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ランス ~another story~

作者:じーくw
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第3章 リーザス陥落
  第104話 魔王ジル

 
前書き
~一言~

遅くなってすみません……。何とか完成しましたので投稿します。 いやぁ しかし やっぱり あの漫画……の事が好きなんだなぁ、と改めて思っちゃった話でもありますw 

 


 魔人側に アイゼル、サテラ、そしてそれぞれの使途達。

 人間側に ユーリ、リック、清十郎、トーマ、志津香、かなみ、フェリス、ミリ、クルック―、セル、ロゼ。

 一触即発。そんな空気だと言える……筈なのだが、人間側に比べ魔人側には殺気や威圧と言った臨戦態勢とは程遠いモノだった。その理由は決まっている。

 アイゼルが惜しいと言う。
 サテラに関しては 身を案じている様にも感じられる。

 それが理由だった。
 其々の使途も主の意向には従う所存……というより、サテラに関しては感情が感染ったとでもいうのだろうか、無表情のシーザーとイシス。いや 2人はガーディアンである為表情豊か、感情豊かとは言い難いと言うのに、そのトーマよりも大きな身体が項垂れている様にも見えるのだ。

 前衛で構えているユーリをはじめ、リック、清十郎、トーマも気を抜くような真似はしないがそれでも、攻めにくいのだろう。表情が普段よりも二割増しで硬くなってきている。

「(これは攻めにくそうだ……。だが、このままで良い筈もない。時間ももう無い。相手が戦う気が無くても、これじゃ足止めされてるのと同じだ。私が一度先制攻撃をするべき……だろうな。魔人の攻撃は確かにキツイが、それでも皆よりは頑丈に出来てる。日の光のない屋内だと言う事を含めて私が適任だ。いくか……)」

 死神の鎌を携え、音も無く移動をしようとするのは、フェリス。

 固い決意を露わにしていた人間達とは違い、殺気を、怒気を全てを殺し 気を伺っていたのだ。如何に戦意が無いとは言え圧倒的に不利なのは人間サイドだと言うのも間違いない。それもいつも通りの馬鹿正直に正面から突破せん勢いだった。

 幸いにもこの通路は大分広い。限りなく気配を殺し 翅を使って回り込む様にすれば背後を取る事も可能だろう。

「(………ここからはイチかバチか、になるがな。ここでユーリに……、こいつらに消耗させるよりは良い。本番はこの先にあるんだ。この先が 更に地獄なんだから)」

 フェリスは、意を決し 攻撃行動をしようとしたその時だ。




―― 怨 呪 逝 瞑 滅 冥 ――



―――― 死 ―――――



『ッッ!』



 恐らくは、全員が感じた(・・・)事だろう。
 この何もない通路だった筈なのに、途端に何かに覆われた。強い強い気配を感じた。

 そして、頭の中に過るのは『死』の感覚。絶対的な死がこの場に集った全員に覆いかぶさった。

 圧倒的な漆黒が場を支配し、心をまでも暗黒に染め上げていく。

「ぐ……、こ、これ……は……?」

 行動をしようと翅を動かそうとしていたフェリスだが、動けなかった。それどころか構えていた鎌をも下へ墜としてしまった。

 その気配は悪魔でさえも意図も容易く飲み込んだのだ。


「…………これって、ヤバイわね。かなりのヤツ、ガチ中のガチってヤツだわ。今更 だけど……… とんでもない所に来ちゃったって事か。……あぁぁ もーちょっと生きたかったんだけどなぁ……」
「…………すごい、です。これは はじめてです」
 

 いつも飄々な態度を崩さず、減らず口も無くならないある意味最強のシスター ロゼでさえも 弱音を口に出す。口に出せただけでも大したものだと言えるだろう。
 同僚である どんな時でも平静。冷静沈着。感情の殆どを表に出さないクルック―もこの時ばかりは動揺の色が表情に全面的に現れていた。
 かつてない程の緊迫感と圧倒的な死の気配に威圧されたとしても不思議では無いだろう。
 
