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星雲特警ヘイデリオン

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第8話 少女達の昇天

 斬撃と銃撃が絶えず交錯する、森林の戦場。その渦中で凌ぎを削る3人が、同時に手を止めた時――彼らは、仮面の下で驚愕の表情を浮かべていた。

 太嚨達が視線を向けた先では――ただならぬ勢いで、黒煙が噴き上がっていたのである。さらにその近辺には、激しい火の手まで上がっていた。

「なんだ、あれは……! まさか、別働隊……!?」
「バカな……! 我々以外、ここを嗅ぎつけた者はいないはずだ!」
「シンシア……!? シンシアッ!」

 そして、その火災は――シンシア達がいた、家の方角から上がっている。
 それを目の当たりにした瞬間、太嚨は弾かれたように走り出して行った。メタリックレッドの装甲は既に傷だらけだが、彼は痛みさえも無視して全力で疾走する。

「待てタロウ! ――ぐッ!」
「隊長ッ!」

 そんな彼を追うべく、メイセルドも動き出そうとする……のだが、彼の方がダメージは深刻であった。膝から崩れ落ちる師の肩を、ユアルクが咄嗟に支える。

「……タロウ……」

 メタリックブルーの騎士は、去りゆく教え子の背中を、神妙な面持ちで見送っていた。
 ――自分達以外に、ここを見つけた星雲特警はいない。もし、あの火災が星雲連邦警察とは無関係なものであるとすれば……。
 そこまで思考を巡らせたところで、ユアルクは見ていられないとばかりに、目を伏せてしまった。間違いなく、太嚨にとって最悪の結末が待ち受けているからだ。

 ――だが、全ての原因は自分の不始末にある。ならば、目を背けるわけにはいかない。蒼海将軍はその一心で、メイセルドの肩を支えながら、ゆっくりと歩み出していく。
 戦いの終焉を告げる、あの火の手の向こうへと。

 ◇

 灼熱の猛火が天を衝き、樹木も芝生も焼き尽くしている。この森に渦巻く破壊の炎は、全ての命を刈り取ろうとしていた。
 ――その渦中に踏み込んだ太嚨の前に、人影が映る。否、それはもう太嚨が彼女に望んだ「ヒト」ではなくなっていた。

「……シンシア……」

 装星を解き、人の姿で舞い戻った太嚨を出迎えたのは、辺り一面に転がる肉塊だった。先ほどまで、コロルとケイという「命」だった、肉塊。
 首だけが残された彼らを掴む、少女の眼はすでに理性をかなぐり捨てた凶戦士の色へと成り果てていた。今まで少年が切り捨ててきた、シルディアス星人の色へと。

 その景色が、今まで抗い続けてきた現実を突きつけているかのようであった。シンシアはあくまで、破壊と殺戮を好むシルディアス星人の血族なのだと。

 ――だが、シンシアはシルディアス星人としては理性の割合が強く、これまで本能を抑制して生きてきた。1年間共に暮らしても、彼女が本能を暴発させたことなど一度もない。
 シンシアなら、自分の中にある狂気を完全に制御出来たはずなのだ。なら、このような事態など起きるはずもない。

 彼女自身が、自ら理性を捨てない限りは。

「……!」

 凶戦士を彷彿させる狂笑と、凶眼。その貌に紛れて頬を伝う雫が、太嚨にそれを教えていた。これが彼女の、決断なのだと。
 ――現世(うつしよ)の外にしか、流れる先はないのだと。

 だが、そんなことを太嚨が許すはずはない。シンシア自身もそれを理解していた。だから自らの手で子供達を骸に変え、森に火を放ったのである。
 ――自分は死すべき悪であると訴え、全ての退路を断ち切るために。

(タロウ。あなたなら、きっと分かるよね。平和を守る星雲特警なら、みんなのために、何をしてあげられるか。私は、ずっとそれを信じてる)

 そして、こうなった以上、もはや後には引けない。すでにシンシアは、コロルとケイを手にかけてしまった。
 血と闘争を好む悪鬼になってしまった。太嚨が何よりも否定したかった未来に、繋がってしまった。

 ――彼女を放っておけば、必ず犠牲者は増え続けていく。もう彼女は、無害な少女ではない。

 その現実を受け止めた上で、太嚨は悲痛に歪んだ貌のまま――声にならない彼女の叫びを、確かに感じていた。

「……うん、分かるよシンシア。何をしたらいいか、オレには分かる」

 ならば、応えねばならない。それが彼女の望んだ世界ならば、それを導いていけるのは、自分だけだ。
 ――彼女を幸せに見送れるのは、自分だけだ。

「ごめん、少しだけ先で待ってて。コロルも、ケイも、君も……みんな一緒に。必ず、迎えにいくから」

 泣きながらでも構わない。叫びながらでも、構わない。それでも、自分に託された最後の役目は、果たさねばならない。
 ――星雲特警として。そして、彼女達の家族として。

 その想いに突き動かされるまま、太嚨は走り出す。「装星」と叫んだ彼の声は、嗚咽と慟哭が混じり合い――もはや、言語の体を成していなかった。
 真紅の鎧を纏う彼は、蒼く輝く剣を振りかざし、彼女に向かって飛び上がっていく。

 ――そんな彼を、前にして。

 狂気に沈んだはずの少女は、子供達の骸を抱き寄せながら――片手を広げ、微笑を浮かべていた。
 愛する人を、受け止めるように。

 そして。

 淡い桃色の花飾りが、空の向こうへと舞い上がる。
 
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