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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv58 眠れる城の貴族

   [Ⅰ]


 審判の間にいる魔物達の掃討が終わったところで、俺は眠っている近衛騎士達を起こしていった。
 負傷している者もいたが、とりあえず、全員、無事なようであった。
 またその際、俺は責任者と思わしき近衛騎士に、国王のサークレットを外すよう進言しておいた。
 魔物達に操られていた原因が、それにあるような気がしたからだ。
 近衛騎士は快く俺の言葉に頷いてくれた。
 色々とあったので、俺の言う事でも信用してくれたのだろう。
 そして、近衛騎士達は横たわる国王を介抱し、周囲を警戒しながら、この場を後にしたのであった。

 話は変わるが、俺にモシャスしたラーのオッサンは、既に鏡へと戻っており、ヴァロムさんに回収されていた。
 戦いのドサクサに紛れてモシャスを解いたようだ。
 つーわけで、話を戻そう。

 俺は国王を見送った後、崩れた壁の向こうに広がる外の景色に視線を向けた。
 壁の向こうは大神殿の中庭となっていた。
 中庭には、たくさんの魔導騎士がおり、魔物達と交戦しているところであった。
 ちなみに魔物は、レッサーデーモンやオーク、そして、キラーエイプといったところだ。
 それほど数も多くない上、強くもない魔物なので、すぐに戦闘も終わる事だろう。
(さて、これからどうするか……。アーシャさんやサナちゃん、アルシェス王子にフィオナ王女、そして、ミロン君……早く助けたいところだが……魔物達の思惑は恐らく……。とにかく、ヴァロムさんと相談するしかない)
 俺はそこで、ヴァロムさんのいる方向に視線を向けた。
 と、その時である。
(ン?……なんだありゃ……)
 艶のある紺色のロープみたいなモノが、俺の視界に入ってきたのである。
 場所は、教皇が演説していた辺りであった。
 気になった俺は、そこへと移動し、恐る恐るそれに手を触れた。
(見たところロープのようだが、何に使ったモノだろう……。この観覧席は王族がいた所だから、何かのセッティングで使ったモノだろうか……)
 このロープの伸びている先を目で追うと、観覧席の手摺りの所から1階へと降りていた。
 俺は手摺りへと移動し、ロープの行先に目を向けた。
 すると、ロープは1階の右側壁伝いに伸びており、中間付近まで行ったところで、終わりとなっていたのである。
(あそこまで伸びているが……一体何のロープだ? 反対の左側の壁にはこんなロープはない……。何か引っかかる……あの辺りは確か……ハッ!?)
 そこで俺の脳裏にある事が過ぎった。
 それは、俺が今、一番疑問に思っている事についてであった。
(もしかすると、このロープは……)
 俺は魔導の手を使い、レヴァンと対峙した場所へと移動した。
 そして、その場に転がっている、あるモノを拾い上げたのである。
 と、ここで、アヴェル王子が俺の所にやってきた。
「コータローさん、さっきの光を放った鏡の事と、レヴァンの件でお話があるんですが……ン? ソレは……ソレがどうかしたのですか?」
「ええ、少し気になる事が……」
「それは一体……」
「まだ確証は持てませんので、なんとも言えないです。が、その前に、ちょっと確認したい事があるんです」
「確認したい事?」
 俺はそこでアヴェル王子を見た。
 王子の額や腕には、戦闘で出来たであろう、傷や火傷が幾つか確認できた。
 ある意味、うってつけの人物であった。
(この際だ……アヴェル王子に少し手伝ってもらおう)
「ところでアヴェル王子、陛下のデインや魔物の攻撃を受けたようですが、治療の方はまだしてないようですね」
「ええ、そうですが……」
「ではちょっと、回復魔法の実験に付き合ってもらってもいいですかね?」
 アヴェル王子は首を傾げた。
「回復魔法の実験? 一体何をするのですか?」
「それは、実験が終わった後、お話しします」
「そうですか、わかりました。で、一体何をすれば?」
 俺は王族がいた観覧席を指さした。
「教皇が演説していた所に、紺色の太い紐のようなモノがありますんで、それを握ってもらえますかね?」
「紺色の太い紐? よくわかりませんが、良いですよ。それを握ればいいんですね?」
「はい、お願いします」
「では」
 アヴェル王子は早速、観覧席へと向かった。
 続いて俺は、魔導の手を使って観覧席の手摺りから1階へと飛び降り、ロープの終端部へと移動したのである。
 俺が目的地に着いたところで、アヴェル王子の声が聞こえてきた。
「コータローさん、コレですね?」
 王子は紺色のロープを手に取り、俺に見せた。
「ええ、それです。ではちょっと待っててくださいね」
 俺はロープに魔力を込め、呪文を唱えた。
「ホイミ」
 するとその直後、アヴェル王子の身体が、淡い癒しの輝きに包まれたのである。
 アヴェル王子の驚く声が聞こえてくる。
「こ、これは回復魔法……今のはコータローさんが?」
「はい。俺が今、ホイミを使いました。ありがとうございます、アヴェル王子。これで実験は終了です」
 俺はそこで右手のブツに目をやった。
(……今の実験結果が意味するところは1つ。あとは……コイツが俺の思った通りならば……謎は解けたも同然だ……ン?)
 と、その時、数名の慌てた魔導騎士達が、観覧席の出入り口に姿を現したのである。
 現れた魔導騎士の1人が、大きな声で呼びかけた。