「け……っ ゆーりの言ってたのが、てきちゅう……したみてぇだな。最悪、だ」
「こんなの、こんな……の……っ」

 辛うじて立っていられるのだろう。両の脚は震え 身体中の毛穴から汗が噴き出している。
 ミリは剣を杖替わりにして身体を支え、かなみは 側壁に身体を預ける事で何とか保つ事が出来ていた。

「ぐっ、うぅ……っ!! こ、こ、の……!!」

 志津香は 自分自身の魔法で外部から干渉しないガードの魔法を唱える。
 焼け石に水、大海の一滴だと言う事は判っているが、それでも しないよりはマシだった。

「これが、魔の頂点の気配……か」
「相手にとって不足なし……でしょう? 清十郎、どの」
「く、くくく。ここにきて最大級。この戦で更新し続けているが、最早超える事の無いのと確信出来る程の、な……」

 気圧されているものの、それでも一切の弱味を見せないのは一番気配を受けやすい位置にいるメンバー達だ。リックと清十郎。決して圧される事なく、それでいて正面の魔人たちにも決して視線を逸らせたりはしなかった。


「ジル……様」
「あ、あわわ…… ほ、ホーネットぉ……」

「ひっ……」
「うぅぅぅ……」
「こ、これは……… ど、ドント ムーブ……です」


 その気配は勿論魔人側にも伝わっていた様だ。
 その全員が背後を振り返っていた。邪悪の気配が具現化し、周囲に瘴気として撒き散らしている奥を。
 使途達に至っては、完全に膝をついていた。

 魔王にとって 魔人も人間も変わらない。等しく同じ存在であると言わんばかりだった。

 まだ姿は当然見えない。だが、それでも一度こそは言葉を発したものの アイゼルもサテラも口を閉ざした。サテラに至っては両眼も閉じて懸命に耐えている様子だった。

 黙して微動だにしない。
 それが 魔人が主を迎えた時の唯一の作法である。だが、それは言葉の中にある様に迎えた(・・・)時の作法だ。姿形さえ見えていないこの場であってもそうしてしまうのは、強大過ぎる気配に圧された為と言えるだろう。

 長い時間がアイゼルの中では感じていた。
 漸く口を開き、発された言葉は。


「……終わり、か。……人類も」

 
 魔王の復活は人類の終焉を意味する。
 現代の魔王リトルプリンセスは 継承を拒み逃げ回っている為、現在の魔王は不在だったと言えるが、それは終焉を迎えた。それも最悪の魔王の復活によって。

