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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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前夜

 アインクラッド第二十五層。攻略のクォーターポイントと呼ばれていただけあって、主街区はまるでここが浮遊城の首都だと言わんばかりに賑わっており、その中心にはかの《血盟騎士団》の居城が居座っている。とはいえ、リーダーが権威より合理性を優先していくタイプだったため、本部は他の層へと転々としていくことになったのだが。

 そんな《血盟騎士団》の最初の居城の入口となる門は、彼にとって華々しい英雄としての始まりとなるべき場所だった。いや、なるはずの場所だった――というべきか、とにかく彼は、その門戸の前に立ち尽くしていた。

「もう俺はノーチラスじゃない……今の俺はエイジだ……」

 エイジは自分に言い聞かせるように、重く重くそう呟いた。この門戸を開けたにもかかわらず、恐怖で足が動かなくなってしまった、あの頃の自分とは違うとばかりに。試しに《血盟騎士団》の門に触れてみようとするが、所詮は《オーグマー》の拡張現実によって再現しただけの、架空のアインクラッド。当然ながら、エイジの手には何の手応えもない。

「ユナ……」

 あの日、彼女の応援を受けてエイジは《血盟騎士団》の一員となった。心配を心中に溜め込みながらも、エイジの選択を許してくれた彼女の表情は、今なお目をつぶるだけで思い出せる。ああ、自分はこの笑顔を取り戻すために戦うのだと、そう確信することが出来た。

『ユナにお前を止めてほしいって頼まれたんだ』

 ――だが、今は違う。いくら振り払おうとしても、エイジに聞こえてくるのは、そんな忌々しい声ばかりだった。アレは自身を上書きされたくないプログラムの自己保存的な行動であり、むしろ計画が順調に推移していることの証だった。さらに生還者の記憶を手に入れることが出来れば、さらにあのプログラムはユナに近づいていく。

『お前の方がよっぽど分かってるだろう! アレが『ユナ』なのか、そうじゃないのか!』

 理性はそんな風に理解しているはずなのに。ユナのことを何も知らないあの男は、ユナの言葉を騙っている自己保存プログラムに踊らされているだけで、まるで聞くに値しないということを。しかして理性とは別の本能は、エイジの自意識を越えて勝手に叫んでいた。

 ――アレは自己保存プログラムの言葉なんかじゃなく、紛れもないユナの言葉そのものだ、と。自分がユナの言葉を聞き間違えるはずがない、という確信は、更なる思考へとエイジを誘っていく。ユナを前線に焚き付けた《銀ノ月》がユナを殺した? ……違う、ユナを実質的に殺したのはただのモンスターであり、さらに言うならば……エイジ自身でもあった。

 あの日。エイジは死の恐怖を克服できずにボス戦のメンバーから外されていた時、他のプレイヤーから仲間を助けて欲しいと頼まれた。あるエリアボスがいるダンジョンの一角にその仲間が閉じ込められてしまい、事態は一刻を争う状況だったものの、フロアボス攻略戦に向かったために目当てにされていた攻略組は不在。

 そこに居合わせたメンバーが、エイジにユナ、そして《風林火山》の一部メンバーだった。まだ攻略組になったばかりの《風林火山》は、メンバー全員が攻略戦に参加出来るレベルではなく、エイジと同じように攻略戦に赴いた仲間を待っていたらしい。

 エイジが躊躇する間に、ユナと《風林火山》のメンバーは決意を固めていた。それらに後押しされたエイジをリーダーとし、そのパーティーの救援に向かっていった。まだ《血盟騎士団》に所属し、その装束に身を包んでいたからこそだ。もちろんエイジも、ボス攻略に参加できなかった鬱憤をはらし、自分もボスと戦えるのだと《閃光》アスナに示すためでもあった。

 そして何より、ユナが助けにいくと言っているのだから、エイジにとって自分だけが行かない選択肢などなかった。必ずユナを守り抜いて、そのプレイヤーたちも助けてみせるという決意を込めて。