【ヴァリアス将軍ッ!、ディオン様ッ! た、大変ですッ! 太守の皆様がッ!】
 
「何があった?」と、ヴァリアス将軍。
【至急、こちらに、いらしてください!】
 ヴァリアス将軍とディオンさんは顔を見合わせた。
「……行ってみよう、ヴァリアス将軍。騎士の様子を見る限り、只ならぬ事が起きておるようだ」
「そのようですな」
 2人は魔導騎士達の後に続いた。
 と、そこで、アヴェル王子とウォーレンさんが、俺の所へとやってきた。
「何かあったようですね……それはともかく、アーシャ様やイメリア様、そしてアルシェス達が魔物に攫われてしまいました。一刻も早く、救出について、ヴァリアス将軍と話し合わねばなりません」
「ええ……レヴァンは魔の島に来いと言ってましたが、確実に、罠の類があると思いますからね。とはいえ、罠を承知で行かなければ、彼女達を救う事は不可能ですが……」
「でしょうね……」
 ウォーレンさんが声を荒げる。
「それにしても、クソッ! どういうことなんだ一体ッ!? まさか、レヴァンが、あのアシュレイアだったなんて……」
「コータローさんが倒したあの白い魔物は、レヴァンの事をアシュレイアと言っていた。つまり、奴が……魔物達の親玉という事なのか……わけがわからない」
 アヴェル王子はそう言って、苦悩に満ちた表情で額を押さえた。
 あまりに急な出来事なので、2人は整理が追いつかないのだろう。
 だが、俺の推察通りならば……真実はもっと過酷かもしれない。
(とはいえ……まだ確証がない。この一連の謎を解くには……コレを作った人に、どうしても訊かなければならない事がある……)
 俺はそこで、手に持っているブツに視線を向けた。
 と、その時である。

【ヴァロム様! ディオン様とヴァリアス将軍が御呼びです!】

 先程の魔導騎士達が、また観覧席の出入り口に現れたのである。
 シャールさんやヴォルケン法院長達と話をしている最中だったヴァロムさんは、そこで呼びに来た魔導騎士に視線を向けた。
「ん? 何じゃ、儂もか?」
「はい。ディオン様が、至急いらしてほしいと仰っておられます」
「ふむ……」
 ヴァロムさんは顎髭を撫でながら、俺に視線を向けた。
「コータローよ、お主も来い」
「え? 俺もですか」
 今のやり取りを聞き、ウォーレンさんがアヴェル王子に言った。
「あの様子だと、かなり不味い事態のようです。我々も行きましょう、王子」
「ああ、行こう、ウォーレン」
 続いてシャールさんも。
「では、私もお供させていただきます、ヴァロム様」
「うむ。よし、では行くぞ」――


   [Ⅱ]