 最早選択肢はない、と判断したアイゼル。そして サテラも同様だ。これ以上の抵抗は無意味。軍門に下るしか生き残る道はない。それをもう一度口にしようとしたのだが。


「……聞こえなかったか? そこを……どけぇ!」


 信じられない言葉を訊いた。
 それはユーリからの言葉だった。

「馬鹿……っ ゆーり! 行くな……! ここから先は行っちゃ駄目、なんだ! サテラは、サテラ……は!」

 両手を広げ、行かせまいとするのだが。

「…………」
「ぁ……ぅ……!」

 強い意志をその眼の中に見た。
 サテラはそれ以上何も言えず、広げた手もゆっくりと下がっていく。

「ふっ…… 我らの将がそう言うのでな。行かぬわけにはいかん」

 トーマも同じく。
 魔王の出現により圧倒されていたのは事実だが、それでもこの僅かな時間で立て直すのは流石の一言。

 それに続く様に、リックが 清十郎が前に出た。

「……死地へ、絶対的な死が待っていると言うのに、それでも躊躇いませんか」
「此処から先が死地かどうかは、オレが決める。……アイゼル。お前が決める事ではない」

 アイゼルの言葉に真っ向から返すユーリ。それを訊いて納得でもしたのか、アイゼルはゆっくりと動き、口を再び開いた。

「……可能であるのなら、また、会いたいものです。貴方達に」

 マントを翻すと アイゼルは使途3人を連れて姿を消した。

「サテラサマ。ワレワレモ……」
「わ、わかってるっ!! ……わかって、る」

 もう一度だけ、サテラはユーリを見た。
 強い意思は何者にも変える事が出来ない。それをはっきりと見た。
 
 そして、もう1つ。


「……アンタのとこになんて行かせる訳ないでしょ。絶対に……!!」
「当然、です」

 
 威圧され、完全に委縮していた女性陣。志津香とかなみ。そして、その2人を支えるかの様に 後ろで佇む人非ざる者。

「………」

 フェリスも同じ気持ちだった。

「…………(死ぬな、ユーリ………。サテラは、サテラは……。ユーリの事が……)」

 サテラは イシスとシーザーと共に、道を明け渡した。

 前に道が開けたのを確認すると、ユーリは振り返らずに言った。

「……行くぞ。前衛以外は、絶対に前に出てくるな。防御に徹しろ!」

 そして そう言うのと同時に。

「行くぞ!!」 
「おう!」
「ああ!」
「承知!」

 解放軍の4強。最大戦力が前へと突き進み。

「私達も行くわよ。……絶対、勝って帰る。絶対に!」
「勿論よ。志津香。……私達なら絶対勝てます。絶対に」

 まるで自分自身に言い聞かせる様に、女性陣の先頭を立つ2人の少女。志津香とかなみが続いて駆け出し。

「ここでも躊躇なし、か……。まぁ ここまで来た私も大概だけどな」
「此処から帰る事ができりゃ、浴びる程酒呑んで、盛大に酔っぱらおうぜ! 嫌がるフェリスを思いっきり抱きしめる方法、それくらいしか思い浮かばねぇからよ」
「ふっふっふ~ そこは私も混ぜてもらおうかしらねん? 色々と請求もしようかしらぁー」

 フェリスを初め、地に伏しかけていた彼女達も立ち上がる。まるで息を吹き返す様に。何事もなかったかの様に。

「絶対に死なせません。必ず治します」
「は、はいっ! 私達には神がついてくれています……!」

 クルック―とセルの2人も地にしっかり足を付けて、決意を胸に駆け出した。



 この先に待ち構えるのは――人類史上最も凶悪とされる魔王。



 『ジル』
 






  それはユーリ達と魔人が相対する数分前の事だった。
  
  
  
  「ら、ランス様。部屋に到着しました。何かありますよ」
  「ようやく鬱陶しい光がなくなったな」
  「ダーリンっ! リアの裸みて~ どう? どう?? 綺麗でしょ? 興奮シチャウでしょ?」

 光の道を抜けたランス達はついに封印の間に到着した。
 如何にもな雰囲気は 無頓着なランスにも十分判る程であり、その中空には鎖でがんじらがまらめにされた一本の剣がある。

「これが恐らくカオスでしょう……」
「封印されてますね。結界の先で更に封印……と言う事は、余程危ないものなのでしょうか?」
「その認識が正しいかと。伝承では使うに値する者でなくば、手にする事さえ禁忌とされています」

 マリスの説明に一気に表情が引き攣ってしまうシィル。
 剣を確認しようと、一歩近づいてしまった事を内心後悔していた。

「なんだそれ。罠でも仕掛けられてるとでもいうのか?」
「ふふっ、ダーリンなら楽勝よ」
「がははははは! ま、オレ様が最強だからな! だがしかし…… カオスとやらの正体が、ただの剣だったとは」

