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東京レイヴンズ 異符録 俺の京子がメインヒロイン!

作者:織部
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骨喰

 永禄八年(1565年)
 京都。二条御所。
 十数本の刀が畳の上に突き刺さっていた。
 そのいずれもが天下に名高い名刀利剣であり、一振りで城が買えるほどの値がつく大業物ばかり。
 刀の林の中、一人の男が立っている。
 三十路前後の精悍な顔をした、いかにも名のある武将といった風格。

「豊後はおるか!」
「は、ここに!」

 男の呼びかけに応じ、一人の若武者が姿を見せる。

「これを使え」

 そう言い、突き刺さっていた刀の中から一本を抜き、豊後と呼ばれた若武者に手渡す。

「こ、これは藤四郎吉光! よろしいので?」
「うむ、それで三好の手勢を斬って斬って斬りまくれ!」
「ははっ!」

 男は残りの刀の列をゆっくりと見わたした。
 童子切安綱。
 鬼丸国綱。
 三日月宗近。
 大典太光世。                                  
 世に天下五剣と呼ばれる名高い名刀のうち、四本までもがそこにあった。

「細川隆是様お討ち死に!」

 味方の戦死を知らせる声に混ざって鉄砲を撃つ音や剣戟の音が徐々に近づいてくる。

「御首級、頂戴!」

 庭から数人の兵士がなだれ込んできた。
 男は目の前にある名刀の列から一本。無造作に抜き取るや、襲いかかってきた先頭の兵を袈裟懸けに斬り伏せ、返す刀で二人目の胴を斬り上げる。 
 三人目の兵が刀を上段に振りかぶるも、それが振り下ろされる前にその両腕を横薙ぎに断ち斬り、そのまま首を刎ねる。
 槍を構えて突進してきた相手もいた。
 まず槍の穂先を斬り飛ばし、その勢いに怯んだ隙に距離を詰め、突き殺す。
 唐竹割りに額を断ち斬り、胴を袈裟斬りにし、右に薙ぎ、左に振るい、股間を逆風に斬り上げる……。
 男の技は凄まじく、刀の切れ味は鋭かった。
 粗末な胴鎧程度しか身につけぬ雑兵たちに男の斬撃を防ぐ術はない。
 敵兵たちはたちまちその数を減らし、退散した。
 だがすぐに第二、第三の敵勢が押し寄せてくる。
 いかに天下の名刀とはいえ、何十人も斬っていては刃が欠け、血脂で切れ味が鈍る。
 男は使い物にならなくなった刀はすぐに捨て、新たな刀に差し替えて応戦を繰り返す。
 斬って、斬って、斬って。
 ひたすら斬って斬って斬って斬って、斬りまくった。

「豊後、いるか?」
「こちらに…」

 全身を返り血で朱に染めた若武者が応える。

「書を書く。しばし奥へ行くゆえ、ここをまかす」

 もはやこれまで。辞世の句をしたためようと言うのだ。

「はっ、おまかせください」

 男は血刀を手にしたまま奥の間に入る。

 五月雨は 露か涙か 不如帰 我が名をあげよ 雲の上まで

 朗々とした声が奥から響く。
 それが剣豪将軍として世に名高い、室町幕府十三代将軍。足利義輝の、最期に詠んだ歌だった。





 現代。
 秋葉原にほど近い、陰陽庁庁舎。

「しっかしとんでもない建物だな、ここは」

 そう口にしたのは僧侶のように頭を剃りあげた短身痩躯の青年。賀茂秋芳だ。

「わかる? ここって奥のほうはほとんど迷宮みたいなものよ」

 秋芳とならんで歩く少女がそう答える。
 ハーフアップにした亜麻色の髪。長いまつ毛に紫がかった瞳、快活でかわいらしい顔立ちをしていて、制服姿でも長い手足やスタイルの良さがうかがえた。
 倉橋京子だ。

「噂には聞いていたが、ウェンチェスター館や二笑亭も真っ青の、とんだ魔窟だ」

 陰陽庁庁舎は戦後間もない頃に建てられた古い建造物で、幾度となく増改築を繰り返しているが、残された部分や引き継がれた個所も多い。
 というのも霊的、呪的な理由で手を入れることが困難な構造や機能があり、実際の施行に合わせて変更することができないからだ。
 さらに増改築のさいに勤めてる陰陽師たちが特殊かつ細かい指示を出しているため、工事のたびに特異な構造が増える一方だ。
 庁舎内で普通に働いているぶんには問題ないが、少し奥まった場所には結界や封印があたりまえのように敷かれており、壁一枚へだてた隣の部屋は異空間につながっている場合さえあるという。

「さらにお役所特有の殺風景ときたもんだ。もっと陰陽塾(うち)みたく絵画や調度品を置いて、緑を増やしたらいいのにな。うちのホールにある竹を見ていると爽やかな気分になる」
「あれはお祖母様の趣味なの。竹は縁起が良くて、人生の学びと高潔さをあらわすから、学び舎にはぴったりだって言うのよ」
「それは良い。実に良いセンスだ」
「……ところで、ねぇ。お父様とはどんなお話をしてきたの?」
 
 京子の言うお父様とは陰陽庁長官兼祓魔局局長。当代最高の陰陽師と称される十二神将筆頭『天将』の倉橋源司のことだ。
 秋芳は京子の祖母、源司の母である陰陽塾塾長。倉橋美代を通して源司の呼び出しを受けたのだ。
 呼び出しの理由は秋芳の書いたレポートの内容について、興味を惹かれたので直接会って話がしたいとのこと。
 その話を聞いてまっさきに思ったのは、今までしてきた裏稼業のことがついに当局にばれて、逮捕のための偽の呼び出しではないか? だった。
 のこのこ出向いたところを呪捜官が総出でお出迎え。お縄にするという段取りだ。
 だがすぐにこの考えは払拭した。
 尻尾を捕まえられるようなヘマをしたおぼえはない。隠密には自信がある。
 ならば塾長の言葉通り、本当に興味があるから話がしたいのだろう。
 しかしそれなら向こうから来るべきだ。
 陰陽庁のトップだろうが、十二神将の長だろうが、名門倉橋の当主だろうが『用があるならおまえが来い』と言いたい。
 人を呼びつけるとは何様だ。
 そう反骨心が刺激され、最初はことわるつもりだったのだが京子からもお願いされたので、おとなしく召喚に応じることにした。
 かわいい恋人の願いを無下になどできない。
 そう、恋人だ。
 つい先日のこと。
 如来眼の力に覚醒するも、その力を制御できず霊気の暴走を起こした京子。そのドサクサにまぎれての告白に成功し、晴れて恋人同士となったのだ。

「レポートのこと以外にも、いろいろと話したよ。今後の陰陽師のありかたとか聞かれたから、仕事の細分化について意見した」

 現代の陰陽師。祓魔官の仕事は大きく二つ、霊災修祓と、その霊災を発見するための霊視にわかれている。
 この二つに分類されている作業をさらに細分化することで現場の負担を軽減させる。今のやり方は警察官だからと、その全員に交番勤務も刑事も鑑識も、警察の仕事のすべてやらせているようなもので、激務以外のなんでもない。
 陰陽塾を途中退塾するようなレベルの学生でも、霊視という作業内の、さらに一つの作業だけに専念するのならばできるはずだ。
 現場の仕事を続けることで熟練し、学生の時にはできなかった他のこともできるようになる可能性だってある。
 資格制度がきちんとしていて手当がつくなら、自主的にステップアップする者も多いはずだ。
 祓魔局だけでない。呪捜部にも似たような施行をする。
 また現状、陰陽塾に入るには見鬼が必須だが、霊力さえ規定以上にあるのなら、式神や呪具の製造にまわってもらうのもいい。
 『統合呪術者としての陰陽師』にこだわることなどないのだ。
 さらに陰陽塾での授業を単位として認め、一般の学校へ編入させるなどの配慮をし、完全に呪術から離れるような者用にも進学・就職先を斡旋する。
 呪術界の裾野を広げ、敷居を低くすることで応募者の数が増えれば、それだけ多くの人材が集まる。
 慢性的な人手不足の解決になることだろう。

「うん、良い考えだと思う。あなたって色々と考えているのね。……ていうか凄いわ」
「なんせこれから『最高』の陰陽師になろうって子の隣を歩くわけだからね。色々と考えるわけさ」
「そうよ。これから秋芳君はずーっとあたしのそばにいてもらうんだから」
「そのつもりだよ。ところで良かったのか? せっかくここまで来たんだから、久しぶりに父親に会って話でもしてきたら…」
「…父はいそがしいから、たぶん会ってくれないわよ。それにもともとあたしは秋芳君のつき添いで来てるの。逃げ出さないようにね」
「逃げないって。笑狸のやつは逃げたけどな、さすがに陰陽庁は居心地が悪いらしい」
「そうね。ここって霊的な存在を問答無用で弾いちゃう結界も多いし、笑狸ちゃんは来たくないでしょうね」

 長い廊下が続く。
 何人かの職員とすれ違うが、霊気からしていずれも陰陽師ではない。
 陰陽庁に勤める者のすべてが陰陽師というわけではないのだ。
 むしろ資格を持たない一般人のほうが割合としては多い。

