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フルメタル・アクションヒーローズ

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第155話 王が去るか、国が死すか

 そして、さらに時は流れ――二〇三〇年四月。
 砂漠に囲まれた小さな国は今、国の命運を左右する決断を迫られていた。

「――全ては、今お話した通りだ。強さが……強さだけが、この国の未来を変えてしまうことになる」
「そう……だな。ならば、やるしかないのかも知れん」

 円形に広がる、貧しくも賑やかな町並みに囲まれた、中央にそびえ立つ「王城」。その特徴的な丸みを帯びた城の上部は、インドのタージ・マハールを彷彿とさせている。

 街の中でも一際目立つ、その宮殿の奥では――この国の存亡を賭けた交渉が行われているのだった。
 テーブルを挟み、ソファーに腰掛けた四人の人物が、二人一組になって向かい合っている。今話しているのは、互いの代表とも言うべき人物だ。

 ――この国の名は、「ダスカリアン王国」。
 インド付近の砂漠に囲まれた、中東の小国である。

 国民の総人口はおよそ三万人。国土は約四千平方キロメートル。
 数百年の歴史を持つ王政国家であり、イスラム圏に属した国でありながら、キリスト教などの多様な文化の影響も受けている。

 特徴として近隣に多数のオアシスを持っているが、そこを狙われ、中世の頃まではインドや西洋諸国に支配され続けていた歴史があった。そのため、十九世紀に独立を果たすまでに、ダスカリアンならではの文明はほぼ失われている。
 ゆえに、現在の文明・文化は自国を支配していた勢力の影響によるものが大きい。タージ・マハールを模した王城もその一つであり、国民の多くは、西洋諸国を含めた外国人とのハーフの末裔である場合がほとんどなのだ。

 加えて、国民全員に多様な血統が入り混じっているため、国民同士の差異は曖昧なものとなっており、血族が原因で対立に発展したケースも少ない。
 過去に何度か内戦が起きたこともあるが、その原因のほとんどは王族と民衆がオアシスの取り分を巡って争ったことにあった。現在では、その対立も鎮静化している。

 さらに二十一世紀の現在に於いては、その多種多様な文明を受け入れられる国民性と豊かなオアシスを活かし、砂漠を横断する人々の疲れを癒す「中継地」としてのポジションを、少しずつながら確立しようとしていた。

 ――だが。

 この国は一度、滅ぼされているのだ。自らの正義と力に溺れた、一人の男によって。

「十一年前のあの日――我がダスカリアン王国は、滅びの炎に突き落とされた。貴殿が送り込んだ瀧上凱樹(たきがみがいき)によって、な」
「あぁ。オアシスを巡る紛争の最中に現れた、鋼鉄の巨人『新人類の巨鎧体(ヤークトパンタン)』。――その威力は、将軍殿もご覧になられただろう」
「……全て、滅びた。街も、人間も、愛する家族さえも。あの後、事態を聞き付けた貴殿が復興に尽力してくれなければ、この国は今も砂漠の一部と化していただろう。それまでは独立の反動で、外交に関して閉鎖的になっていた国全体も、貴殿の誠意に触れ、今では周辺諸国とも友好的な関係を築けている」
「私は彼を送り込んでしまった償いを、可能な限りで行っているだけだ。怨まれこそすれ、感謝される謂れなどない。だが――もはや私が尽くすだけでは済まなくなっているようだな」

 過去に起きた惨劇の痛ましさに、初老の男性は眉を潜める。
 男性はかつて、機械の身体を持つ「ヒーロー志望」の男――瀧上凱樹の正義感を見込み、この国の救済のために送り込んでいた。しかし結果は期待の逆を突き進み、強大な自分の力と正義に呑まれた彼は、あろうことかこの国で大規模な殺戮を行い、国家全体を一時的に崩壊させてしまったのである。
 その惨劇の直後、男性は総理大臣としての名声を捨てて十年以上に渡り、この国の復興に努めて来たのだ。

 この問題に長年悩み続けてきたせいか、その頭髪は完全に脱色しており、まだ六十代前半でありながら、顔中に深いシワが出来ていた。しかし一方で広い肩幅と優れた体格を持ち、その眼差しには強い意志が燈っている。

