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蒼き夢の果てに

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第7章 聖戦
  第169話 落ちて来るのは?

 
前書き
 第169話を更新します。

 次回更新は、
 6月14日。『蒼き夢の果てに』第170話。
 タイトルは、『シュラスブルグ城潜入』です。

 

 
 冷たい北風に打たれた瞬間、思わず上着の襟を立てて仕舞う俺。
 聞いていた以上に、この季節に張り出して来る北極産まれの大気に晒された風は冷たく……むしろ痛いと表現するレベルであった。
 小高い丘から見渡す限り、この季節に相応しい白と言う色に覆われた世界。西洋風剣と魔法の世界に相応しく現実感のない、妙にファンタジーじみた景色を見つめながら、少し愚痴めいた思考に囚われる俺。
 視線の続く限り、遙か彼方まで見渡せるなだらかな地形。北に三キロほど向かった先にあるはずの城塞都市の姿は、流石にここからは見えず――
 僅かに視線を上げる俺。其処には……。
 木々の梢に所々遮られながらも自己の存在を主張するかのような、冬のヨーロッパに相応しい重く垂れこめた雲。陰鬱な氷空(そら)と冷たい風。そして、一面白銀に支配された世界となっているこの場所。
 何処か、その辺りの吹き溜まりから雪の化身や冬の妖精でも現われて来そうな、そんな気さえして来る。

 長く冷たい冬と言う季節は物語や伝承を産み出す土壌としては最良の物なのだろう。そう柄にもない事を考えていた刹那、

「何か見えますかな?」

 普段、俺の周りではあまり聞く事のない、僅かな錆を含んだ重厚な男性の声が掛けられる。
 声の発せられた方向……少し後方を顧みた俺。その視界に、ゆっくりと丘を下って来る男性が映った。

 精悍な、と言う表現がもっともしっくり来るその表情。
 西欧人に多い彫の深い顔立ち。この辺りはハルケギニアにやって来てから良く出会うタイプの男性と言う感じであろうか。
 枯葉色の髪の毛。引き締まった口元。ハシバミ色の鋭い瞳。ハルケギニアでは最近まで流行していたカイゼル髭はなし。身長は俺よりも少し低い感じなので、百七十センチ台半ばから後半までの間ぐらい。骨格自体が東洋人のソレと比べると太く、かなりがっしりとした身体付き。しかし、服の上からだけでも無駄な贅肉がひとつも付いていない事が分かる。
 年齢はジョゼフより少し上……と言う程度だったと思うので、四十代後半から五十代前半ぐらい。そろそろ前線の指揮官からは引退する時期が来た頃と言う感じか。

 何か特別な景色が見える……と言う訳ではありませんが。そう前置きをした後に、

「こんな理由で訪れているのでなければ、もう少し気分も晴れやかなのでしょうね」

 そう言葉を続ける俺。
 そう。リュティスからなだらかに続く平原。父なるラインの流れはここからでは見る事も感じる事も出来ない。ただ、本来ならぶどうの産地らしい様子が見えたとしても不思議ではないのだが、今日のこの地は森や川も白く染まった幻想的な風景。西日本の太平洋岸で暮らして来た俺に取って、この一面の銀世界と言う空間は、ただそれだけで心躍る空間となる。
 ……はずなのだが。
 もし、物見遊山の一環でこの場に居るのならどれだけ気が楽か。

 もっとも現状の俺の立場で、この台詞を口にする訳には行かないので……流石に軽く肩を竦めて見せるだけで、この場は答えと為す俺。
 そして、

「食事は終わられたのですか、ランスヴァル卿?」

 ……と問い掛けた。
 振り返った俺の後方に存在する野戦陣地……と言えば聞こえは良いが、高が数百人程度の兵数ではそれほど多くのテントも必要ではなく、更に言うと有刺鉄線や塹壕どころか柵すら設置していないここは、どう考えても男子校の行う野外宿泊訓練程度の印象しか与えられない場所と成っている。
 その少ないテントの間を、ここが中世ヨーロッパ風剣と魔法の世界の戦場。それも最前線と考えるのなら、あまりにも軽装過ぎる兵たちが忙しげに動き回っているのが分かる。

