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エターナルユースの妖精王

作者:緋色の空
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DAY BREAK


《頑張ってこいって、見送ったんだよな?》
「…」
《一人前の魔導士になれるようにって、思ったんだよな?》
「……」

間を置いて、こくりと頷くのが見えた。
言葉がないのは黙らなければいけない状況だから、ではない。ずばずばと的確な指摘を受けてぐうの音も出ないような、そんな状態だからだった。現にフードの奥では、ちょっと後悔し始めたのか目がゆらりと揺らいでいる。
その様子を傍らで眺めて、パーシヴァルは大きく息を吐いてから問いかけた。

《なのに何で俺達、さっきから馬車追ってんだよ!!?》





パーシヴァルの所有者であり上であるニアは、甘い。
ただし、誰彼構わず優しく接するのかと聞かれると答えは否だ。彼が甘いのは懐の最奥にまで入れた相手のみ。人とある程度距離を置きたがるというか、ある種の人見知りというか、あまり人付き合いの範囲が広くないニアの懐に入れる存在はまず少なくて、だからこそ満遍なく配るはずの優しさが一人ずつに強く注がれるのだろうな、とパーシヴァルを始めとする円卓騎士団の面々は思っている。
厳しくなかった訳ではない。一度武器を取れば稽古だろうが遠慮容赦なく攻め込んできたし、突き放す時は徹底して突き放す。一人一人に宛てた訓練メニューも甘さの欠片もないような厳しいもので、新入りはもちろん、騎士団の面々すら最初は絶句したものだ。
が、それでもニアは甘いと思う。そう断言出来る。心配性と言い換えてもいい。序でに後ろ向きだ。

「…だって」
《女子かアンタは。……解ってるよ、見送ったはいいけど不安なんだろ?相手は権力者で、スケベで変態で、そこに年頃の女の子を行かせるってのが不安なのは俺だって同じだ。けどな、いつまでも面倒見てられる訳じゃないって事くらい、アンタだって解ってるんだろ》

アンタがあのギルドに入るってなら話は別だが、と内心で付け加える。
―――話はマーリンから聞いていた。ニアが心惹かれている場所がある事、けれどその一歩が踏み出せない事。あの頃のように彼を引っ張り、受け止められる人がいないから、多少時間がかかる事。
その話を聞いて、彼等はニアにどう接するべきかを話し合った。お前なら大丈夫だと背中を押すか、自分達を言い訳として使わせるか、好きにしろと放っておくか。呼ばれる事のない、彼が寝ている時間を使って開かれた会議は、一つ結論を出して終了した。

(ま、それが出来れば苦労はしないんだろうけど)

溜め息を一つ、気づかれないようにそっと吐く。
話し合いの末に出た結論は、「何も言わない」だった。ニアの方から言い出すまで、こちらからはその話題に触れない。そこにあるようなないような、空気として扱う。ただし彼の方から話を切り出された時は、ちゃんと聞いて真正面から対応すること。逃げちゃダメだよ、なんてマーリンは釘を刺していたけれど、向き合わない気なんて誰にもない。

自分で選ばないとダメだ、とランスロットが呟いた。
ここで我々が後押ししてしまっては意味がない、とガウェインが頷いた。
何であれアイツの選んだ事が一番だ、とユーウェインが言った。
彼が悲しまないならそれでいい、とトリスタンが微笑んだ。
好きにすればいいわ、とモルガンが肩を竦めた。
何だっていいさ、とモードレッドが手を振った。
我が君が幸せで在れるなら、とベディヴィエールが胸に手を当てた。
団長はやりたい事をすべきです、とギャラハッドが強く言い切った。

《……ま、呼ばれなきゃ俺暇だし?アンタはアンタがしたいようにすればいいさ、俺達はいくらでも付き合ってやるよ》
「悪いな。お前等には、拒否権すらないのに」
《……、…それ、本気で言ってんの?》

そして、パーシヴァルはこう言った。
アイツがあの頃みたいにいられるのが一番だろ、と。

《俺達は、命令だから、逆らえないからって傍にいるんじゃない。そうしたいからここにいて、自分達の意思でアンタのやる事に手を貸してるんだ。その辺り、勘違いされると困るんだけど?》

揺らいでいた水色の目が、きょとんとしたように丸くなる。ぱちりと瞬きを繰り返して、間を置いて「そうか」とだけ呟いた。
やっぱりそうだ。どれだけ年月が経とうが変わらない。変なところで甘ったれで、心配性で、一度悪く考えると誰かが止めない限り止まらない、パーシヴァル達の長。今だって、パーシヴァル達を無理矢理付き合わせてしまっているとでも考えているのだろう。
馬鹿らしい、と思う。確かに彼等はどう足掻こうとニアの許から離れる事は出来ない。けれど、別にそれでも構わないのだ。

「ありがとう。…優しいな、パーシヴァルは」
《そういうのはベディかマーリンに言えって》

ふっと口元を緩めたニアの肩を軽く突いて、へらりと笑ってみせる。
―――ニアの在り方を慕う者がいた。ヒトとして好ましいと隣に立った者がいた。放っておけないと構い倒した者がいて、気の合う奴だと拳をぶつけ合った者がいた。
万人から好かれていた訳ではない。全員に好印象を持たれていた訳でもない。彼を嫌う人ももちろんいて、それでもパーシヴァル達はニアを気に入っていた。どこまでだって、いつまでだって付き合ってやると言い切れるくらいには、彼等は団長を好いていた。
……まあ、それをニアに言ったところで素直に信じるとは誰も思っていないし、わざわざ口に出すのも気恥ずかしいので、誰も言わないのだが(ベディ辺りはさらっと言ってのけていたりする)。