 忘れそうになるが、ランスは当初 『カオス』の事を美少女? ではないかと言っており、今でもそれを覚えていた様だ。変な所で記憶力が良いのはいつもの仕様である。

「伝承には、カオスは禍をも運んでくる……とありますが、今はこの力を頼るほかありません」
「………ぅぅ。ランス様、怖いです……」
「バカ者。こいつがあれば 魔人をどうにかできるんだろ。奴ら以上の災いなんぞ 今のリーザスにあるのか?」
「そうよそうよ! ダーリンがカオスを手にしたらもう最強を通り越しちゃうわっ! って、いつまでダーリンに引っ付いてんのよ。奴隷が!」
「う、うぅ、で、でも……」
「だーーっ! こんな時まで喧嘩するな! 鬱陶しい!」

 カオスに加えてリアの嫉妬と言う視線を向けられ、更に萎縮しそうになるシィルだったが、ランスが一喝してくれたので、何とか場は収まった様だ。

「それにオレ様が楽になるとは言え、ひっじょーに不本意ながら、下僕のユーリの方が目立ってきている。それを食い止める為にも、ここは一発オレ様が格好良く使いこなし、魔人どもをぶっ殺す。今はそれに尽きるだろ!」
「そーよそーよーっ! ダーリンがカオス抜いて、魔人をやっつけたら ユーリさんだって目の色変えちゃうわ。『やっぱ ランスには敵わないな……』って感じにねー!」
「がははは。それは当然。オレ様が強いのは世界が生まれた時から決まっているのだ! それに あくまで下僕だからな。ユーリのヤツは!!」

 がはは、と機嫌よく笑っているランスを見るマリス。
 リアもランス中心に物事を考えてはいるのだが、ユーリ関連の話題が出ると そこには狡猾且つ、打算的な思考にも早変わりする。
 ユーリの強さ、その破格さは リアも認めている。ランスとはまた違った次元の強さを持つ事も。ユーリが正統派だとすれば、ランスはダークホース。そこに惹かれた……と言う面もリアにはあるが、出来る事ならユーリもリーザスに抱き込んでおきたいと考えている。

「(……流石ですリア様)」

 その意図を瞬時に理解したマリスは 軽く頷いた。目と目が合い、互いに微笑む。
 マリスも喜び、かなみも喜び、リーザスでも彼を慕う人は多い。触発される、と言う事で軍部のトップも更に向上心を持つ。……今の所は良いことづくめだ。

 と話が脱線しそうになっていたその時だ。

“ず   んっ!”

 と急になにかでかいものが落ちてきた音、そして それに次いで誰かの足音がこの場に響き出したのは。重厚な何か…… これまでに感じた事のない気配だった。

「……なんだ!」
「何か来ます。……リア様、お下がりください」
「て、敵でしょうか……、ランス様」
「さぁ……。ちっ ユーリのヤツめ。ここに敵を通すとは何事だ! もし、アイツがヤられでもしてたら、その顔に『ボク ユーリ。童顔です』って落書きしてやる」

 気配を感じ、一気に強張る面々。
 毒は吐くものの、ユーリの実力は認めているランス。いつもいつも かなみ がユーリの事を心配する時、『あの戦闘バカがこんなトコで負ける訳無いだろ(意訳)』と逆に説教をしていたのにも関わらず、有ろう事かユーリが負けたかもしれない、と言うニュアンスの言葉を口にした。
 
 そう思っても仕方ない程の気配がし出したから。

 今までのヘルマン側の敵……そして、魔人とはくらべものにならない気配を。

「何かヤな予感もするぞ。魔人だか、横取りしに来た馬鹿か知らんが、さっさと抜いてしまおう。どーせ、災いなんてもの、盗人よけのホラかなんかだろ。……」

 ランスは、ずんずんと奥へ進み、がんじらがらめになってる剣の柄を握りしめた。


「ど……りゃあああ!」


 掴んでみると、大きな黒い剣は見た目の割に重くは無かった。
 気合を入れて引っこ抜こうとしたのだが、空回りをしてしまいかけた程だ。絡まりに絡まってる鎖があると言うのに、あっさりと抜けてしまった。