「早寝、早飯、早糞は兵の基本ですよ、王太子」

 流石に現状では食後にアルザス産のワインを一杯、と言う訳にも行きませんしな。
 何となくなのだが、ガハハと笑いながら口にするタイプの言葉を、妙に礼儀正しく返して来るランスヴァル卿。その彼にしたトコロで、温かさとは無縁。頑丈さと重さを強く感じさせるだけの金属製の防具の類は一切身に付けては居らず、近世フランスに存在した銃士隊に良く似た蒼を基調としたやや派手目の衣装で身を包んで居るだけで、ゴテゴテとした重い感じの鎧や甲で身を護ると言う訳ではない。
 しかし、柔らかな表情も僅かの間だけ。直ぐに真剣な表情となり、上空……低く垂れこめた黒い雲の遙か向こう側を見つめるランスヴァル卿。

 そして……。

「本当に落ちて来ると思いますか?」

 ……と、今目の前にいる歴戦の勇者に等しい外見を持つ騎士に相応しくない、妙に顰めた声で問い掛けて来た。
 誘われるように上空を仰ぎ見る俺。しかし、其処には雪を降らせるのであろうと言う黒い雲が存在するだけで、飛空船の姿はおろか、鳥の姿さえ存在していない。

 あの夜。このハルケギニア世界に再召喚された夜、タバサに因り告げられた内容。
 それは――

「聖スリーズの教えによると、遙か宇宙(そら)の彼方から小惑星を呼び寄せる術式は存在する、……と言う事なので」

 少し曖昧な物言いで答える俺。

 そう、今回落ちて来る可能性が高いのは彗星(魔狼フェンリル)などではなく、小惑星(炎神スルト)らしい。ただ、どう考えても真面な……。そう考え掛けて直ぐに心の中でのみその考えを否定する俺。そもそも常識の埒外に存在するが故に、魔法は魔法足り得ていると考えるのなら、こう言う非常識な術式こそが本当の意味で魔法と呼ぶべき代物なのかも知れない、そう考えたから。もっとも、確かにそうである可能性は高いかも知れないのだが、それでも今回の小惑星召喚用の術式がどう言う術的な根拠の元に行使可能な術なのか、その原理がまったく分からないので――
 それで、ダンダリオンが言うには、志半ばで野望の潰えた権力者の首を使用する邪法が東洋にあるらしいのだが……。

 確かにあの牛頭の魔神。スサノオだか、牛頭天王なのかは定かではないが、ソイツを夢の世界に封じた際に志半ばで野望の潰えた権力者の首。おそらくオルレアン大公シャルルの死体から奪われた首を取り返す事は出来なかったのだが……。
 但し、そんな危険な物を使用する邪法に返りの風がない訳はないし、更に言うと、その恨みを完全にコントロールする事などそもそも不可能だと思うのだが。
 相手。この場合は、自らの野望。ガリアの王位に就くと言う野望を邪魔した現ガリア王ジョゼフに対するオルレアン大公の恨みはかなり大きいとも思う。思うが、しかし、それ以外の者、物、モノすべてに対して、その恨みの力は向かう可能性が異常に高い……と思うのだが。
 何故ならば、以前の牛頭天王の時にはガリアは言うに及ばず、このハルケギニア世界すべての国で疫病は蔓延した。いや、早急に手を打った……十分過ぎる水の秘薬を始めとする医薬品の準備と、地球世界の医学的知識の伝授、その他の魔法的な支援や、此方も十分過ぎる量の食糧の供給を行ったガリアと、効果的な策の打ち様がない他の国々とを比べると、むしろ呪いの標的とされたはずのガリアが被った疫病の被害の方が少ないぐらいなので……。
 まして、あの疫病の呪いはオルレアン大公の家族にまで害をもたらせたので、その例から考えると、今回の小惑星召喚術式のもたらせる被害から術者の関係者たちが逃れる術はないようにも思えるのだが。

 それで、アルザス侯シャルルがガリア王家に突き付けて来た要求はただひとつ。神の意向に従い、直ちに正統なる王に其の位を禅譲せよ。
 もし、この命に従わぬのであれば、その時は立ちどころに神の怒りにより、退廃の都リュティスは滅びるであろう。
 ……と言う物であった。