「アイツをロクデナシの餌食にしたくないっていうのも、本当なんだけど」
《うん》
「……少しだけ、怖かったんだ」

ぽつりと、傍らの彼が呟いた。
一度浮かべた笑みはまた消えて、遠くを走る馬車を見つめながら。

「アイツが立派な魔導士になるといいって、心から思ってる。だから見送ったし、ナツ達もいるから、何かあったとしても多分大丈夫だろうとは思う」

ぎゅっと己の身を抱いて、細く息を吐いて、続ける。

「…だけど、あの時だってそうだった。きっと変わるから、オレがここで何かするべきじゃないからって、オレはアイツの手を取らなかった。…そのせいで、オレのせいで、アイツは……」

それ以上言わせたくなくて、咄嗟に肩に手をやる。突然触れてきた手にニアはぴくりと体を震わせて、一度唇を噛んでから、思考を飛ばすように首を横に振った。
彼が何を言っているのか、何を言いたいのかは嫌というほど解ってしまう。だからこそ、その続きを言わせる訳にはいかなかった。じっと見つめると、それが伝わったのか彼は小さく頷く。

「……だから、つい動いてた。良かれと思って目を逸らして、そのせいで同じ事を繰り返すのは御免なんだよ。……アイツだけは、守らないといけないんだ」

約束したから、と小さく呟いて、前を見据える。
その約束を、パーシヴァル達は知っていた。知っていたから、彼に「余計な口出しは止めておけ」とも言えなかった。ただ「それでもやるのか」とだけ問う。少し頑固な面のあるニアが折れるはずもないのに、彼の口から彼の意志を肯定する言葉が聞きたくて、敢えて確認を声に乗せる。

《で?現在進行形で馬車追ってる訳だけど、具体的に何すんの?アンタのやりたい事になら、いくらだって協力するけどさ》
「とりあえず、あまり手は出さない。オレ達はあくまで部外者だからな。本当に危険な状況にならない限り動かない。……それでいいか?」
《ハイ了解。いちいち確認なんてしなくても、アンタの決定になら従うまでだ。…一応言っとくが、アンタが団長だからじゃない。俺がそうしたいから従ってるんだ、取り違えんなよ》
「解ってる」

念を押すと、ニアはいつものようにニヒルに笑う。ようやく浮かんだ見慣れた笑みに、少しだけほっとした。
変なところで甘くて、何でもないように振る舞っておきながら心配性で、少し考え始めると止まらない後ろ向き。更にそれを素直に口に出せる相手が数少ないと来た。年月が経とうが面倒くさい性格のままの団長に、パーシヴァルは口角を吊り上げてみせる。

《んじゃ行くか、()()()()
「…出来ればニアの方で呼んでほしいんだが……」
《他に誰もいないし、問題ないだろ?》

な、と首を傾げる。
ニアは少し考えるように目を伏せて、それから困ったように苦笑した。





これは余談ではあるが、同時刻の“誰ガ為ノ理想郷”内での事である。

《…何だあれ》
《おや、ランスロット。お出かけですか?》
《いや、剣の腕が鈍ってはいけないから鍛錬に……それよりトリスタン、あそこで蹲っているのは》
《マーリンです》
《だよな。見間違いではないんだな…》
《突然「しまった―――!!!あんな事言ったらニアが決断するまで私呼んでもらえない!!!!言い出したの私だからこっちから会いに行くのも何か気まずい!!!早く会いたいけどゆっくり時間をかけて考えてもらいたい!!!うわああああ私の馬鹿!!!!うわああああああ―――――!!!!」と叫んだと思ったら、あの状態に》
《……先ほどユーウェインが「何かタイガーがビビってる!!デカい音?声?がするってビビってんだけど!!?誰だよタイガービビらせてんの、しばくぞオラア!!!」と言っていたが…これか》
《でしょうね》
《すれ違ったベディが「自滅しましたね、マーリン。…ああ、オレも早く会いたいです我が君……しばらくマーリンからの妨害もないし、次の当番では久々に、具体的には三カ月ぶりに会えますね」と嬉々としていたが、それもこれか》
《それは……》
《…どうする?》
《……次は私が出ましょう。ベディには申し訳ないですが…》
《仕方ないだろう。今のアイツにすこぶる調子のいいベディを合わせるのは酷だ》

そんな会話が繰り広げられている事を、ニアは知らない。







「言ってみれば随分簡単な仕事よねー」

まさかニアに追われているとは知らない馬車の中、やや狭い車内でナツ達と向かい合って座るルーシィがふと言った。
腕を組み俯いて酔いと戦うナツの横に座るハッピーが不思議そうに問う。

「あれ?嫌がってた割には結構乗り気?」
「トーゼン!!なんてったって、あたしの初仕事だからね!!ビシッと決めるわよ!!で、あたしの頑張りをニアに話すの」

珍しく素直に声援をくれたニアを思い浮かべる。
確かに、彼に頼りがちになってしまっていた自覚はあった。それがよくないという事も。だからいつかは独り立ちしなければならなかったし、これが丁度いい機会だったとも思う。どこか小さい子供の面倒を見るような節がある彼を、仕事の成功を持って帰る事で安心させたい。もう大丈夫だと、自分のやりたい事に戻ってもいいのだと、言葉にすれば鋭利にもなり得る事を出来る限り柔らかい形で伝えたい。もうオレがいなくても大丈夫だな、と、寂しいけれど告げてほしい。
そうしたら、そうなったら―――ニアは、あの人を探しに行けるだろうか。

「ルーシィ?」
「あ…何でもない、ちょっとぼーっとしてた」

はっとして笑うと、納得したのかハッピーはそれ以上何も言わなかった。それをありがたく思いながら、話を仕事の内容へと持っていく。

「要は屋敷に潜入して、本を一冊持ってくればいいんでしょ?」
「スケベオヤジの屋敷にね」
「そう、スケベオヤジ。こー見えて色気にはちょっと自信あるのよ。うふん」
「ネコにはちょっと判断出来ないです」

