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ソードアート・オンライン リング・オブ・ハート

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35:大切なもの


 ――強い。

 切にそう感じていた。
 俺はこれまでも、幾人もの熟練プレイヤー達や強力無比なボス共と剣を交えてきた。
 そして、彼らや奴らは共通して少なからずその強さに起因する『殺意』、というものを俺に向けてくる。
 ……しかし、今回は違う。 
 今、俺に向けられているのは……あくまで相手を屈服させることを前提とした、己の勝利のみを見据えた理性ある殺意でもなければ、プログラムとアルゴリズムの基に動くだけの平坦で規則的な殺意でもない。

 今のユミルが、俺に一心に向けてくるのは……

「―――――。」

 冷酷な視線と、純粋な……本物の殺意。
 俺を殺す――という、明確な意思。
 それに俺はゾクゾクと原始的な恐怖を感じている。
 ユミルは実は表情が豊かだった、とはよく言ったものだ。……つまり裏を返せば、このような凍て付くほどの無表情と、禍々しい程に殺意の込めた視線の顔をも出来る……というになろうとは。
 あまりにも皮肉。あまりにも笑えないことだった。
 ……そして奇しくも、この背筋の凍る感じは……かつての《ラフコフ殲滅戦》と酷似していた。

「くっ……!」

 俺は思わず歯噛みする。
 しかも、今回はそれだけではないのだ。
 あいつと先程交わした、回数にしておよそ三十程度の剣戟。たったそれだけで……
 俺の愛剣《エリュシデータ》は、わずかに、しかし確実に……小さく刃こぼれを起こしていたのだ。耐久値が5割を切った兆候だ。
 武器の耐久度とは元来、戦闘のたびに実に遅々として磨耗していくものである。そして俺の持つこの《魔剣》クラスともなれば誇る耐久値もかなりのもので、たとえ一週間迷宮区で剣を振るい続けてもメンテが要らないほどの頑丈さを誇るのだ。
 しかし、今のヤツの異常な筋力値から繰り出される攻撃は、もうそんな常識も通用しないレベルに達していた。
 さらに加えて……愛剣が刃こぼれを起こしたのも、ハーラインの武器がたった数撃で破壊されたのも、アスナが苦悶の表情を浮かべていたのも納得できるほどの――

「どうしたのっ、攻めが……甘いよっ!」

「うぐっ!?」

 ――この、尋常ではない程のっ……一撃の重さ……!!

 俺は剣を逆袈裟に構え、脇腹に迫り来るユミルの大鎌の横薙ぎを必死に食い止める。ミシシ、というその嫌な手応えから、また僅かに剣のヒビが広がったと分かる。先のアスナの時とは比較にならない、悪魔……いや、死神のそれに相応しい無慈悲な一撃。

 ――こんなの、一撃でも直撃を喰らえば……確実に、死ぬ……!

 最早事実に近いその憶測が、さらに俺の背を駆け巡る恐怖を加速させる。
 こういう場合、斬撃を受け止めるのではなく、刀身の刃渡りを使って「受け流す」のが理想であるのだが……ユミルのあの決闘の時に見せ付けられた、冴え渡る武才がそれをさせてくれない。彼とて、あの決闘で俺の剣筋を大方理解していたのだ。

「く……せらぁあっ!」

「っ……」

 俺は何とか押し留めた大鎌を気合いの声と共に僅かに押し戻し、その隙にバックステップで再び距離を取る。
 ……唯一の救いは、今の彼の武器が巨大な大鎌に換わっている事で、俺との決闘の際に見せた、嵐のような独特な武器の回転攻撃や乱舞での激しい追い討ちをしてこないことだ。また、やはりソードスキルも使ってこず、足も以前よりさらに遅くなっているが、かと言って此方の俊足さを利用した回避や、脇や背後からの奇襲を許すほど彼の棒術や《見切り》と《先読み》は甘くはない。

「……さっきはあんなに偉そうな事を(うそぶ)いておいて、キミの力はその程度なの? 興醒めだよ、《黒の剣士》!」

「……ハァ……ハァ……」

 じんじんと痺れる右手を意識しながら、俺は一つの選択肢に迫られていた。

 ……やはり、《二刀流(アレ)》を使うしかないのか?

 俺は万が一の事に備え、この階層にやってくる前に予めスキルスロットに《二刀流》スキルをセットしてはあった。
 しかし……これを使えば……。
 俺は、これまでも何度も苛まれた迷いに襲われる。
 ……それを表に出さぬよう、それでも俺は……手早く片手でウィンドウを呼び出して操作し、背にもう一本の剣……青白の剣《ダークリパルサー》を装備する。

「…………!」

 それに警戒したようにユミルが即座にガシャ、と大鎌を構える。
 別段、背に二本の剣を装備するということは珍しい事でも不可能な事でも何でもない。彼から見れみれば今の俺のこの姿は、痛み始めた剣から新しい剣に取り替え、しつこくあがこうとしているのだと思っていることだろう。
 しかし……ここで俺が二本の剣を両手に握り、振るってしまえば……その時点で、ユニークスキル《二刀流》の存在がとうとう露見してしまう。
 ……本当に、いいのか?
 心のどこかのもう一人の俺が、そう俺に問いかけてきている。
 この迷いは大部分が己の保身、それに下手な注目を集めるのが嫌という……半ば我侭のそれだ。
 だが……

 そんなこと……今の、俺だけでなくアスナ達みんなの危機と比べれば……なんだというのだ……!