 そして、その証拠として、週にひとつずつ、隕石。……火球と言う現象を起こして見せたらしいのだが。
 おそらく俺やタバサがルルド村に向かう途中で見た火球も、その小惑星召喚術の実験だったのでしょう。確かに流れ星……つまり、隕石と言う物は一日に数多く流れている物なのですが、しかし、電磁波音を発生させる火球と言う物は流石に珍しい。
 あの時も確か、遙かアステロイドベルトから訪れた隕石による電磁波音の発生。こう考えたはず。

「流石に伝説の魔法……と言う事なのでしょうか」

 僅かな嘆息混じりにそう言葉を発する俺。聞く者が聞けば、その中にブリミル神に対する不敬と取られかねない響きが含まれていた事を感じられたかも知れない。
 しかし、そもそもそのブリミル教を表向きからは分からない……敬虔な信徒の振りをしてアチコチに魔法でノートルダムの神殿を建設。その他にもかなりの額の寄進を行うなどの行為に因り分からないとは思いますが、心の中ではこの胡散臭い宗教の事を一切信用していない俺からすると、其れも仕方がない事なのでしょう。
 大体、この世界の住人は何故、始祖ブリミルが行使したと言われている伝説の魔法を虚無と呼ぶのか。その辺りに付いても、誰に聞いても明確な答えを返してくれはしなかったのですから。
 ……どう考えても、悪い予感しかしない呼び名を民族的英雄の行使した魔法の呼び名に使用する意味が分からないのですが。俺の感覚からすると。

 まるで世界を虚無に沈める為に。滅亡に瀕した世界を救う魔法だと思わせて於いて、いざギリギリの場面でそれを使うと、実はその魔法自体が世界を滅びに導くキーだった……と言うオチに辿り着かせる為の魔法ではないのか、と思えるのですが。
 俺にはね。
 当然、こう言うオチは這い寄る混沌の関わった事件では多く見られる類型でもある。……とも思えますし。
 まして世界の気の循環を妨げているのはその始祖が伝えたとされる系統魔法。世界の理を人の意志の力で捻じ曲げ、強い負の感情を糧とする魔法は、俺の使用する仙術や精霊の力を借りて使用する魔法と比べると世界の気の循環を妨げ、其処に悪い澱みを発生させ、更なる不幸の連鎖を発生させ続けている。
 普通に考えると、系統魔法を伝えたのがその始祖ブリミルと呼ばれる存在で、その始祖の行使していた魔法が虚無と呼ばれる魔法なら、その虚無と系統魔法の間に何らかの繋がりがあっても不思議ではない……のですが。

 現実に系統魔法と称される、この世界独特の魔法が行使されるようになってからどれぐらいの歳月が経っているのか定かではない。が、それでも、その結果今までこの世界に蓄えられて来た負の感情は凄まじい物に成っている可能性は高いと思う。
 その積み重ねが今の悪い流れを作り出しているのだから。

「流石に王たる資格のないアルザス侯に王位を禅譲すれば、それは神の御心に従わない外道な行為となる。そして王に王たる資格がないのに、それでも無理にそいつが王の位に在り続けると、更に悪い気の澱みが発生する」

 その結果、ガリアに住む民たちに災いが降りかかるのは間違いない以上、彼の要求を呑む事は出来ない。
 思想的な意味からの説明を行う俺。確かに現ガリア王家も、その始まりは簒奪の如き方法で王位を奪った気配……本来なら土気の王家のハズなのに、何故か金、もしくは水気の王家と成っているのはこの辺りが原因なのでしょうが、それでも、王位を得てから二千年近く経て居る上に、昨年には、簒奪者シャルルの登玉以来不和であった土の精霊との和解が為された以上、今の王家は神に言祝(ことほ)がれている、と言っても間違いではない。