胸を寄せ艶っぽい目をして見せるルーシィに、ハッピーは呆れたような声色で返す。
……その色気で値切った結果がたった千Jだったりしたのだが、それはさておき。

「言っとくけどこの仕事……アンタ等やる事ないんだから、報酬の取り分8・1・1だからね」
「ルーシィ1でいいの?」
「あたしが8よ!!!」

募集されているのは金髪のメイド。という事は、必然的にルーシィの仕事が多くなる。そもそもナツ達は屋敷に入れるのかも怪しいのだから、全てルーシィ一人でこなさなければいけないかもしれない。
その上で提示した報酬の分け方だったのだが、何だか違う受け取り方をされたようだった。思わず声が大きくなる。

「ちょ…ちょっと待て……オレ達…も、やる事…ある…」
「何よ」

苦しそうに荒い呼吸を繰り返しながら、今まで黙っていたナツが口を開いた。

「捕まったら助けてやる」
「そんなミスしません」
「魚釣りでもね、エサは無駄になる事多いんだよ」
「あたしはエサかいっ!!!!」







それから数時間後、馬車は依頼先のシロツメにいた。
自然の多い街、というのが第一印象だろうか。あちこちに木が生え、あまり背の高くない建物がいくつか集まって建っている。街の奥は少し坂になっていて、遠くに大きな屋敷が見えた。

「着いた!!!」
「馬車には二度と乗らん…」
「いつも言ってるよ」

馬車から降りて少し経ってはいるものの、ナツの呼吸は変わらず荒い。軽く震え全身に汗をかきながら吐いたセリフに、足元のハッピーがツッコんだ。

「とりあえずハラ減ったな。メシにしよ、メシ!!」
「ホテルは?荷物置いてこよーよ」
「あたしおナカ空いてないんだけどぉ~、アンタ自分の“火”食べれば?」

それでも酔いが覚めて来たのか真っ先にレストランに向かおうとするナツに言う。それで腹が膨れるのかは解らないが、少なくとも力にはなるはずだ。あの船での光景を思い出す。
が、どういう訳かナツは少し引いたように半歩下がり、何言ってんだと言わんばかりに眉を寄せた。

「とんでもねえ事言うなあ、お前は自分の“プルー”や“牛”食うのか?」
「食べる訳ないじゃない!!!」
「それと同じだよ」
「そ…そう?よーするに自分の火は食べられないって事なのね、めんどくさー」

溜め息を一つ吐く。
とはいえ、特に空腹でもない。食べなければいいと言われればそれまでだが、レストランで一人だけ何も食べずにいるというのも何だか気まずい気がしてしまう。
どうするかと少し考えたルーシィの脳裏にふと、それが過ぎった。丁度いいタイミングかもしれない。

「そうだ!あたし、ちょっとこの街見てくる。食事は二人でどーぞ」

背を向けながら言い残して、来た道を戻る。

「何だよ……みんなで食った方が楽しいのに」
「あい」

残されたナツが、不思議そうに呟いた。






《腹は?》
「空いてない」
《じゃあ適当に街漁るか?》
「漁るな、泥棒じゃあるまいし」
《間違えた、散策するか?》
「間違え方が間違ってる」

彼等がいる通りから一本外れた、少し細い通り。人目を避けるように建物の陰に隠れ、それでいて三人を視界に入れられる位置に立ったニアが息を吐く。

《アイツ等が動かないとやる事ないんだよな、俺達》
「ああ」
《……何かないのか?》

待つのが嫌いな訳ではないが、好きでもない。だがパーシヴァルの方に用事はない。
ならばとニアに問うと、フードの奥で目線が上を向く。これは考えている時の癖だと知っているパーシヴァルは、大人しく口を閉じた。

「そうだな…」

何かあったかな、と小さく呟いて、数秒。

「…強いて言うなら」
《お》
「パーカー買いたい」
《……パーカー?》

ニアが頷く。
彼が言っているものは解る。パーシヴァルがいた時代にそんなものは……あったかもしれないが、着た覚えはない。が、名前を言われさえすれば、どんなものかくらいは思い浮かべられた。
パーカー。毎日のように、というか実際毎日ニアが着ている紺色のそれ。余程気に入っているのか同じ色、同じ形のものを何枚も買ってあるはずだ。

「そろそろ一番昔に買ったのがよれ始めててな、新しいのを…そうだな、二着はほしい」
《…好きだよなあ、それ》
「快適なんだよ」
《あ、服で思い出したけどさ。アンタのあれ、ベディが預かってるからな》
「……マジで?」

パーカー姿と同じくらい見慣れた服一式を思い浮かべながら言えば、何とも言えなさそうな顔をしたニアが絞り出したように呟く。その眉間に皺が寄っているが、わざわざ指摘などしない。これが嫌悪ではなく苦手意識から来るものだと、パーシヴァルを含めベディを除く全員が理解しているのだ(ベディには苦手意識を抱かれている自覚すらない。おめでたい奴め、とマーリンは言う)。
困ったような戸惑ったような、苦虫を噛み潰したような、あれこれ混ぜ込んだような顔をどうにか引き戻して、「とにかく」と話を戻す。

「オレの用なんてそのくらいだし、買い物してる間に見失ったら意味ないだろ。下手に動いて見つかっても厄介だし」
《そうかあ?アンタが服買ってる間は俺が見てるし、アンタなら見つからないように上手くやるだろ》
「……まあ、やれなくはないが」
《なら問題なし。善は急げって事でさっさと行こうぜ》

