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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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一 暁の静けさ

 
前書き
大変長らくお待たせ致しました!
冒頭の一場面は、今後の展開の一部を先取りしたものです。ご容赦ください。

疾風伝編、始動です。 

 
…―――約束、したよな。
一緒に、ラーメン食いに行こうって。




四苦八苦していた【口寄せの術】に助言をしてくれたり、誰かに頼ってもいいんだと思わせてくれたり、見舞いに花をくれたり。
そうして、いつか一緒に一楽のラーメンを食べに行こうって約束した相手。

中忍試験に共に参加した間柄だけだったのが、いつの間にか、大きな存在になっていた。




だから、信じられない。
同期の仲間が自分を呼んでいる。切羽詰まったように叫んでいる。自分以外の全員が警戒態勢を取っている。
それが何故なのか、彼女はわからなかった。


不意に、大きな雲がその場の面々に影を落とす。
雲は、大樹の枝上に佇む彼にも例外なく、頭上を覆い被さってゆく。周囲から敵意を向けられている張本人は、涼しげな顔で彼女を見つめ返した。
雲の影と、そして頭上の葉陰で暗くなっても、その眼差しだけは妙に美しく輝いていた。


「…―――ナルッ!!」

シカマルの声で、波風ナルはハッと我に返る。肩と共に、ツインテールの長く綺麗な金髪が大きく跳ねた。

何度も自分を呼んでいたらしいシカマルが、同期が、木ノ葉の仲間達がナルに呼びかけている。その声が彼女には何処か遠くから聞こえた。
けれど、先ほどからずっとナルの足は固まっていた。直立不動のまま、ある一点だけを見つめていた。


「そいつから離れろ!そいつは、うずまきナルトは―――」


周囲からの視線を一身に集めている彼の服が、ふわり、風で舞い上がる。純白の外套とは対照的な黒い裏地。
その端に、見覚えのある忌まわしき紋様が垣間見えた。

赤い雲。

「…―――『暁』だ…ッ!!」




自分の中の九尾をつけ狙う犯罪組織。その象徴が瞳に飛び込んでくる。

空のように純粋な青を、信じられないとばかりに大きく見開いて、ナルは呆然と彼を仰いだ。雲間から覗く太陽の光が、波風ナルとよく似た髪の色を煌めかせる。

忍び達に完全に包囲されながらも、ナルの視線を受け止めた彼は、滄海の如く深い青の瞳をゆぅるりと細めた。


敵意と困惑と殺意が渦巻くその中心で、彼は―――うずまきナルトは悠然と微笑んでみせる。
波風ナルを見つめるその瞳の青は、その場の誰にも真意を悟らせない、徹底的な謎を秘めていた。














光の無い、全くの闇だった。
あの時、あの瞬間、あの場所で。

二人の立ち位置が違っていたら。
両者の些細な言動が一つでも変わっていたら。

君と僕の立場は逆だったのかもしれない。
僕の見る光景が君の瞳に映っていたかもしれない。
そうしたら。

僕の居場所に君がいて、君の世界に僕が生きていた。
こちら側に君が生きて、あちら側に僕が立っていた。
そう考えたところで。



今は詮無き事。
















「……まだ起きとるのか?」
夜空をぼんやりと眺めていた彼女は、背後からかけられた師の声に振り向いた。

月光が、いつもは二つに結っている髪にキラキラと降り注ぐ。下ろされた長い黄金の髪が、まるで天の川のようだな、と自来也は柄にもなくそんな感想を抱いた。

「ちょっと、夢を見て…」
自来也の問いに、窓辺に腰掛けた波風ナルは曖昧に答える。
弟子の妙な受け答えに疑問を抱くこともなく、自来也は「遠足前のガキじゃないんだから、さっさと寝ろのぉ」と若干のからかいも乗せて促した。


「なんせ明日は、」
「わかってるってばよ」

子どもの頃と変わらない口調だが、姿形はすっかり大きくなった彼女が自来也の言葉を遮って唇を尖らせる。里を出る前の姿と比較して、(図体だけは一丁前になりよって)と自来也は内心苦笑した。

