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Dragon Quest外伝 ~虹の彼方へ~

作者:読名斉
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Lv15 旅立ち

   [Ⅰ]


 朝の穏やかな日差しが降り注ぐ、雲一つない青空の元、マルディラントの1等区域内にあるイシュラナ神殿から、重厚な女神の鐘が鳴り響いた。神官達の朝の礼拝を告げる鐘の音である。
 ここに住まう者ならば、毎朝聞えてくる日常の音だ。
(結構大きな音だな……チャペルの結婚式場とかで鳴ってるのよりも、重くて甲高い音がする……さぞや、良い職人の手によって作られているんだろう。ま、そんな事はさておき……ようやく着いたみたいだ)
 俺は今、アーシャさんと共に、2等区域の北側にある広場にやってきたところであった。
 周囲を見回したところ、どうやらここは憩いの広場のようで、石で作られたベンチや、馬に跨る騎士の石像に、花壇といったモノが視界に入ってくる。
 また、それらのベンチには、のんびりと腰を下ろす人々の姿も、チラホラとだが確認できた。
 それはほのぼのとした平和な光景であった。なぜか分からないが、この光景を眺めているだけで、妙に気分が落ち着いてくる。
 とはいえ、こうして広場に突っ立っていても仕方がないので、俺達もその辺の空いてるベンチに座り、暫し寛ぐことにしたのである。
 で、なぜここに来たのかというと……それは勿論、ここがレイスさん達との待ち合わせの場所になっているからだ。
 そう……今日はいよいよ、ガルテナへと出発する日なのである。
 しかし、まだレイスさん達は来てないようであった。が、もうそろそろ来る頃だろう。
 なぜなら、昨日の打ち合わせで、イシュラナの鐘が鳴ったら、この広場に集合という事になっているからである。

 ベンチに腰を下ろしたところで、アーシャさんが話しかけてきた。
「コータローさん、全員揃いましたら、出発する前に、この広場の隣にあるイシュラナ神殿に寄って行きましょう」
「イシュラナ神殿に? なんでですか?」
 俺はそう言って、広場の向こうに見える古代ギリシャの神殿みたいな建物に目を向けた。
「これは聞いた話なのですが、旅人達の間では、イシュラナ神殿で道中の安全を祈ってから出発するのが習わしみたいですわよ」
「へぇ~そうなんですか」
 世界は変わっても、こういう験を担ぐ行為は同じなようだ。
 また、それを裏付けるかのごとく、イシュラナ神殿へと出入りする冒険者らしき者達や、旅人達の姿が確認できるので、アーシャさんの言う通りなのかもしれない。
 ちなみに、俺は信心深い人間ではないから、そういうのはあまり気にしない方だ。
 だがこういう事は、信じる信じないに関わらず、やっておくと気分的にすっきりするので、やっておいた方が良いのだろう。
「じゃあ、俺達もそれに習いますかね。初めての本格的な長旅ですし」
「ええ、是非そうしましょう」
 俺はそこでアーシャさんに視線を向けた。
 今日のアーシャさんは、昨日と同じように、ツインテールに丸メガネ、そしてサークレットに茶色いローブといった出で立ちである。
 だが良く見ると、茶色いローブの下には魔法の法衣が見え隠れしているので、流石に守備面を無視した変装はしてこなかったようだ。まぁ当たり前か……。
 それと武器は、修行の時にも愛用している祝福の杖であった。
 アーシャさんはホイミとかの回復魔法が使えないので、この祝福の杖は、ある意味、アーシャさんにピッタリの武器なのである。
 そんなわけで、今見た感じだと、アーシャさんの装備類に関しては、イデア神殿の時とあまり変わりがない装備内容なのであった。
 とはいえ、そういう俺自身も、賢者のローブの上からジェダイローブもどきを着る姿なので、イデア神殿の時の見た目とそれほど変わらないのだが……。
 まぁそれはともかく、今日のアーシャさんはそんな姿であった。

 話は変わるが、風の帽子は今、俺がフォカールの呪文を使って預かっているところだ。
 なぜ俺が持っているのかというと、アーシャさん曰く、失くすといけないからというのが、その理由である。要は用心の為というやつだ。
 他にも、人に見せたくないというのもあるに違いない。
 今のところ、アーシャさんにとっては唯一無二の宝物だし、こうなるのも仕方ないだろう。
 そして俺は本格的に、アーシャさんの道具箱になりつつあるのであった。トホホ……。
 悲しくなってくるので話を戻そう。