 審判の間を出て、暫く通路を進むと、巨大な空間が俺達の目の前に姿を現した。
 それは物凄く広い空間であった。床面積は、学校の体育館10個分くらいありそうである。
 美しい大理石調の床と、磨かれた白い石を綺麗に積み上げた壁、そして、両脇の壁際と真ん中に立ち並ぶ、大きな丸い石柱は、壮大であり、迫力があった。
 その光景は、以前テレビか何かで見たサン・ピエトロ大聖堂のような感じでもあった。
 壁には幾種類もの女神像が安置されており、それと共に、煌びやかな装飾や彫刻等が至る所に施されていた。
 天井も高く、30mくらいありそうな高さだ。また、天井には一面に、美しい女神に見守られる人々が細かに描かれており、壮大な眺めとなっていた。
 その光景は、まさしく、宗教施設の総本山といった佇まいであった。
(すげぇな……よくこんなの造ったわ……って、観光気分で見とれてる場合じゃないか)
 俺はそこで空間の中心部に目を向けた。 
 そこには魔導騎士や宮廷魔導師達の人だかりが出来ており、少し慌ただしい雰囲気になっていた。
 ヴァリアス将軍の姿もそこにあった。
 そして俺達は、その将軍の所へと案内されたのである。 
「ヴァリアス将軍、ヴァロム様をお連れ致しました」
「うむ、ご苦労であった」
 続いてヴァリアス将軍は、ヴァロムさんに一礼する。
「ヴァリアス将軍よ、何があったのじゃ?」
「ヴァロム様、こちらをご覧ください」
 将軍は困った表情で、人だかりの中心を指さした。
 すると、そこにはなんと、沢山の貴族達がバタバタと倒れていたのである。
 見たところ、倒れているのは、王族や太守、そして高位の貴族達であった。それらに加えて、護衛の近衛騎士達も倒れていた。
 そして今、魔導騎士達と、ディオンさんと始めとする宮廷魔導師達が、それらの方々を起こしている最中なのである。
 また、よく見ると、ソレス殿下やラミナス公使と思わしきラミリアンの美しい女性もいた。それから、レイスさんやシェーラさんの姿も。それは異様な光景であった。
(ここで、なにがあったんだ一体……)
 ちなみにだが、ここで倒れている者達には、外傷などは見当たらない。呼吸もしているので、死んではいないようである。
 まぁそれはさておき、程なくして、ディオンさんがこちらへとやってきた。
「父上、ヴァリアス将軍、ダメだ……どうやっても、目を覚まさない」
「全員ですかな?」と、ヴァリアス将軍。
「ああ、全員だ。眠っている近衛騎士の顔を強く叩いてもみたが、それでも目を覚ます気配はない……」
 ディオンさんとヴァリアス将軍は困った表情をした。
 どうやら、眠っている者達が目を覚まさないようである。
 俺は2人の会話を聞き、ピュレナでの出来事を思い出した。
 もしかすると、あの忌まわしき杖が使われたのかもしれない。
「父上……どう思われますか? これは私の勘ですが、恐らく、ラリホーや甘い息のような方法で眠らされたのではないような気がします。何か得体の知れない方法で眠らされたのかもしれません」
「誰も目を覚ますぬのか……ふむ……弱ったの。とりあえず、少し時間を置いて、もう一度、起こしてみよ。何らかの強力な魔法によって眠らされておるのならば、いずれ効果は切れるかもしれぬ」
「わかりました」
 ヴァロムさんはそこで、俺に耳打ちをしてきた。
「コータローよ、お主はどう思う?」
 俺も小声で返した。
「断言はできませんが……もしかすると、魔物達の魔導器によって眠らされたのかもしれません」
「ふむ、何か心当たりがあるのか?」
「はい……実はここに来る途中、とある魔物と戦ったのですが、その時に、タチの悪い呪いの杖を持っていたんです。ラーさんの話だと、夢見の邪精を封じたという杖らしいですが……ラーさん曰く、この杖を使われたら、呪いを解かない限り、目を覚ます事はないそうですよ」
「ほう、ラーさんがの……。コータローよ、場所を変えて、ラーさんに訊いてみてくれぬか? この症状が、それかどうかを知りたい」
 ヴァロムさんは懐からラーの鏡を取り出し、俺に手渡した。
「了解です」
 そして、俺は静かにこの場を離れたのである。

