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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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記憶

 
前書き
久々リズ視点スタートで楽しかったです 

 
「あれ……?」

 《オーディナル・スケール》のボス戦を終えて、自宅で床についていたはずのリズ――里香は、ふと気づけば自分がある場所に立っていたことに気づく。

「ここは……」

 アインクラッド第四十八層《リンダース》。その郊外に位置する、あのデスゲームに囚われていた時に、大枚はたいて買った初めての自分の店、初代となる《リズベット武具店》だった。ただし自分の格好はVR世界でのエプロンドレスにピンク髪ではなく、現実の学生服なものだから違和感しかない。

「明晰夢、ってやつだっけ……」

 自分が夢を見ている状態であると気づく夢。VR世界とリアルの身体という違和感から、そう多くない時間で里香はそのことに気が付いた。あまり出来ない経験だと、里香は懐かしのリズベット武具店の中を散策していく。

「この音……」

 そうしているうちに響き渡ってくる、心地よく聞こえる鍛冶の音。水車とともに定期的に鳴り響く、金属と金属がぶつかり合う音に誘われるように、里香の足はフラフラと工房へと向かっていく。

「あ……」

 工房の扉を開く。そこには一心不乱に鍛冶作業をする、今の自分より少し幼い顔をした、ピンク色の髪をした少女――《リズベット》がいた。どうやらリズベットは乱入してきた里香には気づかないようで、積まれている作業に忙殺されていた。オーダーの内容がまとめられている紙とにらめっこしたかと思えば、すぐさま次の仕事に移っていく。

「ふふ……」

 そんなリズベットを見ながら、里香は懐かしげに頬を緩める。確かに忙しい時は何度となくあったけれど、仕事をしている時だけは無我夢中でやり遂げていた。自分が直接的にモンスターと戦えるような勇気を持たない分、他のプレイヤーに力を与えられるように。

 ――仕事をしている時だけは、襲いかかってくる『死』から逃れることが出来たのだから。

『ふぃー……』

 リズベットが今日の分の仕事を終わらせたらしく、息を吐きながら仕事用のハンマーを壁に立てかけた。用意してあったコーヒーをコップに注ぎ、椅子に座って温かいコーヒーを飲んで一息つく。

「…………」

 ……しかしてしばらくしてみれば、その表情にみるみるうちに恐怖の表情が浮かんでいく。脳波で感情を理解してそれをアバターが反映するこのVR世界、とりわけナーヴギア故の反応のよさにより、あの表情こそがリズベットの今の剥き出しの感情だった。

 終わりの見えないデスゲームへの不安はもちろんだが、それ以上に――自分の武器を取って死地に出向いた剣士たちが、死ぬことがないかどうか。もちろん武器の一つ一つに手を抜いたことなど一度もないが、このデスゲームのモンスターは時にこちらの予測を大きく上回る。どんなにデータを暗記していようと、何が起きるか分からないが故のデスゲームだ。

 そんな不測事態が起きた時に、自分が作った武器は、剣士を生きて帰すことが出来るのか? 自分自身は最前線など足を踏み入れることも出来ないのに、自分は他のプレイヤーたちに武器を与え、『あたしの代わりにデスゲームを攻略しろ』と強いているにもかかわらず。

 ――だからリズベットにとっての『死』のイメージは、自分が作った武器を持った者の死。鍛冶作業も終わって一人になると、この店に来た客が一人一人、モンスターに殺されるイメージが襲いかかる。

「っ……」

 自らの肩を抱いて死のイメージに圧し潰されないようにするリズベットを見て、里香は苦々しげな表情を見せながら手を伸ばした。すると予想に反して、恐れるリズベットの肩に優しく触れることが出来た。

『キャッ……!』

 怖がらなくていい、絶対にみんな生きて帰ってくる――そんな思いを込めた手だったが、リズベットは椅子から立ち上がって里香から逃げだしていく。信じられないような目で里香を見て、普段の気丈さが嘘のように部屋の隅で子供のごとく震えていた。