 俺がアーシャさんの服装を見ていると、丁度そこで、アーシャさんと目が合った。
 するとアーシャさんは少し首を傾げ、不思議そうに訊いてきたのである。
「今、私をジッと見てましたけど、何か気になる事でもおありですか?」
 俺はとりあえず、適当に答えておいた。
「いえ、別に深い意味はないですよ。ただ、アーシャさんはどんな格好しても可愛いなと思って」
 すると見る見るうちに、アーシャさんの頬は赤く染まり、慌てて顔を背けたのである。
「と、と、突然、何を言うんですのッ。そ、そんな事、い、今は関係ないじゃないですかッ。ふ、不謹慎ですわ」
 かなり照れてるみたいだ。
 というか、軽く褒めただけなのに、まさかここまで取り乱すとは……。
 まぁこういうところも可愛いんだけどね。 
 でも機嫌を損ねられると後が怖いので、ちゃんとフォローはしておこう。
「すいません、アーシャさん。気を悪くしたのなら謝ります。今の言葉は忘れてください」
 アーシャさんは恥ずかしそうに、上目使いで俺を見る。
「いや……その……ベ、別に、謝らなくてもいいですわ。……でも、こんな時に、そんな事を言わないでください。もっと他の時に……」
 確かに、アーシャさんの言うとおりであった。
 今はヴァロムさんの指示をちゃんと遂行するのが、一番の優先事項なのである。
「……そうですね。アーシャさんの言うとおりです。気を引き締めないといけませんね」
「そ、そうですわよ」
「ン?」
 と、その時である。
 広場の横にある道沿いに、1台の馬車が停まったのだ。
 御者はレイスさんであった。
「どうやら、レイスさん達が来たみたいですよ」
「そのようですわね。それにしても……昨日、あの馬車を購入した時、かなり質素に見えましたけど、やはり引く馬がいると様になりますわね」
 アーシャさんはそう言うと、感心したようにマジマジと馬車を眺めた。
 そう……実はこの馬車、昨日購入した物なのである。
 レイスさん達は2頭の馬を所有してたので、それならと考え、思い切って購入する事にしたのだ。
 一応、人を乗せる為の馬車ではあるが、一番安い質素なやつにしたので、当然、飾りっ気は全くない。とはいえ、乗車定員も御者を入れて8名ほどは乗れるので、この国では中型の部類に入る馬車なのである。しかも、屋根と日よけのシェードがついているので、雨や日差しは何とか防げる仕様なのだ。
 ちなみに馬車の代金は俺が払ったのだが、こんな質素な物でも1000ゴールドであった。
 これを安いと見るか高いと見るかは人によって判断の分かれるところだが、俺は旅の為の出費と割り切って購入したのである。
 まぁこればかりは仕方ない。必要な物は必要だからだ。
 それに加えて、『やっぱ、ドラクエの旅は馬車じゃないと』というのがあったのも、俺の背中を後押しした理由でもあるだ。

 レイスさん達は馬車から降り、俺達の方へと歩き始める。
 3人共、準備万端のようで、意気揚々とした雰囲気を醸し出していた。
 鋼の鎧と鉄の盾、それと鋼の剣を装備するレイスさんとシェーラさんは、戦士そのものという出で立ちであった。この2人の装備を見ていると、やはり重装備ができる前衛戦力は外せないなと俺は感じた。
 そして、この頼もしい2人に両脇を守られるように、魔法の法衣に身を包むサナちゃんもこちらへと向かっているのである。
 3人は俺達の前に来ると、まずレイスさんが口を開いた。 
「待たせてすまない、コータローさんにアーシャさん。馬車の調整と荷物の積み込みに少し時間が掛かったのだ」
「俺達もさっき来たところですから、そんなに待ってませんよ。気にしないでください」
 続いてシェーラさんとサナちゃんが挨拶をしてきた。
「2人とも、おはよ~」
「おはようございます、コータローさんにアーシャさん」
 俺達も挨拶をした。
「おはよう、シェーラさんにサナちゃん」
「おはようございます。その様子ですと、皆さん、昨晩は良く眠れたみたいですわね」
「そうなのよ。だから私、朝から調子いいわよ。アーシャちゃん」
 シェーラさんはニコっと微笑み、任せなさいとばかりにガッツポーズをした。
 この様子だと、かなり心身充実しているみたいである。頼もしい限りだ。
「さて、それじゃあ出発する前に、向こう見えるイシュラナ神殿で、旅の安全をお祈りしてから行きましょうか」
 4人は頷く。
「それもそうだな。我々は女神イシュラナの信者ではないが、この国で信仰する神だ。安全の祈願くらいしておいても損はないだろう」
 そして俺達は、イシュラナ神殿で旅の安全祈願をした後、北に向かって馬車を走らせたのであった。


