| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SNOW ROSE

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

廃墟の章
  Ⅷ


 その夜のことである。皆が寝静まった真夜中に、その静寂を破る甲高い叫び声が響き渡った。
「皆さん、早く起きて下さい!火事ですっ!早く外へ…!」
 声の主はマリアであった。その声に四人は直ぐ様飛び起き、荷物を抱えて部屋を出た。廊下はもうもうたる煙りが漂い、まともに歩くことさえ儘ならぬ状況であったが、四人は何とか火を避けて外へ出ることが出来たのであった。
 後方を振り返ると、旧いながらも美しく手入れされた宿が、真っ赤な炎によって呑み込まれてゆくところであり、四人は呆然と佇むしかなかった。火の勢いは凄まじく、とても四人では対処しようも無かったのである。
 少しすると火事を知った街の人々が集まり、近くの小川よりバケツで水を汲み、それを炎へとかけ始めた。それでこの炎が収まるとは思えなかったが、四人もそれに加わって炎を食い止めようと必死に水を掛けたのであった。しかし、炎の勢いは衰えることを知らず、宿はとうとう炎の海へと埋没していったのであった。
「何故…こんなことに…!」
 炎に崩れ落ちる宿を見て、ミヒャエルは地面に膝をついて自責の念に駆られていた。それは何故か…?この後、直ぐに知ることになろう。
 だが、これ程の大火だと言うにも関わらず、街の人々とケリッヒ夫妻は仕方ないと言った風に、口々に話始めたのであった。
「建て直すにゃ、かなり時間が掛かりそうだなぁ…。」
「まぁ、もう古かったですからねぇ。土台位は使えるでしょう。」
「うちで新しい食器作って持ってくから、食器の心配はしなくていいよ!」
「それじゃ、うちは鉄物を作るさ!」
「そんじゃ、うちら大工は明日から材木を調達してくるさ。早く完成させねぇと、まともな昼飯にありつけねぇからな!」
 何とも図太い街であるが、これも助け合いの精神から来ていることは、旅人の四人にも理解出来た。
 この時代、火事は珍しいことではなかった。それ故、このフォルスタの街の法には“失いし者あれば、皆で新たなる物を与えよ”という風変わりな法があった。その法は古くから存在し、街の者はこの法を法としてではなく、心の中に受け継いできたのであった。
 しかしながら、ミヒャエルだけは違っていたのである。この火事は、ミヒャエルがここに居たからこそ起きたものであり、ミヒャエル自身が火種だと言えたからであった。
「ミヒャエルさん。何を落ち込んでらっしゃるかは知りませんが、形あるものいつかは滅びます。でも新しく建てれば…」
 マリアはミヒャエルが沈んでいる様子に心配し、そう声を掛けた。だが、ミヒャエルはそれを真っ向から否定した。
「違うんだ!この火事は私のせいなんだ…!」
 ミヒャエルの声は大きく、マリアだけでなく、側にいたレヴィン夫妻や街の人々も驚いて振り返ったのであった。
「何故ですの…?」
 強張った表情のミヒャエルへと、不思議そうにマリアが問い掛けた。その問い掛けに、ミヒャエルは意を決したように答えたのであった。
「私が第三位王位継承権をもつ王子だからだ…!」
 このミヒャエルの答えに、マーガレット以外の全ての人々が驚きのあまり口を閉ざしてしまった。
「私の真の名は、ミヒャエル・エリンガー・フォン=プレトリウス。現国王シュネーベルガーⅣ世の第三王子だ…。」
 そこまでミヒャエルが打ち明けるように話すと、後方から唐突に声を掛けられた。
「よく言った。全く、お前を炙り出すのに骨が折れた。」
 ゾクッとするような冷やかな声であった。その声にミヒャエルは聞き覚えがあり、振り返り様にその名を叫んだ。
「ヘルベルト兄上!」