ぱん、と手を打って壁から背を離す。
自分より低い位置にある頭にぽんと手を乗せて笑ってみせれば、ニアは少し考える素振りを見せてから小さく顎を引いた。

「オレも気は配るが…見失うなよ、パーシヴァル。行き先が解ってるからって気は緩めるな」
《当然。任せとけよアーサー》

今度こそ、アンタの望むものを望むまま、望んだ通りに。
ふと脳裏に浮かんだ続きは、唇に乗せる前にそっと飲み込んだ。







時を同じくして、レストランのオープンテラスにナツとハッピーはいた。
食べられるだけ注文しまくった料理がテーブルに並び、既に空になった皿が数枚積まれている。左手に持ったパンを口いっぱいに頬張りつつ、テーブルに座って寿司を口に詰め込むハッピーに声をかけた。

「脂っこいのはルーシィに取っておこうか」
「脂っこいの好きそうだもんね」
「おおっ!!!これ、スゲェ脂っこい!!!」

次々に料理を平らげていく中で、まだ手を付けていなかった骨付き肉を掴む。切った断面から脂が滴り落ちて、こんがりと焼けた皮の上をゆっくり流れていった。
と、そんな彼等に足音が近づいてくる。ヒールの音を高く鳴らして近寄るその人には、どうやらナツ達の会話が聞こえていたらしい。腰に手を当て、やや引きつり気味の呆れた声色で言う。

「あ…あたしがいつ脂好きになったのよ……もう……」
「お!ルー…」

聞き慣れた少女の声に、口の周りに食べかすを付けたままのナツが振り返り。

「……シィ?」

視界に飛び込んできたその姿に、思わず問いかけるような形になってしまった。

「結局あたしって、何着ても似合っちゃうのよねえ」

にっこぉと笑って唇に人差し指を添えるのは、ルーシィだった。どこからどう見ても、ナツの知る彼女である。それは間違いない。
が、その服装。白のパフスリーブシャツに黒いベスト、胸元には小さなリボンを飾り、かなり丈の短い黒のスカートの上にはフリルの付いた白いエプロン。膝の上、太腿の辺りまでを覆う白のサイハイソックスに、足元は飾り気のない黒いヒールとモノトーンにまとめたコーディネイト一式。サイドアップに結わえていたはずの金髪はツインテールに結び直され、両脇に細いリボンのついたヘッドドレスが余計にそのコンセプトを強めている。
どう見ても、今のルーシィが着ているのはメイド服と呼ばれるもので――――衝撃の事態に絶句したナツとハッピーの手から、食器やら食べかけの料理やらが音を立てて落ちていく。

「お食事はお済みですか?御主人様。まだでしたらごゆっくり召し上がってくださいね、うふっ」

何かもう訳が解らず言葉を失う二人の前で、ルーシィは更に格好相応にメイドの真似事をしてみせる。どうにか意識を引き戻し立ち直った二人は顔を見合わせ、ノリノリのルーシィに聞こえないように声を小さくして話し合う。

「どーしよぉ~!!冗談で言ったのに本気にしてるよ~!!メイド作戦」
「今更冗談とは言えねえしな、こ…これでいくか」
「聞こえてますがっ!!!?」

ひそひそ声も、ばっちり聞こえていたらしかった。







《おー、見ろよアーサー。お嬢ちゃんのメイド姿》
「……」

その一幕はこちらにも見えていた。彼等の視界に入らないようにこそこそと行動しながら、ふと見えた姿をパーシヴァルが指す。遠目なので細かくは見えないが、なかなかに可愛らしいのではないか、と密かに思った。
それに釣られるように目線を上げたニアは僅かに唇を開き、小さく目を瞠ったまま動かない。その様子に眉を顰めたパーシヴァルは、ほんの少しからかうつもりで口角を上げる。

《何、まさか見惚れてんのぉ?珍しいなあ、アンタがそういう反応すんの。水着だろうが厚着だろうが同じに見えてんのかってくらい、何のリアクションもなかったのに》
「……、…おい待て。流石にその二つの区別くらいつくぞ」
《何かズレた指摘だなあオイ》

間を置いて返って来たのはそんな言葉で、にやにやしながら顔を覗き込む。フードと長い前髪で隠れがちの顔も下から見ればはっきりと見えて、けれどその顔はいつもと変わらないようで――――いや、少し苛立っている……?
はて、何か苛立つような事でもあっただろうか。からかいはしたが、彼はこのくらいで苛つくような奴ではない。それは断言出来る。

《どうしたよ、イラッとして。スカート丈でも気になんの?》
「…まあ、そんな感じか」
《え、図星?》

まさか当たると思わなかった。
目を丸くしたパーシヴァルの方を向いたニアが、指摘されたからか苛立ちを隠さずに口を開く。

「あれはない、短すぎる。というかメイドがあの格好じゃ仕事にならないだろ普通。足首くらい、せめて膝丈は必須だ。あとヒールじゃ足が疲れる。エプロンのフリルだって邪魔だ、あんなに飾ってある必要はない。頭のあれはまだしも、エプロンに求めるのは派手さじゃなくて実用性だろう。髪型も、いつものよりは毛先がばらつかなくてマシかもしれないが、あれで仕事に来られたらイラッと来る。そもそもメイドに必要なのはああいう媚びた感じじゃなく、落ち着きとか清廉さとか、そういう方向じゃないのか」
《お、おう》
「メイド、という事は侍女だろう。あんなの人の世話が出来る格好じゃない。格好からして浮ついてる奴に自分の世話なんて頼めるかド阿保。屋敷に行ったところで追い返され……いや、相手はスケベオヤジだから逆に即採用か…?」