 それに……。

 それに、少なくとも俺の描いた青写真の通りに動いてくれるのはジョゼフ……と、俺自身だけでしょうから。
 これから先の歴史。ユグノー戦争は起こらないとは思うが、それとほぼ同等に厄介なエルフを相手の聖戦は既に発生している。新大陸やアジア、アフリカに植民地は未だゼロだが、地球世界のフランス以上に厄介な多民族国家のガリアには、それぞれの民族が独立戦争を起こす可能性も高い。アルビオンの前王朝を滅ぼしたレコンキスタは元々、ガリアからスペインの独立を目指す組織だった可能性が高いし、アルザス侯爵の起こした反乱も当然のように、民族の独立を目指した戦争と言う側面も持っている。

 産業革命をガリア発で起こし、植民地に頼らない形の国の運営。更に、地域間の格差、東欧と西欧の産業革命以後に起きた格差の問題も、それがこのハルケギニア世界ではガリア一国で発生する可能性がある。
 流石に機械化が為されていないこのハルケギニアの農法では、穀倉地帯の生産力を簡単に上げるには今のトコロ農奴の大量投入以外に方法がない。確かに将来は農地解放などの政策を進めるべきなのだが、一気に改革を進めると貴族やその他の有力者の不満が溜まる事となるので、それは得策ではない。
 まして今まで命令に従って生活して来た連中に対して、お前たちはこれから自由にして良い。その為に農地は与えてやろう……などと言って、農地解放を行ったとしても、数年後にはその農地の半分が荒地。耕作放棄地に成っている可能性が高いのは地球世界のアフリカの例が証明している。自分の農地を得る事に因って一人一人のやる気が上がり、生産性が一気に倍加する、などと言う夢想を抱く統治者は単なる馬鹿。頭の中に御花畑が存在している類の人物。
 そのような人物は残念ながら為政者には向いてはいない。

 この辺りの難しいかじ取りが()()……俺が知っているアルザス侯シャルルと、今回の人生でガリアからの独立戦争を起こしたアルザス侯が同一の存在ならば、彼奴に出来るとは思えない。四つ、すべての系統をスクエアに極めた事から自ら大帝(マーニュ)と名乗る、自意識過剰で魔法至上主義者のシャルル・マーニュ殿には。

 そう。タバサの予想通りなら、俺の知っている彼奴は魔法が使える自分たちこそが優秀であり、他の魔法を使えないような虫けらどもは自らたちの奴隷であって然るべき、と考えている人物。ある意味、第二次大戦前の欧州やアメリカを支配していた連中と同じ臭いをさせる人物でしたから。この様な人物がこの世界のトップに君臨するガリアの王位に就けば、以後の歴史は地球世界の歴史とどっこいそっこいの酷い物となる可能性は高い。
 パクス・ロマーナやパクス・アメリカーナならぬ、パクス・ガリアーナと言う世界が訪れる事は間違いないでしょう。
 何故、日本で明治維新が起きたのか。何故、維新以後、日清、日露と日本が戦争に明け暮れるようになって行ったのかを知っている日本人の俺が今この場所に居て、このような人物がガリアの王に成るのを認める訳には行かない。

 もっとも、明治維新に関して言うのならイギリスとフランスの代理戦争……泥沼の内戦状態とならなかったと言う点から言えば、当時の徳川慶喜は非常に優秀な人物だったのでしょう。その辺りがきっちりと見えていたのでしょうから。

「それで殿下。そのアルザス侯の野望を阻止する策は何かお持ちなのでしょうか?」

 一応、ゲルマニアから奪った戦車と言う代物は用意して有りますが、あの砲を使用なされるのですか?
 野戦陣地の外れの方向に視線を向け、少し声の調子を変えるランスヴァル卿。
 う~む、その雰囲気を表現するのなら、何となくなのだが、新しいオモチャで遊んでみたがっている子供のような雰囲気と言えば良いのでしょうが……。

 ランスヴァル卿の視線を向けた方向に視線を移す俺。その方向には、迷彩色を施された黒鋼の車体がその重量は破壊力にやや相応しくない、少し地味目な自己主張をしている。
 まぁ、こいつ等は所詮お飾り。並べて遊ぶ分には楽しいかも知れないが、俺や、ゲルマニアの暗黒の皇太子、それに名づけざられし者をこいつ等でどうこう出来る能力はない。……と言うか、俺の仙術で能力が格段にアップしている現在のガリアの騎士たちでさえ、あの程度の兵器ならば五分でナマスにして終えるでしょう。