 ……そして結果だけを見れば、閉じ込められていたパーティーメンバー、全員を助けることに成功していた――ユナという犠牲を出しながら。彼女が攻略組に入るために伸ばしていた《吟唱》スキルは、確かに味方全員にバフを与える強力なものではあったが、同時に敵のヘイトを使用プレイヤーに向けるという弱点を抱えていたのだ。

 常に安全区域である《圏内》でスキル上げをしていたユナはそのことを知らず、それでもこれ幸いとばかりに脱出の際の囮にスキルを使い……その命を散らした。ヘイトを稼ぐというスキルの仕様上、確かに囮になるには適していることは疑いようもない。問題は、自身の恐怖でユナを守りきれなかったエイジにあり、会話をしただけの《銀ノ月》や、居合わせただけの《風林火山》のメンバーに責任など全くない。

 それでもエイジは、自らの弱さを棚に上げて彼らを憎まずにはいられなかった。そうでなければ、自分が何かに押し潰されて、ポッキリと折れてしまいそうで。

 歌を繋がりとしてユナと浮遊城で友人だったレインにしても 、自分だけではユナの死を受け入れられないという理由だけで、賛同するはずもないこの計画を話すべきではなかった。もちろんエイジから話を聞いたレインは反対し、他人に計画を話そうとしたため、エイジ自ら記憶を奪わざるを得ない羽目になった。確かにユナの記憶を得るにあたって、友人であるレインの存在は避けられなかったものの。記憶を奪う際にそんなことを考えていた訳ではなく、エイジが楽になりたいという自分勝手な理由だけで、彼女は今も苦しんでいることだろう。

「ユナが……友達を傷つけてまで……!」

 エイジはすんでのところで、口から勝手に出てきた言葉を最後まで形にすることを堪えていた。その言葉を口にしてしまえば最後、全てが終わってしまうのだとばかりに。

 ……本当は、エイジだって何もかも分かっていた。《銀ノ月》や《風林火山》への恨みは逆恨みにすぎず、レインというユナの友人を自分勝手に傷つけてしまい、ユナはこんな計画は望んでいないということも。

「違う……そんなことがあるものか」

 ――それでも自分にはユナが必要だとばかりに、エイジはユナの言葉を自己保存プログラムが言わせたことだ、と自らに言い聞かせていく。レインも《風林火山》も《銀ノ月》も他のSAO生還者たちも、全てはユナを蘇らせるための生け贄だと。たとえそれが英雄になれなかった自分と、デスゲームをクリアした英雄になった彼らへの嫉妬と劣等感だとしても。

「ユナ……」

『呼んだ?』

 無意識に発していた言葉に対して、予想だにしていなかった返答がエイジの耳に聞こえてきた。あの日々とまるで変わらぬ声色にエイジは咄嗟に振り向き、反射的にそちらに向かって手を伸ばしていると、そこには1人の少女が立っていた。

「あ……」

『エイジ?』

 ……当然、そこに立っていたのは、ARアイドルとしてのユナだ。この計画の要であり、少しでもSAO生還者に『ユナ』のことを思い出せるために、姿形は見る人が見れば瓜二つのようになっているが、もちろんエイジが追い求める『ユナ』ではない。エイジにも分からぬうちにどうしてか伸ばされた手は、先程の《血盟騎士団》の門と同様に、ユナに触れることはなくすり抜けてしまう。

『……ね、エイジ。本番は明日なんだから、リハーサルかでら聞いてよ!』

「あ、ああ」

 『ユナ』を蘇らせるための計画の最終段階にあたる、東京武道館によるユナのライヴコンサート。準備は抜かりなく全て終わっているはずだが、一瞬だけ寂しげな表情を見せたユナが、エイジを呆気にとらせながら宣言する。

『それじゃあ、ミュージック~スタート!』

 ――自分がエイジに出来ることは、こうして歌うことしかないのだと言わんばかりに。


『だって会いたいなんて――』

 カラオケルームに透き通った歌声が響き渡っていき、いつしかBGMとともに消えていく。すると先程まで流れていた曲の代わりのように、割れんばかりの拍手がカラオケルームに流れていた。