「……なんて顔してんのよ」

 リズベットが信じられないような目で里香を見ているのは、同じ顔をした者が目の前にいるから、というわけではなく。死のイメージをリズベットに運んでくる『死神』とでも呼ぶべき人物は、いつだってプレイヤーたちに武器を与えて死地に赴かせる者――すなわち、リズベット本人だったからだ。

 自らは安全な場所にいるにもかかわらず、他の者を死地に追い込んでデスゲームをクリアさせる。それを死神以外にどう形容するべきか。

『ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』

「あんたは攻略組の人を助けてるんでしょうが! 死神なんかじゃなくて!」

 夢の中の自分に向かって怒鳴るなどと、無駄なことだとは分かっていたが。それでも里香は、部屋の隅でフレンドリストを見て謝り続ける自分を見て、どうしても言わざるを得なくなった。

『そ、そうだ……そろそろ、素材を取りに行かなきゃ……』

 ……自分だけが安全圏にいる、というコンプレックスを持っていなかったと言えば、それは嘘になってしまうが。故に素材は町で買うだけではなく、わざわざフィールドにも出て行くことがあった。自分もデスゲームで戦っているんだ、と誰でもない自分にアピールするように。

『……――……――』

 そのままリズベットはゆっくりと立ち上がると、まるで生ける屍のようにフラフラとフィールドに向かう準備を始めていた。もはや言語化しきれていない呟きを発していたが、不思議と里香にはその呟きの内容が伝わってきた。

 こんなデスゲームに参加することになった環境への恨みか、自分と違って前線で戦えるプレイヤーたち――とりわけ、親友たるアスナへの嫉妬か。はたまた、それら全てを内包した自分へか。

 そんな留まることを知らない怨嗟の声は、店の扉が開かれることで終わりを告げた。フラフラと動いていた身体もピタリと止まり、リズベットが何かを期待するように店の方を見上げていた。

『ただいまー……リズ?』

『ぁ……!』

 その声が聞こえてきた瞬間、リズベットの顔が晴れていく。それでもギリギリの部分でリズベットが自らを『死神』でないと言えたのは、リズベットの傑作を腰に帯びて戦っている彼が、いつもここに帰って来てくれたからだ。ハンデを背負いながら戦う彼に不安を見せないように、涙と涙の痕を執拗に消していき、とびきりの笑顔を鏡の前に見せておく。この店を始めた時も似たような笑顔の練習はしていたが、その時とはまるで違う、自然な笑顔だった。

『リズ?』

『おかえり!』

 さっきまで泣いていた姿が嘘だったかのように、リズベットは工房から彼が帰ってきた店先へと、飛び出すように駆けだした。そんな様子を里香は照れくさげに見つめていて、第三者から見たら、あんな飼い主が迎えに来たペットみたいなのかしら――と自嘲し、当時のことを思い返した。

 彼が無事に帰って来てくれれば、自分はプレイヤーを死地に送る死神ではなく、攻略組を助ける鍛冶屋のままでいられた。彼の不器用な笑顔には、今日も帰ってきてくれてありがとうと、とびっきりのスマイルで返して。

 絶対に泣いているところなんて見せないように、それ以上に、命の心配をしているなんて思わせないように……帰って来るのが当然なのだから。こんな様子では、彼のことを見栄っ張りだと笑えな――

 ――彼って、誰?