   [Ⅱ]


 俺達はカタカタと馬車に揺られながら、どこまでも続く街道を北へと進んで行く。
 この街道は馬車が通るのを前提に整備されているようで、馬車同士が擦れ違いできるくらいに幅も広い。日本の公道を例えで言うなら、2車線道路といったところだろうか。
 だが馬車街道でもあるので、アスファルトで舗装された道路のような綺麗な路面ではない。
 多くの馬車が行き交った事で形成された4本の轍が、はっきりと見える道なのである。
 また、この街道には俺達の他にも、馬車や馬に跨る旅人達の姿が沢山あった。
 しかも、商人や冒険者、ならず者、旅芸人みたいな者達等……それはもう色々とバラエティにとんでいるのだ。
 恐らくこの街道は、マルディラントと北側地域との物流を支える主要な道なのだろう。
 それほどに多くの人々が行き交っているのである。

 前方に目を向けると、街道の他にも、緑あふれる広大な草原や雑木林が視界に入ってくる。
 それらは朝の優しい日差しを浴びる事によって、活き活きとした輝きを放っていた。
 また、時折吹く優しい風が、それら草木をそよそよと靡かせ、心地よい穏やかな光景を作り上げているのである。
 爽やかな朝の風景……その言葉がピッタリな光景であった。
 新しい冒険の幕開けに相応しい、何かを感じさせる景色である。
 これがゲームだったならば、あの有名なドラクエのオープニングファンファーレが聞こえてくるに違いない。
 後方に目を向けると、徐々に小さくなってゆくマルディラントの街並みが、俺の目に飛び込んできた。
 だがそれを見た途端、俺は少し寂しい気分になってきたのである。
 実を言うと俺は、この去りゆく街並みというのが、どうにも苦手なのだ。
 俺は子供の頃からそうであった。いや、子供の時のある体験からそうなったと言うべきか……。
 とにかく、あまり好きではないのである。
 で、その体験とは何かというと……それは、俺が小学生だった頃にまで遡る。
 当時、俺の親父は転勤族だったので、家族が1つの場所に根を下ろして生活するというのがなかった。
 その為、折角できた友達とも、1年ないしは2年でお別れするという物凄く辛いイベントが、子供の頃の俺には何回かあったのだ。
 そしてその度に、小さくなって遠ざかる街並みを見てきた為、大人になった今でさえ、非常に寂しいモノのように俺は感じてしまうのである。
 以上の理由から、俺は少し感傷に浸っていたのだが……そんな俺とは対照的に、ウキウキしている人物が隣にいるのであった。
 それはアーシャさんである。さっきからアーシャさんは、やたらとテンションが高いのだ。
 そして、今も尚、目を輝かせながら、俺に元気よく話しかけてくるのである。