 俺は人気(ひとけ)のない場所へと移動し、そこでラーさんに小声で確認をした。
「おい、ラーさん……あそこで眠らされてるのって……もしかして、例の杖か?」
「お主の想像通りだ。夢見の邪精に憑かれておる」
「マジかよ……じゃあ、眠らせた張本人がいなきゃ無理ってことやんけ」
「まぁそうだが……別の方法で解除することができるやもしれん」
「別の方法? って、なんだ一体……」
「お主が持つあの杖で、眠っておる者達をもう一度眠らせて、お主がそれを解除すればよい。それで目を覚ますかもしれぬぞ」
 今の話を聞いて、頭が痛くなったのは言うまでもない。
「ええっと……つまりあれか。俺が呪いの上書きをして、それを解除するって事か?」
「上手い事言うな、お主。まぁそんなところだ」
「でも、夢見の邪精って、使用者の魔力に紐づけされるんだろ? そんな事できんのか?」
「わからん、やってみないとな。だが……以前、そんな事をしていた魔物を見た事があるんでな。もしやすると、あの者達に憑いた邪精は、お主が持つ杖の影響下に置くことができるやもしれぬぞ」
 俺達には他に選択肢がなさそうだ。
 確証がない話ではあるが、試してみるしかないだろう。
 しかし、重要な問題が1つある。
「ラーさん、1つ聞きたい。あの杖を使う事によって、俺に呪いがかかるなんて事ないだろうな?」
 すると、ラーのオッサンは平然と言いやがったのである。
「確実に呪われるな。おまけに、お主の手から、杖は離れなくなるだろう。その杖は基本的に、魔の世界に住まう者しか使わぬからな。この世界の者達が使えば、呪いが降りかかる事になろう」
「なんだよそれッ! そんな事を俺にしろというのかよ!」
 俺は思わず激高した。
 当たり前だ。誰だって呪われたくはない。
 おまけに、この世界には教会がない。
 早い話が、呪いを解いてくれる施設なんてないのである。
「まぁ待て待て、落ち着け、コータローよ。言葉が足らなかったな。呪いは我が解呪できるから、そこは心配せんでいい」
「え? ラーさん、シャナクを使えんのか!?」
「ああ、使え……って、ちょっと待て……なぜお主が、その呪文の事を知ってる? まさか……その魔法の事も、例の書物に記してあるのか?」
「……まぁね」
「信じられん……あれは、この地上では秘法扱いだった筈……。いや、そもそも、あれは魔法ではない。あの秘法は、ミュトラの力を借りて、初めて成功するモノだ……この地上では行使する者すら、発動の呪文までは知らぬだろう。なぜその発動呪文まで記されているのだ?」
 ラーのオッサンの口振りを見るに、書物に掛かれている事自体、あり得ない魔法のようだ。
 この世界におけるシャナクは、通常使える呪文ではないのかもしれない。
(また余計な事を言ったようだ……つか、この非常事態だと、そんな事もいっておれんしな……とりあえず、適当に流して、先に進もう)
 つーわけで、俺は白々しく言った。
「といってもなぁ……そう書かれてたんだから、仕方ないだろ。それより、本当に呪いは解けるんだな?」
「ああ、解呪はできる。しかし、付け加えておく事が1つがある。解呪を施すと共に、その杖は消滅するかもしれぬから、それは覚悟しておいてくれ」
「消滅する可能性があるのか……」
 ロト三部作だと消えていたが、ⅤとかⅥだと、呪われた武具も普通に外せた気がする。
 もしかすると、この世界における呪いは、前者に近いのかもしれない。
 ラーさんは続ける。
「呪われた魔導器は、消滅するモノとしないモノがあるのだ。この杖がどちらの魔導器かは、流石に我もわからんのでな。まぁ我の予想では、消滅せぬとは思うが、断言はできんのでな」
「ふぅん……やってみてからのお楽しみって事か……了解。ところで、杖の使い方なんだけど、ラーさんはわかるか?」
「我もうろ覚えだが……発動するときは、杖の柄に魔力を込めていた気がする。そして、解呪する時は、先端の水晶球に触れて、魔力を込めていたように記憶しているがな……。以前、我が見た時は、だが……」
「何だよそれ……不安だな。つか、以前見たって、一体何時の話だよ」
「確か、1000年ほど前だ」
「ふぅん、1000年前か……ン? あれ……ラーさんて、5000年前に、イデア神殿に封印されたって言ってなかったか? なんで、1000年前の出来事を知ってるんだよ」
「へ? あ、ああ、そういや、そうだったな。ええっと、つまりだな……我は時々、精霊界から地上を見ることもあるのだ。だからだ。ハハハハ」
 あからさまに怪しい返答である。
 終始、動揺した物言いであった。
(前から思っていたが……このオッサンは何かを隠してる節があるんだよな……もしかすると、このオッサン……いや、詮索はやめておこう。とりあえず、このゴタゴタが終わった後だ。まずは杖を出そう……)
 俺は周囲を確認した後、フォカールを唱え、深紫色の水晶球が付いた怪しい杖を取り出した。
(はぁ……俺が呪いを施す事になるとはな……。あんまやりたくないけど仕方ない。……覚悟決めるか)
 とまぁそんなわけで、杖を取り出した俺は、そそくさとヴァロムさんの元へ戻ったのである。