(こういうお堅い場所で穏形しながらエロいことしたら燃えるんだろうな。京子をコピー機の上に乗せて、おっぱいやお尻の印刷プレイとか…)
「えいっ」 

 秋芳の頭に京子のチョップが入る。

「痛いじゃないか」
「あなたがエッチなこと考えるからよ」
「そんなことまでわかるのか! 凄いな、星読みの力は」
「星読みじゃなくてもわかるわ。…あたし、あなたがどんな人か、かなりわかってきたから」

 あきれ顔をした京子だったが、不意に表情を改め、後ろを振り返る。

「どうした?」
「今、すれ違った人…。顔に鬼相が出てたわ」

 この場合の鬼相とは風水のそれではなく、恐怖、憎悪、悲しみといった負の感情が入り混じった悪相が顔に現れているという意味だ。

「…ここは多くの人がいて、たくさんの思惑や感情が渦巻く場所だからな。中にはそういう人も居るだろう」
「大人の世界は複雑怪奇、ですものね…」
「ああ。天下の陰陽庁も、一皮むけば万魔殿さ」
 
 陰陽庁。
 現代の陰陽師たちを管理・統括している国家機関。その前身は太平洋戦争末期に旧日本軍によって復活させられた陰陽寮だ。
 陰陽術関連の各種資格の認定。霊災の修祓や呪術絡みの事件捜査など、この国の呪術に関わる行政を一手に担っている。
 そして十二神将をはじめとする多くの優秀な術師を抱え、その組織としての力は非常に強大だ。

「――そんな場所でワイセツな行為をするんだ。想像しただけでグッとこないか? 気づいたんだが、ここって物理的な死角があちこちにあるんだ。ちょっと試しに――て、京子。足が速いぞ。おい待てって、そんなに怒るなよ」





 秋芳たちが陰陽庁に出向く数日前。
 暦の上ではとっくに秋だが、妙に暑い日があったと思えば、急に冷え込んだりする季節の変わり目。
 重く湿った夜空から冷たい雨が降り出した。
 一色辰夫(いっしきたつお)は舌打ちして駅へと歩く足を速める。
 不機嫌なのは雨のせいだけではない。

(上司のご機嫌取りも出世のため、将来のためだ……)

 下げたくもない頭を下げ、言いたくもないおべんちゃらを口にする。
 陰陽庁に勤める辰夫はそういう毎日を過ごしていた。
 陰陽庁勤務といっても辰夫自身は陰陽師ではない。見鬼の才もない。
 結婚した妻が陰陽師の家系で、そのコネで陰陽庁に就職することができたのだ。
 これからの日本で出世するには陰陽師との関係をおろそかにはできない。そういう算段で陰陽師の家に婿入りを決めた。
 雨はますます激しくなる。

(どこか雨宿りできる場所は…)

 裏路地にある一軒の店から明かりが洩れている。
 これ幸いとその店に近づくと、扉の横には『つくも屋』と書かれた看板が置いてあった。
 中に入ると小さな店内に壺や掛け軸、絵画や彫刻品などが所狭しと並べてある。
(ここは骨董屋か、どれどれ…)
 妻が死んで家に代々伝わる財産が手に入ったし、陰陽庁の職員として安定した給料をもらっている辰夫は骨董品の収集を趣味にしていた。

(ふん、どれも大した物じゃないな。……おや?) 

 なにげなくショウケースに目をやった辰夫は思わず息をのんだ。
 そこには一振りの日本刀が置かれているのだが、その刀の造形には見覚えがあるのだ。

(この刃紋は、粟田口吉光じゃないか!)

 粟田口吉光(あわたぐちよしみつ)
 鎌倉時代中期の刀鍛冶で、特に短刀作りの名手として知られる。
 現存する吉光の刀はいずれも脇差し、小刀だが、一本だけ薙刀を直して作ったという刀が存在するという話がある。
 俗に骨喰藤四郎(ほねばみとうしろう)と呼ばれている刀だ。
 『骨喰』という異名は、この刀を持って戯れに人に斬る真似をしただけで実際に相手の骨が砕けた。という伝説からきている。
 目の前の刀。これはまさに……。

「お気に召しましたか?」

 いつの間に居たのか、店の人間らしき青年が辰夫に声をかける。

「あ、ああ……、失礼。この刀をいただきたいのですが」

 なんとも不思議な夜だった。
 住民票の確認もなしに、住所氏名を書くだけで買い取りができ、今や骨喰は辰夫のもとにある。
 しかし請求書は送られてこない。
 さすがに気になったので、あれから一度店に行ってみたのだが、どうしても店を見つけることができなかった。
 まるで最初から『つくも屋』という骨董屋など、なかったかのようだ……。
 もやもやする気分を晴らすため、仕事の後に一軒のバーに入り、空いていたのでテーブル席に座り、一人でグラスを傾ける。

(なかなか良い店じゃないか)

 次期事務部長の候補に選ばれた自分にふさわしい。辰夫がそんなことを考えていると扉が開き、二人連れの客が入ってきた。

「邪魔するよ、マスター」
「おや、逢坂さん、いらっしゃいませ。今夜は宮田さんもご一緒ですか」
「ああ、久しぶりに飲みたくなってね」
 二人の男は辰夫の同僚で、今度の事務部長選挙で味方になってくれるはずの人物だった。
 逢坂と宮田はすぐにカウンター席に座り、酒を交えてマスターと楽しげに話しだした。
 挨拶する機会を失ってしまったが、もとより個人的に仲が良い関係ではない。
 逢坂も宮田も元は祓魔官だ。
 職務中に霊障を負ってから事務員に鞍替えしたくちなのだが、そのためか畑違いの辰夫とはあまり馬が合わない。
 今回の選挙で応援してくれるのも、辰夫の能力や人柄を認めているからではなく、利害関係でつながっているからにすぎない。
 無言で手を上げおかわりを注文する。居心地は悪いが知らぬふりをすることにした。
 聞くとはなしに二人の会話が耳に入る。

「――あいつは事務部長なんて器じゃありませんよ」
「――嫁のコネで就職できたようなものだ」
「――やり口が好かん。上には媚びへつらい、下には威張り散らす。小役人の典型だよ」
「――あることないこと、悪い噂をまき散らしているそうだ」
「――あの卑しい目つき。あいつは陰陽師でもなければ公僕でもない、政治屋のそれだよ。しかも三流のな」
「――知ってるか? 今回の選挙では倉橋長官にもおべっか使って色々と画策してるみたいだが、逆効果だろうよ。あの人は実力主義者だ」
「今までの所業を調べられるぞ。後ろ盾を得るどころか、やぶ蛇になるとも知らずバカなやつだ」

 辰夫は激しい動揺を感じた。
 たしかに倉橋長官には根回しをしている。
 そしてそれに対して色よい返事はもらえていない。

「マスター、お勘定」

 辰夫の声に逢坂と宮田が驚いて振り返る。
「お二人さん。良いお話を聞かせてもらえましたよ」
「一色くんか…」

 陰口を聞かれたにもかかわらず、逢坂と宮田の表情には狼狽の色がない。

「少々きついことを言ったかもしれないが、これが我々の正直な本心だよ」
「これを機におべんちゃらやコネを使わずに、実力で勝負してみたらどうだい?」
「…………」

 三人の険悪な雰囲気にマスターが割って入る直前、辰夫は代金を払うと、つり銭も受け取らず店を後にした。





「くそっ」

 携帯電話を取り出し倉橋長官と連絡を取ろうとした。
 すぐに確認したかったのだ。
 自分は見捨てられてなどいないということを。
 なんども呼び出し音が鳴るが、いっこうに電話には出ない。
 その後、自宅に帰った後も家電からも倉橋長官との連絡を試みたが、つながらなかった。
 焦りと不安をまぎらわせるために買ってきた刀でも磨こうと、骨喰の置いてある部屋へ足を運ぶ。
 照明の光を浴びて骨喰藤四郎の刀身が銀色に輝く。
 丹念に刀を磨いているうちに心が静まってくる。と同時にどす黒い怒りが込み上げてきた。
それはやがて自分をコケにした逢坂と宮田に対する殺意にまでふくれ上がっていった。
 殺意とともに妙な自信も湧き起こる。どんな敵もこの刀で斬り伏せてやる――。
 この刀は自分に力を与えてくれる――。

「なにをしているのっ!?」

 部屋に入って来た娘の麗香が驚きの声をあげる。
 軽くウェーブした長めの黒髪、瓜実型の小顔。父親のひいき目を抜きにしても美人だと辰夫はつねづね思っている。

「ん…、ちょっと刀を磨いてただけさ。それより遅かったじゃないか」
「自主練してたから遅くなったの。で、送ってもらったんだけどお茶でも飲んでいってもらおうと思って…」
「父さんの知ってる子かい?」
「天馬君よ」
「ああ、百枝さんちの。あの眼鏡の子か…」

 百枝天馬。
 一色家と同じ旧家の出のためか、麗香とは幼い頃から仲良くしている。

「父さんが顔を出すと煙たいだろうし、挨拶はやめておくよ。あまり遅くまで引き止めるんじゃないぞ」
「うん、わかった」

 そう言って部屋から出て行く麗香の心に一抹の不安が生じる。
 数年前に亡くなった母親の血を色濃く受け継いだ麗香には見鬼の力がある。
 その麗香は一瞬だけ『視た』のだ。
 父の手にした刀が霊気に包まれていたのを。
 ほんの一瞬。
 ほんの一瞬だ。だからただの見まちがい。麗香はそう思うことにした。
 娘が出て行った後、辰夫は無言で骨喰を正眼に構え、振り上げ、振り下ろした。
 数メートル先の花瓶が断ち斬られ、水が流れる。
 辰夫は凄まじい形相で前をにらみつける。
 その顔には、鬼相が浮かんでいた……。





