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東京レイヴンズ 異符録 俺の京子がメインヒロイン!

作者:織部
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邯鄲之夢 11

 力押しの勝負はおたがいに絶妙な角度ではじかれる。
 受け流された直後にくる反撃を躱すのは容易ではない。
 それにはスピードしかない。予測がつかないほどのスピード――。

「オロロ・シンバラ・アラハバキ・カムイ・ニギヤ・ハヤニ・ナガスネ!」

 地州の額の呪印が光りを発する。通常なら一度きりが限度である素早さを上昇させる呪を、あり余る呪力でもって強引に重ねがけしてさらに加速。
 加速、加速、加速――。
 一気呵成に攻めたてる。
 地州の攻撃の勢いは激しく勇猛で素早く、秋芳は防戦一方。まさに攻撃を以て防御となす、だ。
 しかし突如として終わりはおとずれた。
 呪術による強引な強化に身体の方がついてこられなくなり、膝に限界がきたのだ。

「ぬぐぅっ!?」

 秋芳が防御に徹していたのはこの瞬間を待っていたからだ。
 相手の速さにあえて乗らず、一挙手一投足から次の動きを予測し、最小限の動きで制する。
 全身の円運動を螺旋状に一点に収束。体勢を崩したところに合わせて体幹へのカウンター。そのタイミングは時間と空間にまたがる特異点。
 その点を確実にとらえ、穿つ。

「ぐはぁッ!?」

 人は動物のような牙も爪も毛皮もない。
 人は動物のような筋力も敏捷性もない。
 だが人には知恵と技がある。
 人間にはそんなことが可能なのだ。

「ば、バカな……、選ばれし選良であるこの地州がこんなバラガキごときに……」
「選ばれし選良って、言葉が重なっているぞ、重複表現だ。歴史だけじゃなく国語の勉強も必要だな」

 白目を剥いて気絶すると額にある呪印から光が失せる。地州の敗因のひとつはこの呪印からあふれ出る膨大な量の呪力に頼り、自身の限界を見誤ったことだろう。

「お~い、勝負はついたぞ。結界を解いてくれ」
「ちょっと待って、この人たちを眠らせてるから」

 結界の外では神龍武士団の連中が京子の呪によって昏倒され、騒ぎはおさまりつつあった。動く者がいなくなるのを確認し、結界と毒の呪を解除する。
 
「あとはけがをしている人たちを診てあげないと……」
「どこかに安全な場所はないかな、またぞろこいつらの仲間が増援に来そうだ。警察とヤクザはすぐに仲間を呼ぶから厄介なんだよなぁ」
「警察官やヤクザとトラブルを起こしたことがあったの?」
「ヤクザはともかく上級国民サマの飼い犬のポリ公とは昔さんざんやり合ったな」
「飼い犬って……、テリー・ギリアムなみに警察官がきらいなのね」

 テリー・ギリアム。映画監督にして俳優。イギリスのコメディグループ、モンティパイソンの一員。
 彼が若かりし頃、アメリカでベトナムの反戦デモに居合わせたことがあった。
 きわめて平和的なデモだったにもかかわらず、乱入してきた警察官が車椅子の老人にまで暴力をくわえ、その場にいただけのテリー・ギリアム自身も警官に殴られたという。
 それ以来彼はすっかり警察きらい、アメリカきらいになったそうだ。

「秋葉原で路上パフォーマンスに対する横暴な取り締まりや横柄な職質を見かけたことがあるが、明治時代のおいこら警官そのものだったぞ。……なぁ、悪逆非道な犯罪が未解決のまま歳月がたつと警察は『いっしょうけんめい捜査していますよ~』て宣伝するためのパフォーマンスをするだろ。事件現場で捜査幹部が『かならずや真犯人を逮捕してみせる!』て宣言したり、事件から一〇年もたって〝新しい証拠〟として真犯人のはいていたズボンの色やらを公表する。そしてこのパフォーマンスにメディアも加担するわけだ。広報係がテレビの前に立って『我々はかならず君を逮捕する!』なんて呼びかけるんだが、アホか。〝逮捕する〟なんかじゃなくて〝逮捕した〟と国民に報告するべきだろうが」

