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フルメタル・アクションヒーローズ

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第143話 大団円、と思いきや

「龍太君ッ!」

 まばゆい朝日が差し込む、快晴の空。その輝きを窓越しに浴びている病室に、甲高い叫び声が響き渡る。時刻は朝八時。
 その息遣いは荒く、声の主もその背後に立つ少女二名も、目元に大きな隈を作っていた。そして、そんな彼女達を迎える俺の挨拶は――

「むっ、もまもぅ!(おはよう)」

 ――朝食のご飯を咀嚼しながら、というなんともマヌケなものであった。……しょうがないだろ。起きた瞬間、十日間飲まず食わずだったことに気づいて、空腹で発狂しかけてたんだからよ。

 ゴミ箱に積まれた、大量の空パックを尻目に白飯を掻き込みながら、モゴモゴと不完全燃焼な挨拶をする俺への反応は様々。
 救芽井は両膝をついて、物凄く安堵したように頬を緩めており。久水は感極まった表情で、両肩を震わせ。矢村は拳を握り締め、怒りに顔を歪めていた。
 だが、そんな彼女達にも、一つだけ共通している点がある。

「龍太君……よかった……よかったぁ……」
「りゅ、龍太、様ぁ……よく、ご無事でッ……!」
「こ、こらぁ、龍太ッ! 散々心配さしといて……さしといて、その反応はないやろぉッ……!」

 ――彼女達の目元から溢れ出す雫は、みんなが同じ「色」を湛えていたのだ。俺の生還を喜ぶ、ありがたい「色」を。

「んっ……悪い、意識がハッキリしたら急に腹ぺこになっちまってよ。心配かけたな、みんな」

 早急に水で白飯を流し込み、俺は苦笑いを浮かべる。そんな俺を見つめて、三人はしばらくの間――溜め込んでいた感情を、瞳から流し続けていた。

 それから約十分後には、ある程度出すものを出し尽くしたらしく、三人とも落ち着きを取り戻していた。ずっと泣いていたところを見られていたというのが恥ずかしいのか、全員どこか顔が赤い。

「こ、こほん。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたわ」
「まぁ、気にすんなって。こっちも随分、面倒掛けちまってたみたいだし」

 誰ひとり喋らない中、静寂を破って言葉を切り出した久水は、可愛らしく咳ばらいしている。こういうところを見ると、他の二人を束ねるお姉さんって感じがするなぁ。

「……本当に、よく無事でいてくれたわ。剣一さんだけじゃなくて、瀧上さんまで一緒に連れて来たのはビックリしたけど」
「うん、うん……よがっだよぉ、龍太……」
「ありがとう、二人とも。だいたいのことは、ゴロマルさんから聞いてる。救芽井が助けてくれたんだろ? ありがとうな、お前のおかげで死傷者ゼロだ」
「死傷者ゼロ……ね。おじいちゃんから聞いてるなら、知ってると思うけど――」
「――瀧上の裁判の話だろう? 悪いな、わざわざ俺の都合で、結果の分かってる死刑判決までやらせちまってよ」
「……」

 俺の一言に、救芽井は口をつぐんでしまう。言ってしまってから、俺は少し後悔した。
 人命救助のためだけに造られた「着鎧甲冑」を手掛け、命懸けでレスキューヒーローとしても活動していた救芽井。そんな彼女にとって、自分が助けた人間が「正当に」殺される事実は、どのように重いのだろう。その胸中は、察するにあまりある。

 自分のエゴでそんなことをさせておきながら、俺は何を言っているのだろう。

「悪い、俺のせいなのに」
「ううん。私も、彼をお父様のやり方で死なせたくはなかったの。例え死ぬべき人間だとしても、私達がそれを決められるほど、『命』は簡単じゃないって思ってたから」
「救芽井……」
「だけど、怖かった。お父様に逆らうみたいで、強く言い出せないままだったの。あなたが、瀧上さんを連れて来てくれるまで。あなたが、『正しさ』を捨てて『命』を選んでくれたから、私も戦えた」