 俺はもう二度と……サチのようなことを、繰り返したくは無い……!!

 ――もう……迷っている場合じゃない……!!

 心の中の、さらにもう一人の俺が、そう大きく叫んだ。
 俺はギリ、と再度強く歯を噛みながら、ついに……左手でもう一本の剣を背から引き抜こうとした。


 その時だった。


 ……俺の《索敵》スキルに、新たな反応が現れた。

「「…………!!」」

 俺は手を止め、バッと向かって右を見た。同時に、ユミルもまたその方向を凝視する。
 なにかが……急速に此方へと近付いてくる。
 ユミルも《聴音》で、その近付きつつある存在に気付いたのだろう。

「「っ!!」」

 俺達は互いに武器を突きつけあったまま、バックステップで再度距離を取り合い、近付いてくる何かに備える。
 やがて、その方向……林の奥から、草木の枝や葉がガサガサと揺れ、近付く気配が濃厚となってくる。
 そして出てきたのは……

「「なっ……!?」」

 俺達二人は、またもや同時に驚きの声を上げる。

 それは高い速度を保ったまま草むらから飛び出し。
 俺とユミルの間を『薄いオーロラのような軌跡』を残しながら駆け抜けて横切り……この森の中の空き地の中央で、ようやくその足を止めた。そして振り返り、『紅い目』で俺達を眺めてくる。


 ――小さな純白の体。赤い瞳。4本の蹄。そして……青白く立ち込める鬣と、一本の白銀の角。


 そう。それは……


「……み、《ミストユニコーン》!?」

「な、なんで、こんなところに……!?」


 ようやく俺は……この依頼の最終目標に邂逅(かいこう)を遂げることができたようだ。

 まず第一に……美しい、と思った。息を呑むほどに清廉で、神聖で、犯し難く穢れない姿だった。

 この緊迫した状況では(いささ)か場違い甚だしいこととは分かっているが、そう思わずに入られなかった。
 そして何故かミストユニコーンはこちらを振り向いたまま、再び逃げ出そうとしない。その無垢な丸い瞳が、俺達二人を見つめている。
 そこに……

「……~~っ!!」

 ギリリ、と大鎌の柄を鳴らしたユミルが突如顔の血相を変え、十数メートル先のユニコーンに向かって駆け出した。
 すると、

「なにしてるのキリトッ!! 今すぐユニコーンを倒しなさい!!」

 背後から、リズベットの鋭い叫び声。

「ユミルの全ての目的は、そのユニコーンなのよっ!? ユミルより先に倒してしまえば、きっと……彼を止められるわ!!」

「……っ!」

 俺はそれを聞き、ユミルに数秒遅れて駆け出す。
 ユミルは俺の数メートル前を全力で駆けているが、やはり今の彼の敏捷値は大したものではない。
 対してユニコーンは一歩たりとも動かない。仮想世界のモンスターとはいえ、俺達二人の鬼気迫る圧力に押され、(おのの)いているのだろうか。

「ハァッ……ハァッ……!!」

 徐々にユミルに追いつき、近付く事で彼の必死な息遣いが聞こえてくる。
 かといっても、気付けばユニコーンとの距離も、あとわずか数メートル。
 俺が彼の真横に追いついた時には、彼はもう……大鎌を振り上げていた。
 ――だが……攻撃の出の速さなら……片手武器の俺に分がある……!
 俺はすぐさま、ユミルのその挙動の倍以上の、霞む様な速度で剣を振り上げ――

「これでっ……終わりだ、ユミルッ!!」

 俺は大鎌よりも間一髪速くユニコーンへと、出の早い単発ソードスキル《バーチカル》を振り下ろすべく、剣の柄に力を込める。
 キュィィンという効果音と共に、剣にソードスキルの青いエフェクトライトが灯り――


 ――しかし、その直後。


「――……え!? ま、待って……待ってください!! ダメッ、ダメですキリトさんっ!! そのユニコーンはっ――」


 という、遠く背後に居るシリカの()()
 しかし、発動しかけているソードスキルを中断する事はできない。スキルアシストが、俺の体を万力のような力で勝手に動かし、その青に輝く刃がユニコーンへと打ち下ろされようとしている。