 『警察密着24時』などと称したテレビ番組が民放各局で年に一回ずつは放送される。
 警察はテレビ局に便宜をはかり、無料で宣伝してもらう。
 そこであつかわれるのは振り込み詐欺や、ぼったくりバー、不法入国した外国人女性パブ、常習的な違法駐車などなど、民間人のおこす事件ばかりだ。
 未解決事件の証拠品を紛失したり個人情報の不正閲覧や漏洩などといった警察の失態や政治家や官僚の不正などは、まったく、全然、これっぽっちも出てこない。
 この手の番組は官憲とメディアとの癒着ではないか。

「庶民相手に点数稼ぎしているヒマがあるんだったらプチエンジェル事件でも――」

「はいはい、官憲批判はとりあえず置いておいて、ともかく今はここの人達を安全な場所に移さないと」

「そこらへんのことは俺たちにまかせてくれ」

 先ほど京子が身を案じた長身の男が声をかけてきた。

「とりあえず礼を言うぜ、みんなを助けてくれたことと、もののふ気取りの似非サムライどもを退治してくれたことにな」

 フードを脱ぐと、そこにはバンダナで押さえた赤く染めた髪があった。けがは見当たらない。どうやら赤い髪を血と見間違えたようだ。
 そしてその赤毛の人物は秋芳と京子の見知った顔をしていた。
 
「冬児……!」

 そう、阿刀冬児だ。
 だが秋芳たちの知っている冬児よりもいくつか年かさに見えた。この世界は現実のそれよりも数年後が舞台となっているのだろうか。

「俺のことは、知っているみたいだな。……だがあいにくと俺はおたくらふたりのことは知らないんだ」
「知らないって……、マジかよ」
「ああ、マジだ。ついてきてくれ、そのあたりの説明をする。それにみんなを助けてくれたお礼をきちんとしたい」

 なにやら奇妙な事情がありそうではあるが、異境で出会った友人の誘いを断る理由もない。秋芳たちは冬児と共に行くことにした。





 騒動のあったモスク、東京ラーハのすぐ近くにある飲食店へと案内される。
 看板には『渋谷清真飯店』と書かれていた。清真とはイスラム教のことで、この店は日本で暮らすムスリムのために豚肉や酒類で下ごしらえをしないなど、ハラールを守った食事が食べられる店のようだ。
 店内に入った冬児が店主らしき人物に目くばせをすると、奥へと通された。外観から想像していたよりも中は広く、清潔だ。店内は西域風の落ち着いた内装で、そこかしこに美しい幾何学柄のタペストリーやカーペットが敷かれていた。

「まぁ、綺麗!」
「イスラム模様ってやつだな」

 壁面を煌びやかに彩る異国情緒たっぷりの意匠に目を瞠る。イスラム教圏では偶像崇拝が禁止されているので、人物や動物を描くことはタブーとされている。そこでイスラム模様と呼ばれる独特のデザインが生み出され、発展してきた。
 様々な形が複雑に組み合わさり、計算された美を生み出している。それは神が創造した完璧で永遠に広がる宇宙・世界を表すものであり、仏教の曼荼羅に近い要素を感じさせた。
 
「あら? ねぇ、これって……」

 京子が目を細めて壁面の一部を指差す。言われた秋芳も注意深くその部分を視る。

 複雑な模様にまぎれて見知った紋様を見つけた。
 六道迷符印。人を遠ざける効果のある呪印だ。

「ほう、よく見つけたな。呪力の波動を感知できないよう穏形してあるんだが」
「それにくわえて視覚的にも完璧なカモフラージュされている、というわけだ」

 こんな所に印されていては、イスラム模様にまぎれて言われなければ発見できないことだろう。それを感知できたのは万物の気の流れを見通す如来眼を持つ京子だからこその芸当だ。

