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或る皇国将校の回想録

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第四部五将家の戦争
  第六十六話 家門と家族と栄誉

 
前書き
馬堂豊久‥‥‥皇都への帰路にある貴族将校

弓月茜 ‥‥‥伯爵家次女、豊久の許嫁

平川利一‥‥‥背州の地方新聞の記者、退役中尉、”監察課の月例報告書”にも出演 

 
皇紀五百六十八年八月二十七日
 
虎城山地を超え、龍州から駒州を経て皇都へと通じ大街道、駒城を五将家足らしめる駒州の国力の源泉の一つともいえる――駒州の経済をささえる主要河川の一つ、矢走川にそっている事からもその歴史の古さが分かるだろう――内王道である。あらゆる経済流通の基幹は当然ながら軍事的な価値もそれに比例して高くなる、内王道も当然のように駒州軍だけではなくあれこれと軍の輜重や伝令の騎馬(重要性が高く緊急性が低いものは導術士の消耗を避ける為に騎馬伝令が使われている)
 蹄の音を響かせながら2頭引きの馬車が進む、軍の輜重馬車があれこれと動き回っているが駒州で動く兵隊となれば彼の馬車を邪魔しようという者はいなかった。なにしろその扉に馬堂家の家紋が印されているのだから。

「皇都の各勢力はひとまず六芒郭を軸に据えることで方向性は定まったが――」
 西原家の名は重い、とりわけ誰もが政治闘争の為に味方を求めている中では。
妙手であったかといえばまた違うだろう。特に馬堂家に対する西原の影響力は極めて強くなった。形式上は一万にも届く兵力を救出する為であり、政治的な裏事情では五将家当主の非嫡出子の救出を駒城の御育預を殺すために見捨てるか否かという問いかけをぶつけることで守原寄りの中立という立場を十全に生かすことができたのである――保守派であればあるほど身内に甘いという点では守原も駒城も変わらない。だからこそ閨閥の源泉となる人望を保つことができるともいえるのだが

「問題は山積み。なまじっか完成形が見えた以上崩れたら収拾がつかなくなる。成功するにしても駒州軍の消耗を避けなくてはならない。かといって露骨に動けば西原すら戦力を出し渋る上に若殿様にとっても悪手――信用に瑕がつく。終わった後の事後処理か――失敗したら駒城が衰亡。成功しても他の勢力ではではなくこちらが主導権を確保しなくてはならない」

 断片的な情報は伝えられているが前線勤務に専念しなければならなかったのだ。体系だった国内の勢力図を更新しなければならない――馬堂家という“家”の強さは知るべき事を誰が知っているのかを知る事にある。情報そのものよりも情報の流れを知悉する事こそが強さだった――将家社会が徐々に弱くなり馬堂の家も変わりつつあるからこそ、その強さを残さねばならない。
馬堂豊久は未来の“類型”を知っている、であるからこそ自分のような人間を育ててくれた“家”をより良い形で残したいと思っている。
ぼんやりと外を眺める、このあたりは馬堂の“家領”だ、父も祖父も領主としては怠け者ではあっても無責任ではなかった。早々に天領に準ずるクラスの自治機構を作り上げて領地の行政をほぼ全て委託してしまった。彼らが抱えている権限は予算案に口を出す事と施設の奨学基金を残させる程度であった、
馬堂家が将家として成立した理由が自身の所有していた牧場の価値だけではなく自身の蔵書を馬丁達にまで開放していた事で磨かれていた“家臣”らの価値があってこそ重用されたからだという事を――少なくとも美談としてそう記録していることを忘れておらず、また民衆にも忘れさせるべきではないと考えていた。
豊久はそれでよい、と考えていた。“自分の役目は馬堂家を社会機構に上手く組み込むことだ。それも可能な限り恨みを買わないように”それが一番良い事だと、この戦争が始まるまでは――