 そう、確かに国境の関所(その時には全員退避した後で、既に無人だった)を八十八ミリ砲で吹き飛ばしたまでは良かったのだが、国境付近の広大な森を進む内に道に迷い、先鋒の戦車部隊と、第二陣の歩兵の部隊とが引き離され……。
 元々、異常に重い車体だったこのナチスドイツ製の重戦車は地霊たちの作り出す底なし沼から脱出する事が出来ず、結果、すべてほぼ無傷の状態で鹵獲される事となった。

 尚、戦車の乗員や、戦車の部隊に付き従っていた歩兵はすべて捕らえられ、現在はマジャール領内にある捕虜の収容施設に放り込まれている状態。まぁ、前世の例から言って、こいつ等に対してゲルマニアが身代金を払うとも思えないので、このまま捕虜から農奴として一生を終える可能性が高いでしょうね。
 まぁ、彼らには奴隷市場に流されないだけマシ……だと考えて貰うしかないでしょう。少なくとも農奴と奴隷は違う。
 実際、これから先のガリア。聖戦後のガリアは人手がいくらあっても足りない状態となるのは間違いない。おそらく産業革命によって工業化が進んで行く西欧と、其処に食糧を供給する為の東欧と言う役割をガリアは自らの国内のみで賄う事となる。

 国家百年の計などと言う言葉もあるが、俺の抱いている青写真は三百年。未だ植民地すら持たないハルケギニアでは重商主義すら存在しない状態。但し、それは視点を変えると搾取の上に成り立って居た世界の構造を最初の段階から変える事が出来る可能性を得ている、と言う事でもある。
 このチャンスを見逃す手はない。……とも思うのだが。
 もっとも、例え五百年先の未来を瞳が見つめて居たとしても、目先の聖戦を無事に切り抜けられなければこれは絵に描いた餅。真っ新のキャンバスに絵具を置く前に人生自体が終わって仕舞っては何も意味がない。

 因って……。

「ない……事もない。その程度の策ならあるのですが……」

 かなり歯切れの悪い雰囲気でそう答える俺。
 ただ単に火星と木星の間にあるアステロイドベルトから小惑星をひとつ招き寄せただけならば、今の俺に取っては脅威でも何でもない。デカい……。ダンダリオンが言うには、今現在、地球と月の引力が安定している点、所謂ラグランジュ・ポイントと言われている場所に留まっている全長十キロに及ぶ小惑星であろうとも、力任せにぶん殴れば地球に堕ちて来る事はまずあり得ない。
 しかし、ここに伝説や神話が関わって来ると話は変わる。
 伝説や神話で蒼穹の彼方から巨大な何かが落ちて来る、と語られている内容をなぞるように事態が推移するのなら、間違いなくその()()は地上へと落下。その結果、伝説や神話で語られている内容と同じような事態が起きる事となる。
 スルトが剣を振るう度に広がる滅びの炎……と言うのは、おそらく上空から落ちて来た小惑星がぶつかった後に起きる可能性のある地殻津波や岩石蒸気などと呼ばれる状態の事を暗示しているのでしょう。

 この事態を防ぐには、その神話をなぞる現象の核。今回の場合だと、遠いなどと言う言葉も陳腐に思えるほどの遙か彼方に存在するアステロイドベルトから小惑星を呼び寄せている魔法を阻止する。もしくは、落ちて来る隕石にまで出向いて、その物語の核と成っているスルトと、彼の神の乗る蒼穹翔ける軍船を撃退する。このどちらかの方法しかない……と思う。
 もっとも、スルトや軍船を撃退出来たとしても、その隕石落としを可能とする魔法の方をどうにかしなければ、直ぐに次の術を行使されるのがオチなので……。

 ちなみに恐竜を絶滅させた隕石の大きさが十キロから十五キロ程度と推測されているので、今回俺たちの頭上に落ちて来る可能性のある小惑星と同等か、それよりも少し大きいサイズと言うべきなのでしょう。
 この辺りはおそらく誤差の範囲。少しぐらい今回の方が小さいからと言って、その事によって起きる被害の大きさが変わるとも思えない。