「こんな遅くまですみません逢坂さん。そろそろおいとまさせてもらいます」

 宮田は手にしたブランデーグラスを卓に置いて、恐縮して頭を下げる。

「なになに、今夜は女房もいないし、遠慮せずもっと飲んでいってくれ」

 バーを後にした逢坂と宮田は、場所を逢坂家に移してまだ飲んでいた。

「にしてもさっきの一色の顔。大の大人が泣きそうな目をして、面白いったらなかったな」
「ははは、あれは滑稽でしたね」
「他の事務員同様、分相応に真面目に働いていればいいものを、よりにもよって倉橋長官に近づこうなどと、身の程知らずにもほどがある」
「まったくです。陰陽庁で生粋の陰陽師でもない者が出しゃばるとは、図々しい」
「おっと酒が切れたな。持って来よう」
「いやいや、もう時間ですし…」
「帰ったらダメですよ! そんなことしたら一生恨みますからね」

 ふらふらとした足取りで酒を取りに部屋から出て行く逢坂。
 残された宮田はおとなしく待つことにした。
 するとどさりとなにかが倒れたような音を聞く。

(酔って倒れたのかな? やれやれしょうがない。見に行くか…)

 廊下に出る。部屋の一つから明かりが洩れているので、そちらに向かう。
 近づくにつれ、いやな臭いがしてきた。祓魔官として過ごしていた時代に幾度となく嗅いだことのある、むせかえるような金臭さ…。
 血だ。
 血の臭いがする。

「逢坂さん!?」

 いそいで部屋に入ると、うつぶせに倒れている逢坂の姿があった。
 抱き起そうとしたが、途中で動きを止める。
 首が、ない
 切断された頸部からは勢いよく血が吹き出し、血溜まりを広げている。

「うげぇっ」

 現役の祓魔官時代にだってここまで凄惨な死体は見たことがない。

「け、警察を…」

 携帯電話を取り出そうとした宮田の背後からみしり、と床が鳴る。
 今夜は自分たち以外はいないはず。
 みしり、と音がまた一歩近づいた。
だとすると逢坂を殺害した犯人がまだいる

(落ち着け。私は陰陽師だ。不意さえ突かれなければ、ただの一般人に遅れはとらない)

 気を静め、脳内に術式を組みながらゆっくりと振り返る。
 侍がいた。
 時代劇に出て来るような月代を剃った若武者が、抜き身の刀を手にして立っていた。
 その体は青白い霊気に包まれている。

(れ、霊災!? フェーズ3? いや式神か!?)

 霊気は安定し瘴気へと変容してはいないので、正確には『霊災』でないのかも知れない。
 だがなんにせよ目の前には『霊的な脅威』が存在していることに変わりはないのだ。
 若武者は刀を八双に構え、間合いをつめてくる。

「オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ!」

 不動金縛りの術。
 しかし若武者の振るう刀によってその術は斬り落とされてしまった。
 あわてて次の術を行使しようとする宮田。
 だが、遅い。
 ヒュンッ。
 鋭い風切り音を聞いたと思った瞬間、視界に床が映っていた。

(な、なんで寝てるんだ!?)

 ばしゃばしゃと大量の液体が顔にかかる。とっさに腕で拭こうとするも、首から下の感覚がない。
 目だけを動かして周りを見る。
 切断された頸動脈から大量の血飛沫をあげている自分の体。
 それが宮田の最期に見た光景だった。





 陰陽庁職員が惨殺された事件は、少なからず世間を騒がせた。
 庁内選挙も近いこともあり、一色辰夫は殺人とは関係ないところで騒がれることとなった。
 ライバルに濡れ衣を着せて失脚させた。陰陽庁とつながりのある企業から賄賂を受け取った。
 そんなことがゴシップ誌に取り沙汰されている。

「ほんと、いやになっちゃう……」

 麗香がため息をつく。
 スキャンダル記事を目にするたびに辰夫は怒っていたが、だからといって娘から『これって本当のこと?』などと確かめるわけにはいかない。
 ただ近ごろ辰夫が庁内選挙のために奔走しているのは事実で、今日も倉橋長官に用があるからと早くから家を空けている。

「気にしないほうがいいよ。人の噂も七十五日って言うでしょ?」
「なにそれ? 天馬君てずいぶん古い言い回しとか知ってるのね」
「え、そうかな?」
 旧家の百枝家で祖父母に育てられた天馬には、同世代から見てどこか大人なところがあった。
「でもね、たしかに気になることがあるの。父さん日本刀を集めてるし、剣道もしてたから…」
「ありえないよ。なんならちゃんと調べてみたら?」
「刀を?」
「うん」
「……あのね、見まちがいだったかもだけど、父さんの持ってた刀から霊気が出てたかもしれないの」
 
 その時インターホンが鳴った。
 麗香が玄関にむかい、訪問者にどなたですかと尋ねる。

「呪捜部の者です。逢坂氏が殺害された件でうかがいたいことがあるのですが、一色辰夫さんはご在宅ですか?」
「今、ちょっと出てますけど、父になにかご用ですか?」
「大したことではないのですけどね。そうですか、お留守ですか。もうしわけありませんが中で少し待たせてもらってもいいですか?」

 呪捜官の口調は丁寧ではあったが、その態度はあつかましく、いやな自信にあふれていた。
 とりあえずダイニングに通し、お茶を出してから、麗香は天馬のいる部屋に駆け込む。

「どうしよう、呪捜官の人が来ちゃった。父さんに聞きたいことがあるって。父さんまさか…」
「落ち着いて。落ち着いて麗香ちゃん。たんに話を聞きに来ただけでしょ? 捜査令とかは見せなかったんでしょ?」
「うん、うん…」
「麗香ちゃんさっき刀に霊気があるとか言いかけてたよね? お父さんを疑うわけじゃないけど、やっぱり刀を調べてみようよ。それとも刀の置いてある部屋に呪捜官を入れちゃったとか?」
「ううん、それはないわ。あたしも不安だったから」
「よし、行こう」

 麗香の手をとり部屋から出る天馬。
 百枝天馬。以外にも押しの強いところがある。
 後に十二神将の一人から。
 『あいつ意外と強引って言うか、押し強いよね。地味な癖してさ』(原作小説『東京レイヴンズ』八巻。五十八ページより)
 などと言われるのは伊達じゃない。
 刀の置いてある部屋に天馬を案内した麗香は少し青ざめた顔で飾ってある骨喰を手にとった。
ずしりと重く、そして大きい。
 時代劇などで目にする役者が振るう刀は撮影用の模造品なので、サイズも小さめに作られているが、本物の日本刀には鉄の質量と『武器』の迫力がある。

「これがそう。なんでも骨喰藤四郎ていう珍しい刀なんだって」
「へぇ…」

 今のところ霊気も瘴気も感じられない。だが刀剣タイプの呪具の中には鞘をかぶせることで霊気を隠し、穏形するタイプの物も存在することを天馬は知っている。
 このあたりは両親の仕事の影響だろう。今は亡き天馬の両親は、陰陽庁以外で式符の販売で成功した唯一の会社。ウィッチクラフト社で技術者として働いていたのだ。
 呪具や人造式についての知識にはそれなりの自信がある。
 麗香から刀を受け取った天馬は、恐る恐る鞘から引き抜こうとするが。
 なかなか抜けない。
 刀という物は鯉口を切って、柄を前に、鞘を後ろに引いて抜くもの。
 慣れない者には、ただ抜くことすらむずかしいのだ。
 それでもなんとか抜刀し、刀身があらわになる。
 切っ先から鍔元までの刀身はどす黒く変色した血糊が付着し、禍々しい霊気――妖気――があふれていた。

「そんな、父さんが、父さんが人を、人殺しだったなんて……」
「と、とりあえずどこかに隠そう」

 あわてて鞘に納めようとするが、抜いた時と同様、なかなか納刀できない。
 パチン。
 やっと刀を鞘に納めたその時。

「すみません、お手洗いはどこですかね? おや、なにをしているんです?」

 呪捜官だ。

「おお、日本刀ですか。少し見せてもらえますか」

 麗香が息の飲む。
 天馬は穏やかな顔をして対応する。

「お断りします。捜査令状は持ってるんですか?」
「電話一つですぐに用意できますよ」

 自信に満ちた表情でそう断言すると、二人のもとに歩みより、刀の鞘に手をかけた。

「これはわれわれ呪捜部と、一色さんとの問題だ。部外者は口出ししないでもらおう」
「たしかに僕はこの家の者ではありません。ですが家長がいないのに勝手な真似をするのを見過ごすわけにはいけません」
「て、天馬君…」

 天馬と呪捜官のやり取りをはらはらしながら見守る麗香。
 業を煮やした呪捜官は急に横暴な口調になると、力づくで刀を取り上げる。

「渡せと言っているんだ、公務執行妨害でしょっぴくぞ! おまえが邪魔をすればそれだけ一色辰夫の立場は悪くなる。わかってるのか!」

 呪捜官は天馬から奪った刀を鞘から引き抜く。
 麗香は思わず目を背け、天馬は歯噛みする。

「ほう……」

 感嘆したような呪捜官の声。
 震えがくるほど神々しく、寒気がするほど禍々しい日本刀。

「これは見事な刀ですなぁ、たしかにこんな物を持っていたら、妙な気になるのかもしれない」
 銀色に輝く刀身には一点の曇りもなく、霊気や妖気の類も発していない。
(じゃあさっきのはなんだったの? 血だってついてたのに…)