ぶつぶつと何やら考え込み始めたニアに、とりあえず言いたい事があった。意外とメイドってのにこだわりあるんだなあ、とかではなく。

《……アンタの世話係(ベディ)自称世話係(マーリン)、どっちも存在ごと浮ついてねえ…?》








ひと悶着ありながらもレストランを出て、ナツ達は豪邸の前にいた。圧倒的な存在感を放つ大きな屋敷を見上げて、結局メイド作戦で行く事になった為にメイド服のままのルーシィが感嘆の声を漏らす。

「立派な屋敷ねー、ここがエバルー公爵の……」
「いいえ、依頼主の方です」
「そっか……本一冊に二十万Jも出す人だもんね、お金持ちなんだあ」

生活にかなりの余裕がない限り、一冊の本の為にあんな高額な報酬は用意出来ないだろう。が、こんなに立派な豪邸に住んでいる金持ちだというなら納得出来る。二十万くらいなら、ポンと用意出来てしまえそうだ。
地図を広げるハッピーの隣を歩いていたナツが、大きく重そうな扉をノックする。コンコン、と二つ音を鳴らすが、扉は前にも後ろにも動かない。留守だろうか、と思いつつ再度ノックをしようと、一度降ろした手をナツが上げかける、と。

「どちら様で?」

開かないままの扉の奥から声がした。声からして男性だろうか。一先ず、依頼主は家にいるらしい。

「魔導士ギルド、妖精(フェアリー)…」
「!!!しっ!!!静かに!!!」

どちら様と聞かれ答えかけたナツの言葉を、扉の奥からの声が急に遮る。どこか焦ったような慌てたような声色で突然遮られたナツが思わず口を噤むと、今度は申し訳なさそうな声がかけられた。

「すみません…裏口から入っていただけますか?」






訳の解らないまま、とりあえず言われた通りに裏口に回る。そっと開いた裏口から顔を出した依頼主に案内されて屋敷に入った三人は、案内されるまま客間のソファに腰かけていた。

「先ほどはとんだ失礼を……私が依頼主のカービィ・メロンです。こっちは私の妻」

裏口からここまで案内してくれた依頼主―――カービィは、自己紹介を簡単に済ませてから向かい側のソファに座る。人数分の紅茶を盆に乗せた彼の妻は傍らに立ち、ぺこりと小さく頭を下げてから湯気の立つティーカップをテーブルに乗せていった。

「美味そうな名前だな」
「メロン!」
「ちょっと!!失礼よ!!」
「あはは!よく言われるんですよ」

失礼にも程があるナツとハッピーの言葉を注意するが、当のカービィはあまり気にした様子もなく笑っている。
……因みに、二人は依頼主の名前を聞いて果物を連想したようだが、ルーシィはというと全く違った。ぱっと脳裏に浮かんだのは二つ。一つは、そういえばニアと二人でマグノリアを目指していた頃、名前の響きが猫の鳴き声に似ているとニアをからかった男がいたなあ、だった。確かあれはルーシィがナンパされてしまった時の事で、間に入ったニアの名前を聞いたその男は嘲るように「男の嫉妬は見苦しいぜ、にゃーくん?」なんて言ってのけたのだ。
その後の事は、まあ誰にでも想像が付くだろう。冷え切った目のニアが男を容赦なく言葉で抉りに抉り、逆上して振り上げられた拳を避けてこれまた容赦なく蹴りを腹に叩き込んでいた。その時に「そんなふざけた呼び方をする奴はこの世に二人もいらないんだよ、ド阿保」と言っていたが、そんな呼び方をする人が知り合いにでもいるのだろうか。
そして、二つ目。

(メロン……この街の名前もそうだけど……どこかで聞いた事あるのよね……)

なんとなく覚えはあるのだが、それが何だったかと聞かれるとはっきりと答えられない。曖昧なそれをはっきりさせたくて考え込むが、取っ掛かりが見つけられずに全く思い出せないままだ。

「まさか、噂に名高い妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士さんがこの仕事を引き受けてくれるなんて……」
「そっか?こんなうめェ仕事、よく今まで残ってたなあって思うけどな」

ナツは笑顔でそう返すが、それを見るルーシィは薄々感づいていた。
依頼主が金持ちとはいえ、明らかに仕事の内容と報酬の額が釣り合わない。その本にどれほどの価値があるのか知らないが、本を一冊取って来るだけの仕事にあの額はまず怪しまれる。釣り合いの取れていない仕事を警戒して避けるのは当然といえた。

「しかもこんなお若いのに。さぞ有名な魔導士さんなんでしょうな」
「ナツは火竜(サラマンダー)って呼ばれてるんだ」
「おお!!その字なら耳にした事が。……で、こちらは?」
「あたしも妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士です!!!」

カービィの目がこちらを向く。まだ入って数日の新人とはいえ、この場にナツと並んで来ているのだからギルドの魔導士だとすぐに解りそうなものなのだが。
思わず強めの口調で答えると、カービィは何か言いたげにルーシィをじっと見つめ、慌てたように両手を振る。

「その服装は趣味か何かで?いえいえ…いいんですがね」
「ちょっと帰りたくなってきた」

涙目になるルーシィの横で、元凶二人は大笑いしていた。







《あーあ、可哀想に。ハメられちゃってなあ》

やたらと広い屋敷の敷地内、窓から室内にいる全員が見える位置で、身を隠したパーシヴァルがぼそっと呟いた。何を話しているのかはよく聞こえないが、ニアが何かと目をかけている金髪の少女が涙目なのを見た限り、あのメイド服姿に何か言われたのだろうか。かなり可愛らしいし似合っていると思うのだが、この場では明らかに浮いてしまっている。
名前も知らない誰かの屋敷の陰に、パーシヴァルは一人で隠れていた。あの後早くに移動を始めた彼等を追いかけようとしたニアを《まだパーカー買ってないだろ?アイツ等は俺が見ておくから、さっさと買って来いよ》と呼び止めて、返事も聞かずに飛び出してきた結果である。
どうせ返事を待てば自分の用を後回しにするのは目に見えているし、パーシヴァルとしては彼が自分より彼等を優先するのは面白くない。せっかくパーシヴァルを呼んだのだから仕事はこっちに任せて、彼は自分の用事を済ませてくればいいのだ。ニアが動くのはそれからであっても遅くない。