 ――それは、救芽井エレクトロニクス興隆のため、第一線で戦い続けていた彼女だからこそ出せる答えなのだろうか。
 どうやら、レスキューヒーローとしての矜持ってのは、拗らせると正義感を歪めてしまうらしい。

「……今さらこんなこと、言えた義理じゃないけど。ありがとう。私の願い、捨てずにいてくれて。約束、守ってくれて」

 左目の傷痕をいたわるように、彼女の白く柔らかい掌が、俺の顔を撫でる。その表情は、感謝と自責と悲哀がないまぜになっており、美しくも痛ましい。
 決して無事とは言えない有様だが、こうして生きて傍にいられるなら、約束を破ったことにはならない……と、思いたいな。

「それにしても……あぁ、龍太様のお顔がこんなにも傷付いて……。そうまでして、あなた様はなぜ瀧上凱樹を? ワタクシもお兄様も、あなた様の判断を尊重はしましたが――正直なところ、理解に苦しみますわ」

 すると、救芽井に次いで久水が口を開いた。だが、その口調は責め立てるように鋭く、普段の彼女とはどこか違う真剣さが感じられる。

「……そうだろうな。俺もおかしな話だとは思ってる。それでも、間違いだって言いたくはないんだ。普通の神経のままじゃ、助けられるかも知れない人まで死んじまう」
「そのためなら、ご自分がいくら傷付いても構わない――とでも? 自己犠牲の精神と言えば綺麗なようにも聞こえますが、それは無益な自己満足と紙一重の存在ですわ。そのようなリスクの高すぎる理想のために、あなた様を失うことなど、ワタクシは絶対に許しません」
「ひ、久水さんッ!」
「今回は鮎子を救って頂いたことに報いるため、あなた様の意向を尊重するべく中立の立場に立ちましたが、今後このようなことが起きれば……その時は、あなた様の理想を否定させて頂きますわ。何よりも、あなた様の『命』のために」

 彼女は俺の意思を強く否定し、「自己満足と紙一重」と厳しく断じる。救芽井は思わず声を荒げたが、彼女は全く動じた様子を見せなかった。
 俺の考えを受け止めてくれた救芽井とは真逆のようにも見える――が、俺を案じての諌言であることには違いない。
 確かに、幼なじみが自分の理想のためだとか何だとか言いながら、ホイホイと死地に向かおうとしているのなら、意地でも止めたくなるだろう。俺が逆の立場だったなら、締め上げてでも止めさせていた。

 ――そういう意味でも、彼女の言い分には筋が通っている。俺は今、自分がされたくないことを人にしたい、と言ったのだから。

「茂さんも、そんな意見か?」
「えぇ。『貴様が野望のために死ぬのは勝手だが、それで悲しむ人間のことを忘れようと言うのであれば、ワガハイは貴様の魂をも呪う』、と」
「そ、そんなっ! た、確かに龍太君に何かあったら嫌なのは私も一緒だけど……だからって、そこまで言わなくてもっ!」
「そそっ、そうやそうや! 助けられる人を助けたいってだけなんやから、べ、別にええやろっ!」
「いいんだ救芽井、矢村。久水達の言いたいことは何も間違ってなんかいない。俺は俺のしたいことのために、みんなに散々迷惑を掛けちまったんだからな」

 久水兄妹の言うこともわかる。わかるが、俺は考えを変える気はない。
 そんな胸中が透けて見えたのだろう。落ち着き払った俺の口調に、久水は眉を吊り上げた。

「そうおっしゃる割には、反省されているような佇まいではありませんわね」
「間違いだって言いたくない……って言っただろ?」

「口の減らない殿方ざます。そこまで強情なようでしたら――危険な出動が出来なくなるよう、足腰立たなくなるまで『搾り取る』しかありませんわねッ!」
「搾り取るって何を!?」

 いきなりブラウスのボタンを外し、艶やかな胸元をあらわにする久水。その淫靡な笑みと真紅の唇が、この病室を一瞬にしてピンク色に叩き込む。――ホントにブレないな、こういうところは。