 驚いているのは麗香も同じで、目をしばたたき、呪捜官の手にした刀を見つめている。

「ははは、君らがあまり依怙地だったから、なにかやましいことでもあるのかと思ってね、失礼失礼」
「笑い事じゃありませんよ。あなたのことは後で正式に抗議させてもらいます。…名前を教えてもらえますか?」
「いや、本当に申し訳ない。今日はもう失礼させてもらいます」

 呪捜官は挨拶もそこそこに、逃げるように立ち去った。
 残った天馬と麗香はおたがいの顔を見つめ、大きく息をつく。

「天馬君。あたし混乱してきた。さっき見た時はたしかに血がついてたし、霊気だって……」
「うん、それにあの呪捜官だって『視た』はずなのに、なんにも言わなかった」

 試しにもう一度抜いて見たが、やはり異常はない。ただの刀だ。

「僕たちよりもっと見鬼の上手い人に視てもらおう」
「え? でも呪捜官でもわからなかったのよ。そんな人、いるの?」
「うん。いるじゃない、僕たちと同じクラスに」

 賀茂の姓を持った転校生の姿を思い浮かべ、天馬はそう答えた。





 遠くからかすかに聞こえる街の喧騒。誰もいない廊下。

(曜日がちがうだけでこうも雰囲気が変わるとは、学校ってのは不思議な所だ)

 京子の自主練習につき合うため、日曜の陰陽塾に来た秋芳は、いつもと趣のちがう校内をぶらついていた。
 早めに家から出たため、約束の時間にはまだ余裕がある。
 なんとなく自分のクラスに足をむけると、そこで思いがけない人物と出会った。

「お、おはよ」
「春虎じゃないか。日曜なのにどうしたんだ?」
「個人補習」
「ああ……」

 大陰陽師、安倍晴明の末裔。かつての陰陽道宗家、土御門の分家に生まれるも、生まれつき見鬼の才のなかった春虎はこの夏まで呪術とは無縁の生活をしてきた。そのため陰陽塾の授業について来られず、赤点補習の常連だ。
 春虎の成績がお粗末なのは、今に始まったことではない。

「夏目はどうした? いつもみたく『式神の勉強を見るのも主の役目だ』て、一緒じゃないのか?」
「いや、そりゃあ、おれはあいつの式神だけどさ。だからって四六時中いつも一緒ってわけでもないよ。そう言うそっちの式神は一緒じゃないのか?」

 秋芳の式神。化け狸の笑狸のことだ。

「今日は天気が良いから部屋でゲームやって、漫画読んで、アニメ見てるってよ」
「くっ、なんてうらやましい三千院ナギ生活だ」
「あんな怠惰な生活をうらやましがっちゃいかん」
「つうか、日曜なのにどうしたんだよ。まさかおれと同じ補習ってわけじゃないだろ?」
「ああ、これからちょいと人の自主練につき合うんだ」
「わざわざ日曜なのに物好きだなぁ」
「まぁ、半分逢い引きみたいなものだからな」
「え? 今なんて言ったの?」
「いや、なんでもない。それよりもまだ時間があるから、わからないところがあったら教えるぞ」
「そうだな……、全部。かな……」
「またそれか」
「だってほんとにわからねぇんだよ! これでもどこがわからないのかが、わかるようになったんだぜ」
「夏目が聞いたらあきれるだろうが、俺はその進歩を評価してやろう。ゼロとマイナスじゃ、全然ちがうからな。で、わからない個所を適当に言ってみろ」
「五行の術がわからん! 相生と相剋だっけ? あれの順番がいまいちわかりにくい」
「文章を丸暗記するんじゃなくてイメージしながらおぼえるんだ。木は燃えて火を生み、火が燃え尽きると灰。土を生む。土の名からは金属が出現し、金属の表面には結露。水が浮かぶ。水をまかれて木が生える…。といった具合で、これで五行がぐるりと一周。木火土金水。これが五行相生」
「なるほど…」
「また木は土を吸い取り、土は水をせき止め、水は火を消し、火は金属を溶かして、金属は木を切り倒し、それぞれ消滅させることができる。木土水火金。これが五行相剋。この原理に従って術の駆け引きが行われる」
「う~ん、なんとなくわかってきたような」
「口や文章で説明するより、実践したほうが遥かにわかりやすいんだがな」
「あー、おれ実技のほうがぜってー性に合ってるよ」

 陰陽塾の一年は講義の多くが座学で、実技はあまりない。
 そのため二年への進級試験は技術よりは呪術者としての素質を見ることに重点が置かれているらしく、またその試験内容も毎年変更されているという。

「……おれも自主練しようかな。呪力のあつかいや呪術に早く馴れるには、やっぱ実戦形式で訓練したほうが良いよな?」
 
 春虎は入塾早々、夏目をつけ狙う夜光信者と戦っている。
 夏目に関する噂。
 現代陰陽術の祖にして東京に空前の霊的災害を起こした張本人。土御門夜光の生まれ変わりだという噂だ。
 そのため夏目は夜光を盲信する一部の過激な者たちから、つねにつけ狙われている。
分家のしきたりで本家の夏目に式神として仕えている春虎は、主たる夏目を守るため、強くなる必要があるのだ。
 そして秋芳もまた、夏目が狂信的な夜光信者らに害されないよう警戒し、場合によっては身柄を確保。保護するように賀茂家から言われている。

「そういうのは基本的な知識を身につけてからな。それと霊力の呪力への変換も、まともにできるようになってからだ」
「それは錫杖があればなんとか…」
「四六時中あれを持ち歩いてるわけにはいかんだろう。霊力の呪力への変換もイメージが大切だが、その前にそのダダ漏れの霊力を制御しないとな」
「それ大友先生にも言われたけど。これ、自分じゃどうしようもないって言うか、正直霊力が漏れてるって自覚ないんだよなー」
「うたた寝するたびに夢精する精力絶倫中学生みたいだな」
「下ネタ!?」
「ああ、下ネタだぜ。やはり男子生徒たる者、同じ男子とそういう会話をしないとな。それがスクールライフってもんだ。で、冬児に聞いたんだが、おまえの趣味はどノーマルらしいな」
「そうだよ、普通だよ! 幼女趣味とかホモとかじゃないからな! かんちがいすんなよっ!」
「俺は女スパイやくノ一が好きだな。もちろん巨乳のな」
「聞いてねえよ! …つか、そうなんだ」
「ああ、網タイツとか全身スーツにグッとくるんだ」
「そ、そうか」
「あと妹よりも姉が好きだ。世間じゃ今だに妹ものが幅を利かせているが、実に嘆かわしいね。もっと姉ものが流行るべきだ。巨乳の」
「ほんとおっぱい好きだな! まぁおれも好きだけど。んー、まぁ妹ってやっぱかわいいし、一定の需要ってのがあるんじゃね?」
「ああ、俺だってべつに妹が嫌いなわけじゃない。だが、あれだ。さんざん兄妹て引っぱっておきながら『実は血のつながりはありません』とか萎えるな」
「なんでだよ、晴れて恋人同士になれるから良いじゃん。ハッピーエンドじゃん」
「良くない。血の繋がった実の兄妹姉妹の背徳的な恋愛が楽しめないじゃないか。だから『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』にも『お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!』にもがっかりだよ。BDを買わせておいてラストでいきなり実妹じゃありませんでした。て、これはもう詐欺だね。妹詐欺だよ」
「そんな詐欺ねえよ!」
「『ジュエルペットサンシャイン』は、花音と御影がくっつくべきだったんだよ」
「おれ、そのアニメ知らねえし!」
「俺は弟を溺愛してる巨乳くノ一の姉がメインヒロインの作品とか希望するね」
「あー、はいはい」
「忍びの家に生まれた主人公は最初から最強でラッキースケベ。すごいブラコンで巨乳の姉と妹がいて、実の姉兄妹であると同時に二人とも主人公に仕える任務を帯びたくノ一で、主人公の言うことならなんでも聞いちゃう。なにかとつっかかってくる高貴な育ちのツンデレお嬢様。器量よしで良妻賢母になりそうな家事の得意な幼なじみ。見た目は幼女なんだけど実年齢はアレな担任教師。お色気ムンムンで胸の谷間あけっぴろげ白衣の保険女医。ラッキースケベ要員としてグラドル体型した巨乳で美人な日欧ハーフの先輩。主人公の力の解説要員で二次元最高三次死ねなヲタメガネ腐れ縁の同級生。ただしかわいい男の娘。これらのキャラにくわえて、学園内での模擬戦で主人公無双。謎の敵の襲撃に正規の部隊が撃破されて主人公の真の力が覚醒。みたいな要素を入れた作品は売れる」
「それもう自分で書いちゃえよ! つうか秋芳おまえ、そんな妄想してたのか……」
「妄想もバカにはできないからな。脳ってのは使うことで研ぎ澄まされる器官だ。思考を自分に課す者は、それだけ脳の機能が先鋭化している。そいつがどんなに馬鹿に見えても、思考を好む人間の脳は、どこかしら必ず発達している。使い方をまちがわなければ、それは大きな力になり得るんだ。だからな春虎、考えるのを止めるな。勉強でも人生でも思考停止は楽だが、それに安住すると脳の成長はそこでおしまい。論理、計算、想像、妄想……、なんでもいいから考えろ。脳を使って特化しろ。思考すれば必ず脳は応える。脳はそのための器官だからだ」
「お、おう……」
「霊力も同じだよ」
「え?」
「春虎、ちょっと手を合わせてみろ」
 