「え……」

 里香がそこまで自覚した瞬間、今まで目をつぶっていても思い返せた《リズベット武具店》の工房が、ノイズが走って見えなくなってきていた。徐々に徐々に世界はノイズが増して狂っていき、ブラックホールに飲み込まれるようにただただ消えていく。

「ちょ……ちょっと!」

 いつも鍛冶作業をしている机も、お客様に頼まれて作り出した武具の数々も、BGMとして気に入っていた水車が動作する音も、お気に入りのハンマーが置いてある場所も、改心の出来だと自作したヤットコも、鍛冶屋仲間とともに撮った写真も、アスナと一緒にクリアしたクエストの報酬も、彼をコーヒー党にしてやろうと気合いを入れて買った高い豆も、彼とともにカタナを作った時の思い出の端材も、工房にあったありとあらゆる思い出が破壊されていく。

「ショ――キ!」

 思い出せない誰かに助けを求めながら、消えていく工房から階段を登って店先にたどり着いた。店先も同様の状態となっており、改心の出来だとショーケースに並べた武具も、無口だったが仕事は正確だった女性の店員NPCも、何人かの客を怒鳴って追い出したカウンターも、ついつい寝落ちするほどに心地よい安楽椅子も、どれもこれも見る影もない。

「――ョ――キ! ……そうだ、確か……」

 それでも今の里香の思考には、思い出せない彼に助けを求める他なく。痙攣を起こしたように震える身体と、その震えに反比例したかのように回らない思考を巡らせると。つい先程、誰かが……誰だったかは思い出せないが、とにかく誰かが『素材を取りに行く』と行っていたことを思い出すと、勢いよく何の店だったか分からない扉を開ける。

「嘘でしょ……」

 店の外には、もはや何もなく。どこまでも広がり、どこまでも沈んでいく、そう直感できる漆黒に染まっていた。もはや自らが見ている夢だという事すら忘れた里香は、目の前の光景に絶望するかのように膝をついた。店の外観すらも壊れていき、次の瞬間には店も原型を留めなくなるだろう時に、里香はようやく彼を見つけ出した。

「――――――――!」

 見たこともない後ろ姿の少女とともに、闇の中を歩いていく黒いコートを着た少年に対して、里香は助けを求めるかのように手を伸ばした。しかして、名前も分からない相手に助けを求められる訳もないとばかりに、その手は空を切っていて。

 最後まで残っていた何かの店が消え去っていくとともに、里香の意識も漆黒の中に沈んでいった。

「ぁ……夢、よね……?」

 先の《オーディナル・スケール》による、アステリオス・ザ・トーラスキング戦からしばらく。日付で言えば更新されているが、時刻で言えば数時間程度の後のこと。深夜に飛び起こされた里香は、スマホを見てそんな時刻であることを確認する。

「っ……!」

 そのまま時刻を確認するだけではなく、手が勝手に彼に――ショウキに連絡に取ろうとするのを必死に押し留めると、もう身体が勝手に動かないようにスマホを届かないところに放り投げる。

「あた……しは……」

 これでショウキに連絡してしまうことはない――と、そうして全身に流れる嫌な汗を感じながらも、里香は再び眠りに堕ちていった。



「リズ!」

 学校を終えてALOにログインするとともに、フレンドリストを見て彼女がこちらの世界に来ていることを確認しながら、その名を叫んで部屋から飛び出した。その先は俺とリズの仕事場である鍛冶工房となっており、目当ての彼女は今まさに鍛治を手がけようとしているところだった。

「わっ! ……ビックリしたぁ。どうしたのよ、そんな大声出して」

「ビックリしたのはこっちの台詞だよ、連絡もつかず学校にも来ず」

 本日、SAO生還者学校に顔を出さなかったリズは、携帯や《オーグマー》の方にも連絡はまるで届かず。何があったか心配して全速力で帰ってくると、何かメッセージが来ているかもとALOに入ってみれば、これだ。

「あー……朝にさ。風邪、ひいちゃったのよ。鬼のかくらんってやつ?」

 だから携帯も見てなくて、ごめんなさい――と続けながら、リズはこの通りだとばかりに両手を合わせて謝った。昨日に腰が抜けて倒れたばかりだというのに、昨日の今日でこれでは何があったのか心配にもなる。