「…パーシヴァル」
《あれ、思ってたより早かったな》

と、名を呼ぶ声が上からして、小さく顔を上げる。ふわりと軽く着地したニアはそそくさとパーシヴァルの横にしゃがみ込み、ちらりとこちらを見上げた。
その目が何を問いかけているのかをすぐに理解して、苦笑しつつフード越しに頭を撫でる。

《大丈夫だって。三人とも無事だよ》
「なら、いいんだが」
《ていうかアンタ、意外と買い物早いんだな。もっと時間かかるかと思ってた》

買うものは決まっていたし用もないのに店に長居するようなタイプでもなさそうだから当然といえば当然だが、まだ別行動を一方的に言い出して決行してから然程経っていない。素早く買い物をして最高速度で飛んできたりしたのだろうか。
問うと、しゃがんだままのニアが少し残念そうに口を開いた。

「在庫がないらしくて、買えなかった」
《マジか》
「三日後には入るらしいんだが、それだけの為にまた来るのも面倒だし……オシバナの店舗には置いてあるって話だから、そっちで在庫を確保してもらってる」
《オシバナねえ…わざわざ行くのか?》
「元々モルガンと約束があったから丁度いい。あの辺りでしか買えない素材があるとか何とかで」

足が痛くなったのか立ち上がり、軽く前髪を払う。

「……まあ、オレの事はどうでもいい。今はアイツ等だ」
《あーはいはい。ちゃーんと見てますよっと》

面白くない。パーシヴァルからしたら彼等の方がどうでもいいのだが、ニアが言うなら逆らう訳にもいかないだろう。
適当に返して軽く手を振り、窓の向こう側に目を戻した。








「仕事の話をしましょう」
「おし」
「あい」

外から覗かれているなんて誰も全く気付いていない屋敷の中。あれこれ話が逸れながらも、真剣な面持ちのカービィがそう切り出した。
ナツの顔に笑みが浮かび、ルーシィが緊張からか唾を呑み込む。

「私の依頼したい事はただ一つ。エバルー公爵の持つこの世に一冊しかない本、”日の出(デイ・ブレイク)”の破棄又は焼失です」
「盗ってくるんじゃねえのか?」
「実質上他人の所有物を無断で破棄する訳ですから、盗るのと変わりませんがね……」
「驚いたあ……あたし、てっきり奪われた本か何かを取り返してくれって感じの話かと」

確か依頼書には公爵邸から本を取って来いと書いてあったはずで、破棄してほしいとは書いていなかった。だから奪われた大切な本を取り返してほしいといった手の依頼だと勝手に思い込んでいたが、どうやら違うらしい。
だが、本一冊を破棄する為に二十万の報酬は不釣り合いなような……?

「焼失かあ……だったら屋敷ごと燃やしちまうか!!」
「楽ちんだね」
「ダーメ!!!確実に牢獄行きよ!!」

他人の持ち物を勝手に盗ってくる時点で、仕事とはいえ立派な犯罪なのだが、それはそれ。

「一体…何なんですか?その本は……」
「……」
「どーでもいいじゃねーか。二十万だぞ、二十万!!」

その本がとても大事なもの、もしくはそれほどの価値があってどうしても取り返したいというのなら、釣り合いの取れない報酬にもまあ納得がいく。が、破棄の為に二十万も出せる本とはどういったものなのだろう。
それをルーシィが問うが、カービィは先ほどまでの雄弁さを潜めて押し黙る。答えられないのか、答えたくないのか。詳細をこちらが聞く前に隣のナツが気にした様子もなく言うと、黙り込んでいたカービィが口を開いた。

「いいえ……二百万Jお払いします。成功報酬は二百万Jです」




……。

……二百万?





「にっ!!!?」
「ひゃ!!!!」
「くぅ!!!?」

ただでさえ高額な報酬が、十倍。二十万が、二百万。

「何じゃそりゃあああああっ!!!」
「おやおや……値上がったのを知らずにおいででしたか」

思わずソファの上に立ちナツが叫ぶ。そんな彼等を見ながらカービィがのんびりとした口調で言うが、ここに来て投下された情報に三人は全く落ち着けない。

「二百万!!?ちょっと待て!!!三等分すると……、……うおおおっ、計算出来ん!!!」
「簡単です。オイラが百万、ナツが百万、残りはルーシィです」
「頭いいなあ!!!ハッピー!!!」
「残らないわよっ!!!」
「まあまあ皆さん、落ち着いて」

両手の指を忙しなく曲げたり伸ばしたりしながら計算しようとして失敗するナツ、ちょっと信じられない数字にパニックを起こしているハッピー、比較的症状の軽いルーシィが思わずツッコんで、大混乱の三人をカービィが宥める。
……外では「この手の依頼で二百万って高いのか?」とニアが首を傾げ、《二百万とか高いだろ普通に!!!……ああ、そうだった…アンタ、金銭感覚ちょっと麻痺してるんだった……》とパーシヴァルが呆れていたが、それは余談として。