 秋芳はそう言い、掌を前に出す。
 春虎は怪訝そうな顔をしつつ、それに応じて同じように掌を出して、タッチするように重ねた。

「うお!?」

 強風に煽られたかのように体が後ろに飛ばされそうになる感覚。だが手と手はピッタリと重なったまま離れそうにない。

「これはな春虎。腕力を使わず気で、霊力だけでおまえのことを押しているんだ」
「て、手が離れないのはなんでだ?」
「おまえが無意識に霊力で抵抗しているからだ。押された瞬間にふんばってるようなものだな。おっと力を抜くなよ。今、この状態は周囲に無駄に拡散しまくりなおまえの霊力が掌という一点に集まっている『無駄のない』状態なんだ」
「…………」
「この状態に慣れたら掌の一点を全身に広げる。そうすれば霊力は漏れずに安定する」

 春虎は土御門の血筋ゆえか、呪力のもととなる霊力は並の人間よりずっと強い。
 しかし霊力を呪力としてあやつる力が大ざっぱで、馬力はあっても空回りしてしまい術にならない。
 それにくわえて呪術の知識もあまりなく、理論面に対する理解が乏しいのも壊滅的だ。
 経絡や丹田。サハスラーラといった内功用語を使うと混乱するだけだろうと考え、こうして体に直接覚えさせることにした。
 しばらくそうした後で掌を離す。

「今の感覚を忘れないように」
「ああ、なんかつかめそうだぜ。ありがとな秋芳」
「どういたしまして。またなにかあれば俺の知っていることを教えるよ。…あ、そういえばちょっと聞きたいんだが」
「え? なに?」
「夏目ってあれ、女の子だよな? なんで男のなりなんかしてるんだ」
「――ッ!!」

 鳩が豆鉄砲を、はぐれメタルが急所にどくばりを喰らったような顔になる。

「ち、な、に、お、いっ、ちがうだろ! なに言ってんだよおい。たしかにあいつは小柄で線も細くて髪も長いし、昔っから女の子にまちがわれやすくて、でもほらあれだ。ちゃんと陽の気出てんだろ? 男だよ男! 完全に男。なっ?」

 汗をかきかき、しどろもどろになる春虎。すでにその態度が質問の答えを如実にあらわしていた。

(嘘のつけないやつだな。しかし思った通り、こりゃあクロだ。しかも春虎は夏目が女だということを知っている。だがなんでそんなことをするんだ? なにかのまじないだろうか……)
「――だから、夏目に言ったら怒るぞ。あいつ自分が女の子に見えること気にしてるからさ」
「……ああ、肝に銘じておこう。それじゃあ、そろそろ約束の時間だから俺は行くよ」

 土御門春虎は呪捜官にはむいてないな。そんなことを考えながら秋芳は教室を後にした。





 陰陽塾の屋上は食堂のある最上階から階段で上がることができる。
 特別な祭壇があるため、普段は生徒の立ち入りは禁止されているが、その一つ手前。食堂のある建物側の『屋上』ならば、その限りではない。
 そちら側の屋上に通じる扉には『秘密の特訓中。開けちゃダメ! のぞきを禁ず』と書かれた紙が貼ってあった。
 その扉の向こう側で今、呪術の応酬が繰り広げられていた。

「似蛇、等牙剥。疾く!」
 
 蛇に似る、等しく牙を剥きたり。
 秋芳が口訣とともに簡易式をばら撒くと、それらは空中で蛇と化し、京子の身に群がる。

「ひがしやまつぼみがはらのさわらびのおもいをしらぬかわすれたか――」

 京子は落ち着いて集中し、呪文を唱える。
 京子を中心に呪力の波動が走り、空中を進んでいた蛇たちは一斉に動きを止め、地に落ちると、苦しそうに痙攣を始めた。
 さらに京子の呪文が続く。

「地より生まれし呪い、主の元に戻りて、燃えゆけ、変えゆけ、返りゆけ!」

 すると地面でのたうつ蛇たちが、今度は秋芳に牙を剥いて襲いかかる。

「朝日さし、小曽ヶ森のカギワラビ、ホダ になるまで恩を忘るな」

 蛇たちにラグが走り、褐色の煙を出すと、元の符の形に戻った。

「今のも蛇除けの呪?」
「そう。術の効果は今さっき君に教えた蛇除けとまったく同じだ。蛇と同じ長虫、ムカデにも効果がある。…それにしても一回教えただけでちゃんと発動させ、さらに返しの術を使うとは、見事だ」

 先日交わした約束通り、秋芳は京子に術の手ほどきをしている。ムカデの動的霊災に苦戦したと言うので、まずは蛇・長虫除けの呪を伝授したのだ。

「君には縁のないことかも知れないが、陰陽師の仕事の中にはお偉いさんに呼ばれて術を披露したり、別の術者と術くらべを強要されることがある。伝説にある安倍晴明と蘆屋道満や知徳法師の話みたいにね。そういう時に術のレパートリーが多いと喜ばれ、逆に少ないと芸が乏しくてつまらん。などと不興を買う」
「失礼な話ね。陰陽術は見世物なんかじゃないのに」
「その通り。それと人でも霊災でも、対象を確実に『祓う』術さえ持てば、それ以外の小技はまったく無用。自分の得意技を徹底的に磨き上げて絶対の必殺技にまで昇華させれば良い。なんて意見もあるが、これはこれで偏った考えで、いざという時に手詰まりになる危険がある。だから『最高』の陰陽師を目指す君には広く浅くではなく、広く深く術を学んでもらう」
「最初からそのつもり。望むところだわ」
「だが根を詰めるのも良くない。今日はこのくらいにしておこう」
「もう終わりなの? あたしはまだまだ平気よ。…ねぇ、霊災修祓用の呪術を教えて」
「しょうがないな……。それじゃあ祓魔官がもちいるもっとも標準的な対霊災用修祓呪術と、百鬼を退ける基本中の基本のやつを教えるよ」

 祓魔官むけの専門書に記された帝式の術を、小一時間かけてじっくりと伝える。

「霊災相手に実際に使ってみたいわ」
「霊災は忘れた頃にやってくる。こっちが身構えてる時に限って霊災なんて身近に起こらないものだ。そのうち使う機会がるだろう」
「ねぇねぇ、あなたなら霊気を歪ませて瘴気を作れるでしょ。フェーズ1でいいから霊災を起こせない?」
「猫なで声でなんつー危険なことおねだりしちゃってるのかな、このお嬢さんは。街中でガソリンぶち撒いて火ぃつけるようなもんだからね、それ。できるけどしないよ。無理。無茶言うな」
「結界を作ってその中だけで…」
「火傷するかもしれない危険な火遊びはさせられないね」
「ラーメンとアバンチュールに火傷はつきものでしょ。痛みを恐れてたら、自分の殻を打ち破れないわ」
「どこのケメコ先生の言葉だよ! そんなにアバンチュールがお望みなら――」
 素早く京子の背後にまわり、後ろから抱きしめ、首筋に口づけをする。

「キャッ!?」

 秋芳はそのまま自分の体が下になるようにして後ろ向きに倒れる。地面に落ちたままの簡易式を花に模したクッションに変化させ、その上に倒れたので痛くはない。
 首筋に唇を這わせつつ、両手で京子の体をまさぐる。

「俺の霊災はもう百鬼夜行寸前のフェーズエレクトだ。さぁ、京子。修祓してくれ……」
「あっはははは、バカ! バカじゃないの、もう。このエロおやじ! アホ芳!」
「いてててて、つねるなつねるな」
「あなたとはアバンチュールじゃなくて真面目な恋をするつもりよ」
「ああ、俺もそのつもりだ」
「だったら変なことしないで」
「わかったよ。でも、このまま普通に抱きしめるくらいはいいだろ?」
「……そうね、そのくらいなら、いいわ。でもエッチなことしたら、またつねっちゃうんだから」
 
 それからあたりに散らばる簡易式をあやつり、即興で人形劇を楽しんだ。
 二人だけのエチュード。
 あきれるほど楽しい。
 最初は白雪姫だったのだが、マッチ売りの少女や人魚姫を助けたりしているうちに海賊の頭領になるという支離滅裂なストーリー。
 アカペラで『彼こそが海賊』を唄って、ジャック・スパロウの物真似を披露する秋芳の姿に京子が笑い転げる――。
 この楽しい時が永遠に続けばいい。
 二人がそんなふうに思っていた矢先、秋芳の携帯電話に着信が入る。
 二人とも水を差されたと怒ったりはしない。
 ほんとうに幸せな者は、そのような些末なことで気分を害したりしないものだ。

「天馬からだ」
「あら」
「俺だよ、俺。オレオレ詐欺だよ。……いや、飲んでないよ。酔ってはいるけどね。なににって? 恋という名の美酒にさ――」

 ひと通り話をして電話を切る。

「どうしたの?」
「天馬に助けを乞われた。ちょっと行ってくる」





「捜査令状も持たずに勝手に家に入っただと!? どういう了見なんだ。今度こんなことをしてみろ、ただではすまんぞ!」

 辰夫は呪捜官を怒鳴りつけたその足で倉橋長官と面会した。

「君と話すことはなにもない」

 直立不動の鋼。あるいは話す巌。その場にいるだけで周囲の人間に緊張を強いる生きた刃はそう言って辰夫を切り捨てた。

「も、もう一度考え直してください。私が次の事務部長となったあかつきには、倉橋先生にもじゅうぶんな恩返しをさせていただきます」
「そういう問題ではない」
「私にいたらぬ点があれば改めるよう努めます。ですから――」
「君に関する悪い噂は調べさせてもらった。そしてそれらのすべてが根も葉もない噂ではないと判断した。陰陽庁に汚れた『政治家』はいらない」
「お、お言葉ですが長官!」