 何にしても策はある。但し、その前に……。

「シュラスブルグ城内に対しての魔法による諜報は成功していますか?」

 この城攻めに、這い寄る混沌や名づけざられし者が何処まで絡んで来ているのか。その辺りの事情をもう少し知りたいトコロなのだが。
 その問いを聞いたランスヴァル卿が難しい顔をしながら首を横に振った。しかし、懐から二十センチ四方程度の紙を差し出して来る。
 これは――

「魔法に因る諜報は一切成功して居りませんが――」

 ハルファス卿により調達して貰った写真機で写す事に成功した城壁の様子です。
 ……と、そう言いながら数枚の写真を差し出すランスヴァル。
 少し眉根を寄せ……ハルヒが言うトコロの眼つきの悪い状態で写真を覗き込む俺。其処に写っていたのは……。

「これは対空砲か」

 こりゃまた厄介な物を手に入れたな。そう言う呆れにも似た感覚で言葉を吐き出す俺。
 全長は五,六メートルと言う感じか。黒鋼色の砲身がまるで蒼穹を威嚇するように伸びている。詳しい種類まで正確にいい当てる事は出来ないが、この場に集められた戦車がすべてティーガーⅡ。更に言うと、捕虜としたゲルマニアの兵たちが装備していた武器もMP40など、すべて第二次大戦中のナチスドイツ製の火器である事から考えると、この城門の上に配置された対空砲はおそらく、同じナチスドイツ製の八十八ミリ対空砲である可能性が高い。
 まぁ、こんな物騒な物が装備されている城を、いくら魔法があるとは言え中世程度の科学技術しか持ち得ない軍隊で攻めるのは……正直、無謀と言うしかないか。

 あれは確か榴弾も発射可能だったよな。……とか、ティーガーⅡの装甲と八十八ミリ対空砲の水平射撃。どちらの方が上だったかな。T34は瞬殺出来る能力があったと思うが。などと言う一般的な高校生には分からないマニアックなネタが頭の中で駆け巡り……。
 前面装甲なら五百メートル以内に入らなければ多分大丈夫。但し、相手は十五メートルほどの高さのある城壁の上に設置されている以上、戦車上部の装甲に付いては微妙、と言うか、おそらく無理、と言う結論に達する俺。

 対してシュラスブルグの城門の強度に関しては……謎。少なくともハルケギニアの強化の魔法が相手なら、ティーガーの八十八ミリ砲の前では何の防護にもならない。
 しかし、相手は本来、ハルケギニアの魔法では行使不可能な魔法に因る諜報を無効化する結界を行使出来るので……。

「対空砲を備えている以上、相手は両用艦隊に因る空爆も想定している可能性もある」

 そう答える俺。但し、現在、ガリアの両用艦隊は去年の反乱騒ぎから未だ完全に回復出来ずにいる状態。その代わりにハルファスを通じて手に入れた強風や二式大艇は対アルビオンの最前線より動かす事が出来ないので、シュラスブルグ攻略戦に投入する事は出来ないのだが。
 もっとも、城壁の上と言う限られた空間に設置出来るのが高射砲であった。そう言う可能性の方が高いとは思うのだが。
 しかし……。

「空爆ですか?」

 ゲルマニアの飛行機群がリュティスを攻撃しようとした時のように?
 かなり訝しげな表情で俺を見つめるランスヴァル卿。彼が放つ気配はかなり否定的な気配。おそらく、無辜の民を巻き込む戦闘行為に嫌悪感を示したのだとは思う。
 確かに、無差別の爆撃行為。これは真面な騎士の所業ではない。

「そもそも、我がガリアの両用艦隊にゲルマニアがリュティスを攻撃する際に使用しようとした爆弾なる物は未だなかったと記憶して居るのですが」

 もしかしてアカデミーでは極秘裏に研究、開発を済ませていたのでしょうか?
 相変わらずの陰気を放ちながら続けて問い掛けて来るランスヴァル卿。出来る事ならばそのような物を使用せずに済ましたい。そう言う気配が濃厚なのだが……。
 ただ……。