 彼――伊葉和雅(いばかずまさ)は、常に感じているのだ。この悲劇から、決して目を逸らしてはならない、と。

「この件については完全に秘匿されており、私と将軍殿、それと王女様しか知らなかったはず。まさかつい最近になって、噂として国中に広まっていようとは……」
「瀧上凱樹の件を知ってから、日本人を嫌うようになってしまわれた姫様も、軍に口外して対立を煽るようなことはなされなかったはず。調査に出した部下によれば、ある白人の女が『新人類の巨鎧体』の写真を通行人に見せて回っていた――という話もあるが……。いずれにせよ、この国が日本を疑い出すのは時間の問題だ。既に我が国防軍にも、この話は蔓延している。特にその中の過激派に至っては、貴殿が派遣してくれたNGOメンバーに暴言を吐く始末だ。その場で私が叱責して場を収めることは出来たが……根本的な解決にはなっていないだろうな」

 平和が戻ったはずの、今のこの国に流れている不穏な空気。その責任が自分にあることを痛感している和雅は、向かいの「話し相手」の隣に座っている少女を見遣り、沈痛な面持ちになる。

「王女様の前で申し上げていいことではないが――多数の国民だけではなく、当時の王族にまで手を掛けているのだ。迂闊に公認しては重大な国際問題になる。私が現在も総理大臣の座に付いてさえいれば、力の限り賠償するところなのだが……保守的な現日本政府は、この件を絶対に認めることはないだろう。揉み消しに掛かるはずだ」
「つまり現状のままで、日本人――瀧上凱樹個人によるジェノサイドが発覚すれば、日本とダスカリアンの関係は絶望的、ということだな。我が民も王を殺されて、黙ってはいられん。加えて日本政府側も過失を認めないとするなら……最悪、日本がダスカリアンの支援から撤退してしまう……」
「我が国がダスカリアンを援助しているのは、私がNGOを率いて十年間支援してきたことによる影響が大きい。公表により対立が深まり、私の仲間達が万一危害を受ければ、この国から引かざるを得まい。そうなれば政府もこの国を見放しかねんし、ダスカリアンの存続も危うくなってしまう」
「……この国の繁栄は、日本の協力ありきのものだからな。ある程度は自助努力による発展も可能なところまではたどり着いたが、国全体の安寧を保つためには、やはり日本との『友好的関係』は欠かせん」

 そして和雅の「話し相手」である、黒ずんだ肌を持つ壮年の男は、思い詰めたように顎に拳を当てた。

 墨のように黒い短髪と顎髭。過酷な人生に裏打ちされた、鋭い目つき。全身を固める、はちきれんばかりの筋肉と、二メートルを超える体格。そして、常に油断を見せない精悍な面持ち。
 それら全てを備えた、五十代半ばと思しきその男――ワーリ・ダイン=ジェリバンは、この国の「国防軍」を統括し、外交の最前線に立ってきた。つまるところ、事実上のダスカリアンの「トップ」なのである。
 そして現在は、自身の隣に座る少女――ダスカリアンの王女の、父親代わりでもあった。幼い姫君に代わり、彼が実権を握っている状態が十年以上に渡り続いているため、現在のダスカリアン王国は実質的には軍事国家になっている。

 その王女は、食い入るような視線を向かいの和雅に送りながら、話の成り行きに耳を傾けていた。何かいいたげに、うずうずと身じろぎしながら。

「そのためにも、瀧上凱樹という日本人による関与は強引であっても否定されなくてはならない――の、だがな」
「……将軍殿としては、国が再び滅びることになろうとも、王女様の居場所を尊重したい、ということだったか」

 ジェリバンは、傍らに座る可憐な王女の背を撫で、深く頷く。その表情は、やむを得ず罪を犯そうとしている善人のように、重い。

「そうだ。ここまで噂が広まった以上、もはや完全に瀧上凱樹のジェノサイドを『なかったことにする』のは難しいだろう。『新人類の巨鎧体』の破片も見つかっていることだしな。確かに私が声を掛けて事実無根だと訴えれば、過激派もすぐに強くは言えまいが――同時に、私に対する信頼も揺らぎかねん。そうなれば、私の庇護で『王族』としての地位を確保している姫様の安寧も、危うくなってしまう。過激派や国民の疑いの目線に怯え、かりそめの平和に躍らされながら、私が歳老いて居なくなった後、姫様は……たった一人で、この国を治めなくてはならなくなってしまうのだ」