「昨日、ショウキがやられた時に腰が抜けちゃったのも、風邪のせいかもねぇ」

「やられてない、防いだ……で、そんな倒れるほどに風邪気味の奴が、なんでALOにいるんだ」

「ま、もう大体完治したわよ」

 どことなく違和感は感じるものの、いつもと変わらぬ様子で笑うリズに、本当に大したことはなさそうだと胸を撫で下ろす。急いで帰ってきたせいか高鳴る鼓動を抑えるべく、その場で深呼吸を数回してみせて。

「それに、なんでか知らないけどARにドハマりしてるあんたのために、こっちの鍛冶はしといてやろう、って心遣いが分かんないの?」

「心遣い痛み入るけど、まずは弁解した方がいいと思うぞ」

「弁解ぃ?」

「リズさーん!」

 こちらの言っている意味が分からない、といった表情をしていたリズが、突如として開け放たれる工房の扉で察したように顔を覆った。扉を頭突きして開けたらしいピナとともに、息を切らせたシリカが見事に転びながら工房に入ってきた。

「すぐに何とかしないと、今日はずっとこんな感じで工房が襲撃されるぞ」

「リッ、リズさん! な、何か……」

「風邪ひいてた! 連絡してなかったのはごめん! 今からみんなにもメッセージするから心配しなくていいわ!」

 鍛治仕事用のハンマーをひとまず机に置いて、リズは片手で倒れ込んだシリカを撫でながら、もう片手でフレンドに向けてメッセージを送信していた。

「もう大体完治したそうだ」

「風邪、ですか……良かったです……」

「あんたらがちょっと心配しすぎなの、よっと」

「学校にも来ないで音信不通なら、心配ぐらいします」

 こちらがシリカを助け起こしている間に、どうやらリズも風邪をひいただけだから心配するな、的なメッセージを送信し終わったらしい。手を腰に当てて呆れたような表情を見せるリズに、シリカがピナと一緒に抗議するポーズを取る。

「それにショウキさんが重体だったんですよ? 一日中ボーッと、俺は特にリズのこと心配してないぜ? 的なポーズしてて」

「あー、目に浮かぶようだわ。それで話しかけたら、考えごとしてるから、1テンポ送れて反応するのよねー」

「ねー」

「…………」

 理不尽なイジメにうなだれていると、頭の上にピナが乗りかかってきた。最初は慰めてくれるのかと思ったが、ピナが乗っている限りは頭を上げられないと、むしろリズに謝るポーズで固定されてしまっていた。

「リズさんのことが心配だなんて、みんな分かってるんですから。別に普通にしてればいいと思いますよ?」

「そんなとこで見栄張ってどうすんのよ」

「どうしていきなり俺への糾弾が始まってるんだ」

 むしろ糾弾されるべきは、何の連絡もよこさなかったリズじゃないのか――と、理不尽な日常を呪っていると、ようやくピナが俺の頭から離れていく。

「そういえば、学校では何かあった?」

「ふふふ……よくぞ聞いてくださいました!」

 ピナに乗られていた分の首の体操をしていると、リズの問いにシリカが急に興奮しだした。目にも留まらぬ速さでメニューを操作していくと、リズにある広告を見せつけた。

「ジャーン! ユナのライブ、ですよー!」

「へぇ……あの子、もうライブなんてするのね」

 だって会いたい――とお決まりのBGM付きで流れだす広告を見て、リズが心底感心したような素振りを見せた。その広告で踊るユナの後ろにはちゃんとレインの姿もあり、あちらも今日のリズと同様に連絡がとれていない状態だったが、どうやら忙しいだけだろうと安堵する。

「それが今日の学校と何の関係があるわけ?」

「このユナのライブに招待してくれるらしいんですよ!」

「課外授業って体でな」

 最新鋭の機器《オーグマー》に続いて、まさか世界初のARアイドルの武道館ライブまで、学校行事として無料で出してくれるなどと、ずいぶんと生還者学校も太っ腹になったものだと。発足当時は、デスゲームという環境で二年を過ごした者たちの監視場などと言われていたが、もはや変わった一学園にしか過ぎないであろうか……などと、心にもないことを考えながら。