改めて就寝の挨拶を交わし、自分の寝床に戻った自来也を見送ったナルは、再び窓から天を仰いだ。
眼に痛いほど明るい月が、彼女の瞳の青に映り込む。



妙な夢を見た。夢の内容は憶えていないのだけれど、どこか懐かしい夢だった。

ずっと昔、遥か遠い過去。誰かが自分に寄り添ってくれていたような。
こうして眠る時、悲しくないように寂しくないように、自分の手を握ってくれていたような。
なんとなく、そんな陽だまりの中にいるかのような、ふわふわした夢だった。


明日は、懐かしい里に帰る日だ。
木ノ葉の里を出て、妙朴山で暫し過ごし、こうして各地を回る修行の旅に出て、久方ぶりの帰郷。

だから早く寝なければいけないのに、どうしてだか、その不思議な夢を見て、胸が騒いだ。
それで、泊っている宿の窓から月を見て、気持ちを落ち着かせていたところに、自来也が声をかけてきたのだ。


ただの夢だとはわかっている。しかしながら、ただ、という一言で片づけたくなかった。懐かしくてあたたかくて、でもどこか泣きたくなるような。

悲しくもないのに変だよな、と首を傾げたナルの視界の端で、道端に咲く小さな花が風に揺れていた。
忍び故に、眼が良い彼女の瞳は、暗い夜にもかかわらず、自分の部屋の真下で秘かに咲いている花をしっかと捉える。

雑草の部類だろうが、健気に生きている花を目にして、波風ナルは故郷で自分が育てている花の数々を思い出した。里を出て行く前に、幼馴染の山中いのに世話を頼んではいたが、枯れていないか不安だ。

まぁ花屋の娘である彼女は自分よりもきっと花への気配りは上手だろうけど、それでも植物を育てるのが好きなナルは僅かばかり心配した。

貰い物だから余計に気にしてしまう。なにしろ木ノ葉病院で入院していた際にお見舞いとして貰ったものだから。

花の送り主である、うずまきナルトの姿が一瞬脳裏に過ぎる。
彼の髪は、現在眺めている月のような綺麗な金色だったな、と自身も金髪であるにもかかわらず、ナルは窓辺に腰掛けながら思いを馳せる。

ラーメンを一緒に食べに行く約束を未だに果たせていない事実が気掛かりだが、何処にいるのかわからぬ相手だから仕方がない。しかしながら昔から、約束事に敏感である彼女は、他の人間よりもずっと約束を重んじていた。

いつか必ず、と意気込んでから、そろそろ寝ようかと腰を上げる。もう一度、ちらりと道端の小さな花を目にして、明日宿を出る時に水でもあげようかなと思う。

木ノ葉の里への帰還前夜、そんな、他愛のないことを波風ナルは考えていた。














吹き荒れる砂嵐。
強烈な陽射しと歪んだ熱気の中、場にそぐわない清澄な鈴の音が響き渡る。

灼熱地獄の世界で鳴る鈴は心が休まる唯一のようだったが、その鈴の持ち主は砂漠を進むにはとても似つかわしくない風体だった。
鈴が連なる笠を目深に被る二人の男はこの熱気だというのに、黒衣で身を包んでいる。
その中心の赤い雲模様がやけに目立った。

「…相手は人柱力だ。その袋、一つで事足りるのか?」
広漠たる砂地をずぅるりずぅるり這っている男が言葉少なに、もう一人に問う。男の歩いた跡をすぐに砂が覆っていった。

「問題ねぇ。それに、ちゃんと十八番も持ってきてる」
強く吹きつける風が黒衣を翻す。その下に差し入れた手のひらが、まるで男の心象を表わすかのように舌なめずりした。


「なんせ相手は…―――」
笠の陰から覗く瞳が獰猛に嗤う。



「『一尾』だからな」



















「…―――サソリとデイダラが?」
「ああ。一尾狩りに向かわせた」

光の一点も無い闇。
お互いの息遣いだけが唯一感じ取れる暗がりの中、男は仮面の奥で眼を細めた。感じるのは自分の息遣いだけで、相手は何も無い。
姿形はおろか、息遣いも、そして気配さえも無い。彼の完全なる“無”に、男は仮面裏で感嘆の吐息を漏らす。