 ここで退いてはすべてが台無しだ。辰夫は食い下がった。

「クリーンだが無能な政治家より、ダーティでも有能な政治家も陰陽庁には必要では!?」
「ダーティだと周囲に知られる、ダーティだとばれた時点で失脚する。その程度の無能な存在は、陰陽庁には必要ない。今の地位に居られるだけで満足したまえ。これ以上私の時間を潰すな」

 それで、すべてが終わった。
 




 ゆるせない。
 一色辰夫の心をつなぎ止めていた楔が弾けた。
 気づけば家で骨喰いを、藤四郎吉光を磨いている辰夫の姿があった。
 ゆるせない。
 骨喰を手にした自分が倉橋を斬り伏せる姿を想像して悦に浸る。
 陰陽師が、なんだというのだ。
 自分にはこの刀がある。この力がある。
 自分に刃向う者など、斬り殺してやる……。
 
 



 天馬の家は護国寺にある。
 一色麗香の家はその近所だ。
 普通なら渋谷からは池袋か永田町に出て載りかえるが、天馬は普段は副都心線に乗って雑司ヶ谷で降りて徒歩で通っている。
 秋芳たちは護国寺駅で天馬と待ち合わせて、一色宅へと向かう。

「京子ちゃんも来てくれるなんておどろいたよ」
「今日は彼に呪術について色々と教えてもらってたの」
「……すごいね、春虎君ともよく放課後に模擬戦してるけど、休日まで勉強してるんだ」
「陰陽塾の生徒ならそのくらい当然よ。それよりそのナントカって刀のことなんだけど…」
「粟田口吉光・作。骨喰藤四郎だな――」

 九州地方の大名として名高い大友氏。その初代当主、大友能直が源頼朝より拝領したという太刀。
 足利尊氏が九州に下ったさいに大友氏から尊氏に、深く忠誠を尽くすことの証として献上され、尊氏はこの刀を得てから運を盛り返して天下を得たという。
 そのため将軍家は代々この刀を重宝していたが、十三代将軍義輝の時。近習の多賀豊後守という人物に与えられた。
 三好三人衆、松永久秀による謀反の時に多賀豊後守も義輝のそばでこの刀を持って戦い、討ち死にした。
 その後この刀は松永久秀が所持し、それ以降は主家である三好家以上の権勢を得た。
 松永久秀はこれを秘蔵していたのだが、時の大友家当主、大友宗麟がそのことを知り、それはもともと大友家の物なので返して欲しいと大量の金銀を久秀に献じた上で要求した。
 久秀はこれに応じて大友家に骨喰を返した
 ところがこの骨喰藤四郎、その後に大友家から豊臣秀吉に献上され、そのさいに多くの者が『これで大友家は衰微するのではないか』と噂したという……。
 骨喰藤四郎は大阪夏の陣の後、落城した大阪城の中から発見されたが、その刀身には傷が一つもついていなかったとか――。

「――で、この『骨喰』て異名の由来だが、刀を持って人を斬る真似をしただけで相手の骨が砕けた。て逸話からきているそうだ」
「骨が砕けたの? 切れたんじゃなくて」
「そうだよね。刀なら、切れそうだよね。砕けるんじゃなくて」
「ま、あくまで伝説の話だ。それにそのケガしたやつも鎖帷子でも着込んでいたのかもしれないしな」
「それだけいわくつきの刀ならいつ霊災化してもおかしくないわね。…ていうかもうすでに霊災に成ってるんじゃない?」
「ありえるな。霊的存在が実体化する場合、より実体化しやすくなるために核となる物質を取り込むことがある。物に宿るパターンだ」
「タイプ・マテリアル……」
「そう、物の生成り。タイプ・マテリアルだ。昔風に言えば付喪神と呼ばれる存在に成る。構造的には形代を核にして実体化する式神と一緒だな。この場合は霊災の進行度が遅くなる代わりに安定度が増してしまう。そして安定度が増した状態が長引くと核となる形代を失ってもそのまま安定して存在し続けることが可能だ」
「形代がなくても存在し続ける、てすごいね……」
「さすがに行動は制限されるだろうがな。それと付喪神はその『物』という性質上、穏形に長ける種が多い。刺激を与えなければ尻尾を出さないかも――ッ!」

 強い霊気の動きを感じた。

「秋芳君!」
「ああ、どうやら勝手に尻尾を出したらしい」
「え? え? 二人ともどうしたの?」
「近くで大きな霊災が発生したようだ。いそげ」





 倉橋源司を斬る。
 肉に喰い込む刃の感触と、血飛沫の生暖かさを想像して辰夫は身震いした。

「やってやる……」

 この刀があれば陰陽師などに後れは取らない。
 辰夫は骨喰を鞘に納めると、ゴルフクラブケースの中にしまいこんで部屋から出た。
 そこに娘の麗香が立っていた。
 娘の、麗香の視線はゴルフケースをさしている。

「……どこに行くつもり?」
「ん、ああ。たまにはゴルフの打ちっぱなしに行こうと思ってね」

 麗香は黙って指をさす。その方向には骨喰が飾られてあるはずだが、今は当然ない。

「そんなの持って、まさか誰かを殺しに行くつもりじゃ……」
「バカなことを! どうして父さんがそんなことするんだ」
「とぼけないで。あたし見たのよ、父さんの刀が血で汚れてたの」

 感情が高ぶり、今にも泣き出しそうに麗香の瞳には涙があふれている。それを目にした辰夫は哀しみではなく激しい怒りを感じた。
 死んだ妻にそっくりだ。陰陽師だった、妻に。
 陰陽師に。

「ねぇ、落ち着いてよく聞いて。父さん、その刀に憑かれてるわ」
「!?」

 憑かれている。霊災。瘴気。見鬼。式神。生成り、呪術……。陰陽師。
 得体の知れない呪術界。出世のためと陰陽庁に勤めているが、もうたくさんだ。
 陰陽師なんて、もうたくさんだ――。

「父さん、その刀を置いて。それと、お医者さんに診てもらいましょう」
「……倉橋は」
「え?」
「倉橋はな、このおれを見捨てるつもりなんだ。ずっと頭を下げて、汚いこともして、屈辱にも耐えてきたというのに、それなのにあいつはおれを見捨てるつもりなんだ……」

「く、倉橋長官を!? やめて! 父さんはあたしを人殺しの娘にするつもり?」
「なんだとッ!」

 怒りで目の前が真っ赤に染まる。
 こいつは、この女はおれのことなど少しも心配していない。
 自分が殺人者の娘呼ばわりされるのが嫌なだけなのだ。

「麗香っ、おもえという娘は!」

 辰夫は刀を抜き放つと、麗香目がけて一閃させた。
 悲鳴をあげて床にたおれる麗香。なんとか体を起こしてなにかうったえようとするが、力を失いくずれ落ちてしまう。
 骨喰が妖しい光を放つ。まるで新たな血を吸って歓喜したかのように。
 自分がなにをしたのか、もはや辰夫にはわからない。虚ろな目をして赤く濡れた骨喰を手に、ゆっくりと歩き出す。
 その時、玄関の扉が荒々しく開けられ、三人の若者が飛び込んできた。

「辰夫さん、あなたなんてことを!」

 天馬はあわてて麗香に駆け寄り、治癒符を発動させる。

「百枝……、天馬……、娘を、たぶらかす気か? おまえも死ね!」

 麗香を介抱する天馬に斬りかかろうと刀を振り上げる辰夫。
 切っ先が天井板をガリガリと削るが、辰夫の動きに微塵も遅れは出ない。
 憑依されることで筋力も上がっているのだろう。

「禁気則不能起、疾く!」

 気を禁ずれば、すなわち起きることあたわず。
 辰夫は気を絶たれ、文字通り気絶してしまい、糸の切れた人形のようにその場に倒れた。

「禁傷則不能害、疾く!」

 傷を禁ずれば、すなわち害することあたわず。
 続けて放った秋芳の術が麗香の受けた傷を癒す。

「これで傷も残らない。とりあえず横にさせてあげよう。天馬、足のほうを持て。京子は肩を。俺はおっさんを運ぶ」
「はいっ」
「う、うん!」

 応接室のソファに二人を寝かせてから、骨喰を回収しようと部屋から出た秋芳の前に抜き身の刀を、骨喰を手にした若武者が立ちふさがる。

「我が名は藤四郎吉光。字名は骨喰。主、一色辰夫どのの敵は生かしておけぬ」
「……あんたに人を殺せと、一色辰夫はそう命令したのか?」
「すべて拙者の一存でしたことだ。主の手を煩わせるまでもない。わが主に仇なす輩は、すべて拙者が葬り去る。それが武士の務めだ」

 陰々と響く声でそう告げると、手にした刀を八双に構えた。
 強烈な剣気がほとばしり、室内を駆けた。
 目に見えない氷の刃を突き立てられたかのような悪寒が走る。

「て、天馬!? どうしたのよ? しっかりして!」
 背後から京子の声が響く。
 どうやら天馬は骨喰の放った剣気にあてられ、意識を失ってしまったらしい。

「みずからの敵意や殺気を相手にぶつけることで『恐怖』を与え、身体の自由や意識を奪う術だ。人は本能的に刃物を恐れるからな、刀剣を出自とするあやかしのそれは特に相性が悪い」

 松山主水という江戸時代初期の剣客は、この手の技とも妖術ともいえない秘技を会得していたといわれ、それらの術は『心の一方』『すくみの術』と呼ばれた。

「つうか京子。君は平気なのか?」
「平気よ。ちょっと寒気がしただけ」
「よしよし、上出来だ」
 
 気による攻撃を弾くのは身に備わった霊力が強い証。京子は確実に強くなっている。

「骨喰藤四郎吉光。あんたが主と仰ぐ一色辰夫という人物がどういう人となりか知っているのか? 小細工を弄して自分の地位を上げようと画策する、あまり褒められたような人じゃないと思うぜ。そんな人に忠誠を尽くすのか?」
「それがどうだと言うのだ。ひとたび主と仰いだからには、この命ある限り主のために戦い続ける。それが武士というものよ」
(やれやれ、まるでどっかの霊狐みたいな頑固さだ。この強迫観念じみた思い込み。こいつ、ひょっとして付喪神。タイプ・マテリアルとして『目覚めた』ばかりか?)

