願いするわ。おびただしい数の合成魔獣(キメラ)たちを退治した東方渡来の武術。魔闘術(ブラックアーツ)に酷似した神秘の技に興味津々なの」
「その貴人というのはもしや……」
「レニリア姫よ」

 手にしたグラスでひそかに指し示した相手は、人の輪の中心にいる影武者のレニリア姫ではなく、自身を指していた。

「ペルルノワールは剣技も魔術も一流。いまさら俺程度の教えなどたいして面白くもないと思うが」
「謙遜しなくていいわよ。アルザーノ帝国では、魔術、剣術、拳闘、乗馬、学門。この五つは貴人の五大教養とされているのは知っているわよね」
「ああ、人の上に立つ者は文武両道たれ、というのが古典的な帝国貴族の伝統だと、ナーブレス公爵家のお嬢様に教えてもらったよ」
「ナーブレス家のウェンディ嬢ね。彼女の認識は正しいわ。高貴なるものに伴う義務をまっとうするために、文武ともに精進を怠るわけにはいえないの。この国にはない異国の武術。ぜひ教えてちょうだい」
「尚武の気風が悪いとは言わないが、人の上に立つ者ならば個の力を磨くよりも衆を率いる智恵を得るほうが有意義では。ウェンディにも言ったことだが、剣はひとりの――」
「剣一人敵、不足学。学万人敵」
「おおう」
「剣術はひとりの敵にもちいるものだから学ぶほどの価値はない。統治者はひとりで万人にあたる政治や軍略を学ぶべきである。と言いたいのでしょう。まえにあなたとおなじ東方出身の剣士におなじことを言われたわ。彼は異邦人ながらも帝国のために軍人として尽くしてくれたけど、テロリストの凶刃に命を奪われた。今となっては彼の技を継ぐ者もなく、強引にでも彼を説得して教えてもらわなかったことを悔やんでいるわ。……個人の武勇が無価値だとは思わない。武とは戦いを止める仁義の心。武芸を極めてこそ暴力を止め、仁義の心を世に広げられる。おのれの身ひとつ守ることができなくて、どうして無辜の民人を守ることができるでしょう」
「仁義とは?」
「弱気を救うのが仁、己を捨てるのが義。これぞ仁義!」

(この女、侠の心がわかっているじゃないか)

 日頃から君子ぶっている秋芳ではあるが、儒者の教えよりもこの手の侠客の科白のほうが心に響く。

「そこまで言うのなら……。それに実は俺もこの国の武術をはじめ、文化や芸術に興味があるんだ。ロイヤルプリンセスともなれば教養豊かで、さぞや古典芸能に通じているだろう。こちらも教える、そちらも教える。これでもかまわないか?」
「一方的に奪うのも、惜しみなく与えるのも、わたしの本意ではないわ。 たがいに利を受け与える遠慮なき間柄こそ理想よ。『ダール・イ・レゼベール』てやつね。わたしはあらゆる人とそういう関係を築きたいの」
「ようし、ならば俺の知っていることを教えよう」
「わたしの知っていることを教えるわ」

 こうして、秋芳とペルルノワールことレニリア王女は期せずしてよしみを結ぶことになったのである。 
 

 
後書き
 先日、上野の東京国立博物館に行ってきました。
 展示物の写真撮影OKでびっくり(フラッシュはNG)。前からそうでしたっけ? 
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