「イフタフ・ヤー・シムシム」

 コマンド・ワードに反応して壁が横にずれると、そこにはエレベーターがあった。

「まるで『キングスマン』に出てきた仕立て屋だな」
「ああ、その映画なら知ってるぜ。だが俺たちは王に仕える円卓の騎士ではなくシャーウッドの森に集う義賊だ」

 エレベーターは音も立てずに降下し、地下へと出る。
 陰陽塾の塾舎ビルの地下には実技の講義で使用される広いスペース、呪練場が存在する。ここはそれとおなじような造りをしており、なおかつそれ以上に広大だった。
 アリーナの中央に立っていた黒衣の青年が声をかけてきた。

「はじめまして、土御門春虎だ」
 
 土御門春虎。そう、たしかに春虎だ。ただし冬児と同様、その外見は秋芳と京子の知っている春虎よりも何歳か上に見えた。

「異なる宇宙より見知らぬ友人が稀人(まれびと)として来訪する……。君たちふたりが来ることは星を読んで知っていた」
「春虎、あなた星読みができるようになったの!?」
「んん? そっちの世界のおれは星読みができないのか。できるぜ、星読み。自慢じゃないが日本で十指に入る星の読み手だと評価されている。卜占のたぐいは父親からみっちり仕込まれたからな」
「なんと!」
「すごいのね、こっちの春虎って優等生じゃない」
「ああ、あの占事略決も周易も読めなかった春虎が……」
「式盤の見かたもわからなかった春虎がねぇ……」
「おいおい、そっちの世界のおれはひょっとして劣等生てやつなのか?」
「劣等生……。さすおに的な意味で?」
「いや、普通の意味で」
「う~ん、いや、そういうわけでもないけど……。霊力だけはバカ高いし」
「ええっと、実戦向きの努力の人って感じかしら。座学はからっきしだけど放課後によく対人呪術戦の訓練をしているわ」
「そうそう、俺たちもよく訓練につき合うが、そっちの筋は悪くないと思うぞ」
「なんかパッとしなさそうだなぁ……」
「それはそうと卜占を教授した父親というのは陰陽医の鷹寛さんか?」
「いや、おれの父は泰純という」

 泰純。土御門家現宗主である土御門泰純のことだろう、彼は夏目の父でもある。そして名うての星詠みだ。

「え? じゃあ夏目君は春虎の――」
「……夏目は、夏目はおれの双子の妹だ」
「ええっ!?」
「そして、夜光の生まれ変わりだった」
「…………」
「さっきも言ったが、この世界とよく似たべつの世界から男女の稀人が来る。彼らはむこうの世界ではおれたちの親しい友人で、力になってくれると、星が教えてくれたんだ」
「稀人、か。とうとう神様になっちまったなぁ」

 まれびと。稀人や客人とも書く。
 民俗学者である折口信夫が確立したとされる概念で、ここではないどこか。異界よりおとずれる霊的存在。ただしく歓待すれば富や恵みをもたらすが、あつかいを誤れば災いをもたらすとされる。

「先ほどモスクで起きた神龍武士団と称する連中の狼藉はいまの日本の縮図といっていい。呪術(ちから)あるものが呪術(ちから)なきものを虐げ、支配する。ディストピアだ。まずはおれたちの国がどうしてこうなってしまったのか、そこから説明したい。かなり長くなるし、横道にそれたりすると思うから、茶でも飲みながら話すぜ。なんなら食事も出せるが、どうする?」
「ありがたくちょうだいしよう」
「ええ、なにしろあたしたち稀人だものね。きちんとおもてなしされるのがすじってものだわ」

 デイドリーム枕くんによる夢世界の中では食べても食べても太るということがない。さらに排泄することもない。美味しいものをいくらでも口にすることができるという、まこと都合よく設定されていた。

急々如律令(オーダー)