「な…な…何で急に、そんな……二百万に……」
「それだけどうしても、あの本を破棄したいのです。私はあの本の存在が許せない」

混乱から抜け出しつつも震える声で問うたルーシィに、俯いたカービィは固い声で答える。その声色に思わず言葉を失ったルーシィの、その横で。

「おおおおおっ!!!!」

突然ナツの顔が炎に包まれた。前触れもなく燃え上がったナツに肩を震わせたルーシィの手首を掴み、そのまま走り出す。

「行くぞルーシィ!!!!燃えてきたあ!!!!」
「ちょ……ちょっとォ!!!」

――――存在が許せない本とは、どういう事なのか。
ルーシィの疑問に答えは返らず、聞こえるのはナツの「二百万~!!」という叫び声だけだった。





騒がしく屋敷を飛び出していった魔導士達の後ろ姿を見送る。その姿が見えなくなった頃、今まで一言も発さなかった妻が静かに口を開いた。

「あなた…本当にあんな子供達に任せて大丈夫なんですか?」
「……」

カービィは答えない。答えられない。

「先週…同じ依頼を別のギルドが一回失敗しています。エバルー公爵からしてみれば、未遂とはいえ自分の屋敷に賊に入られた事になります。警備の強化は当然です、今は屋敷に入る事すら難しくなっているんですよ」

妻の言いたい事は解る。確かにそうだと、理解も出来る。

「解っている……解って…いるが……」

それでも、だからと諦める訳にはいかなくて。

「あの本だけは…この世から消し去らなければならないのだ」









「失礼しまぁす、金髪(ブロンドヘア)のメイドさん募集を見てきましたぁ。すみませーん、誰かいませんかあ」

依頼主の家に負けず劣らず、というかあの屋敷より立派な豪邸。頑丈そうな門と高い柵に囲まれたエバルー公爵邸の前で、ルーシィは甘く作った声を張り上げていた。

(ふふ……簡単簡単、エバルー公爵ってのに気に入られればいいんでしょ?あとは本を探して燃やして二百万!!!何買おーかな……)
「上手くやれよルーシィ」
「がんばれ~!」

色気には自信がある。相手がスケベオヤジだというなら、こちらはそこに付け入るまで。屋敷にさえ潜入出来れば一先ず安心、本探しは大変かもしれないが何とかなるだろう。破棄はナツに任せるとして、ルーシィがやるべき事は大して難しい話でもない。
気の陰から見守る二人の声を背に、屋敷からの返答を待つ、と。

「!」

ルーシィが立つ位置の、すぐ横。綺麗に並んだ正方形の石が、下から何かに押し出されるように歪む。

「ひっ」

小さく盛り上がった地面に目を向けたのとほぼ同時に、そこから勢いよく何かが飛び出した。地面に大きな穴を空け、着地してやけに重量のある足音を大きく響かせたその人は、じろりとこちらを見下ろす。

「メイド募集?」
「うほっ」

着ているのは、ルーシィのそれと同じデザインのメイド服。なのだが、全く同じには見えない。胸元のボタンは閉まらないのか全て開き、エプロンは太い腰回りをきつそうに、どうにか付けられている。ベストのボタンはかろうじて閉まっているが、今にも限界を迎えて取れてしまいそうだ。
格好からして女性、だろう。厳つい顔に濃い化粧、太いにも程がある腕と足、屋敷を囲む柵と同じくらい背の高い巨体。横幅はルーシィ何人分だろうか。一人二人ではまず足りない。

「御主人様!!募集広告を見て来たそうですが――――」
「うむぅ」

巨大メイドは驚くルーシィを一瞥すると、自分が開けた穴に向かって声をかける。その奥から男性の声がした、とそれから間を置かずに穴から誰かが飛び出してきた。

「ボヨヨヨヨ~ン、我輩を呼んだかね」

肉のたるんだ顔が卑しく笑う。妙なポーズを取って現れた、三頭身ほどの小柄な男―――日の出(デイ・ブレイク)の所有者であるエバルー公爵は、機嫌よさそうに髭を撫でた。
写真通りの姿と登場方法に目を見開きっぱなしのルーシィだが、はっとしてどうにか笑ってみせる。

「どれどれ」
「よろしくお願いしまぁす」

にっこり、完璧に愛想笑いを浮かべる。
まずエバルーの目はルーシィの胸をじ―――――っと眺め、それから足の太腿辺りをじと―――――っと凝視した。更に頭のてっぺんから足の先までを舐めるようにじろじろと見回す。

(と……鳥肌が……頑張れあたし!!)

ぞわぞわと全身に寒気が走るが、これも仕事の為だ。頑張れ、と頭を撫でた彼を思い出してどうにか耐える。こんなところで折れてはいられない。
引きつりそうな笑みをどうにか保って耐えるルーシィに、全身くまなくじっとりと見回したエバルーは息を一つ吐いて。

「いらん!!帰れブス」
「ブ……」

どうでもいいと言わんばかりに背を向けて、追い払うようにしゅっと手を払った。

「そーゆー事よ、帰んなさいブス」
「え……!!?ちょ……」

言われた一言をルーシィが飲み込むよりも先に、傍らにいた巨大メイドがぐいっとルーシィの服を掴む。突然摘ままれて手足をばたつかせるが、降ろしてはくれない。
自分が絶世の美少女だとは思わない。けれどブスと言われるほど悪い見た目をしているとも思わないし、むしろ整っている方ではないかとさえ思う。色気にだって自信はある。大した難題でもないと思っていたからこそ、この状況に理解が追い付かない。

「我輩のような偉~~~~~~~い男には……」

と、エバルーの声にぴったりと合わせて、地面から四つの人影が飛び出す。

「美しい娘しか似合わんのだよ、ボヨヨヨ……」
「まあ、御主人様ったらぁ」
「お上手なんだからぁ」
「うふ~ん」
「ブスは帰んな!!しっしっ!!」

エバルーの後ろに一列に並ぶのは、メイドだった。
一番右のメイドは巨大メイドほどではないが太い体型で、その隣は左右から押し潰したのかと思うほど縦に長い顔の形をした棒のように細い三つ編みメイド。更に隣は楕円型の顔に出っ歯、豚のような鼻で、一番左はこけ過ぎた頬に細い目をしている。
体型も髪型もバラバラの彼女達の共通点はメイド服、そして――――全員揃って、不細工だった。

