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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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ただの恋のおはなし

私は、コイバナが嫌いだ。


都内の大学に通うために部屋を借りたかったけど、都内の家賃を舐めていた。
仕方なく同じ高校からやっぱり都内の学校に通う事になったモエとルームシェアすることになった。ただでさえ家賃が高い都内でバストイレ付き・オートロック完備となると、一番狭い部屋が精一杯。二人で4畳半をシェアという軍隊の寮みたいなたまらないかんじになっている。
高校生の時から『ちょっと変わった子だな』とは思っていたけど、モエは本当にやばい。


「…でね、わたしぃ、そのヒトに恋しちゃってるかもしれなくてぇ…」


毎日のようにコイバナを聞かされる。
そもそもモエのプライベートにそこまで興味ないのに、テスト前だろうとゼミ合宿の前だろうとおかまいなしにコイバナをしてくる。最近じゃ聞き流す方向で頑張っているんだけど。
「ほーん、よかったねー…」
明日は第二選択外語の小テストがあるのでマジメに聞いてらんない。
「留学生みたいなんだけどねー」
「ふぅん国際的」
テキストを繰りながら適当な相槌をうって聞き流す。
「いっつもモエに冷たいの…でもその冷たさが気になってー…」
自分の事『モエ』云うな腹立つわ。
「脈ないんじゃん?やめといたらー?」
「特別モエに冷たいとかー、モエの気を引こうとしてんのかなー…て」
「本っ当に何の心当たりもないの…?」
―――くっ、突っ込まずにはいられない。
「ないない、ないよー。だって話すらできないもん。人を近づけないっていうかー」
「ふぅん…」
「彼ねー、ファッションにコダワリが強いのー」
…また面倒そうな男を。
「いつも『KKK』って書かれたイカしたTシャツ着ててねー」
「ちょっと待ちな」
「夜毎に被る白い三角頭巾がとってもキュートなのー」
「理由に思い至った。そいつはやめとこう、モエ」
「えー、ステキなのにー」
「そいつは無理なの。絶対無理なの。結ばれたくば来世、白人に生まれ変われ」
「ぷーん」
あーよかったよかった解決した。もう今日のコイバナおしまいっと。明日のテスト範囲は…ここと…。
「じゃあー、今度は真剣な瞳がステキな人の話していいー?」
「KKKはどうした」
「恋って、突然やってくるんだよ♡」
「同時進行かい…」
コイツの恋は悲壮感が微塵もないな。
「その人とモエはね、コンサートホールで出会ったのー」
「モエもそんな高尚な場所に行くんだ…どこのコンサートホール?」
「調布駅のパルコ裏手のー」
「おいそれパチンコ屋だろ。『パチスロ コンサートホール 調布店』だろ」
「毎日のように見かける真剣な横顔がー、忘れられなくてー…」
「十中八九パチンカスだからねそいつ。毎日って時点で」
「打ち込めるものがあるって…いいよねー」
「文字通りな。パチンコ玉をな」
「バレンタインチョコレート、渡しちゃおうかなー」
「自分で取んじゃね、景品として」
「どうしようー、モエ、恋しちゃってるかもー」
「ほんとやめな。そこ、この辺で一番恋しちゃいけない地帯だからね」
やばいこいつやばい、放っておくと自動的に不幸を呼び込むわ。コイツの親、なんで一人暮らし許可したんだ。
「じゃあ…京王多摩川近辺で見かけた、赤鉛筆を耳に挟んだワイルドな紳士のことを」
「それガチじゃねぇか!ガチの競輪狂だよ!!あんたはもう調布で恋すんな!!」


―――勉強が進まない。


「モエのホームグラウンド調布を、どうしてそんな風に云うの!?しくしくしく…」
「何にそんな愛着が??住んで2カ月くらいだけど?」
「あなたは調布のことなんて、何も分かってない…」
「未だに近所で道に迷うあんたに云われたくないわ」
「あの水木しげる、そしてゲゲゲの女房までもが住むセレブの街、調布…」
「そいつら同世帯だから。ついでに云うとしげる氏は亡くなったからね」
「…貧者の一灯を吹き消された気分ね…」
「貧者っつったか今」
なんかもう疲れてきたぞ、まだ今日の分終わってないのに。
「くっ…とうとう、奥の手を出す時がきたようね!」
「……いやいいよもう……なによ奥の手って……」
「―――あの高田純次を生み出した街、調布!」
「下ネタ大好きなおっさんだが!?むしろセレブ感ぐっと遠のいたが!?」
「…田園…調布」
「田園つけたら高級住宅街みたいになると思うなよ!!どうした、奥の手はこれで終了か!?」
「……さて、と。蟷螂の鎌2本ともへし折られたところで」
「いやもうちょっと粘ろうよ!」
「無理…。水木しげるも高田純次も失った今、うすら寂れた埃っぽい調布に一体何が残るというの…?」
「酷い云われようだな調布!!そして高田純次はご存命だからね!?」
「セレブを失った調布は今や、居酒屋とおっさんの街…」
「調布銀座と天神通りのイメージで調布の全てを語るな!!」
ていうかさっきセレブとか云ってた高田純次なんか、おっさんオブおっさんじゃないんかい。
「酒粕が香る小便横丁…」
「そこまで薄汚くないよ!!ていうか調布銀座で呑んだおっさんが全員立ちションして帰るような云い方やめろ!!」
「じゃあ他に何があるっていうの!?居酒屋とラーメン屋とおっさん御用達の喫茶店以外に何が!?」
「…調布パルコとか!」
「特急15分で新宿に出られるのに、わざわざ調布駅前のパルコに…?」
地味に痛いところを突くなこの女は。
「そのうえ自分のバイト先に?わざわざオフの日に?」
「働いてんの!?」
よくこんなの雇ったな。
「で、でもだったらいいじゃん!顔が利くってやつじゃん!」
「…他テナントの子と仲良くなっちゃうと逆に買い物出来ないのよ…『あ、これバーゲン出てたやつー!』『それ私も持ってるー!…社割で買ったけど☆』とか云われるのが怖くてね。分かるかな」
「まぁ分かるけど…」
「かといって調布駅周辺でオシャレな服や雑貨が買えるのはリアルに!シビアに!パルコだけ!!競合はないの!!つまり…パルコでバイト始めた時点で既に出禁食らったようなものよ。…若かった。あの日のモエは、そんなことにも気付けなかった…そう、パルコはオアシス、そして調布は乙女の砂漠…乙女に辛くおっさんに優しい街。それが調布……」