皇紀五百六十八年 八月二十六日 午後第三刻
故州伯爵弓月家上屋敷 弓月家次女 弓月茜


 開封したばかりの手紙に目を通す。そこには謝罪と弁明と詫びが散りばめられている。潔いというかいっそ哀れさを感じさせる文面である。
 許嫁であり、戦争の英雄の一人である馬堂豊久中佐が書いているとは彼と親しい人間でなければ信じるまい――敵軍の半数を一時的に潰走させたことで大敗を防いだ龍口湾の英雄である西津中将、近衛を駆り立てて戦姫に剣牙虎の牙を突き立てんとした新城少佐、この二名からは一歩譲るが馬堂豊久中佐も騎兵連隊を打ち倒し、西津中将の大反攻によって追撃を鈍らせ、第三軍の勲功第一として挙げられている。若手貴族将校の中ではもっとも衆民に名を知られている男だろう。
 かさり、と手紙の立てる音が部屋に響いた。妹と自分、そして以前より若者が居なくなってしまった使用人――静かなものである。
 彼の勲功は祝福するべきなのだろう、しかしそれ以上に無事に帰ってきたというだけで私人としては十分過ぎる良い報せだ、茜は政治的な思惑を肯定したうえで妙なところで潔癖な年上の青年を好んでいた。もちろん何も考えずに恋愛をできるかといえばそのような事はまったくない事も豊久は理解しているだろう。それでも潔癖さは消えることはなかった。幾度か死にかけ、生還する中で茜と向き合う覚悟をきめつつあるようではあるがそれもまた公人としての判断である。
 ――この戦争が始まった事で馬堂家との関係も全く変わってしまった。兵部省の要職を担った豊守と内務省第三位の伯爵家当主、そして英雄として特に若手貴族将校からの名望を――新城直衛への反発もあり――集めている馬堂豊久。将家社会への影響力を持つ古参憲兵将校であった馬堂豊長。そうそうたる顔ぶれであっても五将家に比すれば地盤は脆弱でありそれでいて出る杭となり政争の中で団結する事で危険も利益も高まっている。元から重臣団の閨閥を超えた横のつながりは重要であったが中央政府への集権化が行われている事でいよいよ不可欠のものになりつつある、それが無ければ重臣として担うべき実務をこなせず転落する事すらありうる。弓月家などは其れを利用して万民輔弼令以降に内務省内で台頭した口である。男子の産まれが遅かったこともあり、長女の紫も次女の茜も父から伯爵家の利益代表者として振る舞えるよう教育を受けている。
紫を娶った芳州子爵は領土を皇家に返上、つまりは天領化させてしまい鉱山経営に専念するようになり、すでに精製や加工、建設にも投資を行っている。そして茜は――本来であれば最低でも准将、少将まで軍政、情報畑を耕しえた――或いは内務省の地盤を義父より引き継ぐかたちで転属も検討できる器用さがある中興をなしつつあった五将家重臣の一粒胤に娶られる予定だ。であるからこそ物柔らかな性格の弟――葵を外務省に入庁させたのだろう。
――だがこれも推測、ただ父を観続け、考えただけの推測だ――父は私達に自身の考えを語る事はない。受け継ぐのは未だ年若い葵であり娘達ではないからか、馬堂家への傾斜の裏で何かを仕込んでいるからか――
漠然とした不安が徐々に形を成してゆく――碧はまだ幼い、この戦争が何かを変えたとしたらそれに一人で直面する事になりかねない。父はその時どうするのだろう。優しい父ではあったがそれは政にかかわらないでいたからだ。