「やっぱりレインさん凄いですね!」

「ね。流石は本職って感じ?」

「えへへ。まあ、それほどでも……あるかもだけど!」

「ちょっと、次に歌うの私じゃない……」

 シリカが計画した、明日のユナのライブに向けたカラオケ大会。女子メンバーをみんな誘い合わせたその豪勢な集まりは、やはりアイドル志望というアドバンテージを持つレインが、歌については一歩抜きん出ていた。次に曲を入れていたシノンが苦い表情をしながらマイクを受け取るのを、ルクスが苦笑いしながら応援していた。

 もちろん、明日のライブに向けての準備、などというのは建前で。シリカなりに、今回の件に巻き込まれた自分たちを、元気づけようとしてくれているんだろうな――と、リズはシノンとともに歌いだしたシリカを見つつ。もちろんシリカはそんな恩着せがましいことを言ったりしないが、その心遣いはレインもアスナも、もちろんリズもありがたく受け取っていた。

 それにしても、と、リズはシノンたちの歌を聞くアスナの横顔を見る。あの《SAO》の記憶がなくなるなんて、アスナに耐えられるはずがないと思っていたが、心なしかその表情は晴れやかなものだった。もちろん不安を感じていない訳ではないだろうが、やせ我慢ではないということぐらいは読みとれて。

「シリカと違ってお節介だった、か……」

 そう、誰にも聞こえない程度の音量で呟いて。カラオケルームという馬車の都合もあって、隣のルクスにも聞こえていないらしく。こんな時まで他人のことを優先してるな、とショウキに怒られてしまったばかりなのに、その優先がお節介ともあれば――リズとしても自嘲せざるを得なかった。

「リズさん!」

「へ?」

 すると気づけば目の前にはシリカの顔があり、そのツインテールを振り乱しながら、少しだけ頬を膨らませていた。そんな動作が似合うのはこの子の特権ね、と思いながら、リズはシリカからマイクを渡される。

「次はリズさんの番なのに、何をボーッとしちゃってるんです?」

「ごめんごめん。それじゃ、あたしの歌を聞けー! ……なんて」

 どこかのアニメのような決め台詞を吐きつつ、心地よいBGMとともにリズはマイクを握りしめる。流れる歌は、リズが贔屓にしている歌手こと神崎エルザの最新ナンバーだ。

「……へぇ。こういう歌もあるんだ、神崎エルザ」

「そそ。身近であったことの体験談だって、最近の」

 流石は同業者ということか、レインが違和感を感じて声をあげる。神崎エルザといえばしっとりとした曲調が多かったのだが、この新曲に限っては、まるで鉄火場に殴り込みにいく軍歌のようなアップテンポの曲で。最近、身近にあった衝撃的な出来事を歌詞にしてみたというのだが、その最近の出来事というのは秘密で。一体、どんな出来事があったらこうも雰囲気が変わる曲が出来るのか、一ファンとして気にならないわけではなかったが。

 ……などと、リズは歌いながら思う。あの《SAO》の記憶を失ったとしても、こうして推し歌手の新曲を気に入ったりと、新しい記憶を手にいれることは容易いのだと。だから《SAO》の記憶を失ったこと自体よりも、ショウキが覚えているものを自分が覚えていない、ということに申し訳がたたない方が問題だと。

 ――こんなことを言っていると、また自分より他人を優先して、などとショウキに怒られてしまいそうだけれど。

『なーみーだーを――』

 そうして歌もラストの部分へと突入していき、余計なことを考えている暇はなくなっていく。素人では歌うのが少し難しい程の曲調に、今まで考えていたことを全て頭から追い出して歌うことに集中していると、気づけば歌は終わり拍手が迎えられていた。

