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フルメタル・アクションヒーローズ

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第94話 夕暮れと笑顔と儚さと

「救芽井さん、行きますわよっ!」
「えぇ! ――無理しないでいいわよ? 久水さんのペースでいいから、しっかりね?」
「バカにしていますの!? あなたワタクシをバカにしておりますのっ!?」

 救芽井の露骨な苦笑いを前に、久水は涙目で泣きわめき――

「ほらこっち! 四郷、頼むでっ!」
「……任せて」

 ――涙ながらに放たれたパスはやがて救芽井を通して矢村に渡り、四郷という真打ちにたどり着く。
 四人の美少女達の連携は、「勝利」という共通の目的による賜物ゆえか、一秒ごとにその鋭さを増しつつあった。

 ……そして。

「チバァァッ!」
「あらあら、またやられちゃったわねぇ。救芽井チーム、一点追加っ!」

 ――俺は犠牲になったのだ。美少女チームの友情、その犠牲にな……。

 どうやら例の作戦は、思いの外効果があったらしい。……俺の顔が痛いほど。
 実はつい数分前、遠くに飛んだボールを拾おうとして、足の着かない深さへずり落ちてしまった救芽井を、近くにいた四郷がまた無茶をして助け上げる……という一幕があったのだ。苦手であるはずの水の中に、もう一度巨腕を突っ込んで。
 そんな出来事があって以降、商売敵だったり「新人類の身体」への色眼鏡があったりで距離を置きがちだった救芽井と矢村も、次第に四郷へとボールを送るようになっていた。
 あんな無茶苦茶をまたやらせてしまった時は「マズった」と思ったもんだが、結果としては狙い以上の効果をもたらしてしまっていたらしい。怪我の功名とは、よく言ったものである。

 その時の彼女には、久水の時に通じる瞳の色があり、今は救芽井達に囲まれているこの状況に戸惑う様子もない。
 ――四郷本人も、俺の考えには薄々気づいているんだろうか。度々、こちらへチラリと向けられる彼女の視線は、何かいいたげな雰囲気を孕んでいるように見えた。

「一煉寺君、なにボケッとしてるの!?」
「えっ――ぶべらッ!」

 ――いや、考えたら負けだ。考えてる暇があるなら、動け俺。つーか、動かなきゃ死ぬ。
 一ゲームだけで、もう何回こうしてボールを顔面に当てられたか、わかったもんじゃない。茂さんはノビたままだし、所長は後ろからパスは出してくれるけど、頻繁に俺を相手側からのスパイクの盾に使いなさる。
 ……つまり、事実上の集団リンチというわけだ。向こうも向こうで、何の怨みがあるのか思いっ切り仕掛けて来やがるし。

「いっつも婚約者の私を差し置いて、次から次へと女の子を取っ替え引っ替え……私の身にもなりなさいよっ!」
「付き合いの長いアタシのことほったらかして、いっつもいっつもすき放題……ええ加減にしいやっ!」
「ワタクシというものがありながら、知らぬ間にあちこちで婦女を侍らせるなんて……我慢の限界ざますっ!」
「……梢を、いろんな女の子を、散々振り回してきた罰……!」

 ――なんなんだよ。俺が何をしたってんだよ!? 何か凄いドスの効いた恨み節が聞こえて来るんですけど!?
 つーか、全員が黒い笑み浮かべながら、嬉々として矢継ぎ早にスパイクぶっ込んで来てるよ!? いじめいくない! こんな友情いらないィィィィッ!

 ……そうして、俺の覚悟すら上回るほどの狂乱に満たされた水上バレーは、日没を迎えるまで続き……。

「どぉや、龍太? 負けの言い訳やったら聞いちゃるけどぉ?」
「……なんとでも申すがよい。言い訳のしようのない惨状だったしな」
「零対九十二。点数で言えば結果はこんなところかしら? まぁ、よく頑張ったわよ。一煉寺君」
「なに人事みたいに言ってんの!? あんた途中から浮輪で遊び出したくせにッ!」
「ごめんなさいね。私、勝ち目のない戦いはしない主義なの」
「むっふっふ。無様だな一煉寺龍太。まぁ、ワガハイに意識さえあれば形勢は逆転していたであろうがな!」
「あんた試合前から脱落してただろうが!?」

 ――全員が寝そべっているイカダの上では、俺へのイジリ大会が勝手に開かれていたのだった。
 陽の光がなりを潜め、空が暗色に変わる兆しが見えてくると、さすがに多少の肌寒さは出てくるが、そんな中でも彼女達のマシンガントークが止まる気配はない。その上、四郷に至っては自分の腕をさすってもいなかった。