「……ライブを見ることが何の授業になるってのよ」

「さあ……?」

「いいじゃないですか! ユナのライブですよ、ユナのライブ!」

 恐らくは俺が学校で抱いた感情と、同じような心境を抱えたらしい表情をリズも見せたが、その思いの行き場は俺にも分からない。対してシリカはとにかくユナのライブに行けることが嬉しいと、まさしくファンの鑑のようだった。

「またカラオケ行きましょうね! ライブの予習です!」

「はいはい、付き合ってやるから落ち着きなさい」

「風邪気味が何言ってる」

「あー……そうよね、言われてみれば……って、どうしたの?」

 ライブの招待でやたらハイテンションなシリカを抑えながらも、徐々にそのテンションに引っ張られつつある風邪気味に釘を差しておくと。なんとも予想外なリアクションを取られたので、ついつい聞き返されるほどに素っ頓狂な反応をしてしまったらしい。

「いや……治ったわよ! とか言われると思って」

「……あたしだって、風邪気味の時ぐらい素直に言うこと聞くわよ。そんなことより、さっさと今日の分、終わらせちゃいましょ」

「……少なくないか?」

 多少、無理やり話を逸らされた感じはあるが。今日のメンテナンスや武器の注文がまとめてある羊皮紙を投げ渡され、どれぐらいかと目文をしてみると、その注文量の少なさに二度見してしまう。シリカにピナも覗き込んでは来たものの、あまりピンと来ていない様子だった。

「少ないんですか?」

「ん……ま、多くはないわね。ショウキが来る前にちゃちゃっとやっちゃう気だったし、あたしも」

「素材の仕入れ量減らさないと赤字なぐらいだ」

「へぇ……もう長年やってる感じですね」

「実際、あの浮遊城の時からな訳だしな」

 メニューから帳簿を呼び出しながら会計をする俺たちに、シリカは何やら感心したような様子を見せていた。かく言う自分も、リズの店を手伝うようになってから、我流で会計やら帳簿書きやらを覚えた――もちろん、あの浮遊城に参考書があるはずもない――訳で、デスゲームに参加する前の自分が見れば驚く光景だろう。

「まあ……ね。でもあんた、ずいぶん上手いわよね。仕入れとか」

 とはいえあのデスゲームで覚えたなどと言うのも奇妙な話からか、リズも珍しく歯切れが悪くなったようで、代わりに帳簿で素材の仕入れ量を引き下げておく。すると帳簿を覗き込んできたリズが、意外そうに表情で見つめてきた。

「それはもう、SAO時代からずっと、リズさんを支えてきたってことじゃないですか!」

「そ……そうだな。始めるか」

「あ、鍛冶となればお邪魔ですね。リズさん、お大事に! ショウキさんは、リズさんをよろしくお願いしますね~」

 妙に仕入れやら会計が上手いというのは、少し触れられたくはないことだったので。お礼を言うわけにもいかないが、シリカのおかげで話題を逸らすことに成功した。するとそのシリカが、何やら下世話な笑みをニヤニヤと浮かべながら、ピナとともに礼をして工房から外に出ていった。

「それじゃ、よろしくされたし……」

「ログアウトしろ、ってんでしょ? 大丈夫だってば……こう言えば満足なんだっけ?」

「……じゃ、さっさと終わらせるか」

「ええ!」

 こちらの言うことを分かってるというべきか、分かっていないというべきか、分かりすぎているというべきか。これは言っても聞かないと観念すると同時に、こちらも過保護すぎるなと反省しながら、とりあえず仕事を軽く分担していく。