 春虎が命じると、どこからともかく椅子や机。続いて皿に盛られた料理の数々が中空を飛んで運ばれてきた。
 いや、ちがう。
運んでいるのはのっぺりとした影法師――簡易式なのだが、実に精妙な穏形がほどこされており、よく視なければ手にした物が宙を飛んでいるとしか見えない。
 秋芳や京子といった見鬼を有する者ですらそうなのだ、なんの霊感もない一般人が目の当たりにすればポルターガイストかテレキネシスかと仰天することだろう。

「おう、これはみごとなお手前で」

 かの大陰陽師、安倍晴明は式神を家事に使っていて、土御門大路にある彼の屋敷では人がいないのに勝手に門が開閉したり御簾が上下したりして、呪術に縁のない一般人はたいそう気味悪がっていたというが、それに通じるものがある。
 式神の使い方が巧いのだ。
 流れるような無駄のない動きで茶を点てる茶人のごとき流水の妙技。
 この春虎にはそれがあり、なるほど、たしかにこの春虎は優等生だと秋芳と京子は実感した。
 機敏に動く式神達の手により、たちまちアリーナの中央は宴席場に早変わりし、食欲をかき立てる匂いに満たされる。

「これは、羊か」
「ああ。料理は表の、清真料理のコックが作っている」
「本場イスラムではなく中国風イスラム料理か、西安料理に近いな。なかなか本格的なんじゃないか」

 大きめの小龍包のような灌湯包子(グワンタンパオズ)、香草や香辛料と羊肉で味つけしたスープに硬いパンを入れて食べる羊肉泡莫(ヤンルーポーモー)香草で香りをつけた羊のセンマイ炒めである芫爆散丹(ユエンバオサンダン)。羊の頭の部分で作った冷菜は水晶羊肉(シェイジンヤンルー)、牛のアキレス腱の煮込み紅焼蹄筋(ホンシャオテイジン)――。

 龍肝豹胎と称するにふさわしい山海の珍味佳肴の中にゆで卵を薄く切ったような料理を見つけた。

「おう、これは独羊眼じゃないか?」
「なにそれ?」
「羊の目玉を柔らかく煮込んだものだ。聞くところによれば白目の部分はゼリーのような食感で黒目の部分はイカの塩辛のような濃厚な味だとか」
「うっ……、あたしパス。いらない」
「こんなのめったに食べられないぞ、せっかくの機会だしためしに食べてみたらどうだ」
「いらない、絶対にいらない。そんなの口にするくらいだったら鵺の肉でも食べたほうがマシ」
「…………」

 その言葉に春虎の口もとがかすかにほころんだ。まるでとっておきのいたずらを仕掛けた子どものように。

「ところで清真料理ということはアルコールの類はNGなのか?」

 ハラールを忠実に厳守しているイスラム料理店では酒類をいっさい置かない。だが信仰よりも商業主義に重きを置く店なら普通に酒を提供してくれる。

「へぇ、おまえさんいける口なのか。坊さんみたいな見た目なのに意外だな。よう、春虎。せっかくの客人のご要望だし、俺もご相伴にあずからせてもらってもいいだろ」
「……いいけど、ほどほどにしておけよ。いつぞやみたいにウォッカを丸々一本空けて正体をなくす真似だけはしないでくれ」
「客人を迎える大事な席だ、そんな強いのじゃなくて麦系の炭酸飲料を、もしくはチューではじまってハイで終わる的な炭酸飲料でいいぜ」
「じゃあ俺は芋系か麦系のアクア・ヴィテで」

 アクア・ヴィテ。
 ウイスキーの語源で、ラテン語で『命の水』という意味をもつ。
 芋か麦の蒸留酒、ようは焼酎はないかと訊いているのだ。

「あたしはお茶でいいわ。あ、でもコーヒーじゃなくて紅茶か緑茶にして。アジアや中東風の甘いのじゃなくてサッパリ系でお願いね」

 酒食のもてなしを受けつつ、異世界の春虎の話に耳を傾ける。
 いまの日本がなぜこうなってしまったのか。
 それはあの日、土御門夜光を筆頭とした陰陽師たちの起こしたクーデターからはじまった――。 
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