 現場に戻った俺は、ヴァロムさんに話し合った内容を報告した。
「――というわけです。どんな反動が来るかわかりませんが、この杖で試してみようと思います」
 ヴァロムさんは申し訳なさそうに言葉を紡いだ。
 この杖を使う反動で、呪いが掛かると聞いたからだろう。
「そうか……お主には苦労をかけっぱなしになるの。すまぬが、試してみてくれぬか。先程から時間が経過しているにもかかわらず、起きる気配がないからの」
「ええ、とにかく試してみます」
 そして、俺は眠り続ける人達の元へと向かったのである。
 と、そこで、俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「コータローさん、一体何をされるのですか?」
 声の主はアヴェル王子であった。
 俺は王子に杖を見せ、簡単に説明をした。
「この杖を使ってみます。以前、とある魔物と戦って得た戦利品なのですが、もしかすると、この方々に掛けられた眠りは、これと同じような魔導器によってもたらされたモノかもしれませんので……」
 ディオンさんの訝しげな声が聞こえてくる。
「父上、良いのですか? あの捻じれた杖からは……なにやら、禍々しい雰囲気を感じるのだが……」
「構わぬ。じゃが、今はコータローに近寄るでないぞ。コータローの話によると、あれは魔物達が作った呪われた武具のようじゃ。力を開放することによって、何が起きるかわからぬからの」
【なッ!?】
 それを聞くなり、全員が息を飲んだ。
 そして、この場にいる者達は、そそくさと、俺との距離を取り始めたのである。
 なんとなく、ボッチになった気分であった。
(なんかすげぇ悲しい……俺が避けられてるみたいな気分やわ。しゃあないか……呪いなんて聞いたら、誰だってこうなるわな。はぁ……さて、やるか……怖いけど……)
 俺は恐る恐る、眠っている群衆に杖を掲げ、柄に魔力を籠めた。
 と、次の瞬間!
 杖の先端部にある紫色の水晶球から、黒い煙のようなモノが噴出したのである。
 水晶球から現れた煙は、眠らされている人達に覆いかぶさるように纏わりついてゆく。
 周囲から、驚く声が聞こえてきた。
【杖から、禍々しい何かが出てきたぞ!】
【なんなんだあの杖は……】
 あんな話聞けば、誰だってそう思うだろう。
 まぁそれはさておき、変化は俺にも現れた。
 背筋にゾゾッと寒気がくるような、冷たい何かが、俺の身体に纏わりついてきたのである。最悪な気分であった。
(こ、これは……なんだ、急に身体が重たくなってきたぞ。頭もボーっとしてきた。おまけに寒気も……。まるで風邪で高熱をだした時のような感覚だ……。まさか、これが呪いというやつか……クッ)
 ゲームならば、今確実に、あのトラウマ効果音が流れていた事だろう。
(クソ……意識をしっかり持て!)
 俺は自分にそう言い聞かせ、眠っている者達へと視線を向けた。
 すると黒い煙は消えており、杖を使う前の状態へと戻っていた。
 どうやら煙は、俺の前にいる全ての人に行き渡ったようだ。
(……これ以上は変化がなさそうだし、もうそろそろいいかな。さて……ではやってみるか……あ~体が重い……)
 俺は怠い身体を何とか動かし、先端に付いている水晶球に手を触れ、魔力を籠めた。
 と、その直後、眠っている人達から先程の黒い煙が現れ、まるで動画を逆再生したかの如く、杖の水晶球へと吸い込まれるように戻ってきたのである。
(お、おう……なんか知らんが、凄い光景だな。多分、夢見の邪精というのを杖が回収してるんだろう……)
 先程と同様、ギャラリーから声が上がる。
【おお、何だあれは……杖にさっきの煙が吸い込まれてゆくぞ!】
 驚くのも無理はない。使った俺自身も驚いているのだから。
 それはさておき、黒い煙は1分ほどですべて回収された。
 シンとした静寂が、辺りに漂い始める。
 ここにいる者達は皆、眠っている太守達を無言でガン見していた。
 10秒、20秒と時間が過ぎてゆく。
 と、その時であった。

【……ううう……うう……】

 倒れている人々の中から、寝言のような呻き声が聞こえてきたのだ。
 またそれと共に、ゴソゴソと動く者や、寝返りをうつ者も現れたのである。
(……うまくいったのかな……さっきまでは微動だにしなかったし……)
 俺はラーさんに小声で確認した。
「ラーさん……成功か?」
「ああ、成功だ。この者達からは邪精の気配はなくなっている。思った通り、うまくいったようだな」
 俺はそこでヴァロムさんに視線を向け、無言で頷いた。
 ヴァロムさんは頷き返す。
 そしてヴァロムさんは、隣に佇むヴァリアス将軍に告げたのである。
「将軍、もう呪いは解かれたようじゃ。皆を起こすとしよう」――