「それじゃ、やるわよ!」

「了解」

 お気に入りの武器のメンテナンス、武器の新造、分解することによる素材の入手、武器への特殊効果の付与――などが、主に鍛冶屋に届く依頼だった。今回はメンテナンスの依頼が多く、特殊効果の付与よりはずいぶんと楽な依頼だった。

「…………」

 だからといって気を抜く訳もないが。代々のリズベット武具店に伝わる、鍛冶の際はただ無心に作業すべし、という鉄則に従いながら。研ぎ機に片手剣を触れさせていき、手頃な時になれば剣を離していく。

「…………」

 それを二人で幾度と繰り返していき、心地よい作業の音が空間を支配する。お互いに会話はないが、ならばこそ伝わるものもあり――故に、リズの普段とは違うような感情が伝わる。鍛冶作業に何か戸惑いを感じているような、そんな違和感が。

「お疲れー!」

「お疲れ」

 ――それは本人が一番分かっているだろうから、わざわざ言うようなこともないのだが。お疲れ様、とお互いに拳を合わせると、メンテナンスが終わったあとの調整をしておく。

「本当にさっさと終わったわね……そういえば、知ってる? ALOの浮遊城更新、延期だって」

「注文が少ないんじゃなく、プレイヤーが少ないってことか」

 ALOのプレイヤーの数が減っている原因は、十中八九、新作ARゲーム《オーディナル・スケール》だろう。リズの誕生日のプレゼントという崇高な目的があるとはいえ、自分も今はそちらをメインにプレイしているため、多少なりとも耳が痛い話だったが。

「早く四十八層までクリアして貰わないと困るのにな」

「そ、そうよね……」

 新しいジャンルのゲームが出来たということで、多くのプレイヤーがひとまずは《オーディナル・スケール》に流れているこの状況で、目玉であるイベントを流すという選択は理解できるが。キリトやアスナの二十二層のように、早く四十八層の《リズベット武具店》を取り戻したいという思いは、隠しきれないほど確かにあった。

「あ……ごめんショウキ! ちょっと用事思い出したんだけど、後は任せて大丈夫?」

「ああ、あとは後片付けぐらいだし……」

「ごめん! よろしく!」

 そう言い残すと、リズは本当に急用を忘れていたかのように、すぐさま工房から出て行った。まるでこちらから逃げるようなその動作に、何か怒らせてしまったかな――と、店からリズが出て行く音を聞きながら髪を掻く。

「ん……?」

 後片付けに注文者への返信など、鍛冶仕事の後始末をこなしていると、何やらまたリズベット武具店の入口が開いた音がする。ただの客だったとしたら、何やら物色したり店員NPCに話しかけたりし始めるが、どうやら一直線に工房に向かって来ているようだ。そんなこの店を熟知している動きに、リズが帰ってきたかと一瞬だけ思ったが。

「よっすショウキ! ……ん? どした?」

「だよな……」

「んだよ、いきなり辛気くさい顔してよー」

 どう聞いても足音は男のもので。その時点で候補は既に何人かに絞られていたが、工房の扉を開いたのは馴れ馴れしい顔をしたサラマンダーだった。こちらの失望はアミュスフィアによって表情に出ていたらしく、クラインはつまらなさそうに頬をかく。

「辛気くさい顔って言えばよ。外でリズ見かけたんだが、ありゃケンカでもしたか?」

「らしい……」

「ふーん……ま、最近はリズよりオーディナル・スケールにお熱みてぇだし、それじゃねーの?」

 話半分に役に立たなそうなアドバイスを聞きながら、鍛冶作業の後始末を全て終わらせる。クラインもどうやらこちらの仕事が終わったことに気づいたらしく、本題に入りたそうな表情を見せていた。