 …………そして俺は、続けて出されるシリカの絶叫に、今度こそ驚愕した。




「――――そのユニコーンはっ……ユミルさんの《使い魔》ですっっ!!」




 ――俺は以前、シリカに聞かされたことがある。
 この事は《ビーストテイマー》の絶対数が極めて少ないので、必然的にほとんど知られていない事なのだが……プレイヤーは、モンスターの飼い慣らし(テイム)に成功することで《テイミング》スキル、なるものが習得されるのだそうだ。
 そのスキルは自分の使い魔と共に過ごす事で少しずつ上昇していき……やがて『命令できるバリエーションが増加』したり『使い魔が言う事を聞く確率が上昇』したり『使い魔が危機に陥ると飼い主にヘルプを送る能力を習得』したりするなど……段階的に能力がアンロックされていく。
 ここまで話を聞いて感じた人もいるだろうが……その限定的かつ、非常に微妙な特典のせいもあって、情報屋すらもあまり熱心にこの情報を扱わなかったことが、さらに世間に知られない事態に拍車を掛ける結果となった。
 今回、シリカが目の前のミストユニコーンがユミルの使い魔であると見抜けたのも……その《テイミング》スキルの一つ、『敵Mobと使い魔を見分けることが出来る』という能力があってのことだった。


 ――しかし。
 その警告は遅すぎた。

 え?

 俺が頭の中でそう思った時には、もう手遅れだった。
 ごくごく僅かな事前動作(モーション)を完了した《バーチカル》の斬撃が、凄まじい速さでユニコーン目掛けて吸い込まれていく。

 その時。


「……うおああぁぁあああっ!!」


 咆哮を上げたのはユミルだった。
 彼は、大鎌を振り上げてはいなかった。振り上げていた訳ではなかった。彼は……その手の大鎌を、空に放り捨てていた。
 重いそれがなくなり、手の空いたユミルは…………俺とユニコーンの間に、その身を飛び込ませていた。
 彼はユニコーンに、覆いかぶさるように――
 その直後、

「……くあぁっ!?」

 という苦悶の声をあげ、俺の《バーチカル》をその背に受けた。そしてユニコーンを抱きかかえる形で吹き飛ぶ。それからゴロゴロと転がり、ようやく止まったその傍に、空に放り投げていた大鎌がドスッと地に突き刺さった。
 バックアタックによるクリティカルヒットで、思いの外HPを3割も削られたユミルは……

「ハァッ……ハァッ……!!」

 足を崩したまま倒れた上体を起こし、震える右手で傍の大鎌を握り、片手で一息に引き抜くと同時に俺を見上げて構える。
 ……そのあまりに頼りない、小さく華奢な背に、小さな仔馬を(かば)って。
 そして……ミストユニコーンはその背に、全幅の信頼を寄せて、付き添っていた。
 彼の荒い息。震える瞳。開ききった瞳孔で俺を見るそれは……あたかも、天敵を目の前にして、我が子を身を呈して必死に守ろうとする親猫のようで――


 ――ガチリ。

 俺の頭の中でなにかが……全てが、荒く一斉に繋がる音が鳴った。


 ユミルの、ユニコーンに対する異常なまでの執着。
 ユミルの、ピナに対する特別な態度。
 ユミルの、かつてのユニコーン討伐者達へ向けた、激しい憎悪の表情。
 ユミルの、犯行の動機。

 ――そして、ユミルの言っていた……この世界で唯一信じれる『大切なもの』。


「…………そうか……そういうっ、ことだったのかっ……」

 ユミルは、なにも単に冷酷な人物ではない。
 だが俺は……ユミルは『実はそういう一面がある人間だった』と思い込むことで、これまでの謎は全て解けたと自己完結していた。
 ……しかし、それは違った。


 ――ユミルのこれまでの行為は全て……自分の《使い魔》を護るが為だった……!!


 俺達多くのプレイヤーは――そんな彼の使い魔を、こぞって殺そうと群がっていたのだ……!!

「なんて、ことだっ……」

 なんてことなんだ。
 なんということなんだ。
 少し前までの俺に、俺は自問する。

 大鎌の謎は判明した……? 死神事件は解明した……?

 ……違う。俺は大馬鹿者だ……! 

 俺は……この事件の全ての真相を知ったわけではなかった……! 俺は……俺は何も見えていなかった……!!



「――ユミルッ…………お前はっ……ミストユニコーンの《ビーストテイマー》……だったのか……」
 
 

 
後書き
この事件の核心の判明。



プロットはまだこの少し先まで書きあがり。
でも、それでも更新は正直、まだもう少し先の予定でした。
……が、感想欄でも割とこの真相を察せていた人が多いみたいでしたので。
あと「こいつ、これ以降ストーリー全く考えてなかったんじゃないのか」と思われるのも嫌なので……
更新しましたっ(吹っ切れ気味)

「な、なんだってー!?」と思った人はきっと少ないんでしょうね。
これまでもさんざん伏線らしきものを敷いてきたつもりですし、感想欄でもその推測が出ちゃってましたからね……
しかし。
どうしてそうなったのか、どうしてこんなことになったのか。
そこらの経緯はちゃんとこれから語られます。察することも難しいと思います。というかされたらちょっと困る苦笑

次回をお楽しみに。




蛇足:
毎夜、とある企画会議みたいなサムシングをこっそりしてます、楽しす(´ー`* ) 
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