「ねぇねぇ、コータローさんッ。あれ見てくださいよ、スライムですわ。私、野生のスライムなんて初めて見ました。それと向こうにいるのは、一角兎とかいう魔物ですわよ。魔物図鑑で見た姿と同じですッ」
 スライムと一角兎がいるのは分かったが、俺にはアーシャさんのハイテンションぶりの方が驚きであった。
「そ、そうなんですか。でも、俺からすると、野生じゃないスライムの方が気になりますが……」
「んもう、何を言ってるんですの。そんな事より、ほら、あそこにも」
 アーシャさんはまるで、遠足に来た子供のような喜びようなのである。
 今まで箱入り娘だったので、その反動が来ているのだろうか?
 俺はふとそんな事を考えたが、仮にもしそうならば、普段は貴族の威厳を保ちつつ自分を抑えていたという事なのだろう。
 もしかすると、案外、これが本当の姿なのかもしれない。
 今のアーシャさんを見ていると、そう思わずにいられないのであった。
 はしゃぐアーシャさんを見たシェーラさんは、暫くすると俺に話しかけてきた。
「ねぇ、コータローさん。アーシャちゃんて旅は初めてなの?」
「初めてではないんですが……でもまぁ、考えようによっては、初めてみたいなもんですかね」
「ふ~ん、そうなんだ。ところで、2人はどういう関係? 恋人同士? それとも魔法使い仲間?」
 シェーラさんは興味津々といった感じであった。
「その選択肢だと、魔法使い仲間ですかね」
「なぁんだ、そうなの。予想が外れちゃったわね、残念。でも、あんまり仲がいいから、てっきり2人は恋人同士なのかと思ったわ」
「まぁ確かに、良く知った間柄なので仲は悪くないですが、俺達はそういう関係じゃないですよ。ね? アーシャさん」
 俺はそう言うと、アーシャさんに視線を向ける。
 するとアーシャさんは、頬を赤くしながら顔を俯かせていたのである。
(どうしたんだろう、一体……車酔いか?)
 少し心配なので俺は訊いてみた。
「アーシャさん、どうかしました? 大丈夫ですか?」
「い、いえ……なな、何でもありませんわ。ちょっと外の様子に感動したものですから」
 アーシャさんは慌ててそう言うと、また外に目を向けた。
 だがそれを見たシェーラさんは、意味ありげにニコニコと微笑んだのである。
「ああ、そういう事ね。なるほど。フフフ」
 何か分かったようだが、俺にはサッパリであった。
 続いてサナちゃんが俺に話しかけてきた。
「あ、あの……コータローさん。1つ、お聞きしたいことがあるのですが……」
「聞きたい事? なんだいサナちゃん」
「コータローさんが今着ておられるローブですが、私は以前、そのローブの胸に描かれた紋章を見た事があるのです」
「へぇそうなんだ。で、これがどうかしたの?」
「以前見た古の文献に書いてあったのですが、その紋章はサレオンの印といって、古代魔法王国・カーぺディオンの王が、全ての魔法を極めんとする賢者達に与えた印だと、そこには書かれていたのです」
「サレオンの印……古代魔法王国・カーぺディオン……か」
 初めて聞く名前だ。
 サナちゃんは続ける。
「それでお聞きしたいのは、そのローブをどこで手に入れたのか教えて貰いたいのです。あの文献に書かれていた事が本当ならば、そのローブは……賢者の衣と呼ばれる物かもしれませんから」
 これは予想外の質問だ。
 さて、どう答えようか……。
 とりあえず、当たり障りない嘘でも言っておくとしよう。
「これはマルディラントの2等区域にある露店で買ったんだよ。そこの店主曰く、古代遺跡を探索している冒険者から買い取ったそうでね。俺もこれを見た時に、ただのローブじゃないなと思ったから、すぐに購入したんだ。ただそれだけだよ」
 ヴァロムさんが以前言っていた話をアレンジしただけだが、まぁこんなとこでいいだろう。
 だがサナちゃんはそれを聞くなり、曇った表情を浮かべたのである。
「そうですか……では、沢山売られているわけではないのですね。……残念です」
「サナちゃんは、古代魔法王国の遺物でも探してるのかい?」
 するとサナちゃんは、歯切れ悪く返事をした。
「いえ……そういうわけではないのですが……」
 この様子を見る限りだと、言いにくい事情があるのかもしれない。
 と、そこでレイスさんの声が聞こえてきた。
「コータローさん、すまないが、地図でガルテナまでの道順を今一度確認してもらえるだろうか? 街道の分岐点はまだだいぶ先だとは思うが、念には念を入れておいた方がいい。それに、この辺の魔物は弱い上に臆病なので、この街道にはあまり近づいてこない。だから今の内に、確認作業をしておいた方が良いと思うのだよ」
「それもそうですね。わかりました。では確認しておきます」
 俺は座席に置いてある地図を広げると、ガルテナまでの道順を再度確認する事にした。
 ちなみにこの地図は、アーシャさんがマルディラント守護隊の詰所から、黙って借りてきた物らしい。
 相変わらずやる事は強引だが、この地図は守護隊が使っているだけあって、見やすくて良い物であった。
 なので、アーシャさんには一応感謝しているのである。


   [Ⅲ]