「そのようなことになるくらいならば、いっそのこと潔く事実を公表し、日本と手を切り、最期の瞬間まで共に生まれ育った土地で暮らそう――ということか。私が言えた義理ではないが、為政者のやることではないな」
「貴殿の言う通りだ。……しかし私は、この国の守り人であるのと同時に、姫様の父親代わりでもある。十一年前の侵略で、当時の国王様と王妃様が亡くなられてから――姫様は、長らく苦しんで来られた。この上、国王様方の仇も討てず、想いをぶつけることも出来ず、ただ黙って耐え忍ぶのみの人生など……あまりに惨い」

 そのジェリバン将軍の言葉に、王女は無言のまま俯き、拳を握り締める。溢れ出る激情を、強引に押さえ込もうとしているかのように。

「まさしくどの道を選んでも、行く先は破滅……ということになるな。そのどちらかを決めるための『賭け』が『決闘』というのも、武闘派の将軍殿らしいところではあるが」

「――そうだな。知っての通り、国防軍に於ける私の権威は、私個人が持つ『絶対的戦闘力』によって保たれている。自慢していい話ではないが、私はこの国のオアシスを狙う『一個師団』に相当する武装集団(テロリスト)共を撃退したことがある。……単身でな」
「米軍から復興資金の援助を条件に、試験運用を依頼された特殊戦闘用装甲服『銅殻勇鎧(ケプファルマ)』……だったな。その圧倒的な強さで軍を束ね、この国を治めている――か。万一将軍殿が人道を踏み外せば、恐ろしいことになるな」
「フッ。考えようによっては、瀧上凱樹の侵略を無理矢理に否定することこそがそれに当たるのかも知れんがな。――さて、『決闘』の主旨を再確認しようか」

 ジェリバン将軍は一瞬、自嘲するように口元を緩め――上体を前に倒し、改まった表情で和雅の顔を見据えた。
 いよいよ、本題に移る――という顔だ。

「この国の中に於いて、私の強さは絶対視されている。瀧上凱樹の関与を疑い、日本人に反発した私の部下達が一瞬で黙ったようにな」
「――そして過激派の勢いを強引に抑え、日本に食って掛かれないようにするには……『インパクトに溢れた新事実』を持って来なければならない、ということだったな。『将軍殿を超える者がいる』という『新事実』を」
「そう。『個人』で私の戦闘力を超える猛者が日本人にいる――そんなことが知れれば、国中が震撼する大ニュースになるはずだ。過激派も萎縮して、日本に対する反抗心もある程度は抑えられるだろう。それから時間を掛けて、今後のように『日本の助力』で国の発展を進められれば、軋轢を少しずつ解消していくこともできる。……もっとも、その代わりとして私の威光は失墜し、王女様共々失脚することになるだろうがな」
「その存在を『決闘』によって明らかにして、王女様の居場所を犠牲に、この国を『かりそめの平和』で守り抜くか。それとも将軍殿の勝利で『絶対的戦闘力』の伝説を確固たるものとして、過激派を含めた国防軍の勢いに火を付け、日本政府と決別し――国民全員で共に衰退へ向かうか。……二つに一つ、ということだな」

 重々しい口調で、和雅が呟く。その言葉を受けたジェリバンは、彼の隣に腰掛けている青年に視線を移した。

 短く切り揃えられた茶色の髪に、道行く女性達の誰もが振り向く、整い尽くされた目鼻立ち。強い陽射しに晒されているこの国には不似合いな白い肌。百八十センチはあろうかという長身。しなやかな筋肉。
 そして――額に色濃く残された、四方に裂けるように広がった傷痕。

「そういうことになる。……事情は聞いての通りだ。瀧上凱樹を屠ったというその力、存分に見せて頂こう。古我知剣一(こがちけんいち)殿」
「――えぇ。瀧上凱樹に家族を奪われた者同士、正々堂々と戦いましょう。僕も一度罪を犯した身とは言え、より多くの命を救うために生まれた『着鎧甲冑』に携わった人間です。王女様一人のために国を滅ぼす――そんなあなたの身勝手を、認めるわけには参りません」
「正直でよろしい。だが、それが親心というものだよ」