 その後、王族や太守、そのほかの貴族達は、魔導騎士と宮廷魔導師達によって、全員が目を覚ました。
 俺はそのドサクサに紛れてここを離れ、ラーさんに呪いを解いてもらった。
 すると、まるで憑き物が落ちたかのように、身体は軽くなり、熱っぽい感じも嘘のように消えていったのである。
 それから杖だが、呪いを解いても、俺の手に残っていた。
 さっきラーさんは、消滅するモノとしないモノがあると言っていたから、これは後者に該当するアイテムのようである。……という事にしておこう。


   [Ⅲ]


 王族や太守の方々を全員起こした後、ヴァロムさんとヴァリアス将軍は彼等から事情聴取を行っていた。
 そこでの話によると、避難中に鞭を持つ翼の生えた茶色い魔物が1匹現れ、奇妙な形をした杖を掲げたらしい。
 その時、杖から黒い煙が現れたらしいのだが、そこから後の記憶はないそうである。
 恐らく、考える余裕すらないほど、あっという間の出来事だったのだろう。
 と、そこで、太守の1人が慌てたように声を上げた。
【ア、アーシャがいない! どこにいった!】
 声を上げたのはソレス殿下であった。
 続いて、他の王族達も慌てだした。
【フィオナ様がいない!】
【アルシェス様もだ!】
【イメリア様! イメリア様がいない!】
 王族や太守達がざわつき始めた。
 時間が経つにつれ、事態が呑み込めるようになり、他の事を考える余裕が出てきたのだろう。
 ここで、ヴァリアス将軍が言いにくそうに言葉を発した。
「皆様……申し訳ございません。アルシェス殿下にフィオナ様、そしてアーシャ様とイメリア様は魔物達によって人質として、魔の島に連れて行かれてしまいました。今、魔物の討伐と救出に向かう部隊を編成しているところです」
【な、何だって……】
 それを聞き、ここにいる者達はどんよりとした表情になった。
【ア、アーシャ……なぜお前まで……】
 ソレス殿下は祈るかのように、身体を震わせながら膝を床に付けた。
 そして他の王族達は、ヴァロムさんや将軍に食って掛かったのである。
【ヴァリアス将軍! すぐにアルシェス様とフィオナ様を助けに向かうのだッ! 急げッ!】
【そうだ、早く救出に行かねば、魔物達に殺されてしまうぞッ! 何をしているッ!】
【ヴァロム殿! 貴公が始めた事だ! 早く救出に向かえッ!】
 王族や太守の方々は、パニックになりかけていた。
 そんな中、レイスさんとシェーラさんが俺の所へとやってきたのである。
「コータローさん! 教えてくれ! イメリア様が連れて行かれた魔の島という場所はどこなのだッ?」
「教えて、コータローさん! イメリア様はどこにいるのッ」
 今にも探しに行きそうな勢いであったのは、言うまでもない。
「場所はわかりますが……とりあえず、落ち着いてください」
「落ち着いてなんかいられるか!」
「そうよッ!」
 レイスさんとシェーラさんは、俺に飛び掛かるような勢いで迫ってきた。
「ちょ、ちょっと、2人共、落ち着いて」
「教えてくれ! どこなんだ!」
「教えて、コータローさん!」
 どうやら、何を言ってもダメな感じだ。
 立て続けに起きる非常事態のせいで、少し正気を失っているのかもしれない。
(これじゃ、話にならない。とりあえず、正気に戻ってもらおう)
 俺はレイスさんの目の前で、猫だましの如く、柏手(かしわで)を1回だけ、大きく打ち鳴らした。