―――その辺は思い当たるフシがないでもないけど、ほんと酷い云われようだな……。


「で、でももうすぐ…ほら、駅ビル出来るじゃん!ビックカメラとかシネコンとかも入ってるでしょ!?うすら寂れたってほどでも…」
「シネコン?『映画の街 調布』だから?あのキャッチフレーズは京王多摩川の大映スタジオの事云ってんのかな」
「…一応、あるじゃん日活も。かつては『日本のハリウッド』と云われたとかなんとか」
「出たー『日本の○○』とか『和製○○』とかいう一番ダサくなる言い回しー」
「……そうだね」
「後付けみたいに作ったシネコンで、なに上映しようっていうの…ゴジラ対メカキングギドラ?大魔神?大巨獣ガッパ?」
「ガッパのことは!日活の闇には触れないであげて!!」
「これだけ色々テコ入れされてるっていうのに拭えない、この一種独特の寂れ感…なんでかな…モエ、何だかドキドキしてきた…ひょっとして妖怪のせいなのね、そうなのね!?」
「そこは無理に水木しげるに結び付けなくていいから…」
完全に調布ディスり始めたぞこの女は。
「もう一つの新しい恋も、そんなドキドキのせいなのかな♪」


―――まだあんのかよ!!!


「同時進行多過ぎだろ。進行管理出来てんの?どっかで混ざらないの?」
「走り出した恋は止まらないの♡」
「やかましいわWINKか」
「恋多き…罪な女…」
「大丈夫。何一つ具体的な段階に進んでないから罪とか発生してない。全然大丈夫。めっちゃ無罪」
罪が発生しているとすれば私の試験勉強の邪魔くらいかな。…大罪だが。いつか必ずシメるが。
「厳しいなぁ…あー、イライラのワケ、分かっちゃった♪」
モエは軽く両手の指を組んで肘をつき、顎を乗せる『相談に乗ってあげるお姉さんポーズ』を取り始めた。
「キミの恋の話、聞いちゃおう・か・な?」
「これ以上勉強の邪魔すると山に捨てるよ」
「えー、辛辣ー」
話が終わらないので、私は一旦テキストを閉じるとモエの荷物と私の荷物を部屋の端と端に分けて押入れを開け放った。
「…続きはこちらで」
「えー、押入れー?」
厭そうに身をよじるモエをぐいぐい押入れ方向に押す。もう最近はめんどくさくなると押入れに放り込むようにしたのだ。何やっても黙らないし。モエの母さんにも許可を得ている。
「でもー、今その押入れってー」
「何、また荷物増やしたの?」


「おっさんの霊がいるよねー」


―――は?
「なに?云うに事欠いて霊て。おっさんて」
「駅から、キミに憑いてきちゃったやつねー。さっき勝手に押入れに入って行ったー」
「何で」
「そ・れ・は、恋かなァ?」
「乙女の部屋におっさんが無許可で侵入するのを何て云うか知ってる?」
「んー…忍ぶ恋?」
「ストーキングっていうんだよ!…塩持ってきな、撒いて浄化してやるわ!」
「えー…おっさん泣いてるよー。何かーこの世に一つだけ未練があるんだってー」
「未練て何!?公序良俗に反するやつ!?」
「明日から『海物語』の新台が入るんだってー。コンサートホールでー」
「おっさんパチンカスじゃねぇか!!これだから調布は!!」


結局モエは押入れに入らず、翌日のテストは最悪だった。
毎回ろくなことにならないから、私はコイバナが嫌いだ、という話を学校の友達にすると、
「お前は何を云っているんだ」
「お前が毎夜聞いているのはコイバナじゃない」
「コイバナ舐めんな」
「死ぬがよい」
とか色々云われた。


それはさておき、2017年秋、調布が生まれ変わります。今度こそ多分。

 
 

 
後書き
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