「でもよ、お前がオーディナル・スケールにお熱なのって、リズのためだろ? それでケンカとは、男は辛いねぇ……」

「……は!?」

 それはアスナにしか言っていないはず――と驚きを露わにしてクラインの方を見ると、そのニヤケ面が眼前に浮かんでおり、簡単にハメられてしまったのだと確信する。

「っ……!」

「大丈夫だっつーの、みんなにももうバレバレだからよ。分かってないのリズぐらいのもんだ」

 後悔と不覚に髪の毛をガリガリと掻く俺に対し、クラインが笑いながら肩を叩く。ハゲんぞハゲんぞ――とVR空間であるにもかかわらず注意されるがクラインの言葉に、俺の動揺はさらに続いていた。

「バレバレ……と?」

「は? バレてないと思ったのか?」

「……なんでだ?」

「いや……見てりゃ分かんだろ。元々ゲーム好きって訳でもないお前がよ、ポイント稼ぎしてんの見てたら」

「…………」

 しかも近々リズの誕生日だしよ――と続くクラインの言葉に、ぐうの音も出ることなく沈黙する。まさかバレるようなことがあるとは思っていなかったために、見栄を張って隠しきれないほどの動揺が俺を支配し、クラインも流石に可哀想になってきたらしい。

「……ちなみに、なんでプレゼント買うような金もねぇんだ? アスナと違ってバイトも出来るだろ」

「……誰にも言うなよ」

「おうよ。こう見えても口は堅いんだぜ?」

 ふと、気になったかのようにクラインが呟く。確かにクラインがそう疑問に思うのももっともで、毒を食らうば皿まで、という面持ちで息を吐く。ずいぶんといい笑顔をしてくれるクラインだったが、残念ながらこの男が信用出来るということは知っていた。

「参考書とか……試験代でな」

「試験代ぃ?」

 見た方が分かりやすいだろう、とメニューを可視化させてクラインの方に飛ばす。そこに描かれているのは、簿記や会計士などの資格の試験や対策講座、などなど資格取得のために必要なアレソレだった。そして資格取得のために必要という他にもう一つ共通点があり、どれもこれもお金がかかるということだった。

「なるほどなぁ……しかしまた何でだ? こんな小難しいもんばっかよ」

「それは……ほら、リズって将来は、自分の店を持ちたいって言ってるだろ?」

 クラインからの率直かつもっともな意見に対して、少し口ごもりながら答えていく。まずはこれらを勉強することになった元凶の、リズの将来は何か店を持って客商売をしたい――と公言している夢について。

「だからその、店とかには……必要だろ? 会計士とか、そういうの。だから……えー、その、な……」

 言葉がどんどん尻すぼみになっていき、気が付けば消え入りそうな程の声量となっていた。話さなければよかった――という後悔だけが心に沈殿していき、気がつけば椅子に座ってうなだれていた。何やら将来について語ってしまって、今は恥辱でクラインの、恐らくはニヤケ面すら見ることは出来ないだろう。

「立派なもんじゃねぇか。でもアインクラッドの時も言った気がするけどよ、真面目すぎんだオメーはよ」

「……笑わないのか?」

「は? ……おいおい、もしかしてオメー、本音言うと笑われると思って見栄張ってんのか?」

「黙秘する」

 どうやら俺の予想に反してニヤケ面はしていなかったらしいが、そんなやり取りにクラインは今度こそ声をあげて笑っていた。まだ頬の赤みが引いていないので、クラインの表情は依然としてうかがえないが、どうやら今は腹を抱えて爆笑しているようだ。

「ハッハッハ、いやー損な生き方してんなオメー」

「放っておいてくれ……っと!」

 かと思えばクラインは肩を組んできたため、見たくなくてもその野武士面を嫌でも見つめることになって。ひとまず笑う顔から目を逸らしたタイミングと、クラインからその提案がもたらされたのは同時だった。

「そんなオメーにいい儲け話があるんだが、どうよ?」

「儲け話……?」
 
 

 
後書き
リズってあんなネガティブか? というのはもっともですが、人間誰しも心の闇はあるということで1つ。
 
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