「リズ、今のよく歌えたね……」

「手強いライバル登場かな~?」

「そんなんじゃないわよ、もう!」

 アスナの驚く声とレインのからかうような声を避けながら、次に歌う人であろうルクスにマイクを渡すと、注文していたメロンソーダで喉を潤した。どうして自分だと分かったとばかりに、ルクスは目を白黒させていたものの、画面に映る次の曲はルクスのお気に入りだ。カラオケに来る度に聞いているような、そんな錯覚すらあるほどの。

「あ、ちょっとすいません……」

 ルクスの注文した歌のナンバーが画面に表示されると、直葉がなんの用事かは言葉を濁して席を立っていく。わざわざ問いただすようなことは皆しなかったが、直葉がカラオケルームから出ていった後、同じようにリズも立ち上がっていた。

「飲み物の補充してくるけど、他に欲しい人いる?」

「あ、じゃあ同じものお願い出来ますか」

「なら私も」

 今しがた歌った曲で消耗した喉を回復すべく飲んだメロンソーダが、一瞬にしてなくなってしまったことをきっかけに。あいにくとこの店は飲料水はセルフサービスであり、いでに他の人の分までお盆にコップを載せていく。

「リズ。一人で大丈夫……ですか?」

「今から歌う人がなーに言ってんのよ。ほら、流れてるわよ」

 ルクスからの申し出を軽く受け流しながら、セブンの歌が聞こえてくるカラオケルームから出ていくと。コップを数個載せたお盆を持ちながら、ドリンクバーがある玄関ホールへ向かっていくと、そこから出ていこうとしていた彼女と目があった。

「トイレはこっちじゃないわよ」

「リズさん……」

 先程、言葉を濁して部屋から出ていった直葉が、ばつの悪そうな表情をしてリズから目を背けていた。そんな直葉には《オーグマー》が装着されているだけでなく、端末までもが握られていて、今から《オーディナル・スケール》をプレイしに行こうとしていることは明白だった。リズも玄関ホールにある時計をチラリと見れば、確かに今からであれば、近くのボス出現予想場所には間に合うかもしれない。

「やめときなさい。あいつらに任せるって話でしょ?」

「でも……」

 運よく空いていたドリンクバーから、友人たちから頼まれていた飲み物を用意しながら、リズは戸惑っている直葉へと声をかけた。直葉は現実でも剣道を嗜んでもいて、記憶を失いかねないSAO生還者でもないために、この《オーディナル・スケール》については適任かもしれない。

「でも……でも、やっぱりお兄ちゃんたちが心配で、私なら……!」

 それでもクラインたちの入院するほどの怪我を見れば、特にキリトが直葉に関わって欲しくないのは当然だろう。それが分からない直葉ではなかったが、心配なのはお互い様だと自らも《オーディナル・スケール》に参戦して、何かの手がかりを得ようとしているのは分かる。しかしてリズは、そんな直葉に痛烈な言葉を浴びせていた。

「あんたも分かってるはずよ……あんたじゃ、ダメな理由」

「っ……!」

 確かに直葉はこの件に関しては適任者だろうが、しかし。目的はともかく《SAO》の記憶を奪っていく相手にとって、手強い上にSAO生還者でもない直葉を相手にする意味は何もない。SAO生還者という記号があるために、キリトやショウキは自らを囮にして《オーディナル・スケール》をプレイすることが出来るのだから。

「またSAO生還者、SAO生還者って……リズさんは、ショウキくんのことが心配じゃ――」

 SAO生還者ではないというコンプレックスを久々に突きつけられてしまい、直葉は半ば激昂してやつあたりに近い意志をリズに発してしまうが、最後まで言い切ることはなく言葉を濁した。心配じゃないわけない――と誰でも分かることを、よりによって《SAO》の記憶を奪われた当事者であるリズに言ってしまい、申し訳なくなって直葉は顔を伏せた。

「……ごめん、なさい」

「ううん。あたし、信じてるから」

 もちろん、キリトだけじゃなくショウキもね――と冗談めかして口にする、いつものような笑みを見せてみせるリズに、 リズさん的にはそこは逆でしょう、と、直葉はついついつられて笑ってしまう。