「なにか、問題でも?」
「……いや。三年後と伝えたはずだが」

唯一聞こえる彼の言葉に、思い当った男は、ああ、と記憶を掘り返す。思い返せば、『木ノ葉崩し』にて彼は一度接触していた。
「仕方がないだろう。事態は急を要する。それにあの時は一尾・九尾、双方捕らえるに骨が折れるのはこちらも解っている。大蛇丸まで出張っていたしな」


かつて組織に所属していた大蛇丸の名を口にして、眉間に皺を寄せる。相手の望む答えとは的外れな返事をしているとは露知らず、仮面裏で険しい表情を浮かべていた男は、ふと気配が露わになった事に気づいて顔を上げた。

暗がりから、音も無く静かに現れた彼を目にして、わざと姿を見せてくれたのだと察す。だから男も敬意を表して、普段滅多に外さぬ仮面を外した。

露わになったその顔は年齢のわりに、人生を達観したかのような暗い表情だったが、それよりも彼の方がずっと、全てを見透かす眼をしていた。

鏡の如く澄み切っていながら、闇を濁り固めたような。それでいて、深い滄海の如き瞳の色が、男は気に入っていた。
自らも対象を吸い込む力を持っているが、それ以上に吸い込まれそうな青を見ていると、荒れていた心が落ち着く。同志だからだろう、と男は自身より背が低い相手の姿を眩しげに見つめた。



暫しの静寂の後、彼は何も言葉を発さず、くるりと背を向けた。再び闇に溶け込みかける小柄な背中へ、男は思わず手を伸ばす。拍子に落ちた仮面が、カツン、と音を立てて跳ねた。
闇に響いた音を聞き咎め、彼が「マダラ」と指摘する。その呼び名に、男は聊か機嫌を損ねた。

「お前だけは…その名で呼んでくれるな」


完全に立ち止まった彼が、男の代わりに仮面を拾い上げる。男の素顔を仰いで、ふっと和らいだ瞳の青が暗闇の中で妙に輝いていた。


二年ほど前よりは随分成長したものの、やはり変わらず、まるでその場に存在していないのかと見間違いそうになる。
そしてそれ以上に、今ようやく感じ取れた研ぎ澄まされた気配が、幻想的な彼の存在を確かに物語っていた。


差し出された仮面を受け取れば、彼はフードを目深に被って再度踵を返した。しかしながら肩越しに振り返ると、静かに男の本名を口ずさむ。



「わかっているよ……――――オビト」



音も、声も聞こえない、唇の動きすら読み取れないほどの些細な呼び名に、それでも男は満足して仮面をつけ直す。その時にはもう、男はマダラという名の男になっていた。

別れ際に彼が呼んでくれた自分の名が、まだ残響として耳に心地良く残っている。
己が何者かわからず、狂いそうになるのを唯一止めてくれているその名は、まるで地獄に垂れ下がる蜘蛛の糸のようだ。
闇の中で、消えた彼の髪の残像が、金色の軌跡を描いているように見える。その軌跡の金糸が、自分にとっての蜘蛛の糸だと仮面の男は思う。



こんな地獄のような世界で生きているからこそ、男はつい寸前まで目の前にいたはずの存在に感謝した。
やり切れない寂寥の海はいつだって凪いでいるが、寸前のほんの一時の対話だけで、心の荒波は平穏なものへ一変する。





彼―――うずまきナルトの存在こそが、己をうちはオビトだと証明してくれる同志だと、仮面の男は信じて疑わなかった。
とっくに消えたナルトの姿を、仮面の男は暫し視線で追うと、やがて己自身も闇に溶けゆく。





払暁を期して、組織は動き始めた。

 
 

 
後書き
どうかこれからも『渦巻く滄海 紅き空』をよろしくお願い致します!! 
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