 ―― パァン! ――

 この厳かな空間に、乾いた柏手(かしわで)の音が響き渡る。
 レイスさんは面食らったのか、キョトンとした。
 他の皆もビックリしたのか、同じような感じであった。
 というか、なぜか俺は注目の的になっていた。
 そして、妙な静寂が辺りに漂い始めたのである。
(あ、あれ……なんか知らんけど、皆、俺に注目してる……レイスさんとシェーラさんだけでいいのに……。まぁやってしまったものは仕方ない……話を進めよう)
 レイスさんは幾分控えめに言葉を発した。
「な、何の真似だ……コータローさん」
「落ち着いて話をしましょう……熱くなりすぎると、何事も上手くいきませんよ。敵の術中に嵌まるだけです。まずは冷静になってください。話はそれからです。魔物達も、今はまだ、彼女達の命までは取らないでしょうから……」
「しかし……フゥ……わかった」
 レイスさんはそこで大きく息を吐き、気を落ち着かせた。
 それから少し間を空け、話を続けた。
「コータローさん……貴方は今、命までは取らないと言った。なぜそう言い切れるんだ?」
「それは勿論、魔物達は理由があって、彼女達を人質として攫ったからですよ。無作為に選ばれたわけではありません。とはいえ、彼女達を攫うとまでは、俺も予想できませんでしたがね……」
 するとここで、アヴェル王子とウォーレンさんが話に入ってきた。
「無作為に選ばれたわけではないだって……コータローさん、それは本当ですか!」
「馬鹿な……ミロンは魔物達に選ばれたというのか」
 俺は2人に頷いた。
「そうですよ。アルシェス王子とフィオナ王女、アーシャ様にイメリア様、そして……ミロン君。魔物達がこの5名を攫ったのは、魔の島に、ある者達を誘き寄せる為なのです。つまり、それが成功するまで、魔物達は命までは取りません。断言しても良いです。ですよね……ヴァロムさん?」
 俺はそう言ってヴァロムさんに視線を向けた。
 ヴァロムさんはゆっくりと頷いてくれた。
(ホッ……どうやら、通じたようだ……)
 ヴァロムさんは王族や太守達に向かい、穏やかに説明を始めた。
「今、我が弟子も申しましたが、この事態は予想外ではあるが、何も心配はござらぬ。魔物達は人質としてアルシェス殿下達を攫ったが、これは理由あってのものですじゃ。ですから、目的が達成するまでは、魔物達も命までは奪わぬでしょう。問題はそれをどう解決するかじゃが……もうそれに関しては手を打ってありますのでな。あとはそれを実行に移すのみですから、皆様は安心してくだされ。このヴァロム・サリュナード・オルドランが命に代えて、必ずや、無事、救出いたしますからの」
 その直後、王族や太守達から安堵の声が聞こえてきた。
【な、なんだ……そうであったか】
【ヴァロム殿がそう言われるのであれば、それほど心配はなさそうだ】
【うむ。我が国が誇る賢者ヴァロムが、ここまで言うのだ。そこまで心配した事ではないのかもしれぬ】
【オルドラン卿よ、娘を頼んだぞ!】
 なんでもない事のようにヴァロムさんが話してくれたので、とりあえず、この場はなんとか治まりそうだ。
 イシュマリアきっての最強宮廷魔導師の肩書は、今も尚、健在である。
 ヴァロムさんが積み上げてきた信用は、伊達じゃないようだ。
 と、ここで、貴族の男が1人、ヴァロムさんに近寄った。
「ヴァロム様がそう仰るという事は、かなり自信がおありなのですね。我が父リジャールが、以前、言っておりました。ヴァロム様は、出来ないことは絶対に口にしないと……。今の話を聞いて、私は希望が持てましたよ」
「うむ。レオニス殿にそう言っていただけると、私もありがたいですな」
「これよりは、私も及ばずながら、ご助力致します。共に、この困難を乗り切りましょうぞ」
「ありがとう、レオニス殿」
 どうやら、この人が、リジャールさんの息子なのかもしれない。
 体型や顔立ちはリジャールさんと似ている。髪型もリジャールさんと同じで坊主頭であった。髪の色は白ではなく、流石に赤い色だが……。
(この人が息子さんならば……あの謎が解けるかもしれない。とにかく訊いてみよう……)
 俺はそこでレオニスと呼ばれた人に近づき、声をかけた。
「あの、すいません。ちょっとお聞きしたい事があるのですが」
「ン? そなたは確か……」
 レオニスさんは俺を見て少し戸惑っていた。
 面識がないから、この反応は仕方がないだろう。
 と、ここで、ヴァロムさんが話に入ってくれた。
「ああ、この男はコータローといいまして、弟子の1人ですわい。ところで、コータローよ、聞きたい事とはなんじゃ?」
「聞きたいのは、コレについてです……レオニス様が製作したとお聞きしたので」
 俺はそこで、審判の間で回収したブツをレオニスさんの前に出した。
「ン? コレは……確かに、これは私の作ったモノだが……コレの何が知りたいのかね?」
「実はですね……」――