「……なんて。あたしもあんまり、直葉に偉そうなこと言えないんだけど」

「リズさんが、ですか?」

「あたし、この前あいつに『ショウキが記憶を失うのが怖いから、もう関わるのは止めて』って頼んだのよ……ズルい聞き方よね」

 ショウキが記憶を失うのが怖いから――と、彼のことを心配する方が本命ながらも、記憶を失った自分にこれ以上の不安を与えないでくれ、という面も含んだ我ながらズルい願い。アスナが《SAO》の記憶を奪われたと聞いて取り乱したとはいえ、そんな問いかけのことを思い出して、笑顔から自嘲するような表情に変わったのがリズ本人でも分かる。そんな体たらくで、何が信じてるから、だと。

「ショウキくんはなんて?」

「珍しく怒られたわよ。そんなことになってまで、なんで他人の心配してるんだ、ってな」

 彼の癖である、困った時にガリガリと髪の毛を掻いてしまう癖をしそうになり、すんでのところで髪が痛むと思いとどまりながら。あんなに怒られたのは初めてだったと、むしろ誇らしげそうにリズは語るが、同時に無力さを噛み締めてもいた。ALO事件や死銃事件の時のように、まだ《SAO》の記憶があった時は、こんな事態にも自分は自然と何かをしてあげられていたのに。

「だから、心配でも信じて待つの。……《SAO》の記憶があった時を見習ってね」

「……確かに、リズさんはズルいですよ。そんなこと言われたら、私がお兄ちゃんを信じてないみたいじゃないですか」

「はいはい。そんなことより、すぐに戻らないとトイレ長い子って思われちゃうわよ」

「……それじゃズルいんじゃなくて、下品ですよ。リズさん」

 観念した直葉が《オーディナル・スケール》用の手持ち端末を腰にかけたポーチに入れた後、リズは頼まれていたドリンクを直葉にも持ってもらうように押しつけると、自分の分とお盆を持ってカラオケルームに向かって歩いていく。そんな後ろ姿に追い付くように小走りになる直葉の存在を感じながら、ふと、リズは頭に浮かんだことを呟いていた。

「SAO生還者じゃないっても、あんたにしか出来ないことはあるんじゃないの?」

「私にしか……?」

 リズとしては正直、気落ちした直葉を気遣って適当に言った言葉だったけれど。言われた本人は一瞬だけポカンとした後、すぐさまパァァァァという擬音が相応しく表情が明るくなっていき、どうやら何か思いついたようなのが見てとれる。

「帰ったら、お兄ちゃんにARで使えそうな技を教えよっと!」

「あー、キリトの奴が羨ましいわねー」

 そうして直葉を伴って、未だに歌声が鳴り響くカラオケルームの扉を開きながら、リズの脳裏はある思考に支配されていた。

 ――なら自分は、ショウキに何をしてやれる?


『ショウキと違って証拠は掴めなかった。悪い……』

「いや、収穫がなかったわけじゃない」

 耳元に聞こえてくるキリトの声に語り返しながら、俺は家主たちが寝静まった我が家を歩いていた。最後になるだろう《オーディナル・スケール》を終わらせ、ようやく家に帰ってきたためにもう随分な時間なためだ。

「その教授の娘は、悠那っていうSAOプレイヤーだったんだな?」

『……ああ。菊岡さんにも確認を取った。間違いない』

 そうして最後にするべきこととなれば、別行動をとってお互いに情報を収集していたキリトとの連絡。こちらが白い少女から伝えられた『ユナ』のこと、エイジのこと、明日のライブのこと、SAO生還者の記憶を奪う理由の仮説を話せば、最初はキリトも驚いていたものの、こちらが嘘をつく理由もない。といってもキリトに信用されたとはいえ、AIに教えてもらった情報と仮説程度で菊岡さんが動けるはずもないが、それでも明日のライブイベントには目を向けてくれるらしい。

