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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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加賀の恐怖体験・2

 真っ暗な地下へと延びる階段を発見し、自然な緊張感と高揚感で口内が渇く。再びゴクリと唾を飲み込み、一歩、また一歩と慎重に階段を降りていく。少し降りた所で、奥にもまた扉があるのを発見した。奥の扉までの距離を計算に入れて、提督達が奥へ入っていった時間を勘定すると、まだ近くにいるはず。そんな事を考えながら下り階段の中腹に差し掛かった辺りで、音もなく上の扉が閉まった。

「ひっ……!」

 瞬間的に小さく悲鳴を上げてしまった。いきなり真っ暗になってしまったのだから当然とも言えたが。なんで?どうして?と頭が混乱しそうになって心臓が高鳴るが、風のせいだ、地下と地上の気圧の差が云々……と、尤もらしい理由を付けて自分を納得させる。しばらく閉まったドアを恨めしく見つめていたが、再び前に向き直って歩を進める。と、ポケットにライターが入っていたのを思い出し、火を灯す。真っ暗よりはマシになったと胸を撫で下ろす加賀。

 暫くすると暗闇にも目が慣れ始めて、突き当たりのドアに書かれた文字が見えた。

『関係者以外立ち入り禁止』

 ありふれたフレーズなのに、それが書かれた血を連想させる赤いペンキが、状況が状況なだけに言い知れぬ恐怖感が込み上げて来る。加賀も既にその空気に飲まれていたのもあるが、今更引き返せない、まだ何も見ていないという好奇心。そして中途半端は嫌だという生来の負けず嫌いな性格が、迷う事なくそのドアを開けさせた。

「こ、これは………!」

 武骨な地下道。加賀の眼前に拡がっていたのは、正にそう形容するしかない空間だった。壁はおろか、床も舗装されていない。支柱であろう丸太が等間隔に鳥居のように組まれ、天井と壁が崩れないように支えている。剥き出しの土で出来た壁と床が、昔の炭坑や坑道を思い起こさせる。天井から吊り下げられた古めかしいランプが、余計にその雰囲気を助長していた。その灯りだけでは光が行き届かない程に道幅が広いのか、ランプの灯りだけでは足下が見えないほどに薄暗い。

「あっ……!」

 視線の先に、僅かにだがランプの灯り以外の揺れる灯りを見つけた。その灯りを覆うように時々影が動く。間違いなく提督達だろう。3人は自分が立っている入り口から数えて3つ目の曲がり角を右に曲がった。周りを見れば、自分が立っている通路を横切るように、何本もの通路が横に走っている様だった。見つかるといけないと手に持ったライターの火を消し、薄暗いランプの灯りのみを頼りに追跡を再開する。

『3つ目を右、3つ目を右……!』

 自分に言い聞かせるように、脳内で反芻する。加賀がそうしているのは、幾つもの分岐路が目につくからだ。どうやらここは、迷路のように入り組んでいるらしい。揺れる光を見失わないように、しかし音を立てないように。的確な距離を保ちつつ、必死に追い掛ける。提督に鍛えられた身体能力と技能が、提督を追跡するのに役立っているというのが何とも皮肉な話である。

『こんな所で迷ったら、自力での脱出はほぼ不可能ね……』

 そんな事を考えながら、焦燥と緊張感からか真冬のヒンヤリとした空気の地下空間だというのに、加賀の額には汗が浮き出始めていた。




 しばらく歩き続け、僅かにだが足に疲労を感じ始めた頃。3人が急に立ち止まったのを見て、加賀は慌てて身を隠す。通路の角から顔を出し、3人の行動を監視する。どうやら提督が再び鍵を取り出しているようだった。その間も3人に会話は無い。それがまた不気味な雰囲気を醸し出している。幾つも鍵が取り付けられているのか、鍵同士のぶつかるジャラジャラという音だけが地下道に響く。

「ふぅ……」

 開錠にはしばらくかかりそうだと判断し、地面に腰を下ろす加賀。尻が汚れてしまいそうだが、今はそれよりも緊張感から解放されて僅かでも疲れを取りたかったのだ。同時に視線も3人から外し、地面を見る。地下水脈が近いのか、程よく湿った土を眺めていると、土に埋もれるように白い何かがその一部を覗かせていた。

『…………?石か何かかしら』

 ほんの興味本位でそれに手を伸ばし、指先で器用に使い、掘り返す。意識の端でまだガチャガチャと鍵を開ける音がしているのを確認しつつ、何かに取り憑かれたかのように柔らかい土に指を差し込み、その塊の引っ掛かりを見つけて一気に引っこ抜いた。あまりにも勢いを付けて引き抜いたせいか、引き抜いた『ソレ』を顔の高さまで持ち上げた。持ち上げてしまった。瞬間、ぽっかりと空いた2つの眼窩と加賀の目が合う。一瞬、それが何なのか理解できず、少し目元から離してまじまじと見つめて正体に気付いた瞬間、

「ひっ……!」

 と再び小さく悲鳴を上げて咄嗟に自分の口を抑えた。眼窩の間に空いた穴と、所々抜け落ちてはいるが綺麗に生え揃った歯。そう、加賀が石ころか何かだと思って掘り起こしていたのは人の頭蓋骨だったのだ。振り払うようにそれを投げ棄て、声を上げないように両手で必死に口を抑える。出来る事なら悲鳴を上げて逃げ出したい。しかし、今見つかってはどうなるか解らないし、腰が砕けて立ち上がれそうにない。と、さっきまでガチャガチャ言っていた金属音が……鳴り止んだ。

『見付かった!?いや、でも、まさか……』

 一瞬そう考えただけで、脳裏に幾つもの嫌なイメージが脳内を駆け巡る。今更、見つかっても笑って許して貰える等という思考は存在しなかった。バレてない、バレてない……と何度も自分に言い聞かせ、心臓の音も漏らすまいと胸の辺りをギュッと抑える。ここまで来て加賀に去来したのは……後悔。

 帰り道も最早定かではなく、普段は頼りになって愛する存在である提督が、畏怖の存在へと変貌している事実。好奇心で満たされていた心も今や、恐怖と後悔で絞め殺されてしまいそうだった。




 しかし、まだ希望は捨て去っていない。震える肩を抱き締め、思案を巡らせる。諦めずに思考し続けろと語った、提督の教えを信じて。気休めにすぎないかも知れないが、今の加賀には十分に救われる物だった。

 何度か深呼吸して、心を落ち着かせる。と、背後からバタンと扉の閉まる音が聞こえた。どうやら見つかった訳ではなく、開錠作業が済んだだけだったらしい。

「提督……」

 そう呟いて、左手の薬指の指輪に触れる加賀。一抹の希望を胸に、追いかけようとドアの前に立つ。いつもの優しいあの人ならば、間違って付いてきてしまった自分を発見したら、怒りはすれど元の場所に連れていってくれるかも知れない……いや、きっとそうだ。あの提督が長い時を共に過ごした人間をそう簡単に消すはずが無い。その事故中心的な思い込みにも近い願いに縋り付くように信じながら、また扉を開く。加賀には既に引き返す道は存在せず、前に進むしか道は残されていなかった。
  
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