 そこに立っていたのは、銀髪長身の男であった。しかし、その顔は美しくも恐ろしい顔と言えた。この男はミヒャエルの二番目の兄であり、第二王位継承者である。
「ほぅ…我が名を覚えていたか。だが…もうお前も用済みだ。死んでもらおうか。」
 ヘルベルトはそう言ってニタッと悪魔の様な笑みを見せるや、一気に剣を抜き払ってミヒャエルへと迫った。
 だが、一方のミヒャエルは丸腰であり、何とかヘルベルトの剣から逃れようと脇へ体勢を飛ばそうとしたが、運の悪いことに石に足を取られて体勢を崩して倒れてしまった。
「我が王位を怯やかす者は、全て消え去るのだ!」
 ミヒャエルは覚悟した。もう体勢を立て直している余裕なぞ無かったのである。
 しかし、その刹那…。ミヒャエルの前へと一人の女性が飛び出し、その女性がヘルベルトの剣をその身に受けたのであった。
「マーガレット…!」
 ミヒャエルの盾になった女性は、マーガレットであった。彼女はその身を屠して、ミヒャエルの命を守ったのだ。だが、それで終わるヘルベルトではなかった。
「小賢しい娘!それなら…」
 ヘルベルトはそう言うや…その突き立てた長剣でマーガレット共々、ミヒャエルを串刺しにしようと迫った時であった。ヘルベルトの手に、どこからともなく一本のナイフが飛んできて突き刺さったのであった。
「………!?」
 ヘルベルトはそれが飛んできた先を見ると、そこにはベルディナータの姿があった。ヘルベルトは怒りを露にベルディナータへと言った。
「女!この様なことをしてただで済むと思っておるのか!」
 ヘルベルトはあまりのことに、その顔を真っ赤にして怒鳴ったが、ベルディナータはそれに動じることもなく、それどころか微笑まで浮かべていたのであった。
「第一王子を暗殺し、次は第三王子か…。全く、お前はくだらんな…。これが成功していれば、次は父である王に刃を向ける気か?天に弓を引いても、お前には何も残らんと言うのに…。」
 淡々と語るベルディナータに、さすがのヘルベルトも真っ青になってたじろいだ。
「女…お前は一体何者だ…。ヴィーデウスは事故死と断定されている…やつは…」
「汝が殺したのだ。そう…汝の手で、神殿の階段より突き落としたのだからな…。」
 それを聞いたヘルベルトは、目を見開いて叫んだ。
「それは…誰も知らぬはずだ!何故お前が知っているのだ!」
 ヘルベルトの顔には、ありありと恐怖の色が滲み出ていた。それは得体の知れぬ目の前の女に対してのものであり、自ら犯した罪の記憶によるものでもあったのである。
「時は総てを見ている。原初の神が天より御覧になっていることと同じように。それは光が空から平等に降り注ぐかのようにな…。汝、目障りだ。失せろ!」
 ベルディナータがそう言うと、ヘルベルトはあまりの恐ろしさに慌てて森へと駆け出し、そのまま闇の中へと消え去ってしまったのであった。
 暫く周囲の人々は茫然とそれを眺めてが、皆我に返るや、倒れているマーガレットへと駆け寄った。しかし彼女の傷は深く、既に虫の息であった。
「マーガレット…俺なんかのために…!」
 血に塗れたマーガレットをミヒャエルは強く抱き締めた。人々はそんな二人を見てどうにかならぬかと考えはしたが、手遅れであることは誰しにも解っており、それが虚しいことであると悟っていたのである。
「ミヒャエル…。ほんと…愛してた…のよ…。私…あんな態度しか…とれなかったけど…」
「喋らなくていい…。もう分かったから…。」
「いいえ…最期に言わせて…。貴方は王になる人…だから…私を愛して…くれたよ…うに…多くの人々…を…愛して…ね…?あんな兄に国を…取られては…だめよ…。だから…愛のある…国を…」
 ミヒャエルの握っていたマーガレットの手から、その力が抜け落ちた。
「マーガレット…?おい、しっかりしろ!」
 マーガレットの体をミヒャエルが揺らしたが、彼女が再び目を覚ますことは無かったのであった。