 ただ、この辺りの事情も、アルビオンが浮遊島と成ったのが、俺が召喚される五分前の出来事だと考えている根拠。
 そもそも地球世界で飛行機が発明されたのが一九〇三年。
 そして、初めて本格的な爆撃が行われたのは第一次大戦中の一九一五年の事。つまり、たった十年ぐらいで地球世界では飛行機を戦争に用いるようになっている。
 然るに、このハルケギニア世界ではどうか。
 アルビオンが浮遊島となったのは……詳しく調べた訳ではないので定かではないのだが、おそらく数百年以上前の話。実は調べようと思えば何時でも調べられたのだが、もし、俺がそのような行動を起こせば、その瞬間に過去の事実が改竄され、その為に必要な情報が矛盾の少ない形で改変される為に、わざと核心となる部分。つまり、飛空船の歴史を調べるような真似をせず、空爆用の爆弾に類する物がこのハルケギニア世界に存在するのかを調べるに止めたのだ。
 その結果はランスヴァル卿が口にした通り。
 マスケット銃や臼砲が存在する以上、導火線を使用する打ち上げ花火程度の爆弾ならば即座に作り出す事も可能なはずなのに、それを上空から落として砦や街を破壊する、……と言う至極単純な戦術すらこの世界の軍人は思い付いていない。

 ハルケギニアは平和で戦争などない世界だった可能性は……ない。ガリア、アルビオン共に王と王弟が争う状態。エルフとは六千年ほどにらみ合いを続けて居り、魔法に至っては攻撃系の物が中心で、平時に使用出来る物の方が少ないぐらい。
 ハルケギニアに暮らす人々がみんな馬鹿。これもあり得ない。少なくとも召喚されてから俺と関わった人物に、そう表現すべき人間はあまり居なかった。

 おそらくどんなに古く見積もっても、飛空船が現われたのはここ十年以内の事。それ以前はそんな物は必要ではない世界。つまり、大ブリテン島は地球世界と同じ位置に存在する普通の島だった可能性の方が高い。
 そもそも、そのアルビオンが浮遊島に成った理由は世界を混乱させる為に必要だったから。故に蒼穹を飛ばせた。その程度の理由だと思う。そして、其処に聖地を奪回しないから神の怒りにより世界すべてが浮き上がって仕舞うなどと言う訳の分からない論法が付け足された。
 精霊力の暴走程度では今のアルビオンは出来上がらない。そもそも、精霊力の暴走で、北緯五一度、西経〇度の辺りの上空三千メートルの地点で、地上と変わらない生活を営む事など不可能。七月の最高気温の平均がおそらく五度以下。最低気温はマイナス十度程度。あまりにも過酷な環境で、人が暮らして行くには向いていない地域となる。
 しかし、何故かここハルケギニアではその辺りの科学的知識が無効化される現象が起き、むしろ其処は神に祝福された、愛されまくった土地。此の世に現われた桃源郷と言うべき土地となっている。

 他の地域は地球世界に対応する地域と比べてもそれほど変わりない状況だけに、これはかなり異常。何かしらの意図が其処に隠されていると考える方が妥当だと思う。

 世界を混乱に導いているのはロマリア。それも、おそらく教皇。ヤツが自分の目的の為に這い寄る混沌か、名づけざられし者をこの世界に召喚し、その瞬間から、この歪な世界――ハルケギニア世界が誕生した。
 ガリア王家に伝わる伝承の『いと高き男』が教皇聖エイジス三十二世を指すのだと思う。

 こいつが破滅の鍵を開くのか。……だとすると、呼び出されたのは門にして鍵の方だと考える方が妥当か。そう、ある程度の当たりを付ける俺。ましてブリミルの使い魔の内、神の右手ヴィンダールヴの能力や世界扉は門にして鍵の能力と被る部分も多い。
 果たして鶏が先か、卵が先か。

 まぁ、世界の謎は後回しでも問題はない。おそらく、その謎だと思われる部分が這い寄る混沌や名づけざられし者によって歴史が改竄された部分だと思う。
 それよりも優先されるのは……。

「一応、策は三つ考えてあります」

 
 

 
後書き
 それでは次回タイトルは『シュラスブルグ城潜入』です。
 
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