 俺達はつい先程、街道の分岐点に差し掛かり、そこでガルテナへと向かう道に進路を変えたところであった。
 少し狭い道ではあるが、地図によると、ここからは殆ど一本道みたいなので、ひたすら前に進めばいいみたいである。
 だが、ガルテナはそこからが長い。
 アーシャさんが守護隊の者から聞き込みした情報によれば、マルディラントからだと、早くても2日は掛かるらしい。
 とてもではないが、1日で到着できる距離ではないそうだ。
 以上の事から俺達は、この先を暫く進んだ所にあるフィンドという小さな町で、今日のところは宿をとる予定をしているのであった。
 というわけで、フィンドが今日の目的地なのである。
(さて……フィンドまで、あとどのくらいなんだろうな……マルディラントを出発してから、結構時間も経ったし……それなりに進んだとは思うが……)
 時間を確認できる物を持ってないので感覚でしか言えないが、恐らく、半日以上は経過しているような気がする。
 途中、小さな町が幾つかあったので、俺達は馬の休憩や食事などをしながら移動してきたわけだが、それでも結構な距離を進んでいるはずだ。
 とはいえ、馬車のスピードは時速10kmから15km程度だと思うので、そこから休憩分を差し引いて逆算すると、精々、40km程度しか進んでいないのだろう。
 そう考えると、ガソリンで動く自動車ならば、30分程度で行ける距離しか進んでいないという事になるのだ。
 俺は改めて現代文明の凄さというものを実感した。
 油臭い文明ではあるが、あれだけの人・物・金を動かせるのは、この世界からすれば驚異的な事なのである。
 だが今は無い物ねだりをしても仕方がない。
 それに徒歩と比べれば格段に速い移動手段なので、馬に乗れない俺からすると、現状はこれが最善なのである。
(まぁ今はそんなことより、周囲の警戒だな……)
 というわけで、俺は魔物の監視する為に周囲を見回した。
 だが、辺りに広がる青々とした草原は静かなもので、遠くに見える森や標高の高い山々以外、目立った変化というものはなかった。
 空に至っては、少し傾き始めた太陽くらいしか、今のところは見るべきものがないようである。
 しかし、さっき地図で確認したところ、この先は森になっていたので、そこに入る際には魔物への警戒レベルを引き上げる必要がありそうだ。
 ちなみに、こっちの道を進む旅人は俺達以外いないようであった。
 やはり、他の人々はあの街道をそのまま北上したのだろう。
 少し寂しい雰囲気ではあるが、アーシャさんもこっちの方角は辺鄙な土地が続くと言っていたので、こうなるのは仕方ないのかもしれない。
 とりあえず、俺達を取り巻く周囲の環境は、大体、こんな感じであった。
 魔物との遭遇も、今のところ、お化けキノコやキラービーとの戦闘が1度あっただけなので、それほど危険な兆候というのもないようだ。
(この調子だと、向こうに見える森に入るまでは、ゆっくり出来そうだな。ゲームと同じで、日中の平原移動はエンカンウント率低そうだ……ン?)
 などと考えていた、その時であった。