「俺はまだ言ってないじゃないか…!マーガレット、君を愛しているって…伝えてないじゃないか…!」
 ミヒャエルの悲痛な叫び声は、未だ燻る炎の中にもこだました。しかし、それに答え得る人はもう居なかった。ただ、燻り続ける火の陰が、亡骸となったマーガレットと、それを抱くミヒャエルを静謐の闇の中に浮かび上がらせているだけであった。
 その後、マーガレットは聖エフィーリア教会へと運ばれた。しかし、彼女がどこへ埋葬されたかは定かではないのである。古文書どころか、口伝ですらマーガレットに関しての情報は希薄なのである。それは後世にて侯爵家が消し去ったためとも言われているが、それだけではないようにも思える。ある種の想いから記憶を消したかった人物、特にミヒャエルの影響が大きかったのではなかったかと考えられるからである。
 しかし、それを理由として語るには、もう少し時を待たねばなるまい。
 物語を進めよう。この後の話は、マーガレットの埋葬より四日後のことと伝えられる。
 こうして平安とは言えなくなったミヒャエルは、マーガレットの死を無駄にせぬため、兄であるヘルベルトが待つであろう王都へ向かう決意を固めた。
「私は兄上を止めるため、王都へと向かいます。本当は宿の再建を手伝いたいのですが、今自分に出来ることはこれだと思うので…。」
 ここは聖エフィーリア教会の一室である。ディエゴがレヴィン夫妻を連れ、初めてミヒャエルとマーガレットに出会った、あの地下資料室である。
 中は多くの蝋燭が灯され、ある種幻想的な雰囲気を醸し出すが、集まった人々の顔にはそのような幻想的創意を感じることは出来なかった。
 ミヒャエルの前に集っている者達の大半は街の市民であった。街長に長老会の人々、ブレーメンシュトラオス亭のマリアに、無論レヴィン夫妻もいる。皆は静かに彼の言葉を聞いていた。そこへ街長が言った。
「第三位とは言え、貴方様は王子なのですぞ。行けば命を狙われる恐れもありましょう。よもや第二王子があの様な卑劣なお方であったとは…。民である我々も知りませなんだが…。」
 街長はそう言って溜め息を洩らした。それを受け、ミヒャエルは済まなそうな表情を浮かべて言ったのであった。
「申し訳無い…。兄上が…この様な愚かな行いをするとは考えてもいませんでした。いかな王家とて、これは民に対しての無礼。兄上に変わりお詫び申し上げます。」
 そう言ってミヒャエルは頭を下げた。すると街長は慌てて言ったのであった。
「滅相も御座いません!貴方様に何の咎がありましょうや?どうか顔をお上げ下され。私共フォルスタの民は、皆貴方様の味方なのです。」
 この街の民には、誰一人としてミヒャエルを責める者は居なかった。真に悪意を持つ者が誰かを皆が知っていたからである。そのためミヒャエルが王都へ向かうと聞くや、この様に多くの人々が彼の元へと集まり、口々にこの街へ留まるようにとミヒャエルを説得していたのであった。
 しかし、ミヒャエルは頑なにその言葉を受け入れず、それならばと人々は長旅に苦の無いよう馬と食糧と貨幣を集め、旅立つミヒャエルへと渡したのであった。
 こうしてミヒャエルは一人、ヘルベルトを止めるべく王都へ向かって街を出たのであるが、その後、ミヒャエルの後を追うかのようにレヴィン夫妻も王都へと向かったのであった。
 そのレヴィン夫妻であるが、ブレーメンシュトラオス亭の主ハインツからミヒャエルへと渡してほしいと、一つの物を預かったのであった。その預かり物がこの後、大きな意味を持つことになるのであるが、それは次に語る事になる。
 王暦五七九年春の終わり。これから訪れし波乱の時代の序章とも言うべき年が、こうして静かにその幕を開けたのであった。



    「廃墟の章」 完


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