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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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坂上の罪状

畳敷の四畳半は不気味な程、家具がなかった。


部屋の主はここから少し離れた貸冷凍倉庫で昨日逮捕された。
貸冷凍倉庫に人の死体らしきものが収納されている、と倉庫の持ち主から連絡を受け、所轄の警察が駆けつけた。そのタイミングでのこのこ現れた犯人・坂上は、え、何なに?みたいな表情のまま上着を被せられ、連行されていった。
現時点での坂上の容疑は『死体損壊』。…まぁ確実に『殺人』もセットなのだが、正直な話、被害者の身元すら確かではないこの状況では奴が何をしたのか、確定が出来ないのだ。
だから俺たちは、容疑者の自宅を検分することになった。しょぼい事件なので検分は俺達二人と、鑑識が二人だ。
「…憂鬱な作業ですね、石上さん」
2年後輩の小林が呟いた。
「あぁ…ここが犯行現場かも知れないと思うとな」
ほぼ『がらんどう』と云っても差し支えない、この部屋を見渡す。…坂上は荷物を片付けて高飛びでもするつもりだったのかもしれないな。そんな思いが頭をよぎった。
「一応、押入れ調べるか。何か出てくるかも知れないからな」
襖を軽くスライドさせると、小さな押入れ用のタンスと本棚がきっちりと詰め込まれていた。…高飛びとかじゃなく、単に見える場所に家具を置かない主義なのかもしれない。
「なんか…こう…料理関連の本が…多いっすね」
早速本棚を漁っていた小林が、一冊抜いてこちらへ寄越した。肉料理の本だ。隠された本棚は、その半分以上を料理本で埋め尽くされている。
「坂上の職業は」
「地方公務員ですね。料理関連とかじゃないです」
「ふむぅ…趣味は料理、と」
「結構、本格的ですよ。特にジビエ料理が得意ジャンルみたいで」
「ジビエ?」
「猟をして獲った獣肉を使う料理です」
「何で得意ジャンル知ってんの」
「インスタ見てます」
そう云って小林がスマホをかざした。
「一月前から『謎肉』と称する正体不明の肉を使った料理が、ちょくちょく出てきますね」


―――現場が凍りついた。


「…見つかった死体は、割と損壊激しかったよな」
「はい、まるで腑分けして一旦凍らせてチェーンソーで少しずつ削ったような」
思わず、息を呑んだ。本棚の影には、鈍い光沢を放つチェーンソーがひっそりと置かれている。
「…おいおいおい、ちょっとさすがに厭だぞそれは!」
「ちょっと衝撃的な展開になってきましたね、石上さん」
「チェーンソー鑑識に回せ!…うっわぁ、えげつねぇなソレは…」
小林のスマホをスクロールさせて旨そう…?な『自慢の一皿』を見る。確かに玄人はだしの出来栄えだ。
「なーんか…青っぽくないか?この肉」
凝視するのも厭だが仕事だから仕方がない。…ひょっとして、俺の懸念は只の杞憂かも知れない。『謎肉』ってのは猟を禁じられているカモシカか何かで、殺人はまた別件かも知れない。
「うーん…人間の肉って焼くと青みがかるんですかねぇ」
「お前っ!!俺が必死でボカしてた核心部分をずばり口にしたな今!?」
その時、風呂場で検分を行っていた鑑識の奴が首をひねりながら戻って来た。
「…どうだ、血液とか検出されたか」
「いやぁ…それが全く」
「解体したのはここじゃないのか」
死体を腑分けしたとすれば自宅の浴槽だと思っていたのだが…鑑識はしきりに首を捻っている。
「血液は検出されないんですが…うぅむ…なんというか」
「何だ?歯切れが悪いな」
「何というか…『体液』らしきものは検出されているんですよ」
「む?胃液とか胆液とか唾液なんかか?」
「いや…体液、としか言いようがないんですが…強いて俺が知っている限りでアレに近い体液というと」
まだしきりに首を捻る鑑識に少しいらっとする。
「―――カブトガニ?」
「青いのかよ!!」
散々溜めて答えはそれか!?
「え?え?カブトガニが浴槽で超たっぷりさばかれてるってこと?それまた別枠の犯罪じゃありません?」
「―――あぁ、天然記念物だからな」
「カブトガニの死体は見つかってません。食ったんでしょうかね」
「小林インスタ見せろ」
「カブトガニ無いっすよ。ていうかこの人、エビカニ嫌いです」
プロフィールのページを開きながら、小林がゆっくり呟いた。
「旨いんですかね、カブトガニ」
「のけぞるマズさだというぞ」
カブトガニの味はさておき、とにかく殺害も解体もここではないらしい。
「だとすると…殺人が立証しづらくなってきたな。被疑者の自白待ちか…」
その時、俺の携帯が鳴った。
「はい、石上」
着信は検死官の秋山だった。…奴と俺は同期だ。
『ちょっとイッシー、大変だよ』
「身元が分かったのか!?」
『いや、分からん。というより分かりようがない…ということが分かった』
「何だ意味が分からん」