 霊気が安定し自我に目覚めたばかりの存在には本当の意味での自我が乏しく、出自の特性に囚われていることが多い。
 この場合、武器としての冷酷さ、侍の愚直さが顕著に出ている。

(つい最近まで覚醒と睡眠を交互に繰り返してたのなら、見鬼に引っかからなかったのもうなづける。呪捜官が視た時は本当に寝ていて、霊気など発していなかったんだろう。ただでさえ物の霊気は生物のそれにくらべ、感じにくいからな)
「この命ある限り、武士は主のために戦わなければならぬ……」

 刀を構え直して間合いをつめてくる。

「待て。ここは狭いから戦うのなら表へ出よう」
「……良かろう」
「京子はここで天馬たちを頼む」
「え!? ちょ、ま、待ってよ。あたしも――」

 京子の返事を聞かず中庭へ出て対峙する。
 秋芳は若武者を、骨喰の姿を視た。
 五行は金気に偏り、霊気自体もかなりあるが、自分ほどではない。
 これならば力技で一気に禁じてしまえそうだ。
 禁妖則不能変。
 あやかしを禁ずれば、すなわち変わることあたわず。
 器物や動植物を出自とする霊的存在を強引に元の姿へと戻す術で若武者の姿を消し去り無力化するか。
 禁刀則不能傷。
 刀を禁ずれば、すなわち傷つけることあたわず。
 いっさいの攻撃を無効化してから祓うのもいい。
 秋芳がそんな考えを巡らしていると、若武者は手にした刀の刀身を返し、自らに刃を向けた構えをした。

「霊剣は決断をあらわしたまう。至剛無欲にかたどりて、内に私欲奸侫の心敵を滅し、外に邪悪暴逆の賊徒を誅す。破ァァァッッッ!」

 若武者の霊的防御力が爆発的に膨れ上がった。

(今のは新当流の冤剣(おんけん)か!)
 
 新当流。
 戦国時代の剣豪、塚原卜伝が鹿島神宮の祭神タケミカヅチより神託を受け、授かったという剣術流派。卜伝は各地を回り、足利義輝、北畠具教、武田信玄、山本勘助といった武将らに、その教えを説いたと伝わる。
 その新当流に冤剣という所作がある。
 構えた状態から刀を胸の前に立て、右手首を返して刃を自分の方に向ける動作をすることで、自己の内にある穢れを斬るという、一種の瞑想法。
 これもまた呪術である。
 武術とはもっとも実践的な魔術なのだ。

「これでおぬしが使う妖術は効かんぞ」
「それはどうかな? 我祈願、哪吒太子元帥。求借火尖槍。急急如律令!」
 素早く導引を結び、口訣を唱える。秋芳の手に穂先が炎につつまれた槍。火尖槍が現れた。
 どんなに抵抗力を上げたところで術そのものは無効化はできない。確実にダメージを入れる方法で戦うことにした。

「槍の間合いならば刀に勝てると思ったか? 笑止!」

 骨喰が一閃する。
 だが遠い。
 一歩踏み込めば攻撃可能な距離を一足一刀と言うが、それに五歩近く足りない間合い。
 にもかかわらず骨喰は攻撃し、秋芳は避けた。
 後ろにあった石燈籠が断ち斬られる。
 斬撃を飛ばしたのではない。斬撃を延ばしたのだ。
 秋芳の見鬼には、はっきりと霊気の刃の軌跡が映った。
 骨喰はもともと薙刀を焼き直した異色の刀。その間合いも薙刀に等しい。

(昔のジャンプにこんな武器使う奴がいたよな。幻想虎徹だっけ?)

 こんな時でも秋芳にはそのようなことを考える余裕があった。
 秋芳は相手が強ければ強いほど、危機的状況であればそうであるほど、心に余裕を持つようつとめている。
 余裕がなければ焦りが生じ、かえって判断を誤るからだ。
 実戦で判断を誤れば、死ぬ。
 死にたくないからこそ楽にかまえる。力を抜く。余裕を持つ。
 心につねに余裕を。秋芳流の生き残り術だ。

「白桜! 黒楓!」

 式神を召喚する鋭い声とともに、京子が割って入る。

「天馬なら目が覚めたわ。秋芳君、ここはあたしに祓わせて!」
「……よし、やってみろ」
「まかせて!」

 京子はやる気だ。言っても無駄と判断した秋芳は骨喰の相手を京子にゆずる。
 無論、なにかあれば即座に割り込み、京子を守るつもりだ。火尖槍を油断なく構えて両者の距離をはかり、絶妙の間合いで立ち止まる。

「おなごとはいえ妖術使い。手心はくわえぬ」

 骨喰は京子に向き合い八双に構える。
 対する京子は白桜、黒楓。二体の式神を前に出し、自らは後方に下がる。
 前衛の式神が攻撃と防御を担当し、後衛の術者が呪術を行使する。単純にして強力なパーティ編成。
人間相手でも霊災相手でも、これは理想的な戦列だ。
 このような布陣をとられると秋芳が得意とする術者への肉弾戦も式神に防がれてしまって、できない。にもかかわらず現役の祓魔官でもこのような配置をもちいる者はまれだ。
 なぜか?
 式神の操作と呪術の使用を同時におこなうのが困難だからだ。
 式神をもちいるのならば式神で、そうでないなら術者の呪術で祓う。
 それが普通だ。
 普通ではない、京子の非凡な霊力がこの配置を可能としている。

「参る」

 骨喰が先に動く。
 身を沈め、京子目がけて一気に駆ける。速い。
 二体の式神の間を突破するかに見えたが、白桜も黒楓の動きも並ではない。即座に反応し術者を守る。と、二体の式神にラグが生じた。
 虎乱と呼ばれる技がある。疾走しながら、あるいは疾走直後に一刀をあびせる技だ。
 骨喰は最初から京子ではなく式神を狙い、これを使ったのだ。
 無理に術者を狙わず、前衛から切り崩す正攻法で攻めてくる。

「旺なる火箭よ、貫け。急急如律令(オーダー)!」

 動きを止めた骨喰に向けて京子の火行符が飛ぶ。
 骨喰は刀。その身にまとう霊気は金気。五行相剋の火剋金。

「小賢しい!」

 刀を振るって飛んできた火を斬り払う。
 本来の相性が悪くとも、先ほどの冤剣の効果で霊的防御力の上がった骨喰には効果が薄い。
ならば――。

「バン・ウン・タラク・キリク・アク。五行連環、急急如律令(オーダー)!」

 木火土金水。すべての五行符を放ち、呪文を唱える。
 呪符はただちに光を発し、たがいに光で連結し合って空中に輝く五芒星。セーマンを描き出した。
 堅固な呪的防御壁が京子を覆う。そして京子はさらに呪文を唱える。

「東海の神、名は阿明。西海の神、名は祝良。南海の神、名は巨乗。北海の神、名は禺強。四海の大神、百鬼を避け、凶災を蕩う。急急如律令(オーダー)!」

 ついさっき秋芳に教えてもらった帝式の陰陽術。本来は百鬼夜行を避ける、霊災の接近を防ぐ呪術だが、その構造は霊的存在に対する積極的な防壁。結界だ。
 京子はこれを、周囲に展開した。
 守りに守りを重ねる。京子は自身の防御を優先して式神による白兵戦で骨喰を祓うつもりなのか?
 否。
 さらに呪文詠唱が続く。
 こうして矢継ぎ早に術を行使している最中にも京子は骨喰の動きを把握し、白桜と黒楓を自在にあやつっている。
 骨喰の霊気の動きから、その挙動を事前に読み取る。そしてその動きのすべてに対応し、攻めと守りを繰り返す。
 二体の式神をフル稼働させつつ、みずからも呪術をもちいる。驚くべきは京子の霊力と集中力。式神使役の技術力だ。

「バン・ウン・タラク・キリク・アク。五行連環、急急如律令(オーダー)! 東海の神、名は阿明。西海の神、名は祝良。南海の神、名は巨乗。北海の神、名は禺強。四海の大神、百鬼を避け、凶災を蕩う。急急如律令(オーダー)!」