 その痛ましい傷を見遣り、ジェリバン将軍は目を細める。そして剣一の毅然とした眼差しを受け――両者は同時に立ち上がった。

 ……さらに。

「いい気になるなよジャップッ! ワーリはな、世界でいっち番強いんだっ! お前達なんかが敵うもんかっ! 父上と母上、そしてテンニーンのカタキめっ!」

 今までジェリバン将軍の隣で、感情を抑えて聞き手に徹していた王女――ダウゥ・アリー・アル=ダスカリアニィが、ついに怒りを込めた叫びを上げる。

「いいかっ! オレ達ダスカリアン人はな、今までずっと、耐えて生きてきたんだ! お前らジャップになぶられても、生きることを諦めずに! それをお前らは我が物顔で、土足でこの土地に上がり込んで……! しまいには復興だとか吐かして、いい人ぶりやがって! ワーリに止められなかったら、すぐに国防軍に言い付けてたところなんだぞっ!」

 ――まるで、瀧上凱樹に踏みにじられた人々の無念の全てを、自分一人で代弁するかのように。

「今に見てろよジャップ共っ! オレが大きくなったら、ワーリみたいな強い戦士になるんだ! お、お前らみたいなひ弱なジャップになんて、絶対に負けないぞっ!」
「……姫様、どうか落ち着いてください。そのような乱暴な言葉を使われては、国王様や王妃様に顔向けが出来ません。それに彼らは日本人ではありますが、国王様やテンニーンの仇を討ってくださった勇者でもあるのですぞ」
「うるせー! でもがんばれー!」

 話が纏まるまで、ジェリバン将軍に静かにしているように言われていたのだろう。鬱憤を晴らすかの如く、王女は手足をバタつかせながら大暴れしている。
 あどけなさを残しつつも、女性として整った顔立ちを持つ彼女だが、その振る舞いは一国の姫君としての一般的なイメージとは、大きく掛け離れたものとなっていた。

 身長は百五十センチ前後といったところであり、十六歳という年齢を考えれば、比較的小柄な部類に当たるものと考えられる。
 胸部の発育も――良好とは言い難い。紫色の薄いドレスの上からでも、その幼さははっきりと窺い知れる。

 きめ細やかな褐色の肌は滑らかな曲線を描き、焦げ茶色の長髪はツインテールに纏められている。恐らくは彼女の髪型も、外国の文化による影響が生んだのだろう。

 そんな王女らしからぬ美少女の挙動に、剣一と和雅は「相変わらず手厳しいな」と苦笑している。こうして憎しみを向けられるのも、慣れてしまっているのだ。

 ――否、慣れざるを得ないのだろう。彼らには、ここで償い続ける義務があるという、覚悟があるのだから。

「……わかっているな、剣一君」
「えぇ、もちろんです。この『決闘』だけは――絶対に負けられません」
「それなら構わん。……頼むぞ」

 ジェリバン将軍やダウゥ姫に聞こえないように、和雅は剣一に耳打ちする。その真意を汲み取った剣一は、強く頷き――これから戦う相手となる、漆黒の武将と視線を交錯させた。

 古我知剣一は、一年前に瀧上凱樹を倒し、この国の仇敵を討ち取った人物。少なくとも、ダスカリアン側からはそう目されていた。瀧上凱樹を討ち取る戦いで、彼が重要な役割を果たしていたことは、確かに間違いではない。
 しかしその認識には――僅かながら、真実との差異があった。

 もう一人。瀧上凱樹と戦い、この国の無念を晴らした少年がいたのだ。

 だが、その少年の存在はジェリバン将軍らには伏せられていた。その少年が、レスキューを目的として生まれた着鎧甲冑を使う「レスキューヒーロー」を目指していたからだ。
 過酷な戦いを乗り越え、自分の夢に向かい突き進む少年を、どうしてこの戦いに巻き込めようか。
 ――そう考えている青年は、彼の夢を邪魔しないためにも、「自分一人で瀧上凱樹を倒した」という嘘を、これからも吐き続けなければならないのである。

「失礼したな。では、明日の正午。王城近くの練兵場で会おう。軍の連中は街の外の射撃訓練に向かわせておく。人目につくことはあるまい」
「……えぇ」

 贖罪のために生きる改造人間、「必要悪(アステマ)」として。
 
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