「きゃーっ! やった! さすがダーリンっ!」
「ほほう。思ったより軽いな。柄の所の顔みたいなのが気持ち悪いが、それ以外は馴染む感じだ」


 剣を抜き、気が抜けた所もきっとある筈だ。
 シィルもランスが抜いたのを確認して、ほっと息を吐いていた。マリスも同じだ。見えない所で安堵している様に肩を落とした。


 魔人に対抗する武器、カオスが目的でもあった。


 そのゴールへと到着。確かにここから魔人を倒すと言う最後の仕事が残っているが、カオスに加えて、解放軍の強さを合わせて光明が見えてきたと強く思えた。
 だからこそ――。



「………カオス、千年ぶりか………」


 背後に迫る巨漢の魔人に気付くのが遅れてしまった。

「うお!? 何だいきなり! 誰だ貴様」
「魔人、ノス」

 言葉を発すると同時に、現れたノスの周囲の空間が赤く染まった。

「ちっ、やべ……!」
「きゃああああっ!?」
「ひぃっ!」
「リア様っ!!」

 反射的に全員が伏せた。
 その次の瞬間、強烈な爆発が頭上の空間を薙ぎ払い、その余波で全員が吹き飛ばされてしまった。

「ぐ、ぐぐ、なんだこの化けモン! 丁度良い、試し切りをしてやる! これでもくらえこらーーーー!!」
「む………」

 吹き飛ばされたが、直撃こそはしていない為、直ぐに体勢を整え直す事が出来たランスは跳躍し、力のままに剣を振り下ろした。斬る…… と言うより叩きつける勢いで放った一撃は、それを防ごうとかざした腕に傷を作った。

「斬れた……!」
「魔人の結界を抜けました……」

 魔人の無敵結界の存在を知っている面々は声を上げた。カオスが唯一無二と言う所以が理解出来た瞬間でもあった。

「ちっ、硬い腕だ……!」
「……ほう、なるほど。確かに斬れるのだな。ヤツの、忌まわしき剣めが……」

 腕から流れる血を見つめ、更に怒りを全面に出すノス。
 その怒りは、まるで具現化されたかのように周囲の空間を揺らし始めた。

「何をごちゃごちゃ言ってるか知らんが、斬れるというのなら とっとと首を落としてヤるわ! あのガキはお役御免だーーっ!」

 剣を振り上げて首を狙おうと跳躍の構えを見せたが、ノスの次の行動を見てランスは止まった。


「ッ……! お、おおっ、……おおおおおおっ!!」


 突如、ノスは感慨極まったような声を上げて跪いたのだ。

「ら、らんす……様、ランス、様……っ!」

 そして聞こえるのは今までに訊いた事の無いほど震えているシィルの声。
 それに反応し、反射的にランスは振り向いた。



「…………………………………………………」



 そこは、カオスがあった場所。 
 巻かれていた鎖が粉々になり、宙に塵となって漂わせ、その中心に1人の女が浮かんでいた。
 ぼにゃりとあらぬ方を見つめて佇む姿。一糸まとわぬ姿は絶景の美少女と言える。妖艶さも感じられさえもする。
 足元で垂れる程に長い髪がふわりと浮き、外見ではよくできた絵画のように神秘的だった。

 この世のものとは思えない程神秘的で―――、それでいてこの世のものとは思えない程の絶望を含んでいた。


「(あ…… こりゃ、やばい。やばいやつだ)」

 裸の美少女。
 普段のランスであれば、0.2秒もしない内に股間を膨張させて飛びつくだろう。だが、そんな気配は一切見せなかった。
 ランスの頭の中には、凡そ今までに考えた事もない様な感想が浮かんでいたからだ。

 その美少女は、眺めているだけで、身体が異常を来したのか? と思える程 小刻みに震え、汗が噴き出してくる。先程までは大量の光のせいで、熱く感じていた筈なのに、今は温度が判らない。

