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嗤うせぇるすガキども

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これが漢の戦車道 ④

 
 
 
 
 
 N山競戦車場で開催される全国中継、賞金3倍の戦車道スペシャルマッチ。
 当然鹿次の登場するイージーエイトの「ホラー号」も参戦する。
 パドックでその対戦相手の女子選手たちを見て、何かを叫ぼうとした鹿次だったが、呪文が頭に響いたとたんまったく声が出なくなってしまった。
 焦って口をぱくぱくさせるだけの鹿次。しかし彼の乗車「ホラー号」の車長である「戦争親父」には、鹿次が何に焦っているのかまったくわからなかった。






『よけいなことを言おうとしたからだよ』

 鹿次の頭の中だけに響く声。それは例の少年悪魔のものだった。
 どこにいるんだと鹿次はあたりを見渡す。

「……(あんなところに!)」

 奴は、観客席の最上段、競馬なら馬主などがいるであろう、透明防弾樹脂の張り巡らされた「特等室」にいて、こちらを見下ろしている。王族の礼服のようなものを着て。
 彼は、鹿次に向かってテレパスを飛ばしてきた。

『いまから沈黙の魔法を制限付きで解除してやる。
 会話ができないなら通信手ができないからな。
 しかし、今回の対戦相手について何か言おうとしたら、その言葉は声にならない』

 つまり、自チームにも他チームのメンバーにも口外禁止ということらしい。
 わかったという意思を示すために、鹿次は彼に向かって必死に首を上下に振ってみせる。

『わかったならいい。ではがんばるんだな。
 負けたら君のノルマが罰金分増えるのだからな』

 困ったことになったと、鹿次は思った。
 もし戦争親父たちがいままでの相手の延長で舐めプレイをしたら……。ヤヴァい。



「パドック」では、両陣営の選手たちが男子側から紹介されている。
 通例、男子側が戦車5両、女子側が10両で行われるのが決まりとなっている。
 ところが今回はプロチーム二軍補欠とはいえ、女5両vs男10両。ファイブオンテンなのだ。
 戦争親父をはじめ、男子選手たちは前例のない事なので表情の選択に迷っている。
 そして案の定、女子側オッズは天井知らずになっている。
 試合時間はこれも定例の3倍の6時間だが、もし女子側が1両でも生き残っていたら十万車券になるかもしれない。
 しかし、もはや破れかぶれになっている樹海入り一歩手前の多重債務ギャンブラーを含めて、女子戦車の勝戦車投票券を買うものはいなかった。
 ただ、「男子全滅、女子被撃破なし」を10枚ずつ買った客が2人いた。
 まあ、記念のつもりで買ったのはミエミエだ。たった千円だし。



『えー、ではこれより女子チームの乗車紹介と、車長のあいさつがおこなわれます』

 テレビ中継のアナウンサーが、ふだんの重賞戦のときと同じように淡々と話している。

『ただいま紹介されている戦車は、アメリカ製M4A3ですね』
『女子プロでも二軍補欠では、高いティアの戦車は持って来られないのでしょうかねえ。
 多少は期待したんですが』

 解説者も肩すかしを食らった気分のようだ。

『いま、車長のあいさつが始まりました』

 アナウンサーがそういうとともに、画面が中継席からパドックに移る。



 そのチームは全員がカーキーのタンクジャケットで、車長はストレートのロングヘアーなのに前髪一房だけがクルリとカールした、メガネを掛けた18歳ぐらいの女子だった。

「今回は私たち補欠組に、このような晴れがましい戦場を与えていただき、感謝に堪えません。
 しかし、お相手は男性の古強者ばかりです。
 私たちは無茶な突撃などせぬよう、油断なく慎重かつ思慮深く戦いたいと考えています」

 男子陣は黙って聞いているが、鹿次だけが心の中でズッこけていた。



 お前らがそれを言うか~~~~! 知波単ども! 謙虚が過ぎる。
 特にっ! 吶喊しか知らないトッカンバカの辻つつじ! いつから父親のような奴になった!

 まあ、鹿次の以前いた世界の常識ではそのとおりであるのだが。むろん言葉にはならない。



 次のチームが紹介される。
 やはり戦車はM4A3とのこと。

「……」

 戦争親父が、いつのまにか黙り込んでいる。
 車長らしきやはり18歳ぐらいの女があいさつに登る。

「ご来場の皆様。私たちは男性の戦車道選手の方とお手合わせするのは初めてですが、せめて皆様に呆れられることのないよう、精一杯勤める所存にございます。
 ふつつか者揃いですが、どうぞよろしくお願いします」

 それだけいうと、トウモロコシ色の髪の毛がウェーブ気味の女は、深々と一礼してお立ち台から降りた……。
 もちろん鹿次は、心の中だけで絶叫している。
 おケイ! お前何なんだそれはぁ~~~~~~~!!
 しかもその後ろには、いかにも気弱そーな表情を浮かべるイギリス巻、おろおろしている背の高い中分けロン毛、半分涙目のローズヒップ、チューリップ帽で顔をかくしている謎女。
 なんだその無節操な多国籍軍はー! と鹿次が激しく思うのはむしろ当然かもしれない。





 次に登壇したのは、安定の少佐カット。
 もしかしたらコイツは逆に「軍神」「鬼神」と呼ばれるにふさわしいあいさつをするかもしれないと、鹿次は密かに期待する。
 しかし、そいつは目を見開き、開けた口をゆがませ、みごとに硬直している。
 完璧に雰囲気に飲まれてしまっている。