「さぁ、龍太様……覚悟なさって――あんっ!?」
「公序良俗違反で現行犯逮捕や、このエロリストッ!」

 彼女はそのまま、軋む音を立ててベッドに上がり込み、こちらへ迫る――のだが、敢え無く矢村に取り押さえられてしまう。それでもめげずに、開かれた谷間から「りゅーたんとまぐわいたいで(そうろう)」と達筆で書かれた訴状を取り出したが、それも救芽井に握り潰されてしまった。

「あぁっ! あんまりですわ悪代官様ッ!」
「誰が悪代官よッ!」

 突然空気を掻き乱し、自分のペースに持っていこうとする久水。そんな彼女に対抗するように、救芽井と矢村はベッドの上に上がり込むと、壮絶な揉み合い合戦を始めてしまった。おい、俺は一応入院患者なんだぞ。静かにしてくれたまえよ。

 ……しかし、こうして以前のような騒ぎを見てると、戦いが終わったのだと「実感」できるな。

 そう、これはもう「錯覚」じゃない。俺達は生きて、勝ったんだ。
 四郷姉妹を脅かした瀧上は、もういない。決してハッピーエンドではない――が、バッドエンドよりは遥かにマシな幕切れだろう。

 ――いや、待てよ。「俺達」と言うと、救芽井エレクトロニクス側の全員が入りそうだな。一緒に戦った救芽井や矢村ならまだしも、散々騙してくれた甲侍郎さんまで入れるのはちょっと癪に障る。今回の件に限っては。

 それに、伊葉さんや古我知さんだって仲間には違いないはずだけど……遠い世界の「大人」に感じられる以上、「俺達」に含めるには、何か違う気がするんだよな。甲侍郎さんや古我知さん、伊葉さんを除いた「俺達」を指す言葉――か。

 それならやっぱり、これがちょうどいいだろう。

「『着鎧甲冑部』の勝ち……って感じ、かな」

 ついこの間、救芽井が話題に上げていたばかりだと言うのに、随分と懐かしい響きのように思えてしまう。
 その単語を呟く俺の口元は、そんな滑稽な感覚を受けて、俺自身が気づかないうちに緩まっていた。

「……ん」
「……あ」

 ふと、そんなことを考えていた時。

 俺の膝の上で暴れている美少女三人衆の一人、矢村と視線が交わる。それ自体は偶然の出来事だったが、この次に起きる現象は「必然」そのものであった。

 きめ細やかな小麦色の肌に囲まれた、薄い桜色の唇。そのみずみずしい色合いが目に留まる瞬間、「あのこと」が一瞬にしてフラッシュバックしたのだ。
 みるみるうちに、俺自身の顔が熱くなっていくのがわかる。恐らく、向こうもアレを思い出したのだろう。彼女は久水をチョークスリーパーに捕えた格好のまま固まり、鼻先まで茹蛸のように真っ赤になっていた。

「え、えっと……」
「あぁ、あぁあ……! あ、あ、アレはッ! アレは吊橋効果やからッ! プラシーボ効果やからぁああぁあッ!」
「え!? ちょ、おいッ!?」
「なんですのあなた達、そんなに見つめ合って! ま、まさかこのワタクシを差し置いてッ……!?」

 この空気に耐えられなくなったのか、彼女はチョークスリーパーを外し、涙目で病室から飛び出してしまった。わけのわからないことを叫びながら、かつてない程の全力疾走で。

 ……未だに口元に残っている、あの温もりの感覚。それが真実だったのかを改めて確かめるには、まだまだ早過ぎたのだろうか。
 そして、彼女に置き去りにされた俺を待ち受けていたのは――

「龍太君。矢村さんと何があったのか――じっくり教えて貰えないかしら?」
「逃がしませんわよ、龍太様。こればっかりは絶対に」

 ――事情を察し、どす黒い笑みを浮かべる、美少女二人のツープラトン攻撃だった。
 
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