 いや……悪寒を感じる。

 言葉が見つからない。魔人ノスの感慨極まった声だけが静かに場に流れる。
 他の者達は時が止まったかの様に、固まってしまっていた。

 周囲の空気が沈みに沈み…… 浮き上がる事が出来ない地の底へと落とされた感覚に見舞われる。



――この女―――、このイキモノは、危険だ。



 漸く脳が信号を発した。
 異常を通り越している存在なのだと言う事を知らせた。


「ジル様…… おおおおっ、ジル、様! この時をいくら待ったことか………!」

 ノスの歓喜は続いた。
 そして、その名を口にした瞬間、時が再び動き出したかの様に シィルがゆっくりとその名を復唱した。

「じ、ジル……って……!」



「く、くは、くははははははははは!! そう、こちらの肩こそが先代の……、そして 真の魔王……ジル様だ!!」


 ノスは勝ち誇る様に笑った。笑いに笑い続ける。

「ジル……千年前の、……魔王」


 マリスもその名は当然知っている。歴代でも最悪の名を歴史に刻んだ魔王だから。

「あのガイめに施されたカオスの封印。この地に国なぞ造ったリーザスとやらの、奇妙に強い血の封印……。ふん。結局、力では解けなんだわ。解く資格を持つものを動かすしか手は無かった。……魔人をも通さぬとは恐れ入った話……」

 忌々しそうに言うノス。 
 カオスとこの場所へまで続く結界。それらはすべて、この最凶の魔王を封じる為のものだったのだ。

「っ……」

 全てを悟ったマリスは 言葉を失ってしまった。
 魔人側に唯一対抗できるカオス。ここまで全て誘導されてしまったと言うのだ。

「わざわざ、魔人だと触れ回り、直接貴様らを追い詰めなければ、カオスに縋ろうとしなかったやもしれぬな。……いや、少々肝も冷えたのも事実か。あの人間だけは特別性ゆえ」




「…………………………………」


 ジルはどこか見つめたまま、ノスの言葉にも反応はなかった。
 だが、その口が空気を求めて僅かに動いただけで、淀んでいた気配が攪拌されて、周囲へと一気に広がっていく。

「う、っ……!」
「ぁ…… ぐ、り、りあ……さま」

 その空気に耐えきれず、リアが口許を押さえる。

「おぉぉ…… しかし、ジル様。その雄型。本調子ではあらせられぬご様子。さぁ、ジル様。このノスに……ノスめにご命令を! 全て、貴女様に従いまする」

 禍々しいものをノスが愛おしげに労る。声は歓喜に震えて夢見心地で傍に傅く。その従僕に一切目を向けるでもなく。魔王汁はゆるりと頭を揺らし、宙に浮いていた身体をおろした。そして音も無く石畳に降り立つ。


「――――――臭いな。ここは……」


 ぺたぺた、とジルは歩き始めた。

 ここで、ランスが漸く始動。

「ま、まてまてーーーいっ!!」

 声を上げて魔王ジルの行く手を阻まんとするが、まるで反応はなかった。

「(これは、やばい。ゼッタイヤバイのは判る。だが、そこで引いてはオレ様ではない。絶世の美少女である事には変わりない! 魔王でも抱いてくれるわ!)」

 やる事は1つ。と思い出したように、ランスはカオスを構えた。
 
「カオスで封印してたなら、し直す事だってできるだろ! そして、お仕置きしてやる! あのサテラの様に弱った所をじっくりと抱いてやろうではないか!」

 剣を構えて、前に突進するランスを見て、シィルは声を上げた。

「あ、あぶ、あぶないですっ……! ランス様……!!」


 だが、ランスは止まらない。剣を上げ、ジルへと突進。

「下郎めが……」

 ノスがそれを許す筈もなく、前に立ちはだかろうとした時だ。


「―――――構わぬ。……なにか、かんじる。……そこを、のけ」
「は、ははっ! ジル様!!」


 ジルを庇おうとしたノスだったが、元々庇う必要などは無い。
 その力、魔王と魔人の力の差は歴然なのだから。確かに今は封印から解かれたばかりで 弱体化極まっているが、それでも 天と地ほどの差があるからだ。