「お父さんを止めて、か……」

 そしてキリトが掴んだのは、《オーグマー》の開発者である重村教授の娘が帰還できなかったSAOプレイヤーであり、名前を悠那――俺たちが言うところの『ユナ』だというらしいこと。白い少女から伝えられたメッセージの、『お父さんを止めて』という言葉が正しければ、今回の件の黒幕は――

『……そっちは菊岡さんに任せよう。俺たちの相手は、ノーチラスだ』

「……そうだな。ARでの戦闘、大丈夫か?」

『さっきスグに鍛えられたところだ、任せろよ』

 とはいえキリトの言う通り、俺たちの相手は尻尾を掴ませない教授ではなく、わざわざ招待してくれているエイジの方だ。恐らくは《オーディナル・スケール》での戦闘になるだろうが、冗談めかした口調でキリトに問いかけてみれば、余裕を示すような軽口が返ってきた。どうやら心配するようなことはないらしいと、持っていた携帯端末を耳元から離して。

「じゃあ……また明日な」

『ああ……よろしく頼む』

 その言葉を最後に、キリトからの着信は切れる。明日――エイジから伝えられた、ユナのライブで奪った記憶を返してやるというメッセージ。まさか本当に返してくれるわけもなく、実質上の宣戦布告に間違いなく、息を吐きながら部屋の扉を開くと、今日使い倒したリュックサックを椅子の上に置いた。

「ふぅ……」

 畳んであった布団を元に戻すと、1日の疲れよ癒されよ、とばかりに横になった。このまま意識を失ってしまいそうなものだったが、まだやるべきことがあったと何とか意識を保ちながら、ポケットに丸めて入れてあったメモ用紙を取り出した。

 今朝、直葉から貰った弁当箱のポシェットに入っていたメモ用紙。直葉からの伝言か何かかと思ったが、書かれていた中身がその可能性を完全に否定していた。

 いわく、リズベット武具店で待つ、と。

「果たし状か何かか……?」

 メモ用紙に描かれた仰々しい内容にぼやきながら、枕元に置いてあった《アミュスフィア》をセット。そのまま眠りに落ちるかのように、仮装空間へと侵入していく。

 そうして前回ログアウトした場所である、《イグドラシル・シティ》の一等地に設えられたリズベット武具店、その工房へと降り立った。もうリズは来ているだろうか、と目を開けると。

「遅刻よ、ショウキ」

「……時間は指定してなかったろ」

 ――すぐ目の前の椅子に、こちらを待ち構えていたかのようなリズが座っていた。机には飲みかけのコーヒーも置いてあり、どうやら遅刻という言葉もあながち間違いではないようだ。時間を指定していなかった、というのも間違いではないが。

「その、なんだ」

 どうしてこんなもったいづけた方法で呼び出したんだ、と聞こうとしたものの、そういえばリズと顔を合わせるのは、全日のリズからの願いを決裂させた以来だ。どことなく顔を合わせるのが気まずく、髪を掻きながらこちらを見つめてくるリズから目をそらした。

「直葉から貰ったお弁当、美味しかった?」

「あ、ああ」

「ふーん……よかったじゃない」

 対してリズはそんなことは気にしていないかのように、今日の直葉から貰った弁当の味などを聞いてきて。多少は焦げていたがなかなかの味だったハンバーグ弁当の味を思いだし、素直な感想を口にすると、リズはどこか満足そうに吐息を漏らしていた。

「どうしたんだ、わざわざ呼び出したりして」

「ちょっと困りごとがあってね。相談に乗ってもらおうと思って」

「相談?」

 リズから相談とは珍しいこともあるものだと彼女の対面に座り、長くなりそうだとこちらの分もコーヒーを用意すると、リズの分もお代わりとして注ぐ。リズの小さなお礼を聞きながら、彼女が相談として語ってくる言葉を黙って聞いていた。