 俺はそこで疑問に思ったことを幾つかレオニスさんに訊ねた。
 すると俺の予想通りの答えが返ってきたのである。
 俺は念の為に、もう一度確認しておいた。
「そ、それは間違いないのですね? 仕様上、必ずそうなるのですね?」
「うむ。無論だ。あれは猊下の為に作ったモノなのでな。逆に言えば、猊下以外は使えぬ代物だ」
「そうなのですか。ありがとうございます」
(思った通りだ……これで謎は解けた……)
 ここで不思議そうにヴァロムさんが訊いてきた。
「コータローよ、ソレがどうかしたのか?」
「ええ、それなのですが……」
 と、そこで、ヴァリアス将軍の大きな声が聞こえてきたのである。
【護衛の近衛騎士と魔導騎士達は、皆様を安全な王城へと避難させてほしい。ここはまだ危険なのでな。それと、道中はくれぐれも気を付けてくれ】
【ハッ!】
 その直後、王族や太守達は、魔導騎士や近衛騎士達に護衛され、この場を後にしたのであった。

 王族や太守達が去ったところで、ヴァロムさんは俺に耳打ちをしてきた。
「コータローよ、先程のレオニス殿との話は、後で聞かせてもらうぞ。それはともかく、さっきは見事な機転じゃったぞ。助かったわい」
 俺は小声で謝罪をした。
「すいません。ヴァロムさんに嘘を吐かせるような真似をしてしまい……。ああでも言わないと、混乱が起きそうでしたので……つい」
「よい。それに、お主の言ってた事もあながち間違いではなかろう。いずれにせよ、ここで魔物達を抑え込めねば……この国は滅びる。後は……嘘を誠にすればよいだけじゃ」
「ですね……」
「さて、問題はここからじゃな」
「はい」
 ヴァロムさんの眼つきが変わった。
 そう……ここからが、本番なのである。
 今までは、謂わば、序章に過ぎないのだ。
「コータローよ、ヴァリアス将軍とディオンに、これからの事を今から説明する。その後、お主の意見も聞きたい」
「わかりました」
 ヴァロムさんは2人に声をかけた。
【ヴァリアス将軍、そしてディオンよ、こちらに来てくれぬか。今後の話がしたい】
 するとそこで、他からも声が上がったのである。
「ヴァロム様、我々も話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
 それはアヴェル王子とウォーレンさんであった。
「我々も戦う準備はできています。是非、話を聞かせてください、ヴァロム様」
「私からもお願いします。攫われたミロンは、弟子であり、そして……我が師の子息でもあるのです」
 続いて、レイスさんとシェーラさんもこちらにやって来た。
「我々も話を聞かせてもらいたい。必要とあらば我等も手を貸そう。フェルミーア様から許可は頂いている。国は滅んだが、我々の姫君が、攫われたのだ。黙って見ている事などできない」
 俺はヴァロムさんに進言した。
「この方々には、話を聞いてもらった方が良いと思います」
 ヴァロムさんは頷いた。
 と、そこで、もう1人、声を上げる者がいたのである。
「お待ちください、ヴァロム様。私も聞かせてもらいます。レヴァンの件もございますのでね」
 シャールさんである。
 だが意外にも、ヴァロムさんは、微妙な表情を浮かべたのであった。
「ほう、手を貸してくれるのか? お主ほどの使い手が力を貸してくれるのならありがたい。じゃが、どういう風の吹きまわしじゃ? お主は古代魔法や紋章魔法の研究には熱心じゃが、こういった荒事は嫌いだと思うたが……」
「今回ばかりは別です。アルバレス家の当主代理として話を聞かせてもらいます。私の知らないところで、国が滅ぶような事態になってもらっては困りますのでね。それに……」
 そこでシャールさんは俺に向かい、何とも言えない妙な視線を投げかけてきたのであった。
 シャールさんは微笑を浮かべ、話を続けた。
「なかなかに面白そうなお弟子さんをお連れですので、少し興味が湧きました。今の一件もそうですが、デインのような雷魔法や、妙な鏡の事も気になりますしね、ウフフ……」
 ヴァロムさんは、やれやれといった感じで溜息を吐いた。
「フゥ……まぁその辺の事は無事に終わってからじゃ。では、お主にも聞いてもらうとしようか」
 この2人のやり取りを見て、嫌な予感がしたのは言うまでもない。
(なんか知らんが……これを乗り切った後が怖い……はぁ……)
 そしてヴァロムさんは、皆の顔を見回しながら、話を切り出したのである。
「さて、それでは、これからの事を話そうかの……」―― 
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