「――――――カオス、ではない。………カオスでは、ない」

「何を訳わからん事を! オレ様のカオスと一緒にオレ様のハイパー兵器をくらえぇぇい!」

 ばっ! と何故か下まで脱ぎ去って飛び上がる姿はまさに変態……だが、そんな馬鹿なシーンでも ここでは通用しない。ジルは一瞥もせずに、ただただゆっくりと歩いていた。

「(なんだ……、なんか 周りがメチャゆっくりに感じるぞ?? なんでオレ様の動きまでスローに、トロくなってるのだ? ……って、これってヤバイ時になるってヤツではないだろうな!!)」

 死の直前に視る走馬燈。 脳が極限にまで高速回転して見せる現象。そのランスの嫌な予感。判っていても止められなかった。もう、止める事が出来なかった。

 ランスに向かって歩き続けるジルと接近する自分自身が。

 そして、触れるその瞬間だ。





「馬鹿野郎! ランスッッッ!!!」




 轟音、そして声が場に響く。

 ランスとジルの間に閃光か何かが光ったかと思えば、そこには1人の男が姿を現していた。


「――――――ぉ」

 ぴくりと、眉が動くジル。
『なにか、かんじる』そう確かに口にしていた。それが全てこの事をさしていたのだろうか。

「ユーリっ……!?」

 漸く動く事が出来たランスは、突然の乱入者…… ユーリに驚きを隠せられないが、流石にやばかったのを悟ったのか、何時も出てくる文句はここではなかった。


「煉獄・奥義……!」


 ユーリは、瞬間移動の如き速度で間合いを詰め、ジルに一閃。

「キサマ……!!」

 ノスでさえ、一瞬遅れる程の速度。この圧倒的な圧力の前でも極限まで気配を殺し、接近したユーリに驚き、咄嗟に庇おうとするが、時の矛盾をまた、感じた。ユーリの方が早く、剣が迫っていると言うのに ジルの動きもゆっくりだと言うのに、ノスを止める様に手をかざしたのをはっきり見たのだ。


 

 その間にもユーリの攻撃は続く。


 放つのは《居合》の一閃。 
 左切り上げを見せ、それは他の魔人同様の無敵結果いに阻まれる。此処で同時にリ・ラーニングを発動。眼を極限にまで凝らし、魔王の結界を視続けつつ 攻撃を続ける。
 力の限り振り上げた剣を強引に止め、斬りおろし、《剛斬》の軌道へと変えた。

 二撃目は結界に僅にだが歪を見た。

 斬りおろしは、その身体の中間位置で同じく強引に止める。身体の中心 胴の部分に止めると続けざまに放つのは瞬速の突き。


 そしてこれが 嘗てトーマとの一戦で見せた奥義と対を成す業。
 黒龍の一閃が、渾身の一撃とするならば、これは連撃の奥義。



「――――阿修羅砕」




























~技紹介~




□ 煉獄・奥義 阿修羅砕


 ユーリの業、居合・剛斬・滅の三種合わせた連撃の奥義。
 渾身の一撃 黒龍閃には 一段階、二段階目の一撃共に破壊力は劣るが 3種ともが必殺の一撃となる為 非常に高威力である為、どちらかと言えば対人ではなく対魔物用として編み出した。
 自分の筋力で無理矢理攻撃の軌道を変える為、己にかかる負荷も黒龍閃にも劣らない。

 そして、この奥義もとある者が名付けた。


『無数の業の手……。 まるで鬼神 阿修羅の様……。黒龍の時といい、最早 私には あなたは人には見えませんね……』


 
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