 同じ呪術を発動させると同時に白桜と黒楓を還す。刹那、骨喰が前方に吹っ飛んだ。

「ぐおぉぉぉッ!?」

 二発目の結界を骨喰の真後ろで発動。それも爆発するような速さで防御結界を展開させ、逃げる間をあたえず、先に作った京子の結界に衝突させ、挟み込む。

「ぐ、ぐぬぅぅ……」 

結界と結界。二つの圧力に押し潰され、骨喰の身にラグが走りまくる。みしみしという骨の、いや刀身のきしむ音が響く。

「ノウマク・サラバ・タタギャテイビャク・サラバ・ボッケイビャク・サラバタ・タラタ・センダ・マカロシャダ・ケン・ギャキギャキ・サラバ・ビギンナン・ウンタラタ・カンマン!」

 金剛手最勝根本大陀羅尼。
 秋芳に教えてもらった二つ目の呪術。不動明王の火界咒が身動きのできない骨喰の身を浄化の炎で焼き払い、完全に修祓した――。

「……終わった、のよね?」

 京子はあたりを見まわし、あやしい気配がないかを探る。

「ああ、修祓完了だ。残心も忘れないとは、偉いぞ。京子」

 最初にいた位置から離れた場所にいた秋芳が近づき、声をかける。

「あ、秋芳君。…そっか、あたしの結界の範囲内にいたんだっけ」
「て、俺のことは失念してあんな戦い方をしたのか?」
「てへっ☆ ごめんなさい。でもあなたなら避けるなり防ぐなりできたでしょ。実際そうしてるし」
「まあな。次は人払いの結界も自分でかけてくれよ。少々派手にやりすぎだ」

 一色宅の中庭は火事と台風が一緒に来た後のような惨状となっていた。

「そうか、それもあったのね」
「次からは周りにも気をくばって修祓しよう。現場にいるのが戦える陰陽師ばかりとは限らないからな」
「気をつけるわ」

 秋芳は地面から黒焦げの刀を見つけて拾い上げる。
 変わり果てた姿の藤四郎吉光。骨喰だ。

「人を二人も殺したとはいえ、こいつもかわいそうな奴なんだ。目覚めるタイミングが悪かったとしか言えない。次はもっとちゃんとした主人に使われるよう、しかるべき場所で休ませてやろうと思う」
「本来なら呪捜部の手にゆだねるべきだけど、あなたがそうしたいのなら、まかせるわ」
「未来の陰陽庁長官のお墨つきだ、ありがたく証拠隠滅させてもらおう」
「もう、茶化さないの!」
「……真面目な話」
「え?」
「偉い人の権限は決まりを守らせるためにあるのであって、破らせるためにあるんじゃない。だからといって杓子定規に法だ秩序だ規則だ決まりだのと言っていたら、窮屈でかなわんよな」
「……法は人と人とが合意の上でたがいの幸福のために定めたものよ。だからこそ守る価値があるの。だれかが自分一人のために定めた規則や、だれも幸せにならないような決まりなんて法の名に値しないわ。法に定められたことは正義なんかじゃなくて正義を探すための道具にすぎないの。だから、あたしが偉くなったら法のための法じゃなくて、人のための法を敷くわ」
「素晴らしい。今すぐ君の式神になってこき使われたい気分だ」
「人を式神にする風習は倉橋家にないわよ。秋芳君は秋芳君のまま、あたしのこと助けてちょうだい」





 後日。
 週刊誌がこぞって書き立てた辰夫に関するスキャンダルは、他のほとんどがそうであるように時が経つにつれて人々から忘れ去られていった。
 それでも辰夫の社会的信用が失墜したのは変わらないのだが、事件後、まるで人が変わったかのように出世欲を失くし、淡々と仕事をする姿に関係者たちは驚き、感心した。
 憑依された時に、骨喰がわずかながら武士の魂を吹き込んだのかもしれない。
 麗香は父親に斬られたというショッキングな体験をしたにもかかわらず、天馬の支えも合って、それまでと同じ生活を続けている。





 陰陽塾男子寮。秋芳の部屋。

「それが骨喰? なんかボロボロだけど、それも秋芳のコレクションにくわえるの?」

 骨喰を刀袋に丁寧に入れて、箱に納める秋芳の姿を見て笑狸が声をかける。

「いや、こいつはふさわしい持ち主が見つかるまで、安全な場所で休ませてやるつもりだ」
「その安全な場所はここで、ふさわしい持ち主は自分だってオチ?」
「おまえねぇ、どうしてそういう斜め角度から見る見方をするんだ。これはいずこかの闇寺にでも納めるつもりだよ」
「めずらしい。秋芳のことだから着服するかと思ったのに」
「俺はレア物の呪具を『救い出す』ことはあっても、盗んだりしない」

 変わり種の呪具の収集はたしかに秋芳の趣味だ。ここに来てまだ一か月だというのに、部屋の中は呪具であふれている。
 遮光器土偶に武者鎧、カレー鍋やファラオの胸像、ダーツボード、戦隊ポスター……。これら雑多なインテリアのほとんどが、なにかしらの力を秘めた呪具なのだ。

「ふ~ん、ところで、さぁ……」

 身体をよせてくる笑狸。妙に甘い匂いが秋芳の鼻腔をくすぐる。
 部屋に焚かれた香の匂いとは別の匂い。
 笑狸の体からメープルシロップやミルクにも似た芳香が漂う。

「京子ちゃんとエッチした?」
「してない」
「させてくれないの? 恋人同士なのに」
「俺たちは真面目な交際をしてるんだ。そういうのはナシだ」
「じゃあ秋芳たまってるでしょ? ボクが気持ち良くしてあげるよ」
「いらん」
「またまた~、がまんしなくてもいいんだよ」
「……あのなぁ、笑狸」

 秋芳が笑狸の頭を優しくなでる。くしゃり、と柔らかな茶髪が掌をくすぐる。

「おまえの言うとおり、俺だってたぎる時があるんだ。そりゃあもう、メチャクチャにしてやりたいと思ったりする。おまえ『友達』にそんなふうにされたいか? もうちょっと自分を大切にしろ」
「秋芳なら大切にメチャクチャしてくれそう」
「俺を浮気者にするつもりか?」
「男同士でも浮気になるの?」
「うん? ……ならない、か」
「仮に京子ちゃんが夏目ちゃんと百合百合したとして、嫉妬する? それって浮気?」

 この二人は夏目のことを完全に女だと認識していた。

「う~ん、嫉妬はしないかなぁ。あと浮気でもないような…」
「でしょ? ならボクとイチャイチャしても問題ないよ。ラーメンとアバンチュールに火傷はつきもの。変化を恐れていたら自分の殻を打ち破れないよ!」
「そのフレーズ流行ってんの!?」
「話しは聞かせてもらったわ!」
「ちょ、木ノ下先輩!? ここは男子寮ですよ!」

 いきおいよく扉を開けて唐突に現れたのは二年の木ノ下純だ。以前はふんわりとした茶髪にカワイイ系のメイクをしていたが、最近はイメージチェンジしたとかで髪を黒くし、メイクも薄い。大和撫子をテーマにしているという。

「男の娘が男子寮にいちゃまずい?」
「いや、男の子が男子寮にいるのは普通です」
「なら問題ないわね」

 そう言って部屋の中に入り込む純。

「笑狸ちゃんだけに火遊びはさせられないわ。私だって男の娘なんだから、浮気にはならないでしょ。チョロインだと思って、抱いてちょうだい!」
「自分でチョロインとか言っちゃダメでしょ! つか木ノ下先輩、キャラ変わってませんか?」
「そうだね。純ちゃんもああ言ってるし、三人で合体しちゃおう!」
「男だけの三身合体とかしたくねぇよ!」
「うふふ、マーラ様とミシャグジ様とヤリーロでナニができあがるのかしら?」

 その後、三人でしばらくたわいのないやり取りをして一日を終えた。





 陰陽庁長官室。
 窓から秋葉原の夜景を見つめる倉橋源司の後ろ、デスクの上に置かれた六壬式盤が音を立てる。

「貴方の身に振りかかろうとした凶刃は無くなりました。それもご息女の力で」
「そうか」
「……ご子息のほうはどうでしたか?」
「惜しい」
「惜しい、とは?」
「あれはすでに『倉橋』の人間ではない。それが惜しい」
「貴方にそう言わせるとは、やはり優秀な方でしたか。ならば改めて倉橋に迎え入れては?」
「…………」

 源治が黙って振り返る。声の主は、いない。声はするが、その姿形はまったく見えないのだ。

「……彼は陰陽師の今後のあり方についてもよく考えていた。かならずしも私の考えと一致するわけではないがな」
 一枚のプリント用紙に目を落とす。そこには秋芳が掲げた陰陽師の基本理念が書かれていた。

『陰陽師は国家の枠組みを越えて地域の平和と民間人の安全を守り、支えることを第一の目的とする』
『陰陽師は民間人の生命・権利が不当に脅かされようとしていた場合、これを保護する義務と責務を持つ』

 陰陽法の改正による呪術や陰陽師に関する規制緩和にともない、その責務を増やし、自覚すべし。
 そう述べているのだ。
 カチリ。式盤がまた音を立てる。

「卦が出ました。……沢火革。古きを改めて新しきに進む」
「言われるまでもない。陰陽の道は途絶えることなく、未来へと進むのだ」

 倉橋源司に、いっさいの迷いは存在しなかった。 
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