「ホントにもぅ、龍太君には呆れるしかないわねぇ。ルーズボールを拾おうとして、足場を踏み外して所長のむ、胸に顔を突っ込んだり……!」
「だ、だーもー! あれは事故なんだと何度言えば……!」
「ですが! スパイクを受けて水中に沈んだ際、そこから所長のお、お尻を見ていた容疑もありましてよ!?」
「それでも僕はやってない! だいたい、そんな容疑どっから沸いて来たんだよ!?」
「だ、だって龍太様、水に沈んでもすぐに上がって来なかったのですもの……」
「九十二発も顔面スパイク決められといて、そんなすぐに起きれるかァッ!」
「……男の癇癪は見苦しい……」

 ブスリ。俺の男心に、何かが突き刺さる。次いで、俺の肉体が空気を抜かれた浮輪のように崩れ落ちていく。

 女性陣からの集中砲火をかい潜る中、とどめの一発として放たれる四郷の毒舌。その一撃に俺が倒れ、こうして白い抜け殻のようになってしまう流れも、今となってはお約束になってしまったらしい。
 友達同士の輪の中で、共通の話題が盛り上がるように。こんな形ではあるものの、俺達の間でも、全員に通じる何かが見えて来たようだ。

「ち、ちくしょー。大体、みんなして俺だけを狙い過ぎだろッ! ドッジボールじゃねぇんだぞ! イジメカコワルイ!」
「むっ……そ、そんなん言うたってしょーがないやんっ! 龍太しか……見えんのやもん……」
「……やっぱり、一煉寺さんは一度はのされるべき……」
「なんでッ!?」

 ――その証拠に、今は輪の中に四郷もいる。
 ひとしきり俺をこき下ろした後、彼女達は各々のファインプレーへと話題の花を咲かせ、夕陽を浴びるイカダの上で、互いの健闘を嬉々として語り合っていた。

 散々ボールぶつけられまくったり、試合後もイジられたりと踏んだり蹴ったりな締めではあったが――今日一日の意味は、確かにあったと思う。
 時折、僅かな口元の緩みから伺える――彼女の、彼女なりの「笑顔」が、その全てだ。

「正直、絶対届かんって思っとったんやけどなー……。まさか、あんな方法でやりよるとは思わんかったわ! 普通逆やない?」
「ふっ……。ワタクシ達ができないことを、平然とやってのける――それでこそ鮎子ざます! さぁ二人とも、痺れなさい! 憧れなさいッ!」
「……マニピュレートアームで、イカダの端だけ摘んでボク自身をルーズボールに届く場所まで運んだ時のこと?」
「そうそう。もしイカダが重さに耐え兼ねて折れたりなんかしたら、危なかったんじゃないかしら?」
「ちょっ……無視するんじゃないざますぅぅぅッ!」

 どうやら、彼女達の話題の中心には四郷がいるらしい。輪の中に入るどころか、すっかり中心人物に大出世してしまったようだ。……約一名、逆にハブられてしまったような娘もいた気がするけど。

「……危ないとか、そういうのじゃない……。マニピュレートアームでバレーなんかしたらボールを割りかねないし、それに……」

 ふと、四郷は散々けなされた傷を癒すべく、体育座りでイカダの端に佇んでいた俺の方を見つめて――

「……このイカダは壊れたりなんか、しない。一煉寺さんが作ったイカダだから……」

 ――そんな照れるようなことを、言ってくれた。夕暮れのせいでわかりにくくはあるが……その頬は、沈む太陽に比例するように紅い。

「い、いや、別に俺は――どわぁッ!?」
「ワガハイは!? ワガハイも作ったのだぞ!?」

 すると、さっきまで傷心の俺の背中をさすり、励ましてくれた茂さんが掌を返すように俺をイカダから突き落とし、四郷に迫り出した。な、何をするんだァーッ! 許さんッ!

「……茂さんにも、感謝してる……。ありがとう……」
「そ、そうかそうか! ムッフフフ、さすが鮎子君! ワガハイのことをちゃんと理解してくれているようだね! なんなら今度ダンスパーティーにでも……ぼぶらァッ!」
「……調子に乗っちゃいけない……」

 四郷としては茂さんにも感謝してるみたいだけど、相変わらず手厳しい。赤い夕陽を浴びて、鈍く輝くマニピュレーターの鉄拳が、頭部から神々しい光を放つ彼を容赦なく殴り飛した。
 茂さんは俺と同様にイカダから転落し、ブクブクと泡を立てながら水上で気絶してしまう。
 傍から見れば、まるで男性陣が手酷くハブられたような絵面である。女性陣ーッ! てめぇらの血は何色だァーッ!