【ヒ、ヒィィ!】

 前方に群生する背の高い緑の茂みの中から、突然、人が飛び出てきたのである。
 そして、俺達に向かって両手を振り上げ、大きな声で叫んだのであった。
【た、助けてくれぇー!】
 レイスさんが俺に振り返る。
「コータローさん、前方に助けを求める者がいるが、どうする?」
「仕方ないですね。無視するのもアレなんで、とりあえず、停まって貰えますか」
「了解した」
 レイスさんはその人物の前で、馬車を停めてくれた。
 助けを求めていたのは、30歳から40歳くらいの小太りな中年の男であった。
 ターバンの様な物を頭に巻いて口ひげを蓄えるその顔つきは、一瞬、ドラクエⅢの商人を思わせるようなビジュアルであった。
 それに加え、旅人の服を着て大きな荷物を背負うという姿なので、余計にそんな風に見えてしまうのである。
 まぁそれはさておき、とりあえず、何があったのかを訊くとしよう。
「どうかされたのですか? なにやら切羽詰まった感じがしますが」
「ま、魔物に追われている。た、助けてくれ」
 男はそういうと茂みの向こうに視線を向けた。
「何、魔物だと……」
 レイスさんは馬車から降りると、腰に帯びた鋼の剣を抜いた。
 続いてシェーラさんも馬車から降りて鋼の剣を抜く。
 そして、2人は互いに剣を構え、茂みの中を警戒し始めたのである。
 馬車の中にいる俺も呪文の詠唱をすぐにできるよう、手に持った魔道士の杖に魔力の流れを向かわせた。勿論、アーシャさんやサナちゃんも。
 だが、いつまで経っても魔物は一向に現れなかった。
 とはいえ、楽観視はできないので、俺達は茂みの中を慎重に確認する事にしたのである。
 しかし、幾ら探せども、魔物の影や痕跡すら見つからないのだ。
 範囲を広げて、茂みの向こうに広がるやや傾斜した雑草地帯も調べてみたが、結果は同じであった。
 とりあえず一通り調べたところで、俺は男に言った。
「魔物はどうやらいないようですね」
「そんな馬鹿な……さっきまで確かに追ってきてたのに……」
 男は首を傾げ、茂みとその周囲に目を向けた。
「ところで、幾つかお訊きしたい事があるのですが、最初に襲われた場所がどこかという事と、どんな魔物に襲われたのかをまず教えて貰えないでしょうか?」
「私が襲われた場所は、向こうに見える丘の上の雑木林です。そして襲ってきたのは、熊の様な魔物でした。慌てて逃げてきたので、その程度の事しか分かりません」
「あの林ですか……で、熊の様な魔物に襲われたと」
 俺は顎に手を当てて今の事を考える。
 それから、向こうに見える丘の上の雑木林と、その間にある傾斜した雑草地帯に目を向けたのだ。
 しかし、そんな魔物の姿は当然見当たらない。
 あるのは、遠くに見える林の木々と、その間の雑草地帯で隙間なく生え揃った草や花だけであった。
 俺は質問を続けた。 
「それではもう1つお訊きします。お仲間はおられるのですか? 見たところ1人のようですが」
 男は頭を振る。
「いいえ、仲間はおりません。私1人です。この辺は勝手の知った場所ですので、よく1人で来るんです」
「そうですか。お答えくださって、ありがとうございました。ところで、これからどこに向かわれるのですか? 我々はこの先にあるフィンドの町に向かう予定なのですが」
 すると、それを聞いた男は、途端に明るい表情になった。
「なんと、それは奇遇ですな。実は私もなのです」
「じゃあ、おじさん、乗ってく? 魔物に遭遇したわけだし、1人じゃ気分的に嫌でしょ。それに、どうせ向かう先は同じなんだしね」と、シェーラさん。
「良いのですか?」
「別に良いと思うわよ。ね? コータローさん」
「まぁこうなった以上はね……」
 男は深々と頭を下げる。
「あ、ありがとうございます。私の名はロランと言います。どうかよろしくお願いします」
 そして、ロランという男は、俺達の馬車に同乗することになったのだ。

 馬車が動き始めたところで、俺は御者席にいるレイスさんの隣に移動し、そこに腰かけた。
「ン、どうしたんだコータローさん」
「……レイスさん。あの男、どう思います?」
「どう、とは?」
 レイスさんは首を傾げた。
 俺は後部座席のロランさんに聞こえないよう耳打ちした。
「さっきあの男は、雑木林で熊の様な魔物に襲われたと言ってましたが……妙だとおもいませんか。その間にある雑草地帯には、そんなモノが通ってきた痕跡はおろか、人が通った痕跡すらなかったんですよ」
「痕跡がない? どういう事だ一体?」
「草や花の上を人や獣が通れば確実に茎が折れます。足で踏みつぶしますから。しかし、あの雑木林から茂みまでの間にある雑草地帯には、そんな形跡はまるでなかったんです。空を飛んであの茂みに入ったというのならわかりますが、あの人にそんな芸当ができるとはとても思えません。という事は、あの茂みの中に暫く潜んでいて、それから俺達の前に現れたという仮説が成り立つんですよ」
 俺の話を聞いたレイスさんは、そこであの男をチラ見する。
「確かに、君の言う通りかもしれないが、もしそうならば、我々の馬車に乗せてもらう口実をつくる為に、そんな事をしたんじゃないのか?」
「いやそれならば、そんな小細工はせず、普通に呼び止めるだけでいいと思います。なので、何故隠れるような真似をしていたのかが気になるんです」
 俺達の間に暫し沈黙が訪れる。
 程なくしてレイスさんが訊いてくる。
「……君はどう思うんだ?」
「それはわかりません。ですが……人は何かしら後ろめたいことをする時、吐かなくていい嘘を吐くんですよ。これは俺の経験上の話ですがね」
「……確かに、そういう事もあるのかもしれないが……しかし……」
 レイスさんは、それでも半信半疑といったところであった。
 決定的な物がないので、こういう反応になるのも仕方ないのかもしれない。
 しかし、俺はやはり引っ掛かるのだ。
 またそれと共に、漠然とだが、少し嫌な予感もし始めてきたのであった。


   [Ⅳ]


