お祖父ちゃんの蒲鉾
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第五章
「それでね」
「その時になの」
「二人で色々と話してね」
そしてというのだ。
「紅白は縁起がいいから幹子ちゃんが喜ぶかもって」
「そうしたお話になってなの」
「そう、紅白の蒲鉾って多いでしょ」
「普通に売ってるわね」
「それでってなって」
「私にいつも蒲鉾出してくれたの」
「そうなの、幹子ちゃんが縁起がいいって喜んでくれるかもって話になって」
幹子にそのまま話していく、年老いているが愛嬌のある感じの顔で。
「それからなの、兄さん本当は蒲鉾は好きでも嫌いでもなかったの」
「私が喜ぶだろうって思って」
「それでだったのよ」
「そうだったの」
「ええ、実はね」
「どうしていつも出してくれるのか」
幹子は幼い時からずっと食卓にあった蒲鉾、紅白のそれを思い出しつつそのうえで言った。自然とビールを飲む手も止まっている。
「お祖父ちゃんが好きって思っていたら」
「違ったのね」
「私の為だったのね」
「そうだったのよ」
「何でも私のことを考えてくれてたお祖父ちゃんだけれど」
しみじみとして思うのだった、中学のあの頃からのことを。92
「こうしたこともなのね」
「そう、幹子ちゃんのことをね」
「考えてくれていたのね」
「そうだったの」
「まさか」
幹子はしみじみとして言った。
「こんなことまで気遣ってくれたなんて」
「いい人だったわね」
「ええ」
今あらためて思うのだった。
「本当に」
「じゃあその兄さんの冥福をね」
「祈るわ、もう私もいい歳だし」
結婚してかなり経ち子供達も大きい。そろそろ身体に肉もつきだしていてスタイルのことも気になりだしている。
「お祖父ちゃんも大往生だし」
「悲しくないわね」
「悲しい気持ちもあるけれど」
それでもというのだ。
「それ以上にね」
「何か違うわよね」
「ええ」
笑ってだ、幹子は大叔母に応えた。
「嬉しいの、お祖父ちゃんの気持ちがわかって」
「そうよね、じゃあその兄さんの冥福を祈ってね」
「乾杯しましょう」
「今からね」
幹子は一族の者と共に祖父の冥福を祈って乾杯した、自分を心から慈しんだ祖父のそれを。葬式だがこの時は彼女も他の者も実に楽しんだ。
そして後に自分と夫の間に生まれた子供達の子供つまり孫達に紅白の蒲鉾を出してだ、幹子は笑顔で言った。
「お祖母ちゃんのお祖父ちゃんみたいにね」
こう言って孫達に祖父のことを話した、その心優しい祖父のことを。そのうえで自分もその蒲鉾を美味しく食べた。
お祖父ちゃんの蒲鉾 完
2017・9・22
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