茜は静かに考える、豊久に相談してみるべきか――彼と義理の妹のことについて私人として話すべきか――彼も政治にかかわる貴族の英雄として口を閉ざすべきか。



皇紀五百六十八年 八月二十七日 午後第七刻 皇都視警院 記者室
新星新聞 社会部皇都視警院担当班 記者 平川利一


 ほう、と煙を吐き出してそれを睨みつける。三年前まで平川利一は将校であった。将家の出ではない。背州の合資商会を切り盛りする大番頭の長男だ。地元の繋がりやら父の後援やらをうまく使い、どうにか早々に中尉時代に兵部省の広報室の主任役として原稿作りやら記者との折衝やらを担当し、いくつか面倒は付きまとったがそれをうまく納めて将家の上官から良い推薦状を受け取って退役する事に成功した。
 父の仕事を継ぐはずが新しい事業として背州の大都市である星崎を中心とした背州の地域新聞である新星新聞の立ち上げに関わる事になり、気づいたら皇都に出戻りをする羽目になっていた。

「どうもセンパイ、どうですか」
 昨年から本院付きとなった後輩記者の坂上だ。何かと気が利くので重宝している。
「どうですかって何がだよ」
 急速に高騰している馬の売買を悪用した大規模詐欺組織の一斉摘発の記事を仕上げたばかりだ。
「戦争ですよ、私もいつ招集がかかるか分かったもんじゃない」連絡先一覧を指でなぞる、龍州総局の住所が横線で消したばかりだ、今は違和感があるが北領の時と同じようにすぐに慣れる――慣れてしまうのだろう。

「なんだ、お前もヘータイやってたのか?」そういいながらガサリ、と本来なら夜が明けてから背州で読まれる刷りたての紙面に目を通す。

「都護の聯隊でひどい目に遭いましたよ、年下の少尉殿があっさり目の前で討死して死体を担いで虎城を駆け下りましたわ」匪賊退治の経験者という事だ。遠からず召集されるかもしれない、と直接口に出すことはしない。坂上もわかりきっている事だ。
「そいつは御愁傷様だ、お前が生きて戻れただけ運がいいよ。俺だって退役するときには大尉サマだよ。いつ召集されるかわかったもんじゃない」

「将校殿だったんですか、それなら軍隊に戻ってもそれなりに楽が出来るんじゃないですか?」 
「阿呆、楽ができるならこんな稼業に就くか給金も居心地もこっちがマシさ。俺も娑婆から戻りなくはないね――っておい」軍という現実はその様な私情を押し流すだろう、とりわけ国土の東半分を〈帝国〉軍に押しやられているのならば、どこか投げやりな口調が。

「どうしました?」「馬堂豊久が皇都に戻ると、畜生あの野郎虎城で踏ん張るんじゃなかったのか」
「あ、あの野郎ってアンタ」「同期だよ畜生、この間も黄泉がえった時にお見舞いのお手紙を送ってやったばかりだぞ」――平川は根本的に生真面目でなおかつ相応の野心を持った人間だった、だからこそ軍隊の現実と将家と衆民の現実に向きあい、栄達を求めて父の下に軍隊で築いたコネクションを持って舞い戻ったのだ、といわれても間違ってはいないと感じるだろう。

「何故です?」「俺が知るか!畜生、今の俺は視警院の記者だぞ、専門外だ――」幾つかの考えが脳裏で結びつく。
「だが――そうだ、だがそれだからこそ、知っておくという事は重要極まりない事だ。特に俺達のような稼業では」「なにかありますね?」坂上は身をかがめ、掠れた声で尋ねる、その眼は熱病に浮かされたように危うい光に満ちている。だがそれをとがめることは平川にはできない、彼も同病に罹患しているのだから。
「あぁ上手くやれば兵部省の記者室も出し抜いてやれる。やるか?」「えぇやりましょう」

 ――そういう事になった
 
 

 
後書き
お久しぶりです。兵部省の小役人です。
Twitterで年内に投稿するといったがどうにか守れました。
転職をしたりしてドタバタしていますがまだまだ書きたいことが沢山あります。
2018年もどうかお付き合いくださいませ。

(現在風邪気味なのでいつも以上に誤字脱字妄言などが含まれていたりしても御寛容願います) 
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