 ロランさんを乗せて移動を再開してから1時間以上は経過しただろうか。
 俺達は今、広葉樹によって作られた、森の中にある並木道を進んでいるところであった。
 木々の枝葉が道の上を覆っている為、やや薄暗い様相をした道であるが、少々の木漏れ日が射すので、進むのには何ら影響がない。
 しかし、不気味なほど静かな森であった。
 馬車の車輪が回る音や馬の蹄の音が、物凄く大きな音に感じられるくらいに……。
 その為、森に潜む魔物達に気付かれるのではないかと、俺達は不安に駆られてしまうのである。

 俺達は今まで以上に警戒しながら、慎重に森の中を進んで行く。
 すると、暫く進んだ所で、ロランさんが恐る恐る口を開いたのであった。
「あの……馬が大分弱ってきているような気がするので、そろそろ馬の休憩をした方が良いんじゃないでしょうか?」
 俺はその言葉を聞き、前方の馬に視線を向ける。
 確かに、動きが鈍くなってきているようであった。
 よく考えると、森の中に入ってからは魔物を警戒するあまり、馬の休憩をしていないのだ。
 なので、もうそろそろ休憩を入れた方が良いのかもしれないが、俺は馬に関しては素人なので、レイスさんに確認したのである。
「レイスさん、ロランさんはこう言ってますけど、馬の調子はどんなもんでしょう。そろそろ休憩が必要ですかね?」
「確かに休憩が必要だが……今は森の中だ。むやみに立ち止まるような事は、しない方がいいかもしれない。それになるべくなら、水のある開けた場所で休憩させてやりたい。だから、少し速度を落としてでも、今はこのまま進んだ方がいいだろう」
 それを聞き、ロランさんは微笑んだ。
「でしたら、良い所がありますよ。この森をもう暫く進むと、右手に道が伸びている筈です。そこを右折して進んで頂ければ、一時的に森の外に出ます。そこは馬の休憩に最適な、湖のある開けた場所ですので」
 レイスさんはロランさんに振り返る。
「本当か、それは? 間違いないのだな?」
「ええ、間違いありません。私も時折、利用する事がございますので」
「コータローさん。この方はこう言っているが、どうする?」
 妙な引っ掛かりを感じたが、俺は馬なんぞ飼った事もないので、さっぱりであった。
 というわけで、レイスさんの判断に任せることにした。
「馬の事は私にはわかりませんので、レイスさんの判断にお任せしますよ」
「そうか……ならば、一息入れようと思う。無理を回避できるのなら、した方がいいのでな」
 それから暫く進んで行くと、ロランさんの言った通り、右側に道が伸びている場所があった。
 そして、俺達はそこを右折し、その先にあるであろう休憩場所を目指したのである。

 右折してから10分程度進むと、ロランさんが言ってた開けた場所へ、俺達は到着した。
 奥は切り立った岩壁なので行き止まりだったが、向かって左側に小さな湖もある為、馬の休憩をするには確かに良い場所であった。
 それに日の光を遮る枝葉も頭上にはない為、森の中と比較すると、ここは非常に明るく爽快な場所なのである。
 まぁそれはさておき、レイスさんは奥の岩壁付近へ移動すると、そこで馬車を停めた。
「では、ここで暫し休憩をしよう。馬に食料と水を与えたら出発するつもりだ」
 その言葉を合図に、俺達は馬車から降り、長旅で疲れた身体を休める事にしたのだ。
「長い間、座っていたので身体が固くなりましたわ」
 アーシャさんはそう言うと、両手を大きく広げて背伸びをした。
「これだけ長いと流石にそうなりますよね。俺も少し屈伸運動でもするか」
「私も」とサナちゃん。
 と、その時である。
 今やってきた方角から、奇妙な笑い声が聞えてきたのであった。