 夕方に女性陣でカラオケに行ってきたらしいが、そこでリズは《オーディナル・スケール》に行こうとする直葉を止めたらしい。そうして直葉は直葉にしか出来ないことを、と勧めて、その通りにキリトはARで役に立つ動きを叩き込まれたらしい。

「なら、今のあたしはあんたに何が出来るのかな、って。考えても分からないから、本人に聞いてみたのよ」

 多少、冗談めかした口調ではあったものの、リズの表情は真摯にこちらを見つめてきていた。そんなリズに対して――不覚にも、吹き出してしまっていた。

「……ちょっと。笑うことはないんじゃないの?」

「悪い悪い。……何が出来るかって、今もしてもらってるじゃないか」

 リズの表情が苛立たしげなものから疑問のものに変わっていき、そのまま何やら考え込むようなものに変わる。そんな百面相はとても愛らしいものの、やはり彼女には笑顔の方が似合うと、彼女にしか出来ないことをお礼を込めて。

「こうやってリズと話してるだけで、俺は何だって出来る気になるんだ」

 《SAO》からこれまでずっと、俺が戦い続けてこられたのは、いつだってリズが笑顔で送り出してくれたからだ。楽しく喋って、背中を押してもらって、リズが待ってるって思わせてくれて。それがリズに出来ること以外の何だというのか。

「それだけじゃリズの気が済まないっていうなら、そうだな、今日みたいに弁当でも作ってくれれば」

「えっ!?」

 照れ隠しも込めて、軽口で違う話を振ると。こちらの言葉を黙って聞いていたリズが、次なる瞬間に今まで一番の驚きを見せていた。リズの驚愕とともに沈黙が、頬を朱に染めたリズが震える声で問いかけてくるまで、リズベット武具店の工房を支配した。

「……どうして分かったの?」

「直葉はハンバーグを焦がしたりしないからな」

 キリトから聞いた話ではあるが、両親が留守がちで家事は兄妹で分担しているため、ああ見えて直葉は家事が得意な方だ。元々キリトに弁当を作っていた直葉に、自分の作った分も弁当を届けてもらうというリズの努力は認めるが、その程度の妨害工作を見破れないほど節穴ではない。

「むぅ……」

「……だから、ありがとう。こうしてリズと話してるだけで、俺はいいんだ」

 悔しげに膨れっ面をしているようなリズを見れただけで、俺は明日の決戦も勝てると確信できる。誰かが聞いたら冗談だと笑うような話だろうが、俺の気持ちの問題に限っては真実だ。

「……やっぱり不公平ね、こっちだけ《SAO》の記憶がないなんて」

「そうだな」

 ため息一つ、机に置いていたコーヒーを飲み込んでから、リズはそんなことを呟いた。《SAO》の記憶のことについて語っているものの、その表情にまるで恐怖の色はない。むしろこちらをからかうような余裕さすら見てとれて、俺も用意していたコーヒーを飲みながら肯定する。

「よろしくね、あたしの記憶」

「任された」

 そうして明日、ユナのライブにて――全てが終わる。

 
 

 
後書き
 SAO銀ノ月、今話の三つの出来事

 映画より余裕のないエイジくん。レインの存在、ショウキのメンタルへの一撃もありますが、やはり主因は俺TUEEEEと調子に乗れなかったことによると思います。ショウキには抵抗され、キリト先生には妹の介入で中途半端に終わったため、映画本編より今の俺は黒の剣士より強い! ってならなかったわけですね。

 カラオケシーン。へいきへっちゃらぁぁぁぁとか諸君、我々の任務はなんだ? 殲滅だ! とか歌っちゃいそうな声のヒロインはもういない……あと原作サブヒロインが帰ってきた主人公に何が出来るか、と考える中、既にキリト先生とヤることをヤッて平然としている正妻様マジメインヒロイン。

 ショウキくん君、キリト先生と話してる時とリズで話してる時で態度違いすぎない? リズと話してれば大丈夫? アリシ編覚えとけよ? の三本でお送りしました。ジャンケンでもしたいところですが、また。 
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