「……そっか。ふふ、そうだよね。龍太君の作った、イカダなんだから」
「四郷って、なんやかんや言うたって、やっぱり人間らしいとこあるんやな。しんどそうやったのに、久水と救芽井を助けとるとことか見てたら……なんか、どっかの誰かに似とるような気がしたんよ」

 あんまりな扱いに憤慨する俺を尻目に、彼女達は和気藹々と何かを語り合っている。

 うまく聞き取れないが――救芽井と矢村は、四郷の言葉にどこか共感する部分があったらしい。「ああ、そうか」という具合に、二人とも妙に納得したような表情を浮かべている。

「……不思議ね。物理的には私達とはまるで違う存在なのに、考えてることはまるで一緒なんだもの。人と違うのは身体だけ、っていう話も、今ならわかる気がするわ」
「……わかるの……?」
「今はまだ、ちょっとだけやけどな。でも、もっと仲良くなれそうな、そんな気は確かにする。……あんたのこと見よったら、いつか『ライバル』になりそうな気もするんやけどな」

 同じ時間を長い間過ごした結果は、相手を好きになるか嫌いになるか、という枝分かれが明確になりやすい。
 まだ途中経過に過ぎないだろうが……今のところ、彼女達の関係は前者に傾いていると言っていいだろう。救芽井の温かな眼差しと、矢村の人懐っこさが滲む目つき。あんなもの、余程通じるものを感じなければ、到底お目にかかれるものではない。

「……ライ、バル……」

 矢村に何か言われたのか、四郷はハッとして一瞬だけこちらに視線を向ける――が、ボッと顔を赤くしたかと思うと、すぐさま顔を向こうへ逸らしてしまった。……なんだろ? 「あっち向いてホイ」でもしてるのか?

「……あなた最低ね」
「何がッ!?」

 ――と考えていたところへ、こちら側の端に腰掛けていた所長さんが、醜い家畜を眺めるような目つきで毒を吐いて来る。

「全く、乙女の儚――いえ、精一杯な恋心をなんだと思ってるんだか。婚約者さんもきっと泣いてるわよ」
「精一杯な恋心って……話が全く見えて来ないんだけど」
「はぁ〜……あなたったらホントにもう……」

 急にカテゴリーエラーな話題を持ち込まれ、なんのこっちゃと戸惑う俺を前に、所長さんは掌を額に当ててため息をついた。まるで、「ダメだこいつ、早くなんとかしないと……」という意思を全身で表現しているかのように。

 ――恋心、ねぇ。その手の話になると浮かんで来るのは、救芽井だったり久水だったり矢村だったり……。あぁ、ダメだダメだ、意識したらなんか喋りづらくなるッ!
 ……だけど、四郷は確か久水のことを応援してるんだったよな? なんであいつがそんな話題に絡んで来るんだ?

「……でも、そのどうしようもなく最低なところに助けられたんだから、皮肉よね」
「なんすか、それ?」

 その時、所長さんの表情が変わる。
 冷ややかな視線は暖かなものへ性質を変え、口元は僅かに緩み――微笑みの様相となった。

 ――しかし、さっきから、所長さんが何の話をしているのかがまるで掴めない。違う話題に移ったんだろうな、っていうのは辛うじてわかるんだけどな……。

「下心も、恋も、異性も、何もない。友達作って仲良く遊びたい。そんな頭スッカラカンで、どうしようもないバカだから――そんなあなただったから、鮎子もああして、やっと人間らしく、生きられたのよ」
「なんだそりゃ。褒めてるのかバカにしてるのか……?」
「もちろん褒めてるわよ。あなたみたいなのと関わったばっかりに、鮎子もあれこれ悩むのがバカバカしくなったんでしょうねぇ。はた迷惑な話よ、全く」

 先刻のイジリ大会にも劣らぬ程に俺をこき下ろす彼女――だが、その表情はまるで実の兄弟にでも向けられているかのような、包容力の滲み出る温もりを放っていた。

「……今日は、ありがとう。期待以上だったわ、一煉寺君。剣一からあなたのことを聞いた時、もしかしたらって少しだけ思ってたけど、本当にあなたならなんとかしてしまいそうな気がしてきたわね」
「何の話――ってか、剣一って……もしかして古我知さん!?」

 意外な人物の名前を耳にして、俺は思わず目を見開いてしまう。……久水や茂さんだけじゃなく、古我知さんとも知り合い……!?
 いや、でも……古我知さんから俺の話なんて、どうやって聞いたんだ? 彼は今、アメリカの刑務所に服役してるはず。もしかして、そこまで研究所ほっぽりだして会いに行ってたのか?
 それとも、やっぱり古我知さんはあの――

「今晩、私の部屋に来なさい。救芽井さんも、着鎧甲冑も、剣一さえも救ったあなたになら、賭けてみてもよさそうだから……」

 ――だが、その言葉が彼女から出た瞬間、俺の思考は掻き消され――

「さぁみんな、もう日が落ちて冷え込むころだし、そろそろ帰るわよぉー! 明日に備えて、もりもり食べてぐっすり寝ましょー!」

 未だに話し込んでいた女性陣達の方へ向かう、所長さんの背中を眺めても――俺はただ、えもいわれぬ不安感を抱くばかりだった。
 彼女の背をすり抜け、俺の方へと吹き抜ける風が……その気持ちを煽るかのように、暗く、冷たく囁く。

 ――彼女は、俺に何をさせようとしている……?
 
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