「あの、すみません西住さん。何か一言おねがいします」

 場内進行係が、みかねて少佐カットにあいさつをうながすと、やっと彼女は口を開いた。

「ぱ……」
「ぱ?」
「……はんつ、あほー……」



 おまけに、今回はしっかり噛んでいる……。
 爆笑に包まれる観客席。
 顔を片手で押さえる鹿次。
 少佐カットは、真っ青だった顔を今度は真っ赤にして、泣きながら壇を駆け下りた。

 何でコイツはどこでもそうなんだ。としかいいようがない。安定すぎる。
 一方、中継席ではアナウンサーと解説が、首をかしげていた。

『乗車は「標準的中戦車あんこう号」とのことですが、いったいなんなんでしょうか?』
『うーん。Ⅳ号のバリエーションではないですかね。
 まあ、名前からして安い量産型なのでしょう』

 どうも解説者にもわからないらしいが、どうせ競馬の解説者だって適当な事しか言わない。



 そして次に登壇したのは、うってかわって厳つそうな雰囲気を漂わせる目つきの鋭い女。
 来ているものは黒ベースのパンツァージャケットに、頭に黒い略帽。

 鹿次は思う。
 せめてお前だけはまともなあいさつをしてくれ。でないと気がおかしくなる~~~!

 彼女は折り目正しい姿勢で背筋を伸ばし、周囲を睥睨するようにカツカツとお立ち台に上る。
 そして、日本陸軍式の腕真横90度、手のひらをのばし中指をこめかみに当てた敬礼をするとおもむろに口を開いた。いや、一呼吸置いた。



 鹿次もなんか緊張感を覚える。いや、殺気すら。しかし……。

 彼女はツリ目をいきなりタレ目に変え、少しほほを染め、握った両手を口の前にもっていき、少し猫背になって、テレテレなポージングのまま、こうのたまった。

「そんなに見られたら、まほ恥ずかぴーですう。
 まほがんばっちゃうから、みなさんよ・ろ・し・く。チュッ♪」



 ――いきなりの投げキッス。
 そして、西住まほはそのままのポーズで内股でぱたぱたと壇を下りていった。
 一瞬あっけにとられる観客たちと男子選手たち。

 鹿次は、全身にジンマシンができ、あまりの寒さに凍えそうになっていた……。
 そして、アナウンサーと解説者は「蝗」なる奇怪な名前の戦車に「どーせハッタリだろ」と結論づけて笑っていた。



 最後に登場した車長は、まだ小学校を卒業したばかりのサイドテールの女の子にみえる。
 手を出しただけで重犯罪。
 しかし、鹿次は今度は恐怖でガタガタ震えていた。
 だって、そいつって、自分をここに送り込んできた「小娘悪魔」本人なのだから。
 え? 戦車も乗れるの。とかいうレベルの話ではない。
 鹿次にだけは、黒い角と羽根が見えるという、恐怖の片鱗を垣間見せていたのであった。
 そしてなんと……。

「みなさんこんにちは。
 わたしはしまだありす、じゅうさんさいです。よろしくおねがいします」

 どっとわく観客席。
 小娘悪魔は、いかにも本当の子どもだと言わんばかりに、舌っ足らずな言葉遣い。
 なおも小娘悪魔のおちょくりは続く。

「では、これから『おいら○○だぜ!』をうたいます。」

 そして舌っ足らずのまま、何とも物騒な童謡をうたう小娘悪魔。
 実年齢四千歳以上……。



 そのころ、アナウンサーと解説者は「A41重巡航戦車第12号車」という戦車名を見て、「最近の女の子は、そういうおもちゃで遊んでいるんですね」などとほざいていた。






「おい、おめえら。騙されんじゃねーぞ」

 戦車の集合場所に戻るまでずっと無言だった「戦争親父」は、開口一番そういった。

「最後のガキをのぞいて、全員おっぱいまで筋肉の体脂肪0%台のバケモノ揃いだ。
 わざとらしいブ○ッコ(死語)やらかした奴に至っては、脳みそまで筋肉だ。
 何が補欠だ。おそらくプロリーグの特別訓練生にちがいない。
 ふんどし締めてかかんねーと、とんでもねーことになっぞ!」

 そういいながら、本当に赤フンをぎゅっと締める戦争親父。
 いや、そのガキこそ一番恐ろしいんだけど。と言いたい鹿次。
 その時、鹿次にだけなにかが「キュピーン」と来る。

『ああ、安心して。私も彼も魔法使ったりしないから』

 例によって鹿次にだけ聞こえる、悪魔っ娘の声。
 魔法使わないで勝てるだと……。
 安心どころか、さらなる恐怖に駆られる鹿次だった。

「ふん。
 KV-1Cを5両、M4A1/76(W)を4両つれてきてよかったぜ。
 ……それでも楽勝にはほど遠いだろうがな」

 他の車両の選手たちも、やはり一騎当千の強者連中。
 彼女らの背後にただようオーラを察知していたようだ。
 そういえば今日は、誰もへらへらしていなかったと、あらためて思い出す鹿次。
 でも、これで舐めプレイはなくなった。
 鹿次は、魔法無しならば、何とかなりそうな気がして元気になったような気がした。
 
 
 
 
 
 
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