【クククククッ】

 俺は声の出所に視線を向けた。
 するとそこには、フードで顔を覆った黒いローブを纏う者が1人佇んでいたのである。
 レイスさんはそいつに向かい、大きな声を上げた。
「何者だッ!」
 黒いローブを纏う者は、そこでフードを捲り、素顔を晒した。
 フードの下から出てきたのは、尖った耳をした人相の悪い男の顔であった。
 だがそれを見た瞬間、レイスさん達は叫ぶように声を荒げたのである。
「き、貴様は、ザルマ! 何故貴様がここにいる!」
「何でザルマがッ」
「貴方は!」
 レイスさん達は憎しみを籠めた目で、この男を睨み付けていた。
 これを見る限り、どうやらレイスさん達の知り合いのようだ。しかも、何かしらの深い因縁があるに違いない。
 俺はそこで、この男に視線を向ける。
 ザルマと呼ばれたこの男は、レイスさん達と同じラミリアンのようだ。人間で言うなら歳は中年といったところだろう。赤く長い髪をしており、身長もレイスさんと同じくらいであった。鋭い目で嫌らしい笑みを浮かべているので、人相も悪く、友好的な雰囲気は感じられない。いや、それどころか、明らかに敵意……いや、殺意を持っているようにさえ見えるのであった。
 ザルマは不敵に微笑む。
【久しぶりですな、イメリア様。お元気そうで何よりだ。ククク……貴方がたがマルディラントを出るのを、長い間、今か今かと待ったかいがありましたよ】
 この男の視線を見る限り、イメリアというのはサナちゃんの事のようだ。
 俺とアーシャさんは、どうやら、レイスさん達の因縁に巻き込まれたみたいである。
 もしかすると俺達は、仲間探しでとんでもないジョーカーを引いてしまったのかもしれない。最悪だ。
 と、そこで、意外なところから声が上がったのである。
「お、おい、アンタッ! 言われた通り、この人達を連れてきたんだ。妻と娘を早く返してくれ!」
 声の主はロランさんであった。
【おお、そうでしたね。ご苦労様でした。お約束通り、妻子を解放しましょう】
 ザルマはそう言うと、指をパチンと鳴らした。
 するとその直後、前方の森の中から、10匹の魔物がゾロゾロと現れたのである。
(チッ……これは罠だったのか……ロランさんの事を不審に思ってはいたが、周囲の警戒に気を取られて思考が停滞してたようだ……クソッ)
 俺達は武器を手に取り身構える。
 だが、俺は現れた魔物を見て、戦慄を覚えたのである。
「こいつらは……クッ」
 そこにいた魔物……それは、4本の腕と脚をもつアームライオンが2体に、紫色の大猿キラーエイプが2体、豚の獣人オークが4体……そして赤いクラゲの様なベホマスライムが2体であった。
 非常に不味い展開である。
 どいつもこいつも、中盤から後半にかけて現れる、それなりに力のある魔獣だからだ。
 挙句の果てに、後ろは行き止まりで逃げ場はない。
 これは将棋でいう詰みに近い状況なのである。
 アーシャさんの震える声が聞こえてくる。
「な、なんですの、この魔物達は……。こんな醜悪な魔物は、図鑑でも見た事ありませんわ」
 どうやらアーシャさんのこの反応を見る限り、ここでは新種の魔物なのかもしれない。
 俺はそこで、アームライオンの1体に目を向けた。
 視線の先にいるアームライオンの4本腕には、ロランさんと同年齢と思われる女性と、若い女性が捕らわれていた。
 これら一連の流れを見るに、ロランさんは家族を人質にされていたので、やむにやまれず、俺達をここに招いたのだろう。
(汚い真似をしやがる……)
 ザルマはそこで、アームライオンに指示した。
【さて、ではこの男に、妻子を返してやりなさい】
 アームライオンは奥さんと子供を離した。
 2人はその直後、泣きながら、ロランさんの元に駆け寄り、抱きついた。
「あなた!」
「お父さん!」
「無事だったか、2人共!」
 ロランさんは2人を優しく抱擁する。
 するとそれを見たザルマは、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべたのである。
【クククッ……涙ぐましい家族の再会というやつですか。中々良い物を見せて頂きました。さて、それでは全員揃った事ですし、まとめて死んでもらうとしましょうか】
 それを聞くや否や、ロランさんは叫んだ。
「な! 話が違うじゃないか! 役目が済んだら解放してくれるって……」
【だから解放しましたよ。ですが、誰も生かして返すなどとは言っておりません。クククク】
 サナちゃんはザルマを睨み付ける。
「あなたは国だけでなく、魔物に自分の魂まで売り渡したのですね。ラミリアンの恥ですわ」
【……イメリア様。貴方は相変わらず、口だけは達者な小娘だ。まぁいい。上からは、お前達を殺せとの御命令なので、まずは、それを実行する事にしましょうか】
 ザルマはそこで、黒い煙のようなものが渦巻く、ソフトボール大の水晶球を懐から取り出した。
 そして、それを自身の前に両手で掲げ、声高に告げたのである。
【イメリア様……私は素晴らしい力を得られたのですよ。その力を使って、貴方がたを八つ裂きにして差し上げましょう。クククククッ――】
 
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