『ガイシャ、人じゃないわ』


―――は?
「てめぇふざけてんじゃねぇぞ」
『まじだよ!DNAがもう人類と全く異なるんだよ、よく見ると角っぽいのあるし、肌の色も微妙におかしいし!血液も…あれはそうだな、俺の知っている限り一番近いのは』
「―――カブトガニ?」
『それだよそれ!!』
…おーい、カブトガニの謎が解けたぞー。俺は鑑識に声をかけて携帯を切った。
「……さて、ガイシャが人間じゃなかった訳だが」
「え?え?」
え?と云いたいのは俺だが。俺は検死官からの報告を小林にざっくり伝えた。
「つまり、カブトガニだったんですね?」
「そんな訳あるか。姿形は人に似て、血液はカブトガニに似た何かだよ」
「だとしたら、どうなるんでしょうね」
「どう、とは」
「坂上の、罪状ですよ」
……罪状?
「殺人じゃないのか?」
「殺人は、人間を殺害した場合のみ適用される罪です。…でもガイシャは人間じゃないんでしょ?」
「う、うむ…しかしこいつ服着てるぞ!?」
「犬猫だって服くらい着ますよ」
「そういうことじゃねぇよ!…つまりこの…ガイシャは!自分の意志で服を着て!高度な知能をもって生活する知的生命体の可能性が高いよな!?」
「前例がないしなぁ…。法律的には犬猫と同じ『器物損壊』になりますよねぇ、今後どうなるかは別として」
「器物…損壊」
思わず天を仰いだ。…例えばガイシャがカブトガニとか、国から保護されている生物であればもう少し重めの刑を科されたのだろうが…たとえガイシャが世界で唯一の生命体だったとしても、それを裁く法律がない限り、坂上の罪状は…。
「あー…もうこれ警察の出る幕じゃないんじゃないすか……ってうわああああ!!」
押入れの奥を覗いた小林が変な声を出した。
「…何があったんだ」
殺人現場が器物損壊現場になったことで俺はもうテンションだだ下がりなのだ。一応、押入れに首を突っ込むが…。
「―――んん??」
何だ、これは。炬燵くらいの大きさの、丸くて平べったい金属状の何かに透明なドームがついている。ドームの中は人が一人座れそうなスペースに、レバーらしきものが2本。…何だろう、何だか分からないが、俺はこれを知っている。遠い昔に、俺はどこかでこれを…。
「パーマン!これパーマンに出てくるやつですよ!!バードマンが乗ってるやつ!!」
「パーマンのやつか!?」
「そうです!この『バードマン式宇宙船』に乗って遠い惑星とかから遥々やって来たんですよガイシャは!!」
「こんなのに乗ってきたらエコノミー症候群とかにならないか!?ワープやら光速移動やらするんだろ!?」
小林が興奮し過ぎてよく分からない仮説に取りつかれ始めた。
「半分歪んで…中に体液のあともありますよ!?これ墜落したんですよきっと!!」
「UFO墜落して中で死んでる宇宙人見つけて、何で『よし、食うぞ』って思うのあいつ!?凄いニッチな変態なの!?」
「もうなんかよく分からない事件ですね!!」


「宇宙人なんてことになると、地球上にその生命体…ガイシャの所有者となる権利の主体がいないから…器物損壊自体、成り立たないぞ」


小林はしばし、円盤を撫でまわしていた手を止めて俺をじっと見つめた。
「……無罪?」
「……多分」
いや、普通にダメなんだがな?けど落ちてた宇宙人の死骸を食っちゃダメって法律ないし…なぁ?
「―――じゃ、俺達なにやってんですか?」
「知るかっ!何かもう分からん!!」
どちらにせよこの案件は俺達の管轄どころの騒ぎではない。未確認生物どころか宇宙人まで絡んできたら、俺達が下手に現場を引っ掻き回さないほうがいいだろう。あとは鑑識とか偉い先生たちに任せることにする。
「この件はじきに撤収命令が出るよ。お前も帰り支度しろ。そしてこの事はすぐに忘れろ」
「一生忘れられませんよ!バードマンですよ!?」
「落ち着けバードマンじゃねぇぞ。…刑事やってるとな、こういう事はまま起こる。まぁ…宇宙人は俺も初だが。坂上の罪状のことも、もう考えるな。これはもう立法府とかの管轄だろ」
「だけど!」
「くどいぞ、小林」


「落ちてた宇宙人の死骸を調理して食ってインスタにアップするような変態を野に放っていいんですか!?」


「ぐぬ……」
常識とか公序良俗とか、倫理の基準にに照らし合わせると確かに、放っておいていい嗜好の持ち主じゃないんだが…今現在、奴を裁く法律が存在しない限りはなぁ…。
その時、俺の携帯が鳴った。
「はい、石上」
十中八九、撤収命令だ。そう思って俺は気怠く電話に出た。
『大変だ、石上!』
「こっちも大変だよ…」


『坂上が死んだ!!』


―――はぁ??
『皮膚が青くなって、変な色の血を吐いて死んだぞ。…あいつ、ガイシャの躰を食べたんだろ?多分その肉に』
「人体に有害な、何かが……」
『未知の成分だから治療のしようもなく、なす術はなかった』
ふっと、体の力が抜けた。
そりゃそうだろうな、宇宙から飛来した得体のしれない生き物の肉をよく調べもしないで食い続けたらそりゃなぁ……。
「おーい坂上死んだぞー」
俺は携帯を切って上着を羽織った。小林も「うぃーす」とか云いながらついて来た。
もう色々どうでもよくなったので、小林を誘って3時から呑める居酒屋に入り、具合が悪いと報告して直帰することにした。


宇宙人の件は、結局表ざたにはされなかった。
さすがに『墜落した宇宙船を発見した一般人が宇宙人を食いました』とは発表できまい。 
 

 
後書き


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