「あちゃ―――――――っ!!!」

メイド作戦は、予定外の事態により大失敗に終わった。







エバルーと個性豊かなメイド達に追い払われたルーシィは、木の陰で膝を抱えていた。メイド服から着替え、それからすぐにしくしくと泣き出したルーシィに、腕を組んだナツが言う。

「使えねえな」
「違うのよ!!!エバルーって奴、美的感覚がちょっと特殊なの!!!!アンタも見たでしょ!?メイドゴリラ!!」
「言い訳だ」
「キィ――――!!!!くやし――――!!!!」

反論するが、悔しさは消えない。
あの流れで出て来たのがとんでもない美女であるとか、美人でなくとも色気に溢れる女性であるとかならまだ納得出来た。が、相手は明らかにルーシィより不細工で色気もない女で、何がどうしてこちらが負けた側なのかが本当に解らない。納得も出来ない。

「こうなったら“作戦T”に変更だ!!!」
突撃(TОTSUGEKI)―――!!!!」
「あのオヤジ絶対許さん!!!……てゆーか、そ…それって作戦なの?」








「…パーシヴァル、聞きたい事がある」
《んー?》

ナツ達からもエバルー達からも見えず、けれどこちらからはばっちり見える位置で、ニアは背後の彼に問うていた。
あのメイド達のどこが美しいのか、ではない。どうしてあんなメイド集団にルーシィが負けるのか、でもない。

「どうしてオレは今、お前に目隠しされてるんだ?」

それらを問う前に、ニアはあのメイド集団を見てすらいないのだ。

《いやあ、俺が痛い目に遭わないため?……あんなの見せたなんて知られたら、間違いなくベディとマーリンにどやされるし…》
「痛い目?」
《何でもねーよ…と、もういいか》

目元を覆っていた手が離れる。数回瞬きをして目を慣らし、無音で背後から横に移動したパーシヴァルに目をやった。何やらぶつぶつ言っていたのが気になったが、《気にすんなって》と笑ってはぐらかされる。

「アイツ等は?」
《屋敷に突撃するって。まあそれしか手はないしな》
「結局そうなるのか……困ったな、外より隠れにくい。何よりエバルーとやらに見つかった時が面倒だ」

屋内は屋外より行動が制限される。ここまでは何とかなったが、ここから先で見つかってしまえば全て水の泡だ。外にいるうちに決着がつけばよかったのだが、そうはいかないらしい。
ちらりとパーシヴァルを見やる。視線に気づいた彼がこちらを見て首を傾げ、艶やかな灰色の髪がさらりと揺れた。

《どしたのアーサー、…俺、失敗しないように上手くやるよ?》
「……いや、その辺りは心配してない」

きょとりと丸くなった黒い瞳から目を逸らして、唇を噛む。どちらにせよ、追うなら急がなければいけない。ここでぐだぐだ考えている時間はないのだ。
目を閉じて、開く。たったそれだけで、大きく切り替えられた気がした。

「行くぞ、パーシヴァル。派手な干渉はなしだ」

一歩踏み出したニアの後ろ姿は、あの頃追った背中そのままで。

《……仰せの通りに。俺達の団長(アーサー)

パーシヴァルはあの頃と同じように、嬉しそうに、噛みしめるように呟いていた。







「性懲りもなくまた魔導士共が来おったわい。しかもあのマーク、今度は妖精の尻尾(フェアリーテイル)か。隠さんトコもマヌケだが、どーせなら美人を連れて来いっての」

葉巻を吸いながら、屋敷の一室でエバルーはそう吐き捨てる。先ほど来た金髪のメイドの手の甲、隠す事なくはっきりと見えていた妖精の紋章を見逃すほど馬鹿ではないし、あれが何のマークであるかくらい当然知っていた。いい意味でも悪い意味でも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は有名なのである。
だが、知った事か。来るというなら叩き潰すまで。

「さーて……今度の魔導士はどうやって殺しちゃおうかね、ボヨヨヨヨヨヨ!!!」 
 

 
後書き
こんにちは、緋色の空です。
三月中の更新は無理だった…!そろそろEМT更新しないとなー、年明けてから更新してないなーと思いながらお送りしました第六話でございます。
前回白紙になったエバルー編、結局予定通りにニア君が追跡を開始しております!

あれこれとニア君のターンを挟んだ結果かなり長くなりましたが、いかがでしょうか。
今回は召喚される彼等がこっそりと数人登場してます。が、メインはパーシヴァルさん。頼れる兄貴のような、じゃれつく弟のような、そういう感じです←
ランスロットやマーリンが上であるなら、パーシヴァルは同僚でしょうか。同じ目線で並び立つ系男子です。…解りにくいな。
毎回毎回別人が登場しますが、これは序盤の内は敢えて同じ人を召喚しないようにしているからです。誰が誰だか解んねえんだよ!と思われる方にはごめんなさい。とりあえずランスロットを「美形」、マーリンを「自称世話係」、パーシヴァルを「同僚」とだけ覚えて頂ければ大体合ってます。

出来るだけ次回も早くお届け出来るように頑張りますが、いい加減EМTも更新しますのでちょっと遅れるかも…?試しにオリジナル作品を上げてみるか…?
とりあえずエバルー編、次回以降も若干白紙気味だったりします!こんなで大丈夫か私。

ではでは。
感想、批評、お待ちしてます。




ニア君のヒロインを可愛い系の敬語女子にするか、ちょっと男勝りで勇ましい系女子にするかで割と長い事迷ってる。
前者は成長したウェンディみたいだし、後者はエルザみたいだし……。 
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